※この作品はR-18です。

蛇獣書房   作:ヘビとマングース

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死の世界で、君と出会う(お姉チャンバラ・咲)

 戦いというのはやはり慣れなかった。たとえ生きるためとは言っても、他人を殺すのはひどく気分が悪い。

 思い切り振り上げた鉄パイプを、強く握った状態で再び振り下ろす。床に当たる前にぐしゃりと音が鳴り、肉が潰れる感触と、骨が砕ける感触が手にまで伝わった。

 これで五度目だ。さすがにもう動けないだろうと、青年は荒く呼吸を続けながら後ろへ下がる。

 目の前で倒れるのは人間の形をした、しかし生物ではなくなってしまったもの。死者でありながら歩みを止めない、いわゆるゾンビという存在だ。

 日本のとある町に正体不明のゾンビが大量発生して一週間。町民の多くはすでに町の外へと逃げたものの、いまだ町から出られぬ者もいる。その青年がいい例だ。

 汚れた服を身に纏い、こじんまりとしたリュックを背負って、手には簡易な武器として鉄パイプが一本。二日前から使いこんだため多数の血液がこびりつき、赤黒く染まってしまっている。

 この一週間で彼は可能な限りゾンビを殺した。逃げることを前提としていたが、そうしなければ生き残れなかったからだ。おかげで本物の死体を見るのもこれで何度目かはわからず、血の匂いや体から飛び出たピンク色の内臓なども見慣れた。決して見慣れたかったわけではないのだが。

 少しの気持ち悪さを腹に抱え、それでも初日のように嘔吐することはなく、青年は歩き始める。目的地などない。だがどこかへ行かなければならないのだ。

 現在、彼はたまたま目についたスーパーの一階に居た。表から見る分には出入り口の自動ドアが閉まっており、ゾンビを含む人影はない。それでも電気系統は死んでいないようで、大量に並ぶ食料品が荒らされることもなく並んでいた。火事場泥棒など気分が良いものではないが、生きるためにはそうしなければならない。

 念のためにと裏口から侵入しようと内部へ入り、そうして出会ったゾンビ一体を撲殺したばかり。気分は悪いものの、もうすぐ色々と手に入るのだから休んでもいられない。

 従業員のみが使う通路を通り、いくつかの部屋にゾンビがいないかを確認して、ある程度安全を確認してからフロアへ出る。するとやはり、慌てた客によって散乱させられた商品は多かったものの、食料品全般が手をつけられることなく棚の上に陳列されている。

 青年は慎重に敵が居ないことを確認し、ほっと胸をなでおろした後、ひとまずは水が入ったペットボトルを手に取った。

 人間が生きるためには水と食料は不可欠だ。青年はどかっと勢いよくその場へ座ると、まわりも忘れて無我夢中に水を飲み始める。気持ちが悪いほどに渇いた喉が潤され、死んでもいないのに生き返るようだった。

 一気に半分ほど飲み終え、ペットボトルから口を離すと、呼吸を整える間に一気に疲労感に襲われる。この一週間、ゾンビに怯え、食糧難に苦しみ、睡眠を取ることを怖がって過ごした。眠気が思考を鈍らせ、空腹が体の動きを重くしている。もうすでに限界は越えていたのだ。

 孤独でいること、状況がわからないこと、この絶望的な状況が夢ではないこと。あらゆる要因が言葉もなく彼を責め立て、かろうじて繋ぎとめた平静を崩そうと揺るがし、狂気の沙汰へと追い詰める。いっそ狂ってしまった方が楽だった、青年は今日まで何度もそう思っている。

 

 「ハァ、くそっ、なんなんだよ一体……これって、一体なんなんだ。俺に、どうしろって言うんだ……」

 「なんだ、まだ死んでなかったんだ。そっちの方が私としては嬉しいんだけど」

 

 一人きりのはずの広い店内、誰かの声が聞こえた。しかも距離はさほど離れていない。

 思わず青年は勢いよく顔を上げ、その声の主を確認する。異変が起こってからの一週間、彼は一度たりとも生きた人間に会うことはなかった。言わばその声は、彼が心から求めていたものだったと言えるだろう。

 およそ十メートルほど離れた位置、暗がりの中に一人の人間が立っている。照明がついておらず、窓から差し込む日光だけで照らされる店内では、少し確認しづらい。

 人影はコツコツという足音と共に近付いてくる。そうして見えたのはやはり確かな人間、セーラー服にも近い半そでの制服と、紺色のミニスカートに身を包んだ細身の少女だった。

 うなじのあたりで括られた黒髪のツインテール、可愛らしい容姿。そしてなぜか、右手にはむき出しの日本刀。どう見ても普通ではなさそうな少女である。

 なんと声をかけていいのかわからない。それどころか、安全なのかどうかさえ。武器を持った少女など見たことがないため、呆気にとられた青年は混乱していた。

 しかし少女は何を恐れる風でもなく、まっすぐ青年に向かっていくのだ。それがまた、青年の恐怖心を大きくする。

 

 「意外としぶといのね。戦闘の心得はなさそうだけど……少なくとも腑抜けじゃないってことかしら」

 「き、君は、一体……」

 「安心して。あんたを助けに来たの。といっても、ここから出るにはしばらくかかりそうだけど」

 

 少女は警戒心も見せずに青年の元まで歩み寄ると、座りこむ彼の隣に腰を降ろした。その際、近くにあるジュースが入ったペットボトルを手に取り、気にした様子もなく蓋を開けながらのことである。

 妙にリラックスした状態に見える。青年は少女の行動を一つも見逃すまいとじっと彼女を見つめ、観察を始めた。

 少女はさほど気にした様子でもないのである。至って冷静に刀を置き、ジュースを飲んで、息をつく。どこにでもいそうなただの少女、ゾンビなど見たことがないと言わんばかりの表情だ。

 

 「ふぅ。案外ちゃんと冷えてるじゃない。電気はまだ通ってるのね」

 「あの……君は」

 「咲。あんたと同じ、忌血族」

 「いみち、ぞく……? なんだ、それ。俺と同じって、どういう――」

 「なんだ、知らないんだね。まぁいいわ、どっちでもいいことだから。そんなことより問題は、ここからどうやって逃げるかってことだけど」

 

 少女は怖いくらいに落ち着いていた。しかし、逃げる、という一言を聞いて、青年は急速に現実へ引き戻される。

 逃げなければならない。それは青年もずっと前から考えていた。思い出すのは町中に居るゾンビたち、至るところに散乱した死体、生きた人間が居ない場所。

 とにかく、ここではないどこかへ。少女が現れた衝撃ですっかり頭から消えていたが、初めて本物のゾンビを目にした時から考えていた。

 青年は頷き、話を聞くことにした。そんな彼の行動を目の端でちらりと確認し、少女、咲は続ける。

 

 「すぐには無理ね。ここは半ば異界化しちゃって、外とは別物になっちゃってる。多分、あんたのせい。あんたの忌血が強力すぎて、屍霊どもだけじゃなくて妙なものまで呼んじゃったんじゃないの?」

 「え、は? あのさ、いみち、とか、しりょう、とかってなんなの? 俺のせいで逃げられないって、よくわからないんだけど……」

 「どうせ説明したってわからないわ。とにかく今は、助かる手立てはある、だけど時間がかかるってことだけ覚えといて。通信機は繋がるし、お姉ちゃんもいる。めんどくさいけどあの姉妹もね。身の安全のことは私たちに任せて、あんたは方法を見つけて外に出るまで死なないことだけ考えてなさい」

 「あ、あぁ……」

 

 そう言って咲は立ちあがり、一度通路を歩いて棚に置かれている物を確認し始めると、何かを探すように向こう側へ消えた。しかし、すぐに何かを手にして戻ってくる。

 再び青年の隣へ座った彼女は、おもむろに菓子が入った袋を開け、食べ始める。パリッ、とどこか懐かしい音を立て、可愛らしい口がスナック菓子を咀嚼する。

 

 「食べる?」

 「いや、今はそんなことしてる場合じゃ――」

 「今は休憩。あんたがあちこち移動するから、探すのめんどくさかったんだもん。どうせ外に出る方法が見つかるまで時間かかるんだし、少しくらいいいでしょ」

 

 対称的な姿である。不安に怯え、おどおどと落ち着きのない青年に対し、咲は家の中に居るかのような落ち着きようだった。

 青年の注意が、彼女の隣へ置かれた武器へ移る。実物を見たのは初めてだが、それは確かに日本刀だ。

 彼女はここまで、一人で来た。よく見なくとも服には多数の血が付着していて、しかし痛そうな振る舞いがないことですべて返り血であることがうかがい知れる。つまり、やはり考えられるのはここまでの道中、襲い掛かってきたゾンビはすべてその刀で斬り殺してきたということだろう。

 服には返り血が付いているのに、顔を含め腕や脚、肌にはまるで汚れがない。これほど荒れ果てた町の中、血でなくとも汚れる要因はいくらでもあるというのに。

 少しだけ、青年は彼女に恐れを抱いた。わざわざそれを言おうとは思わなかったが、明らかに一般人ではなさそうな雰囲気に呑まれてしまう。

 もう一度、咲がスナック菓子の袋を向けてくる。視線だけで、食べるかと聞いていた。

 今度は青年も手を伸ばし、ぎこちない笑みを見せながら一口食べる。すると、あまりにもぎこちなかったのか、咲がフンと鼻を鳴らした。

 青年は久しぶりに生きた人間と言葉を交わすことに緊張しつつ、少し気分を落ち着けようと努めながら咲へ声をかける。

 

 「あのさ、一つ質問、っていうか提案なんだけど」

 「なに?」

 「その、ここは食料もたくさんあるしさ。よくわからないけど、まだこの町から逃げられないって言うならここにバリケードでも作って、籠城した方がいいんじゃないかな? ほら、外にはその、あいつらが……」

 「ああ、屍霊ね」

 「そう、それ。ゾンビみたいな奴ら。外から入れないようにだけしといて、後は方法がわかるまで待てば、生き残れるんじゃないかって」

 「ふぅん。ま、そうかもね。私逃げるとか隠れるって苦手だから思いつかなかったけど、確かに普通ならそうするのかも」

 「に、苦手って」

 

 事もなげにそう言い、咲は一枚スナック菓子を摘んで口に運んでは、青年へ袋の口を向ける。断るのも悪いと思い、さほど食欲はないものの青年もそれに応じて菓子を口にした。

 緊張からか、あまり味がわからない。ここ数日、立ちよった家屋で少しばかり食料を拝借したものの、連続する緊張と戦いと逃避のせいであまり食べようとも思えなかった。味がわからないということは、まだ安心できていないようである。

 青年は小さく、溜め息をついた。まだ疲労が大きい。ともすれば脂っぽいスナック菓子を摘む指が震えてしまう。ゾンビに襲われる恐怖が、骨の髄まで沁みついて離れないようだ。

 咲はふと、青年の指先の震えに気付く。日本刀を持ち、それを操る技術を持つ彼女とは違うのだと、ようやく青年が普通の人間であることを理解した。

 ふぅんと呟いて、袋を置く。それから咲は日本刀を手に持ち、立ちあがった。

 刀身が長い長刀である。身長が低い咲が持てばその長さが異様に目立ち、青年は言葉もなく見とれてしまった。

 咲の視線が見下ろすよう、座ったままの青年を見る。

 

 「わかった。それじゃあそうしましょう。とりあえずあんたが普通の状態に戻れるまで、ここを安全にしてから身を隠す。それでいい?」

 「あ、あぁ」

 「この建て物、何階建てまであるの?」

 「多分、三階まで。俺も初めて来たけど、そういう表示を見たと思う」

 「そう。じゃあ私が上まで全部見てくるわ。ゾンビがいたら、あんたに近付く前に斬ってあげる」

 「あ――」

 

 咲は迷いもなく歩き出す。青年はおもむろにその背へ手を伸ばし、届きもしないのに指を伸ばす。

 やはり手が、腕が、体が震えていた。どこかに隠れているかもしれない、忘れていたわけでもないのに思い出して恐怖が襲ってくる。

 出会ったばかりの少女が心配なのに止めることができない。青年はそれでも必死に全身へ力を入れ、絞り出すようにして声を発した。

 水を飲んだばかりだというのに、喉も口の中も、カラカラに渇いていた。

 

 「あの、ひ、一人で大丈夫なのか? なんだったら俺も――」

 「心配いらない。むしろ、いっしょに来られると邪魔になる」

 

 コツリと足音を鳴らし、咲の足が止まった。彼女はゆっくりと振り返る。

 少しツリ目がちの、可愛らしい顔に笑みが浮かぶ。ひさしぶりに見る人間、可愛い女の子、勝ち気な笑みに、青年はやはり隣に座って会話していた時のように呆然とその姿を見つめた。

 直後、咲の手が素早く動き、鞘に納まっている刀を一度抜いて高速で戻す。いわゆる、居合いの動作。

 見ると彼女の傍にあった背よりも高い棚が縦に真っ二つとなってしまった。人間離れした業、思わず青年も口をあんぐりと開けて言葉を失くす。

 並みの人間では、たとえ剣術の師範であったとしても不可能だろう。咲は青年の驚いた顔へ向けて得意気に微笑み、右手を腰に当てる。

 

 「これでも、一人で大丈夫そうには見えない?」

 

 問いかけに対し、青年は全力で首を左右に振って答えた。そんな人間、動きの鈍いゾンビに食われるわけがない。

 勝ち誇った笑みを見せながら、今度こそ咲は振りむいて歩き出した。向かう先には稼働を止めたエスカレーターがある。

 

 「じゃああんたはここにバリケード作っといて。外から中に入れないように。その間に私が上まで調べるから、一階から出ないでよ」

 「わ、わかった……よろしくお願いします」

 

 動かないエスカレーターを歩いて昇り、咲はまず二階へと消えていった。それからしばらくして、青年も行動しなければと立ちあがる。

 幸い、一階は食料品フロアだったため、商品陳列用の棚がいくつもある。一人で運ぶのは辛いものだが、それでも建物内のゾンビを探して殺す役割のことを考えれば百倍マシだ。

 青年は時間をかけてバリケードを作る。大通りに面する壁はガラス張りなため、念のために棚を置いて内部を隠すと同時に壁を作ることにした。少しでも軽くしようと棚から商品を落とし、床にばら撒いたままだがなんとか棚を押して、床を傷つけながら一面に並べる。

 時間はずいぶんかかった上、服が汗まみれになったが、仕事は終わった。その後、彼は咲がまだ戻らないことを知ると、一階のスタッフルームを改めて調べることにする。

 スタッフしか利用しない部屋、廊下、トイレ。裏も見て回り、表は相変わらず商品が無造作にばら撒かれた状態での静寂。ゾンビらしき物は何も居ない。

 ひとまず小さく息をついて、青年は最初に座りこんだ場所へ戻った後、腰を降ろした。そのまま、不安そうにぎゅっと膝を抱える。

 体は疲れ切っている。できれば睡眠を取って体力の回復を図りたいが、怖くてそれもできない。彼はそのまま、咲が戻ってくるまで待つことにした。

 無人のフロアはとても寂しく、同時にどこか恐ろしい。敵がいないことは確認済みだというのに、どれほどじっと見つめていても恐怖心が離れない。

 青年はどうにも落ち着くことができず、一度トイレに立つことにした。用を足して、手を洗い、ついでに水だけで簡単に顔を洗ってから鏡を見る。

 ひどい顔色だった。これではどちらが死人かわからないと、自嘲するように心の中で呟く。

 理由のわからない異変に巻き込まれて一週間、常に孤独で、まわりにいるのはゾンビばかりだった。それだけに咲との出会いは嬉しく、突然の出来事に思考が白く染まりながらも、涙が溢れそうだった。

 今、明日が見えなかった地獄の中で、ようやく助かるかもしれない希望を見出した。この一週間は無駄ではなかった、ただその事実だけが勇気を与えてくれる。

 最後にもう一度顔を洗い、再びフロアへと戻る。なぜか足がふらつき、自分がとうに限界を越えていたことがわかった。

 フロアへ戻って元の場所に向かってみれば、そこにはなぜか、制服を脱いで下着姿になっている咲が立っていた。

 

 「あら、遅かったわね。どこに行ったのかと思ってた」

 「な、何してんだよ、こんなとこで」

 「服が汚れたの。上にも数匹、屍霊が居たから皆殺しにしてやったわ。そしたら、思った以上に返り血浴びちゃったし、代わりの服も見つけたから着替えようと思っただけ」

 「だ、だからって、俺がいるのもわかってるのに、どうして上で着替えて来ないんだ」

 「しょうがないでしょ。あんまり私が帰ってくるのが遅いと、あんたが危ないと思ったんだから」

 「俺が、危ない?」

 「今にも死にそうよ、あんた。私が居なかったら自殺もありえたんじゃない?」

 

 言われて、ぐうの音も出なかった。青年は言葉を失い、口を閉ざして視線を床へ向ける。

 咲の下着姿には、見てはいけないような神々しさと色気が混じり合っていた。全体的に触れれば折れてしまいそうなほど細く、胸はほとんどふくらみがないが、子供っぽさを残す肢体には喉が鳴る。

 ただでさえ女とは縁遠い生活をしていたのだ。その上でこの狂気の世界、ゾンビを相手に常に緊張していなければならない極限状態の日々。青年がおかしくなるのも当たり前である。

 青年は自分の股間が熱く、大きくなることを自覚していた。だが同時に、汚らわしい奴だ、とも思う。相手は自分を助けてくれた命の恩人、しかも状況が状況であり、相手の年齢のこともある。

 咲は、良く見ても高校生、悪く見ればまだ中学生にも見えてしまう外見だ。もしもここで手を出してしまえば、いくら危険な状況の中で頭がおかしくなりそうだったと言っても、許されることではないだろう。ましてや、元の平和な生活に戻れるのならなおさらだ。

 ぐっと唇を噛みしめ、両手を強く握りしめた青年は咲にと背中を向け、拒むように目を閉じる。それでも股間の憤りは止まらず、脳裏にはすでに焼き付いてしまった咲の半裸が浮かんでいた。

 

 「どうしたの?」

 「いや、別に。なんでもない」

 「そ。別に気にしなくてもいいのに。どうせ後で見るんだし」

 「え――?」

 

 咲の言葉が気になって、青年は思わず顔だけ振りむいてしまった。その頃には咲はまっ白いワンピースを身につけていて、下着も肌の大半も隠れている。

 安堵と共に改めて青年は咲を見やり、どういうことだと質問する。彼女の一言は、何か気になるものを含んでいたように思えてならない。

 

 「あの、今のはどういう――」

 「ねぇあんた、お風呂には入った? ここに来てから、一度でも」

 「え? いや、そんな暇はなかったから、一度も……水でタオルを濡らして、体を拭くとか、そういうのは頻繁にやってたけど」

 「ちなみに今日は?」

 「えっと、今朝に一度。でもその後、ここまで来るのとか、さっきの棚を動かしたりだとかで、結構汗かいたりはしたんだけどさ」

 「そう。なら、今すれば? どうせこれじゃああいつらも入ってこれないだろうし」

 

 咲がバリケードを見渡し、そう言った。確かに壁一面に棚を並べ、ガラスを押さえた今、そもそも自分たちの存在が気付かれる確率が低くなった上に突破するのも困難だろう。たとえ入ってこれたとして、今は咲が居る。その目で見たわけではないものの、彼女の太刀筋を見れば、安全を得たと言っても過言ではなかった。

 青年の安堵が大きくなる。緊張が抜けきってはいないが、膝が震えて今にも座りこんでしまいそうだった。

 ふぅ、と一息吐いてから、青年がわずかに頷く。ちょうど汗が気持ち悪くなっていたところだし、気分を変えてリラックスするにはちょうどいい。

 青年は背負ったままのリュックを確かめ、咲に笑みを向ける。

 

 「わかった。それじゃあ、俺はトイレに――」

 「ここですればいいじゃない。体を拭くだけでしょ」

 「え、いや、でも……せっかくなら裸になって、全部拭きたいし」

 「別に問題ないでしょ。私は気にしないわ」

 「いや、君はそうでも、俺は結構気にするタイプで――」

 「ほんとにそれでいいの? せっかく人間に会えたのに、これ以上の孤独に耐えられる?」

 

 まるで心の中を見透かされたような言葉だった。青年はひゅっと音を立てて勢いよく息を吸い込む。

 孤独に耐えられるか。そう聞かれて、イエスと言える考えは微塵もない。青年は今、否、世界が変わった一週間前の時点から孤独と戦い続け、そして今では限界に至っていた。これ以上一人になってしまっては、きっと壊れる。自分自身でそう思う。

 孤独、その言葉を聞いた途端、全身がわかりやすいほどぶるりと震えた。無理だ、耐えられるわけがない。もう一人になるのは嫌だった。

 青年の膝から力が抜け、その場で崩れ落ちる。咲に出会って夢心地だったが、改めて現実を突きつけられたようだ。

 わずかに頷き、考えを肯定する。もはや、自分一人になってしまっては絶望に魅入られ、自ら死を選ぶ未来しか想像できない。そう考える自分自身が怖かった。

 

 「……上に行きましょ。雑貨も置いてあったから、お風呂やシャワーは無理でも使える物はあるでしょ」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 肩から水をゆっくりとかけられ、予想外の冷たさに体が震えた。それでも文句が出ないのは、やはり気持ちが良かったからだろう。

 青年は今、雑貨部分から持ってきた大きなタライの中で、下着すら脱ぎ去って裸の状態で水浴びをしている。背後にはワンピース姿の咲がいて、甲斐甲斐しく世話を焼くようにペットボトルの水を背中からかけ、タオルで擦るように洗っていた。

 まるで赤ん坊のようである。しかし実際、青年はそれにも近い精神状態だった。口調や思考こそ大人のままなのだが、一人になって孤独を感じることをひどく恐れ、裸を見られることを恥ずかしがるより傍に居て貰うことを望んだのだ。

 主人と従者、というよりは乳母と赤ん坊の関係である。青年はぐったりと疲れた様子でタライの中に座っており、目は閉じて、口元には笑みらしきものすらあった。

 

 「どう? 生き返った気分になるんじゃない?」

 「ああ……なんだか、やっと安心できる気がする」

 「ま、普通の環境で育ったわりにはよくやった方よ。よく今日まで生き残れたわね」

 「死に物狂いで頑張ったんだ。正直今まで、生きた心地がしなかった……でも」

 

 青年が自らの肩を抱くように手を伸ばし、より小さく縮こまる。体は目に見えて震えていて、いつからか麻痺していた恐怖感が、今になって襲い掛かっているようだった。

 語る声もか細く、明らかに力がない。濡れて垂れ下がった髪に隠される顔は、血の気が引いてゾンビにすら近い顔色だ。

 

 「今になって、思い出す。俺、色んな人を殺して、あの町の中を、走ってきたんだ……今でも忘れられないんだ。あの感触……人を殴って、肉と骨が潰れるのが手に伝わって――」

 「あれは人じゃない。ただの屍霊よ。殺したって気にする存在じゃないわ、だって生物ですらないんだもん」

 「でも、俺は、何人もあれを……」

 「あの世から無理やり呼び戻されただけよ。むしろ殺して送り返してやった方がいい。あんたがしたことは、決して悪い事じゃない」

 

 青年の背を撫でながら、咲は感情を感じさせない声でそう呟く。

 戦う力を極限まで磨いた彼女は、これまで多くの戦いを経験してきた。屍霊と戦うことも今日が初めてではなく、これまで何度となく繰り返した経験の一つでしかない。

 彼が殺したのは生物ではなく死者ですらない、異形の存在、死すべき者。だから気に病む必要はないと、タオルを置いて素肌で彼へ触れる。

 だが青年の震えは止まらず、俯いた顔は振り向こうともしない。咲は小さくため息をついた。

 そこで考えついたのである。いずれは、と思っていたことだが、今なら別段問題はないだろうと。

 咲は立ち上がり、音を立てるでもなく少し動いた後、改めて青年へ呼び掛けるのだ。

 

 「あんたさ。セックス、したことある?」

 「――は?」

 

 思わず驚き、震えすら止まって、青年は気付けば背後を振り向いていた。

 立ったままの咲は笑みを浮かべるでもなく、無表情でじっと青年を見ている。とてもふざけている雰囲気には見えなかった。

 

 「な、なにそれ。いきなり何言いだすんだよ」

 「いいから、教えてよ」

 「……一応、あるけど」

 「なんであるのよ」

 「え、そ、そんなに怒らなくたって」

 

 あると答えた青年が気に入らなかったのか、咲はあからさまにむっと表情を歪めた。眉根にしわをよせ、不服そうな態度はありありと見えている。

 今度は青年が困ってしまった。突然の質問に、理由がわからない機嫌の変化。あまり女性経験があるわけでもない彼にとって、難しい局面である。

 

 「俺だって一応だけど、彼女が出来たこととかあるし、別におかしなことでもないだろ」

 「知らないわよ、そんなの。なんかムカつく」

 「なんで……むしろ俺は、そこらの奴より経験少ない方で――」

 「うるさい。バカ」

 

 咲の機嫌は明らかに悪くなっていた。原因はなんとなくわかるものの、なぜそれで怒られているかはわからないようだ。

 青年は怒ったわけでもないが眉間にしわを寄せ、困り果てて言葉を呑んでしまう。せっかく出会えた唯一の人間、できれば関係は悪くしたくない。話す声も心配そうに、おどおどした調子が強くなった。

 

 「あの、俺何かしたかな? なんでそんなに怒ってんの?」

 「童貞っぽい顔してるからてっきりそうだと思ったのに。何勝手にヤッてんのよ、尻軽」

 「か、軽くないっての。身持ちが固いから経験少ないんだろ」

 「じゃあ聞くけど、彼女いるの?」

 「……今は、いないけど。でも前は居たから童貞じゃないわけで――」

 「聞いてないわよ、そんなこと。どうせつまんない女だったんでしょ。別れてるくらいなんだし」

 「いやそんなことは……ない、とは思う、多分」

 「フン」

 

 昔を思い出した様子で、青年はまた少し俯いて考え込んでしまう。それすらも気に入らないようで咲は小さく鼻を鳴らした。

 しかしそうしていたのも数秒、彼女はワンピースの裾を両手でぎゅっと掴むと、少しばかり緩めた表情で話しだす。

 

 「私、セックスしたことない」

 「え? あ、あぁ、そう。そうなんだ……まぁでも年齢的におかしくないだろうし、別にそれは」

 「してよ、セックス。私と」

 「へ? な、何言って――」

 

 ゆっくりと、咲がスカートをまくり上げていく。細い脚が、下から上へ向かって徐々に明らかとなり、青年の目に映る。

 驚いたのは腰のあたりまでまくり上げた時だ。なぜか咲は下着を身に着けておらず、毛が生えていない恥丘が、遮る物なく確認できてしまった。

 青年は驚き、慌てたものの、状況が飲みこめずに目を逸らすことすらも忘れてしまう。ただただそこにある少女らしい秘部に目を奪われ、視線を合わせることなくぼんやりと口が開いていた。

 

 「な、な、な、何して……」

 「見たらわかるでしょ、セックスしてって言ってんの。どうせ裸なんだし、ちょうどいいでしょ」

 「ば、バカ言うなって。会ったばかりだし、それに、こういう状況だ。そんなことしてる場合じゃ……」

 「じゃあ何してる場合だって言うのよ。今のとこ、あんたも私もやることない。逃げるための方法は私の仲間が探ってるわ。だからちょうどいいじゃない」

 「だ、だから、そういう問題でもないって話で」

 「それに、あんたは忘れてるみたいだけど、初めて会ったわけじゃない。勝手に忘れたあんたが悪いんでしょ」

 「え?」

 

 咲がそのままの状態で一歩を踏み出し、青年の鼻先に触れるか触れないかというほど、彼女の股間が近付いた。

 息をすることすら悪く思え、青年は心臓の鼓動が激しくなっていることに気付きつつ、やはりそこから目が離せない。先程より近付いた分、近くで見るそこはずいぶんときれいで、彼女の言う通り男を知らなさそうな形をしている。

 先程まで全身を支配していた恐怖が消え、興奮に包まれていくのがよくわかった。青年はすでに咲の雰囲気に呑まれ、正常な思考力など持っていなかった。

 

 「舐めてよ。ヤッたことあるならわかるでしょ」

 「ちょ、ちょっと、待てって。なんで突然そんなこと……わかった、一旦落ち着こう、な?」

 「うっさいわね。さっさと舐めて。それとも、刀で脅されながらレイプされたい? 私はどっちでもいいけど」

 「い、いや、それは」

 「じゃあ舐めて。刃で肌を撫でられたくないなら、できるだけいやらしくね。気持ちよくしてよ、私のこと」

 

 そう言って咲は片手を離し、青年の後頭部へ手を当ててぐいと自らの股間へ埋める。有無を言わさぬ手つき、迷いのない動作だ。

 しかし青年の方は迷っている様子を隠せず、鼻の頭へそこが触れているというのにどうすることもできない。興奮しながらも困っており、視線をうろちょろと彷徨わせている。

 焦れた咲が、少し苛立ちを声に混ぜ、彼へ言った。もはやこうなってしまっては立場は彼女が上であり、青年は彼女に見捨てられないよう気をつけて行動しなければならない。即席ながら主従関係は完全に確立していた。

 

 「できない? じゃあやっぱりレイプされたいんだ」

 「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ。そういうわけじゃなくて、その――」

 

 突然咲が動き出し、青年の頭を離させたかと思えば、次の瞬間には彼を突き飛ばして床へ倒していた。動きの途中でタライはひっくり返り、中に溜まっていた水が辺りへぶちまけられる。中へ入っていた青年はもちろん、咲まで全身を濡らしてしまう有様だ。

 青年は背中から床へ倒れ込み、痛みに表情を歪めてすぐには動けない。咲はその間に、非常に素早い動作で彼の体を押さえつけ、顔を跨ぐような体勢となっていた。

 ぴたりと閉じられた自らの秘所を見せつけ、彼の羞恥心を刺激しつつ、本人は恥ずかしがるでもなく冷静な表情。見下ろすように告げた。

 

 「私さ、刀だけじゃなくて殴り合うのも得意なの。希望があるなら聞くけど? ボコボコに殴られながらがいいか、それとも刀の方がいい? 脅されてレイプされたい?」

 「ま、待て、わかった。言う通りにする、するから……れ、レイプってのは、やめてほしい……」

 「そ。じゃあ早くして。舐めて気持ちよくしてよ」

 

 咲が青年の顔を跨いで腰を下ろす。閉じた割れ目は青年の唇に押しつけられ、彼は思わずくぐもった声を出す。スカートの部分に顔が隠され、彼の視界は衣類の中にあった。

 

 「ほら、やり方は知ってるんでしょ、私以外の女で。さっさと舐めて」

 

 言われるがまま、もはや抵抗する意味もないと感じ、青年は舌を伸ばし始める。ひさしぶりに味わう女の体だ、舌の動きにも熱意がこもった。

 最初は戸惑いを見せるように、力の入らない遠慮がちな様子だったものの、二度三度と割れ目をなぞる内に興奮が高まる。青年は鼻息を荒くしながら舌先に力を込め、彼女のそこを熱心に舐める。

 咲は小さく声を洩らし、感じている様子を見せながら、自分からも強く股を押しつけた。もっと強い快感を、そう言っているかのようであった。

 

 「んっ、ふっ……はぁ、まぁまぁじゃない。それはそれで、んっ、ムカつくけど」

 

 ぐいぐいと腰を前後へ振って、さらに強く押しつけながら咲が呟く。高圧的で有無を言わさぬ態度、少しツリ目がちの目にはよく似合った声色である。

 青年も何も言えず、ただ黙って舐め続ける。彼女の膣を舌で探り、徐々に潤い始めるそこへ舌を差し込もうと何度も触れる。

 咲自身の力が加わって、感度はどんどん高まっていった。今、彼女の口からは、確かな喘ぎ声が洩れ出していたのである。

 

 「はぁ、あぁっ――」

 

 喉を震わせ、ぶるりと体を揺らし、咲は目を閉じながらも天を仰ぐ。股からじんわりと広がる快感は心地よいらしく、体の震えも徐々に大きくなっていた。

 同時に、青年は今や彼女の体に夢中だった。喜んでいるのは咲だけではないようで、ゾンビに囲まれながら今日まで生きた彼は女に触れるのもずいぶんと久しぶり。そのため自然と鼻息が荒くなり、興奮はますます強まっていくようだ。

 舌先へ強く力を込め、最初は無理やり始められたそれも自ら望んで。青年は咲の秘所を飽きもせず舐めまわす。

 そうしていると咲が自ら腰を上げ、青年の顔を跨いだまま、じっと佇んで動きを止める。唾液で濡れ、内側から溢れ出る愛液を垂らし、見せつけるかのように。

 青年はごくりと息を呑んだ。相手はまだ女として完成していない年頃の少女。それなのにその細い体から溢れ出る色気は凄まじいものがあった。

 彼の股間は熱く滾り、男としての本能を止めることはできない状態だ。彼の視線は咲だけに集中し、我慢ができない手は静かに、ゆっくりと彼女の胸へと向かっていた。だが指先が届く前に咲の手によって止められ、彼女は立ちあがって彼を見下ろす。

 

 「なによ、今さらその気になったの?」

 「し、しょうがないだろ。ここまでされて、興奮しないわけない……」

 「ふぅん。でも言っとくけど、私があんたをレイプするのはもう決めてるから。めんどくさいからあんまり抵抗しないでよ」

 「ちょ、ちょっと待て、それはしないって約束――」

 「してないわよ、そんなの」

 

 文句を言いたかった青年であったが、咲がおもむろにワンピースを脱いだことで動かそうとした口が止まった。ブラジャーだけを身につけ、後は白い肌を晒した彼女はなんとも美しく、神々しい雰囲気を持つ。言葉を呑み、じっと見ることに集中してしまうのは仕方のないことだった。

 ブラジャーすら脱ぎ捨てられた姿を見て、ますます彼のペニスは固くなり、己の内にある欲望が一層強くなってマグマのように煮えたぎる。だがそれを察した咲が彼の肩へ手を伸ばし、押さえつけるため、単純な力の差で彼は簡単に動けなくなってしまう。

 彼女は少女らしい細さの腕であるのに、男ですら顔負けの筋力を持っていたようだ。男のプライドをへし折る、あまりにもひどい現実に青年は驚愕するが、これから何をするかわかっている以上は文句を言い出す気にもなれなかった。

 今はただ、荒んだ心に潤いを。彼は心から女を欲し、咲を欲し、快楽を欲していたのだから。

 

 「さっきも言ったけど、私初めてなの。私のペースで動くから、あんたはじっとしてて。もし勝手に動いたりして痛かったら裸でゾンビの前に突き出してやるから」

 「わ、わかった、絶対動かない。それだけは嫌だ」

 「そう。なら、するわよ、セックス――」

 

 わざとらしくそう言って、咲のしなやかな指が彼のペニスへきゅっと絡みつき、弱弱しく握って位置を整える。数度、ぺちぺちと音を立ててペニスで膣の入り口へ触れ、それからようやく挿入する覚悟が整ったようだ。

 ふぅと短く息をついてから、咲はゆっくりと腰を沈め始める。すると手で押さえているためか、彼のペニスは徐々に彼女の膣へ飲みこまれていくよう、ずるずると音もなく肉の壁に包まれていく。

 苦しげに眉をひそめる咲とは違い、青年は嬉しげに声を洩らしていた。彼も眉間にしわを寄せているのだが、口元には明らかな笑みがあり、興奮に見合った快感を得ていることがよくわかる。腰を動かしたい衝動に駆られて、しかしそれを許されず、物足りなさを感じている様子はあるが、少なくともある程度の余裕を持ったままなのは明白である。

 対して咲は、あまり余裕があるとは言えない。多少の痛みと、未知の感覚、その中でも感じる快感があって、途端に呼吸を乱し始めた彼女は混乱しかかっているようであった。

 純粋に気持ちよさそうな表情を見せる青年を見つめ、むっとした表情を見せた咲は両手を動かし、すっかり勃起している彼の乳首を強く捻った。

 

 「痛っ」

 「はぁっ、バカ面。なに気持ちよくなってんのよ。私が、んぅっ、まだ慣れていないっていうのに、一人だけ勝手に……そういうの、んっ、ひとりよがりって、言うのよ、バカ……」

 「しょうがないって、これ……うぅ、締まりが、すごい」

 「んはぁっ、動いちゃ、だめよ……私が、するんだから――んっ」

 

 腹へ両手をつき、非常にゆったりとしたペースで腰を上下に動かして、貪るように快感を得る。咲は目を閉じ、うっとりとした表情で淡々と腰を動かし続けた。

 いつしかどちらも余裕がなくなり、言葉もなく行為へ集中していた。時間が経てばそれだけ余裕もにじみ出て、動きの激しさも増し、二人は玉のような汗を掻き始める。

 時間を忘れて、ただ相手の肉体と快感にだけ集中するのは興奮したようだ。他には誰もいないスーパーの店内で、隠れることもなくフロアのど真ん中、裸になって性行為をしているのである。かつてない経験に青年は息を乱し、かつて経験したそれよりもよっぽど集中している。

 上下の動きによってひたすら快感を貪った後、咲はある時ぴたりと動きを止めて、汗が浮かんだ額を拭うと、興奮しきった目で青年を見た。

 

 「はぁっ、ねぇ……動いてよ。もう怒ったりしないから」

 「え、い、いいのか?」

 「うん……もうちょっとでイケそうだから、イカせてくれるなら、ね」

 「よ、よし、頑張る。それじゃあ、えっと……た、体勢とかは、このまま?」

 「知らない。変えたいなら好きにすれば」

 

 そっけなく告げてぷいっとそっぽを向き、それきり咲は何かを言おうとはしなかった。ただわずかに腰を前後へ動かし、いまだやめる気はないとだけ伝えてくる。

 青年は突然与えられた自由に困惑したものの、これはチャンスだと判断し、自ら体勢を変えるべく動き出した。上半身を起こすと、下腹部の上に乗った咲を押し倒すようにして地面へ寝かせ、器用にも繋がったまま正常位の体勢へ持ち込んだのである。

 咲は文句を言わない。そのことにほっとしながらも、彼は改めて彼女の肢体を眺め、息を呑む。やはり美しい、と思わざるを得なかった。

 

 「い、いくぞ」

 「ん……」

 

 床へ手をついて、ゆっくりと腰を動かし始める。よく潤ったそこはいまだ固さが残るものの、最初に比べて随分と絡みつくようになった。数度の動きでそれを確認した後は、もはや我慢できなかった。

 青年は突然、腰を大きく引いた状態から勢いよく前へ突き出し、ペニスを思い切り咲の膣内へ押し進める。あまりの勢いのためか、咲は目を見開き、唇を強く噛んで息すらできなかったようだ。

 やはり動きが変わると快感の度合いも変わるようで、青年はにやける頬を止められず、咲は混乱したようにあたふたし始めた。震える手を伸ばして彼へ触れようとするのだが、それよりも先に青年が動きを再開させるのである。

 

 「ま、待って、今のなんか――うぁっ!? あっ、あっ、んんんっ――!」

 「くぅ、うぅ、う……!」

 

 青年の動きは大胆に、大きくなり、先程までとは違う快感にむせび泣く咲をこれでもかと責めていく。どちらも必死の形相を浮かべ、他の物事を少しも考えられない状態だ。

 静かな空間でぐちゃぐちゃという卑猥な水音が響き、悲鳴のような甲高い声だけが聞こえていた。

 目だけではなく耳から入る情報すら興奮を高める材料となり、青年は咲の胸へ手を伸ばし、片手では彼女の腰を掴むと、さらに強く腰を打ちつける。すると咲は彼の頭を胸の中へ抱え込み、余裕のない声で高く鳴いた。

 

 「ああっ、もうだめっ、イキそう、イキそうっ……!」

 「くっ、イケ、そのままイケっ、俺ももう……!」

 「うんんっ、やぁ、はぁぁっ……!」

 

 ぎゅうと抱きつき、強く目を閉じて、二人は強く抱き合う。肌がぴたりと重なったことにより繋がりもさらに深くなって、感覚が暴走するせいかもはや正常な思考など欠片もない。

 ついに咲が絶頂を感じ、己の膣内をぎゅううと締めあげると、青年も追いかけるように射精した。その時、二人は強く抱き合っていたため体を離す余裕もなく、自然と膣内へ子種を注ぐ結果となる。

 

 「あぁっ、はぁぁぁっ……んぅ!」

 

 ドクドクと脈動する竿が精子を吐き出し、咲の膣を白く汚す。しかしその感触や熱すらも快感に変わっていたせいで、二人は気にすることもなくさらに強く抱き合った。

 絶頂の波が引く間中、ずっと抱き合っていた二人の耳に届くのは互いの荒くなった呼吸と、すぐ傍で広がる膨大な無音。そうして強く抱き合って静かにしていれば、まるでこの世に残ったのが自分たちだけという気分にすらなる。

 青年は咲の胸に頬を当て、小さいながらも柔らかい感触を改めて感じつつ、今になって彼女の心音を聞く。激しく動いたためだろう、鼓動は速くなっていて、けれども落ち着く音であった。

 青年は目を閉じ、甘えるように彼女を抱きしめる。ようやく触れた人肌が心地よく、離れたくないという気持ちがとても大きかったのだ。

 

 「ん……案外、悪いもんでもないわね。セックスって」

 

 咲もまた、青年を受け入れて彼の頭を掻き抱き、汗に濡れた黒髪を撫でる。体に纏わりつく疲労はゾンビと戦った時に得るものとはまた違うが、その時よりもずいぶん気分がいい。今は本心にない悪口を言う気にはなれなかった。

 

 「咲……」

 「ふふ、初めて名前呼んだわね。何?」

 「ええっと、恥を忍んで言うけども……もう一回、だめかな?」

 「ふふん、なに、私の体にハマっちゃった? 仕方ないわね」

 「あ、ありがとう。それじゃあ――」

 「ただし」

 

 少しばかり表情を変え、にやりと口の端を釣り上げた咲が青年を押しのけ、繋がったままだというのに座って抱き合う形となった。青年の上に咲が乗り、互いの背に腕を回して至近距離から見つめ合う。

 

 「今度こそ私がイカせてあげる。あんたは今度こそ動かないでね。でないと今度は力ずくでレイプするから」

 「……はい」

 

 互いに強く抱き合い、幸福な瞬間を共有したものの、いじめっ子にも近い咲の気質に変化はないようだ。

 彼女はあくまでも青年よりも優位に立っていたいようで、自ら腰を振り始め、指示どおりに動かない青年へ、自らの動きだけで快感を与え始めた。彼女の膣からはどろりと大量の精液が溢れだし、接合部どころか太ももを濡らしながら更なる快感を求める。

 二人はしばらく時間を忘れて、抱き合った。理由はいくつかある。

 一つは、単純にそれ以外に時間の潰す方法がなかったこと。なにより、咲が彼を求めてやまなかったせいである。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 独特の疲労感が全身を包んでいた。背を預けるのはクッションもシーツも敷かれていない床の上、無人の雑貨売り場の中、汗と淫らな体液に全身が濡れた状態で横たわっている。

 青年が伸ばした腕に咲が頭を置き、二人は向かいあうようにして寝転んでいた。疲れた様子で視線を合わせ、ようやく息を整えたところで言葉を交わしている。

 二人は穏やかな顔つきで、休息の間にずいぶんと冷静になったようだ。疲労も抜け切らず、ぼんやりと頭が重い感じもあるが、気分だけは悪くない。精神的には非常に良い状態で向き合っていると言えるだろう。

 この数日間で荒んでいた青年も落ち着いた様子を見せ、今になってようやく安全を感じてほっとしたようだった。

 

 「こうしてると、なんかさっきまでのことが嘘みたいだ……俺、ゾンビに追われて、たくさん殺して、必死に生きようとしてたのに。今は裸の美少女と見つめ合ってる」

 「感謝しなさいよ。どう見ても平凡なあんたじゃ、若いおマンコ味わうなんて途方もない苦労するんだから」

 「いや、おまんこって。女の子なんだからもうちょっとそういう言葉に慎みと言うか、羞恥心を持った方が――」

 「どうせ理解できるのはあんただけよ。他の連中は正常な思考なんて微塵も持っちゃいないわ。今はただ、食欲を満たすために人間を襲うだけ」

 「なるほど……よく知ってるんだな」

 「そういう血筋なの。私も、あんたもね」

 

 咲の指が青年の胸を這い、どこを目指すわけでもなく、するすると音もなく移動する。

 他人に触れるということは、また触れられるということは、こんなにも幸せなことだったのか。生きる者がない世界で生き、死者に追われながら暮らした数日間を終えた今、青年は改めて実感した。自分ではない誰かのぬくもり、一人ではないのだという感覚、目と目を合わせて言葉を交わすということ。

 青年はもう、咲の顔から目を離すことができなかった。それが恋か愛かと自問自答をしてみるも、言葉で表せるものではないという結論に達したのである。

 

 「あんたも私も、忌血族。普通じゃない血を持ってるの。私も昔、お姉ちゃんに助けてもらうまで、この血でひどいことをした」

 「お姉ちゃん?」

 「うん。今じゃたった一人の家族。強くてきれいで、頼りになる人。ここにも来てるよ、あんたを助けに」

 

 これは女性に対する感情でありつつも、一人の人間として持つ感情。信頼、というものが一番近いかもしれない。無条件に相手を頼り、頼られたいと思い、裏切られることなどないと考えている。彼は今、これまでの十数年を忘れるかのよう、ゼロに戻っていた。子供に戻るのとは少し違うものの、精神に変化があったと見て間違いない。

 青年の指が、咲の頬へ触れる。痩せているがふわりと柔らかい肌である。ずっと触れていたくなるような、そんな想いに囚われた。

 咲はそれを拒みはしない。彼のやりたいようにやらせつつ、自身も彼の肌へと触れる。指先が触れる場所は上半身から下半身へ降り、しかし不思議といやらしい様相には見えなかった。

 

 「君は、俺をよく知ってるみたいだ」

 「よくじゃないわ。でもずっと頭に残ってた。会ったのはたった一度だけ、まだ子供の頃よ」

 「俺は覚えてない……なんでだろ。単に薄情な奴だから、かな」

 「というよりも、術かなんかで色々と細工されたんでしょうね。あんたは特に忌血の力が強いみたいだし、この異空間を生み出せるくらいなんだから、権力者とかは利用したがるんでしょ」

 「守られてた、ってことかな」

 「もしくは、来たるべき時まで誰にも気付かれないように保管しておくためか。あんた自身が忌血のことを知らなきゃ、家族もいない以上、忌血族だってことに気付ける奴なんて誰もいないでしょ」

 

 咲が少し体を動かし、もう少し青年へと近寄る。二人の胸が触れあって、肌が吸いつくようにぴたりと合わさった。

 青年は彼女の髪へ手を伸ばし、感触を確かめるかのように触れて、頭を撫でる。咲は目を閉じてそれを享受しながら、尚も言葉を続けた。

 

 「一人か二人、心当たりはあるけど、確認のしようもないわね。どっちも殺しちゃったから」

 「その人は、忌血族?」

 「一人はね。もう一人は吸血族。どっちも性根の悪いババアよ、気にしなくていいわ」

 「そうか……色んな人と戦ってたんだな」

 「まぁね。生まれが特別だと、普通の人生なんて歩めないから。そういう意味じゃ、あんたは昔を覚えてなくてよかったのかもしれないわね。短い期間とはいえ普通の人生を体験できた。忌血族だってことを自覚した以上、ここから出てもこれまでのままってわけにはいかないもの」

 「やっぱり、そうだよな。……うん、でも大丈夫だ。俺もここでの景色を見た後、これまで通りに過ごせるとは思ってない。いい意味でも、悪い意味でも」

 「忘れろ、って言っても無駄でしょ? だったらよく覚えておいた方がいいわ。あんたが見たのは、これからあんたが生きてる限り触れ続けなきゃいけない問題だから」

 「……わかった」

 

 互いに肌へ触れあい、やがて咲の手が、青年の萎えたペニスへと触れる。やさしい力でやんわりと握り、遊ぶように揉み始める。

 青年もまた彼女の胸へ触れ、小さな乳房を手で包むよう、やんわり揉む。どちらも再開しようというつもりでもないのだが、そうするのもなぜか安心するらしい。

 

 「なぁ、そういえばさ」

 「何?」

 「いや、ゴムとかつけてなかったなぁと思って。全部生で出しちゃったけど」

 「気にしなくていいわよ。私もそのつもりだったし」

 「そっか。それじゃあ、もうひとつ。……ここまでやっといてなんだけど、俺たち、キスもまだなんじゃないかな」

 「ああ、そういえばそうね。ま、別にいいんじゃない。順番が逆になっただけよ」

 「そういうもんかな」

 

 ようやく気付いた後で、どちらからともなく顔を近付け、ちゅっと音を立てて唇へ触れる。ほんの一瞬だけ触れあった後、再び離れて視線を合わす。

 恥ずかしがることはない。もっと恥ずかしいことすらやり遂げた後なのだから。

 

 「言おうか言うまいか迷ってたけど、あんた、子供の頃に言ったの。大きくなったら結婚してあげるって」

 「え? それって、俺が咲に、ってことだよな」

 「当たり前でしょ。じゃなきゃ私が言うわけないじゃない」

 「うん、確かに。でもまぁ、大きくなったというには年齢も若いし、ほら、なぁ。色々とまだ大きくなってない部分も――」

 「ムカつく」

 「痛っ、た、玉をそんな強く握んなっ」

 

 互いに抱きしめ合いながら、距離はずいぶんと近くなり、短い時間だが信頼関係もそこそこ築けたようだ。

 青年はほっと一息つき、肩の力を抜いた。その表情を見て、咲がか細い声でその名を呼ぶ。

 

 「流」

 「ん?」

 

 呼ばれて初めて気付いたのだが、幼少の頃に会っているのなら彼女が自分の名前を覚えていてもおかしくはない。青年は咲の額へ己の額をコツンと当て、至近距離から勝ち気な目を覗きこんだ。

 彼女はやさしい笑みを浮かべ、彼を見つめ、ペニスへ触れる手に力を込める。

 

 「ま、しばらくは私が守ってあげるわ。その代わり、セックスは私が主導権を持つから、逆らわないように」

 「いや、それはそれで嬉しいけど、やっぱケースバイケースと言うか、たまには俺も――」

 「やさしくしてあげようかと思ったけど、やっぱりレイプの方がいい?」

 「……わかりました。それでいいです」

 

 青年はため息をつきながらも彼女の言い分を呑み、咲との生活をスタートさせようとしたわけである。

 年下の咲の方が立場が上になったかのような感覚すらあったが、それでも孤独を感じていた彼にとって幸せな出来事だっただろう。まだ死に満ちた世界から逃げ出せていない、だが今日からはもう一人ではない。安堵した青年は咲を抱きしめ、主導権を取られたと感じる彼女に少しばかり睨まれつつ、ようやく自分も人間らしさを取り戻したと喜んでいたようだ。

 

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