※この作品はR-18です。

【闇】東方短編集   作:slnchyt

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肥満化
✨私が誰だかご存じないようだなァ


―私が誰だかご存じないようだなァ―

 

 

 

「出てきなさい」

 

 

 

紅白の姿が、我々を睨んだ。深い木々の合間から注がれる、値踏みの視線を跳ね返すように。「あんた達が犯人なのは分かってる」張りのある頬に汗が垂れる。上がる呼気。肉付きの良い全身を再びの視線が舐めた。我が主に捧げるに十分な実りだ。我々の間に無音の言の葉が通った。

 

「出てこないなら、こっちから――」御札を構える巫女の背後に、我々は回り込む。取り囲む。振り返る度に全身の肉が揺れる。大きく迫り出した腹がこちらを向く。あちらを向く。尻が振られる。布と肉とが擦れる音がする。我々はその間隙を突く。踏み込み、体勢が僅かに崩れる――

 

「――!!」

 

重い身体から、すっと力が抜けた。周囲から我々が飛び出してくる。誰にも見られてはいない。これより実りを収穫する。時間はかからない。

 

 

 

――ああ、我が主よ。あなたは誰よりも美しくなる。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

私は天邪鬼さまだ。今日も今日とて、悪事を働く。善をなすものあらば、悪をなすものもいる。この世に絶対悪がはびこりでもしない限り、私は悪の側に立つ。それが私のアイデンティティだからだ。天邪鬼に生まれた以上、それは逃れられない業というものだ。

 

だが今は、少しばかり状況が奇妙だったかもしれない。背負い袋一杯に酒のつまみ、前にビア樽を抱えながら、私はにやついていた。盗ってきた訳じゃない。買った。買い叩いた。ほとんどタダみたいなモンだった。おかしな話だ。少し前なら考えられないだろうが、今はそうなっている。

 

仮のねぐらが見えてくる。放棄されたあばら家だ。如何にも住んで欲しそうだったから、住んでやっている。ほとんど役に立っていないオンボロ扉を開けると、中には申し訳程度の家具と――備蓄された食料の山、山。多少なら保存食にでもできようが、明らかに一人分の度を越している。

 

だがこれは、全部私のもんだ。必要だから集めた。盗ってきた訳じゃない。買った。買い叩いた。ほとんどタダみたいなモンだった。おかしな話だ。少し前なら考えられないだろうが、今はそうなっている。何故そうなったのかは、私もそんなに詳しくはない。実際、胡散臭い話だ。

 

何でもこの頃、何者かに≪脂肪≫を奪われる事件が幻想郷中で多発しているらしい。平和ボケしたデブ共が、軒並みガリガリのガリになっちまったと、新聞は雄弁に語る。どうせ嘘八百だろうと思ったがな、実際この目で見ちまった。ここらで有名なデブといえば――そう、博麗の巫女。

 

身体がなまるってレベルはとうに通り越してたな、アレは。どう考えても当たり判定がバグってるだろ。餌付けと宴会で構成された肉体は見るも無残、脇と言うよりぶよぶよの二の腕の方を誇らしくも晒しながら妖怪をボコる――はずのアイツが、別人と見間違えるほどに痩せていた。

 

丸い顔も、突き出た腹も、ぶっとい脚も。何処にもない。骨と皮一歩手前、不健康ギリギリくらいの――世が世なら絶賛されるような体型か。胸さえありゃあな。まあ、そんな変わり果てた姿がこっちに飛んでくるのを見ちまった訳だ。その時は訳が分からなくて逃げる暇もなかったが――

 

何だかよく分からんが、その霊夢は弱かった。スローすぎて欠伸が出る有様だ。当人は必死なんだろうがな。適当にボコって逃げてやったが、あっさり撒けてこっちが驚いたくらいだ。巫女があんなんじゃ早晩幻想郷はおしまいだね。お仲間がいなけりゃもう一回ひっくり返してやるのに。

 

もっとも、デブ≪だった≫お仲間の方も怪しいもんだがな。普通の魔法使いも、お屋敷のメイドも、鬼も天狗も、スキマ妖怪もそのペットも。幻想郷のお偉いさんは大体デブだ。そいつらが全員、脂肪を脱ぎ捨てたと同時に腑抜けたんだとすれば――まあ、終わっちまってる。

 

樽を机に乗せながら、私は頭を掻いた。何でも、脂肪を奪われた当人は何があったか、何も覚えていないらしい。故に現場の目撃者はなし。おまけに食欲も失われて、食い物をロクに受け付けないときた。太れもしない、か。何て言うか、まるで欲それ自体を奪われたみたいな話だ。

 

原因不明。どうせ妖怪の仕業だ、と巫女辺りならそう考える。私も同意見だ。だが、目的が分からない。上の連中を弱体化させる為だってんなら分かる。だが、それなら同時にコトを起こすモンじゃないか。これじゃまるで、まるで痩せさせる事自体が目的であるような――

 

まあ、どうでもいい。棚からジョッキを取り出すと、私は樽からビールを注いだ。デブが消えた幻想郷で、デブの基準で生産されていた食料品が行方を失ってダブついている。そいつを私が救ってやろうって言うんだ。にやついて、一息にジョッキを呷る。脂肪の素が腹に下りてくる。

 

ここしばらくの暴飲暴食で迫り出してきた腹を撫でる。内臓脂肪、およそ10kg。腹周りにして12cm。この世にデブがいなくなるのなら、私はその逆を行く。それが天邪鬼。今までの私が痩せぎすに甘んじていたのは、周囲がデブばっかだからだ――ってのは、流石に言い過ぎだがな。

 

それに――デブを始末して回っている犯人に出会えれば、何かしら利用価値があるかもしれない。干し肉の束を解き解き、齧りながら思う。なければ、私が倒してやってもいい。恩を着せるとかそういうんじゃない。私のやり方と相容れない同業他社には、消えてもらう方がいい。

 

足元の箱を開いた。串団子が山のように入っている。デブが消えた幻想郷では以前の百分の一も売れないんだと。百倍売れていたの間違いだろうとは思うが。箱を取り上げ、椅子にどっか、と座る。串を手に取る。口に運ぶ。こいつが美味いんだ。デブの舌を唸らせていただけはある。

 

別の箱を足で引き寄せて、拾い上げる。巻き寿司だ。連中はこれを一息で吸っていたという。ホントかよ。試しに一口――美味ぇなこれ。一息で食い尽くしてしまった。切るなんてお行儀の良い事をしている場合じゃないな。さて、もう一本。指先からカロリーが腹の底へ落ちていく。

 

――それから私は、背後に積んである箱から次々に食い物を取り出しては、腹へと収めていった。昼間から暴飲暴食とはいいご身分だな。ははは。安心しろ、朝も夜もやる。それ以外の時間は寝てるか、食い物を調達してる。ほとんど太る為だけの怠惰な一日って感じだが、気分はいい。

 

「食欲って根源的なモンだよな」腹一杯になれば、眠気も起こる。後片付けも面倒だ。私はどさり、と床に転がった。ああ、腹が重い。窮屈だ。だが空いているよりずっといい。腹が減るのは辛い。腹が減るのは悲しい。だがそれも過去の話。これからは腹の減る暇もないんだからな……

 

腹を撫で撫で、大欠伸と共に、私は意識を放り出した。

 

―――

 

  ―――

 

「――誰だ、てめぇ」

 

敵の多い生活を長くやってると、爆睡中も神経の何処かは起きてるモンだ。私はゆっくり――腹をつかえながら起き上がると、窓からこちらを覗き込んでいた不審者に何奴を、ついでにナイフを投げつけた。不審者はさっと頭を引っ込める。ナイフはそのまま窓の外へと飛んでいった。

 

ちっ、外見からして変な奴だ。鳥みてーなくちばしのついたマスクに、青色のローブ姿。それも一体じゃねぇ。壁の隙間から覗く視線の数はいくつだ? 分からんが、どう考えても友好的な連中じゃなさそうだ。食い物泥棒とも思えない。賞金稼ぎは――今はかかってない。確かな。

 

家の外に飛び出した私の周囲に気配が散る。木々の間にそいつらはいる。逃げる手もあるが、今この家を放棄するのは惜しい。それに――私には予感があった。多分こいつらが、例のデブを襲ってる犯人じゃないか。何せ、さっきから視線が迫り出した腹にばかり刺さってるんだよ。

 

――私が逃げないと理解したのか、数体が物陰から姿を現した。全員が同じ格好だ。鳥のくちばしマスク。青いローブ。マスクの目の辺りに空いた穴から、光は見えない。少なくとも人間じゃない。何処ぞの変態カルトにしか見えん。こんな奴らが名だたるデブ共を全滅させたのか?

 

私の疑問に、答えは超特急でやってきた。背中側から一体が飛び込んでくる。舐めんじゃねぇ。睨みつけた先は鳥頭。振り向きざま、体重の乗ったハイキックをかます。今の私はさぞかし重いだろうぜ。にやついた視線の先から――しかし、そいつは不意に消えやがったんだ。

 

いや、通り抜けたとでも言うのか。慌てて態勢を立て直そうとする私の首筋に、何かが当たった。冷たい。なんて冷たい指――いや違う、これは爪か、羽先か。考える暇もなかった。不意に身体の自由が利かなくなる。まるで身体を乗っ取られたみてーな感覚だ。くそっ、何をされた?

 

私の意思とは裏腹に、倒れ込んだ私の身体は起き上がった。そのまま連中の前に無防備な身を晒すと、手を広げて――まるで何かを受け入れるかのようなポーズを取りやがった。周囲から連中が顔を出す。五、六体はいるだろうか。その内の一体が、何かを抱えるように持っている。

 

そいつは羊の角めいた飾りのついた――そうだ。掃除機のように見えた。棒状の先端を、私の腹に押し付けてくる。抵抗はできない。今は指先一つ動かせねえんだ。だが。だがな。顔は動く。睨みつけてやる。意味があるかないかじゃない。これは天邪鬼としての矜持の問題だ。

 

勿論、そいつはただの掃除機じゃなかった。押し付けられた棒の先から、何か知らんが術を掛けられたらしい。ぶわっ、と汗が噴き出す。くそっ、熱い。腹の中を――脂肪をドロドロに溶かされたみたいな感覚だ。腹の底から、それが移動して――いや違う。棒へ向けて吸い取られていく。

 

迫り出した腹がぶるりと震えた。私の目下で、いや、感覚として縮んでいくのが分かる。ゴウンゴウンと響く音。全身の皮が張り付くような錯覚。私の身体から≪脂肪≫が流れ出している。……なるほどな。お前らはそいつでデブ共の脂肪を吸い取って回ってたって事か。くそったれが。

 

私の顔を、鳥のマスク共が覗き込んでいた。暗くて見えないはずの目が、笑っているのがはっきり分かる。かくして私は脂肪を抜かれ――いや。抜かれるのは脂肪だけじゃない。最早上の連中と同じ、腑抜けに成り下がるのだ。私は静かに笑った。命乞いはしない。する必要もない。

 

――何故なら、命乞いするのはお前らだからだ!

 

「!?」連中が動揺したのがはっきりと分かった。私に棒を押し付けていた一体が、俄かに暴れる掃除機を慌てて抑え込もうとしている。しかしその先端は私の腹から一ミリも離れず、明らかな異音を放っている。ハッハッハ、何をしようと無駄だ。そいつはもう、私の支配下にある!

 

萎えた腹がぶるりと震えた。私の目下で、いや、感覚として膨らんでいくのが分かる。ンウゴンウゴと響く音。全身の皮が張り詰めるような感覚。私の身体に≪脂肪≫が流れ込んでいる。状況を理解できないのであろう鳥のマスク連中に、私はありったけの嘲笑を浴びせかけた!

 

「私が誰だかご存じないようだなァ、三下ッ!?」全身に力が漲っていた。脂肪とはエネルギー、つまり力だ。力があれば道理は引っ込む。気合一閃、全身に力を込めると、私の背から鳥のマスクが飛び出してきた。振り返りざまに睨みつけると、そいつは全力で逃げ去っていく。

 

腹が内から更に、更にと膨れ上がる。全身が熱い、厚い、篤い脂肪を纏う。一張羅がはちきれんばかりに張った。元よりも一回り、いや二回りは肥え太った私を、鳥のマスクが遠巻きに見た。二度、見た。奴らは負けを悟ったようだった。一人、また一人と背を向け、飛び出していく。

 

遂に目の前の鳥のマスクが掃除機から手を離した。だがそれは、もはやどうにもならない。破滅的なエネルギーの≪逆流≫は止められない。掃除機はひときわ大きな悲鳴を上げると――閃光と共に、その身を爆裂させた。タンク部分から何らかの光が解放され、空へと拡散していく。

 

悪いが、お前は逃がさんぜ。私は片手で烏のマスクを掴み、持ち上げた。そいつが暴れる度、腕の肉が揺れた。「何処のどいつだ、テメーは?」私の質問に――しかしそいつは、答えなかった。代わりに身体をぶるり、と震わせると、私の手の中からそいつはするり、とすり抜けた。

 

「何ッ」慌てて両手を伸ばすが、私が掴んだのはそいつの着ていたガワ、そして鳥のマスクだけだ。まるで空気になったかのように、中身だけが消えてなくなっていた。「どういう事だよ……」残骸を放り捨て、怒りに任せて足で踏みつける。これじゃ何も分からん。襲われ損だ。

 

―――

 

  ―――

 

あれから数日。食い物の値段はあっという間に元に戻った。大人しくしていた元デブ共の食欲が突然蘇ったんだそうだ。何でだろうな。大体想像はつくが、別にしてやりたくてやった訳じゃない。私は天邪鬼さまだぞ。礼も要らんし知られたくもない。つまらん。実につまらん。

 

かくして幻想郷にデブは再び蔓延る事になり、私は別に太っている必要がなくなった。なくなったんだが――参ったな。今日からは痩せます、なんて切り替えられる訳もない。食欲が止まんねぇ。寝ても覚めても食い物の事ばかり考えている。まるでデブ共と同じじゃないか、これじゃ。

 

「食い物がねえな……」蓄えていた分はとっくに食い尽くした。空箱の転がる室内に腹の音ばかりが響く。自然に痩せて、胃が縮むまでは当分このままだろう。無為に迫り出した腹を叩く。二度叩く。腹が不満げに呻き声を上げた。文句を言いたいのは私の方だっての!

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「脂肪と食欲を集めて、饕餮様を可愛らしく太らせる、我々の計画が……よよよ」

 

「何言ってんだオオワシ霊」

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