―関係的には最悪だ―
――今、私はそれを無理矢理咥えさせられている。「歯を立てないでくださいね?」文は私の頭を扇で叩いた。いっそ食い千切ってやろうかとも思ったが、恐らくは私の首が物理的に飛ぶので、やめた。屈辱よりは命が惜しい。上目遣いで文を見る。ねっとりと、目が合った。
眼力で人を殺せればどれだけ楽だろうな。文は再び頭を叩いた。「良い目をするじゃないですか」私は口での奉仕を続けた。さっさと終わって欲しい。「…もっと早くこうするべきでしたね。ええ」腰を押し付けられる。もう千里は見えない。文の上ずった声だけが聞こえる。
「あなたが好きです。大好きです」極めて疑わしい言葉が私の耳に投げかけられた。「――だから、こういう事をしています。普通に告白すれば必ず拒否するでしょうからね」それはそうだ。当たり前だ。私はお前が嫌いなのだ。いわんや強要をや。悲しみ以前に、怒りが湧く。
「あなたが好き」私の頭を抱えこみながら、偽りの愛の言葉が耳を苛んだ。「あなたが欲しかった」偽りが私を支配しようとしていた。「…そろそろ、いきますよ」わかっている。先程から最高に昂ったタイミングで吐き出そうと、びくびくと震えているのだ。舌先でそれを転がした。
「…、うっ…!」私の喉にそれが注ぎ込まれる。熱い。熱い精だ。それが嫌いな奴のものでなければ、すべて飲み込んでやったものを。私はそれから口を離すと、精をすべて布団に吐き出してやった。私はどうしようもなく苛ついていた。これで用は済んだ。私はねぐらに帰るのだ。
「ふふふ。好きですよ、椛」文が手を取ろうとしたので、払い除けた。「――こんな事をされて、好きも嫌いもないでしょう」私は服を羽織り直して、立ち上がった。「今だって、喉笛に食いついてやりたい」無駄だ。烏天狗は五体を引き裂かれても死にはしない。「さよなら」
「まだ満足していないでしょう、あなた」文が指差した先には――私のそれがあった。服の下で勃ちあがったそれは、刺激を求めて時折、頭を上げていた。「してあげますよ」手招き。無視しようとは思った。しかし――私は、誘いに応じた。何故そんな事をしたのかは、わからない。
服を脱いだ。「聞きわけの良い子は好きですよ」文は私の後ろに座り、私のそれを優しくしごき始めた。その刺激が欲しかった。私のそれが悦んでいる。次第に大きくなるそれに応対し、撫でる手はやがて擦り、そして掴んだ。運動が快楽を生む。他人にしごかれるなんて経験は、ない。
背中に熱さを感じる。文のそれが勃ち上がり、背に押し付けられていた。掴む手の動きが、背中に擦り付けられる感覚が、私を酷く興奮させていた。幾度目かの手が、それを握り込んだ手が、急に強くなった。私はそれに耐えられなかった。「――!!」耳が垂れる。快楽。快楽だ。
吐き出した精は勢いよく飛び出し、布団を超え、畳を濡らした。そんな事はどうでもよかった。背中を擦り上げるそれがびくびくと揺れるのを感じる。文も精を吐き出していた。私の背中が穢れていく。文そのものも、そうだろう。激しく飛び上がったそれが堕ち、幾度めか布団を穢した。
「――どうです、良かったでしょう」息を整えてしばらくの後、文の声が聞こえた。どうだったも何も、お前も悦んでいただろうに。「…まあ」文は振り返り、手で促した。寝転べというのだ。私は素直に従った。これが終わるまでは、帰れそうになかったから。それだけだ。
私が寝転ぶと、文は私と対称になるように寝た。何をしたいのかは何となく読めた。やにわに文は距離を詰め、私のそれを掴んだ。先程あれほどまでに精を吐き出したというのに、私のそれは、やはり悦んでいた。私も文のそれを掴んだ。相互に咥え合った。先端から精が零れ落ちた。
口で嬲りながら、その根元をしごく。「…あなたもご立派じゃないですか」咥えたそれを離し、文が口を利いた。私は無視した。目の前のそれを食い千切って――いや、嬲り尽くしてやろうと思った。撫でる。舐める。吸い取る。そしてしごく。熱い。再びそれに血が巡るのを感じる。
精を吐き出す度に、興奮は天井知らずに高まっている気がした。今もそうだ。疲れ果てるよりも、快楽を貪る方が、圧倒的に強い。文が私を貪るのは、身勝手な性欲の発散ではなくなっていたように思える。私に返して欲しいのだ。それを。それを貪られる快感を。
何事にも終わりはやって来る。「うッ…椛、椛ぃ…!!」私は口を離し、無理矢理にしごいた。文も私に、そうした。お互い、わかっていたのだ。それが限界なのだと。「――!!」「椛――ッ!」それは激しく震えると、互いの顔に精を吐き出した。枕を、布団を、そして私達自身を穢した。
――しばらく、そのままだった。互いに思考が焼き切れていた。壊れたスピーカーが何も喋らないのだから、間違いはない。布団をぐっ、と掴み、身体で抱き込んだ。目の前には文がいる。目をつぶっている。その顔に、精が流れた。私がそうした。…私の身体は、それができるのだ。
チリ紙で互いを拭った。強い匂いがする。精の匂いだ。私のものと、文のもの。嗅ぎわけすらできた。それだけではない。垂れる液体の匂い。汗の匂い。混じり合った匂い。頭がくらくらしてきた。この場には、匂いが多すぎる。正直、不快だ。しかしそれが、駆り立てるのも知っている。
手と手を組んだ。「何ですかその、やはり――これをしないと、不完全燃焼と言いますか」「…さっさとしろ」私は目を背けた。文の顔を見たくなかった。元よりなし崩しの関係だ。俎板にぶちまけられるのは快楽だけ。私は快楽に溺れるつもりはない。…ないが、正直な所、自信はない。
白狼は貪欲なのだ。与えられたそれを貪る。取り上げられたそれを奪い取ろうとする。すべてを自分のものにしようとする。私もそうだ。こうなってしまった以上、私は悲しみにくれるつもりはない。食らい尽くしてやる。お前を。私を抱いた事を心底後悔させてやる。私は耳を立てた。
受け入れる準備はとうに整っていた。悪い言い方をすれば、欲しがっていた。身体の変化は意志だけで抑えられるものではない。この身体をあまねく操作できるなら。そんな事を思い、それは闇の中に消えた。烏も、白狼も、一枚剥けば感情の奴隷。それを伏して見せないだけだ。
――抵抗はなかった。私は快くそれを受け入れていた。むしろ文の方こそ、行為を躊躇っているように感じた。「意気地なし」私は挑発した。その言葉に、文は行動で答えた。ズリズリとそれが押し込まれ、引いた。押し込まれ、引く。慎重で、ゆっくりとした動きだったが、着実に。
私は、私のそれに血が通うのを感じていた。結局の所、私も悦んでいるのだ。己の惰弱さを顧みる間もない。覆い被さってきた文との間で、それは擦り上げられ――私は、二つの異なる快楽を受けて、震えた。片方が好くなれば、片方もより強く締め上げる。文は必死になって腰を振った。
私は文の首に噛み付いた。噛み切るつもりはなかった。ただ、文の身体を傷付けたかった。肩を噛んだ。伸ばされた腕を噛んだ。こちらを見た頬を噛んだ。隠せないように、消して忘れられないように、噛んだ。これは所有権の主張だ。お前は私のものになった。拒ませはしない。
突き上げられる快楽に震えた。保つべき理性なんて何処かに吹き飛んでしまった。「…椛」手で促された。私は馬乗りになり、文の上で腰を激しく上下させた。それがゴツゴツと私を突く。勃ち上がったそれが揺さぶられ、少し遅れて揺れた。それは雫を――いや、精を垂れ流していた。
今にも破裂してしまいそうだった。上下運動に身を晒す文が、わたしのそれを掴んだ。優しく、しかし扇動的に、それを撫ぜた。駄目だ。もう、限界だ。文は私のそれを掴んでしごき始めた。私は私自身を、文のそれで突き上げた。私は、私は――もう駄目だ。私は文にのしかかり、吼えた。
吐き出された精が、再び文の顔を穢した。私の中のそれは、胎の中から私を穢した。互いに、互いを、穢し合っていた。懸命に。必死に。そうしなければならない理由などない。衝動だ。衝動のままに。呆然とした私の頬を、文が撫でた。その手にはやはり、穢れがまとわりついていた。
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「私達、相性がいいと思うんですよ。身体の」肩を掴もうとする手を振り払った。「関係的には最悪だ」私は立ち上がった。「何処に行きなさる?」「シャワーだ。あっただろう、お前の家には」文はニヤニヤと笑っていた。「貸すとは言っておりませぬが」「借りるとも言ってない」
文も立ち上がり、手招きをした。意味はわかっていただろうと思う。私達は狭いシャワーの中で、互いを洗い合った。それでもまだ、足りなかったのかもしれない。発情した文が後ろから私を突き、正面合わせになって再び穢し合った。そこから出てきたのは、実際随分と後の事だった。
「――お前の欲は底なしだな」「ええ。持久力勝負なら生まれてこの方、負けなしで」そんな勝負があったら嫌だな。「あなたの方こそ、よがってもよがっても足りない風じゃありませんか」「うるさいな」肉体を超越する精神――なんてのは、私には無理だな。結局は溺れてしまった。
小鳥の鳴き声が聞こえる。もう、そんな時間なのだ。今日の私は非番ではない。装備を整える。…少しばかり精がついている気もしたが、気のせいという事にしておく。軽く拭ったが、取れたかどうかは疑問だ。お前のせいだ。――いや、私のせいかもしれないが。今更の話だった。
「まあ、又来なさい。――否、わたくしが連れ去っても構いませんが」「仕事中はやめてくれ」本当はいつだって止めて欲しいが、まあ…私は結局お前に溺れてしまうのだろうな。「仕事中にしても構いませんよ?」「やめろ」野外でそんな破廉恥な事ができるか。変態天狗め。
精にまみれた布団を横目に、私は扉を閉じた。文は手を振っていた。…憎らしい。「――今だって、喉笛に食いついてやりたい」無駄だ。烏天狗は斬り落としてねじ切ってすり潰しても死にはしない。この世は理不尽にできているのだ。私は思索を諦めて、剣を吊るし直した。
これから仕事だというのに、同僚に感づかれないだろうか。…この匂いでは、無理だな。何処で、何をしてきたかはばればれだ。誰と、まで知られれば色々と面倒な事になるが、あいつの匂いを嗅いだ事がある奴はそうはいないだろう。今は考えない事にした。
しかし、どうしようもなく身体がだるい。睡魔との戦いになるだろう。私はねぐらに飛翔しながら、先の行為を少しだけ思い出していた。少しだけだ。それは忌むべき記憶として私の中に残る。私がそれを取り出さない限り。…そうはいかないだろうと、わかっていた。信じたくはないが。
――朝日が眩しい。まるで昨夜の行為を咎められているように。私は遠くに目を逸らした。