―死の薬、命の薬―
私は確か、冥界で移動販売をしていたはずだ。そのはずだった。
――ありふれた表現だけど、天井は知らない。首を回して周囲を見ても、そこが御屋敷の一室とくらいしかわからない。…どうしてこんな所に?「あらあなた、生きているのね」聞いた事のある声だ。何処でかは思い出せないけど。…何か、恐ろしい事をされたんじゃなかったかしら。
「死んでいると思って、連れてきちゃった」そいつはくすくす、と笑った。とても楽し気に。「…冗談じゃないわ。私は生きてるの!」「冥界において、生き死にを定義するのは難しいわね」…こいつ、煙に撒こうっての?「宴は終わり。皆引き上げた。生きているのは、あなただけ」
「じゃあ、私も帰らせてもらうわ。売るものも売れないんじゃ意味ないもの」私はその場から立ち去ろうとした。襖を開け、入る。開け、押し入る。開け、突き進む。「…ループしてたりしないわよね?」同じような部屋をただひたすらに彷徨う。いくつ進んだかなんてもう覚えていない。
「あら、さっきから同じ場所を廻っているわよ」私の背後に、そいつが現れる。私はびっくりして――ちょっとだけよ、ちょっと――倒れ込みそうになる。するとその場に人魂が現れて、私の身体をふわりと支えた。「…なによ」「なんでしょうね」こいつの笑いは少しばかり、気に障る。
「あなたには少しだけ縁があるのよ」扇子を取り出して、私を指す。「私は西行寺幽々子。よろしくね、ミスティア・ローレライさん」…私の名前を知っている?「あんた、何で私の――」「縁があるから。覚えてなくて?」顔をまじまじと見るが、まったく覚えていない。誰だっけ…?
「それは、妖怪の悲しい所かもしれないわね」扇子を開き、値踏みするように私を見る。「あの時はごめんなさいね。本当に食べる気は――ふふ、どうかしら。あったかもしれない」「食べる…って?」「そのままの意味よ。或いは、別の意味の方がいいかしら」幽々子は目を逸らさない。
「まあ、お座りなさいな。お茶でも出すわ」幽々子がそう言うと、傍の襖がさっと開き、従者らしき人間――人間?――が現れた。…なんだか、こいつも見た事がある気はするけど、思い出せない。自分の記憶力を思い、少しばかり情けなくなった。人間は命令を受け、あっという間に消えた。
――運ばれてきたのはお茶と…ショートケーキが二つに山盛りの饅頭、煎餅にアイスクリーム…?「…どうするの、それ?」「いかが?」「いかが、って…」余った分をどうするつもりなのか、と思った。思っていた。――優雅な仕草で、しかしあっという間に、お菓子が目の前から消えていく。
「どうぞ?」ショートケーキの皿を渡された。私は唖然としていたと思う。「甘いものの後の渋茶は素晴らしいわね」何がなんだかわからないが、とりあえず私もショートケーキに口をつけた。とても甘くておいしい。…こんな状況でなければ、お代わりを要求していたかもしれない。
「あんた、ものすごく食べるのね…」私は何故だか、背中がざわざわしていた。「そうね。美味しいものは何でも食べるわ。――そう、なんでも」なんだろう、私の中の何処かが危険を告げている。やっぱり早く帰った方が良い。そうに違いない。「…お菓子も頂いたし、もう帰りたいんだけど」
「そんなに急がなくてもいいでしょう?」幽々子の手が、扇子を取った。「折角だから、もう少しお話しましょう」…いやいや、冗談じゃない「こんな迷路がなければ、すぐにでも帰るわ」帰りたい。返してちょうだい。「どうしようかしらねぇ」こいつはきっと、何かを企んでいる。
「――そうね。泊っていきなさいな、あなた」…何を言っているんだ、こいつ?「妖夢」ズサッ、と襖が開く。その手には鍵…? 鍵のようなものが置かれていた。「あなたに一室貸すわ。好きに使ってちょうだい。道中は妖夢に案内させる」妖夢はコクリ、と頭を下げた。…私にだ。
「いや、だから帰りたいって…」「仮に屋敷を出られたとしても、今から結界外に行くのは危険じゃないかしら」窓から見える景色は、夜だ。――なんで窓が見えるんだ?――「まあ、確かにそんな気はするけど」「そうでしょう?」幽々子は笑い、何やら手渡してきた。「…なにこれ?」
「あなたにきっと必要になるものよ」それは小さな箱。中を開けると、ゴム風船がいくつも入っていた。「…風船遊びなんて、流石にやらないわよ」怪訝に思う私を見て、幽々子は口元を隠した。「その内にわかるわ。その内に。ふふ」幽々子の言葉はいつも遠回しで、難しく聞こえる。
妖夢の案内で部屋を後にする時も、幽々子は笑っていた。…その笑いがほんの少し様子の違っていた事に、その時の私は気付いていなかった。二、三部屋を通り過ぎると、そこには鍵のついた部屋が見えた。…こんなに近いのにわからなかったのか。本当に迷路じゃないか。「こちらです」
妖夢に促されて部屋に入ると、そこは――私の言葉では上手く言い表せないけど、立派な部屋だった。広さはそれほどでもないけど、調度品はどれも高そうだ。こういうのを、私には勿体ないって言うんだろう。「何かありましたら、鈴でお呼びください」妖夢は去った。判断が速い。
――さて、どうしよう。もう寝てしまおうかと思ったけど、それは何となく勿体ない気がして、やめた。「どうしようかな…」本棚を見ると、如何にも難しいですよ、という物体が詰め込まれていた。新聞くらいなら読めるけど、そういうのはめんどくさい。私は座椅子に座って、ぼうっとした。
「…したい事、ねぇ」何か食べ物を持ってきてもらうか。それとも先に布団だけ敷いてもらうか。鈴は私の目の前にある。…とりあえず鳴らしてみようか。私は指でそれを押さえ、左右に振った。「御用ですか」襖がスタン、と開き、妖夢が現れた。…向こう側に待機してるみたいな速さだ。
「何か軽食が欲しいんだけど」「承知いたしました」襖がストン、と閉じる。…流石にすぐ食べ物が来るとは思えないk――「お待たせ致しました」待ってない待ってない。「ステーキサンドでございます」「…ステーキ?」これ重くない?…と思った時には、既に妖夢の姿はなかった。
…まあ、いいか。かぶりつく。その肉はとても柔らかくて、味付けもいい。それは私の好きなものだった。どうかしたら屋台で出せないかしら…と思ったりもした。精も付きそうだし。――精が? 私は心の中がざわつくのを感じた。ちょっとした、欲望。食べ終わった私は、少しだけ悩んだ。
鍵はかかっている。何処に繋がっているやらわからない窓の外から、内側を覗けるとも思えない。妖夢は…襖を開けて確認したが、廊下の何処にもいない。当然、幽々子の姿もない。たぶん、声が漏れる事もないはずだ。私は冷静に状況を分析すると、…少しだけ、非常識な事をしようと思った。
こんな所でするのは抵抗があったけど、やがて欲が羞恥心に勝ってしまった。私はごそごぞと下着を下げ――萎えたそれを取り出した。静かに手でさする。それが少しずつ熱くなっていく。心臓がぐっ、と締まる。ざわめく心とは裏腹に、それは毅然として勃ち上がり、硬さを増していく。
いい。とても、いい。静かにしごく。先を指で転がす。撫でる。深い深い息を吐いた。甘い刺激に浸っていた私は、しかしてより強い刺激を求めていた。握る手を強くする。もうさすってはいられない。掴んで、しごいた。その度にそれはびくびくと震えた。…うう。もうそろそろ、イキそう…?
…はっ、と気が付いた。立派な部屋だし当然あるだろうと思ってたけど、この部屋には、チリ紙がない!!「待って待って、ちょっと…うう、待てない、我慢できない…」快楽と自尊心の間で挟まれていた。このまま部屋にぶちまければさぞ気持ちがいいかもしれないが、流石にそれは…。
――そうだ、さっきのゴム風船がある。あれの中に! 暴発しそうなそれを必死に宥めながら、私は箱を開き、袋を引き裂いた。慌ててとりつけて――随分とあっさり、それは私のそれを受け入れた。安心した傍から、私はそれを握り、擦り上げた。――もうダメだ、出る! 出るっ!!
快感が全身を衝いた。背を丸め、それを抑え込もうとした。しかしそれはむしろ昂りを強めるだけだった。どぷどぷ、と音が聞こえる。それは今までにないくらい硬く張り詰め、震える度に幾度も精を吐き出した。無我夢中だった。いつもそうだ。しかし今のは、それ以上だった。
――チカチカする頭を整えるまで、とても長い時間がかかった。或いは一瞬だったかも。息を整えた私は、私のそれを見やった。ゴム風船はぼてり、と膨らみ、中にたっぷりの精を蓄えていた。…そうか、こういう風に使うものだったんだ。私はそれを掴み、そっとゴムを外した。
たぷたぷとした風船を見て、何故だか心がざわざわする。いつもは木陰なり自宅なりで処理していたから、精を凝視するなんて事はなかった。――今日はいつもよりも気持ちがよかった気がする。精もたくさん出た。そういえば、何日我慢してただろう。今の快感で、忘れてしまった。
幽々子が何故ゴムの箱を渡したのか、この時の私には考える余裕はなかったかも知れない。たぶん、予測されていたのだ。私の顔にそう書いてあったのか、それともお姫様ともなれば下々の考える事くらいは読めてしまうのか。…ともかく、私は何の疑問も抱かずに、それをじっと見た。
…くずかごに捨てようと思って、やめた。代わりに口を結んで、テーブルに置いた。自分でも変な事をしていると思う。風船をつつくと、中の精が揺らぐ。つつく。揺らぐ。…心のざわめきは、或いは私の中の欲をつつき回していたかもしれない。私はゴムをもう一つ出し、挿れた。
二度目はすぐに訪れた。緊張はなかった。この場に慣れてしまったのかもしれない。私は荒い息を整えようとした。再び膨らんだ風船を取り外――そうとした時、違和感に気付いた。襖が開いている。不思議に思う間もなかった。私の肩に、手が置かれる。そこにいたのは――
「――ふふ。客室には必ずマスターキーがあるものよ」慌てる私を値踏みするように眺める。「小さいのに、随分と大きいのね、あなたは」慌てて手で隠す。そう言う時に限って、それはびくびくと震えた。新たな刺激を欲しがるように。「いらっしゃい、欲しがりさん」幽々子の、手招き。
…それが意味する所を、私は理解していなかった。ただ促されるままに座卓の上に座り、幽々子を見た。幽々子はくすくすと笑うと――私の股間に、手を添えた。「あなたの精魂尽き果てる様、見せて頂戴な」添えた手が私のそれを、前後に撫でる。私は目を丸くしたけど、手は止まらない。
萎えていたそれが、再び勃ち上がる。弱い刺激を受けて、熱くなる。幽々子の手は徐々に速さを増していく。弱い刺激も、次第に強まっていく。私は息を吐いた。片手が、両手に変わった。下から親指でしごき上げられる。ゴムの先端が口に含まれた。転がす舌の感触が、わかる。
私は強く呻いた。快感の衝撃がまた、私の中を上から下まで貫こうとしている。幽々子の手がそれを掴み上げ、強くしごいた。シンプルな刺激。どうしようもなく抗い難い刺激。息ができない。私は必死に腰を突き出した。もっと、もっとして欲しい!――もうダメ、出る! 出るっ!!
どぷ、どぷと音がする。確かに私の耳に届く。限界まで張り詰めたはずのそれを更に超える硬きが、精を吐き出す…いや、飛び出していく。「ふふ」幽々子の満足げな微笑みを、しかし私は見えていなかった。天井が見える。さっき知った天井。果てた私は、天を向いて叫んだのだった。
「…何て事するのよ」ぜえぜえ、と息を整えながら、私は苦情を入れた。「気持ちよかったでしょう?」まるで何でもないかのように微笑み、幽々子は手と手を合わせた。その手にはいくばくかの精が零れていた。幽々子はそれを指でこそぐと、…舌に当て、ペロリと舐め取った。
「これがあなたの精。ふふ」幽々子は私のそれからゴムを取り外した。二度の精を受け、それは膨れ上がっている。「――こういうのは、お好み?」そう言うと、幽々子は風船の口に唇で触れ――その中身を、舌で受けた。私が目を見張る中、幽々子はそれを、平気な顔で飲み下してみせた。
私のそれが、ぴくりと反応した。その動きはいやに艶めかしく感じられた。もっと、したい。――俄かに立ち上がった幽々子は例のゴムの箱を取って、それを座卓に置いた。「さあ、もっとしましょう?」私の背筋をぞくり、と何かが走った。そしてそれは、確かな危機の知らせでもあった。
―――
―――
「もう無理、無理だからぁ…ホントに無理…」頭がぐらぐらする。身体もまるで動かせない。何もかもが尽き果てたみたいだ。幽々子がいくら撫でても、もう反応すらしない。「あらあら、お終い?」…もう七回?くらいやってるのに、お終いも何もない。「これ以上やったら死んじゃう…」
「じゃあ、死んでもらいましょうか」幽々子が物騒な事を口走った。「…え? いや、待って…」記憶が混濁しているが――そのせいか、昔の記憶を一つだけ思い出せた。亡霊の姫、その力は――死を操る程度の能力。「待って待って…冗談でしょう…?」私の脳裏に死の幻影が浮かぶ。
「冗談だとお思い?」幽々子は私の顔に手を当てると――涙を拭った。気付けばもう穴という穴から体液を垂れ流している状況だ。とても人に見せられる顔ではない。…そんな事はどうでもよかった。幽々子は立ち上がると、棚を漁った。取り出したのは二つの包み。赤と、青。
「安心なさい、あなたを殺したりはしないわ。――私は、ね」幽々子は赤い丹を一つ取り出すと、私の口にねじ込んできた。抵抗するだけの体力も残っていなかった。茶で流し込まれる。「あなたに…そうね。欲が少しでも残っているなら、これが手助けしてくれる」幽々子は微笑んだ。
しばらくは何も起こらなかった。ああ、ようやく休める。そう思った、矢先の事だった。「…!?」熱い。身体の中が熱い――熱い! 熱い!!「どうかしら、熱いものがこみ上げてこない?」幽々子は平然としているが、私は――熱い! どうなっているの、どうして…こんなに…?
――そう。私のそれは、甚だしく怒張していた。きっとあの丹のせいだ。そう思うだけの判断力は――もう、残されていなかった。私がそうなる。私はこうなった。今ある熱量だけがすべてだ。熱く、熱く、張り詰めたそれが答えだ。なんとかしたい。この苦しみを、なんとかしたい…!!
「あら、ゴムがなくなっちゃった」幽々子が呟いた。ちょっと待って、こんなにさせておいてそれはないでしょう!? 私は両手でそれを掴むと、ゴシゴシと前後させた。ダメだ。弱い。もっとすごいもの、もっと熱いものが欲しい!! 誰か!! 私のこの身を削り尽くして!!!
「…いいわ、いらっしゃい」幽々子が――着物の前をはだけた。私の中が更に熱くなるのを感じた。「いいのよ」幽々子の意図する事を、私は激しい欲望と共に理解した。私が突き出すと、幽々子はそれを乳房で挟み――優しく上下に擦り始めた。熱い。その胸はどうしようもなく、熱い。
命を燃やす私を上目使いで見ながら、幽々子は徐々に強く、速く擦り始めた。遥か限界以上に硬くなったそれを震わせる。幽々子は先端にキスをした。だらだらと流れる精が、幽々子の内側を犯していく。壊れた蛇口めいて垂れ流された精が、幽々子の外側を熱く、ただ熱く犯した。
幾度目かのキスをされた時、私は限界を感じた。幽々子の頭を抱き込んだ。幽々子は――突き出されたそれを、口で根元まで含んだ。そこまでだった。私は奔流めいた精を吐き出した。無理矢理に抱き込んだ幽々子の口に、内側に、すべてを犯しつくさんと、吐いた。吐き続けた。
私の中で、何かが切れた。
―――
―――
それは命の綱だったかもしれない。凄まじい快感は、やがて安らかな浮揚感に変わった。抱えた熱量も、何処かへ行ってしまった。もう心を乱される事はない。欲に溺れる事もない。天に何者かの大きな人影、地には安穏を湛えた闇。私はただ、下へ、下へと降りていく。闇の中へ、中へと…。
(だめよ。さあ、目を覚ましなさい)
…聞き覚えのある声が、私を闇の中から引き揚げた。青い光が見える。…そうだ、私はこんな所で死にたくない。死んでたまるか。飛び上がった私の足元に、闇が迫る。まだだ、まだ飛べる。私は闇を振り切るように飛んだ。飛び続けた。――見えた! あれは、私自身の身体だ!
―――
―――
――気がつくと、見知った天井――いや、幽々子の顔が、そこにはあった。まるで子供をあやすように、私に微笑みをくれていた。「赤い薬は死の薬、青い薬は命の薬」幽々子は丹の袋を手で弄んでいた。「この丹はセットなのよ。どうだった? 言葉通り、死んでしまうほどの快感は」
「…最悪だったわ」「そう。…丹はまだあるけれど?」「絶対飲まない」「そうね」ふふ、と笑う幽々子に、怒る気も失せてしまった。精魂尽きて死んでしまったのは確かだが、蘇生してくれたのも幽々子だ。納得はできないが、そこでやりあう気はなかったし、必要も感じなかった。
気付けば、外は朝方のようだった。これだけ明るければ、花見客も戻っているだろう。私はそこで移動販売をして、一緒に撤収すればいい。今度こそは家に帰れる。今日はとんでもなく疲れたけど、これからはいつもの毎日が始まるに違いない。「じゃあ、帰るわ。私を外に出して」
幽々子は首を振った。「…なんでよ?」幽々子は扇子で口を隠しながら、私に告げた。「あなたが気に入った。ずっとここにいなさい」「えっ? …いや、帰してくれるって…」「私は一度も帰すなんて言っていないわ」いや、もしかするとそうかもしれないけど、それって騙し打ちじゃない。
幽々子は微笑んだまま、私に近付き――「私のものになりなさい、ミスティア」扇子を耳に当て、幽々子は囁いた。その顔はとても柔らかで、しかしてその瞳は妖艶な光を放っていた。…私はすぐには拒めなかった。昨日のそれを思い出して、私の中で何かが熱くなるのを感じた。
「お友達とはいつでも会えるわ。あなたの屋台も持ってきていい。――だから、ね?」普通の妖怪であれば、願ったり叶ったりな話だろうとは思う。けど、ひょっとしてあんな事にずっと付き合わせられるとしたら…。「どうしたの、そんな怖い顔をして?」逆に何で謂れがないと思うのか。
「妖夢」襖がズガッ、と開き、従者がタオルを一枚、差し出した。幽々子は私のそれを丁寧に拭く。「後でお風呂に入りなさいな」「え? うん…」何となく丸め込まれた気はするが、確かに水を浴びたい気分だった。幽々子は己の胸を拭き、口元を拭き――タオルで隠したまま、目を細めた。
私は起き上がろうとして…倒れそうになった。力がすっかりなくなっている。「療養しなくてはね」私の手を取って、幽々子は如何にも嬉し気だ。…ああ、これは治った頃に何かされそうな気がする。私の背筋をぞくり、と何かが走った。そしてそれは、確かな危機の知らせでもあった。
◇◆◇◆◇◆
「もう無理、無理だからぁ…ホントに無理…。粉も出ない…」「一粒逝っとく?」「やめて」