※この作品はR-18です。

【闇】東方短編集   作:slnchyt

2 / 8
霊風船

―霊風船―

 

 

 

生死の狭間の、好奇心。

 

 

 

「こんなものを、どうする気だい?」霖之助さんの言葉もそこそこに、私はそれを抱えていた。「まあ、欲しいというなら構わないが」霖之助さんは如何にも興味がなさそうに言うと、機械の犬をかまっていた。「これがいいのよ」お金を置いて、片手に掴む。今日は良い買い物ができた。

 

それは、バイクポンプと呼ばれるものだった。霖之助さんなら大仰に――すなわち彗星による大災害から身を守る為の道具の片輪――とくらい言いそうだったけど、ぶっちゃけ里にもいくらかあるものだった。珍しいものではない。自転車のタイヤに空気を入れる。そう、空気を。

 

私は神社に帰り着くと、いそいそと準備を始めた。いつになくウキウキしていたかもしれない。器具は――問題なく接続できそうだった。私はそれと帯、後は石鹸を取り出すと、家の奥へと向かった。準備が必要なのだ。そう、色々な準備。今からする事は簡単ではないが、私には経験がある。

 

――帯を取り、肋骨の辺りできつく、きつく縛った。これは失敗から学んだ事だった。空気が上がり過ぎたから、無限にげっぷが出て、それどころじゃなくなったのだ。直腸はあらかじめ洗ってある。ポンプの先端につけた器具は返しになっていて、簡単には抜けないようになっている。

 

これをどうするか。…そう、空気を入れるのだ。風船――そう、私の中の風船に。尻に器具を差し込み、ポンプを持つと、それをそっと引き、押し込んだ。…空気が入ってくる感触があった。我ながら変態的だと思うけど、私はこうするのが好きだった。いや、大好きと言っても良い。

 

引く、押し込む、引く、押し込む。空気はするすると入っていく。最初は簡単なのだ。腹が開いているから。後の方になれば、そうもいかない。私はしめやかに腹を撫でた。普段よりもいくらか迫り出した腹。これをどんどん大きくしていくのだ。私はポンプを押して引く、を続けた。

 

徐々に空気は入らなくなってくる。内からの圧力が新たなる空気を拒む。けれどこのポンプなら、多少の圧力などものともしない。チューブで息を吹き込んでいた頃とは大違いだ。入る。入ってくる。腹は先程とは比べ物にならないほど迫り出し、丸く膨らんでいた。私は息を吐いた。

 

外からガタン、と音がした。あうんが覗いているのは知っていたけれど、それは割とどうでもよかった。いつかはバレる事だ。私が留守の時に真似をしたりしたら――と、思わなくもないけれど、妖怪ならどう間違えても死にはしないでしょ。そんな風に気軽に考えていた。…その時は。

 

――さて、とりあえずはこのくらいにしよう。息切れする直前くらいで、私はポンプから手を離した。これからは腹を愛でる時間だ。私は下から持ち上げるように手を滑らせた。うん、膨らんでいる。それに、いつもより大きいかもしれない。少しの苦しさに構わず、私は目を細めた。

 

鳩尾の辺りが一番膨らんでいる。そこをさすり、軽く叩くと空気の音。そう、ぽんという音が響いた。私はそこから下へ、下へと手を当てながら、それを軽く叩き続けた。空気の音がする。私の中に充填された、空気。空気の音。上がる呼気の間に、若干の悦びが混ざったように思う。

 

壁に背を預けた。もう真っすぐには立てない。反りかえった身体を、大きくなった腹を持て余しながら、私は息を吐いた。素敵に変わったそれを撫でる。叩く。撫でる。叩く。少しずつ空気が上がってくる感じがする。私はげっぷをした。小さなげっぷを繰り返した。まだ完全に上がってはいない。

 

もう少しなら、入るかもしれない。いつもならギリギリだと躊躇する所だけど、私の中の好奇心、或いは欲がそうさせた。ポンプを手に取る。――その時だった。私よりも先にポンプをひったくったものがいた。…そう、あうんだ。どうしてこんな所にいるのか、一瞬わからなかった。

 

「霊夢さん」あうんはポンプの持ち手に手をかけた。それを引き、こちらを見た。「霊夢さんがしてた所、いつも見てました」それが徐々に押し込まれていく。「それがとっても素敵で、羨ましかったんです」顔を真っ赤にして、ポンプを引き、押し込んだ。空気が入ってくる感触があった。

 

「霊夢さん、霊夢さん、霊夢さん――!!」「ちょ、待――ホントにまずいから! 待ち…うぷっ!?」あうんの手が、三度持ち手にかかる。昂った台詞とは裏腹に、静かにそれを引き、押し込んだ。さっきギリギリ寸前まで入れたのに、これ以上は本当に――どうにかなっちゃう!!

 

何とか取り返そうとするが、膨れすぎた腹が邪魔で、上手くいかない。あうんがポンプを押し込んだ。空気が入ってくる感触がある。まだ入るのか。入ってしまうのか。私はもうまともに動けそうになかった。取り返すのを諦めて、壁に背中を預けて、反った。少しは楽になる。

 

「霊夢さん、もっと、もっとっ…入れましょうよっ…!」あうんはよだれを垂らしていた。ゆっくりと近付いて、私の腹を撫で、そして叩いた。ぽん、という音が何度も響いた。駄目だ。私の腹を見て、こいつは夢中になっている。ポンプも離しそうにない。そう考えている内に、まただ。

 

「ううっ…!!」空気の入る感触がある。反っているせいか、何処かしら余裕ができたように思える。それでも私は、危機感にもだえていた。もし、もし内臓が破裂しようものなら、私は確実に死んでしまうだろう。あうんがそんな事をするとは思えないが――今のこいつは、狂暴だ。

 

「霊夢さんっ…!」ポンプが引かれる。押し込まれる。「くうぅ…!?」まだだ、まだ破裂はしない。けれどそれも、時間の問題に違いない。なんとかあうんからポンプを取り返さないと、…っ」腹がぐるぐると音を立てる。腸が悲鳴をあげているに違いない。あうんは再び、それを――

 

「んんッ…!!」視界がぐらり、と暗転しかけた。呼吸ができない。小刻みに空気を求めるが、駄目だ。頭がぐらぐらする。それでもまだ、腹には余裕が――あってしまうようだった。あうんが腹を撫で、叩き、それに頬を当てた。「霊夢さん、霊夢さんッ…」ポンプが引かれる。押し込まれる。

 

「うううッ――!!」視線の先に、膨れ上がった腹があった。さっきよりもずっと、大きい。これが普段なら好きなだけ愛でていただろうそれは、しかしそれは、今や私の命を奪おうとしている。「ゃ、ゃ、やめなさい、あうん――」声にならない。両腕で腹を抱いた。…も、もう駄目だ。

 

ポンプが引かれる。押し込まれる。私はほとんど意識がなかった。空気の入る感触。裂けそうな腹、腸の断末魔。上がってくる空気をげっぷにする。そんなものでは間に合わない。私は、私は――そうだ! 腕はまだ動く。私は必死に腕を後ろに回し――帯の結び目を、解いた!

 

「ぅ、ぐえぇ――ッ!!」とてつもない音が響く。我ながら下品だけど、それは確かな効果を上げていた。二度、三度、四度と激しいげっぷをした私の中から、空気が抜けていく感触があった。腸からどんどんと空気が上がってくる。私はそれを必死にげっぷとして吐き出した。

 

「れ、霊夢さん…?」あうんは困惑していた。私はさっとポンプを奪い取ると、尻から器具を抜き取った。これでもう、破裂する心配はない。「――あんた、一体何をしたかわかってるの…?」怒りよりも、困惑が先に来ていた。「あの、霊夢さんのお腹を、もっと…」あうんは顔を伏せた。

 

「人間はね、そう言う事をすると死んじゃうのよ」大方の空気が抜けきった私は、あうんの顔を持ち上げた。「何か言う事があるでしょう?」あうんは少し困惑していた。でもすぐに、それを言った。「ごめんなさい」私は頭を二度叩いて、許してやった。なんとかの過ちという奴だ。

 

それに、そうね。あうんの悦びそうな事を一つ、思いついた。「…それでね、器具はもう一つあるんだけど」「えっ?」よくわからないという表情をするあうんに、棚から取り出したそれを見せつけてやる。「もう一つあるのよ、これ」ようやくピンと来たらしいその手を、掴んだ。

 

―――

 

  ―――

 

「ううッ、霊夢さん…霊夢さん…」「どうしたの、これくらいで音を上げちゃう?」私はポンプを引き、押し込んだ。「あぁっ…」苦しみとも悦びとも知れぬ喘ぎが、私を熱くさせた。ポンプを引き、押し込む、もう一度、二度と押し込む。腹は傍目にも明らかに膨らみ続けていた。

 

「も、もうだめ…」「限界と思うから入らないのよ。もっと反って。ほら」私は膨らんだそれを撫で、叩いてやった。ポンプを引き、押す。「あぁぁああ…」帯をぎゅっと締め直す。口からげっぷが漏れた。「ふふ、責める側も楽しいかもね」私は頭を撫でながら、悪い笑顔を浮かべた。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「二口のポンプ? 買う買う」「――君は自転車なんて持っていないだろうに?」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。