転生前は人間のオスだったエルフの聖女、婚約者に嵌められ淫魔になり追放されたらしい 作:芥目たぬき
一晩明けてこってりと搾り取られたオレは、サキュバス淫香の届かない洞穴の入り口付近で深く深呼吸をしていた。一晩中ずっと身体を動かしていたから酷く気怠くて、だからといって今日も帰路を進まないといけないのだ。
幼少期からの訓練で淫魔毒にも耐性をつけていたと思っていたが……流石に飢え死にしかけたサキュバスには抗えなかった。
生きるために必死になった最後のフェロモンは甘美で、途中から意識を落としながら身体を動かしていた気がする。
……オレも歳食って身体が鈍ってきたのだろうか。5年前ならば、もう少し上手くやれてたかもしれないが……
「んぅ……あれ?」
「起きたか」
「お、おはようございましゅ」
昨日まではあんなに死にかけていたと言うのに、一晩ですっかり元気になって身体にハリツヤが出ているユターシャ。洞窟の奥の方で転がしていたはずの彼女は、いそいそとこちらに近付いてくる。
「早起きですねぇ……ふわぁ」
「身体の調子はどうだ?」
伸びっ、と伸びた身体は朝日の下では輝かんばかりの白肌を晒していて、目に眩しかった。
見た限りでは元気ハツラツといった顔立ちの彼女は、にこりと屈託のない笑みをこちらに向けて笑いかける。
「ここ数十年で1番元気な気がしますよ! たっぷりエネルギーがチャージされました!」
「ん、そうか。ならいい」
オレの精力を散々搾り取ってくれたのだ。そのくらい元気になってくれないと、割りに合わないと言うモノである。ゆらゆらと揺れる尻尾も、昨日見た時よりずっと元気に動き回っていた。
とはいえ、彼女も元は聖女である。
昨日までの痴態はどこへ行ったのか、しっかりと囚人服を着込んだ彼女は、卑猥さのかけらもなくオレを見上げている。シャツをズボンにぴっちりと入れて、ボタンも上までしっかりと閉めていた。
淫魔の力なのか、あれだけボロボロだった囚人服は正しい形に戻っていて、肌は珠のように戻り髪の毛は美しい金髪が輝いている。
……なんだか、変な気分だ。
こんなに清純で野暮ったいと感じる女が、あんなに腰をくねらせていたというのが信じられない。聖女らしく華美なものに慣れていない純朴な気品と、それでいて淫魔特有の魅力がミスマッチしているとでも言うべきか。
「〜〜で、ですね。私としては祖国に……ってあれ? 聞いてます?」
「すまない、少し疲れていてな……なんだった?」
すっかり彼女に見入ってしまい、話を聞いていなかったのを無理やり誤魔化した。
やっぱり、この聖女は危険である。
おそらく無意識に出しているのだろう色気に無自覚になっていて、聖女として綺麗なものにばかり触れてきたからなのか性善説を信じているきらいがあるのだ。
「ですから、このことは他言無用でお願いします。もしも私が処女を失ったとバレたら、聖女的にマズイので」
「まぁ、そうだろうな」
確かに、大々的に『聖女ユターシャ、淫魔になってドスケベセ○クス』だなんて外聞が悪すぎるだろう。彼女を聖女第一席として称えていたエルフ国の名に傷が残ってしまう。
地位のある人間が問題を起こすと大変と言うのは、どこの国もおんなじか。
「アンタが言ってほしくないって言うなら、オレから言いふらすような事はしない」
「そう言っていただけると助かります。
……ん?
「一時は貴方を恨みかけましたが、命を助けていただきありがとうございました。これだけ元気になったら、きっと私1人でもなんとかこの甘き森を抜けて王城まで戻れると思います。この御恩は決して忘れません。……またエルフの国に立ち寄ってくださったら、その時には手厚く歓迎いたしますよ」
「何言ってるんだ?」
「?」
きょとん、とユターシャはオレを見上げている。
「あれ? えぇとごめんなさい。もしかして私をエルフの国まで送ってくださるおつもりでしたか? それでしたらご厚意頂きまして……」
「いや、人間の国に戻るぞ」
「ですよね! でしたら、私はエルフの王城までなんとか一人で行ってみますので、また是非エルフの国にいらっしゃった時は……」
あぁなるほど。つまりこのユターシャは、エルフの国に一人で帰るつもりなのだ。
確かに淫魔になったとはいえ、エルフ王が可愛がっていたというユターシャはきっと保護されるだろうし、国の総力を上げて淫魔からエルフに戻る方法を探す事だろう。
それに、聖女的に淫魔はアウトでも悪魔ならセーフかもしれない。皇太子が着せた濡れ衣のせいで悪魔になったと言い張ればいいのだろう。
だからこそ、オレと性行為したことは他言無用だと言い含めたのだ。元はエルフの聖女が人間如きと淫らな行為をしただなんて一大スキャンダルになる。
だが、それではいけないのだ。
オレの任務に、狂いが生じる。
「ユターシャ、お前はオレと共に人間の国へ来てもらう」
「…………………………え°?」
オレの言う事がわからなかったのだろう。
ユターシャは、不思議な声を出しながらも首を傾げていた。
「お前は、オレと共に、人間の国に来てもらう」
「な、何故です? 私はエルフの国の聖女ですよ? 第一席ですよ? 確かに淫魔になりましたが、あの国には私が必要で……!」
「アンタの、身の安全のためだ」
そうして、オレはエルフの国で手に入れた新聞を差し出した。日にちは数日前のもので、つまり
そこには、聖女ユターシャの罵詈雑言が敷き詰められていた。
「な、なにこれ、は……」
「今、エルフの国に帰ったら
嘘だ。
国民の殆どがこの新聞記事を出鱈目だと切り捨てていたし、同情はユターシャに向けられていた。皇太子はエルフ王の手で、まもなく地位を剥奪されるだろう。
だが、オレはこれから聖女を誘拐する。
彼女を騙して、人間の国へと連れていく。
「まぁ、拒否しても連れて行くからな。オレにはこれがある」
そうして、オレはもう一枚の紙を見せた。
昨晩、男欲しさにユターシャは今後の長い人生を売ったのだ。その証が、この白紙の契約書だった。
契約内容のところに何を書こうがオレの自由だし、それを全てユターシャは受け入れなくてはならない。
「……私、わたしは、エルフの国に、戻らなきゃ……」
「せっかくオレが助けた命だ。無駄死にさせたくはない」
「……王様なら、きっとわかってくださいます。彼の元に辿り着けば、きっと……」
「王との謁見までに、一体何人のエルフがいると思う? 今のアンタはエルフに嫌われる魔族なんだから、謁見前に焼き払われるぞ?」
冷たく突き放す。啜り泣く声が聞こえるものの、それを慰めるように頭を撫でた。
「今のエルフの国は、アンタにとって
そういった瞬間、彼女はこちらを見上げていた。
「人間の国に、逃げる……?」
涙に濡れた目は、悲しみに揺れていた。
いくら『降り立つ繁栄』としてエルフ達に持て囃されたユターシャとはいえ、エルフの年齢的にはまだ未成年なのだ。国から出たこともなければ、おそらく最高の聖女として常に誰かに守られ続けてきたに違いない。
彼女は小さく、「50年前に聞きたかった」とこぼした。ただの独り言は、それでもオレの耳に届く。
「私、婚約者だった王子様からも、国民からも嫌われてたんですね」
「…………誤解してるだけだろう。きっと、喉元さえ通ればいつか忘れるさ」
「国のためにと尽力して50年近くになります。それで、みんな私のことを褒め称えていたのに……本心では、こう思っていたんですね」
聖女たれと育てられたユターシャには、それしか残っていないのだ。
国のために聖女として在り続けろとずっとレールを敷かれ続けてきた彼女にとって、それ以外の道は暗く怖いものなのだろう。
国のために。祖国のために。
オレも
暗殺者として有名になりすぎたから、
かつてはどうしてだと悔しくて泣いたものの、それだって喉元を過ぎれば思い出として風化してしまう。
ポロポロと涙を流すその姿は、かつての自分にどこか似ている気がした。
「共に行こう。オレは、お前を守ってやる」
「守るだなんて……私、は」
「オレはアンタに、聖女である事を求めない。淫魔としてのアンタに身体を提供しよう。食と安全を提供する」
エルフの国に帰ったら、きっと満足いくほど腹が満たされることは無いと低く囁いた。
人間は悪魔と共存して生きているが、エルフは魔のもの全てを穢らわしく思っているのだ。だからこそ、ともに人間の街に来いと甘い言葉を重ねる。
これじゃあ、オレがまるで悪魔になった気分だ。
甘い言葉でたぶらかして、綺麗な聖女の心を奪おうとしている。
そして———
「……わかりました、行きます」
私を連れていってください。
止まらない涙を拭いながらも、彼女はそう言って綺麗な笑顔を見せた。
* * * *
「さしあたって、契約について相談したい」
「……け、契約ですか? あの、基本的に人間国のルールを知りませんし貴方の言う事には準じますので、できれば白紙の契約書とかいうトンデモ違法書類を破棄いただければと思うのですが……」
オレは白紙の契約書を取り出して、トントンとペンで叩く。
あんまりにも酷すぎる契約はユターシャの精神衛生を考慮して約束しないつもりではあるが、腐っても
「とりあえず、オレの言う事には全部従ってもらうとして……」
「そんなぁ!? じ、人権無視ですよそんなの! 万人に共通したひとりひとりの権利を冒涜していますよ!」
「でもお前淫魔じゃん。人間じゃないから」
「人権無視だけでなく人種差別までぇ!? さ、サイテーですぅ!」
基本的人権を尊重した上で、言われた事には全て服従……と、そんな事を記載していく。
キャンキャンとユターシャがなにか騒いでいるが、それをまるっと無視した。
「く、クーリングオフ! クーリングオフを希望します!」
「くー……? なんだそりゃ」
「契約8日間以内だった場合は解約できるという制度です!」
「あーすいませんお客さん、うちそーいうのやってないんすわ」
「悪徳業者! 鬼! 鬼畜! 悪魔ァ!」
悪魔はアンタだろ、とオレが冷静に言うとユターシャは大人しくなって、それからさめざめと泣き出してしまった。
「うぅ……お義父様、パパママ……先生……私は、ユターシャはこれから人間の奴隷として今後を生きていくことになるのです……どうか私のことは忘れてね……」
「そこまで酷いことはしないぞ」
「ぐすん。私はこれから悪い商人に売り飛ばされて、反抗的な態度を取る美しい元聖女エルフとして調教されて壁尻奴隷として尊厳も何もなく一回ワンコインくらいの激安価格で使われてしまうのです……よよよ」
と、泣いてる聖女を無視して勝手に契約書に文面を付け足していく。とりあえず、1日の精液摂取量を決めておかないとこっちが干からびて死ぬかもしれないから……っと。
「あぁ、もしくは変態キモ親父に売り飛ばされて人権破壊肉体改造を施されて、人前に出れない様な無様な身体で全裸露出街中連れ回しの刑にあってしまうのでしょう……ぐすん。エルフの聖女ですからね、それくらいされても仕方ないですよね……」
「食事は1日1回でいいか?」
「3回必要です! できれば10時と3時にはデザートもお願いします!」
1日に3回は多すぎるだろう。
多くて1日2回で、それ以上の摂取時は双方の同意がないと不可、あたりでどうだろうか。
「ぐっ……わ、わかりました。ですが食事に肉類は出さないように気をつけていただけると……ん? あれ、私の食事って」
「セ○クスだろ」
「そんなぁ!?」
淫魔なんだから、当たり前だろうに。
「こ、この私が今後そんな性活しなきゃいけないなんて……」
「まぁ悪魔でも嗜好品として人間の食べ物を摂取する事もあるらしいから、全く食べれないってわけでもないだろ」
そういうと、ユターシャはがっくりと肩を落として陽の光に向かって恨言を呟いていた。
昨日あれだけ人様の上に
「き、昨日はそのぅ、お腹すいてたから……し、仕方なかったんです……」
「セ○クスが嫌なら初日みたいに
「食ザーかセ○クスするしか無いんですか!?」
淫魔なんだから仕方がない。
今後生きていく上で切っても切れない関係になるのだから、割り切った方が楽だろうに。
「うわぁぁんあんまりですあんまりです、命令絶対服従に、食事は日に二度のセ○クスとか!」
「仕方ないだろ。野良の悪魔だと思われたら人間の聖騎士団がすぐに討伐にくるんだから、契約悪魔として見せかけるためにそれくらいはしないと」
「契約悪魔……?」
こてん、と首を傾げたユターシャに、オレは軽く端折った説明をする。これは人間の国独特の文化であり、共存するためのルールでもある。
人間にとって、悪魔には2種類いるのだ。
ひとつは野良の悪魔。これはそこら辺を自由に動き回っていて、弱そうな人間を見つけたら誘惑して魂やら精やらを吸い取っていく通り魔の様な悪質な悪魔。
そしてもうひとつは、契約悪魔というものだ。
魔術を使うものの手によって召喚された悪魔で、なんらかの対価として人間に使役されるものである。
オレの祖国の法律では、たとえ聖騎士とかでもこの契約悪魔に攻撃を与えてはいけないという事が決まっているので、このように紙媒体で擬似的な契約悪魔として仕立てあげたのだ。
……まぁ、1番の契約理由は純粋に『逃したくない』のと『手綱を持っておきたい』からだが、わざわざそれを言う必要もない。
「もし人間とかに追いかけ回されたらオレの契約悪魔だと言ってくれ」
「そういうものなのですか……」
「オレへの絶対服従と、食事の制限があればよっぽど納得するハズだ」
問題はオレが直々に召喚したものではないというところだが、まぁ知人が召喚した悪魔を借り受けて使役しているとでも言えば通るだろう。
「他はまた適宜決めていくとして、質問はあるか?」
「はい! 今後500年に渡って肉便器として壁尻奴隷になるってことはありますか!」
「オレはしない」
「変態キモ親父に売り飛ばされて人権剥奪レベルの人体改造されるっていうのは……」
「オレはしないぞ」
なんでエルフの聖女にそんな知識があるんだ。
えへ、とユターシャは下手な笑いで誤魔化していた。
* * * *