あと、今回もあまり自信はなく、キャラがぶれてる可能性があります。ご注意を。
ふんふん、と鼻歌など歌いながら。彼女は一人、楽しげに料理を続けていた。
誰に指示されたわけでもない。これは彼女が自ら望んでやっていることだった。使いなれていないキッチンも、胸の中にある想いによって苦など感じはしないのである。
テキパキと手際よく、妙に楽しげな様子で次々料理が生み出されていく。時には味を確認して、自ら選んだ食器を用意し、自分の手で近くのテーブルへと運ぶ。彼女は室内に一人だというのににこにこと微笑み、上機嫌に鼻歌を口ずさむ。
彼女がそうしていると、出入り口となる扉の向こうから足音が聞こえた。彼が以前から住んでいるアパートは思いのほか古く、廊下を歩くとギシギシと音が鳴る。そのため誰かが帰ってくると一発でわかるのだ。
それどころか彼女は、どうやら足音だけで彼が帰ったのだとわかったようである。料理を並べ終えた後、水で手を洗ってから扉へと赴く。
ちょうど彼女がそこへ立ったところで、扉が開いた。外からは青年が入ってきて、目の前に彼女が立っていたことに少し驚いたようだ。
彼女、アリシアはにこりと笑って青年を出迎えた。仕事が終わると自宅ではなくここへ来るのは、こうして彼を出迎えるためなのである。
「おかえりなさい。少し遅かったですね。また残業ですか?」
「また来てたのか……別に無理して来る必要はないんだぞ」
「ええ、わかってます。無理なんてしてませんから、ご心配なく」
青年が脱いだジャケットを受け取りつつ、アリシアの笑みは深まる。この瞬間は少し特別なものだ。いつも変動する彼の帰宅時間を予想し、料理が完成する時とぴったり合うようにすべての作業を進めているのだ。だからこそ彼が予想通りの時間に帰ってくると、特別なことがあるわけでもないのに嬉しくなる。
部屋を移動し、ひどく手慣れた仕草で彼女はそれをハンガーにかけ、それから振り返って、ネクタイを外しながら一足先にテーブルの傍へ歩み寄る青年を見る。口では色々と言いながらも、彼は決して嫌がっていない。無理やりにでも追い出さないのがいい証拠だ。
信頼されているんだ、と嬉しく想い、背中に飛びつきたい衝動に駆られながらも隣へ立つ。彼の顔を少しばかり覗き込みながら、アリシアは疲れた表情を労わるように声をかけた。
「お風呂も沸いてますけど、どちらを先にしますか?」
「冷めたらもったいないだろ。飯を先にする」
「わかりました。じゃあすぐに準備するので、先に座っててください」
そう言うとアリシアはキッチンへ戻り、少し早足に準備を行う。しかし嫌そうな態度ではない、むしろ嬉しそうな表情は変わらなかった。
青年はその背を見、少しばかり眉根にしわを寄せながら呟く。どう見ても嬉しそうな表情には見えなかった。
「前々から思ってたんだが、いつもどうやって入ってるんだ。鍵を渡したつもりはないぞ」
「あらあら、そんなこと言うんですか? 朝起きた時、私の前にこれ見よがしに鍵を置いていたでしょう」
「ただ置いてただけだ。渡したわけじゃない」
「でもあなたの性格なら、渡したくない物を目につくところへ置いておかないでしょう? 私には使ってと伝えられているように感じられたんですけど」
「使えと言ったわけじゃないのは確かだ」
「使うな、と一度も言われてないのも確かです」
軽口を叩いて言いあっている内、アリシアはすべての準備を終えたようだ。テーブルの上には皿へ盛られた色とりどりの料理が並び、湯気を立てて美味そうな匂いを醸し出している。
青年とアリシアはイスへ座り、テーブルを前に、食事を始めた。なんだかんだと言いあいながらも、少し前からこの光景は慣れたもので、実際には抵抗感などまるでない。二人共自然体で手を動かし、口に含んだ物を咀嚼して、合い間には会話を続けていた。
「お味はいかがですか?」
「……うまい」
「もう、どうして悔しそうなんですか。こんな時くらい、素直になってもいいのに」
「素直に言っただろ、うまいって」
「いいえ、ちょっと意地悪でした。そう思ってくれてるならもう少し早く言ってくれればいいじゃないですか」
「噛みしめてたから遅くなっただけだ」
「いいえ、意地悪しようとしてたんです」
「どうして決めつける。本人が言ってるんだぞ」
「素直じゃない性格をよく知ってるからですよ。だって、短い付き合いじゃないでしょう?」
アリシアがふふっと小さく笑うと、青年はそっぽを向いてしまう。
傍から見れば喧嘩をしているようにも見えてしまう二人だが、その実険しい雰囲気など欠片もなく、どちらも穏やかな顔である。彼らにとってはこれこそが日常で、言うなればじゃれているだけなのだ。
食卓は和やかな雰囲気に包まれていた。楽しげに、飽きることなくアリシアは自ら青年へ話題を振ってしきりに話しかけ、青年も頷いたり返答したり、声色とは裏腹に細やかに彼女の話へ乗っている。先程とは一転、非常に仲が良さそうな姿だった。
どちらも満足そうに舌鼓を打ち、次々に料理を平らげ、会話が途絶える様子もなく。食事は終始和やかな空気のまま終わった。
「ごちそうさま」
「うふふ、お粗末さまです」
箸を置いた青年が言うと、アリシアの表情はさらに緩む。目の前に置かれた皿には料理の欠片もなく、作ったすべてが食べつくされている。美味い、と言われたのはたった一度だが、彼の態度がそれを物語っている。彼女にとってはテーブルの上の光景だけで満足だったようだ。
アリシアは立ち上がり、洗うために食器を集める。青年は茶が入ったコップを片手に、その姿を見つめていた。
「これだけ洗っちゃいますから、先にお風呂に入ってください。私は後で入りますから」
リビングと隣接するキッチンへ立ち、テキパキと手早く洗い物を始める。アリシアの仕草は非常に手慣れたもので、イスに座ったままの青年へ背を向け、やはり楽しげな表情で手を動かす。
青年はコップを傾けつつもぼんやりと中空を見、ちらりとアリシアの背を見るのだが、イスから立ち上がろうとはしない。風呂へ向かう様子はないのである。
彼はそのままの体勢で、動かない彼に気付いている様子の彼女へと声をかける。
「なぁ」
「はい」
「清廉潔癖でなきゃウンディーネはできないって話、ほんとなのか?」
彼に問われて、くすりと笑う。おそらくは婚約を気にしてのことだろうとはすぐにわかった。
アリシアは至って冷静に言葉を返す。少し目は伏せがちに、なんでもないことを伝えるのと同じ態度で。
「そうですね。少なくとも一人の男性とお付き合いすることは、あまり許されることではないと思います」
「独り身の女性だけに許される仕事、って聞いた。俺は初めて知ったが」
「ええ。私もずっとそのつもりで働いてきましたよ」
「いいのか?」
たった一言。だが確信を突く質問である。
二人は少し前に婚約したばかり。今はまだ時期を見ている状況ではあるが、問題が起こらないようであればゆくゆくは結婚することになるだろう。しかしその時、“水の三大妖精”として名を馳せるほどだったアリシアは、ウンディーネの仕事をやめなければならない。それがウンディーネの仕事に深く関わるルールだ。
青年の言葉は、本当にそれでいいのかと問うもの。今日までウンディーネを遠目にしか見なかった彼が初めてその内情を知り、彼女の本心を知りたがったのである。
自分のせいで大好きな仕事から離れてもいいのかと。はっきり問うことはなかったが、それを伝えたいのは明らかだった。
「私、やめるつもりなんてありませんよ。あなたとの結婚」
ぼんやりと何もないテーブルを見つめながら、コップに入った茶を傾けていた青年の耳へ、少しも変化のない声が届く。あくまでも彼女は冷静だった。
ちらりとキッチンの中にある背へ確認すれば、皿を洗う手を止めることもなく、彼女は話している。婚約者の家に居ることを良しとして、無防備にも見える姿、あまりにも自然体だ。見方を変えれば、仕事より結婚を優先しているとも取れる。
だがそんなはずはない、ということは青年が最も理解している。彼女はウンディーネという自分の仕事に誇りを持っているし、心から大事に思っている。自分の弟子である少女を本当に可愛がっているし、本来であれば結婚を捨てて仕事を優先するくらいのことはするだろう性格、気質、そして豪胆さは持つ女性だった。
なぜ結婚を選ぶのだろうか。そんな風に思わないでもない。しかし青年はその気持ちを言葉にすることなく、残り少なくなった茶をずずっと口の中へ含んだ。
「どっちも大事なんです。でも、両方選ぶなんて贅沢なことはできない。だったら私は、信頼する一番弟子にウンディーネのこれからを任せて、放っておけない人の傍にいたいんです。灯里ちゃんになら後を任せられるし、それに」
一度ぴたりと手を止め、蛇口出る水に指を濡らしたまま、アリシアは肩越しに振り返った。その動きに合わせて青年は顔の向きを変え、テーブルに肘をついてその手の上に顎を置くと、もう片方の手で持ったグラスを眺める。当然、二人の視線は合わなかった。
「あなたの隣は、他の人には任せられませんから」
「ふぅん……変わった奴だ」
「うふふ、ええ、そうかもしれませんね」
再びアリシアは洗い物に向き直った。泡立ったスポンジを皿へ這わせ、汚れを落とす。淡々としながらもテキパキとした調子で、積み重なっていた皿は次々に片付けられていく。
彼女の姿を目の端で確認し、青年は尚も続ける。
「そのわりには、今すぐにやめるってわけでもないだろ。やっぱり未練でもあるんじゃないか?」
「確かに、未練はありますよ。それもとっても大きなもの――私、まだ成し遂げていないことがあるんです。ウンディーネとして、とっても大事なこと。だからそれを成し遂げるまで、もう少しだけ待ってほしいんです」
「三大妖精なんて呼ばれてるのにか。ずいぶんな大事なんだろうな」
「ええ。私も初めてなくらいすごく手ごわい相手で。私の夢は、その人といっしょにゴンドラへ乗って、水上からネオ・ヴェネチアを見ることなんです。でもそれが中々難しくって、いつものらりくらりと逃げられちゃって。気難しい人だから、まだ時間がかかりそうなんですよね」
「へぇ。三大妖精を相手に、それはまたずいぶん変わった奴が――」
テーブルに肘を突きながらではあったが、青年はわずかな笑みを浮かべてグラスに残った氷を揺らしていた。しかし相槌を打っている途中、ふと何かに気付いたようで、唐突に眉間にしわを寄せ始める。
少し睨むような目でアリシアの背を見つめれば、殺気を感じたかアリシアは小さく笑い声を発して、ゆっくりと振り返った。今度こそ二人の視線がぶつかり、一方は不機嫌そうで、一方は楽しげな顔を見せた。
「……まさかそれ、俺のこと言ってんのか?」
「あらあら、気付きませんでした? だってまだ、一度も私のゴンドラに乗ったことがないじゃないですか。それからでないと、未練が残ったままになっちゃいます。だから、結婚はその後。引退する前に一度だけ、あなたとゴンドラに乗ってからにしたいんです」
「前々から思ってたが、案外しつこい奴だよな、あんた。別にいいだろ、俺が乗っても乗らなくても、別に何が変わるわけでもない――」
「それとも、あなたが頑なに私の夢を叶えてくれないのは、私の引退を先延ばしにするためですか?」
にこにこと邪気の欠片もなく、アリシアは笑顔でそう言う。言葉こそ尋ねる形だが、それは確信を持っていると言って過言ではない。彼女は確固たる意志を持って話していた。
言われた途端、青年はぴたりと言葉を止めて口を噤んでしまう。すると不機嫌そうな表情のまま、何を返すでもなくそっぽを向いてしまった。
この行動を彼女はイエスと取った。実際にそう言えば彼は反論するだろうからそうは言わなかったが、彼の気質をわかっているアリシアには理解できたのである。
まだ皿洗いが終わったわけでもなかったが、一度蛇口から流れる水を止め、体ごと彼の方へ向き直る。どこかへ寄り掛かることもなく、背筋を伸ばしてぴしりと立ち、濡れた手をタオルで拭いて、青年の姿だけをじっと見て。アリシアは微笑んで口を開いた。
「覚悟はできてます。そんなに気を遣ってくださらなくてもいいんですよ?」
「俺がいつ気を遣ったんだよ」
「だってそうでもなければ、結婚を待ってくれる理由なんてないでしょう? あなたがゴンドラに乗らなければ、私が満足することがないから、その間はウンディーネの仕事を続けられる……私が仕事をやめたくないんじゃないかって、そう思ってくれてるんですよね」
青年はまた声を出さない。これもまたイエスだろう。
彼は一見するとぶっきらぼうに見えて、かなり気難しいわけだが、よく観察してみれば意外とやさしいところがあるのだとわかる。なんだかんだと言いながらもアリシアの意見を無視することはなかったし、会社への資金援助を決めながら結婚の有無を彼女へ委ねるなど、むしろアリシアの意見を優先するようなそぶりさえあった。
彼自身、アリシアと結婚することに抵抗はないのだろう。でなければ自宅でいっしょに食事を取ることもなし、そもそも鍵を使って自分より先に帰っているという状況を許すはずがない。先に家の中に居た彼女を追い出さないということは、すでにアリシアの存在を受け入れているということだ。
小さなため息をつき、青年は物憂げに声を出す。一見しただけでは不機嫌そうに見える表情と声である。しかし、アリシアにはそう見えていないようだった。
「……あんただけの問題じゃないだろ。あんたの会社は大丈夫かもしれないけど、ネオ・ヴェネチアにはあんたを必要としてる人が大勢いる。早々簡単に、捨てられるものじゃないはずだ」
「そうですね……でも、捨てるわけじゃありません。結婚すればそれはそれで、ネオ・ヴェネチアに貢献することはできますよ。みんなには迷惑をかけちゃうかもしれないけど、理解してくれる人だってたくさんいる。私はそう思ってます」
「どうして?」
「ここの人たちはみんな、やさしい人ばかりですもの。私とあなたが心から愛してしまうくらい、この街は素敵な場所だから。私たちのことだって、きっと祝福してくれますよ」
「能天気なもんだな。そうはならないかもしれないだろ」
「うふふ、その時はその時です。もしもの時は、二人でごめんなさいって謝りましょう。大丈夫、二人なら一人で居るより心強いです」
「そういう問題なのかね。ま、別にいいが」
カラン、とグラスの中で氷が音を立てた。青年がゆらりとそれを揺らしているからである。
彼は残っていた茶をぐいと飲み干すと、残っていた氷まで口に含み、歯で噛み潰してガリガリと音を鳴らす。子供っぽくも見える仕草で、ともすれば自分を隠そうとする彼らしい行動。普段通りといった様子で明確な答えが得られぬまま会話を終わらされたため、アリシアはまた笑みを深めた。
残りの皿を洗うため、体の向きを変え、蛇口を捻り、再び手を水で濡らす。
明確な答えは必要ない。それでもわかりあえることはできるのだから。青年がその考えを良しとするかはわからないが、少なくともアリシアはそう思っていた。
彼と自分は、必要以上にべたべたするわけでもないし、恋人っぽい振る舞いをしているわけでもない。傍目から見れば、もしかしたら仲が悪いと思われてしまうかもしれない。だけど、自分たちにしかわからない感覚や感情、言葉で伝えられるわけではない何かがあるのは確かだった。
こうして明確な何かを得るわけでもない会話も、自分たちにはなくてはならない大事なもので、お互いを必要としているからこその時間。言いたいことは言ってくる癖に、良いことをした時なんかは決まって隠したがる彼とのやり取りも慣れたものだ。
最近来るようになったばかりだが、この家の中、アリシアの笑みが消える瞬間など非常に珍しいことだった。それほど彼女は彼といっしょにいる時間、幸せそうににこにこと微笑んでいるのである。
「お風呂、お先にどうぞ。私はまだ時間がかかりそうですから」
「なぁ」
「はい?」
「いっしょに入るか?」
何気ない口調で言われ、アリシアは笑みを消してぴたりと手を止めた。驚いた表情で目の前の一点を見つめ、流れる水の音も聞こえない様子でぼんやりと、頭の中では先程の言葉を反芻していたようだ。
落ち着く暇もなく、信じられない物を見るかのような顔でゆっくりと振り返り、イスに座ったままの青年を見た。彼は相変わらずそっぽを向いていて、テーブルに肘をつき、片手でコップを弄んでいる。ほんのわずかだけ見える彼の横顔、口元は少し弧を描いているように見えた。
「嫌なら断っていいぞ」
アリシアはしばらくぼんやりと、何を言われているかわからない様子だったが、ようやく理解できた後で表情を変える。
ふわりと微笑み、くすぐったそうに笑うのは、きっと嬉しかったからなのだろう。いつもそっけない彼が自分から愛情表現を行うなど滅多にない。今まで数えるほどしかないのだから、今日で一体何回目だと言うのか。
堪えようとしてもにやけてしまう頬もそのままに、アリシアの返答は素直ではないものだ。普段の彼を思わせる、真意を隠そうとしながらも、深い仲であれば一発で見抜けるだろうそれを、今度は彼女がするのである。
「でも、まだ洗い物が終わってませんし。今日は少しだけ張りきっちゃったせいか、量が多くて」
「後ですればいいだろ。なんなら俺も手伝ってやる」
「それは悪いです。使うお皿が多くなっちゃったのは私のせいですから」
「ここは俺の家で、俺が使ってた皿だろ。むしろ、あんたにばかりやらせてる方が問題だと思うが」
青年はイスから立ち上がり、空になったコップを手にアリシアの下へ歩いていく。青年の歩みに淀みはなく、二人は鼻先が触れあいそうになるほどの距離まで近づき、視線は正面から合わせたまま、青年の手がアリシアの背後へ伸びて流し台へとコップを置いた。
肌が触れていなくても相手の呼吸がわかる距離。それほど距離が近ければ、言葉などなくとも相手のすべてがわかるような気すらした。
「言い訳にできるのは洗い物だけか?」
「そんなことありませんけど……もう言い訳する必要はありませんから、いいんです」
「どうして」
「うふふふ。私これでも、嫌なことは嫌だって言える性格なんですよ」
「ああ、よく知ってる」
どちらからともなく顔を傾け、唇と唇が、音もなく触れあう。抱き合うでもなく、首を伸ばしただけで行うキスは初めてで、不思議と二人はしばらく離れようとしなかった。
蛇口から流れる水の音だけが、室内に唯一の音を作る。そんな静かな空間であった。
◆
シャワーから流れる熱い湯を頭からかぶり、体は徐々に熱くなっていった。
しかし体が火照る理由はそれだけでなく、何かを語るでもなく強く抱き合い、時間も忘れて激しくキスを交わしていたことが原因だろう。二人は強く唇を押しつけ、ねっとりと舌を絡めあい、互いの存在を確かめあっていた。
狭いシャワースペースの中である。青年が彼女の体を壁へ押しつけ、アリシアは彼の背へ腕を回して抱きつき、体の前面は肌の大半がぴたりと触れていた。柔らかな女の肌と、それよりは幾分固さを持つ男の肌、今は吸いつくかのよう。
くぐもった声が重なりあった唇から洩れでて、アリシアの表情はどこか切なそうなもの。頬を赤く染め、青年の背へ回した手に更なる力が込められる。
唇が離れたのは青年が顔を引いたためだった。しっとりと濡れた金色の髪へ指を絡ませ、やさしく頬を撫で、珍しく微笑む彼はアリシアへ熱っぽい視線を向けている。
それがアリシアにとっては嬉しくて仕方がなかった。普段は中々見れない彼の表情が目に映るだけで、胸の内が熱くなって締めつけられるような感覚を覚える。
同時に恥ずかしくもある。まっすぐに目を見つめられて、今度は彼女が視線を逸らした。しかしそれを許さないかのよう、青年は彼女の頬へ両手を添えると、再びキスを始める。今度は先程よりずいぶんやさしく、ちゅうっと弱弱しく吸いつくように。
自然と、アリシアの頬は緩んでしまう。胸の内に広がるのは幸福。わかりにくいはずの彼のやさしさが、これでもかとわかりやすく伝えられたせいで。
「んっ、ふっ――」
息苦しさを感じつつも離れたいとは思わず、アリシアの方から強く彼へ抱きつく。伸ばした腕に力を込めて、もっと近くなりたいと伝えるかのように。
青年もまた彼女の背へ腕を回し、自分よりも幾分小さい体を受け止めつつ、応えるべくさらに強く唇へ吸いつく。ちゅうという音がいやらしさを感じさせ、シャワーに混じりながらも耳に心地よい。少し恥ずかしさも感じるものの、やはり嫌いになれない感触であった。
その一方で、彼の左手が白い肌を伝いながら動き出し、背中から側面を回って、大きな胸へと運ばれる。触られた途端にふにゅりと形を変える乳房に指が埋まり、アリシアは恥ずかしさを、けれど少し嬉しいという感情を抱いていた。
こうした行為に羞恥心を持たないわけではない。しかしやはり愛しい人から求められるのは嬉しいことだ。言葉では素直になれない彼でも、行動ではわりと素直になる。
現に今も、触れあった場所には大きくそそり立ったペニスが確認でき、それは間違いなく自分を女性として見ているから起こる変化。アリシアはその事実を感じ、キスを続けながらも笑みを浮かべた。
再び青年から唇を離し、正面から見つめ合う。頬が撫でられるのがくすぐったかったが、アリシアは青年の視線から逃げようとはしなかった。
「お湯、出しっぱなしじゃもったいないですよ……」
「いいさ、気にしない」
「でも、お風呂、入りに来たんでしょう? 体だって洗い終わったのに――あっ、んんっ、あっ……」
「じゃあ、風呂入ろう。ほら、おいで」
ぐにぐにと両手で胸を揉んだ後、青年はシャワーを止めるとアリシアの手を引き、隣にあった浴槽へと足を入れる。
二人で風呂の中へ入り、ゆっくりと腰を下ろしていく。二人分の体積のせいで湯が外へ溢れだしていくものの、さほど気にせず、二人は正面から向かい合って浴槽の中に座った。
舌を絡めるキスをして、お互いの興奮が体に現れて、その後での少し落ち着いた時間である。アリシアはもじもじと恥じらいだ様子を見せ、視線を下へ向けがちになり、青年と目を合わせようとしない。
だが青年はむしろ強気な態度。普段滅多に見れない隙だらけのアリシアを見て、思わずにやりと頬を上げる程度には余裕があるようだ。
青年は浴槽の底へ膝をつき、アリシアへ覆いかぶさるよう体を動かした。説明もないままの行動に驚き、アリシアは少しのけ反るものの、背中に腕を回されては逃げられずすっぽりと彼の腕の中へ抱きしめられる。
再び、二人の肌がぴたりと触れあうのだ。頬と頬を触れ合わせ、狭い浴槽の中で抱き合うのは、珍しく二人が恋人らしい体勢になった姿だった。
「も、もう……こんな時ばかり、強気になるんですから。まるでいじめっ子みたいですよ」
「こんな時ばかり弱気になるあんたも悪いだろ。いい加減慣れればいいのに」
「それは無理です。恥ずかしいし、なんだか頭がふわふわしちゃって……私だって、やればもう少しできるんですよ? ただ、まだ少し慣れてないだけで」
「ふぅん。ま、その割には積極的な夜とかもあるけどな。あれは……欲求不満か?」
「違い、ませんけど。それはたまたま、お仕事で疲れていた日だったので、少し、甘えたくなったと言いますか」
「あぁ、なるほど」
浴槽へたっぷり入った湯の中に浸かり、抱き合ったことで声は囁く程度で十分聞こえ、耳元で行うせいかくすぐったさが付き纏う。しかし言ってみればそれも微弱な快感のようなものだ、悪い気はしない。
青年の舌がするりと伸ばされ、赤くなったアリシアの耳を舐める。唐突だったこともあり、彼女はびくりと震えて驚く。卑猥な音を立てて舌が動き、それは肌を伝って徐々に下へ降りて首筋に到達した。
彼の息遣いがすぐ近くで聞こえ、やさしくも怪しく動く舌を感じ、熱くなった息を吐く。
「そういえば一つだけ、聞いてみたかったことがあるんです」
「なんだ?」
「私のこと、好きですか?」
「は?」
思わず動きを止めて顔を離し、青年はアリシアの顔を見つめて固まった。予想外の言葉で思考が停止したらしく、目は真ん丸に開かれている。
アリシアはそんな彼を見て笑い、少し余裕を取り戻した声で言った。
「ほら、よくあるじゃないですか、こういうやり取り。私と仕事、どっちが大事なのぉ、っていう」
「それを今言うのか」
「一度言ってみたくて。それに普段は言ってくれないでしょう? 好きや愛してるなんて言葉」
「……俺が言って信じるのか?」
「そう言われると、確かにちょっと信じられないかもしれないですね」
「だろうと思った」
目を閉じて少しだけ触れるキスをして、ゆっくりと目を開ければお互いの顔が間近に見える。
青年が真剣な顔で口を開いた。するとアリシアは少し驚いた様子で笑みを消し、目を大きく見開いたのである。
「好きだよ、アリシア」
何を言われたのか、すぐには理解できなかった。だが内容を理解し、何とか飲みこめた後、彼女はくすぐったそうにくすくすと肩を揺らす。
真剣な顔を見せていた青年は一転、眉間にしわを寄せて唇を尖らせた。どうやら笑われたことが気に食わなかったようだ。
「なんで笑うんだよ」
「うふふ、だって、本当に言ってもらえるなんて思わなかったんですもの」
「だから嫌だったんだ。こういうのは、柄じゃない」
「あらあら。普段からたくさん言っていれば、もしかしたら甘い言葉が似合う男性になれるかもしれませんよ。そうすれば私は嬉しいし、あなたも恥ずかしがる必要もなくなる。これっていい案だと思いませんか?」
「慣れるまでが恥ずかしいってことだろ、それ。やだよ」
「うーん、やっぱり騙されてくれませんね。残念。言われて本当に嬉しかったのに」
今度はアリシアの方から唇を奪い、強く押し付け合うだけのキスを始める。だがその一方で青年は彼女の胸を揉み、柔らかな感触を楽しみながら淡い快感を与え始めた。
手慣れていると見える動作である。今日までの経験か思いやりか、さほど大きな動きでもないのにアリシアはわずかに声を洩らし、体を小刻みに震わせる。
唇が離れてキスが終わり、二人の視線が交わった。その時にはどちらも興奮を高めていて、やはり態度だけでなく言葉で想いを伝えたのは大きいようだ。アリシアは目を潤ませて頬を上気させ、彼の首へ腕を回す。
青年がさらに彼女との距離を詰めながら、左手はやわやわと形を変える乳房を揉み続け、右手は腹を伝って下腹部へ降りた。怪しげに動く指先が、視認する必要もなく彼女の女陰を淡く撫でるのである。
「んっ、ふっ……私も、大好きです。あなたのこと――あっ、はっ」
「ああ、伝わってる。言われるまでもなくわかってるよ」
「んっ、んっ、でも、言いたいんです。あなたにもっと、伝えたいから……あぁっ」
女陰の形を確かめるかのように撫で、包皮に包まれた陰核を指の腹で転がし、膣の入り口を撫でてみれば、彼女の興奮はますます高まっていくようだった。アリシアは青年へ抱きつきながら喉を震わせ、目を閉じて首を反らす。
そうすると青年の目が白い首筋に見とれ、そっと唇を這わせた。ちゅっと音を立てて吸いつけば、それだけアリシアの体が震える。もっとしたい、と思わせる反応だった。
湯の中で胸を揉み、女陰を手で弄り、アリシアの全身がぴくぴくと反応を見せる。青年のペニスはさらに固さを増して、彼女の太ももに触れたまま今や遅しとその時を待っている。
だが青年は決して事を焦らず、アリシアの耳元へ舌を這わせると、虐めるように耳の中を舐めた後で囁いた。少しかすれた小さな声。妙に色気を含むそれはアリシアの脳髄まで届くかのよう、内も外も愛されているような感覚だ。
「立って。ここでするから」
「ん……舐めるんですか?」
「嫌か?」
「いや、じゃないですけど……恥ずかしいから、あまり見てほしくないです」
「善処する」
「む、また嘘ついたでしょう。絶対見る気です」
「この照明じゃ見ないようにしたって見えるっての。それにどうせ、もう見慣れてる。そんなに気にするな」
「気にしないなんて、無理ですよ……」
渋々と言った調子でアリシアが立ちあがり、ざばりと湯を落としながら、浴槽の中へ立った。座ったままの青年を見下ろす体勢、彼の顔がちょうど股間の前にある。
いまだ羞恥心を捨て切れない彼女はますます顔を赤くし、視線を逃がして唇を噛む。右手が股間を隠すよう下ろされて、左手は胸を隠すために大きなそれをふにゅりと潰した。
青年はじっと彼女の裸体を上から下まで眺めてから、行動する。両手は上へ伸ばして胸を掴み、中でもピンと立つ乳首へ触れて指の腹で転がし、顔は股間に埋められてきれいな形の太ももに挟まれ、女陰へ唇が触れる。
途端にぴくりと全身が反応した。アリシアは恥ずかしさから目を閉じ、所在なさげに揺れた両手を彼の頭へ落ち着かせ、小さく口を開いた。荒くなった呼吸と共に小さな声が出て、少し我慢する様子を見せたものの、口を閉ざそうとはせずに甘く濡れた声を出す。それを青年へ聞かせるためかのように。
「あっ、んっ、んっ――あぁっ、そんなに、強くしちゃ……」
青年の舌がゆったりした動きで女陰を舐めあげ、余すところなく触れる。形を確認されているとも感じられ、アリシアの羞恥心はさらに掻きたてられた。
それだけでなく両手は胸を弄び、乳首を弄って更なる快感を与えてくる。恥ずかしい場所を上も下も両方、同時に触られては、感じずにいるのは不可能だ。
アリシアの声はどんどん快楽に濡れて色っぽく変わり、わずかに目を開けて青年の顔を見た。大人びた表情で股へ顔を埋める彼は、非常にいやらしい存在として彼女の目に映り、自らの中にある何かがさらに大きくなってぶるりと体が震える。
上と下、視線がまたぶつかった。
「気持ちいいか?」
「は、はい。でも、恥ずかし、あっ――」
「声、我慢するなよ」
ずずずっ、と音を立てて膣の入り口が吸われ、次いでその中へ舌が差しこまれた。音もなく入りこんだそれは非常にゆったりとうねり、動きを加えて、彼女へ更なる快感を与える。
どうにも恥ずかしく、慣れない体勢だ。自分が立ったままであることに加え、股に顔を押しつけられているのだ。どうしようもないと思いながら、逃げるどころか自分から押し付けようとしてしまうこともまた恥ずかしい。
強く目を閉じ、アリシアは唇を噛む。それでもやはりすぐに口を開いてしまって、声が自然と洩れでてしまう。もはや我慢などできはしなかった。
「あっ、あっ、あっ、あっ――」
舌がうねり、強く吸われる度、彼女の声はリズムよく吐かれる。聞いているだけで男心をくすぐる、色気を含みながらも清らかで可愛げのある美しい声だ。
青年はたっぷりと舌で愛撫した後、ふと顔を離し、彼女を解放する。その時にはすでにアリシアは息も絶え絶えでぼんやりと天井を見つめ、呆けた顔を見せていた。
青年が立ちあがると、今度は彼女が座るために肩を押される。それでようやく我に返り、何をしてほしいのかを理解して、アリシアは青年の足元へ座った。
今度は逆の立場、立った青年の股間の前へアリシアの顔がある状態である。ビンとそそり立つペニスが彼女の眼前で元気に揺れ、湯を滴らせながら期待している。アリシアは顔全体を赤らめ、それでも目を逸らそうとはせず、じっとそれを見つめた。
「今日も、おおきい……昨日もあんなにしたのに」
「若いからな。これくらい当然だ」
「今までの彼女さんとも、毎日のようにしてたんですか?」
「まぁ、ある程度はな」
「……むぅ」
「自分から聞いといて拗ねるか、普通」
少し不満げに眉根を寄せ、唇を尖らせた後で、アリシアの両手がそれへ伸ばされる。白い指先が赤々と膨らんだ亀頭を包み、弱い力加減でわずかに揉み、至近距離からまじまじと見つめる。
青年はくぐもった声を洩らして目を閉じた。その表情は辛そうにも見えるが、よく知った者には快感を得た時の顔だとわかるだろう。
ぐにぐにと手で好き勝手に弄びつつ、ちろりと伸ばした舌先で先端へ触れて、アリシアは悪戯っぽく微笑むと青年の顔を見上げた。
「ここを舐められるの、好きですよね。胸でされるのとどちらが好きですか?」
「まぁ、同じくらいには」
「こういう時は素直なのに、どうして普段は意地っ張りなんでしょう……急所を握られてるから?」
「おい、妙なこと考えるなよ。普段急に握ろうもんなら、俺じゃなくても怒るぞ」
「残念です。いい方法かと思ったのに」
そう言いつつもふわりと笑い、アリシアの舌が、べろりと亀頭を舐めた。その直後には大口を開けて彼のペニスが呑みこまれ、亀頭の部分が口内へ含まれた。
舌を動かしながらも頭を振り、胸や手でするのとは違う快感に襲われる。余裕を保てそうにない青年の息は荒くなった。
しっとりと濡れた金色の髪が揺れ、青年は彼女の頭に手を置くと手触りのいいそれを触り、目を閉じて股から広がる快感を享受する。アリシアのフェラチオは、まだ慣れ始めたばかりで決して上手と言えるものでもないが、妙に熱意が感じられるため油断することもできない。
愛情というものが込められているのかもしれない。青年は体の芯まで伝わるじんわりとした快感に息を乱しつつ、そう思った。
「んっ、んっ、んっ――」
淡々としたペースで頭が振るわれる。アリシアもまた目を閉じ、彼のためを想って賢明な奉仕を見せていた。
しかしさほどもせずに青年の手によって顔の動きを止められ、彼女は思わず目を開ける。頭に触れていた手が頬に移され、両手で顔を掴まれていたのだ。
見上げてみれば、青年の目はすでに興奮しきっていて、どうやらもう我慢できないようだ。アリシアは口の中からペニスを出し、さらに固くなったそれを見つつ、自らも立ちあがる。
微笑んで正面から抱きしめ合えば、彼はすぐさま唇を重ねてきた。そのまま彼女の口内でねっとりと舌を絡めた後、青年は顔を離し、アリシアの尻を両手で揉み、かすれた声で呟く。
「もう、いいだろ」
「うふふ、はい。いいですよ」
青年はアリシアへ壁に手をつくよう言うと、彼女の背後へ陣取った。くびれた腰や反らされた背中のラインが美しく、丸みを帯びた白い尻が可愛らしい。
その尻を両手で揉みしだき、双方の尻たぶをぐっと押し開いたり、谷間の間へ指を忍ばせたり、中々に好き勝手な様子すら見せた。
だが最終的にはやはりその奥、すでにじっとりと濡れた女陰へと指が辿り着き、触られた途端にアリシアは甘い吐息をこぼし、後ろを振り返りながらも壁に寄り掛かって上手く立てずにいた。
青年は腰の位置を正すといきり立つペニスを彼女の股へ突きつけ、準備が整った膣へと宛がう。最終的な確認は目を合わせるだけ。言葉もなく腰が進められ、強い熱と固さを持ったそれは彼女の中へと呑みこまれていった。
「ふぅぅ、あぁぁっ……!」
「力抜け。辛かったら我慢しようとするなよ」
「は、いぃ――うぅんっ、あぁっ」
ずぶずぶとゆっくり肉を掻きわけ、奥まで進む。そこで一度ぴたりと止まり、二人は大きく息を吐いた。
固い肉棒が柔らかな膣に包まれ、自分にはない独特の感触がなんとも気持ちいい。まだ挿入を終えたばかりだというのに、二人の表情はずいぶんと幸せそうなものだ。
「動くぞ」
「は、はい――あんっ、んっ」
尻を掴んで腰を振り、ペニスを前後へ動かし始める。途端にアリシアは甘い声を出し始めた。
ぬるぬると柔らかな肉のひだが絡みついてくるようで、まだ少しぎこちなさは残るものの、近頃は彼女もこうした行為に慣れてきたようである。青年の動きも初めの頃に比べて大胆になり、気遣う素振りは残しながらも激しさは増していた。
非常にゆったりとしたペースから始め、アリシアの声が高くなってくると徐々に速さを変えていき、彼女が後ろを振り返る余裕を失くして俯いて喘ぐと、さらに前後の動きを速める。
下腹部と尻とがぶつかり、肉付きのいいそこがぶるりと揺れ、勢いよく揺れる睾丸がぶつかってパンっという音が何度も浴室へ響いた。
そうなる頃にはアリシアは我慢する余裕もなく喘いでいる。普段はおっとりとして落ち着きのある声が淫らに濡れ、大きくなって耳の中へ木霊するのは何とも言えぬ快感がある。
青年の表情からも次第に余裕が消えていき、二人は必死になって快楽を貪った。互いに言葉を交わすことなく、動きもただ腰を前後させるだけの単調なものだが、それだけでも十分すぎた。
「あっ、あっ、あっ、んんっ、んっ――!」
リズミカルにアリシアの声が木霊し、足元の湯がぱしゃぱしゃと揺れ、熱くなった体に汗を掻きながら腰を動かす。
今やどちらも快感を得るため体を動かしていて、呼吸を合わせようと躍起になっていた。ただ信頼関係の故か、彼らの動きが互いのために合わさったのはすぐのこと。更なる快感のために速度は速まる一方。
次第に肉体に溜まる快感は高まり、やがて我慢ができなくなった。大声で喘ぐアリシアの後ろ、青年も低いうめき声を発しながら限界を伝える。
「あっ、あっ、あっ、あぁっ――!」
「くぅ、もう、だめだ……!」
「んんんっ、やぁっ、あぁぁぁっ……!」
まず先にアリシアの体がびくんと大きく跳ね、その後に青年は慌てて膣からペニスを抜き取り、丸々とした彼女の尻へと亀頭を押しつけた。その瞬間に射精が始まり、飛び出した精液が亀頭に触れた尻を汚す。
どちらも荒い呼吸だけを続け、浴室内は一気に静まり返った。波立っていた湯船も徐々に落ち着きを取り戻し、後に残るのは汗を掻いて呼吸を乱す二人の息遣いのみである。
青年は桶で湯を救うとアリシアの尻へ手を伸ばし、浴槽へ落ちないよう気をつけながら彼女の尻を洗ってやった。流された精液が大量の湯と共に排水溝へと流れていく。
それを見送ってからようやく、二人は再び浴槽へ腰を下ろし、正面から抱き合った。名残を楽しむためか、ついばむように何度もキスを交わし、呼吸が整ったところでようやく口を開く。
視線は正面からぶつかり、どちらも笑みを見せた表情、とても落ち着いた姿だ。
「気持ちよくイケましたか?」
「ああ、まぁな」
「うふふ、それなら嬉しいです。私も、気持ちよかったですよ」
「そう言われて俺はどうすればいいんだ。やったーとでも喜べばいいか?」
「せっかくなら聞いてみたいですね、あなたがそう言うところ。今なら他に誰も聞いてませんし、どうですか?」
「絶対に嫌だ」
「あらあら。うふふ」
またついばむようにキスをして、遊ぶように舌先だけを触れ合わせる。
二人はしばらく風呂から上がろうとはせず、のぼせる寸前になるまで、裸のまま抱き合って遊んでいた。
◆
水無灯里は今、最近では珍しいほど、非常に困惑していた。
理由は目の前。突然やってきた見知らぬ青年が膝を折ってしゃがみ込み、初対面だというのになにやらアリア社長と親しげに触れあっているためである。
「ぷいにゅ~」
「火星猫か。話には聞いてたけど、実際に見るのは初めてかもしれないな。しかもこんな間近で」
「ぷいにゅ」
「不思議な生物だ……本当に猫か?」
白くふわふわな体毛に気を良くし、やさしくアリア社長の頭を撫でる青年は妙に穏やかな姿であり、悪い人ではなさそうだと推測できる。アリア社長が妙に親しげに接しているのもその理由だ。
しかし灯里にとっては知らない相手、なお且つウンディーネのゴンドラを目指して足を運んだわけでもなさそうなのである。何を目的としているのかがわからず、その背をじっと見つめながら、どう声をかけていいかわからなくなる。
確固たる目的を持って来店したはずが、なぜか青年はアリア社長に気を取られて動かない。しかもどことなく楽しそうな姿にも見えるのだから、初対面の灯里には声をかけてスキンシップを中断させていいのか困るところ。
よし、と決意を固めて、彼女は動き出す。彼の隣に並ぶようにしゃがみ、目線が合うように体勢を整え、青年へ声をかけるのだ。客であることに変わりはないだろうからにこりと笑みを見せながら。
「あの、ARIAカンパニーにどのようなご用件でしょうか? アリア社長のお友達、ですか?」
「え? あぁいや、別にそういうわけじゃ」
隣に並んだ灯里の顔を見て、青年は困ったように頭を掻きながら視線を漂わせた。その後も何かを気にしてか、中々用件を言おうとはしない。
強気そうに見える顔なのに、態度ははっきりしないもので、見ようによっては似合わないとも言えることができた。灯里はますます困惑して、困った表情で首をかしげてしまう。楽しげなのはアリア社長だけだ。
ふと、気付くことがあった。アリア社長の友達ではなく、灯里とも初対面。ならば彼がARIAカンパニーを訪ねてきたのは、もう一人のウンディーネに用があるのではないかと。
合点がいったとばかりに灯里は笑みを浮かべ、彼の顔を覗き込んで声をかける。すると青年は少し身をのけ反らせ、目を真ん丸にして彼女の顔を見た。
「ひょっとして、アリシアさんに会いに来られたんですか?」
「へ? あー……」
「やっぱり。ごめんなさい、アリシアさんは今お仕事に出ていて、もう少しで帰ってくると思うんですけど――」
「あぁいや、別にいいんだ。急に邪魔して、悪かったな」
青年は困ったように笑うとそう言い、アリア社長の頭を一撫でしてから立ちあがった。前へ伸ばされる足は出入り口を目指していて、どうやらもう帰るらしいとすぐにわかる。
その時になってようやく、灯里ははたと気が付いた。自分が知らない人で、アリア社長とも関係がなくて、アリシアに用件がある年若い青年。
もしかしたら、この人がアリシアの婚約者なのだろうか。一度気が付いた後ではもはやそうだとしか考えられず、灯里は咄嗟に口を開き、何かを考えるでもなく気付けば彼の背へ声をかけていた。
「あ、あのっ」
「ん? 何か?」
「え、えっと、その……急な質問で申し訳ないんですけど、ひょっとして……アリシアさんの、婚約者さん、ですか?」
青年の目がまたも丸々と見開かれる。どうやら正解だ、と体感で理解した。
いつかは出会うことになるだろうとは思っていたが、まさかこんな形になるとは。そう思わないでもないが、それよりもまず、彼には言いたいことがあった。
アリシアとの付き合いは、自分の方が長くて深いという自負がある。男と女という違いもあることだし、彼が聞いていない話を耳にしているかもしれないという考えもあった。
灯里はひどく混乱した様子で、これを機にと思いのたけを口にした。前々から考えていたこと、思い悩んでいたこと、すべてアリシアのためにぶつける。
「あ、あの、そのことなんですけど……婚約の、件は、どうにもならないんですか?」
「え?」
「い、いえ、とっても失礼なこと言ってるって自覚はあるんですけど、その、ええっと、ちょっと思うところがありまして……! こんなこと、ほんとは言っちゃいけないと思うんですけど――アリシアさんには、好きな人がいると思うんですっ」
わたわたと両手を動かしながら、灯里は明らかに冷静さを欠いた様子で言葉を続ける。もはや半ば自分でも何を言っているかわかっていない様子だ。
ついには視線を合わせていられなくなったようで、少し俯きがちに、両手の指先をつんつんと触れさせながらの発言である。灯里の顔は真っ赤に染まっていて、恥ずかしいやら、情けないやら、様々な情念が内でぐるぐると渦巻いていた。
「アリシアさん、一年前から一人の男性のことをよく話すようになって、その人のことを話す時、いつも幸せそうな顔するんです。最近でもそれが続いてて、だけど、もし結婚しちゃったら……あの、言いたくはないんですけど、会社を立て直すための結婚をしちゃうと、本当にアリシアさんは幸せになれるのかなって。アリシアさん、自分では一度も言ったことないけど、やさしい人だから、会社のために我慢してるんじゃないかって思って、それで――」
「本当はその男と結婚したいんじゃないか、ってことか」
「は、はひ……すみません。部外者が横から出てきて、急にこんなこと……」
気付けば青年は頭を抱えていた。眉間にはくっきりとしわが作られ、指先でそこを揉みほぐすように動かしている。
その様子を見て、灯里は自らの暴走を恥じた。やはり面と向かって言うべきではなかったのだ。政略結婚をやめてくれ、アリシアを自由にしてくれと言ったのと同じ。普通ならそんなことを言われて好意的に受け止める人間などいない。
だがアリシアのためを思えば、言わずにはいられなかった。灯里は尊敬する彼女に幸せになってほしかったし、できれば話に聞かされていた男性といっしょになって、いつまでも笑顔で居て貰いたい。そう思うからこそ、彼女が会社を立て直すためだけの結婚をして欲しくないと。
今では正面から彼の顔を見ることはできない。灯里はただ、彼の返答を待つしかなかった。
「あいつ、アリシアはその男のこと、なんて言ってた?」
「え? えっと……ちょっとわかりにくいけど、すごくやさしい人で、心配になるから一人にはできないって。だから自分が傍で支えてあげたいって、そう言ってました」
「……そうか」
「あぅ、ごめんなさい……」
青年は何かを嫌がる表情を見せた。それに応じて灯里は肩をすくませ、ますます自分を責めて落ち込む。
やはり気分のいい話ではないだろう。そんなこと、気をつけるまでもなくわかることだった。だからこそ何も注意せずに発言してしまった自分がひどく情けなく思えてしまう。
しかし青年は灯里の顔を見て表情を変え、今度はやさしく微笑んだ。気落ちして俯いてしまう彼女の頭に手を置き、桃色の髪をやさしく撫でる。
灯里が視線を上げて目が合えば、彼はさらに頬を緩ませて、まるで兄にも近い親しげな笑みを見せた。
「だったらあんたからも言ってくれ。俺は結婚するかしないか、あいつに委ねたんだ。けど考え直す気はないようでな。多分、あんたが言えばもう少し本気になって考えるだろうから、言ってやってくれ。本当にそれでいいのかって」
「え、あ……怒って、ないんですか?」
「怒る理由が見つからなかったからな。一番弟子なんだろ? だから、細かい話はあんたに任せるよ」
「は、はひ……」
予想外の展開に驚き、ぽかんと口を開けた灯里は呆然と青年の顔を見つめた。青年はそのマヌケ面に笑い、最後に頭を一撫ですると、出入り口の扉を通りぬけて外へ行ってしまう。
見送るために灯里も急いで外へ出るのだが、彼は振り返ろうともせず、歩き去っていく姿だけが確認できた。
その時だった。ちょうど仕事から戻ってきたらしいアリシアが慌てた調子で灯里へ駆け寄り、去りゆく背中を目で確認する。
表情は驚いていて、なぜ彼がここにいるのか、まるで理解できていないようだった。
「灯里ちゃん、あの人――」
「あ、アリシアさん。はい、今来られたところだったんですけど、その、私が色々言っちゃって……」
「あらあら。せっかく初めて来てくれたのに、私を待たずに帰るなんて。もう、意地悪な人」
咄嗟にアリシアは駆けだそうとして、足を動かす。しかし彼女がスピードに乗る前、こちらも咄嗟の判断で、灯里が彼女の手を握っていた。
振り返ったアリシアと目が合い、灯里の鼓動が高鳴る。それでも、手を離そうとは思わない。
「アリシアさん、行っちゃだめです。だって、その……」
「灯里ちゃん……?」
「あの人のことはどうなるんですか? アリシアさん、本当はあの人が好きなんじゃないですか? 私が言えた立場じゃないってことはわかってます。でも……私は、アリシアさんに、幸せになってほしいんです。だから、自分を犠牲にするようなこと、しないでください……」
最後の言葉を告げる頃には悲痛そうな面持ちで。灯里は自らの胸の内を明かした。
見合いから始まったアリシアの婚約の話。それは決して良い形としてではなく灯里の中に残っていたようだ。表情は暗く、今日まで思いつめていたことがわかる。
アリシアはそんな彼女の姿を見て、ぽつりと呟いた。
「あらあら……そういえば言ってなかったかしら。あの人なの、私が言ってた彼って」
「――え?」
灯里の顔が驚愕で染められる。一方でアリシアは変わらず、いつもの笑みを浮かべたまま。
「え、あ、え? でも、あの人、アリシアさんの婚約者じゃ――」
「うふふ、そうなの。私も驚いたわ。町中でびしょ濡れになってた人が、まさかお見合いの相手になるなんて。驚いたけどね、嫌じゃなかったの。ううん、むしろ嬉しかった。想像もしてなかったから、なんだか運命的なものに思えたのよね。うふふ、彼に言ったらただの偶然だ、って言われちゃうだろうけど」
「え、え……」
灯里はあたふたと慌てるばかり。もし彼女が言うことが本当だったならば、今しがた暴走した勢いで色々と行ってた灯里はとんでもない想い違いをしていたことになる。
しかしアリシアはそんな彼女を見ても怒らず、何が起こったかを大体把握しながら、彼女に笑みだけを見せていた。
「あ、いけない。ごめんね灯里ちゃん、私、彼を連れ戻してくる。ああいう性格の人だから、私が止めないときっとあのまま帰っちゃうわ。せっかく自分から来てくれたのに」
「は、はひ……」
「うふふ、もう少しゆっくり話しましょう。今度は三人で。そうすれば灯里ちゃんもきっとわかるわ、あの人のこと」
「はひ……」
アリシアは急いで青年の下まで走っていき、彼の腕を捕まえると、とても幸せそうな笑みで彼の顔を覗き込む。青年は対称的な、不機嫌そうにも見える困った顔をしていた。
傍から見ていれば、仲がいいのか悪いのか、よくわからない二人組だ。しかしアリシアは確かに幸せそうだし、出会った瞬間はわからなかったが、今見てみれば青年はさほど嫌がっているようには見えない。そんな気がする。
灯里は呆然と、手を繋いで歩いてくる二人を見つめていた。手を繋ぐというよりは、アリシアが一方的に青年を引っ張っているだけ。だけどどこか絵になる光景だった。
ひたすら呆然として立ちつくし、隣にアリア社長が立ったことにも気付かず、灯里の目はいつか見た、件の彼のことを話す時と同じ笑顔に思わず見惚れる。
「ひょっとして私、なにか、大変なことを言っちゃったんじゃ……」
「ぷいにゅ~」
胸の内に広がるのは後悔というより、それよりも大きな驚き。灯里は何も考えられない様子でぼんやりとした表情、アリア社長の鳴き声だけが耳に届く。
どこかふわふわとした感覚の中、彼女の目には、初めて見る二人の姿が映っていた。