(ぱっつん)ヘアと彼シャツとはだし 作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)
美しい夕焼けを、大喰らいの夜が食む。とっぷりと暮れた月夜の中で、重たくなった身体を起こした。
へろへろでへっぴり腰になったおかゆを風呂場まで連れ込み、セックスの痕跡だらけに汚れたカラダを綺麗に洗い流した。
秘部の奥まで指を突っ込み、あんあんと喘がせながら精液を掻き出した。これから家に帰る途中で、膣から溢れてきたら大変なことになると思ったからだ。
愛情の残滓と、新たに溢れた愛液で浴室の床を汚して、泡とお湯の波でさらわせる。ちょっとだけ切ない情愛の合間を見送りながら、思い出したようにディープキスをして、セックス未満に求め合うのだった。
高性能な洗濯乾燥機から、柔らかめに仕上げた衣服に身を包む。ふたりでちょっとエッチな談笑をしながら、狭い脱衣所で着替えをしていた時間は、何よりも深い幸せを感じた。
それから。ひと息つく暇もなく、おかゆは濡れた靴に足を差し入れようとした。
もう帰ってしまうのか。そんな喪失感に近い感傷を抱いたとき、おかゆがにっこりと笑って、頬にキスをしてくれた。
駅まで送る。頬の柔らかな残響をさすりながらそう告げても、おかゆは首をふるふると振って苦笑する。
「気持ちはすっごく嬉しい……けど、ここでバイバイしとこうよ。駅まで一緒に居たら……僕、今度こそ……帰りたくなくなっちゃうから」
そう言ってくれた表情には、気遣いや偽りを感じなかった。ただ単に、おかゆが本心をこぼしていたのだと感じる。
おかゆの言う通りなのかもしれない。たしかに、改札口前でおかゆを見送る瞬間を想像しただけで、心の中にやるせなさがドッと溢れてきた。
改札を通ろうとする彼女の手を掴んでしまうだろう。そのまま抱き締めて、周囲も気にせずにキスの応酬を延々と続けてしまうだろう。
その鮮明な未来がお互いに見えていたからこそ、ここで彼女を見送るという選択ができた。
「……ね、ね。きみのスニーカー、借りていい? 僕の靴、たぶん濡れちゃってるからさ……じっとりしたの、ヤだからね」
そう言って、おかゆはダボダボのスニーカーを履いて、ギュッと靴紐を無理矢理に締めた。
気合の入ったお洒落着には似合わない、ややちぐはぐな印象を受ける格好だったのだが、そこにはどこかおかゆらしさを感じる。
「今度さ、この子をちゃーんと返しに来るから! その時は、お泊りして……一緒に、アニメ観ようね!」
今度は首をがっしりと抱いて、つま先立ちをしながら唇を奪う。
舌を絡めず、ただ愛を確かめて触れ合うように。未練と切なさを共有して、大切な約束をキスで結んだ。
「……じゃ、またね! ぜったい、ぜーったい、一緒に遊ぶんだからね!」
朗らかに笑ったおかゆのおかげで、そのさよならを前向きに見据えることができた。
てまりちゃんによろしく。ドアを開いた彼女にそう伝えると、おかゆは満面の笑みを浮かべてから、パチリとウインクをしてくれた。
扉が閉じる。ひとりで暮らす部屋に、再び虚無が訪れる……はずだった。
脱衣所には、まだ洗っていないシャツとカーディガンが置かれている。ベッドには、精液と愛液で汚れたシーツが残っている。
夢じゃなかった。あの、夢としか思えない幸せは、この部屋の中に確かにあったのだ。
おかゆがここに居た痕跡を見て、残った甘い体臭を感じる。それだけで、無味な空虚に幸せの残響が満ちていた。
それにしても、あのセンシティブなワイシャツ姿はおかゆの魅力を強く引き出していた……雨なんか降らなくても、もう一回着てもらいたいな。
そう思いながらシャツをネットに入れて、ぐちゃぐちゃになったベッドの後始末をする。
クリ責めのときにおかゆが噴きまくった潮がマットレスまで染み込んでおり、消臭に時間がかかってしまった。
激しいセックスの後で疲れていたが、これをきちんと済ませておかないといけないとわかっている。
おかゆの残り香のせいでムラムラしてしまって、夜に眠れなくなってしまう。それだけ、おかゆのマーキングはフェロモンたっぷりで困るのだ。
深夜近くになって、ようやく片付けを終えた。そのまま倒れるように寝転がったとき、スマホにメッセージが着信する。
『無時におうちに帰ってきた~! 今日は楽しかったよ~、ありがと~♪』
『また、おうちデートしたいね! 一緒に居られて嬉しかった~(=^・ω・^=)♪』
『Σ(=^・□・;^=)』
『えっちな意味じゃないよ、ばかぁー! すけべー!』
『あはは、わかってるってばぁ! きみこそ風邪ひかないようにね! おやすみぃ~!』
ポコポコと貼られる怒涛のスタンプ連打を全部見送ってから、痛くなるほどに緩んでいた頬を揉みほぐす。
これだけ幸せな気持ちで床に就けるのが、どれだけ幸せなことなのかを今一度噛み締めた。
夜には眠って、明日を元気で迎えて、彼女と一緒に笑いたい。そんな殊勝なことを考えられるようになったのも、おかゆと出会えたからなのだ。
ややセンチメンタルな感動と温かさに浸りながら、窓越しに、闇を照らしている月を見上げる。その微妙な欠け具合が、どうにもおにぎりに見えてしまった。
心地良い睡魔に引かれて、まぶたが勝手に下りてしまう。微睡みに消えたおにぎりを思い描いて、いっぱいになった心の中で、あの言葉を呟いた。
彼女の檻から出られるのは、まったく、いつになるのやら。
解放するつもりも、されるつもりもないクセに、そんなことを考えながら、心地良い眠りに誘われていくのだった。
おわり