一人暮らしを始めた僕の高校生活はバラ色でした。 作:チャンドラ=グプタ
「私と……付き合ってくれないかしら?」
頭の中で何度も薫さんが言ったことを反芻した。
信じられないことに薫さんがこの俺に対して告白したのである。
しかし、薫さんの表情を真剣そのものである。
夢ではないかと思い、自分の頬を抓ってみたくなった。
「えっと、その……」
なんて返したらいいのか俺は迷ってしまった。
薫さんに告白されるなんてものすごく光栄なことであるのに。
ものすごく嬉しいのに。
それでも今はまだ「こちらこそよろしくお願いします」と返答する気が起こらない。
「ダメ……かしら?」
そんな俺の様子を察してか、不安そうな表情で訊く薫さんだった。
自分でもどうして「こちらこそよろしくお願いします」と言えないのかのか分からない。
いや、実のところ理由は何となく分かっている。
自分は誰を好きなのかまだ分かっていないのである。
薫さんは確かに魅力的な女性である。
こんな美人と毎日、デートやセックスできるなんてまたとない機会であろう。
しかし、俺は留衣さんや瑠夏さんのことも気になっている。
それと綾女のこともそれなりに好きになってしまっていた。
我ながらとても贅沢な悩みであると思っている。しかし、それでもあっさりと薫さんと付き合うという決断を下すことができない。
「気持ちはものすごく嬉しいです……けど、少し考えさせてもらってもいいですか?」
そう告げると薫さんは顔を伏せてしまった。
砂時計の砂がゆっくりと流れ落ちるかのように沈黙が続き、気まずい時間が流れていった。
俺たちを横を通る通行人はこちらを一瞥していった。
やがて、薫さんが重々しく口を開く。
「うん、分かった。答えが決まったら連絡して頂戴」
道に咲き誇る一輪の花のような可憐な笑みを浮かべる薫さん。
こんな優柔不断な俺の答えを待ってくれるなんて、なんと良い人であろうか。
「あ、ありがとうございます!」
「良いのよ。それよりもそろそろビーストファンタジー会が始まるし、帰りましょうか」
「そうですね」
秋葉原で買い物を終えた俺たちは駅へと向かった。
四駅ほど電車で乗り継ぎ、最寄駅から歩いて五分、キンキィ梅田へと到着した。
自分の部屋である202号室へと入り、薫さんとたわいもない話をしながら待っていると、やがて『ピンポーン』というインターホンの音が聞こえてきた。
玄関へと向かい、扉を開けると瑠夏さん、留衣さんそして綾女が立っていた。
「こんばんは、優馬くん。今日もよろしく」
サラサラとした金色の髪に触れながら挨拶する留衣さんは、鼠色のパーカーにジーパンというラフな格好をしていた。
「よろしくお願いします」
「今日は私もいるからクリア間違いなしよ! こう見えて私、ゲーム強いのよね! 高校時代は天才ゲーマーRと呼ばれていたからね!」
某仮面ライダーに出てくる研修医のような二つ名を持った瑠夏さんは銀色の髪を黒いゴムで束ねており、留衣さんはゲームコントローラーがプリントされた個性的なTシャツを着ていた。
そのTシャツは生地が薄いため、瑠夏さんの大きめなおっぱいによって押し上げられ、歪な形のコントローラーとなってしまっていた。
「瑠夏さん。すごいTシャツですね、それ」
「これ? 良いでしょ。これ着るとゲームの調子上がるのよね! ノーコンテニューでクリアしてやるわ!」
ドヤ顔で言う薫さんであるが、なかなかこういったデザインのTシャツを着る人はいないのではなかろうか。
「優馬くん、中に入ってもいい?」
「ああ」
綾女が中に入ってもいいか訊くので、俺は三人を中へと招き入れた。
「来たわね! 三人とも!」
部屋に来た三人を見た薫さんは活き活きとした表情で立ち上がった。
「留衣、レベルはどれくらい上がった?」
「えーと、私は三十くらいですかね。瑠夏は四十くらいまでレベル上がりました」
留衣さんはVRゴーグルを5つ、箱から取り出した。
「薫さんはあれからプレイしてたんですか?」
俺が訊くと薫さんは首を横に振った。
「いえ、このところ仕事が忙しくて全くしてないわ。だから、ゲームを留衣と瑠夏に貸してたの」
薫さんの言う仕事とは大家業のことだろうか。
「そうなんですか。それにしても二人ともすごいレベル上げましたね」
「うん、先週、大学の授業をほとんどサボってビーストファンタジーしてたからね」
「それ、大丈夫なんですか?」
清々しいほどの笑顔で大学の授業をサボったことを述べる留衣さんであるが、単位とかその辺、問題ないのだろうか。
「一週サボったくらいで大したことないわよ! それに特典も欲しいしね」
「特典?」
瑠夏さんから出た言葉(ワード)に俺は反応した。
「うん。ビーストファンタジーに出てくる魔王を先に倒したプレイヤーには豪華特典をもらえるって運営から言われているのよね」
「まだ倒したプレイヤーはいないんですか?」
「ええ。まだビーストファンタジーが発売されたからまだ一週間ほどしか経っていないのも理由なんだろうけど、誰も魔王を倒せないってのは少し不気味よね。だから、レベルを上げて、大勢で魔王討伐に向かおうと思ってたの」
大勢で魔王討伐に向かうということは、今日、魔王を倒しに行くということか。
「瑠夏さん。俺も綾女も全然レベル上げてないんですよ。レベル的に瑠夏さんたちと行っても足手まといになるだけなんじゃ……」
「そんなことないわ! 絶対に人数は多い方が有利よ。それに、魔王のお城に向かっているうちにいくらかレベルが上がるはずよ」
「そうね。ただ、私たちを連れて行くってことは豪華特典は山分けってことでいいのよね?」
「はい! それで良いよね、瑠夏?」
「うん、勿論!」
「よし! 交渉成立ってことでそれじゃ、早速プレイしましょうか!」
薫さんの言葉に促されるかのように俺たちはVRゴーグルを装着し、ゲームを起動させた。
「いやぁー久々ね!」
薫さんの声が聞こえ、振り向くと四人が装備を武器を持って立っていた。
自分の姿を確認すると、やはり股間に葉っぱが乗っただけのほぼ全裸の状態。
俺の職業は変質者。戦闘ではほぼほぼ役に立たないが、相手が女性の場合は、『痴漢』というスキルで戦力をゼロにできるある意味チートなスキルを持っている。
また、性別に関わらず相手を全裸にさせるスキル、『追い剥ぎ』も持っている。
瑠夏さんはこの前、ビーストファンタジーをやった時はいなかったため、ステータスを見てみることにした。
ーーNAME:ルカ JOB:アーチャー 武器:弓、矢 SKILL:フリーズアロー LEVEL:41
瑠夏さんのアバターは白筒袖、黒い袴を着ており、うちの高校の弓道部員のような格好をしていた。
「瑠夏さん、レベル高いですね」
ちなみに留衣さんのレベルは33になっていた。この二人が俺たちの中で圧倒的にレベルが高い。
「まぁね。それにしても優馬くんの格好、それやばくない?」
瑠夏さんは必死に笑いをこらえようとしていた。
「そ、そこには触れんといてください……」
俺だってこんな格好は真っ平御免であるが、この職業の仕様上、服を着ることができないのである。
この前のペトムの屋敷でのクエストの際、ペトムから奪った服を着てみようと試みたのだが、どういうわけだか、着たら服が『パーン』と破裂した。パーンと。
何度やっても服が破裂し、変質者は服を着ることができない職業であることを理解した。
「それより、早く魔王の城に向かおう。瑠夏、場所は分かってるの?」
薫さんが瑠夏さんに魔王の居場所について訊く。
「はい。魔王の城はシベラからかなり離れた『シークアイランド』っていう島にある『デビルマウンテン』と呼ばれる山にあります。」
デビルマウンテン……まんまなネーミングセンスだな。
「その島にはどうやって行けるの?」
「船です。港にシークアイランド行きの船があるので、それに乗ります」
なんと船一つで魔王の城まで行けるのか。瑠夏さんもいるし、すぐに魔王を倒せそうな気がしてきた。
「そう。それじゃ、港まで案内してもらっても良いかしら?」
「はい、分かりました」
留衣さんと瑠夏さんが先頭を歩き、俺たちは二人の後を追う。
「ここが港です」
留衣さんが立ち止まると、船の方を指差した。
マップを確認すると、この場所の名前が表示され、『シベラの港』と記載されていた。
「ちょうど出航するようなので、みなさん乗りましょう」
留衣さんに促され、みんなはじっくりとマップを確認していた俺を残し、船へと向かった。
「あ、ちょっと待ってください!」
俺も急いでみんなの後を追う。ゆらゆらと揺れている船の扉を潜る。
中に入ると立派なエントランスが視界に飛び込んだ。あたりを見渡すと装備やポーションなどが売られている売店がいくつかあった。
受付へと向かい、留衣さんは白を基調とした海員制服を着た船員に話しかける。
「すみません、シークアイランドまでお願いします」
船員は俺たちの姿を確認すると、
「五名様でございますね。それではお部屋の方へ御案内いたします」
俺たちを部屋まで案内した。
案内された部屋はキンキィ梅田の部屋よりも倍くらい広い部屋であり、大きなテーブルと椅子が六つ置かれてある。また、透明な窓が備え付けられており、そこから太陽光を反射させたキラキラした水面が揺れている海の様子を眺めることができた。
「到着までこちらでお待ちになっていてください。エントランスはいつでも出入り自由になります。大浴場もございますが、こちらは有料になりますので、利用する際はエントランスにいる係員までお声掛けください」
船員は説明をすると、「それでは良い旅を」と言い残し、部屋から出て言った。
「いやー、良い部屋ね」
瑠夏さんは窓の近くへと移動し、船の外の景色を眺めた。
『プオーン』という蒸気の音とともに船が動き出す。
船はゆっくりと加速し、グラグラと船内が揺れた。とてもゲームとは思えないほどのリアルな乗り心地である。
「私ちょっと、売店に行ってきます。ちょっと武器を見てみたいので」
綾女は売店へと向かおうとした。
「私もちょっと売店見たいな。ねぇ、綾女ちゃん、一緒に行かない?」
「はい、ぜひ! 行きましょう!」
綾女と留衣さんは売店へと向かった。シークアイランドまでどれくらいかかるのだろうか。
待っている間、結構暇になりそうだな。
すると、薫さんの様子がおかしいことに気が付いた。顔を青くし何やらうずくまっている。
「薫さん、どうかしたんですか?」
俺が尋ねると、
「酔った……」
と、端的に薫さんが返答した。
「え? 酔ったって……」
まだ乗ってから三分も経っていない。もう酔ってしまったのか。
「ちょっと、ここでセーブしてログアウトするわね。着いたら教えてちょうだい」
何と薫さんは船内でログアウトしてしまった。
「まじか……」
部屋に残ったのは俺と瑠夏さんのみとなった。
瑠夏さんは窓の景色を眺めていたが腕を大きく伸ばし、「ふわぁ……」とあくびをした。
「暇ねぇ。ねぇ、優馬くん、一緒に看板に行かない?」
「ええ、良いですよ」
瑠夏さんの誘いを快く受け入れ、俺たちは看板へと向かう。
部屋から出て、近くにある階段を登るとすぐに看板に出ることができた。
「うわ……!」
眼に映るのはあたり一面の水色の海。複数のイルカが泳いでいるのが見えた。
本物のような潮風が吹き込み、俺の気分を高揚させた。
本当に冒険している雰囲気になる。
「いやー、すごい眺めだな。ミチル!」
「うふふふ。そうね」
俺と瑠夏さんのいる反対側から声が聞こえてきた。
俺たちと同じ乗客の人だろうか。振り向くと、
「なぁ、ミチル。誰もいないしいいだろ?」
「もう……しょうがないわね……」
ヴィネと踊り子の衣装を着た女性の冒険者が熱い口づけをしているのが見えた。
黒いツノ、尻尾を生やし、露出の多い黒いドレスを纏った少女――あれはヴィネだ。間違いない。
ヴィネの方を凝視しているとステータスが見えた。
――ヴィネ LEVEL30 体力1000 魔力250
最初に会った時はレベル15だったのが倍にまでレベルが上がっている。
「ヴィ、ヴィネ……」
戦慄しながらポツリと呟くと、俺の声が聞こえてしまったのかヴィネがキスをやめ、こちらの方を向いた。
「お、お前はあの時の……」
ヴィネが俺のことを睨んだ。臨戦体型に入ったのか、ヴィネの体から黒いオーラのようなものが浮かんできた。
「ちょっと、優馬くん。何なの、あの子?」
そう言えば、瑠夏さんはあの時いなかった。ヴィネと会うのはこれが初めてとなる。
「あいつはヴィネっていう魔王の手先です。あいつに俺たちは全滅させられそうになりました」
すると、ヴィネとキスをしていた冒険者が俺を指差した。
「あれがヴィネちゃんが前に言っていた恐ろしい冒険者? ってか彼、すごい格好してるね」
「ああ、そうだ。奴は我の身体を弄んできた……」
まるで親の仇のように俺を睨むヴィネ。
「ちょっと、優馬くん、あの子に何したの?」
瑠夏さんはジト目で何をしたか訊いてきた。弄んだって……あながち間違ってないかもしれないが。
「いや、そんなやばいことはしてませんよ……」
それにしてもヴィネと一緒にいる冒険者、未知瑠さんにそっくりだな。
その冒険者を観察しているとステータスが出てきた。
ーーNAME:ミチル JOB:踊り子 武器:なし SKILL:流麗なる舞 LEVEL:20
いや、やっぱりこれ未知瑠さんなんじゃないか? 姿、形がクリソツである。名前も一緒だし。
「あの……もしかして未知瑠さんですか?」
「もしかして、優馬くん?」
俺が訊くと未知瑠さんはパッチリと大きく目を開けた。
俺のことに気が付いたようであった。
「そうです。やっぱり未知瑠さんでしたか。どうしてヴィネと一緒に?」
「色々合ってね。それよりも優馬くんこそ、何でそんな格好でプレイしてるの?」
「そりゃあ……職業が変質者なもんで服を着ようとしても着れないんです」
「そ、そうなんだ……」
未知瑠さんは口に手を当て、プルプルと身体を震わせた。笑いを堪えているのが一目で分かる。
「ミチル! こいつらをやっつけるぞ!」
「えー!? 一応、私の後輩だからあんまり戦いたくないんだよね」
ヴィネの申し出に困ったような表情をする未知瑠さんであった。こっちにはヴィネよりもレベルが高い瑠夏さんがいるものの、相手は二人。
しかも現在の俺のレベルは7である。俺はほとんど戦力にならないだろう。
しかし、未知瑠さんは戦うことに消極的だ。いいぞ、そのまま断れ。
そうすれば一対二。いや、実質一対一になるか。
「何? やろうっていうの?」
身の危険を感じたのか瑠夏さんは弓と矢を取り出す。今こそ、『天才ゲーマーR』の力が発揮されるのか。
すると突如、船がグラグラと激しく揺れ出した。
「うわ! ちょっと、何なの!?」
体勢を崩しかけた瑠夏さんは手すりに掴まった。
「あ、あれは……!」
ヴィネが左方向を指差し、視線を移すと某サメ映画に出て着そうなくらいのサイズの大きなサメが船と平行するかの如く泳いでいた。
ちょくちょく船を体当たりしては船を揺らしてくる。
捲き上る水しぶきのせいで顔を濡らしてしまった。
「あれは……サメ?」
俺がポツリと呟くと、瑠夏さんが俺の横にやってきた。
「そう言えば、公式サイトに船には低確率でサメが襲ってくることがあるって書いてあったわ。確率的に2パーセントらしいけど、まさかこんなところで引いちゃうとわね」
瑠夏さんが説明すると、弓構えを取る。
しっかりと的(サメ)を狙い、弦を引く。
「スキル発動! 『サンダーアロー』ーー!!!」
雷を帯びた矢がサメに向かって飛んでいく。
矢はサメに身体に直撃するも身体に突き刺さることなく、あっけなく弾かれてしまった。
「嘘……! 全く効いてないの?」
俺はサメを凝視し、ステータスを確認した。
――バイオレンスシャーク LEVEL45 体力1500 魔力0
名前からしてやばそうなモンスターである。一応、瑠夏さんが放った攻撃は効いているようで、バイオレンスシャークに表示されている体力ゲージが少し削れていた。
「小癪なサメめ! これでも喰らうが良い!」
ドス黒いオーラを纏ったヴィネが右手で漆黒のエネルギー弾のようなものを作り出す。
「喰らえ! 『マジックバレット』!」
ヴィネの攻撃は直撃した。爆炎が巻き起こり、煙が消えるとやはりあまり体力が減らないようでバイオレンスシャークは悠々と泳いでいた。
「おい、ヴィネ。一時休戦だ。あいつを倒すのを手伝ってくれ」
俺が共闘を持ちかけると、ヴィネが腕を組みながらニヤッと微笑んだ。
「よかろう。貴様らを倒すのはあのサメの後にしてやる」
こうしてヴィネと共闘することになったが、魔王の城までの道のりは予想よりも遠そうである。