#ふたなり
私が、許そう
―私が、許そう―
少しばかり、騒々しい夜だった。
部屋を訊ねるよう、命令されていた。何か落ち度があっただろうか。大天狗付きの白狼としては、それはできれば避けたかった。所詮飼い犬の立場とて、主人の立場を悪くする訳にはいけない。私は障子の前に立ち、問うた。「飯綱丸様」入れ、と声がした。私はしめやかに障子を開き、中へ進んだ。
その部屋は、あの時私が飛び込んだそれであった。ガラスは修復されている。正直、ほっとした。仮に請求されれば、一生払いかねる金額だ。「こっちへ来い」あなたはそこにいた。畳に座っていた。私はあなたに近付いた。「座っていいぞ」座る。天窓から、星が見えた。
「あの時の続きを、な」あなたの言葉を、私は計りかねた。あの日は明け方まで星を見ていた。それ以上にやる事などあっただろうか。…一つ、心当たりはあったが、それはあなたを侮辱する事になる気がして、黙っていた。
「その…なんだ、アレだよアレ」実際、それは正解だったらしい。あなたは投げキッスをして見せると。私とて理解はできた。「な、あの時はお互い星を眺めるのに忙しかっただろう? だから呼んだ。その、――ええい、まどろっこしい!」
あなたは不意に寝転がると、こちらを向いた。…駄目だ。私はあなたの飼い犬なのだ。そんな事を、してはいけない。「お戯れを」「そうさ、戯れだ」勧めるように、隣の畳を叩く。「できません。…できないのです」僅かな間、あなたは思案していた。「…私の命令は、聞けるな?」「はい」
「――いいぞ。お前がそうしたい事を、私は、私の権限で許そう」あなたは、静かに笑っていた。「お前には、このくらい言ってやらないと、駄目だろうな」私のしたい事を、あなたは許す。あなたの言葉が、鐘の音めいて反響する。頭が沸騰するように熱い。私の、私の、私のやりたい事は――
「あなたが欲しい」「お前が欲しい」
声が、重なった。「良い子だ。私の言う事をよく聞く」上体を起こすと、あなたは私に手を伸ばした。その手を取り、私は隣へ、静かに座った。頭はまだ、ぐらぐらと音を立てているように思えた。「惹かれ合うものは、やがてお互いを求めるものだ。何を躊躇う事がある」そういうものだろうか。
「お前は私の犬だ」あなたは私の手を取った。「犬とは時に、遊んでやるものだ」あなたが私に、身体を寄せた。私がそれを支えると、あなたは更に、抱きかかるように、すべてを預けてきた。「お前は大きいのだな」あなたは両手で、私の手を撫でる。荒れた手。がさがさとした手。
あなたの手は思っていたより小ぶりで、なめらかだ。普段は外套と高下駄でわからなかったが、あなたは私より小さかったのか。支える身体は、想像していたより、軽くも儚く思えた。「さて、どうしたらいいのかな、これから…」あなたは少しばかり、困っているようだった。…それなら。
あなたの首をこちらに向かせ、無理矢理に、唇を奪った。「…!?」あなたを身体を震わせるのは、愉しい。「い、今のは…」「そうしたいので、そうしました」「そうしたいから…」私の言葉を反芻しながら、あなたは丸まり込んだ。こういった事は、或いは慣れていないのかもしれない。
「いや…もう少しロマンチックな時にだな…」「したいから、です」あなたは首を振り。そうだな、と呟き、頭を抱えた。どうしようもなく恥ずかしいようだった。私は下を向いた頭ごと、身体を強く引き寄せた。ほとんど私にのしかからせるようにして、撫でた。頭を、背を、そして尻を。
「あっ…いやそうか、そうだな…」最初からそういう事をするつもりだと思っていたが、そうではなかったのか。背中を向けさせ、胸をまさぐる。あなたを震わせるのは、やはり愉しい。「あなたが欲しい」もっと、悦びたい。悦ばせたい。「あなたがもっと欲しい」…あなたは小さく、頷いた。
着物をはだけるあなたの姿を、私はじっと見ていた。穴が開くほどに、見つめていた。あなたが私を欲し、私もあなたを欲した。これはあなたの望みだ。あなたが悪いのだ。私は静かに近づくと、脱ぎ終わるのもほどほどに、飛び掛かった。しばし、しばし、受け入れたあなたの手が、背を抱いた。
無我夢中だった。所詮は畜生と蔑まれても、構わない。眼前のあなたを貪ることしか、もう考えられない。殺されようとも止めるものか。あなたの身体を、なめらかな身体を、丹念に舐める。あなたの感じるそこを、丹念に舐め苛んでみせる。あなたの身体が、よじれた。強く、抑え込んだ。
抑え込まれる程に、あなたは悦ぶようだった。手首を掴み、顔を近づけた。あなたの唇を、再び奪った。強制的に。あなたを悦ばせる為に。私を熱くする為に。身をよじるあなたの腕を、脚を、腰を押さえつけ、私は行為を続けた。あなたは私の力を、一度も拒否する事はなかった。
――首筋を、決して隠せぬように、噛んだ。あなたの悲喜の声を、私の吐息がかき消した。私は貪り、噛み、貪り、噛んだ。あなたの身体が傷付いていく。優しく噛む。荒々しく噛む。隠せぬように。隠さぬように。あなたに刻み込むのだ。あなたが求めた証を。あなたが飼った犬の本性を。
これは私のものだ。誰にも渡さない。
◇◆◇◆◇◆
「お前、会議の間中、茶化されて大変だったんだぞ」「お嫌ですか」「…いや、そうではなくてだな…」