※この作品はR-18です。

蛇獣書房   作:ヘビとマングース

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ONE PIECE
漂流者 ~Drifter~


 空は快晴。風は西。

 現在船は帆に受ける風に従い西へ向かっている。船といっても小型であり、乗り込めるのはせいぜい十数人、ここで生活しようと思えばその人数はさらに減る。決して頼りになるような、或いは見栄えが良い船ではなかったが一人で旅をするにはこの程度でよかった。

 

 グランドラインの航海は簡単なようで難しい。且つ、難しいようで簡単でもある。要は慣れと度胸で船の大きさに関わらずどこへでも行けるものである。

 少なくとも俺はそうしてきた。

 たった一人。しがない商人があちらの島からこちらの島まで。海賊に襲われることもなく割と平穏な毎日を過ごしているという自負がある。

 

 今日は気候も穏やかだ。見渡す限り船の姿はなく、脅威らしき物はない。

 昼寝をしていたって問題ないほど静かな一日だった。

 大海原は大きく荒れることもなくなだらかな波を作っていて、船はゆっくりその上を進む。

 

 不意に退屈を覚えるほどの安寧さに、甲板で仰向けに寝転んで目を閉じてみた。

 太陽の光が少し体を熱くするものの眠れないほどではない。むしろ心地よささえあった。

 

 今の生活が気に入っていないわけではない。島から島への根なし草。とある島で手に入れた品物を別の島へ持っていき、そこで手に入れた物をまた別の島で売り歩く。同じことの繰り返しで単調ながらこれが意外と飽きない。その点に関しては気に入っていた。

 ただ時折、一人でいることの寂しさを感じることもある。

 頻度としては多くないが、どうにか感じなくなるようにはできないだろうかと思ってしまった。

 

 自慢ではないが俺は世間一般からすれば変人の部類に入るという自覚がある。

 人嫌いで、陸の上での生活があまり好きではなく、特に村や町などという人がたくさん居るような場所で毎日を過ごすなんて考えられない。

 その一方でよく寂しいとも思う。

 自分で言うのもなんだが凄くめんどくさい人間だ。寂しくはなるけど人には会いたくなくて、陸で暮らすのは好きじゃないが海の上の生活が長引くとどうしたって陸が恋しくなる。わかってはいてもこればっかりはどうしようもない。

 

 前の島を出てから一週間と少し。食料の問題はないがちょっとだけ陸が恋しくなってきた。

 どこか島を探すべきか。だが人に会うのは嫌だから無人島が良い。

 だけど少し寂しい気もするし……。

 

 そんなことを考えているとイルカの鳴き声が聞こえた。体を起こして海を覗き込む。

 一緒に旅をしているイルカのナックが俺を呼んでいたようだ。

 

 動物は好きだ。人間とは違う。人間はめんどくさいが動物のことならなんでも好意的に受け止められると考えているほどだ。それは単に動物好きだからというのもあるんだろう。

 ナックはもう少し小さい頃、群れからはぐれて寂しそうにしているところに声をかけた。

 俺と一緒に旅を始めてもう数年。今やすっかり家族であり、大事な相棒でもある。

 

 ついさっきまでどこか散歩に行っていたはずだが帰りが早いのが気になった。

 よく見てみると背に何かを乗せていて、どうやらそれを俺に見せたかったらしい。

 もう少し船の縁に近付いて確認してみると、それが人間の形をしていたのがわかった。思わず反射的に表情を歪めてしまうが、おかしな点もある。

 

 人らしき形、という点に嘘はない。

 頭があって腕があって手があって足は二本。服を着ている。スカート、というよりは上着と一体化したワンピースを身に着けていることから女であるとわかる。うつ伏せに倒れて脱力しているせいで顔は確認できない。

 そこまでは言わば普通だが、普通じゃない点が一目でわかった。

 まず外見が白い。肌が、ではなく短い毛が全身に生えているのだ。まるで動物のように白い毛が全身を覆っている。そして頭には長くて大きな耳が二つついていた。その形状はまさしく、見間違えるわけもなく兎のもの。

 

 胸が高鳴る。

 そういえば噂に聞いたことがあった。

 動物と人間が一体化したかのような人種、獣人、と言っていいかもしれない。とにかくそんな種族が世界のどこかにはいるらしいと。

 確かその名は、ミンク族。いつかは会いたいと思っていた。

 

 恐る恐るナックの方へ手を伸ばし、彼が近付いてくるのを待つ。

 彼もその女を助けてほしいと思っていたようで、俺に託すかのように女の体を渡してきた。

 

 船に乗せて仰向けに寝かせた後、改めて確認する。

 肌、というよりも毛か。触れてみた感触はふわりと柔らかく、濡れていたが、人とは違う匂いをかすかだが感じた。今は潮の香りが強いが人間と違うことは間違いない。

 顔立ちは、人間と動物、どちらの特徴もあるように思う。

 目や鼻の位置は人間とそう変わらない。だが形状は動物のもの。この子の場合は兎。耳や鼻、それに服から敢えて出されていた尻尾などは兎そのものといった形だ。

 

 眠っている顔は、今まで見た誰よりも可愛いと思った。

 自分の思考がおかしくなっていることに気付きながらも彼女の姿から目が離せない。

 

 動物は好きだ。なぜって言われると答えに詰まるが、人間じゃないからという言い方もできる。

 だからといって動物に恋をすることはなかった。そこまで人間をやめたわけじゃない。

 少なくとも、今日までは。

 

 ミンク族に会いたい。そんな想いを抱くようになったのは、ひょっとしたらという気持ちが大部分を占めていたから。そのことはすでに自覚していた。

 俺だって男だ。恋人の一人くらい欲しくなる。だが人間を信じる気にはなれない。

 そんな歪んだ考え方で、ミンク族に会ってみたいと考えるようになっていた。

 

 初めて見る人間とは明確な違いがある人種。初めて目にしたミンク族。

 想像した通りなのか、俺の鼓動は確かに高鳴っていて、こんなことはずいぶん久しぶりだった。

 

 

 *

 

 

 纏わりつく眠気を振り払うかのように。重い瞼をゆっくり押し上げて。

 視界に入ったのは木製の天井だった。

 若干の古臭さを感じるが状態が悪いという訳ではなく、雨漏りなどの心配はないだろう、とぼんやり考えながら優れた聴覚が捉えるのは静かな波の音。しかし少しだけ遠い気もする。壁の向こうから聞こえてくるのかもしれないと思ったのは顔を動かした時だった。

 

 小さな部屋の中に居た。

 一人で寝るには大きなベッドに寝かされて、きちんと胸元まで布団を掛けられている。

 まだ眠気で意識がはっきりしていないらしく、彼女は気付いていなかったが、濡れていた服は着替えさせられて今は少し大きなTシャツと短パンを身に着けていた。

 

 ここはどこだろうか。まず最初にそう思った。

 見覚えのない場所。覚えのない匂い。わずかに揺れる地面。

 全て彼女にとって馴染みがない物であり、不思議そうに鼻を鳴らしながら部屋の中を観察する。

 

 部屋には決まった誰かが暮らしているのだろう。特に強い匂いを一つ感じる。それがおそらくこの部屋の主なのだろうと彼女は考えた。

 徐々に意識がはっきりしてくる。

 危機感や焦りを抱くよりも先に彼女はぐっと伸びをして、リラックスしてから脱力した。ふぅと息を吐いたちょうどその時に扉が開いたのだ。

 

 丸々とした目でそちらを見れば、入口に立っていた人物がビクッと震える。

 奇妙な人間だった。否、おそらく人間、という言い方が正しいだろう。コートのような裾の長い黒衣を身に纏い、フードをかぶって髪さえ見えず、顔は大きな仮面で隠されていた。

 

 動物でもない、人でもないその仮面は何やら悪意さえ感じそうな形状。

 驚いたのは彼女も同じでビクッと肩を震わせてしまう。

 

 そんな怪しい人物だったが、声を聞いてみれば思いのほか優しく感じられ、想像していたよりもよっぽど物腰が柔らかいことに気付く。

 驚いたのは一瞬。彼女はすぐに落ち着いた。

 一方でその奇妙な人物、おそらく男だろうとは思うが、彼は挙動不審に近付いてきた。

 

 「お、おおお、おはよう……気分はどうだ?」

 「大丈夫だよ。あの、あなたが助けてくれたの?」

 「あ、おおっ、俺っていうか、俺の相棒が見つけて、それで……ああそのっ、べ、別に見てないからっ! 見ないように目隠しまでして着替えさせたから、その……!」

 「着替え?」

 

 その時になってぱっちりした目で自分の体を見下ろした彼女は、服が変わっていると知った。

 呆然とした様子で理解したように呟く。

 

 「そっか……私、海に落ちたんだ」

 「あ、ああ。俺の相棒が多分、溺れてるところを助けた……んだと思う。だから、俺は君がどんな船に乗ってたかとか、そういうのは知らないんだけど」

 「船じゃないよ。象主(ズニーシャ)から落ちたの」

 「ん? ズニーシャ……?」

 「うん。足を滑らせて象主(ズニーシャ)の水浴びに巻き込まれちゃったみたい。そっかぁ……ってことはひょっとして、ここって海の上?」

 

 彼女がベッドから降りようとした時、つい視線が下がり、慌てて男が顔を上げる。

 その一瞬があったおかげか、彼女は男の傍を通り過ぎて甲板へ向かう。あっと気付いてから彼も追いかけると、狭い船であるため扉をくぐればすぐに甲板だった。

 

 太陽の下に立った兎のミンクは光を浴びて輝くかのようで。

 彼女は目を輝かせ、果てのない大海原を見る。

 

 「わぁっ……!」

 

 両手を広げ、踊るように、一歩一歩と進んでいく。

 その様子は初めて海を見たかのようで、子供のようでもあった。

 男は数歩追いかけるも、手が届く位置にまでは近付こうとしない。

 

 「すごーい! これが船なんだね! 海の上に浮いてるよー!」

 「え……まぁ船だから、そりゃ浮くようにはできてる……」

 「すごいね! あなた、海賊の人? それとも海軍?」

 「えっと……」

 「私、キャロット! 助けてくれてありがとう! あなたは?」

 

 感情が爆発したかの如く、嬉々とした様子で近寄り、顔を覗き込んで質問する少女。

 キャロットという名前だそうだ。

 薄気味悪い仮面をつけていても緊張している様子がありありと伝わる男は背をのけ反らせ、一歩下がりながら返答に詰まる。何か答えなければ。そう思いながらも上手く言葉が出てこないようだった。

 

 「俺は、クルス……ただの商人だ。島から島へ、品物を売って渡り歩いてる」

 「商人? へぇ~そうなんだ。どんな物売ってるの?」

 「えっと、そりゃあ、色々……」

 「どうしてそんなお面つけてるの? あっ、わかった。かっこいいから?」

 「いや……」

 

 一歩前へ進み、あっさり彼の懐へ入り込んだキャロットは楽しそうに顔を覗き込んでくる。

 そんな彼女の行動にクルスという男は相変わらず挙動不審だった。仮面で視線の動きが正確には伝わらないというのに、あちらこちらへ顔の向きを変え、逃げるように視線を動かし続けていた。外見の怪しさも相まって不審者としか思えない姿である。

 それでも彼に一切怯えず、キャロットは彼への興味を増していたようだ。

 

 その時、海の方からイルカの鳴き声が聞こえた。キャロットは咄嗟に振り返る。

 クルスの相棒、共に旅をしているナックが海面から顔を出していたのだ。

 

 「あぁっ! イルカだよ! 本物のイルカ!」

 「あ、ああ……俺の相棒だよ。さっき言った、君を助けた……」

 「イルカと友達なの! すごいね!」

 

 弾む声色で言った直後、キャロットは縁に近付いてしゃがみ、ナックの顔を間近で確認した。彼は大人しい気質のようで小さく鳴き声を発しても逃げようとはしなかった。

 距離が離れたことでクルスは大きく息を吐き出す。

 彼女の背中を見つめ、なんとも言いようがない感覚を覚えている。自分の体が普段と同じとは思えなかった。普段ならこれほど口ごもることはないし、聞く人が驚くほど流暢に言葉を操る。値段の交渉だって得意なはずだった。

 

 彼女の前ではそれができない。自分でも心底不思議だった。

 深呼吸を数度繰り返したクルスは歩き出し、キャロットへ話しかけようとする。彼女はまだ縁から身を乗り出してナックへ話しかけていた。

 

 キャロットの背後に立った時、体の奥底から沸き上がる衝動にクルスは気付いた。

 そんなことしてはいけない。いいはずがない。そう思っているのに気付けば手が動いていた。

 

 「君が助けてくれたの? ありがとう。ところで、イルカって海の中に潜ってても苦しくないのかなぁ――ん?」

 

 ふにっ、と耳が触られた。頭にある兎の耳だ。

 後ろを振り向けばクルスが右手を伸ばして恐る恐る触れていた。仮面をつけてフードをかぶり、前かがみの体勢で女の子に手を伸ばしている。誰に怖がられてもおかしくないほど恐ろしい姿であった。しかしキャロットは微塵も恐れず、不思議そうに彼を見上げる。

 

 「クルス? どうかした?」

 

 何も答えず、ただ呼吸が荒くなっているのが聞こえた。

 彼の右手は静かに動き、とても優しく耳を触る。

 ふわふわの毛を撫で、指先が慈しむように下から上へ擦っていく。

 これは流石に無視することができなかった。つい、思わずといった様子で、一瞬目を閉じたキャロットの口から小さな声が洩れた。

 

 「んぅ……」

 

 その一声がクルスの激情をさらに強くした。

 今度は左手も動き出し、あくまでも優しくだが、先程よりも力を入れて両方の耳を触る。ただ撫でるだけではなくもはや揉むといった動きですらあった。

 船から身を乗り出していたキャロットは大人しく座り込み、目を閉じてそれを受け入れる。

 

 「はぅ……」

 

 するり、するりと耳の全体を撫で続けると、力が抜けたのかまっすぐ立っていた耳が徐々に折れ曲がっていき、同じくキャロットの体からも力が抜けている。

 鼻息を荒くしたクルスが床に膝をついた。

 耳から手を離し、少し寂しげな声を聞いた次の瞬間、彼女の頭に手を置いた。

 

 さらりと手触りのいい金色の髪。体の毛は白だが頭髪は鮮やかな金色。それも不思議だ。

 それはともかく、優しい手つきで彼女の頭を撫で始める。

 手がゆっくり動く度にキャロットは息を吐き、顔の力も抜けてだらしない表情だった。

 

 「んぁ、はぁ……」

 (モフモフ……モフモフだ……)

 

 無言で頭を撫で続ける人間の姿は異常の一言。

 他人が見ていれば海軍に通報されること間違いなし。ただし今日はその現場を見ている人間が誰も居ない。大海原には船の一隻も存在せず、唯一すぐ傍に居るナックは呆れていた。

 どれほどそうしていただろうか。

 感情の赴くまま、気の向くままに彼女の頭を撫でたクルスは、唐突に手を離す。

 

 「モフモフ……すげー可愛い……」

 

 不気味な仮面とは裏腹に、うっとりと呟かれた一言。

 体から力が抜け、ぐったりした様子のキャロットは目を潤ませながら彼を見上げた。

 

 「んぅ、はぁ……えへへ。クルスはいい人なんだね」

 

 撫でられたことで気分が良くなったらしく、ふらりと立ち上がった彼女は両腕を伸ばす。

 

 「ガルチュー♡」

 「んっ、おおっ!? おおっ……」

 

 突然抱きつき、フードの中に顔を突っ込んで耳を甘噛みされたことでクルスは硬直してしまい、しかしその直後には迷いながらもキャロットの背に手を回した。

 そんなつもりはなかったのだが、動物の性質なのか、すっかり懐かれたようだ。

 

 人間は嫌いという反動なのかもしれないが、クルスの動物好きはかなり強烈になっていた。

 流石に性愛の対象にはしていないものの、モフモフを見ると撫でたくなる、モフりたくなると以前から言葉にしており、毛のないナックを見て残念がるという失礼な行動もあった。

 その光景を見て呆れたナックはやれやれと言いたげな顔で海中に姿を消してしまう。

 

 人前に出る際には必ず着けられる仮面の下で、彼の表情はひどいというほど力なく緩んでいる。

 その様子は抱きしめながら頭を撫でられ、恍惚とした顔のキャロットとそう変わらなかった。

 




 ウサギは性欲が強いと聞きまして。
 でも調べたら絶倫なのはオスだけだという話を聞きました。
 メスはいつでも妊娠できるとかなんとか……。
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