転生前は人間のオスだったエルフの聖女、婚約者に嵌められ淫魔になり追放されたらしい 作:芥目たぬき
エルフ王宮の真下に聳える、数万年間ずっと秘匿され続けている螺旋状の崇拝神殿。
———深淵廟堂
そこは豊穣の未来を約束するための極楽。常に春の小川が流れ、甘い果実が常にたわわに生る、大地が開く饗応の楽園。
その美しさは地下にあるとは思えないほどの明るさに満ち溢れており、この世のどんな景色よりも素晴らしいものだろう。
その真ん中には大地の裏側にまで到達すると伝えられている穴が開いており、その上には穴に魔力を流し込むための宝珠が祀られていた。
魔術の才能があると判断されたエルフの子供達は、その穴に魔力を注ぐため聖女としての教育が施される。選ばれた者にしかなれない、栄誉ある義務なのだ。
……義務、つまり強制的。
端的にいうと、魔力をめちゃくちゃ持ってるエルフの女は、強制的に聖女にされてしまうという国の制度である。
せっかくファンタジー世界に生まれたのに、冒険も何もない深い穴に引きこもり生活だなんて……日本生まれ日本育ちからすれば、なんだか物足りなさを覚えてしまっても仕方がないだろう。聖女の響きはロマンあふれるけれど、それはそれとして生まれた当時のオレはポケモンみたいな冒険をしてみたかったのだ。
「ユターシャ、話があります」
それはまだ私がエルフだった頃の、とある日のこと。数十年前だったかもしれないし、数年前だったのかもしれない。
いつもと同じように自身の魔力を大地に注いだ私は、深淵廟堂を出た後先生に呼び出されていた。
「如何なさいましたか? 私の作ったロシアンクッキー、おいしかったでしょう? 全部食べてくれましたか?」
「えぇ、いっぱいあったので生徒達にも食べさせてあげましたが、皆にも好評でとても美味しかったですよ」
みんなにあげちゃったんですか、南無。
クックパッドで勉強したロシアンクッキー、ひとつだけ大当たりでワサビを仕込んでおいたのに。
「……それはそれとして、少しついてきなさい」
「はぁい」
「間延びした返事はしない!」
「はいはい」
「はい、は一回!」
「おけまる水産」
「おけま……? あぁもう、とにかく行きますよ」
いつもと同じように厳しすぎる先生をからかいつつも、私は彼女の後ろをついていく。
聖女見習いを卒業してからも、こうして先生に呼び出されることは多々あった。
特に、政治に首を突っ込んで命が狙われるようになってからは週に何度も呼び出されてさまざまな魔術を習ったものである。対人魔術から目眩しに使える術、逃げ出し方など……先生も忙しいだろうに、私には特に時間を割いてくれていた。
「そういえば、この前教えてくださったバースト魔術、早速
「壁まで壊したと聞きましたよ。全く、もう……いくら危険があっても、もうすこし周りのことを考えなさいな」
この頃の私は少しやさぐれていたのかもしれないし、全能感に酔いしれていたのだろう。
国を明確に良くする、というやりがい。
誰からも賞賛される心地よさ。尊敬されるエルフとしての立ち位置。他の追随を許さない聖女としての高い能力値。
私は、それらに酔っていたのだ。
「しゃんとなさい。いつもの貴方らしく、ね」
「陛下の御前のように?」
「まさしく、そのように」
階段を登り、辿り着いたのは聖女専用の会議室だった。深淵廟堂よりも王宮の方が近い程度の高さの場所で、滅多に人が来ないようなところである。
そして、先生が戸を開く。
ロの字型に置かれた長机、その1番奥には陛下が座っていた。
エルフ王である。
「久しいな、降り立つ繁栄よ」
「へ、陛下……」
いや、聞いてないですよこんなの。
サプライズパーティで来て欲しくない人選勢揃いじゃないですか。
私はヒクつく顔の筋肉をなんとか留めながらも、すぐに膝をついた。
「……こんな地下までお集まりになって。お呼び頂ければ、わたくしから馳せ参じましたのに」
「我々がここにいることは内密にしたいのだ」
うわ絶対めんどくさい話だ、これ。
何も言わずに連れてきやがった先生を睨みつけるものの、彼女はどこ吹く風とばかりに飄々としていた。
陛下の隣には宰相様もいて、私を見て仏頂面のまま小さく会釈をする。
ああもう、胃が痛くなりそうだ。
「さあ、掛けてくれ」
促されるままに席に着くと、向かい側に陛下と宰相が座り、私の両隣りには先生と殿下が並ぶ形になった。
「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「第一聖女殿よ、人間についてどう思う?」
「……人間について、ですか」
宰相は、懐から取り出したナニカを私に渡してくる。
それは、少しだけ凝った鉄製ゼンマイじかけのおもちゃ。現代日本人からすれば古めかしい海外製のレトロ品っぽい風情があり、しかしこの世界での最新鋭のおもちゃなのだろう。
手渡されたそれを軽く弄びながら、私は首を傾げた。
「人間の作ったものですか? 量産品なのでしょうか……なかなか凝っているではありませんか」
「それは今、人間の中で民衆向けに売られている道具だ」
ゼンマイを巻けば回る、というだけのシンプルなおもちゃだが……電気もろくに発明されていないこの時代において、ここまでの小型機械製品が大衆向けになっているのは驚きだ。
個人的な感想としては、この発明が量産化されて我が国にまでやってきているという事実は大変好ましいと思う。
エルフ達はなかなか頑迷固陋のきらいがある……というか、長生きすぎる種族故に進化を嫌うのだ。今あるもので充分という清貧の考えは、進化の妨げにしかならないのである。
競争世界でいいもの作るため各々が努力する資本主義。大いなる発展のためには手っ取り早い方法なんだし、エルフが大好きな共産主義よりはマシでしょう。
「それで、こちらがどうなさったのですか」
「……人間という種族は短い生を何代にも渡って繰り返す。その中で優良な個が何かを生み出し、そして繁栄する生き物である。そして、この玩具の仕組みはここ30年近くで開発されて、そして今では量産に至ったのだ」
そりゃ驚異的なスピードですね、なんて私は他人事のように口にした。
「さて……時に、人間の文明というのは今まで何度も何度も進化をしかけてきた」
「長い歴史重ねてますからねぇ」
「その度に、進化を妨げる存在があった」
それもまた、この世界での常識。
ひとつは、魔術による特定の人間のみに許された利便性による発明の怠惰で、もうひとつは———
「文明の破壊者、運命から生まれる癌。生きるだけの魔族を統括する邪悪———魔王」
それは、ごく稀に起きる天災である。
生命から変化したり、自然発生したり、その起こり方は様々であるものの……共通するのは、それは知的生命を悉く破壊してまわるという習性。
それは、この大地が持つ運命力なのだろう。
自身の身体を食い荒らすイキモノ達を、殺しまわるための防衛本能の現れ。
虫に刺された時に肌を掻きむしるのと同じように、自身の身体を傷付けてでもその異物を排除したいのだろう。
……というのが、エルフの中での通説である。
「魔王の出現と人間文明の発展には関係性がある……でしたっけ?」
「その通りだ」
「人間が成長しているのに、魔王が現れないのはおかしいと? 魔王が現れるのは我々にとっても損害が出ます」
「そうではない」
陛下が口を開く。
彼は、宰相の言葉を補足するように続けた。
「聖女殿はまだは若いから知らないだろうが、我々はこれまで幾度となく魔王の誕生を目にしてきた。しかし、ここ 100 年ほどの間に、人類はその脅威に晒されていない」
「つまり?」
魔王が生まれないことに対しての危機感ということなのだろうか?
「近年の急激な人間文明の発展は問題だ」
「えぇ……発展する人間へのやっかみですか?」
「違う。人間文明の発展はすなわち大地のエネルギーを搾取する行為である」
なるほど、そこで大地のエネルギーを直接注いで活性化させているエルフ聖女の筆頭である私が呼ばれたというわけか。
人間が文明を発展させて、大地を消費すれば消費するほど
……しかし、現状報告のためだけにわざわざこんなひっそりと密談するみたいにしますかね?
「ところで、この50年での魔力消費量はどの程度となっている?」
50年となると、ちょうど私が聖女見習いを卒業して正式に魔力を供給するようになった頃。
たしかに昔よりはほんのちょっと入れる量増やしてるけど……1.3倍くらいかな?
「630倍です」
「せんせぇ?」
横から口出ししてきた齢305歳の口煩いクソババアを睨みつける。
そんなわけないだろ、と思ったけれど……なにやら彼女は書類を取り出してきた。グラフのようなものは、魔力量の推移なのだろうか?
「……これ本当ですか? 偽装書類なのでは? こんなに必要魔力量跳ね上がってないと思いますよ?」
「それは貴方が馬鹿みたいな魔力量してるからでしょう。現状で貴方がもしいなくなって、他の子達だけに任せるようなことになったら、あっという間に大地は死にますよ」
「えぇー……」
とりあえず襟を正して、陛下と宰相に向き直った。
「先生はこう言ってますが、実際はもっと少ないでしょう。私はそんなに辛くありませんし……今の100倍来ようと、正直私は全く問題ありませんよ? 今ですら手を抜きまくってるんですから」
それに、と私は言葉を付け足す。
「継続可能エネルギーの開発は始まっています。いずれエルフは、聖女という人身御身を立てずとも大地にエネルギーを送れるようになるのです」
私が進めている研究のひとつである。
街でたまたま出会った科学者肌のハーフエルフをなんとかスカウトして、人工的魔力エネルギーをなんとか作り出そうとしているのだ。
魔力とは、限られたものにのみ宿る特殊な臓器のようなものなのだろうと考えている。それを人工的に作り出すことができれば、きっと。
「……そんなもの、あてにならないだろう」
「! 論文も出しています。夢物語ではなく、我々は実際にそれを成し遂げようとしています」
「小娘どものお遊びではないか。
「は?」
———なんだこいつ。
暴言を吐く宰相に向かって身体が前のめりになった私を、止めたのは先生だった。
思わず彼女を睨みつけるものの、長年の付き合い故に彼女は飄々としている。
エルフの大抵が人間を見下している。
それは野蛮で変態的な生き物と決めつけているからであり、そのハーフは低俗な血を引く者として差別される傾向にある。
だからって、こうも堂々と言い放つなんて……ソレが悪いと1ミリも思ってないのだろう。
「成せるかわからぬような博打に、この大陸全土の生命を賭けるほど我々も甘くはないのだ」
それは、全く期待していないと言わんばかりの言葉だった。期待すること自体が間違っていると、今もなお必死に研究してくれているだろう彼の努力を否定するような言葉。
完全に喧嘩腰で老害を睨め付ける私を、鎮めるように立ち上がったのは陛下であった。
「……ユターシャよ、我が国の栄誉ある富と繁栄の象徴よ。お前を虚仮にしたいわけではない」
じゃあどうして私を呼び出したんだよ。
ぐっと堪えながらも、喉までは彼らを否定する言葉が出かかっていた。
「余は、お前の研究を否定したいわけではないのだ。聖女という古より続く構造を解体せんとするお前の努力を買いたいし、それが延いては我が国の繁栄に繋がることもわかっておる」
「何がいいたいのですか」
そして私の前に出されたのはとある砲身のようなモノの設計図。
素人目にしかわからないものの、どうやらとても巨大なもので———所々に記載のある説明書きから読み取るに、どうやら魔力を込めて撃ち出す装置のようだが。
本題はこれか、とそこにいる目の前の狸達を睨みつけた。
「これはなんなのですか?」
「人間に天誅を与えるための砲台である」
「……?」
砲台というのはわかる。天誅———というのも、聞こえは悪いが言いたいこともわかる。
だが、それと私に一体何の関係があるというのか?
「ユターシャよ、お前は平均的な聖女……つまり、我が国の精鋭たる魔術師の、何倍の魔力を持っているのだ?」
「何倍って、そりゃ……すごくいっぱいです。100倍とか1000倍とか、もっといけますケド」
「ならば、お前がこの砲台における弾となった時……一体どれだけの人間を殺せる?」
「は」
こいつら。
こいつら、私に何をさせようとしてるんだ?
「お前がありったけの魔力を込めて、それを人間の国に撃ち出せば、はたしてどのくらいの人間を殺すことができる?」
「……私に、大量殺人をさせるっていうのですか?」
「この大地における、大事な自浄作用である」
「正気ですかアンタら?! 人間をなんだと、思っ……」
あぁ、そうだ。
そうして、私は再認識する。
エルフという生き物は、人間よりもよっぽど信仰心の高い生き物なのだ。だからこそ、信仰のためなら何をしてもいいと思っていやがる。人という生き物を見下して、そこに住まう営みを無視して、自分たちが神の使者だと言わんばかりに傲慢を働く。
自らの利益のために他の命を害する人間とは違う、しかし本質は変わらない。
「……最低だ」
「怖いのか? なに、お前はいつもと同じように魔力を込めるだけなのだ。それで、人間の住まう街を多く滅ぼすだけである。目の前で自身の手で殺すよりもよっぽど、殺意はないだろう」
違う
「本来、魔王は人間の文明が栄え始めて数年程度で発露するが……人間達の文明が少しずつ進歩し始めてから70年以上は経っているのに、未だに現れていないのは緊急事態である。故に為さねばならぬのだ」
違う
「余は王として『出来るかもしれない』未来を選ぶわけには行かぬのだ。エルフの王というのは、この大陸全ての命を左右する責務を持つ。常に最悪の事態に備えて、それを選ぶことの何が誤っているというのだ? 非道な選択だとしても、余は王として選ばねばならぬのだ」
違う
何故、手と手を取り合って共に共生することが出来ないのか。人間の文明を発展させる能力と、エルフの国に蓄積された知恵の財宝をあわせれば、きっと世界はもっと良くなるのに。
魔王すら発生しないような、魔術に代わるような永遠に続く無限エネルギーを開発して、長く生き続けるための大地を共に作ろうとしないのだろうか。
違う———邪魔なものを排除するしか、方法がないと思ってるのだろう。
私の思いを知ってか知らずか、老害どもは更に言葉を続ける。あぁ、もういい加減にしてくれ。これ以上聞きたくない。
「失礼、します……」
彼らと私は、根本的に理解しあえないのだ。
元が人間の私からすれば、エルフも人間も同じ生き物である。同じ地球の子供であって、困難はあれど手を取り合えると思っている。だが、彼らは違う———彼らは根本的に、人間を『言葉が話せるだけの異物』としてしか見ていない。
まるで殺虫剤を撒くような感覚で、無害な人々に、無垢な人間の子供達に、核を投与するのだろう。
「ユターシャ……」
「先生、少し……1人にしてください……」
* * * *
ハーフエルフの子は何者かに殺されてしまった。
研究施設も燃やされて、事実上の失敗となった。
その頃に私の逃げ場を無くすように婚約も決まって、第一王子が王位継承した後に大砲を起動すると伝えられた。
日が進むごとに計画はより輪郭を濃くしていき、私の足元は泥にとらわれたように深く沈み込んでいく。
きっと、もっと早くに逃げれば良かったのだ。
私なら穴から離れていても地面に足がついていれば魔力を大地に流し込むことくらいはできる。研究施設も無くなって、私を縛るものは何もなかったのだ。
だけど、その勇気がなかった。
結論を先延ばしにしていたのだ。
もしもその大砲を本当に起動することになったら、その直前に逃げて仕舞えば良いと思っていた。それまではこの地位にしがみついて、何とか方法がないかと静かに探していたのだ。
「なんで、こんな事になっちゃったんだろうなぁ……」
勇者になりたかった。
冒険がしたかった。
当たり前のように魔王がいる世界で、転生チートの勇者として、目の前の悪を倒すだけの存在になりたかった。
しかし、ある日転機が訪れる。
第一王子が死んで、そして第二王子と婚約を交わして暫くたったある日。
今から、およそ半年前。
第二王子と私は同い年で、彼もまた95歳。
私が呼び出されたのは、とある人間の女の墓の前だった。
「来たか、繁栄の」
「こんにちわ殿下、お日柄も宜しゅう……」
「御託はいい」
傅く私を、彼は尊大に見下ろしていた。
綺麗な男だった。エルフ族は皆見目麗しいが、その中でもかなりの美丈夫に当たるだろう。
太陽を背にし、髪の毛は白金のような色が透けている。剣や弓よりも詩や文芸を好む華やかな男は、まるで女のように綺麗な指をしていて、そして沢山の花を大切そうに抱いている。
彼は、睨みながらも私に問いかけた。
「……お前は、人間を殺すのか」
「藪から棒に、何を」
「俺が聞いている。お前は、大量の人を殺すのか」
そうして静かに、花束を墓の前に置く。
小さな墓なのは、この国では人間が差別されるから。それでも第二王子の寵愛故か、そこは素晴らしく美しいところだった。
綺麗な青空で、目の前には広大な丘が広がっている。花は咲き誇り、常に美しい景色を一望できるだろう場所。
人を愛することが異端で、影で疎まれるように陰口を叩かれていても、80年近く1人の人間の女を愛していた。子供の頃からずっと、先に老いていく人間の女を大切にしていたらしい。
「計画を、父上から聞いた。それが俺とお前の背負うべき、エルフとしての責務だと」
美しい男だ。
ただ綺麗なものだけを愛して、綺麗なものだけを見る、清流の魚のような男。柔らかな風が吹き、彼の亜麻色の髪がふわりと靡いた。
好ましいと思えるほどまっすぐで、そしてガラスでできた剣のように繊細で鋭い感情が私に突きつけられる。
———私には、その透き通った美しさは無くて、ただただ彼の幼稚な理想に目を細めた。
「そして、貴方はその計画を止めるために私を呼び出したと?」
「あぁ、俺は彼女と約束したから……いつかきっと、種族関係なく愛しあえる世界を作ると」
本当にその人間を愛していたのだろう。
死んでもなお約束を守ろうとするのは立派なものだ。
「お前が人間を大量に殺すならば、きっと恨みの連鎖は止まらなくなるだろう」
「……しかし、私が死ねば大地の供給は止まってしまうそうですよ? そこはどうするんです?」
「
潔い言葉に、私は目を見開いた。
無視するってことは、つまり、普通に餓死する人とか大量に出ちゃうってことだ。それは人間だけでなく、エルフや、他の種族も全部等しく大量に死ぬだろう。
……確かに、その方が種族同士の結束高まりそうですけど、だからって。
「大地を枯渇させて世界人口減らすことで、種族同士での戦いよりも辛い環境下で助け合う世界を作ると? ちょっと思想が赤い星すぎませんか?」
だが、どうやら王子様は本気でそう考えているらしい。
「……繁栄よ、お前がいると邪魔だ」
「そりゃ確かに、大地をわざと飢えさせて生物全体を皆殺しにしようとする貴方からすれば、私は邪魔でしょうね」
そして、喋りながらも私は静かに考える。
もしかしたらこれはいい機会なのかもしれない、と。
今まで先延ばしにしてきた国外への逃亡を、『王子のせいで仕方なくそうせざるを得なかった』と……つまり、私が自分の意思で行動したわけではないと理由がつくのではないかと思ったのだ。
いつか戻ってくるかもしれないから、その時にせめて同情されながら帰ろうという浅ましい考え。
自身の高い能力に驕り高ぶり、逃亡程度は簡単だと余裕ぶっこいてたのだ。
魔術封じも、私の高い魔力を用いればパンクさせることができる。首を落とされようが、私なら無傷の状態にも戻せた。
だからこそ死なないと、死ななければいくらでもどうにでもなると思ったのに。
この逢瀬から1週間後、私は罪人として囚われる。
そして、
* * * *
「じゃあ、本当のことをご主人様にいいますか?」
「言うわけないでしょう。第二王子は噂に違い無く、ただの愚者であったと思われていた方がいいです」
いつもの夢の中。
私は
「私ですら、彼と結婚すると決まるまで遊び呆けてる王子だと思ってましたからね……」
「人間と恋愛して大往生まで看取った若いエルフ王子なんて、一本ドラマ書けますよねぇ」
ほとんどのエルフは、第二王子について詳しくは知らない。
それはエルフ王が人間と愛し合うエルフを恥だと思って隠し通していたからだ。そして表に出てこない第二王子のことを大衆は好き放題噂していたし、エルフ王も第一王子の人気を上げるためにそのままにしていた。
だから、ただの強欲で権力好きな愚息と思われているのだろう。
「第二王子が私を恨む理由を話したら、ご主人様に計画の事まで話さなきゃいけなくなります。……それは、まずいですからね」
「まぁ確かに、人間のご主人様に『実は私人間大量ぶっ殺しマシーンの砲弾予定だったんですー!』なんて言えませんもんね」
パピコの頭の部分までしっかりとしゃぶりつくした私達は、空容器をゴミ箱に突っ込んだ。
そして私は一呼吸置いて、もう1人の私に顔を向ける。
「……ところで、あなたいつまでいるんですか?」
「目が覚めるくらいまで? いいじゃないですか、減るもんでもないし」
2人して静まり返った空間に、ぎゃああああ、という悲鳴が響き渡った。
室内に置いたアレクサから流れるのは外の音。
硬いものがごきりと折れるような音が聞こえて、暫く静寂。布の擦れる音と、ご主人様の呼吸が近くで聞こえる。
ラジオのようなソレはユターシャの耳から入ってくる音をリアルタイムに流しているのだ。
「嫌な音ですねー、ちょっとBGM変えません?」
「まぁいいですけど……それより貴方は何してるんですか」
もう1人の私は、「おるた」と書かれたブカブカのTシャツを着て銀髪のウィッグを被っている。先ほど眼球にいれようと努力した高発色イエローカラコンはゴミ箱にぶち込まれていて、彼女の目は少しだけ充血していた。そして銀色の鎖をじゃらじゃらと腕に巻き付けている。
……なんだろう、浅く広く『もう1人の自分要素』を取り入れるのやめてもらっていいですか?
「私からすればまだ地味すぎるくらいです、もっと腕とかにシルバー巻くとかさぁ」
「だs……ごほん。お願いなのでご主人様の前にその格好で出ないでくださいよ」
まるで闇のデュエリストか、はたまたオルタ化した聖女を意識しているもう1人の私は、腕の素肌が見えなくなるまでのシルバー鎖を腕に巻き付けていた。
身体にもシルバーを巻いて満足したのか、ドヤ顔でポーズを決める『おるた私』は、まるで尊大な魔王のようにデスクチェアに腰掛ける。
「さて……夜はまだ長いですから、ゆっくりしましょうか」
———今頃、
時刻は明朝の手前。きっと現実では、窓の外が群青色になりつつあるのだろう時間帯。
ご主人様は眠っている私に対して絶対命令権を使って「起きないように」と言ってきたのだ。故に私は起きたいと思っても起きられず、外の様子を耳から聞こえる情報しか得られない。
「ご主人様は殺しを隠したいんでしょうね」
「……ま、バレてますけどね?」
この空間は私の意志で様々なものを反映させる事ができる。転生特典のひとつだと楽観視して受け入れていた私は、夢の中で前世の一人暮らしアパートを再現していた。
そして、机の上に置いたアマゾンエコーからは、眠っている私の耳から聞こえる音を流している。これによりどんなに眠っていても、私は外の様子を窺うことができるのだ。
おかげで何度も助かったことがある。主に夜這いを仕掛けてくる変態第二聖女から身を守るとか、そういう方向性で。
「やっぱり、私の身柄をエルフ達は求めてるんでしょうかね」
「そして場所もバレてる、と……とはいえ、表沙汰にはしたくないみたいですね」
仕方がないことだ。追われているのに定住しているなんて、見つけてくださいと言ってるようなものだから。
エルフ達が表沙汰にしたくないのは、私が人間大量殺戮マシーンだからだろう。それがもし人間にバレてしまっては、戦争どころの話ではない。だからこそこうして、エルフ達は夜中にこそこそと寝首をかきに来ているのだ。
「そして、ご主人様もご主人様で———わざと泳がせてるんでしょうか?」
返り討ちにしたエルフをどこかに運んでいる様子のご主人様。昨今の魔術は進歩したもので、死体からでも情報を抜き出せるのだ。
私という餌をわざと定住させることでエルフの刺客たちを誘き寄せて、そこから情報を得ようとしている? そんな非効率的なことするものなのでしょうか……? ご主人様には私に対しての絶対命令権限もあるわけだし、それを使用すれば私の隠し事くらいは全て暴くことが出来るだろうに。
……私は、考えることを放棄した。
「……いやですね、難しいことを考えるのは嫌です」
「とはいえ、あまりお気楽主義で居続けるのもよくないですよ」
「わかってますって……」
はぁ、とため息をついたのは私か、はたまたおるたの私か。
「———いつか、終わりはきちゃいますよ」
「わかってますよ」
私が背負うものも、ご主人様が隠しているものも、全て全て壊れてしまえばいいのに。
「魔王がいれば……そうすれば、世界ぶっ壊して私の悩みも全部取り払ってくれるのに、なぁ」
「それを貴方がいいますか?」
おるたはシルバーをいじくりまわしながらも、物騒なものを見る目で私をみつめていた。
聖女らしからぬ言葉ということはわかっている。それでも、今となってはその誕生を待つひとりとなってしまった。
「だってそうでしょう? 人間大量殺戮計画は魔王がいないから計画されたわけですし、魔王不在のせいでエルフ国のお偉いがたは困ってるんですよ。人間大量殺戮計画が無くなれば私が皇族と結婚する必要性もなくなりますし、私の価値は多少下がります。そうすれば晴れてご主人様と夫婦になっても良いのでは?」
「はぁ……いやぁ……まぁそれはそうですが、言っときますが無理ですよ?」
「なんで?」
無理なはずはない。
エルフが積み重ねてきた歴史を振り返り逆算すると、およそ90年から100年ほど前に魔王は生まれていないとおかしいのだ。
それがまだ現れていないのだから、むしろいつ来てもおかしくないわけで。
「貴方の思うように、どこからともなく悪の魔王が現れて、そして魔族を引き連れて襲来するなんてことはありませんよ」
「……何を根拠に」
おるたの身体に食い込むシルバーの鎖が、どんどん深くなっていく。柔らかな肉に、沈み込むように。
なんで私の知らないことを、コイツは知っているように話している?
私と彼女は同一の存在であり、それをわざわざふたつに並列して運用しているだけにすぎない。なのに、私と別の動作をするのは、明らかなシステムエラーである。
「待ってください……ちょっと、貴方何者ですか?」
「ユターシャですよ?」
相対するおるたの私は、いつも通りの笑顔を浮かべていた。
ぎち、ぎち、と鎖が縛られていく音が聞こえる。
「貴方は私ですが、私は貴方ではありませんから」
おるたの声は、いつもの私の声ではない。
———私はおるたじゃない。
おるたは私を知らない。
私はおるたを知っている。
私はおるたに干渉できない。
おるたは私に命令できる。
私はおるたに勝てない。
私は、私は、私は、私は——— 私は? 私は、私は、私は、私は——— 私は、私は、私は、私は、
鎖が軋む音が聞こえる。おるたの鎖がぎちぎちに締め付けられて、彼女の腕に巻き付いた鎖は皮膚にめり込んでいく。彼女の腕から血が流れ、鎖の隙間から滴っていた。
「———魔王は」
私おるたの身体の鎖が、より強固になっていく。
何が起きてるのかわからずに、そして———彼女の体に巻きついていく鎖を壊すために、私は手を伸ばした。
彼女がいなくなるのが、怖いのだ。
私は彼女であり、彼女こそがユターシャなのだから。今まで矢面に立ってくれていた
愛に目覚めたのだ。
あいに、めざめたのだ。
「もう」
「いやです……待って、言わないでッ!」
元から、ひとつの肉体にふたつの魂が宿るなんて無理だったのだ。
だから
そして本来生まれるべきユターシャの魂は追いやられて、ただ観測するだけの無機質なナニカとなっていたのに。
愛を知った。
私が伸ばした手からは、黒い光が迸る。
ドス黒い色の火花と、嫌な色をした閃光がおるたの私にぶつかる。
その直前に、彼女の身体を守るように現れた白い壁はとても神々しかった。それにぶつかり、黒い閃光は消滅してしまう。彼女の身体は徐々に消えていき、部屋には私だけが取り残されていた。
「顕現しましたから」