(ぱっつん)ヘアと彼シャツとはだし 作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)
ある休日のこと。恋人であるおかゆとのデートを満喫していた昼下がりに、激しいにわか雨に降られてしまった。
ぽつり、と。静かに降りた雫が頬に触れたときには、晴れ間が空の向こうに見えていた。だから、おかゆと呑気に河川敷で散歩をして過ごしていたのだが……こうして、それが油断に繋がってしまったのだ。
「ひゃあ~、すごい雨だよ~! これはつらいねー!」
すぐ隣を走っていたおかゆの頭にジャケットをかぶせてあげながら、雨粒が叩く地面を蹴り返す。アスファルトの窪みに出来ていた小さいな水たまりでは、無数の波紋がぶつかり合っていた。
雨宿りできそうな場所を探す暇もなく、びしゃびしゃと濡れた足音を繰り返す。二人分の水音を重ねて、この場から最も近い避難場所である自宅に駆け込んだ。
「うへぇ~……。もー、びしょびしょだよー……」
ずぶ濡れのおかゆが気怠そうに呻く。せっかくのお洒落着が、重たそうに汗と雨を吸ってしまっていた。
へにゃりと耳を倒していたおかゆに大きめのタオルを渡して、玄関から浴室までの道筋にタオル絨毯を敷いて誘導する。
「お風呂貸してくれるの? わーい、嬉しいなぁ♪ ありがとー♪」
倦怠感を洗い流せるとわかってから、おかゆは表情に浮かべていた雲をパッと晴らした。
淑やかな表情も魅力的だが、やはりこの子には、アメジストのような瞳を煌めかせた笑顔がよく似合う。雨模様の対岸に見えた光芒のような輝きは、いつまでも見ていられるほどに綺麗だった。
かといって、猫又おかゆという存在は『綺麗』の一言では語り尽くせない。タオルで出来た道を、元気良くぴょんぴょんと渡ってから、脱衣所でいたずらにこちらを見やる。
「あ、でも~……僕が上がるのを待ってたら、きっと風邪をひいちゃうよね? きみも、一緒に入ろっか」
ニコニコと、無邪気な猫らしい笑みを浮かべたおかゆが、そんな風にからかってきた。
濡れてぴったりと張り付いた衣服を着たまま、凹凸が際立ったボディーラインを隠さずに。
最愛の存在である女の子と一緒に、裸になって、一つのシャワーを分け合うようにする。肌が自然と触れ合ってしまう時間を、思う存分楽しめる。その提案がどれほど魅力的なのかは、想像に難くない。
「ねー、どうするのー? 僕、そろそろシャワー浴びたいなー」
おかゆは濡れたぱっつんヘアーを揺らしながら、恋人の返答を待っていた。
こちらが無意識的に喉を鳴らして、それでも必死に理性を保っている様子を見て、楽しんでいるようだった。
おかゆの身体が冷えているかもしれないため、ここは欲望に流されるわけにはいかない。慌てて用意した着替えを押し付けて、脱衣所のドアをぺちりと締め切る。
「あははっ、かーわいいんだぁ♪ 僕はきみと一緒でも、全然いいんだけどな~♪」
本気なんだか、冗談なんだか判別できない誘引の残り香を残して。罪深いメス猫が、わざとらしく衣擦れ音を立てていた。
浴室でシャワーが流れ始めたのを確認してから、自分の肩を落とさせている重たい鎧を脱ぎ去る。脱衣所の洗濯機に、二人分の濡れた衣服たちを放り込んだ。
すりガラスの向こうに、肌色の裸体がしなやかに揺れている。ぼんやりとしているのに、はっきりと見える隆起は、きっと女の子らしい『あの』膨らみなのだろう。
おかゆの可愛らしい黒の下着は我が家に替えがないため、洗濯をするか迷っていたが……手に触れた生温かいショーツはたっぷりと水気を含んでいた。上下でセットの黒い魅惑の再利用は諦めて、ネットに入れて洗濯機に放り込む。
おかゆから返されたタオルも一緒に洗ってしまおう。そう思って、濡れた頭とカラダを拭いていたら、花の芳香のような甘い香りが鼻腔を刺激する。
この酔ってしまいそうな香りの正体は、心音を高鳴らせた身体が一番よく知っている。ベッドで数えきれないほどに嗅いだ、おかゆの体臭だ。
『ふふふん、ふーんふーん、ふふふーんふーん♪』
まだ手に残っていた、濡れたショーツの温もり。自己主張の強い鼻歌。そして、扉一枚を隔てた場所にあるだろう肌色の陽炎。
そのどれもが、男として、恋人として抱いてしまう衝動を加熱させていく。
そこに居座る意味もないのに、脱衣所から出られない時間が続いていた。