五つほど投稿しまして、前の四話を改訂します。
なんか最近になってハンターハンターにハマりました……。
A crown
蝋燭の火で照らされる暗い一室。
本が無数に積まれたこじんまりとした空間で、椅子に座る男が居た。暗がりの中でわずかな灯りを頼りに本を読み、痛いほどの沈黙を耳に、静寂に包まれて文字を読み進めている。
恐ろしいほどの沈黙に全身が包まれた異質な空間。
男は一切恐怖心を持っていない。人間が恐れるほどの静寂を間近にして、まるでその静寂を支配しているかのような、そんな風貌にすら見える。
見る者が見れば独特の雰囲気だと固唾を飲んだだろう。
男の姿それ自体は大しておかしくもないとはいえ、その空間に在るという佇まいは、明らかに異質。存在を消し去るほど静か過ぎる異様な空間が、むしろ彼の存在感を増しているようだった。
ゆっくりとページを捲る。
小さな明かりで着実に文字を読み進めている様子。仕草は至って普通で、どこにでも居る人間と同じ。特別な様子はない。
しかし惜しむらくは彼の異常性を伝えるのは周囲の暗闇と巨大な静寂。
闇に紛れてただそれだけに集中するのは異形にも思えた。
そこへ、扉を開ける小さな物音と共に現れたのは一人の青年である。
躊躇なく部屋へ入り込んで扉を閉め、軽く足を運んでくる。
部屋の片隅に置かれていた椅子を運んで男の前へ置いた。静かに椅子へ座って、一切の警戒心も無く脚を組み、腰が落ち着けられる。
本へ視線を落としたままで口が開かれた。
先に声をかけたのは本を読む男。黒髪をオールバックに、額には独特な紋章が刻まれ、黒尽くめの服装に身を包んでいる。表情は無。感情の一切が見えず、隠されているのか、或いはそもそも持ってさえいないのか、真実はわからないが不思議な雰囲気だけが伝わってきた。
感情を乗せない声は静寂に混じって伝わる。
対する青年は微笑みを称えて聞いていた。
「用があるらしいな」
「ああ。欲しい物があってな。久々に盗みに出ようかと思ってる」
「そうか。オレを呼んだ理由は?」
「旅団の連中に手伝ってもらおうかと思ってるんだ。一応報告さ。団長なら話は通しといた方がいいだろ?」
「律儀だな。そんな人間だとは思っていなかった」
「あれ? 許可取らなくてもいいの?」
「構わない。おまえが上手くやるならそれでいいだろう」
「へぇ。そんなの初めて聞いたな」
次のページが開かれ、話しながらも読み進められる。
クロロ・ルシルフル。
その男は尚も静かに語り掛ける。
「そういえば初めてだな。おまえが蜘蛛を動かしたがるのは」
「まぁな。大きい仕事なんだ」
「狙いは?」
「極秘裏で開かれる裏オークションがある。珍品ばっかり集まるような小さいもんだが、金になる物も多い。その中に一つ欲しい物があってな」
「欲しい物、か」
「成功したら教えてやるよ。ま、作業は長引きそうだからずいぶん後になるけどな」
「そうか。なら深くは聞かないでおこう」
ページを捲る小さな音が響く。
暗闇の中、わずかに沈黙が生まれた。
きっと言いたい事はもう言い終えたのだろう。用件がすぐに終わってしまうのはいつものこと。今更沈黙が生まれても慌てたりしないし、そんな程度の関係ではない。
ただこの日だけいつもと違っていたのは、用件を終えて立ち去ろうとしなかった姿だ。
彼の前に座る青年は微笑んだまま動かない。話したいことでもあるのだろうか。
視線は上げず、気配だけでそれを知りながら口が動く。
クロロの冷静さは微塵も変わらなかった。
「まだ何かあるのか?」
「いや、そういう訳じゃねぇけどさ……そういえばもう何年になるかと思ってな」
「蜘蛛が出来て、か」
「ここ最近さ。その、なんつーか」
言い辛そうに青年が頬を掻く。
珍しいこともあったものだ。想いのままに行動する人物が言いよどむなど、普段はない。
それでもクロロは顔を上げない。
本を読んだまま、文字を読み進めるスピードさえ変わらないようだ。
「色々考えることがあってな。柄にもなく疲れたのかもしれねぇ……ひょっとしたらオレは、この仕事をやり終えたらしばらく休むかもな」
「休む? 本当に柄でもない」
「あぁ、自覚してる。ただそういう時って誰にでもあるだろ。どうしても今までと違う刺激が欲しくなったりする瞬間がある。オレは今ちょうどそんな時期に差し掛かってるんだ」
「ほう」
納得したのか、聞き流したのかはわからない。
初めてクロロが顔を上げた。
上げた視界に入るのは栗色の髪と人懐っこい笑顔。すっかり見慣れた友人の顔。
いつもと変わったところなど見られない。
しかしなぜか妙な感覚を覚えていて、それを言葉にすることもできず、胸中には少しの疑念を置き、いつも通り表情を浮かべずに彼へ問うた。
「休んで回復するものか?」
「さぁね。そりゃ試してみないとわからない」
「それなら試してみればいい。蜘蛛が動く時には連絡する。それ以外は好きにしていろ」
「はいよ。たださ、一ついいか?」
「なんだ」
「毎度毎度オレに連絡が来るってのもどうなんだろうな。別に他の奴でもいい気がするし、なんならあんたが直接全員呼びつけりゃいいだけの話だろ。面倒なのか?」
「おまえの仕事が早いからな。甘えてるのさ」
「嬉しくない甘え方」
「あの連中は個性が強い。言って聞くようになったのもおまえが尽力したからだろう」
「今思えばその辺りから失敗だった気もするけどな……まぁいいや」
その時になって青年が立ちあがり、椅子を元の位置へ戻す。
多少の距離を置いてクロロと対峙した。
身に着けているのは黒いスーツ。大抵はそうして小奇麗な格好をしている。仕事柄、誰にも怪しまれない方がスムーズに事を進めやすい。そんな意図があるらしかった。
ポケットに両手を突っ込んだまま言われる。
すでにいつもの彼となっていた。
「とりあえず何人か借りる。しばらくは蜘蛛も動かねぇんだろ?」
「ああ」
「ま、蜘蛛にとっても良い仕事になるよ。報酬は楽しみにしててくれ」
「報酬? 自分のために
「まぁな。でも欲しいのは一つだけだ。他はいらない」
「標的は?」
「オークション品全部。そっちの方が派手だろ」
「盗賊の美学か。面倒な奴だな」
「うるせぇ。ちまちま一つ二つ
「フッ、そう思うなら好きにしろ。止めはしない」
「サンキュ」
それだけ言って青年は扉を開けて、部屋を出て行った。
扉が閉められると再び室内は暗闇に包まれる。
クロロは至って冷静に本を読み進め、まるで表情は変わらないままだった。