一人暮らしを始めた僕の高校生活はバラ色でした。 作:チャンドラ=グプタ
本アリーナに入ると、観客席は人で埋まっており、他の選手は黙々とシューティングをしていた。
すごい人の数だ。
この世界はあくまでゲームの世界とはいえ、何だか緊張してきた。
俺もたたみ式のボールカゴの中からボールを一つ取り、コートの中に入ってシューティングを行うことにした。
スリーポイントラインの手前からシュートを放つ。
ボールはクルクルと回転しつつ綺麗に弧を描き、リングの中へと吸い込まれていった。
よし――今日は結構調子が良さそうだ。その後も黙々とシューティングを続けていると、俺の横でシューティングをしている一人の見知った顔に気が付いた。
このツンツン頭……間違いない。
それは佐々木輝であった。この世界ではあいつもまた俺や石崎さん、内山と同様に私立ハーバード学園からアルバルク東京に入団したようだ。
やがて甲高いタイマーの音が鳴り響き、いよいよ試合の時間がやってきた。
「みんなー! 今日はアルベルク東京の応援に来てくれてありがとうー! 試合をする前に何点か連絡事項だ!」
会場内にアナウンスの声が流れた。石巻に住んでいた頃、ちょくちょくプロバスケの試合を見たことがあるが、何だか懐かしいなと感じた。
「応援する時はみんな一緒に声を合わせてくれ! オフェンスの時は『オ、フェンス! オ、フェンス!』と、ディフェンスの時は『ディ、フェンス! ディ、フェンス!』と掛け声を出して欲しい! シュートが決まったら盛大な拍手をすると、選手たちのモチベーションが高まるぞ! また、会場内での飲食、選手たちへのサインの要望はご遠慮ください」
アナウンスによる一通りの説明が終わると、監督が「集合」と声を掛けた。
俺を含め選手一同は監督の元へ輪になって集まる。
「いいか? いよいよ決勝戦だぞ」
監督の表情は真剣そのもので思わず緊張が走った。しかし、監督の真剣そうな表情はすぐに緩やかな笑顔へと変わっていった。
「だが、気負うことは何もない。いつも通りプレイしていけ」
「「「「「はい!」」」」」
「それじゃ、アルバルク東京のメンバーを紹介していくぞ! まずはアルバルク東京のキャプテン、四番、石崎渉! 今日も派手なダンクを頼むぞー!」
観客から『ワー』という歓声が湧き上がった。石崎さん、ものすごい人気のようである。
「続いて冷静沈着、アルバルク東京の司令塔。内山将吾!」
石崎さんに続いて、内山さんが紹介された。内山の背番号は五番のようであった。
「アルベルク東京の大黒柱! 破壊力抜群のプレーからついたあだ名は『大魔王』。椎名太郎!」
六番の選手が紹介された。身長は見た感じ二メートルをゆうに超えていそうである。
椎名太郎という選手の紹介が終わると、軽快なBGMがピタッと止まり、重々しくも壮大なBGMが流れると、会場の雰囲気が一変した。
「今日の試合は一体何点取るのか!? 今日も頼むぞアルベルク東京のエース! アンストッパブルスコアラー、佐々木輝!」
佐々木がコートに入ると、石崎さんの比ではないくらいの歓声と拍手が沸き起こった。
佐々木は大人気の選手のようである。心なしか女性観客の声が多い気がする。佐々木はすらっと背が高くてイケメンだし当然と言えば、当然か。
そして、BGMがさっきの軽快なものに戻っていった。
「決めろ必殺3ポイント! シューティングガード、八番! 竹内優馬!」
最後に俺が紹介された。そこそこの拍手と歓声が起こったが、残念ながらいいところ佐々木の半分くらいといっただろう。
俺はコートの中に入り、整列をした。観客席からはたくさんの人の熱烈な視線を感じた。コートを照らす照明が少し眩しい。
試合が始まる前の空気というのは、なんとも言えない独特さがある。
俺はこの空気が割と好きだ。いよいよ、試合が始まるんだなと実感が沸いた。
俺たちのチームのスタメン紹介が終わると、アウェイチームのスタメンがコートに整列した。
一応言っておくとアウェイ側の選手の紹介はない。
そして、この時に俺は気がついたのだが、相手のチームは『仙台90NTS』であった。
この世界の俺は故郷である宮城県のチームの仙台90NTSに入ろうとは思わなかったのだろうか。まぁ、あくまでゲームの世界だし、深く考えても仕方がないか。
「まもなく試合の始まりです」
アナウンスがそう告げると、サークルラインの中へ椎名が入った。
審判がボールを高らかに投げる。椎名と相手選手がほぼ同じタイミングでジャンプした。
「よし!」
椎名がジャンプボールを制し、弾いたボールを内山がキャッチした。先ほどのアナウンサーの助言通り、観客は「オ、フェンス! オ、フェンス!」と応援を開始した。
内山は素早いドリブルで、そのままフロントコートへとボールを運んだ。
「へい!」
相手のディフェンスが遅れ、フリーの状態となった俺はキャッチボイスをした。内山はすかさず俺にパスをする。
パスを受け取ると、クイックモーションでスリーポイントシュートを打った。シュートは危なげなく決まった。
『ワー!』
俺がシュートを決めると、『優馬! 優馬! 優馬!』という歓声が湧き上がった。
歓声を受けるとなかなかテンションが上がるものだ。
「ナイス、優馬!」
石崎さんは『バシッ』と肩を叩いた。痛い。
俺はディフェンスすべく、すぐさまバックコートへと戻った。
こちらのディフェンスはもっともなシンプルな形態であるマンツーマン。
ちなみにマンツーマンとは『一対一』のことを指し、常に特定の相手選手に対して一対一でくっ付いて(マークして)ディフェンスする。俺のマークマンは九番である。
相手の九番は味方のポイントガードからパスを受け取り、トリプルスレットの態勢をとった。
パスか、シュートか、それともドリブルか――
右――相手がドリブルをしてきたため、すかさず対応した。しかし――
「ふっ……甘いな!」
すぐさまクロスオーバーでドリブルの進行方向を左へと切り返し、俺を抜き去った。
「ヘルプ!」
ゴール下へと突っ込んでいった九番を椎名がすかさず、カバーしにいった。九番はフリーになった椎名のマークマンである十番にパスをだした。
「オラ!」
十番はパスを受け取るとすかさずダンクをかました。会場がシーンと静まり返った。
凄まじいまでの力強いダンクシュートである。もしここが仙台90NTSのホームであったなら、大歓声が起きていただろう。
「ドンマイ、ドンマイ! 取り返すぞ!」
石崎さんはすかさず声を出した。
さっきのは俺のミスだ。しっかりディフェンスをしないと。
続いて俺たちのオフェンス。内山は佐々木にボールを入れた。相手のディフェンスもマンツーマン。
佐々木以外の選手は試合前に監督が出した指示通りゴールから遠ざかっていった。俺もゴールから離れたところでポジショニングを行う。
この戦法は『アイソレーション』というもので、一対一が強い味方の選手にボールを渡したら他の選手はゴールから離れるというもの。
こうすることで、相手を抜き去った時に相手のディフェンスはカバーしに行きにくくなる。
佐々木がボールを持ったまま動こうとしない。会場全体が固唾を呑んで佐々木動向を見つめていた。
そして、次の瞬間――目にも止まらないほどの速さで相手のディフェンスを抜いた。
「カバー!」
佐々木のドライブに対して、相手のディフェンスがカバーしに向かったが、佐々木は味方にパスすることなく、そのままダブルクラッチシュートを決めた。
「す、すげぇ……」
自然とそんな感想が口から溢れた。シュートも見事であるがその前のドライブ。
あれほどの速さは俺にも到底出せそうにない。
しかし、相手も負けておらず、すぐさま相手のセンターにパスを回し、パスを受け取ったセンターは椎名を強引に押し込んでシュートを決めた。
「ドンマイ、ドンマイ! 行くよ! 優馬!」
内山が俺に声を掛けてくれた。
「おうよ!」
内山からパスを受け取り、フルドライブからのストップジャンプシュートを放つが、ボールは相手の人差し指と薬指に掠めた。
シュートはリング手前にあたり、『ガゴン』と大きく舞い上がった。
「貰った!」
石崎さんは空中で外れたシュートを片手でキャッチし、なんとそのままダンクシュートを叩き込んだ。
「「「「「ワー!」」」」」
石崎さんのスーパープレイに会場が沸いた。こうして見るとものすごいジャンプ力である。
その後も試合展開は、一進一退の攻防を繰り返し、お互い六点差以上の差がつくことがなかった。
序盤こそ、佐々木はガンガン点を取っていたが、徐々に疲れが出てきたのか、他の選手にパスを回す回数が増えていった。
そして、四クォーターの残り時間は3分弱となった。
「澤邊!」
佐々木のマークマンである七番にボールが渡った。相手の七番はチェンジオブペースで佐々木を切り崩すと、センターライン一歩手前でジャンプシュートを放ち、決めた。
点差は八点差まで広がってしまった。監督がすかさずタイムアウトを取る。
「すまない」
佐々木は先ほど相手に抜かれてしまったことを詫びた。
「気にするな。八点差くらい、すぐに返してやるさ」
石崎さんは励ますように佐々木に声を掛けた。監督は『パン』と手を叩いた。
「そうだ。勝負はまだ終わってないぞ! いいか? ここからは優馬。お前を中心に攻めるぞ!」
「お、俺ですか!?」
この重要な局面でまさか自分を中心に攻めることになるとは思っていなかったため、不安に駆られた。
「ああ、そうだ。今日のお前の得点はチームの中でも一番多い。好調の日と言ってもいいだろう。自信を持ってシュートを打っていけ!」
確かに今日の俺のシュートはスパスパ入っている。絶好調だと言ってもいい。ここがゲームの世界だからなのかもしれないが。
とはいえ、正直プレッシャーが半端なかった。
「優馬、安心しろ。仮に外しても俺と椎名でリバウンドを取ってやる! 思いっきり打っていけ!」
「石崎さん……」
石崎さんの言葉に少し気が軽くなった。タイムアウトの時間が止まり、再びコートの中に入った。
観客席にふと視線を見ると、綾女の姿が確認できた。真剣な眼差しでコートを――いや、俺を見つめていた。
綾女……見ていてくれ。
「絶対に勝つ」
残り時間、2分53秒。八点のビハインド。ここから一気に逆転を狙う。