転生前は人間のオスだったエルフの聖女、婚約者に嵌められ淫魔になり追放されたらしい 作:芥目たぬき
あとユタ子はちゃんと幸せになれるのでもうしばらくお付き合いください。本当です。
その異界にいる滞在時間は5秒と満たなかった。
扉を消して、新たな扉を出し、そしてその扉をくぐる。その一連の流れで、数百キロ近い距離を移動したのだろう。
辿り着いたのは、知らない焦土だった。
辺り一帯の木々が焼け落ちているのが見える。ずっと先まで見渡せるほど何もなく、燻る臭いが酷く鼻についた。
「あれ……?」
ユターシャが首を傾げる。互いに地面に足をついて、そして辺りを見渡して———
あぁ、酷く嫌な予感がする。
「……ここ、どこだ?」
「最初に私達が会った、
衝撃に薙ぎ払われて燃え焦げた木々だけが散乱していて、オレ達はそこで立ち尽くすしかなかった。嫌な匂いと、風の音。そして生き物の息が何一つ聞こえてこないのがなによりも恐ろしい。
失敗しちゃったみたいです。と、ユターシャはへにゃりと苦笑いを返した。
確かにオレ達が出会ったあの場所はもっと木々が生い茂っていたし、魔獣などの強い生命の気配があちこちに感じられた。草木一つ見当たらないこの不毛の地と似ても似つかないだろう。
まるでこの世界から全ての生命を根こそぎ刈り取ったような光景。ただの自然現象で、こんなことになるはずがない。
———ふと。
足元を見ればどこか見覚えのある焼け焦げた板が落ちていた。
「これは……」
板には穴が開いていて、そして溶けかけた鎖がついている。拾い上げてよく見れば、穴の側面には術式が刻み込まれているのが見えた。
よく覚えている。
これは、ユターシャにつけた足枷だ。
出会った時につけた足枷。間違えるはずもない。
「あぁ———そうか、そうだよなァ」
思わず呟いて、空を仰いでしまう。
ここは、間違いなくオレ達の出会ったあの森なのだろう。ユターシャから隠すように足枷だったものを踏み潰せば、頑丈だったはずのそれは炭化して簡単に粉々になった。
「ご主人様? えぇと……とりあえず怪我直します、ね?」
何も考えたくなくて、ユターシャの手招きに大人しく呼ばれていく。
「……頼む」
「ちょっとまだ慣れてないのでうまくできるかわからないですが……少し、お待ちくださいね」
適当に倒れている木に腰掛けて、ユターシャに身体を委ねた。いつもとは違う黒い光が身体中を包み込んで、そしてみるみると怪我が治っていく。医療を専門とする魔術師でも、ここまで早く範囲も広い回復なんてできやしないだろう。
やはりユターシャの身体が溶けることはなくて、新たに変わった魔術属性をうまく使いこなしているようだ。じんわりと温かい光に包まれながら、オレは小さく息をつく。
「……っ! ご主人様……こんな……ッ!?」
「ユターシャ? どうした」
「なんか色々折れてるし曲がってるしちぎれかかってるし……なんで、平気な顔してたんですか……!? わたし、私ッ……」
ユターシャが泣きそうな顔をして傷を見下ろして小さく呟いた。違うと言えば嘘になるかもしれないが、それを肯定すればきっとこいつは自分を責めてしまう。
この怪我は、オレが自分で選んだものなのだ。確かにユターシャを守るための傷ではあるものの、それに対してユターシャに謝られる筋合いなんてどこにもない。
あえて黙っていれば、その沈黙に耐えかねたのか彼女は再び口を開いた。その顔には後悔がありありと浮かんでいて、思わず目を逸らしてしまう。
「私が……私が、魔王だと自覚したのは、最近なんです。それに、人を殺そうと、するつもりも……いえ、これは言い訳でしかないのですが……だけど……でも……」
ぽつり、ぽつりと言葉を落とす。俯いている彼女の表情はよく見えない。ただ肩が小さく震えていて、時折鼻をすするような音が聞こえてくるだけだ。
「———ごめんなさい……」
騙していて、ごめんなさい。
黙っていてごめんなさい。
隠していてごめんなさい。
苦しめてしまって、ごめんなさい。
何度も繰り返される謝罪の言葉を遮るように抱き寄せれば、腕の中で彼女がびくりと身体を震わせたのがわかった。
「言っただろう、救ってくれるなら全てを許すって」
「ですが、私は———ッ!」
そのまま抱きしめていれば、やがて恐る恐ると背中に手が添えられたのを感じる。控えめなそれが愛おしくて、そっと頭を撫でてやった。
「キス、していいか?」
「あ、ぇ———」
返事を待たずに唇を重ねれば、驚いたように目が見開かれる。しかしすぐに受け入れてくれるようで、ゆっくりと瞼が閉じられた。
何度も何度も繰り返して、ユターシャの言葉を塞ぐ。
「ぅ"う……ずるい、ですよ」
「今更だな。オレはとってもずるくて、世界で一番悪い男なんだよ」
「似合いません、ね?」
「うるせぇ」
少しだけ落ち着いてきたようで、呼吸も少しずつ元に戻ってきているようだった。
ゆっくりと離れていけば、ユターシャの顔には涙の跡が残っているもののだいぶマシになっていた。
やっぱり泣かれるより笑っている方が似合うな。そんなことを思いつつ頬に触れれば、くすぐったかったのかユターシャは少し身を捩る。
「……身体、もう痛くはありませんか? まだ痛かったらちゃんと言ってくださいね。大怪我の時に平然とするの禁止です」
「あぁ。助かった」
すっかりと元通りになった手を動かしたり、軽く飛び跳ねたりしてみても全く問題はない。さすがにまだ本調子ではないから多少の動きにくさはあるものの、これくらいは許容範囲内だ。
これなら———魔術も使えるユターシャがいるのだ。きっと、あの2人がやってきても返り討ちに出来るかもしれない。
逃げられるのだろうか。
……そうだったら、いい。きっとそううまくはいかないだろうけれど、もしかしたら、逃げられるかもしれない。
その困難さを頭ではわかっていても、少しだけ見えてしまった希望を考えてしまう。あの養父がこの程度のイレギュラーで立ち止まる男ではない事をオレは理解しているけれど。
それでも。
———それでも、ユターシャと共にいられるなら……そのためなら、どんな苦難も越えようと思えるのだ。なんて、口に出す事はきっとないけれど。
懐に隠した武器を確認する。まだ武器はいくらか持ち合わせているため、今すぐ彼らが来ても充分に迎え撃つ事は出来るだろう。
「……あの人達がどのくらいで来るか、わかるか?」
「悪魔の言葉通りなら、地獄を経由して空間移動を行ってるはずですから。生者にとって地獄の空間は結構大変だと思いますし、この距離なら大体1時間くらいは猶予を見ていいかと思います」
魔術に関して最強を謳われるエルフ国の第一聖女ユターシャがそういうなら間違いないのだろう。
———しかし、そうなると気になるのは先ほどの場所だ。
「あの黄金色の場所は、一体何なんだ?」
「さっきの場所、ですか?」
「あぁ。地獄でもないんだろ? 天国でもないみたいだし、なぁ」
空には何もなく暗闇だけが広がっていて、どこまでも黄金色の光が迸っていたあの場所は、はたしてなんだったのだろうか。
あの美しい世界が地獄とは思えないが、じゃあ天国かと言われるとそうでもない気がする。
生命の気配はないのに、どこまでも存在感が強い。暖かいのに寂しくて、畏れを感じるのに穏やかにいられる場所。
「ええと……言語化するのは難しいのですが、あえていうなら世界の裏側とでも言える場所です。あの世でもこの世でもなく、現実世界に依存していないのでどこにでもいられるといった概念、と言ったらわかります?」
「わからん」
「うーん、概念の世界なのでもうなんとも言えないです。まぁ普通の人間ならいけないところだと思ってください。わかりやすく名付けるならば……
まぁ言っちゃえば地獄や天国と似たようなものですね、とユターシャは地面にガリガリと絵を描いていく。
その異界は今も触れているが触れないものらしい。人の持つ感情と同じように、そこにあるのに見えないものだという。黄金色に輝いていたものが星の脈動であり、この世界の万物のルールだという。魂という多様性の個々を許し、地獄や天国を制定したのもこの星の意志だという。
スケールのデカさが理解できなくて実感が湧かないが、きっとオレはなんとなくすごい体験をしたのだろう。
「人って、死んだ場所に関係なく死者の国に行くじゃないですか。肉体から離れないと行くことができないような異界は、大抵が三次元的距離といった概念に囚われることがないんですね。なのでそのシステムを使って移動するんです。いやぁ、私も空間移動魔術は色々と試しましたがこういう方法を使うのは目からウロコでした」
聞けば聞くほど、簡単に言ってるがとても恐ろしい魔術にしか聞こえない。
「お前……失敗してたらどうするんだよ」
「初めてでしたけど、確証はあったので。私天才ですし」
通常の悪魔が地獄に行くにはそれ専用の
しかし、ユターシャもルシファーも特殊な体質のため、その
そしてルシファーの使用する
対してユターシャの使用する
「……???」
「ええと……うん、私の方がすごいって思ってくれればそれでいいかと」
言われれば言われるほど理解が出来なくなっていったオレは諦め、そしてユターシャも目を瞑ってしまっているあたり説明するのを諦めたようだ。
「しかし、だからこそ不思議なんですよね……異界への扉も開けることができたから、着地点を間違えるなんてことないはずなのに……うーん」
「あぁ。そうだな」
きっと、着地点は間違えていないのだろう。
ただ周りの光景があまりにも変わってしまっただけなのだ。
かなりの衝撃と灼熱がこの大地をこんな姿にしたのか。考えられるのは一瞬の爆炎と、そして熱風。それがずっとずっと先の方まで続いている。
自然の炎ならばこんな風に一方に薙ぎ倒されるはずがない。
どれほどの威力が降り注いだというのか。どれだけの命が、一瞬で奪われたのか。
甘き森ですらこの有様だというなら、きっとエルフの国はもう———
「……あれ?」
ユターシャがふと、遠くの方を見据えていた。
目線の先は木が凪倒れている方向とは別の……おそらく衝撃が起こった方角である。
オレもそちらに目を向けるが、しかしまだ何も見えるものはなかった。
「どうした? 何かあるのか?」
「ご主人様、手を……」
ユターシャに差し出された手を、そのまま握り返す。ぎゅっと強く握られて、そしてユターシャはオレを引き寄せるように抱きついてきた。
見据える景色は何も変わりがないのに、その表情だけは酷くこわばっている。彼女は、何を認知したのだろうか?
「第一位魔法、展開。純然なる叡智、薄光は無限の圧縮。堅牢なる無窮は顕る———オルタ・イギスエザー・サリス」
詠唱と共に、彼女を中心にして光の輪が広がるように結界が張られていく。護るための魔法だろうか、それはオレとユターシャをすっぽりと包むように展開されていた。
そうして、淡く光る壁にはところどころ黒い稲妻のような魔力が迸り、高圧力の魔術だということが窺える。
……第一魔法なんて、この世界に使うような奴がいたんだな。それも、こんな平然な顔で。
「ユターシャ、なにがあるんだ」
「魔力の収」
ユターシャが次の言葉を発そうとした、その瞬間だった。
「あ?」
最初に光。あたりが真っ白に光り輝く。
光、光、光———
そして虹霓が瞬くように、次々と色が移り変わる。赤、青、緑、黄色、紫、橙、水色、桃、薄紅色、白色、黒色、茶色、灰色、金色、銀色。
ありとあらゆる色彩が、視界を埋め尽くす。
故にこの
それはまるで、小さな太陽が現れたかのような衝撃。
だがそれは数秒で終わり、やがてその輝きは小さくなって辺りは闇に包まれていった。
「なんなんだ、今のは……」
あれだけ眩しかったのに、不思議と目は焼かれていなかった。
おそらく、爆音や衝撃など全てからこの繭状のものは守ってくれたのだろう。やはり第一聖女の名は伊達でない。
———そして。
「なんだ……これ……」
辺りの様子は、さらに一変していた。
薙ぎ倒され、黒く炭化していたはずの木々は吹き飛ばされたのだろうか。そこに残るのはいくばくかの燃えカスのようなものだけで、先ほどまであった残骸は消え去っている。
もしも、ユターシャの守りがなければ……吹き飛ぶどころか、肉片の一つも残らなかっただろうな。
「ユターシャ、今のは……」
「———ぁ、え?」
ユターシャの顔を見れば、真っ青な顔をしてそちらを見つめていた。
「いまの……わたしの、後輩達が……」
「ユターシャ?」
「今の魔力……」
どんどん、ユターシャの呼吸が浅くなっていく。
顔は青ざめ、やっと止まったはずの涙が再度溢れんばかりに目に溜まっていく。
彼女の身体を抱きしめて、震えるユターシャの背中を撫でさする。それでもガクガクと震えるばかりで、止まる様子はない。
「今のは……」
地獄の業火すら凌駕する、圧倒的な暴力。
———それは。
「エルフが、人に向けて使用を計画していた兵器の……」
ユターシャの身体から、力が抜けたように地面へと倒れ込みそうになる。オレが支えてなければ、そのまま崩れ落ちていただろう。
ゆっくりと、落ち着くように何度も背をさするが、それでもユターシャは止まらない。
理解してしまったのだろう……あの一撃が、いったい誰によるものなのか。
「ユターシャ。もう、いい。もういい、やめよう。考えるな」
「魔力は、私の、後輩達のもので……なんで? だって、そんな……あぁぁ、ああああああ……!?」
———じゃあ、やっぱりここはあの森なんですか?
ユターシャが縋るように問いかけてきて、オレは首を振った。違うと言ってやりたかった。
こんな場所は、お前の故郷なんかじゃないのだ。こんな焦土が、エルフの国であるわけがない。
言葉を重ねるが、しかしユターシャはオレの胸に顔を埋めて絶望した悲鳴をあげていた。
地獄そのものの光景。命を奪い去る暴虐の嵐。
エルフが人を滅ぼそうと、最後の切り札として用意しようとしていた最終兵器。
きっと、裏で手を引いているのはボスや悪魔なのだろう。魔術において最強を誇るエルフの国が弱体したタイミングを狙い、内部から侵略し、そしてこの地獄を生み出したのか。
「……ユターシャ」
「う"……ぁ、あっ……」
「ユターシャ」
顔を無理やりあげさせると、彼女は焦点の合わない瞳で虚空を眺めていた。壊れてしまった人形のように、ただ涙を流しながら呆けている。
その痛ましい姿に胸が締め付けられるが、しかしここで折れる訳にはいかない。
オレは、ユターシャの頬を両手で挟んでこちらを向かせた。
「みんな……私の妹達は、あの子達は、こんなことする子じゃなくて……」
「あぁ」
「きっと、何かあって……それで、騙されたか、洗脳されたかで……」
———たすけなきゃ。
涙に濡れる頬を拭ってやる。震える身体を抱きしめる。耳元で大丈夫だと言い聞かせる。
ただそれだけしかできない自分が、腹立たしくて仕方がなかった。
「妹達の魔力だったんです。だから———深淵霊廟に、行きます。きっとそこにいるはずだから……」
ユターシャは、立ち上がりフラフラとした足取りで歩き出した。目の前に現れたのはピンク色のシンプルな扉。きっと、これをくぐればすぐにそこに辿り着くのだろう。
「席次があった聖女は、私以外には4人……みんな、私に及ばずともすごく強かったんです。普通なら、どんな相手だろうと負けるわけがないんです」
「あぁ、エルフの国の聖女の話は有名だからな」
ユターシャこそ世界最高峰と言われているが、エルフの国自体が魔術に秀でた国なのだ。その中でもトップ層なのだから、強いに決まっている。
ユターシャが、ドアに近づく。
———第五聖女 春宴担う祝
「とても朗らかで優しくて……花を愛でるのが好きな穏やかな女の子で、民に幸福を願う子でした。だから、あんな兵器に携わせるわけにはいかないのです」
———第四聖女 果てぬ赤
「強い女性でした。エルフ騎士団長の奥様で、私も何度もお世話になったんです。強くて正しくて、常に子供達の未来を見据えていました。だから、こんな酷いことを出来るはずがない」
———第三聖女 嶺爵の騎士
「鋭く、冷たく……秩序を持って、国を護る女の子でした。厳しさは優しさで、鋭さは公平の証。誰よりもエルフの事を考えている正しい騎士。だからこそ、民を滅ぼすような真似を彼女が許すはずがない」
———第二聖女 陽光讃歌
「私のことを、姉と慕ってくれていました。エルフ王族の血筋を引いていて、少し世間知らずなところもありましたけど、でも努力家で明るく元気で、気品もあるけれどお茶目な子で……だから、こんなことさせるわけには行かないのです」
ドアノブに手をかけながら、振り返ったその表情は涙に濡れながらも決意が篭っていた。この先に待ち受けているであろう、悲惨な現実を受け入れなければならない。
それでもユターシャは、妹達を信じているのだ。
たとえそれが、どれだけ非道なものであろうとも。
「こんなにも罪深い私ですが……それでも、あの子達を、助けなきゃいけないから。脅迫だろうが悪魔の契約だろうが、洗脳だろうが……絶対に、救うんです」
「……そうだな」
ドアノブに手をかけるユターシャの上から、手を重ねる。指先は冷えて、少しだけ震えていたそれを優しく包み込む。
「ユターシャ、行こう」
「……えぇ」
———そして。
そして、そして……
「……え?」
黄金色の世界をくぐり抜けた先。
豊穣の未来を約束するための極楽。
常に春の小川が流れ、甘い果実が常にたわわに生る、大地が開く饗応の楽園。
その美しさは地下にあるとは思えないほどの明るさに満ち溢れており、この世のどんな景色よりも素晴らしいものだろう。
だが。
「な、なんで……? なに、あれ……?」
今はその大地が、血に塗れていた。
あちこちに肉が飛び散っていた。
瑞々しい草花には黒々とした血がこびりついて、あたりには腐臭が立ち込める。
そして、その中央部。
深い深い穴が開いており、その上には穴に魔力を流し込むための宝珠が祀られている。
その宝珠から伸びる太い線に繋がれた、ふたつの巨大な機械。片方はきっと、エルフの作った兵器だろうが———
もうひとつの、巨大な機械。
赤黒い液が、見える窓からゴボゴボと煮え立つのが見える。その中には幾人もの女達の、首から下の遺体だけが小さなガラス張りの棺に閉じ込められていた。
首がない、死体の陳列。
未だ生きているようにビグビグと震えている。
しかし、もうそれは死んでいるのだろう。
「あ……」
「見るな、ユターシャ」
「あああぁ……」
「ユターシャ!」
オレの声に、何も返さない。
そしてその瞳からはボロボロと大粒の雫がこぼれ落ちる。口元はハクハクと動くだけで、何も言葉を発することはなかった。
きっと、ああして死んでもなお陵辱されているのはユターシャの大切な存在だったのだ。
膝をつく。力が抜けて、座り込んでしまったユターシャ。
肩を抱いて背中をさすってやるが、彼女はただ嗚咽をあげるだけだった。
オレは、何度ユターシャの涙を見ただろうか。どうしてこうも彼女を守ってやれないのだろうか。
彼女の心は、もう限界を迎えていた。
「ふふふ……あは、あはははっ……!」
あぁ、まただ。
オレ達を嘲笑うような地獄からの笑い声が、聞こえてくる。
「殺して、やる……」
ユターシャが、背後で絞り出すように声を上げた。
「絶対に、殺して、やる……」