魔法少女リリカルなのは 愚王シリーズ R-18 作:ヒアデス
健斗とリインフォース・アインスが再び結ばれた頃と同時期。
地球やミッドチルダから遠く離れた惑星でも、一組の男女の関係が進展しようとしていた。
『惑星エルトリア』
かつてその星は、《死蝕》という汚染植物や大地の荒廃によって、人が住めないほど環境が悪化し、狂暴かつ巨大な《危険生物》がはびこるようになった“死の星”だった。
しかし、この星に残ったフローリアン一家と40年の時を経て帰還したユーリとイリスたち、そしてディアーチェと彼女の臣下たちの働きによって、エルトリアの自然は瞬く間に回復し、宇宙に浮かぶコロニーに逃れていた人々も少しずつ故郷に戻ってくるようになった。
それから七年後、フローリアン一家をはじめとする彼らは今もなお、エルトリアを以前以上に美しい星に戻すべく研究と活動を続けていた。
「はあっ!」
照りつく日差しの下、三又に分かれた鋭い穂先の付いた鍬を地面に打ち付け、地面を耕していく。
朝早く起床してすぐに作業を始めてから数時間。ようやく敷地の半分を耕し終えたところだ。
いったん鍬を下ろし、それを支えにしながらふうと息をついていると――
「アレル!」
弾むような声と足音に顔を上げると、作業着を着た赤毛の
「アミタか……」
名を呼んだ途端、彼女は己の間近で足を止める。
「アレル、お疲れ様です! だいぶ進んだみたいですね!」
己が耕した地面を眺めながら、輝くような笑みと言葉で労ってくれる。
そんな彼女に己も言葉を返した。
「まだ半分ほどだがな。早く終わらせてそちらを手伝いたいのだが……」
「いえ、私たちの方は大丈夫です。アレルは午後もそのまま自分の作業を頑張ってください。――それより、そろそろお昼ができる頃ですよ! おうちに戻ってご飯にしましょう!!」
そう言ってアミタは己の腕を引っ張りながら、彼女らの家でもある『フローリアン研究所』に足を向ける。その向こうには、他の耕地や牧場での作業にかかっていた仲間たちがいた。
◆
「たっだいまー!! お昼は!? ボクもうお腹ペコペコ!」
家に着いた途端、レヴィは空腹を訴えながらテーブルに着こうとする。そこへ――
「今並べてるところだ! それより、ちゃんと手を洗ってこんかっ!!」
主君たちとともにエルトリアに戻ってから七年、ほぼ毎日続いている光景だ。
「シュテるん、そのコロッケ食べないの? だったらボクがいただき――」
「自分の分を食べてしまったからって、勝手に私の分を取ろうとしないでください。ちゃんと言ってくれれば、いくつかあげてもいいですが」
レヴィが伸ばしてきた箸をシュテルは自らの箸で止めながら、彼女の行動を諫める。その反対側でも――
「そのローストもらい♪」
「あっ――こらイリス! あたしのお肉、勝手に取らないでよ! だったらあんたのも――」
「ああっ! 私のポテト!!」
イリスとキリエも冗談半分で互いの食事を奪い合う。これもまたいつも通りだ。
それを眺めながらジャガイモを口に入れていると……。
「アレル……どうだ、その肉じゃが。我が作ったものなのだが……」
己の対面に座っていた王は、己を見ながらおそるおそるといった
「素人舌ゆえ正確なことは言えぬが……」
食事を止めてそう切り出すと、ディアーチェの喉からごくりと生唾を飲み込む音が聞こえる。見れば、他の皆も興味津々そうに己に目を向けている。
微妙な言いづらさを感じながらも、己は続きを口にした。
「見事なお手並みだ、また腕を上げられたと見える。主君の手ずからこのような馳走をふるまっていただけて、感謝のしようもない。午後からもこれに報いる働きをすると約束しよう」
「そ、そうか。腕を上げたか……」
正直な感想と感謝を口にすると、王はわずかな笑みとつぶやきを漏らす。すると奥方が王に向かって片目を閉じる仕草を向けた。……何かの合図だろうか?
そうして昼食を終えて、王と奥方は食器を洗いに、姉妹とレヴィたちはボール遊びに外へ出た後、己とともにテーブルに座ったままだった博士が声をかけてきた。
「いつもありがとう。アレルのおかげで助かってるよ。やっぱり男手がいると心強いね。僕も手伝いたいんだけど、妻や娘に止められて」
「仕方あるまい。己の抗体から精製したワクチンとやらで抑えてるとはいえ、《死蝕》の影響はまだ残っているのだから。妻子に心配をかけないのも貴殿の仕事の一つだ。それに己も大したことはできていない。ようやく背が伸びて、娘殿たちと同程度の仕事をこなせるようになったところだからな」
そう言うと博士は、はははと乾いた苦笑を漏らした。
「あの子たちはエルトリアでも適応できるように、ナノマシンやフォーミュラで高い身体能力を持たせてるからね。生身でついていけてる方がすごいよ。それに身体能力とは別に、気の許せる男の人が傍にいると心理的な安心感というものが表れるみたいなんだ。いざという時、彼ならなんとかしてくれるかもしれないっていう。うちの女性陣も無意識のうちにアレルにそれを求めている部分はあると思うよ……特にディアーチェはね」
まあ、“騎士”として、王や臣下仲間、その他の同士たちのためなら、この身を捧げるぐらい当然の義務だと思っている。男である博士も、己が護るべき対象に違いはない。
そう思っているところで、博士は手を組みながらばつが悪そうに付け足した。
「あとはまあ、僕にとっても他に男がいてくれると助かるかな。うちは女の子ばかりだからね、どうしても遠慮してしまうことが多くて。そういう点でも君がいてくれて助かるよ。欲を言えば、もう一人いてほしかったが……」
最後の言葉から未練の気配を感じて、己の口からついため息が漏れた。
「奴のことか、確か五年前に健斗たちがミッドチルダという世界から連れてきた……」
「ヴァイス君だよ。妹さんの眼を治してくれと頼みこんできて、治療費代わりに一年間うちで働いていた――」
博士が告げた名に、己の口から「ああ」という返事が漏れる。確かにそんな名の男だったな。
「君たちやキリエは体力がないと言っていたけど、頼んだ仕事は真面目にこなしてくれたし、エルトリアを気に入ってくれたみたいで僕たちともすぐに打ち解けてくれた、明るく気のいい青年だったなー。同じ妹持ちという所からアミタとも仲良くなって、あわよくばそのまま……と思っていたんだが」
そこまで言って博士は声を落とす。そこに――
「アミタの方から故郷へ帰らせたそうだな。我にとってもあれは予想外の結末だったぞ」
声に振り返ると、二つのコップを載せたトレーを持つ王の姿が映った。飲み物を届けに来てくれたらしく、コーヒー入りのコップを博士の前に、麦茶入りのコップを己の前に置いてくれる。
礼を言いながら茶を口に含む己らを前に、王は続けた。
「アミタなりにあやつの将来を考えて、ああしたらしい。しかし意外だな。父上殿のことだから『大事な娘を嫁になどやらん』と言うと思うておったのだが」
「そんな気持ちもあったんだけどね。一度生死の境をさまよっていたからか、生きているうちに娘の花嫁姿や孫の顔が見たいって思うようになったんだ。また病が再発してそのままぽっくり、という事もあり得るからね」
そう言いながら冗談めかすように笑う博士に、王は顔を曇らせる。それに対して己は麦茶を一飲みして言った。
「ならば、アミタやキリエを町に向かわせる機会を増やしたらどうだ。コロニーから住人たちもだいぶ戻ってきたし、二人とも器量はいいから男などすぐに見つかるだろう。ここで働く条件を付けたとしてもな」
「おいアレル……」
なぜだか王は咎めるような視線で己を睨む。博士も渋い顔でうなり声を発した。
「うーむ、さすがにアミタたちにそんなことをさせたくはないなぁ。……まあ、町の人たちと交流を増やすのは賛成だし考えてはおくが、もう少し様子を見てみよう……アミタとキリエ以外にもアテはあるしね」
そう言って博士は微笑みを浮かべながら、己と王を見る。気が付けば台所から奥方も同じような目を向けており、それらに対して己は首をひねり、王は顔を赤くする。
……ちょうどその時、窓の向こうから、皆とともにボール遊びに興じながら、ちらっとこちらを盗み見るイリスの姿が見えた。
◇
それから少しして、アレルは他の皆とともに午後の作業に出て、グランツは研究を続けるために部屋へ戻り、ディアーチェとエレノアは皆の帰りに備えて午後の支度にとりかかっていた。
その
「よかったわねディアーチェ。アレルにお料理褒めてもらえて。他のみんなもおいしいって言ってたわよ」
「――あ、あれくらい我にとっては容易いものだ! ……だがまあ、味見や隠し味の助言をしてくれたのは礼を言う……あ、ありがとうございます」
口調を直しながらたどたどしく礼を言うディアーチェに、エレノアは微笑みながら「それくらいいいのよ」と返す。
ディアーチェは顔を赤くしながら家事に戻るが、少しして彼女はぽつりと言った。
「……な、なあ、母上殿」
「なに?」
エレノアも皿を拭きながら一言返す。ディアーチェは続けて言った
「父上殿が先ほど言われた“アテ”とは……もしかして、わ、我らのことであろうか?」
その問いにエレノアは家事を続けながら、
「まあ40年前はともかく、今はあなたたちも私たちの子供みたいなものだからね。ディアーチェにはアテがあるの? 結婚する相手や、その人と子供を作る予定とか」
もうわかっているような口調で問いかけるエレノアに、ディアーチェは顔を赤くしながら言った。
「ま、まあ……我もあやつももう適齢期だからな。そのタイミングでああ言われると、もしやと思うというか。…………ただ、一つ聞いておきたい事があるのだが」
「なにかしら?」
照れを引っ込めながら問いかけるディアーチェに、エレノアは視線を移しながら聞き返す。ディアーチェは神妙な表情で尋ねた。
「知っていると思うが、あやつ……アレルも今は我らと同じ姿をしているが、元々あやつと我らは違う種族でな。アレルと我がもし、け、結婚したとしても、子供を作ることができるのだろうか?」
その問いにエレノアも難しい顔になる。犬と猫は染色体が異なるため、交尾しても子供はできないようになっている。
しかし……。
「検査した限りでは、あなたたちの今の体は人間とほぼ変わらない。人間と人間がするように、その体で生殖行為……エッチなことをすれば子供ができると思うわ。元の体でないと嫌だというなら難しくなるけど」
「――い、いや、我らにとって、今はこの体の方が本物だし、あやつと結ばれる時もこの姿で……したいと思っている」
子作りとなれば避けられない話に、ディアーチェは顔を真っ赤に染めながらも言い終える。そんな娘にエレノアは笑みを浮かべて言った。
「だったら問題ないわ。私もグランツも全力で応援するから、頑張って!」
そう言いながらエレノアはディアーチェの肩を強く握る。ディアーチェは心強く思いながらうなずこうとした。
だがそこで……。
「ただな、一つ問題がある。知ってのとおりアレルは相当な朴念仁でな。たびたびアプローチをしているにもかかわらず、我の好意にまったく気付いておらんようなのだ」
「ああ……」
エレノアの口から思わずそんな声が漏れる。
なにしろ、さっきのグランツの後押しにもまったく気付かなかったほどだ。鈍さにおいては
「だったら告白すればいいんじゃないかしら。今時、男の子から告白しなきゃいけないわけじゃないんだし。ここだけの話、グランツには私の方から告白したのよ。それともディアーチェは告白されたい方?」
「いや、そういうわけではないのだが……我とあやつは主従の関係にあってな。我から求めればあやつも応じてくれると思うが、それだけではあやつが我に好意を抱いているかは確かめられぬ」
それを聞いてエレノアはう~んと言いかける。
確かに、特定の相手がいない分、忠誠心だけで主と関係を結ぶことは十分考えられる。アレルの場合、告白するだけでは好意は確かめられぬのだ。
「――だったら別の形で確かめてみればいいじゃない!」
出入り口からの声に、エレノアとディアーチェは振り返る。そこにはアミタとは色彩の違う赤毛の少女が立っていた。
彼女は娘らとともに出ていったはずの――
「イリス! お主、他の者たちとともに作業に出かけたんじゃあ――」
話を聞かれて慌てふためくディアーチェに、イリスはわずかに背中を後ろに反らし、ふふんと笑みを浮かべながら口を開く。
「仕事なんて後回しよ。新しい働き手を手に入れるため……もとい、
本来とは微妙に違う名称を名乗りながらイリスは宣言する。その後ろからユーリは《ごめんなさい、止められませんでした》と念話しながら、両手を合わせる仕草をしていた。