魔法少女リリカルなのは 愚王シリーズ R-18 作:ヒアデス
「健斗、なにしてるの? はやくおいでよ♪」
「アリシア、こういう時は“先輩”って呼んであげるものよ。健斗君もそんなところでぼーっとしてないで、はやく上がってきて。――あらごめん、健斗先輩だったわね♪」
アリシアと七瀬は仲睦まじくベッドに寝そべりながら俺を誘う。
そんな二人を微笑ましく眺めながら、彼女たちが横たわっているベッドに近づき――
「――アウトやろこれは!!」
行為寸前までいった瞬間、部屋中に響く声で少女が叫ぶ。その声でかき消されたのか、
そこへ――
「どうしたんですか、はやてちゃん!? 大声出したりなんかして?」
「はやてちゃん、なにかあったの?」
「あっ、ごめん! 暇潰しに見てた動画に思わずつっこんでしもたんや。心配せんでええよ!」
ドアの向こうから尋ねてくる同居人二人に謝罪と言い訳を飛ばしてから、少女は頭を押さえ、落ち着きを取り戻そうとする。
(落ち着け私。健斗君がアリシアちゃんと七瀬ちゃんに手を出したわけやない。これはあくまで
心の中でそうつぶやきながら、少女は気をあらためる。
彼女の名は八神はやて。時空管理局に所属する捜査官で、二年前に聖祥中学校を卒業してからは、守護騎士や親友二人とともにミッドチルダに移住し、同時期に購入した首都南部の家に住んでいる。
その家の自室ではやては暇を見つけては、《夜天の魔導書》に記録されたシミュレーション魔法を使い、地球に留まっている
先ほどの映像も、彼の身に起こるかもしれない“
先ほど見た未来の他にも、アリサと付き合う未来、すずかに落とされる未来、リインへの想いを貫いたままこちらに合流する未来があり、確率はそれぞれ32・48・56%ほど。冒頭のアリシアと七瀬両方と関係を持つ未来が5%、どちらかと付き合う未来がそれぞれ20%ずつある。
どの可能性も決して低くはない。特にすずかに取られてしまう可能性は、何事も起きない可能性に迫るほど大きい。けっして楽観視できるものではなかった。
(油断しとった……すずかちゃんはともかく、アリサちゃんまで健斗君狙ってたなんて。それに健斗君があんなあっさり落とされるとも思うとらんかった。こんなことなら私も地球に残るべきやったかなぁ)
後悔のあまり、はやては頭を抱えながらうめく。
はやても知ってるとおり、健斗にとっての本命の相手はリインフォース・アインスである。幼い頃から彼を想っていたはやてにとって、苦々しい事実ではあるが。
しかし、だからこそ健斗がそう簡単にすずかたちになびいたりしないとも思っていた。
だが、“ある出来事”がきっかけになって、リインと別れたり、彼自身のガードが緩くなって他の女子とくっついてしまう可能性が生まれてしまうらしい。
その出来事が……。
(明日、地球の暦で6月4日……私と健斗君の18歳の誕生日か)
はやてと健斗の誕生日は同じ6月4日である。
これははやての誕生と同時に、夜天の書が彼女の元に転移し、彼自身も書の中から実体化してしまったからだが、今それは置いておこう。
幼稚園以来の幼なじみで同じ誕生日。
そのため、はやてと健斗は小学二年まで一緒に誕生日を祝われ、守護騎士とリインフォースたちが家族に加わった小学三年からは別々だったり、一緒に祝ってもらったりを繰り返した。
今年はそれぞれミッドチルダと地球で用事があるため、別々になる予定だ。
そこで問題となるのが、リインがどちらと一緒に過ごすか……らしい。
リインは夜天の書の分身であり、はやてに仕える従者の一人だ。そのため健斗とはやてが別々に誕生日を過ごすことになった場合は、リインも他の騎士たちとともに
しかし、夜天の書の
(カリムの預言と違って、私や魔導書が知らない人や物の動きまでは予測できんから過信できるものやないそうやけど、すずかちゃんやアリサちゃんに迫られたら落ちてしまうかもしれんなぁ。七瀬ちゃんとアリシアちゃんもまだ小さいだけで、かわいいのは確かやし)
四人とも学園屈指がつくほどの美少女で、彼女らにアタックされて転ばない男はほとんどいないと言われている。恋人と別れたり、うまくいってなかったりすればなおさら。
それほどの美貌を持つ
(どうにか健斗君をうちに誘って、リインと一緒に過ごさせてあげることもできるんやけど。今年で18歳になるってことを考えると、健斗君の目的は
18歳。それは地球の多くの国やミッドチルダで『大人』として扱われる歳で、性交――セックスすることが許される歳でもある。
それゆえ健斗とて、主を優先するリインの性格を知っててもなお、その日に期待せずにはいられないのだろう。それを当日、さらに翌日、翌々日もフイにされた時の失望感は大きい。そのせいでリインとの間に溝ができ、彼女らにかっさらわれてしまうわけだ。
それを阻止するには……。
(リインを健斗君のもとに行かせてあげるしかない、ってことやろうなぁ……エッチしちゃうの覚悟のうえで……)
その光景を想像し、はやては腕組みしながら眉を顰める。
好きな男の子のはじめてを他の女なんかに奪われたくはない。しかし、すずかやアリサ、アリシアや七瀬に取られたら、もう自分が付け入ることはできそうにない。実際、彼女らとくっついた未来では自分やリインは影すら出ていなかった。
リインならまだ、
それにどのみち前世では、彼とリインは一度だけ夜を共にしたらしい……二人とも厳密には初めてではない。
(リインと脈があるうちは、私が誘惑したところで転ばんやろうしな……もう考えてる時間もないし)
未練にかられながらもそう考えて、はやては息をつく。そして心の中でなおも反対し続ける自分自身を押さえ込みながら、通信用の空間モニターを出現させた。
はやてはそこに浮かび上がった“彼女”に向かって――。
「あっ、リイン。夜遅くにごめんな。今ちょっとええか? 明日の予定について、ちょっと話があるんやけど――」
◇
6月4日。
第97管理外世界『地球』
海鳴市
学校が終わってから家で新部隊設立の申請書作成などの雑務を済ませ、大急ぎで身支度を終える。そしてすぐに俺は家を飛び出し、市街の真ん中にある繁華街へと向かった。
19時23分。
繁華街に到着した俺は、街の一角に建てられているビルの20階にあるレストランに足を踏み入れた。
レストランに入ってすぐ、話しかけてきた店員に名前と予約時間を告げて、指定した席へ案内してもらう。
その席に“彼女”はいた。長い銀髪とは真逆の、しかしこの上なく彼女に似合う黒色のドレスを着ている。
その姿に見とれながらも、彼女の視線に応じて俺は口を開いた。
「すまないリイン。待たせたか?」
そう問いかける俺に、彼女――リインフォース・アインスは苦笑しながら首を振る。
「いや、気にしないでいい。ここから風景を眺めていたから、待ったという感じはしなかった」
眼下の風景を指しながら言う彼女に苦笑を返したところで店員に席を勧められ、俺はそこに腰を下ろした。
飲み物を聞いてから、店員は下がっていく。そこで……
「大丈夫なのか? こんな高そうな店に入って……」
リインは不安そうに声を潜めながら尋ねる。
ガラス越しに映るきらびやかな夜景。スーツやドレスを来た客たちと、彼らが食している香ばしい匂いを放つ料理や年代物のワイン。
明らかに高級がつくレストランである。リインはともかく、一介の高校生にすぎない俺は明らかに場違いだろう。実際、少なくない客がこっちを見てぼそぼそ囁いている――俺のオッドアイのことを言ってる奴もいるのだろうが――。
彼らを一瞥しながら、俺は彼女に目を戻し返事と笑みを飛ばす。
「大丈夫だって。ちゃんと予約はとってるんだし、金もそれなりに用意してきた。リインだって俺の給料ぐらい知ってるだろう」
そう言って分厚い財布を見せてやると、リインは苦笑しながら口を開いた。
「それぐらい知っている……ただ、今日は健斗が祝われる方なんだが、忘れてないだろうな?」
その問いに、俺は「ああ」とうなずく。
今日は
「ところで、はやての方はいいのか? てっきり今日はあいつを祝って、明日こっちに来てくれると思ってたんだけど」
期待してなかった訳ではないが。内心そう付け足す俺にリインが言った。
「正直言えば、私も騎士たちもそのつもりで準備してたんだが……昨日になって突然、ご友人が誕生日を祝ってくださるという話になったらしくて、騎士たちも私も暇を出されてしまったんだ。そこへさらに主から『アインスは、地球に残って一人さみしく過ごしてる健斗君の誕生日を祝ってきて』と言われて……お言葉に甘えさせてもらうことにした」
そう言ってリインは顔を赤くする。……これは明らかに気を遣われているな。
俺の顔にも赤みがさしたところで再び店員がやってきて、俺にコーヒーを、リインにワインを出してきた。
リインはワインの入ったグラスを持ちながら……
「とにかくそういうわけで、今日は健斗が主役だ――誕生日おめでとう、健斗」
「ありがとう、リインフォース」
言葉を交わしながら、俺たちはグラスとカップをぶつかる寸前まで近づける。
ちゃんと酒を酌み交わせるまで、あと二年か。
そう思いながら同時に飲み物を口を含む。ちょうどそこで――
「――っ、悪い」
通知音とともにポケットに入れたスマホが震えたのに気付き、俺は謝りながらスマホを取り出し、中を見る。
そこには……
『健斗へ
18歳の誕生日おめでとう。時差と仕事の都合で遅れてしまったが、祝いの言葉を送らせてもらう。
そちらにプレゼントを送ったが、もう届いているか。つまらないものだが受け取ってもらえると嬉しい。
もう一年近く会えていないが、充実した学生生活を過ごせているだろうか。最後の高校生活、お前にとっては最後の学生生活にもなるかもしれないが、跡を濁すような真似と後悔だけはしないことを祈る。
そういえば、そちらではもう夜だったな。意中の女性と食事でもしている頃かもしれないが、最後までしっかりエスコートすることと紳士的な振る舞いは忘れないように。
間違っても私に息子を逮捕させるようなことだけはしないでくれ。
母より』
母さんらしい硬い文章に苦笑しながらも、最後の数行を見て額から冷たい汗が流れる。ほとんどお見通しみたいだな。
そう思ったところでリインが声をかけてきた。
「健斗、どうした? 仕事の連絡ではないようだが……」
「――ああいや、母さんからのメールだよ。プレゼント送っておいたって」
スマホをしまいながらそう説明する俺に、リインは納得したような仕草でワインを口にする。
「相変わらず子供想いな人だな。健斗が高校生になった頃から『イヴレフ公国』という国に勤めているらしいが、まだあそこにいらっしゃるのか?」
「ああ。まだ日本に帰ってこれそうにないみたいだ。なかなか“奴ら”の尻尾がつかめないらしい。あの国に活動拠点があるのは間違いないみたいなんだが」
「そうか……せめて卒業までに一度だけでも帰ってこられるといいんだが……」
リインは悲しげな顔をしながら視線を落とす。彼女の実年齢は俺よりはるかに上だ。恋人でありながら母親的な目線でも俺を見てる分、母さんに共感している部分も多いのだろう。
そこでリインは思い出したように鞄に手を伸ばした。
「そういえば、私もプレゼントを用意してきたんだ。つまらないものだが、受け取ってくれ!」
そう言って彼女は長方形の箱を出し、俺に差し出す。この形からすると……。
「ネクタイだ。今付けているネクタイもそろそろ古くなってきたんじゃないかと思ってな、この間自分の服と一緒に買ってみた。よければ使ってくれないか?」
「ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
そう言いながら受け取ると、リインは顔を赤くしながら視線を泳がせる。そこでちょうど真っ白な湯気が立つ料理が運ばれてきた。
市街の一等地にある高級レストランの料理だけあって、そこらの店とは味から飾りつけまで何もかもが違う。
俺もリインも話すことも忘れてしばしの間料理に舌鼓を打ち、コーヒーやワインで喉を潤す際に互いの近況を口にしあう。
その後、料理のほとんどと何杯か目の飲み物が空になったところで、俺はフォークを置き、鞄に手を伸ばした。それを見てリインは首をかしげる。
「健斗、どうした? まさか、プレゼントのお返しなんて――」
彼女の問いに答えないまま俺は鞄から小さな箱を取り出し、彼女の前に置く。
その箱を見て、リインも中身を察したらしい。
「これは……」
「開けてみてくれ」
そう促すと、リインはうなずきながらおそるおそる箱を手に取り、蓋を開ける。
そこには紺色の宝石をあしらった銀細工の指輪が入っていた。
「指輪……まさかこれは……」
「婚約指輪……のつもりだ。仕事の合間にちょくちょく時間を作って用意しておいたんだが……どうだろう?」
照れながら言う俺に、リインも顔を赤くしながら指輪を眺める。
だが、“ちょくちょく時間を作った”という言葉や魔力光と同じ紺色の宝石に疑問を覚え、再びこちらに視線を戻した。
「健斗、もしかしてこの指輪……自分で作ったのか?」
その問いに恥ずかしさを覚えながらもコクリとうなずき。
「ああ。この手の指輪って給料三ヶ月分のものを用意するものだって言うだろう……もう古い決まりらしいけど」
「そんなこと気にしなくても。私は健斗の気持ちがこもったものなら、どんなに安いものでもかまわない。まぁ、購入する代わりにわざわざ指輪を作ってくれたのは嬉しいが……」
リインは呆れの混じった言葉と苦笑を漏らす。しかし、彼女は少し勘違いをしているようだ。
「いや、実は三ヶ月分ぐらい……というか、一年分ぐらいなら余裕で買える。中学まで親元で暮らしながら局で働いていたから、その貯金が丸々残ってて。今も生活費の倍くらいの給料もらってるから、どんどん余る一方で――」
「はっ……?」
打ち明けた途端、リインは吊り上がった目を向けてくる。
じゃあなんで三ヶ月分だか一年分だかの指輪を買ってこなかったんだ、という無言の声が目から発せられている。
そんな彼女に手を振りながら言った。
「いや、リインへの気持ちの重さを考えると、ぽんと金出して買った指輪を贈るのは違うなと思って。リンディさんやレティさんに相談したら、『自分で指輪を作ってプレゼントしてみたら』と言われて。マリエルさんに助言をもらったりしながら作ってみたんだ」
「…………」
指輪を作った経緯を説明すると、リインは何とも言えなさそうな顔で再び指輪を見る。そんな彼女に不安を覚えて、
「……やっぱり気に入らないか? 初めて作ったから出来がいいとは言えないし、安物の方がまだマシだったかも……」
そう言いながら今度新しい指輪を買おうかと思った。しかしリインは首を横に振り、指輪を自身の薬指に通しながら……
「いや、これがいい――健斗が作ってくれたこの指輪がいい。大切にするよ」
その返事に思わず口元が緩んだ。この勢いを逃さじと俺は彼女の手を握り――
「じゃあリイン――リインフォース・アインス。結婚を前提に…………俺と付き合ってくれないか!!」
店中に響く声で彼女に告白をする。そのせいか、店から声らしき声が一切上がらなくなった。
「…………」
「…………」
無音となった店の中で、ただリインの手を握りながら彼女だけを見つめる。
リインは今まで見たことがないほど赤くなった顔で……
「はい……私なんかでよければ――――今後ともよろしくお願いします!」
リインが返事をくれた瞬間、俺は満面の笑みを浮かべる。それと同時に店中から大きな歓声と拍手が上がった。客だけでなく店員やコックまで混ざって。
そんな中、俺は彼らに聞こえない声量でリインにぼそりと言った。
「でさ、リイン。こんな雰囲気でなんだけど……もう一軒、予約してあるところがあるんだ。リインさえよければ、もうしばらく付き合ってくれないかな?」
そう誘うと、リインは熱のこもった視線で俺を見返して……。
「ああ、もちろんお付き合いさせてもらう。たぶん、健斗が言わなかったら、私の方から誘っていたと思う」
この日、俺とリインフォース・アインスはあらためて将来を誓い合い、『婚約者』となった。
俺たちにとって、夜はまだこれからが本番である。