ここに来るのは随分と久しぶりな気がする、、
魔界の涸れ谷の奥にあるティファの館の前で、キルバーンはしみじみと思う。
半月前に自分の犯した悪行のせいでハドラーに叱りつけられ、何があろうとも半月はティファの下を訪れるなと。
自身の犯した悪行の数々を思い起こせば、よくそれで済んだものだと今ならば思う。
ティファに懇願をしてハドラーの後にティファの恋人にしてもらったと言うのに、ハドラーどころか長い年月を共に渡ってきた親友ミストバーンに差は嫉妬したのだ、、、愚かな自分、、ティファの恋人になるのは端からハドラーがいたのを承知していて、、ミストバーンに至っては自分がティファとの縁を取り持ったと言うのに、、二人に対して生命体とは違う自分に勝手に引け目を感じてティファが自分の事をいつか【紛い物の恋人】と捨てるのではないかと勝手に焦って、、何をしていたんだろうか僕は、、
ティファを女として愛したのは自分、、およそ百年前に出会ってすぐに欲しくなった、まだ十二の年月しか生きていなかったティファを自分のものにしたいと。
【子供は無理でも快楽はあげられるから、僕のお嫁さんになってくれないかな】と思い続けて。それは自分がどれほど生命体の様に思考し振る舞おうとも所詮は機械であり、だからそれがなんだと当然の事ではないかと考えていたあの頃の自分が、今の自分を見たらきっと嘲笑しよう。
そんな無様な愚者はお嬢ちゃんの恋人に相応しいものかと。
どの様な形であれ己の欲したものを大切にできないなぞ愚者であり、ましてや大切な親友ミストバーンに嫉妬するなぞあり得ないと、、百年の歳月が自分の思考を鈍らせたのだろうか?
あの頃の自分はどこまでも傲慢に近いほど自信に満ち溢れていた。
機械であろうがお嬢ちゃんを【愛する心】は誰にも負けないと豪語し自負していたのがこの体たらくで、、
ハドラーとの本気の激突で敗れ手足が折られて叱りつけられた事で、キルバーンは己の愚を覚らされた後、手足が自動修復された後も敗れた場所で寝転んで猛省したのだ。
魔界とは地上にあるので当然雨も降る中、自慢の一張羅が汚れのも構わずに、ボロボロになるのが今の自分には相応しいと。
そしてハドラーとの約束を守って昨日が半月目、服同様醜く愚かな己のくだらない嫉妬諸共にズタボロの服を燃やして取り替え、ティファの下を訪れた。
一昨日までは自分達の主の居城兼魔界の政庁であるパレスに止まっていたティファは、矢張り人の家に帰りたいと辞したという。
ティファにとっては三人の恋人と共に過ごしたあそここそが我が家なのだと、、泣きたくなった。
勝手に嫉妬に狂って責め苛んだ自分を、生命をその身に孕んでもティファはまだ恋人だと言ってくれて、、、二度とすまい、これよりはティファと生まれてくる子等を、ハドラーとミストバーンと共に愛し守り抜くと誓い訪れれば、館の結界前で出迎えを受けた。
「お久しぶりでございますキルバーン様。」
ティファの忠臣の一人、竜騎衆の長ラーハルトの息子の【ラーハルト】が、胸に手を当て慇懃に礼をする。
「久方ぶりだね執事君、ティファとミストバーン達は中にいるかい?」
「御三方とも一昨日よりバーン様の下を辞去うされ戻ってこられております。じきにキルバーン様もお見えになるだろうとハドラー様より教えて頂き出迎えさせていただきました。」
そのどこまでも礼を崩さないラーハルトに、キルバーンはその父親を思い起こさせる。
どこまでも生真面目であった槍使いは、ティファがこの地に居を構えると知って息子にラーハルトの名前を持たせてティファに仕えさせ、それと同じくマァムの六代目に当たる子孫の中からも、マァムによく似た少女もマァムの名前を持たせて侍女として送りつけた。
【小娘】一人では食事も日常も手を抜くだろう、二人に手伝って貰うといい
なんとも自分の知るラーハルトらしいぶっきらぼうながらも優しさが溢れた手紙を二人から受け取ったティファは、疲れ果てた心を動かされてやってきた二人の好きな様にしていいと許可を出した。
竜騎衆の長として父バランに仕え、その後は兄ダイに仕えながらも、自分の事を出会った頃の呼び名を変えることの無い優しい槍使いを思い出して。
以来父親とは違う水色の肌のラーハルトが執事兼使用人として、当時まだ十一歳であったマァムは侍女の勉強をしながら仕えてくれた。
料理人や庭師、家を維持する数名の使用人はバーン自らが面接をして送ってきてくれ、ティファは何不自由なく引き篭もり生活五年を満喫できたのだが、キルバーンはマァムはともかくラーハルトが苦手である。
なにか、ハドラーとミストバーンを見る目と自分を見る時の目の温度に差がある様な気がするのだが。
「この度はティファ様が身籠り祝着至極に存じます。」
「うん、、僕も嬉しいよ。」
、、声音は平板ながらもどこか喜びの気配が滲むラーハルトに、キルバーンもポツリと本音を漏らす。
ティファとあの二人の子を慈しもうと決めたのだから。
そんな決意を新たにしているキルバーンに、ラーハルトはさらに言葉を続けた。
「先日ティファ様の許可をいただき父にもこの度の慶事を手紙にてお伝えをさせていただきました。」
「おや、、確か君ルーラ使えたよね?直接行かなかったのかい?」
「はい、ティファ様とこの家から何があろうとも離れる事は罷りならないと父から言われておりますので。」
「そう、、あの槍使い君らしいね。」
ラーハルトの返答に、キルバーンは苦笑する。
バランの下を片時も離れなかったラーハルトは、マァムと結婚し彼女が寿命を迎えるまでデルムリン島で過ごした後はダイの息子に仕えて今はパプニカの騎士団長をしている。
本当に生真面目で仕えるとなればとことん己の身を捧げ尽くすラーハルトらしいと思い出して笑うキルバーンに、執事ラーハルトは本命の方に取り掛かった。
「父からキルバーン様にご伝言がございますがお聞きになりますか?」
「おや、、なんだろう、お願いしよう。」
「では父の言葉をそのままお伝えさせていただきます。私は今回の慶事に併せてティファ様の環境を余す事なく父に伝えても良いかをお聞きして許可を得て【ありのまま】父に伝え、その上での返事でございます。」
「、、、つまり槍使い君はティファの恋人が、、」
「はい、三人である事を承知しております。」
「、、、そして【僕】にはティファから身を引けと?」
大戦からこっち、ティファの仲間や保護者達からはキルバーンは徹底的に嫌われている。
それこそチウとメルル以外はレオナ姫やアバンからも冷たくされ、ヒュンケルやラーハルト達からはあいついつかぶっ壊すを目論まれていたのはよく知っている。
今度の事で、機械の自分は用済みだとか言うのだろうかとしょんぼりとしたキルバーン、執事ラーハルトはいい笑顔でもっと凄い言葉を落とした。
「違います。父からの言葉をそのままお伝えいたします。
ティファ様を苛んだ貴様を、その身の全てを木っ端微塵に跡形もなく消して灰まで踏み躙ってやりたところだが、ティファ様に免じて一度だけみのがしてやる、との事でした。」
伝えた執事の瞳と声は冷たく、冷笑を以て死神に伝言を伝えた。