※この作品はR-18です。

蛇獣書房   作:ヘビとマングース

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 前置きがクソ長いです。
 でもエロは少ないです。
 あと、ウィキペディアを見ながら書きました。
 能力者が出てきますがウィキで出てくる人ではなくオリ主です。オリジナルになっています。


能力の保管庫(ワンピース)

 それはとある夜の出来事だった。

 島の陰も見えない海原。波は穏やかで風は無く、凪の状態。とても穏やかな夜の時間である。

 海の上には一隻の船が足を止め、夜を過ごすための休息に入っていた。

 掲げる旗の色は黒。敵の死を意味する黒に骸骨のマーク。海賊であることを証明するジョリーロジャーだ。

 今日は驚くほどに静かな夜だった。異常気象が多く、何が起こるかわからないグランドラインにおいて奇妙なほどに危険が感じられない静けさ。おかげで深夜に差しかかる頃には船員たちは酒を飲んですっかり楽しくなり、部屋へ戻ることなく甲板で雑魚寝を始めていた。

 一方で船長室には一人の男が居る。その船の船長である。大柄な体は背丈が二メートルを越え、長い髭を蓄えて厳めしい顔つき。外見から野蛮な様子がありありと伝わる人物だった。

 時間を忘れて酒瓶を傾け、海図を眺めている最中のこと。

 ある時、唐突に扉が開かれた。外には誰かが立ち、てっきり皆寝静まったのだろうと思っていた船長は訝しげにそちらを見る。問いかける声には警戒心が滲み出ていた。

 

 「誰だ?」

 

 返答はない。辺りが暗いせいで顔を確認することもできなかった。

 船長室にある明かりはいくつかの燭台と数本のろうそくのみ。小さな炎ではさほど明るくすることもできていない。入口付近ならば尚更だった。

 ただ奇妙な雰囲気だけが伝わってくる。家族のように付き合っている船員たちもある程度の礼節くらいは弁えている。ノックもせずに扉を開けることはないし、問われて返事をしないことも違和感を感じる。船長の表情はますます険しくなっていった。

 人影が一歩、部屋へと足を踏み入れる。コツ、と小さな足音が鳴った。

 それから数度、足音が響いて部屋の中央にまでやってくる。その頃になれば炎の明かりが顔を照らしだし、ようやくその顔が見えるようになった。

 全身真っ黒の服装。まるで闇に溶け込もうとするよう。それはまだいい。見覚えがあるのはファー状の白い帽子をかぶり、目の周りにあるはっきりとした隈。鋭い眼光と共に不敵な微笑みが確認でき、なんとも言えない不思議な恐怖心を煽ってくる。そして何より、その刀。右腕で持ち、肩に預けるそれは長大で、通常の刀よりずいぶんと長い。

 あまりに特徴がある人物だった。

 船長は、手配書で見た顔だとようやく気付く。これまでいくつもの事件を起こした極悪人。二億ベリーの懸賞金をかけられた海賊、“死の外科医”と呼ばれるトラファルガー・ローだ。先日の頂上戦争の折、麦わらのルフィを戦場から逃がした人物。話題性に事欠かないため噂はいくつも耳に入っており、その異質な姿と圧倒的な力から世界中に名を轟かせている海賊の一人である。

 予想外の大物の登場であり、あまりにも突然だった。気付けば体が震え、慌てて立ち上がる船長はイスを蹴り倒し、恐れおののいて部屋の隅にまで下がる。

 その男、麦わらの一味が雲隠れした今、最も危険な海賊として名が挙がっている。次から次に海賊を襲い、相手を殺すことなく船長の体から心臓だけを抜き取り、すでに三十を越える数をコレクションしているらしいともっぱらの噂。何を考えているかわからない行動に加え、常識を無視したその異常な能力も今や広く伝えられ、誰からも恐怖されるほどの海賊となっていた。

 悪魔の実を食べた能力者。彼はその一人で、常人が持ち合わせない特殊な能力を持っていることは知っている。ただでさえいくつもの海賊団から船長の心臓のみを奪って回っている人物だ。つまり戦えば勝機は皆無。

 戦ったところで無駄だろう。そう思うからこそ船長は逃げ腰で、戦う意思など微塵も見せない。

 幅広の机を挟んで視線を交わし、悲痛な声を聞いてローは動こうとしなかった。

 

 「て、てめぇは……死の外科医!? なぜここに!」

 「おまえの心臓をもらいに来た」

 「な、なんだとっ。ウチのクルーはどうした! まさかてめえ……!」

 「安心しろ。誰も死んじゃいねぇよ。眠ってたんでただ縛りつけただけだ」

 

 余裕のある声で端的に告げられる。それだけで船長は自らの恐怖心を抑えきれず、目を血走らせながら叫び始めた。

 元々力のある人間ではなかった。ずる賢さと策略のみでこれまで生き残ってきた海賊である。懸賞金は億を目前とする九千万ベリーだが、戦闘の腕を認められてのことではない。市民に被害をもたらす危険性を考慮された上でもあった。

 いざ自身の身に危険が迫ると自らの力で解決する気概はなく、策を考える前にも自らの部下に頼る始末。一味の長としてはひどく情けない姿だ。

 ローは興味なさげに笑みを消し、戦うまでもないとばかりにため息を吐く。

 早く終わらせようと考えたのか、能力を行使するため左手を少し掲げる。掌は床へ向け、指はわずかに開いている。不思議とそこからは何かが生み出されようとしていた。

 

 「おいっ、誰かいねぇのか! 敵襲だぞ! さっさと来い!」

 「無駄だ。甲板はおれの仲間が見張ってる。誰か居たところでここまでは来られねぇ……ROOM」

 

 ローの左手から広がる青い半透明の半円。船長室を纏めて包み込むほどの大きさだ。

 彼はオペオペの実を食べた改造自在人間。自らが張ったROOMの中にある物を自在に操り、改造してしまう能力である。そこに入ってしまった以上、船長の身が無事に済むとは思えず、彼の叫びはより一層大きくなる。

 対してローは静かなまま、落ち着いて机を回りこもうと一歩を踏み出す。

 

 「レイドォ! てめぇどこでほっつき歩いてやがるっ! とっとと船長室に来い! 敵襲だって言ってんだろうがァ!」

 

 そう叫んで数秒とせず、船長室の扉が勢いよく開かれた。

 ローが入ってきた扉ではない。壁にぴたりと背を触れさせる船長から見て右側、どうやら船内から直接通じているらしいそこだ。

 飛び込んできた人物は慌てて右腕を掲げ、そこに持った物を見せつける。ローは警戒するでもなくその姿を見ていた。

 

 「はいはい、船長見つけましたよ。遅れてすいません。ほら、センチュール産のワイン。ちょっと奥に置かれてて、見つけるのに時間かかっちゃって――」

 「バカ野郎ッ! 敵襲だ、こいつを殺せ! 今すぐに!」

 「て、敵襲? うわっ、びっくりした!?」

 

 入ってきたのはずいぶんと気弱そうな青年だった。体つきは細く筋肉がついているようには見えず、髪は黒色、顔つきは平凡そのものである。どう見ても海賊ではなく、どこぞの町民だと言われても違和感がない。なぜそんな男が船に居るのか。

 しかも先程の言葉。船長は彼に戦えと言った。すぐ近くに立っていたローを見た途端に驚いてワインを落としてしまった彼にだ。

 パリンと音が鳴るとワインの瓶が床に当たって割れてしまい、中の赤い液体が広がる。

 広がったワインを踏みつけつつ、レイドと呼ばれた青年は慌てふためいて両手を動かし、咄嗟にくぐったばかりの扉の向こうへ下がろうとした。しかしそれよりも先に船長が彼の背後へと回りこみ、逃げようとする背を強く押す。どちらも戦う気があるとは見えない。言わば情けない姿だ。

 

 「こんな夜中に敵襲ですか!?」

 「おら、とっととやれ! 何のためにおまえをこの船に乗せてると思ってる!」

 「いやいやでも、この人死の外科医でしょ? おれなんかじゃ到底……」

 「大丈夫だ! おまえなら上手くやれば誰にも負けねぇ! わかったら今すぐ戦うんだよォ!」

 

 前へ押し出され、二人の距離がより一層近くなる。船長室がいかに広く作られていようとも所詮は室内。逃げることは難しく、また二人の間にある距離が一メートルほどしかないのも不思議ではなかった。

 ローとレイドの視線がぶつかる。一切感情を感じさせずに冷静なままのローとは違い、レイドは驚くほど動揺している。目線が合ったのは一瞬だけ。すぐにうろうろと中空を漂い、肩がわずかに震えている。やはり戦闘ができる人間とは思えない。

 彼に対する多少の憐みを持ちながら、ローは静かに刀を抜いた。妖刀とも称される“鬼哭”。驚くほどの長刀で怪しく光る不気味な刃だった。

 せめて一瞬で終わらせてやろう。彼の目にはそんなやさしさがあった。

 それを見たレイドはますます顔を青ざめさせ、緊張した面持ちで指先が震える。右手が不安そうに自身の左胸、心臓があるだろう場所をぐっと強く掴んでいた。

 

 「いやぁ、船長。やっぱりおれじゃ敵わないと思いますけど……」

 「ぐだぐだ言ってる暇があるならさっさとやれ! おまえが死んだらおれも死ぬんだぞ!」

 「うぅ、わかりますけど、でもおれ覇気も使えないし――」

 

 おもむろに刀が振り上げられる。一メートルほど離れていようがその長刀ならば届くだろう。迫る死の恐怖に耐えきれずにレイドは短い悲鳴を発した。

 殺される。大きな恐怖が全身に伝わり、支配する。

 気付けばレイドは咄嗟に右腕を伸ばしていた。届かないとわかっていながらローへ手を向けている。奇妙だったのはその手が影絵で狐を作る時のような形をしていたことだ。

 不審に思いながらも実害がある様子には見えない。さほど気にすることもなかった。ローは回避する素振りも見せず、刀を振り下ろすため腕に力を込める。

 その一瞬の挙動、咄嗟に反応したレイドが叫んでいた。

 

 「ええいっ、ノロノロビーム!」

 

 レイドの声と共に指先からビームが放たれた。円形のそれが宙を飛び、音もなくローの体を通り抜ける。痛みはない。ダメージらしいものは微塵も存在しないようだ。

 しかし直後、変化は確かに起こった。

 刀を振り下ろそうとしたローの動きがなぜか遅くなり、まるでスローモーションのよう。ふざけているわけでもなくローの速度が遅くなってしまった。

 どうやらそれが悪魔の実の能力なのだろうと気付いた時、本人でさえどれほど力を込めようが速度は変わらない。ローは自分の意思で動いていながら普段通り動けず、室内が静かになる。刀は非常にゆっくりと振り下ろされていった。

 その間にレイドは慌てて後ろへ下がり、船長の傍まで避難した。相手の動きが遅いのなら回避も難しくはない。だが距離を置いたところでどちらも怯えて震えており、とても海賊らしいとは思えない姿。如何なる状況であっても勝ち目は見えない様相だった。

 

 「う、動きをノロくしましたよ。これで多分、三十秒くらいはノロいままのはず」

 「よぉし、大手柄だ。今の内に仕留めろ。奴は億越えの賞金首。おれたちゃ大金持ちだ」

 「でも能力を切り替えると効果が消えちゃって、また普段通り動けますけど」

 「だったら他の方法があるだろ! なんのためにナイフ持たせてると思ってる!」

 「わ、わかりました……あの、おれ人を殺したことなんてなくて」

 「だからどうした? あァ?」

 「い、いえ……」

 

 びくつくレイドが腰の後ろからナイフを抜き、両手で強く柄を握った。

 武器を使ったことなどない。戦闘など本当はしたくない。しかし船長には逆らえないため仕方のないことだった。ゆっくりと前へ一歩を踏み出し、ノロくなったローをじっと見つめる。眉間に皺が寄って辛そうな表情だ。

 人を殺した経験はなく、殺したいと思ったことさえないのだ。それはあまりに酷な命令だろう。ナイフを持つ手が震えている。

 ごくりと息を呑む音がやけに鮮明に伝わった。いつまで経っても次の一歩を踏み出さないレイドに苛立ちを感じ、船長が再び怒声を上げる。

 

 「おい、いつまで突っ立ってやがる! この間抜け! 時間をかけりゃあまた動き出すんだろうが! 今の内にさっさと――」

 「なるほど。これがおまえの能力か」

 

 もたもたしている間にローが動けるようになったようだ。振り下ろしつつあった刀を自ら下ろし、睨みつけるようにレイドを見る。

 反射的に小さな声を漏らし、今になって気付いたようで彼は間抜けな表情となっていた。

 

 「あっ、そっか。三十秒経っちゃったから……」

 「バカ野郎! だから言っただろうが!」

 「要はそのビームに気をつけりゃあいいわけだ。妙な能力だが、タネがわかれば大したことはねぇ」

 

 再び刀を振ろうと腕に力が入る。咄嗟にレイドはまたも右手で自身の左胸に触れていた。

 刀が振るわれる。レイドだけではなくまるで少し離れて背後に居る船長まで切ろうとするかのように。相変わらず室内はローが作りだす半円に包みこまれていた。

 

 「わっ、やばっ」

 

 しかし刀に斬られるより早く、なぜかレイドの肉体がとろりと液体になって斬撃の軌跡から逃れる。その結果、太刀筋の先に居た船長だけが体を斬られて上半身と下半身が分かたれた。かといって血は流れない。ローの能力圏内では太刀筋のみで肉体が分離され、まさしく改造されてしまう。船長は体を両断されながらも痛みは感じず、悲鳴を上げながら床へ倒れた。

 一方でトロトロした粘度の高い液体に変化したはずのレイドは再び実体を得てその場へしゃがみ、なぜか服は脱ぎ去った状態で全裸となっている。斬られて倒れた船長を見てまた全身が震え、体を隠す余裕もなく尻もちをつく。

 

 「うわっ、せ、船長!? こ、殺されたっ!」

 「まだ死んでねぇよ! クソっ、なんだこの能力は!」

 「聞きてぇのはこっちの方だ……今のはなんだ? 同じ能力とは思えねぇが」

 

 わめく船長を無視し、さらに眼光が鋭くなったローが前へ踏み出し、尻もちをつくレイドへ刀の切っ先を突きつける。

 ひっと小さな悲鳴が発せられ、首筋に先端が触れていた。

 絶体絶命の状況は変わっていない。状況から考えて言わなければ殺すと脅されている。

 命を惜しむレイドが口を割るのは当然だった。鋭くなるローの声に従い、肌を隠すことをすっかり忘れ、気付かれないように後ろへ下がろうと努力し始めながら質問に答えようとする。

 

 「何の実を食った? まさか複数の能力を持ってるって言うんじゃねぇよな。悪魔の実は二つ食えば体が消し飛ぶ。だがおまえが今見せた能力、同じ実とは思えねぇ……二つ食ったと言わない限りは何かタネがあるはず。詳しく話せ」

 「え、えっと……」

 「おいてめぇ、トラファルガー! よくもやってくれやがったな――」

 「うるせぇぞ」

 

 船長が懐に隠し持っていたピストルを取り出し、銃口をローへ向ける。だが引き金を引くより先に腕が肩から切り取られ、両手両足、さらに首が胴体から切り離されてバラバラになる。刀を振るだけで刃が届いていないのに人体が斬られるのだ。見ていてぞっとする光景であった。

 裸のままで肝を冷やしたレイドはまたも右手を左胸へと運ぼうとする。

 その挙動を、ローは見逃さなかった。

 即座に刀の切っ先は手と胸の間に挟みこまれ、触れさせまいと道を塞ぐ。自然と彼の悲鳴が上がった。

 

 「ひっ――!?」

 「それか? それが能力の条件か」

 

 刀の腹で手を押し、そっと胸から離させる。

 そうさせた後でローはその場へしゃがみ込み、レイドの顔を覗き込んで小声で語りかける。明確な怒気を感じるわけでもないが、落ち着いているからこそ恐ろしさが強く感じられただろう。

 問われるがまま、今度は逃げる素振りも見せない。

 

 「答えろ。おまえが食った実は? 能力は何だ? 隠さず答えたら命までは奪わねぇ」

 「わ、わかりました。なんでも答えます」

 「なら実について教えろ。何を食った」

 「おれが食べたのは……コピコピの実。悪魔の実の能力者の能力をコピーする能力……です」

 「レイドォ、やめろォ! べらべらしゃべってんじゃねぇよ!」

 

 首だけになって転がる船長が叫ぶ中、降参するように両手を上げたレイドは語る。ローはその声を一つも聞き洩らさないよう集中した。

 

 「コピーするには、自分の右手で能力者の体に触れるだけ。あとは心臓に触れて頭の中でイメージすればコピーした能力を切り替えられます。ただ制限もあって、本来の能力者ほどは自在に使えない、です」

 「例えば」

 「ええっと、さっきのノロノロの能力は、ビームに触れた相手を三十秒間ノロくすることができて。でもおれはコピーしただけなんで、一度ビームが当たって効果が発動したら、多分一分くらいは次が撃てなくなります」

 「本来の能力者なら制限なく次々撃てたのに、ってところか。だが他人の能力を一部とはいえコピーできるってのはかなり厄介だな。おまけに切り替えってことは、一度使って消えるわけでもなく永続的に保有できるのか」

 「た、多分ですけど。船長は上手く使えれば最強の能力だって、おれをこの船に……」

 「なるほど。能力は便利でも能力者がこの性格じゃ、利用するのは簡単だったか」

 

 刃を下げ、体から離した後。ローはおもむろに手を伸ばす。まるで握手をするよう右手が差し出され、戸惑いがちに視線を手と顔の間で彷徨わせたレイドは不安げに彼を見る。

 どうすればいいか、大体はわかった。レイドがこの能力を手に入れたのは今から十年以上も前。他人に知られればその都度利用されてきた能力だ。

 それでも握り返す勇気が沸かずに黙っていると、冷静な面持ちでローが言う。

 

 「おれの能力は見たはずだ。それが本当なら、コピーしてみろ」

 「いや、でも……」

 「それともコピーすればおれが能力を使えなくなるのか?」

 「い、いいえ、そんなことは。おれはただ他人の能力の一部を真似るだけですから」

 「なら問題ない。やれ。それともあいつみたいにバラバラになってみたいか?」

 

 顎で指し示されて視線を動かせば、体をバラバラに分解され、尚も生きている船長の姿。表情は悔しげで、憎らしげにローとレイドの両名を睨んでいる。

 それを見てしまった後では、脅迫に屈する他なかった。見ただけでわかるほど自由を奪われた姿。あれではかゆい所を掻くことすらできない。レイドは恐る恐る右手を伸ばし、ローの手を握る。ぎゅっと力を込めて握られただけだった。本当にそれで能力がコピーされたのか、当人であるローにすらわからない。

 手を離し、重々しくレイドがため息をつく。ひどく緊張しているようだった。自分が裸になっていることすら忘れている。

 今度は視線だけで促す。能力を使ってみろと。証明するためには自分の目で確かめるしかない。今この場で彼が能力を使っている光景を見るしか。

 それはレイドにもわかっているらしく、深呼吸を何度か繰り返して、意を決したように右の掌を木製の床へ向ける。

 船長が尚も荒々しく言葉を吐いていた。

 

 「やめろ……! なぁレイド、怒鳴ったりして悪かった。おまえはおれの仲間だ。そんな奴の言うことなんて聞くんじゃない。いいか? 今日までおまえにメシを食わしてやったのはおれだ。小遣いだってやっただろう。女遊びだって教えてやった。そのおれを裏切るのかっ」

 

 オペオペの能力は確かに使用された。たった一度見ただけ、手に触れただけで、自分の頭と同じくらいの小さなサイズだが、確かにオペオペの“手術室”が出来ている。

 認めないわけにはいかない。コピコピの実、これは本物だ。それ一つで数多の能力を使い、いかなる状況にも対応できるだろう面白い能力である。

 立ち上がったローは決心を固め、能力の使用をやめたレイドを見下ろした。

 

 「服を着ろ。もうこの船に用はない」

 「え? あっ、そういえばおれ、今まで裸で……!?」

 「あとは当初の予定通り、欲しい物を頂けば終わりだ」

 

 刀を握り直して今度は船長へと近寄る。すでに体はバラバラ、首は胴体から離れてどうしようもなく床に転がっている。見ようによっては惨めな姿だ。体の感覚はあるのに動かせない。これでは食事も排泄もできないだろう。それどころか体がないため落ち着いて睡眠を取ることすらできない。

 哀れな首を見下ろし、鋭い目のローは冷たく言う。刀は遠慮もなく振り上げられていた。

 

 「おい、冗談やめろよ、なぁ。取引をしよう。実はおれは、宝の在りかを知ってる。今ちょうどその島へ向かおうと航海してたところだったんだ。そこへ行けば金銀財宝がおれの、いやおれたちの物になる。なぁ、頼むよ。おれを見逃してくれ。そうすりゃ宝の在りかを教えて、見つけりゃ山分けだ。悪い話じゃねぇだろ? その島はおれしか知らねぇ、おれにしか辿りつけねェんだ。なぁ」

 「残念だが、そんな宝には興味がない」

 「なんだよ、ちくしょう! いいかてめぇ、覚えとけよ! こうなりゃおれは必ず生き延びておまえらを探しだし! 必ず復讐してやる! てめぇらだけじゃねぇ、親も家族も近しい奴らも全員血祭りに上げて、おれにこんな仕打ちをしやがったことを後悔させて――!」

 「あいにくだったな。もう間に合ってるよ。家族全員、故郷と共に殺された。もうこの世にいねぇ」

 

 軽い調子でスパンと頭が縦に割られ、口が二つに分かれてしまったことによってしゃべることすらできなくなる。その後、ローはゆっくりと胴体へ近寄り、倒れて動かないそこに右手を突っ込むと心臓だけを抜き取った。

 オペオペの能力にかかれば痛みを与えることもない。四角いキューブ状の膜に覆われた心臓は肉体を離れて尚も鼓動を奏でており、止まるどころか異常はまるで見られない。その光景こそが異常であった。

 目の前で信じられない物を見たレイドだが、もたもたしながらもなんとか服を着ることができ、万全の状態となった後で所在なさげに立ちつくす。船長が始末され、どうやら船全体が制圧されてしまった今、彼はどうすればいいかわからなかった。

 眼前をローが横切り、奪ったばかりの心臓を手に扉へと向かう。

 

 「行くぞ。ついて来い」

 「え……?」

 「おまえはおれが引き取る。おれの仲間になれ」

 

 扉をくぐる前に足を止め、わずかながらに振り返る。

 今度は恐れる余裕すらなく呆然としてローと視線を合わせ、彼の言葉を正面から受け止めた。

 

 「それとも脅迫される方がお好みか?」

 「な、仲間って……あの、でもおれ」

 「答えは二つに一つだ。イエスかノーか、おまえの意思で決めろ。できなきゃそこのを組み立て直すしかねぇ」

 

 そう言われてハッと何かに気付いた表情。瞬間的に目の色が変わった。

 

 「あっ……わ、わかりました。ついていきます、あなたに」

 「それでいい。来い。仲間に紹介してやる」

 

 再びローが前を向いて歩きだしたことで、レイドもすぐさま後ろへ続く。

 船長室にはバラバラに分解された、意思が残ったままの船長の肉体が残り、誰かに助けられることもなく彼はずっとそのままだった。

 甲板へ出た二人はそこに立つ人々を視認する。船の船員たちが縄に縛られて床へ放置され、立っている者たちは外から来た者たち。ローの仲間なのだろう。皆が黒いツナギを着ていた。中には白いクマがいたり、二メートルを越える大男が居たりと中々に奇妙な面々だ。

 欄干から外を見れば、海には別の船が浮いている。彼らの物だろうか。真横に止められたそれは帆船ではなく鉄の船、いわゆる潜水艦であるらしかった。

 目の前の光景に驚きつつ、突然の事態に目を白黒とさせるレイドの目の前、ローが仲間たちに声をかける。

 

 「こいつも連れて行く。今日からおれたちの仲間だ」

 

 

 *

 

 

 突然の出会いから数日。特殊な能力を持つレイドはローが率いるハートの海賊団の仲間として迎え入れられていた。

 潜水艦に乗って航海は続き、すでに古巣となる海賊船を後にして長い。航路は決められているらしく、目標がどこかを明らかにしないまま進んでいる。

 海中には潜らず、海面を進むこと数時間。今日の航海は続いており、甲板では顔を突き合わせて座るローとレイドが何やら話していた。

 表情は厳しく、声色も真剣。悪だくみしている様子はありありと見えている。

 

 「トロトロの実ってのは?」

 「えっと、体を液体にする能力で、あっ、でも服は効果が伴わないから必然的に脱げちゃうんですけど、初めて会った時に使った――」

 「例のアレか。ノロノロの実は対象をノロくする能力だな。ホレホレの実は」

 「相手を惚れさせる能力、です。ノロノロと同じでビームを出して、当たった相手がおれに惚れるっていう……効果は多分一日も持たないと思いますけど」

 「馬鹿馬鹿しい能力だ。仲間割れを誘うには持ってこいかもしれねぇが、コピーしたもんじゃ余計に使い道が少ねぇ。まぁ、だが戦う力を持たないおまえなら使い道もあるか」

 

 欄干に背を預けたローは紙切れを見やり、一つ一つ確認するようにレイドへ質問をぶつけていく。楽しんでいる様子と苛立ちを感じる表情で、普段では見られない少し独特な姿だった。

 答えるレイドも真摯に考え、嘘偽りない返答を返している様子。出会いから今日までの時間で少しは打ち解けることができたようだ。ローと話す姿から緊張は薄れ、以前よりは肩の力が抜けた姿で彼と向き合っている。すでに心はローこそ自分の船長だと納得出来ていた。

 

 「うぅ、申し訳ない。でもおれだって好きでこの実を食べたわけじゃないですよ。たまたま、ほんとにたまたまで」

 「なぜ悪魔の実を食べることになった。望んだわけじゃないんだろう」

 「餓死しかけてた時に、それしかなくて」

 「それだけか?」

 「はい。それだけです」

 「間抜けな理由だ。それで望まぬ能力を手に入れて色んな連中に利用され続けたわけか。不自由な人生だな」

 「仰る通りで……でも、結構楽しんでるんですよ。船旅は好きだし、海も好きだし。それに潜水艦って初めて乗りました。すごいですね、帆船とは何もかも勝手が違って」

 「そんなことより」

 

 笑顔になったレイドの言葉をぴしゃりと遮り、再び紙に書かれた内容へ話が戻る。

 そこにあったのはこれまでレイドがコピーした能力の一覧だ。思い出しながら書いてまだ一部。片っ端から他人の能力をコピーするだけしておいて、まだ上手く使えていない証拠だろう。本人の言によれば十数個並べられたそれですべてかどうかわからないということだった。

 それでも目を見張る物がある。一人の能力者が複数の能力を持つこの状況。制限や熟練度を考えると戦闘員としてはいまいち使えないが、スパイとして利用するならこれ以上ないほどの逸材だと考えられる。様々な能力をその都度切り替えて利用すれば、如何なる場所へも忍び込み、そして出て来れるはず。そう考えれば何とも面白い能力だ。

 ローとレイドの契約は単純明快。ローが考える作戦を遂行するまでは仲間として行動し、時が来れば自由にする。それまでは何があっても自分たちを裏切るなとの言葉だった。

 レイドはそれを了承し、何一つ不満を持つことなく受け入れている。

 元々子供の頃から海賊に攫われ、能力を利用するためこき使われてきた男だ。奴隷というわけでもないが他人に従うのは慣れている。むしろ自分の意見を問われると困ってしまう素振りすらあった。ハートの海賊団は思いのほか彼に自由を与えるため、度々困った顔が目撃されている。

 従って潜水艦での生活は存外に楽しそうで、ハートの海賊団クルーとも仲良くやれていた。助けだされてから今日まで数日間、笑顔が絶えることがなかったほどである。

 ローに対して従順な態度を見せるのも長年の慣れのため。彼の話に付き合う様は初めて出会った時とは比べようがなかった。

 

 「能力の確認の続きだ。おまえ自身、いつでも思い出せるように頭に叩き込んどけ。いいな? ヒソヒソの実」

 「ええと、動物と話すことができる能力です……けど」

 「ミニミニの実」

 「あのぅ、一体どうしてコピーした能力の確認なんて。い、言っときますけど、おれは戦闘なんてできませんよ? いくら能力をコピーしたからって、やっぱりオリジナルには勝てませんし」

 「おまえに戦闘なんざ求めてねぇよ。能力の切り替えができるってのは上手く使えば単独行動に向いてる。だからおまえにはおれの作戦を遂行するために協力してもらう」

 「た、単独行動? なんですかそれ、おれ聞いてなかった――」

 「まずはテストだ。おまえに度胸をつける。あれを見ろ」

 

 紙を左手に持ち替え、右手で船の前方が指し示される。レイドはそちらへ目を向けた。

 船が目指す先、水平線に島が見える。

 目的地だろうかと覗き込むように上体を伸ばすと同時、ローが語る声が聞こえた。

 

 「あの島は七武海の一人が占拠している。千両道化のバギー。海賊派遣組織とやらを指揮している男だ」

 「は、はぁ。名前くらいは聞いたことあります」

 「おまえはその組織に潜入しろ。スパイとしてな」

 「スパイ!?」

 「そうだ。海賊派遣の依頼が集まるってことは、それだけ色々と情報が集まっているはず。その情報をこっちに流せ。ついでに能力者を数名確認してる。そいつらもコピーしろ」

 「えぇぇぇ……なんて無茶なことを。いやキャプテン、わかりますよ? わかりますけど……おれですからね? そんな難しそうなこと」

 「だから言っただろう。度胸をつけるためだ。別に首を取ってこいと言ったわけじゃない。能力を上手く使って奴らを欺き、もしものことがあればすぐに逃げろ。やることはそれだけだ。それができねぇほどバカじゃねぇだろう」

 

 事もなげに言うローへ不審げな視線を向けるものの何も言えないレイドは愕然とし、身を乗り出してくる彼から目が離せない。彼の目は至って真剣だ。

 

 「戦闘はできないから雑用をやるとでも言っとけ。噂に聞く限りそれほど頭が切れる連中じゃない。海賊に憧れてると言えばおそらく中に入れるだろう。雑用でもなんでもしながら情報を流せ。余裕があるなら何とか自由に行動できるよう交渉しろ。おれたちと合流できるようにな」

 「要するに嘘をつけってことですよね。ほんとに大丈夫なんですか? もしバレたりしたらどうなるか」

 「危なくなったら逃げろ。無理に戦う必要はない。それにおまえなら大丈夫だ。見てくれが優男だからな、大抵の奴はさほど警戒もしねぇはず」

 「そうかなぁ……もしとんでもなく察しが良い人が居たりしたら――」

 「つべこべ言わずにやれ。それとも心臓をおれが持った方が早いか?」

 「わ、わかりました。やりますよ。でも、失敗したって知りませんからね。おれには責任の取りようがありませんからね」

 

 船は尚もエンジンによって前に進んでいる。帆に風を受けるのとは違う、一定の速度が保たれている。到着までそう時間はかからないだろう。

 島の影が近付くにつれ、次第にレイドの表情に陰りが増える。不安が胸中を埋め尽くし、緊張が唇をきゅっと結ばせた。

 これまで海賊に利用されてばかりの人生だったが、一方である程度の安全は確保されていた。単独行動、特に誰かに嘘をついてスパイするなどという経験は一度もない。そんな状況は最も命の危険が付き纏う場ではないか。それだけに未知なる恐怖が沸き上がって仕方ない。

 軽々しく頷いたのは失敗だったかと後悔し始めた頃。俯いてため息をこぼすレイドの心境とは裏腹に、潜水艦は着実にその島へ接近する。

 島の端に位置する場所に大きなテントが見えた。派手な模様に騒がしい声。まるでサーカスの様相である。それが千両道化のアジトらしい。

 世界でたった七人しかいない、政府によって認められた海賊がそこに居るのだ。噂を耳にしたことはあるが、一体どんな人物なのだろうと緊張して喉が鳴る。

 

 「そろそろ着くぞ。準備はいいか」

 「いえ、全然」

 「よし」

 「いやよしじゃなくて! やっぱりやめませんかキャプテン。こんなのおれには無理ですって」

 

 後ろ向きな態度を見せるレイドを気にせず、視線は横へ逸らされる。明確な言葉は無くとも態度で異を唱えることは許さないと言われている様子。

 ローが呼び寄せたのは自身の部下である白クマであった。不思議なことに人間と同じく二足歩行、出会った時とは違いオレンジ色のツナギを着ており、それどころかローの声に人語で返答している。レイドが想う限り多少気が弱い部分はあるが気のいい奴ではあった。

 

 「ベポ。あれを渡してやれ」

 「あいあいキャプテン」

 

 真っ白な毛皮に覆われた両手で渡される。レイドの手にあったのは単独行動中彼らに連絡を取る手段、子電伝虫である。

 彼らは本気で考えているのだろうということが簡単に読みとれ、また顔が青ざめる。

 今度はため息が抑えられなかった。がっくりと肩を落として俯いてしまい、慰めようとベポが頭を撫でてくるが気分は晴れない。気分はこの世の終わりを味わっているようだった。

 

 「情報はそれで伝えろ。作戦の変更があるようならこっちからも連絡する。ただし、基本的に助けは来ないと思え。おれたちはおれたちでやることがある」

 「めちゃくちゃだなぁ……おれ、生きてまたみんなに会えるのかな」

 「おまえがへまをしなければな。さぁ、時間だ」

 「ぜ、全然準備できてませんけどっ」

 

 さほど時間も置かずに潜水艦は島へ到着。港もない陸地に横付けし、船は停められた。

 ドギマギした様子のレイドであったがローに背を押され、軽くジャンプして陸地に移る。

 辺りに人の姿はない。海辺に沿って東側、サーカス団が使うような派手なテントがある。大人数の大声も聞こえていた。そこが拠点と見て間違いない。

 一気に緊張感が増してくる。嘘や冗談でもなく、本当にたった一人でスパイとして行くのだ。

 護身用にと持たされたのはナイフが一本とピストルが一丁。使い方もいまいち覚えていないそれ。持たされたところで使えるはずもないが、海賊志望だとうそぶくならば必要だと持たされた。もうすでに逃げられないところまで来ているらしい。

 深呼吸を繰り返す。こうなればやるしかない。どうせ海賊に利用され続けた人生、これ以外の生き方など知らず、また求めているわけでもなかった。

 今の船長はトラファルガー・ローだ。部下として彼の命令には従わなければならない。

 恐怖心は持ったまま。レイドの顔つきがほんの少し変わる。

 

 「良い報せを期待してる。おまえが死んでなければな」

 「い、嫌なこと言わないでくださいよ。まぁでも、今までずっとこうだったし……ううん、なんとかしてみます」

 「おれたちは別行動を取る。上手くやれよ」

 

 そう言ってローとベポは船内へ入るため振り返って歩き出す。振り返ろうとしないローとは違ってベポはレイドへ手を振り、扉が閉められるとすぐに船は海中へ潜航を始める。

 退路は断たれた。昨日だってハートの海賊団一同で壮行会まで開いてくれた。やるしかない。

 自らに言い聞かせ、気合いを入れ直す。それからゆっくりと歩き出した。

 向かう先は大海賊が居るテント。七武海、千両道化のバギーに会う。まずはそこからだ。

 考えただけでも体が震えるが、感情とは裏腹に体は前へ進んでいく。前へ出る脚に淀みはなく、自分でそんなに勇ましい姿は想像出来ていなかったが、到着するまでさほど時間はかからなかった。

 入口の前には屈強な男が二名。門番をしているのだろう。テントの中から聞こえる楽しげな声を聞くに宴をしているらしいが参加することなく、彼らだけはこじんまりと酒瓶を傾けている。

 笑顔になっても怖い顔だ。遠目で彼らの姿を見たレイドは臆病風に吹かれ、ぴたりと足を止めてしまう。潜入するということは彼らに話しかけるということである。しかしあまりにも怖い顔と屈強な肉体に怯えてしまったらしい。

 思考は一瞬逃げることを考えるが、逃げたところで行く場所などないと考え直す。

 その代わり計画の微調整は決定したようで、門番に気付かれない内に道から外れ、近くの森へ入る。そこからは姿を見られないよう草むらに身を隠しながら進んだ。

 算段はできている。少なくともテントの中に入るまでは。不安は大きいがとにかく行動しなければ決意があっさり崩れてしまいそうで、足を止めるわけにはいかない。何を考えるにもまず歩くことが先決だった。

 森の終わりまで来る。テントは開けた場所にあった。そこに辿り着くには見晴らしのいい場所を歩かねばならない。

 まだ見つかるには早いだろう。レイドはぐっと唇を噛みしめ、右手で心臓がある位置に触れた。

 

 「フゥ……イメージしろ。能力はいつでも切り替えられるように。練習はキャプテンと何度もした。大丈夫、大丈夫……」

 

 目を閉じて自分に言い聞かせ、頭の中でイメージが変わる。反応するように体の感覚も変わった。能力の切り替えは確実に行われている。

 その能力の強みは戦闘ではなく、いくつもの能力を使えること。そう教えられた。

 再び目を開いた時、決意はさらに揺るがないものとなっていたようだ。

 

 「ミニミニ」

 

 短く告げる。

 別段言葉にせずとも能力は使えるがそうした方が意識の切り替えは早い。能力は確かに発動し、見る見るうちにレイドの体が縮んでいく。

 変化が止まった時、レイドの体は草むらよりもさらに背が低い、せいぜいがネズミと同程度だろう小ささになっていた。

 ミニミニの実はその名の如く、自らの体を小さくする能力。コピーしただけの劣化版ではサイズは一定、今しがた変化したばかりの小ささにしかなれないものの、この場ではそれで十分。通常のサイズで足首ほどまでの草が生えている草原ならば、十センチほどしかない体のサイズで十分に隠れられる。

 小さくなった分距離は遠くなったが、歩き出す。見つからないのならば長い距離などさほど苦とも思わなかった。

 本来ならば数分とかからない距離を数十分と時間をかけて歩き、汗を滲ませながらテントへと辿り着く。小さな体で重い布を持ち上げてなんとか中へ入ることができた。

 がやがやと宴の声がさらに近くなる。だがその現場へ立ったわけではないらしい。内部も単純な構造ではない様子でいくつか部屋があり、声があるのは布を隔てて向こう側だ。

 ここならば安全だろうと思い、能力を解除する。一秒とかからず元のサイズに戻れた。

 潜入は成功。問題は次である。まずはテント内に居る能力者の確認と、可能ならば能力をコピーすることを考えていた。

 現在地もわからないため適当に歩き出す。宴の席から離れれば良いだろうと安易な考えであった。しかしそれが功を奏し、右も左もわからぬ彼だが不思議とキッチンらしい場所へ出る。

 忙しそうに調理を行うコックが十数名。まるで戦場だ。何かが焼ける音と忙しない物音がレイドの心をぎゅっと締めつけ、そのコックたちがずいぶんと厳めしい顔をしているためまた恐怖心が顔を覗かせる。

 ぎこちない歩き方でなんとかキッチンへ入り、一番近くに立っていたコックに話しかけた。顔が怖いせいで恐怖心は付き纏うものの、これだけ忙しそうならおそらくは潜入がバレない。雑用係として顔を売るにはこれ以上ない状況だ。

 そう思う一方で本音はちっとも話しかけたくなどない。本音と行動は伴わないものだと、彼は意外にも冷静に考えていた。

 

 「あのぅ……」

 「おい! アルビダの姐さんにワインは持ってったのか! さっさとしろよ!」

 「は、はいぃ!」

 

 声をかけた途端、ぐるりと振り返った強面は強く叫び、堪らずレイドの肩が震えた。

 怒られる理由もわからず、指示されたところでどうすればいいかもわかっていないが頷く以外に許される行動はない。これまでの人生経験がそうさせるのか、意識せずとも返事ができていた。

 詰め寄ってきたコックに乱暴な手つきでワインとグラスが乗ったお盆を渡され、抵抗もなく受け取る。腕は震えたが長年の経験から取り落とすようなミスは起こさない。

 そのままコックは調理に戻ろうとするわけだが、持たされたそれをどうすればいいかもわからず、咄嗟にレイドは慣れた調子で尋ねていた。

 

 「あ、あの、これどこに持って行けば」

 「あァ!? おまえ新入りか」

 「は、はい。ええと、さっき着いたばかりで、失礼ながら右も左もわからなくて――」

 「幹部のアルビダ姐さんがそいつを御所望だ。そこから出て左手に裏口がある。外へ出て、少し離れたとこにある赤くてでけぇテントに持ってけ。ただ渡せばいいだけだ」

 「わかりました……じゃあ、行ってきます」

 

 相当に忙しいのか、コックはレイドに見向きもせずにまた調理へ戻る。

 怪しまれなかった。それどころかさほど興味も持たれていない。拍子抜けしてしまったレイドは少しだけ肩の力を抜くことができた様子で、そそくさとキッチンを後にする。

 教えられた通りに廊下を歩き、すぐに見つけた出口から外へ出た。本拠地となるその大きなテントを大小様々なテントが囲っており、遠くを見れば確かに一番外れに大きな赤いテントがある。

 目的地はそこかと、歩き出した。

 今は新入りの雑用として扱われた自覚があるため、こそこそ隠れるようなことはしない。堂々とテントの間を通り抜けていく。道中すれ違う者は皆が海賊だが、元々彼も海賊として生きた経験が長い。疑いの目を向けられない以上はさほど緊張することもなかった。

 赤いテントにはすぐに到着し、ノックする扉もなくただの布で入口が塞がれているため、声をかける。そこにワインを渡す人物が居るならば答えてくれるはずだ。

 

 「あの、すいません。ワインをお持ちしました」

 

 返答はない。静かなままだ。

 ひょっとしたら寝ているのだろうかと思い、いつまでも立ちつくしているわけにもいかずそっと内部を伺い見る。誰もいない様子だ。だが奥から物音が聞こえる。

 レイドは一大決心し、そっと部屋の中へ入った。

 仕事は仕事。任された以上はやり終えなければならない。能力者探しはその次である。下っ端として長い経験を持つ彼はそうすることに何の抵抗もないらしかった。

 今度はテントの中から声をかける。それで聞こえなければ奥まで行かなければならないかとも思い、多少緊張もしたが、今度はすぐに返答が来た。

 

 「あの、ワイン持ってきました」

 「はい。こちらへどうぞ」

 

 聞こえてきたのは女性の声。返事を出して奥へ行く。

 またも布をくぐって越え、すぐに出会ったのは美しい女性だった。ただ幹部と呼ぶには些か迫力がなく、およそ海賊らしくはない。

 彼女はレイドの手からお盆を受け取り、テーブルまで運んでいく。その姿は給仕係のそれに近い。どうやら幹部のお付きか、世話をする部下らしいとわかった。

 所在なさげに立つレイドへ振り返った女性はにこりと微笑み、彼へ頭を下げる。つられてレイドも頭を下げた。

 

 「見慣れない方ですね。もしかして新人さんですか?」

 「は、はい。まだ今日来たばっかりで」

 「まぁ、そうなんですか。それならアルビダ様へのご挨拶もしたいですよね。でもごめんなさい。アルビダ様は今シャワーを浴びてらっしゃって」

 「あ、そうですか。ええとじゃあ、おれはどうすれば……」

 「また後ほど、ということでよろしいですか? アルビダ様には私から伝えておきます。ですからとりあえず今は……あら?」

 

 女性がしゃべっている途中、部屋の中にあった電伝虫が鳴った。誰かからの連絡が来たようだ。

 すぐさま受話器が持ち上げられ、通信が始まる。当然その内容はレイドの耳にも伝わっていたが、大した内容ではない。言うなれば手が足りないから手伝ってくれとのお願いだ。ただし話の内容からしてレイドが手伝うわけにもいかない様子。女性でなければいけないらしい。

 受話器を置いた彼女はレイドへ微笑み、困ったように言う。

 

 「すみません。呼び出されてしまったので少し行かなければいけないようです」

 「そうですね。じゃあおれも――」

 「ただ、そうなるとアルビダ様にワインをお注ぎする者が居なくなってしまうので。もしよろしければ、あなたが代わりを務めてはくれませんか?」

 「へ? は? お、おれが?」

 「ええ。ご心配なさらずとも、アルビダ様はやさしいお方です。あなたのように穏やかな方ならきっと快く受け入れてくれると思いますよ」

 「は、はぁ。なんだか突然過ぎてよくわかりませんが……わかりました。おれで良いなら、ですけど」

 「ではお願いします。何も心配せずとも、ただアルビダ様が仰った通りにしてくれれば構いません。責任は私が持ちますので。それでは」

 

 そう言うと女性はあっさり外へ出て行った。

 流石に戸惑いを隠せない。舐められているのか、新人とはいえ信用されているのか。しばらくレイドは突っ立ったままぐるぐると考えることとなる。

 落ち着いて考えてみればチャンスだった。幹部に気に入られれば行動の自由は大きくなるはず。つまりたった今から、最優先の任務はこれから会う幹部のご機嫌を取り、気に入られて、敵地において後ろ盾を手に入れること。

 自然とそう考えられるあたり、伊達に彼も長年海賊をやっていない。非常にスムーズな思考で乱れはなかった。

 自らが生き残る術は心得ている。その上で新たな船長となったローの命令に従順に従おうとしているようだ。臆病ながらも海賊の生き方を知る男であった。

 そうして突っ立って考えていると、奥からもう一人が出てくる。ついに幹部とご対面だった。

 しかし今度こそ、彼は目を白黒させて驚くこととなる。

 やってきたのは裸体にタオルを巻いただけの美女。しっとりと濡れた長い黒髪を背に垂らし、厚ぼったい唇は紅を塗らずとも魅惑的。たわわな胸と長い脚が嫌でも男の視線を吸い寄せ、括れた腰がタオル越しでもなんとも色っぽい。

 何より驚いたのは、その肌。離れてパッと見ただけでも驚くほどスベスベしている。これまでレイドが見たことがないほどの美しい肌だった。

 幹部は間違いなくこの人だと強く納得する。

 目の前に立った美女は、レイドの人生において間違いなく一番の美貌を持っていた。

 

 「おや? 知らない顔だね。あんたは?」

 「は、はい。今日から入った新人です。ただの雑用なんですけど、アルビダ様にご挨拶がしたくて、ここへ」

 「あぁそうかい。近頃は新しく入ってくる奴がどうにも多くてね。わざわざ挨拶に来る必要もないと言っておいたんだ。こいつはあんたが?」

 

 アルビダ様と呼ばれていたその女性は部屋の隅にあるテーブルにまで足を運び、上に置かれたワインに触れる。しなやかな指でそっと、それだけでも絵になる美しさだ。

 レイドは思わず息を呑む。彼とて女性と話すことは初めてではないが、彼女だけは他とは比べ物にならない。自然と体は緊張し、同時に股間に血が集まるのがわかる。いけないとわかっていながらも自制することはどうにもできず、邪な考えが頭の中を支配していく。

 そのタオルをはぎ取り、押し倒して、美しい肌と豊満な肉体を思う存分味わいたい。顔に似合わず、彼は狂いそうになるほどの熱気で顔を真っ赤にしていた。しかし実際の行動とできるはずもなく、目をきょろきょろと落ち着かないが必死に返事をする。

 

 「は、はい。おれが運びました。あの、遅くなってすみません」

 「ふぅん。ここに私の世話係が居たはずだけど、あの子はどこへ行ったんだい?」

 「なにか、用事があると電伝虫で呼び出されまして。お、おれにお酌をしろと、言伝を」

 「そういうことかい。ならいいよ。こっちに座りな。せっかくなら注いでもらおうじゃないか」

 「わかりました……失礼します」

 

 アルビダが先にイスへと座り、脚を組む。その些細な挙動でどきりと胸が高鳴って、どうしても視線がそこへ釘付けになった。

 くすりとアルビダが微笑んだことで、気付かれたかと肩がびくつく。すぐに視線を逸らし、言われるがままイスに腰掛けた。だが落ち着くことなど到底できず、肩に力が入ったまま、ひどく緊張した面持ちのままである。当然アルビダも彼を見て笑わずにはいられなかった。

 

 「なに緊張してんのさ。もっと肩の力をお抜きよ」

 「は、はい。すみません……」

 「ふふ。ここには山のように男が居るけど、あんたは連中とは違うようだね。どう見ても海賊とは思えない。線は細いし、歳もまだ若い。どうしてここに?」

 「え、えっと、海賊に憧れてたんです。おれは、喧嘩とかそういうの、全くできませんから」

 「じゃあ強くなりたいのかい?」

 「いいえ、強くなるだなんて。おれなんかじゃどう転んだって本物の海賊みたいにはなれません。だから雑用として傍に居れるだけで十分満足なんです」

 「ずいぶん簡単に諦めるんだねぇ。せっかくここまで来たんなら鍛えてみればいいじゃないか。海賊になりたいんだろう?」

 「は、はぁ。まぁそうですけど」

 「あたしは強い男の方が好きだよ。あたしに勝てるくらいのね」

 

 アルビダが手に持ったグラスを掲げる。にこりと微笑んでレイドを促す素振りだ。

 

 「注いでもらえるかい?」

 「あっ、はい。只今」

 

 慌ててワイン瓶を持ち上げ、グラスへ中身を注ぐ。赤い色の液体が静かにグラスの色を変えた。

 それを口元へ運んでゆっくりと傾け、くっと飲み干していく。

 一挙一動が美しい。シャワーを浴びたばかりのため頬が上気し、しっとり汗ばむ肌が光に照らされてなんとも色っぽかった。レイドは瓶を強く握ったまま、何も言えずに彼女に見とれていた。

 ふぅと小さく息をつき、艶っぽく見つめられる。その気はなくとも彼女がそうすればそれだけで絵になるようだ。

 アルビダはやけに落ち着かない様子のレイドへ微笑みかける。

 

 「どうしたんだい? そんなに固くなって」

 「い、いえ。なんでも」

 「ずいぶん初心なんだねぇ。もっと肩の力を抜いてもいいんだよ。心配しなくても取って食ったりはしないさ」

 

 再びグラスを傾けて残りのワインを喉へと流す。その様子を見ながらレイドは自身の中で大きくなる欲望を無視できなくなっていた。

 気弱だろうが海賊らしくなかろうが彼とて男。港町へ着けば商売女を買うことはあったし、惹かれ合った女性がいないわけでもない。女の味というものはよく知っていた。

 絶世の美女と言えるアルビダを前に、虜とならないわけもなかった。

 自分の役目を抜きにして、思考はやましいことに支配されていく。

 

 (少しくらいなら、いいかな。もしかしたら逃げなきゃいけなくなるかもしれないし、どうせなら、その前に少しだけ。せめて一回だけでも)

 

 ワインをテーブルの上に置き、レイドはそっと右手で自身の胸に触れた。

 見た目に変化はなくとも確かに能力は切り替えられる。選んだそれは自身の秘密兵器と言ってもいい、ホレホレの実の能力。指先から発したビームに触れた相手を自分に惚れさせる、悪魔の実の能力の中でも異質なそれ。オリジナルと違って効力は一日と続かないが、数時間あれば事が終わると考える。

 欲望に支配された自分を否定せず、今度の行動は早かった。潜入する時よりもよっぽど決断力があり、机の下でアルビダへ向けそっと指が伸ばされる。

 桃色の光線がひどく緩慢な速度でアルビダの体へ近付く。そのまま遮られることなくアルビダに当たり、わずかな光が彼女の全身を包みこんだ。

 途端にアルビダの表情が変わる。目の色が変わってレイドを見る目が変わり、どこか熱っぽさを感じさせる。色気を発する女らしい顔だ。

 効果は明白。確実に彼女は惚れていた。それも以前に試した結果から考えるに大抵レイドの言うことは聞いてもらえる。卑猥な行為も然り、だ。

 顔に似合わず欲望のみを優先するレイドは、頬を赤らめて笑顔になる。

 脳内にあるのは彼女を抱くことのみ。途端にレイドは大胆になってイスに座ったまま前のめりになってアルビダの手を握った。するとアルビダも気分を良くして微笑み、迷わず彼の手を握り返す。

 

 「突然大胆だねぇ。そんなにあたしのことが気になるかい?」

 「はい、それはもう。できれば親密になりたいなと」

 「あたしを、抱きたいのかい?」

 「はい」

 

 能力の効果が目に見えると幾分自信を得たようだ。

 レイドははっきりと告げ、握る手に力を加える。

 こうなれば交渉はひどく簡単だった。彼女は何も疑わずにレイドに好意を抱き、気分は恋人のようなそれである。

 

 「ふぅん。ま、近頃面白いこともなかったしねぇ。いいよ。いっしょにベッドへ行こうか」

 「は、はい。よろしくお願いします」

 

 手を握ったレイドは驚いていた。コピコピの実の能力により、彼の中へ流れ込んでくる力がある。新たな悪魔の実の能力だ。

 それだけでなく握った彼女の手が驚くほどスベスベしている。何人かの女を抱いた経験があるが触れたことがないほど美しい肌。絶世の美女と呼んで差し支えないだけの美貌に加え、肌の手触りの良さは他の者より群を抜いて優れている。おそらくこれが能力なのだろうと理解した。

 考えられるのはスベスベの実。悪魔の実の図鑑で見たことがある名前である。女が持てばこれほど価値がある能力なのかと感嘆せずにはいられなかった。

 レイドはますます興奮し、もはや彼女から目が離せなくなる。

 アルビダに手を引かれてイスを立ち上がり、部屋の奥へ移動する。ベッドが置かれたそこは寝室のようだ。

 腕をぐいと引っ張られ、まずレイドがベッドへ腰かける。抵抗する様子もなくされるがままだった。

 彼の目の前にアルビダが立ち、焦らすようなゆっくりとした手つきでタオルを取った。

 視線が釘付けになるほど魅惑的な裸体。一片も隠すことなく肌を晒した彼女は抜群のプロポーションを持っている。上から下まで、興奮を抑えられないレイドはいやらしい視線で舐めまわすように眺め、服の下でペニスが勃起していくのを認識していた。

 その変化は目に見えて明らか。彼の股間を見たアルビダは微笑み、括れのある腰をくねらせながらレイドへ歩み寄った。

 

 「興奮してるようだね。あたしを抱きたくて堪らないってとこかな」

 「そりゃ、もう。だってアルビダ様ほどきれいな人、見たことありませんから」

 「おや、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。今日のあたしは機嫌が良いんだ、サービスしてやらないとね」

 

 ベッドの縁に座るレイドの肩に手を置き、そっと押し倒す。

 背中から倒れ込んだ彼の上にアルビダがのしかかる様相で、存外レイドは嬉しそうであった。その気になったアルビダを見て、触れられ、嬉しくて堪らないという表情である。そんな顔をされればアルビダも悪い気はせず、小さく笑い声を発しながら彼の体の上へ寝そべった。

 

 「ふふ、こういうのは久々だね。あんた経験は?」

 「一応あります。でも、できればアルビダ様に色々して欲しくて」

 「そうかい。ならあたしの好きにさせてもらおうかね。あんたはしばらく寝たままでいいよ」

 

 顔を寄せたアルビダが唇を塞ぐ。ぐっと押しつけるようで呼吸ができなくなる。

 触れたいという衝動から気付けば両手が動いていた。半ば無意識の行動である。彼女のスベスベの肌に、身じろぎ一つで揺れるほど大きな乳房に、大きな尻に、わずかに黒々とした毛がある股に触れたいと手が怪しく動く。しかしその手はアルビダによって止められてしまった。

 唇が離れると同時、焦らすつもりなのか笑みを見せられる。これにはレイドも辛いと感じざるを得なかった。

 他の何を差し置いても触れたい肌。能力が作用しているとはいえ人間の物とは思えないほどスベスベなそれ。すぐ目の前にあって、体の前面には押しつけられているというのに手で触れることは許されない。まるで拷問にすら思えた。

 悪戯っぽく笑うアルビダはレイドの手を降ろさせた後、片手でシャツをまくりあげ、肌を露出させると胸の辺りを這うように指を走らせ、ふと乳首の辺りを舐める。レイドの反応は大きく、童貞にも思える初々しさがあって、ますます楽しみは大きくなっていった。

 

 「良い反応するじゃないか。本当に経験あるのかい? だとしたら残念だねぇ。あんたの筆おろしはあたしがやりたかった気がするよ」 

 「いやでも、そんなに多い方じゃないし、久々なので……」

 「そうらしいね。ちょっと触っただけでぴくぴく反応して、ほんと、可愛い子だ」

 「うっ、あっ……」

 

 指と舌で乳首を責められる。重点的な動きは淡い快感を与え、レイドの呼吸を乱した。

 楽しげなアルビダは遊ぶようにそうしながら顔を見つめる。彼の感じる顔をもっと見たいと思った。もっと乱してやりたい、とも。

 

 「さて、どうしてやろうか。焦らすのもいいけどあたしもそう長くは我慢できそうにないからねぇ。とりあえずあんたの物を見せてもらうよ」

 「は、恥ずかしいです」

 「だからいいんじゃないか。その恥ずかしがる顔をもっと見せておくれ」

 

 怪しく動いた手がレイドの服を脱がしていく。

 手間取ることもなく次々脱がされ、白い肌が徐々に露わになっていった。

 海の上で暮らすことが多い彼だがあまり日焼けはしていない。女のように肌は白く、きめ細やかで柔らかさがある。

 最後の一枚も抵抗なく脱がされ、彼は素っ裸になった。

 勃起したペニスが下着から出た途端にぶるりと揺れて外気に触れる。亀頭の半ばまで包皮をかぶったそれだ。サイズはそれなりだが、些か子供っぽい印象すら受ける。

 アルビダは微笑み、今度は彼女が舐め回すように彼の全身を眺めた。

 手はするりと肌を撫で、頬から首筋、胸へ降り、腹を撫でて下腹部へ。戸惑いもなくペニスに触れる。

 力を入れて掴むと上下に動かしてみた。包皮がずるずるとつられるように動き、亀頭の先を隠したり露わにしたりと外見の変化がわかりやすい。不思議な楽しさがある。

 感じたレイドが甘い声を発する。それに応じてアルビダは満足そうに微笑んだ。

 

 「う、ふぅ……」

 「中々立派じゃないか。硬さもいいし、楽しめそうだよ」

 「そ、それはなにより……はうっ」

 

 顔を近づけて舌を伸ばし、亀頭をぺろりと舐めた。反応は上々でレイドの腰が跳ねる。

 気弱な様子が彼女の心を刺激していた。触れるだけであからさまな反応が表れるのは何とも楽しく、触れる楽しみが倍増するよう。おもちゃを与えられた子供にも似た姿で、アルビダはペニスを刺激した。

 右手で亀頭の辺りを包み込み、左手は根元辺りを握って。上下に扱いて洩れてくる声に気を良くする。時折舌を伸ばして亀頭を舐めてやれば、その度に腰がかくかく動いて何かを求める仕草を見せる。わかりやすい男であった。

 さらに楽しもうと考えたアルビダはそっとペニスに唇を寄せ、大きく開いて口内に含んだ。じゅるりと唾液が絡みつき、手と同時にペニスを濡らしながら頭を振って亀頭を刺激する。レイドの声は見る見るうちに高ぶっていき、腰の動きは抑えられなくなり、わずかばかりに全身を動かして悶えていた。

 

 「んっ、ふっ、ぢゅるっ……良い反応だねぇ。あたしも本気になっちまいそうだよ」

 「あぁぁ、アルビダ様ぁ。もう、出ちゃいそうです……」

 「ん、なんだい、もう限界なのかい? 堪え性がないねぇ。まぁいいさ。思う存分出しちまいな。あたしが見ててあげるよ」

 「はぁっ、あぁっ、うぅ」

 

 舌が竿を伝ってさらに下へ向かい、睾丸の辺りに着くとしゃぶりつく。手は相変わらず竿を扱きつつ、玉を片方ずつ口に含んで舌で突き、非常に淫らな顔であった。

 刺激は彼を高みへ昇らせ、耐えきれなくなって歯を食いしばる。

 腰がびくりと跳ねると同時、レイドは限界だと伝えるため必死で口を開いて声を出した。

 

 「あぁっ、もうっ、イクぅ――!」

 「あんっ」

 

 ペニスが震えて亀頭の割れ目から大量の精液が噴き出した。

 射精と同時に顔面へかけられ、最初こそ驚いたものの、すぐにアルビダはペニスにしゃぶりつき、勢いよく飛び出してくる精液を物ともせず亀頭を口に含む。勢いの良いそれらが喉まで到達し、わずかに眉を寄せるも口は離さない。発射されるそれらをすべて飲み込んだ。

 ごくりと喉を鳴らす。

 竿の律動が止まった後、口を離したアルビダは淫らに笑い、口の端に付着した精液も舐め取る。まさに大人の女といった表情と余裕。その顔を見たレイドは言葉を呑み、他の何も考えられず彼女に見惚れていた。

 

 「んふ、ずいぶん出したねぇ。ひょっとして溜まってたのかい? 活きのいいぷりぷりのザーメン、こんなに……」

 「うあっ、はぁ。の、飲んじゃったんですか?」

 「まぁね。美味くはないけど、興奮したよ」

 

 指先で顔に付いた精液を取り、口に運ぶ。舌を伸ばしてぺろりと舐め取って、また飲み込んだ。そうする姿に迷いはない。

 ホレホレの能力は偉大だと実感し、レイドは今度こそ嬉々として手を伸ばして胸に触れる。

 大ぶりの乳房はふにゅりと柔らかく指先を埋め、触れれば触れただけ揺れ、それがなんとも言えず心地いい。触れた感触、見た目、簡単に形が変わる柔らかさ。加えて驚くほどスベスベな肌。非の打ちどころがなく幸福感に包まれる。

 

 「すごい、ですね。スベスベで、こんなの今まで会ったことないです……」

 「そうだろうね。あたしはスベスベの実の能力者。そこらの女とは違うんだ」

 「ほんと、すごいです。できればずっと触ってたい」

 「じゃあそうしておくといいさ。あたしはあたしで、あんたのこれを楽しませてもらうよ」

 

 顔の横に手を付いて、腰を落とすと股間がペニスに触れる。

 尚も勃起したそれはずるりと秘所を撫でるよう。アルビダが腰を動かせば自然とそこに擦りつけられた。

 レイドは途端に余裕を失くし、縋るように両手で胸を揉む。そうしているのが唯一射精を堪える方法であったらしい。

 強い刺激がペニスを起点に全身へ広がる。体の内側が途方もない熱を持つようだった。

 アルビダの手が股の間から伸び、ペニスを掴んで位置を合わせる。自ら膣に挿入するつもりだ。亀頭を入り口に宛がってわずかに腰を揺らし、ぐりぐりと妙な刺激が与えられた。

 両者の興奮がさらに高まっていく。挿入に踏み切る際、どちらも迷いなど微塵もなかった。

 

 「じゃあ行くよ……あっ、んっ」

 

 アルビダがゆっくり腰を下ろしたことでペニスがずるずると膣に侵入していった。

 柔らかく包み込む独特の感触。奥まで進むとため息が漏れた。

 すべてペニスが埋まるとアルビダは動きを止めて深く息を吐き、しばし無言でレイドの顔を見つめる。彼も余裕が消え失せた顔で眉間に皺を寄せており、硬く目を閉じてアルビダの方を見る余裕すら無くなっていた。

 うめき声のように小さく声を発する彼は存外可愛らしく、アルビダは上機嫌で自ら腰を振り始める。膣内はペニスに引きずられるように蠢いていた。

 

 「うぅ、あぁ……」

 「あっ、んんっ。ふっふっふ、良い感じだね。気持ちいいかい?」

 「はいっ、はいっ。き、気持ちいいです」

 「はぁん、あたしも、気持ちいいよ……あんっ」

 

 リズミカルに腰が振られて水音が付随する。膣内が掻き混ぜられて愛液が垂れ、出入りを繰り返すペニスにべっとり付いていた。

 会話もなく淡々と腰が振られる。呼吸は徐々に乱れていき、熱っぽい空気が部屋を満たす。

 吐く息すべてが熱くなった。行為に没頭するせいか次第に汗を掻いていく。時間をかければそれだけ全身が濡れていくようで、二人の髪も汗で濡れるようになり、スベスベの肌は照明に触れて不思議と輝くよう。どこか幻想的な雰囲気すら感じられる室内だった。

 

 「はんっ、はぁ、あっ、あっ――」

 

 アルビダの声が鼓膜を揺らす。熱心な様子で腰が止められることはなかった。

 たっぷり一時間近く。行為は途絶えることなく続けられて挿入が続けられた。

 その間、レイドは自分では動けず、アルビダの動きに耐えるがまま。

 ゆっくり、着実に限界が近付いていた。もはや耐えられる時間など過ぎ去っている。ここまで耐えただけでも自分を褒めてやりたいのが本音だった。

 先にレイドが悲鳴のように限界を告げ、アルビダもまた自らの限界を知って正直に告げる。

 

 「うぅ、うあっ、アルビダ様、もう無理ですっ……!」

 「あんっ、あんっ、うんっ、そ、そうかい。だったら出しな。このまま、受け止めて、んっ」

 「い、いいんですか、中で。おれは嬉しい、ですけど」

 「んっ、好きにしなっ。はぁ、もうこれ以上、耐えられない……」

 「じゃ、じゃあイキます。もう我慢できませんっ」

 

 レイドが胸から手を離して腰を掴み、初めて自分から腰を振り始めた。

 上から下へ突き上げ、全力で彼女を責め立てる。互いに限界は近く、いつ達してもおかしくはない。肉がぶつかる音が一際大きくなった。

 嬌声は大きくなって張りがあり、テントの外まで聞こえているのではないかとすら思えるほど。しかし当の本人たちにはそれを気にするだけの余裕はなかった。

 最後の瞬間を求めて必死に動きを合わせる。叩きつけるような速度で快楽を貪った。

 

 「あんんっ、はっ、あっ、あっ――!」

 「うぅぅ、出るぅっ!」

 

 ついに二人は限界へ達する。

 レイドは膣内にペニスを入れたまま射精を始め、再び勢いよく飛び出してきた精液を受け止めてアルビダが髪を振り乱す。

 全身ががくがくと揺れ、射精が終わる前に体が倒れそうになって接合が解けた。アルビダが腰を上げたタイミングでレイドの上へ倒れ込み、膣から抜け出て大きく揺れたペニスが辺りへ精液を落とす。自然と二人の胸が合わさって動きが止まり、荒くなった呼吸だけが耳に残る。

 至る所へ飛んだ精液は白いシーツを汚し、床へ落ち、アルビダの尻も汚していたようだ。

 しばらくの間動くこともできずに抱き合う。スベスベの肌が体にぴたりと吸いつく感じがして、女体の素晴らしさがこれでもかと理解できた。

 息が整い始めた頃、アルビダがレイドの顔を覗き込み、両手で頬に触れてキスを与える。

 目と目が合って笑い合った。

 スポーツにも等しく激しいセックスを終え、能力を使ったとは言うが絆が芽生えたようにも感じる。だがそれも一時の物なのだろう。その場だけの関係となるためホレホレの能力まで使ったものの、どの道船長と仰ぐ人物は違うのだからと、さほど心を痛める様子はなかった。

 彼はあくまでハートの海賊団の一員。敵対する彼女を利用することに抵抗というものはないらしい。ただ二人で大きな快感を共有し、楽しい一時を過ごした。それだけでいい。それが海に生きる男の生き方だと昔の仲間から教わったこともある。

 何度かキスを繰り返しつつ、能力の効果が続く今は純粋に彼女との情事を楽しんでいた。

 

 「ん、ちゅ……久しぶりに良いセックスができた。どうしてこんなに興奮したのかねぇ」

 「さぁ、どうしてでしょうね。でもいいじゃないですか、気持ちよかったんだから」

 「それもそうか。でもこれで終わりっていうのも寂しいんじゃないかい? どうせ仕事もないんだし、せっかくならこのままもう一回――」

 

 アルビダが魅惑的に腰を擦りつけた時、部屋の入り口でパリンと何かが割れる音がした。

 二人でそちらに目をやれば、アルビダの世話役の女性が驚愕した顔で立ちつくしており、手に持っていただろうお盆を床に落としてワインとグラスが割れてしまっている。見開かれた目は二人の裸体と情事の跡を見つめて、羞恥から頬が赤く染まっていた。

 まんじりともせず眺められて、しかし動揺しなかったアルビダはふっと微笑む。

 ゆっくりとした動きで彼女に手招きし、ベッドへ呼び寄せる。参加しろ、という意図なのだろう。そうなった方が嬉しいレイドは彼女の挙動に喜び、ぜひともそうして欲しいと世話役の女性を熱っぽく見つめる。確信犯的な思考もあったはずだ。

 そうすると彼女は恐る恐る頷いた。

 緊張した面持ちで近寄ってくる彼女は床に広がったワインやグラスの破片もそのままに、ベッドの傍へ立って二人を見下ろす。

 すぐにアルビダが起き上がって彼女の肩に腕をかけ、やさしく引き寄せると耳に舌を這わせ始める。楽しい展開になってきたと思うレイドが嬉しそうに笑っていた。

 

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