ごめんな、ライナー……
今日は久しぶりにクリスタ……いや、ヒストリアと会うことが出来る日だ。ヒストリアというのは天使……っていうのはいささか誇張が過ぎるかもしれないが、より誇張するなら女神になる。金色の艶のある長い髪に、滑らかな白い肌、整った眉毛に可愛らしい瞳、愛嬌のある鼻に絶対に柔らかい唇。どこをどう見ても完成された至高の芸術品のような女だ。
ユミルの呪いが外れる前は、アイツの顔を見てられるのもほんの数年だけしかないのかと悲しんだが今は違う。
13年間しか生きられないという呪いも無くなって、敵と味方に別れていた昔とは違う。アルミンのおかげもあって、俺たち戦士が行った破壊活動は仕方なかったという言葉で片付けられることになった。もちろん、みんな思うことはあるのだろう。しかし、俺たちの置かれていた環境を話してからは、同情して、会った頃のような軽口を叩き合えるような仲にまで修復された。これも全てアイツのおかげ……と思うのは少し癪に触る。その理由は俺個人が勝手に抱えている問題であるが、そこは置いておこう。
ヒストリアは人妻になった。俺が地下牢にぶち込まれている間にな。この島の王となり、今でもパラディ島に住むエルディア人が世界と上手くやっていけるように尽力してくれている。そんなヒストリアと結婚したのは、同期のある兵士だ。顔も性格も悪くなく、武勇にも優れている。リヴァイ兵長と肩を並べられるほどの英傑となれば、結構育ちのいい女と結婚するだろうなとは思っていた。
だが、それがヒストリアってのは冗談にも程がある。無論、アイツが結婚しなかったから他の貴族や兵団の上層部の人間と結婚していたのかもしれない。それよりは遥かにマシとは言えるが、それなら俺でも良かったんじゃないかと思わざるを得ない。
正直言ってアイツとヒストリアが話しているのはあまり見た事がない。同期のユミルから聞いた話じゃ、アイツはヒストリアから声をかけて貰ったにもかかわらず上の空で袖にしたらしい。そんな男がどうしてヒストリアと結婚できる? どうせ、ザックレーやピクシス辺りが王家の血筋に強いイメージを想起させるように仕組んだんだろう。あの女神のヒストリアを政治の道具に使いやがって。
しかし、これらは俺の推測でしかない。もし、アイツがヒストリアを本気で愛していて迫り、ヒストリアがそれを了承したとなれば俺も認めざるを得ない。ヒストリアがアイツのことを想ってたってケースでも、羨ましいことこの上ない……が、これはないだろう。
にしても、今日会うのは俺だけってのはどういうことだ。アニは……まぁ分かるとして、ベルトルトは俺に気を遣ってくれたのか? ジーク戦士長やピークはあまり交友がないからと考えれば納得がいくにはいくが。
「1番わからねぇのはなんで会うのがここなんだ?」
と、そう呟きながらやってきたのは牧場に適した草原の端っこにある小さな小屋だ。なんでもヒストリアが子供の頃に住んでいた家らしい。王様となった今でも、故郷に思い入れがあるってことか? 可愛いな。
そうだ。会ったら何を話すかあんまり考えてなかったな……。いや、俺なんかの話より、ヒストリアの話を聞いてみたい。そう、アイツとは上手くいってるのか。嫌々の婚約ではなかったのかとか。初めは訓練兵時代の時のようなナチュラルな挨拶。そして、そこから本題を切り出していこう。俺はそう決めて、小屋の扉を軽くノックした。
「あ、入って」
返ってくるのは数年ぶりに聞いた気がするほどに懐かしさを感じさせる女神の声だ。しばらくうっとりと悦に浸りそうになるのを抑えて、ドアノブを捻り扉を開く。
「よぉ。久しぶりだな……ヒス……」
挨拶は男からするもんだろと軽快に、朗らかな口調で声を出したが、その声は次第に萎んでいった。
「うん、久しぶりだね、ライナー」
昔と変わらない笑顔でそう言ったヒストリアに、俺は驚きを隠せなかった。顔は少し垢抜けたのか可愛いよりは美人に近づいて、少し伸びた髪がそれをより強調しているかのようだったが、1番の変化はお腹だった。
顔つきは変わってないのにお腹だけあんなに急激に……? いや、そんなはずは無い。いくら兵士を退いて、王になったからと言ってあのヒストリアが自堕落な生活をするはずがない。まさか……まさかとは思うが。
「ヒ、ヒストリア、その、お腹は……」
「あっ、やっぱりわかるよね」
動揺を隠せないまま尋ねた俺に、ヒストリアは顔を赤らめながらこう答えた。
「妊娠したんだ、私」
誰と……というのは1人しかいないだろう。
少し間を置いて、我を取り戻した俺は「そうか、おめでとう」と何とかひねり出した。
「ありがとう……あっ、座ったら? お茶入れるね」
「あ……っ、あ、あぁ……」
いや俺がとは言えなかった。お茶のある場所が分からないからとか、今日は客だからとかそんな単純なものでは無い。ヒストリアの純粋無垢で、あの嬉しそうな笑顔。嘘だと、慟哭したくなる気持ちを抑えながら、再びヒストリアの腹部に目を向ける。あの膨らみ方はここ最近分かったって大きさじゃない。普段のヒストリアを知ってれば、誰がどう見ても腹の中に子供がいるとわかるお腹だ。
信じられないが受け入れるしかない事実に打ちひしがれていると、コトリとテーブルにカップが置かれた。前にはヒストリアが腰掛けて、「熱いから冷まして飲んでね」と優しく微笑んでいる。
「あ、あぁ……ありがとう」
この数分で熱さも味も感じられないほどに、憔悴してしまったのか、湯気は立っているのに熱も味もない茶を1口飲み込むと、ヒストリアは「どう? 美味しい?」と尋ねてくる。
「……あぁ。とても……美味しい……」
「良かった」
ヒストリアが俺のためにいれてくれた茶だと言うのに、味が分からないだなんて。味覚を奪われる未知のウイルスに感染しているのならば、仕方ないと思えるが今回はそうじゃない。
あのヒストリアに、子供……だと。まだそんな歳でもないだろう。子供を作るには早すぎる。世継ぎが必要と上の連中にドヤされたのか? 分からない……。まさかアイツが性欲の化身だったとは考えられないが。さすがに文化や工業の遅れはあっても避妊具はあるのだから、それを付けてからするのが常識だろう。どう考えてもこんなに早い妊娠はおかしい。
「……そんなに気になるの?」
顔に出てたか、ヒストリアが首を傾げてくる。
「……あぁ、悪い。言いたくないなら、別に……」
言わなくていいと言う前に、ヒストリアは口を開いた。
「いいよ」
えっ?
「誰にも言ってないんだ。あ、妊娠したことはみんな知ってるよ」
当たり前だけど、とお腹を優しく撫でるヒストリアは「けどね」と、優しい眼差しのまま再び口を開く。
「どうしてこうなったか知ってる人はいないんだ」
だから聞いてくれるかと、言葉にはしなくてもそう言っているヒストリアに、俺は、男として、彼女のことを思っていた戦士として、自分に課した責務を果たすべく。
「あぁ……聞かせてくれ……」
ことの経緯を聞くことにした。
ヒストリアとその男───名前を出すのは今の俺では少しはばかられたので仮にAと呼ぶ───は104期訓練兵団の時に出会った。俺と同じだ。
その時は互いに関わりは少なく、初めて話したのは訓練のコツや板書の取り方を聞きにヒストリアから声をかけたらしい。その時は割と丁寧に教えてくれたが、ヒストリアには少し壁があるように感じたらしい。けれど、時期的には入団してから3ヶ月だ。社交性がある人間でも、初対面で心を開けるとは限らないため、そんなもんじゃないかと俺は返した。
そして、そこから特に話すことなく訓練兵団を卒業し、所属兵団を決定する前、俺とアニで調査兵団が捕らえた無垢の巨人を殺した時に104期が疑いの目を向けられて立体機動装置の点検を強いられた時に隣にいたから声をかけたらしい。だが、Aは他のことに気がいっていたのかヒストリアの話をあまり聞いていなかったそうだ。「失礼なやつだな」と言うと、ヒストリアは「確かにそうだったね」と同意するように笑った。
そして、調査兵団に入ったヒストリアとAは初めての壁外調査を無事に生還。しかし、104期の中に裏切り者がいるという上層部の目は変わらず、むしろ女型の巨人の出現で色濃くなり、エレンやアルミンといった一部を除いて小屋の中に軟禁されて……と、過去の振り返りが続く。幸い、俺やアニ、ベルトルトを責めるような言葉は避けてくれていて、やはり女神かと改めてヒストリアの性格の良さに感心するも、肝心のAと結婚に至った話に辿り着くまでに時間がかかりそうだと、俺はヒストリアの話に適切な言葉と相槌を返しながら、その話を待つ。
───────だが、俺はその話を聞かなければ良かったと後悔した。
嬉々として、語り始めたヒストリアに俺は「待って」とは言えなかった。情けないことに、俺は、ヒストリアの淫らな姿を想像してしまった。歯はカタカタと震えて、相槌を打つのも精一杯だというのに、興奮した下半身は抑えが効かず、今は普通に話してくれているはずのヒストリアの嬌声が耳に響く。
嘘だ、嘘だと自分に言い聞かせるも、ヒストリアの口から語られるのは、ヒストリアからAへと迫り、子を作ったという事実のみで、初めは痛かったとか、Aは乗り気じゃなかったけど最後はあちらから愛してくれたと顔を綻ばせている。
お腹を優しく擦り、うっとりとした顔でその手が下腹部へと向かう途中でヒストリアは理性を取り戻し、「ご、ごめんね、変な話して」と恥ずかしそうにはにかんだ。
俺は、それになんと答えたのか。覚えてはいないが、嬉しそうなヒストリアの顔を見れば、その答えは間違っていなかったんだと言いきれる。
夕日も沈んだ頃に、ヒストリアの付き人……同期の方のユミルがやってきて、話はこれにてお開きとなった。俺の顔を見て色々と察したのか、奴は肩に手を乗せると「おつかれさん」と、同情するような目を向けてきた。
ヒストリア女王の厚意で、マーレや諸外国からの使者が泊まれるホテルでも最上級の部屋を用意してもらい、俺はそのベッドに倒れ込んで───────次の日ベルトルトが心配するくらいに疲弊していた。
誰かに止められる結末が分かってなくても、オレはこの小説を書いてたと思う。ライナーは殆ど焦燥して……数週間後には猟銃を咥えて芸術品になってる。オレは……ヒストリアの破廉恥な姿をライナーに晒したかった……。
……何でか、わからんねぇけど……書きたかったんだ……どうしても……