一人暮らしを始めた僕の高校生活はバラ色でした。 作:チャンドラ=グプタ
「ここがパーバード学園か……」
入学式当日、俺は立派なクリーム色の建物がそびえ立っている校門の前で立ち尽くしていた。
今日からこの学び舎で夢と希望に満ち溢れた高校生活が始まるのである。
周りには俺と同じく、緊張した様子の新入生が次々と校門を潜っていた。
「さて、行くか!」
俺は意を決して教室へと向かった。
教室にはたくさんの机が並んでおり、机の上には出席番号と名前が書いてある紙が貼ってあった。
紙を確認し、自分の机に座った。周りにはすでに楽しそうに話している生徒も数名いた。
中学からの付き合いなのか、それともすでに打ち解けたのか。
後者ならすごいと思う。
俺も頑張って話しかけた方が良いのだろうか。
ふと隣の席を見ると机に突っ伏して寝ている生徒に目がいった。
突っ伏しているため、顔が見えないが、少し長めの髪をした女子生徒だった。
入学当日にこんなに熟睡できる精神に俺は思わず感心してしまった。
ある意味で黄金の精神。
すると、突然その女子生徒がバタッと立ち上がった。
寝起きのせいか、なんだか不機嫌そうな表情をしており、俺と目が合った。
訝しそうにジッと俺を見つめるその女子生徒は目尻が釣り上がっており、その目は徐々に大きく見開いていった。
髪はいわゆるビビり染めというのだろうか、薄い茶色をしていた。小顔で男ウケしそうな顔をしていると個人的に感じた。
「おはようございます」
女子生徒に挨拶された。女子生徒の声は一般の女子生徒より少し高めのように感じた。
「あ……えっと、そのおはようございます……」
俺はぺこりとお辞儀し、挨拶を返した。
とりあえず、喧嘩越しではなくて安心した。「おい、貴様! 何みてんだコラ!」とか絡まれたらどうしようかと思っていた。
「名前聞いて良いですか?」
女子生徒が聞いてきた。
まさか、高校入学初日に初めて会話した人が女子生徒になるとは思いもよらなかった。
「えっと、竹内優馬って言います。地方からこっちに引っ越してきました」
「へー! 地方から! 珍しい! どこ出身なの?」
女性生徒は興味津々とばかりに敬語を使うのをやめ、出身地を訊いてきた。
「えっと、宮城県から……」
「宮城県! 確か、その……伊達政宗が有名な!」
仙台ですね、それは。
俺が住んでいたのは、あの仮面ライダーやスーパー戦隊で有名な石ノ森章太郎の記念館『石ノ森萬画館』がある石巻市である。
休日に仙台もよく部活の練習試合やショッピングで行っていたが。
「ああ、まぁそうだね」
「やっぱり! それじゃ、私も自己紹介するね! 私の名前は渡嘉敷綾女(とかしきあやめ)。江戸川学園中学出身なんだ! よろしくね!」
綾女は可愛らしく微笑んだ。江戸川ということは春日部のあたりか。
そうであるなら、埼玉県出身ということになる。
「ああ、よろしく」
「そういえば、優馬くんは部活何に入るのかもう決めた?」
「ああ、まぁ一応スポーツ推薦で入学してるからね」
「え? そうなんだ! すごい。何部なの?」
「バスケ部だよ」
当然ながらスポーツ推薦はその部活に入ることが入学の条件となっている。
なので俺に部活の選択権は無いに等しい。
顧問から許可を貰えば兼部できるケースもあるようだが、少なくとも俺は兼部しようという考えは持っていない。
「え? 本当に? 私もマネージャーとしてバスケ部に入ろうと思ってたんだ!」
ほう、女子のマネージャーか。
俺の中学ではマネージャーという役割がそもそもなかった。
下級生がタイマーやスコアシートの記入など、そういった役割をこなしていた。
正直、女子のマネージャーなんてのはフィクションの世界だけだと思っていた。
「そ、そうか。これから三年間部活で一緒になるんだな。よろしく!」
「うん!」
すると、ガラガラと扉の開く音が聞こえ、前を向くと教師と思われる若い女の人が教室に入ってきた。
俺も含めた男子生徒がその先生に注目した。
サラサラとした黒髪で背が高く魅惑的なスタイルをもつその女子教師は『美人』という他、形容しようがない。
真面目に薫さんとヒケを取らないレベルである。
白い薄めのワイシャツは薫さんクラスの胸を強調しており、ミニスカート、黒タイツは先生の脚を引き立てており、男子の視線は先生に釘付け状態になっていた。
「みんな、席についてくれ」
先生は教卓の前に立ち、俺たちに席につくよう指示した。
「今日から一年間、みんなの担任を務める霧島梓(きりしまあずさ)だ。まずはみんな、入学おめでとう。
この私立パーバード学園は毎年学問、スポーツともに優れた人材を輩出している。みんなもこの貴重な高校生活、学問、運動に励んで立派な人物へと成長して欲しい。
それで九時半から入学式が始まるのだが、その前に一人ずつ自己紹介して欲しい。それじゃ、まずはそこの君から自己紹介を頼む」
「話す内容だが、名前と出身中学校とあと趣味とか紹介してくれ。紹介が終わったら、続いて後ろの人が自己紹介をしていってくれ」
梓先生がそういうと、指名された前の生徒が立ち上がった。
「えっと、板橋晃(いたばしあきら)って言います。出身中学校は東京都立小石川中学校です。趣味はえっと……読書です」
メガネをかけたヒョロッとした、いかにもガリ勉という感じの生徒は自己紹介を終えると、いそいそと席に座った。
続いて後ろの生徒が自己紹介を始めた。自己紹介か……こういうの苦手なんだよな。
どんな感じに自己紹介すべきなんだろうか。ウケを狙うべきなのか無難に自己紹介を終えるべきなのか。
やがて、梓の自己紹介の番になった。
「渡嘉敷綾女です! 出身中学校は江戸川学園中学です。趣味はえっと……」
綾女は顔を赤らめ、こう言った。
「お、男同士の絡みを観察することです!」
教室がなんとも言えない雰囲気に包まれた。
すごいな、こいつ。BL好きを公言してしまったぞ。
だから、男子部のマネージャーになりたいのだろうか。
「そうか。それじゃ、次の人自己紹介頼む」
梓先生は特にフォローを入れることなく後ろの生徒に自己紹介するよう促した。
よし、俺は普通に自己紹介しよう。
綾女の後、何名か自己紹介を終え、ついに俺の番がやってきた。
クラスの注目を浴びる中、俺は立ち上がり、ゆっくりと言葉を発した。
「竹内優馬って言います。出身は宮城県の石巻東中学校です。趣味はえっと、バスケットボールで部活もバスケ部に入る予定です。一年間よろしくお願いします」
クラスのみんなが好奇の目で俺を見ていた。
やはり地方からやってくる生徒は物珍しいようである。
だが、特におかしいことは口走っていない。
クラスで浮くくこともなく一年間、無難にやっていけることであろう。
俺は穏やかな心中で席に座ろうと思ったその時だった。
「あー、優馬。お前、確かスポーツ推薦だったか?」
突然、梓先生がスポーツに推薦について話題を振ってきた。
なんだ、終わりだと思っていたのに。
「へ? ええ、まぁそうですね」
「そうか。実は私、バスケ部の顧問でな。と言っても指導は別の先生が仕切っているんだが。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
俺に推薦を持ちかけてきたのは四十代くらいのいかにも名監督という感じのオーラを持っている男の教諭だった。
梓先生もバスケ部の顧問であることに俺は少々驚いた。
だが、さっきの言葉を察するにあまり練習には関わらないのだろう。
「ところで優馬。少し聞きたいんだが……」
おいおい、まだ続くのかよ。
早く次の生徒に出番を回してくれ。
「好きな女性のタイプはどんな人だ?」
梓先生が質問すると、クラス中が『ざわ、ざわ』しだした。
「え? あの、その……好きなタイプですか?」
「そうだ」
こくんと梓先生が頷いた。なんで、そんなことを聞いてくるんだ。
「ちょっと、分からないですね。あははは……」
俺は愛想笑いして、誤魔化そうと試みた。
焦りからか、俺の背中に冷や汗が滴っているのが分かった。
「そうか。なら年上と年下、どっちが好みだ」
年上と年下か。ってかなんでそんなこと聞いてくるんだ。
俺は昨日の濃い一日を思い出した。
薫さんや留衣さん、瑠夏さんと交わった昨日のことを。
いやぁ、気持ち良かったなぁ……
って! こんな時に何を考えてるんだ俺は!
「年上……ですかね」
クラスのみんなから失笑の声が聞こえてきた。え? おかしいのか?
「そ、そうか……うふふふ。それじゃ次の人、自己紹介を頼む」
てめぇ、この野郎。笑ってんじゃねぇぞ。
俺はやりきれない思いを胸にしまい、着席した。
やれやれ。無難に自己紹介を終えたと思ったらとんだ罠(トラップ)が待ち受けていたものだ。
きっとクラスでは俺を年上好き野郎と記憶されてしまうことだろう。
というか、年上好きで一体全体何が悪いのか。
全員自己紹介を終えた後、始業式を行うべく体育館に移動した。
始業式は生徒会長や校長が特に面白くもないお祝いの言葉を述べた後、新任の教師の紹介、そして締めに校歌を歌い、およそ六十分で終わった。
ちなみに新入生のほとんどは校歌を覚えておらず、雰囲気で歌うものが大半だった。中には全く口を動かさないものもいた。
始業式が終わると、授業ガイダンスが始まり、各授業の説明を聞いた。
授業ガイダンスも終わるとあっという間に放課後がやってきた。
今日から部活が始まる。正確にはまだ仮入部期間だが、もう部活を決めている生徒は早々と教室から出て行った。
さてと、俺も行くか。
「ねぇ、優馬くん。一緒に部活に行かない?」
鞄を持っている綾女が俺に声をかけてきた。
「え? ああ、そうだな」
俺も教科書類を鞄にしまい、鞄を手に持つと、二人で部活に向かうことにした。
「部活初日ってなんか緊張するよね!」
「そうだな」
むしろ、女子と二人で歩くことの方が緊張するのだが。
体育館の中に入るとバスケ部と思われるたくさんの部員がセンターサークルの近くに集まっていた。
「たくさん、人集まってるね!」
「だな。俺たちも集合するか」
俺と綾女は急ぎ足でセンターサークルへと向かった。
「あの、すみません。一年の竹内優馬って言います。バスケ部に入部したいと思い、来ました。よろしくお願いします」
角刈りのやや褐色肌で、俺よりも一回り背の高い部員に話しかけた。逞しい身体つきをしており、いかにも強者という雰囲気が出ている。
この人は見覚えがある。俺が中学一年の時に全国大会(インターハイ)を見に行ったときにこの人が試合に出ていたのを記憶していた。
「同じく一年の渡嘉敷綾女です。マネージャー希望です。よろしくお願いします」
「おお! 入部希望か! 今年はたくさん入部希望者がいて、戦力アップに期待できそうだ。えーと、それじゃ、練習着に着替えたらあっちの列に並んで貰ってくれるか? 更衣室はそこの階段を登った先のすぐ前にあるから」
「分かりました」
俺と綾女は着替えた後、一年が並んでいる列に並んだ。
背が高い人や見るからに雰囲気を持った上手そうな部員がいて、何だかとても緊張する。
一年は俺を含め、およそ二十名ほどいた。
仮入部だし、全員入部するとは限らないものの、これはレギャラーになるのに一苦労しそうである。
「みんな! まずは入学おめでとう! 俺はキャプテンの石崎渉(いしざきわたる)だ」
俺が話しかけた角刈りの先輩はどうやらキャプテンらしい。
「まだ仮入部期間だから、全員入部しないかもしれないが、個人的にはたくさん入部して欲しいと思っている。それで今日の流れなんだが、アップまでは俺たちと一緒にやってもらい、ボールを使った練習からは別々で練習しようと思う。一年生はドリブル練習やパス練習をしてもらい、六時から一年生対二、三年生で試合をしようと思う」
試合という言葉を聞いて、一年生みんなの表情が明るくなった。俺も結構、楽しみである。
「一つお願いしたいのが、一年生は一人一回は必ず試合に出れるように配慮してくれ。それ以外は特に指定しない。試合に出る順番も交代のタイミングも自由に決めていい。それじゃ、まずはランニングから始まるぞ」
そうして、高校生活初めての練習が始まった。
アップまで二、三年生と一緒に練習をしたが、これが中々ハードであった。
シャトルランやディフェンス練習など、動く量の多い練習が大半でアップというにはかなり過酷だった。
一年生の様子を見ると、俺と同じくみんなヘトヘトになっていた。
「それじゃ、ここからは別行動だ! 未知瑠(みちる)、後は頼む」
キャプテンは一年生の練習を未知瑠というマネージャーに依頼した。
「はーい! それじゃ、一年のみんなついてきて」
案内されたのは隣のサブコートだった。
それにしても、隣のコートまで使えるなんて、すごい恵まれているな。
俺の中学校は他の部活と時間を決めて共同で使っていた。
大抵はそういうところばかりであると思う。
「それじゃ、ちょっと自己紹介するね! 私は二年のバスケ部のアイドル、星空未知瑠(ほしぞらみちる)だよ! よろしくね!」
未知瑠さんは小柄で茶髪のツインテールをしており、可愛らしい容貌をしていた。胸も中々に大きい。
女性に免疫の無さそうな男子部員のほとんどは未知瑠さんに注目していた。
ウィンクしてるあたり、どうにも計算している感が否めないが可愛いのは事実である。
ちなみに綾女はというと、未知瑠さんの隣で紙のような物を持って突っ立っている。
「それじゃ、まずはドリブル練習から行くよー! 端から端までドリブルして戻ってくるように! みんなは『がんばー!』とか『ファイトー』とか声を出してね!」
一年だけで基礎練習が始まったが、これがまた中々にして過酷だった。
「遅いよー! もっと、スピード出して! もっともっと! ほら、他のみんなも声出す!」
未知瑠さんが指示を出す練習は容赦なく続いた。
「それじゃ、次は四角パスね。いい? 自分の出せる最高の速度でやってね!」
そういうわけで四角パスを始めたわけだが、
「遅い遅い遅い! ほら! そこ、ショートカットしない! 次、ショートカットしたらシャトルラン十本やらせるからね!」
本当に容赦なかった……
「お疲れ様ー! それじゃ、五分休憩ね!」
ものすごく疲労した俺はコートに座り込んだ。他の一年生もぐったりとしていた。
さすがは高校バスケ。練習も中学とはレベルが違うな。
「大丈夫? 優馬くん?」
心配してくれたのか、綾女が俺に話しかけてきた。
「ああ、ちょっと疲れただけだ。問題ない」
「そっか、もう少ししたら試合だね! 頑張ってね!」
「ああ」
そう、試合である。この試合で俺の実力をみんなに知らしめてやろう。
休憩後、いくつかメニューをこなすと、二年の男子部員がサブコートにやってきた。
「おい、そろそろ試合するから準備してくれ!」
お、いよいよか。
一年同士で話し合って、試合に出る順番を決めた。
俺は最終クォーターに出ることになった。
出番が少々待ち遠しいがまぁ我慢しよう。
「おい、先生が来たぞ! 集合!」
キャプテンの点呼を聞くと、みんな先生のところに集まり始めた。
俺をこの高校に勧誘した先生と梓先生だった。
「「「よろしくお願いします!」」」
部員全員で先生に挨拶した。
「今年は一年生たくさんいるね。私はバスケ部の顧問の山口明宏(やまぐちあきひろ)だ。よろしく頼む」
山口先生は長年、バスケ部で監督を勤めている。実力のある指導者であることは確かである。
「同じく顧問の霧島梓だ。私はあまり部活には口出ししないが、まぁよろしく頼む」
梓先生は教室にいた時も同じ服装をしており、俺と目が合うと、梓先生は意味ありげに薄っすらと微笑んだ。な、なんなんだ。一体……
「山口先生、これから一年生対二、三年生で試合をしようと思います」
顧問の先生二人が紹介を終えると、渉さんがこれから試合をすることを伝えた。
「そうか。分かった。一年生のみんなは先輩たちの胸を借りるつもりで試合をしなさい。逆に二、三年生のみんなは一年生だからと言って手を抜かないように。高校バスケのレベルの高さを教えてあげなさい」
「「「はい!」」」
先生とのミーティングが終わり、サブコートでシューティングをして試合に備えた。
シューティング中、一人気になる選手がいた。
ツンツンとしている髪で長い切れ目をした、俺より少し背が高めのアシックスのTシャツを着ている選手。
スリーポイントラインの手前からシュートを何本もシュートをしているのだが、全く落とさない。
かなりの腕前であることは確かである。
俺も負けじとスリーポイントラインの手前からシュートを打つ。
シュートは美しい弧を描き、リングに吸い込まれていった。
今日は調子がいいため、全く落とす気がしない。
「ナイスシュート! 調子いいね、優馬くん!」
球拾いしていた綾女がそう声をかけた。
「まぁね」
そうこうシューティングを続けているとそのうちタイマーのカウントがゼロになり、ピーという音がなった。
「それじゃ、試合するぞ! 試合に出る選手はセンターラインに集まってくれ!」
いよいよ、試合が始まる。
俺はシューティングをやめ、これから始まる試合に注目した。
果たしてこの試合でどんなプレイが巻き起こるのか、ワクワクが止まらなかった。