空
ここにはなんでもあって何にも無い、、
広大な土地の中のそこそこ広い屋敷の一室で、ぼんやりと窓辺の下に据え付けたソファーに凭れ掛かって外を眺めているティファは思う。
なんでもある
今も自分の事を優しく見つめながら、自分の履く靴下を毛糸で編んでくれている。
じきに寒い冬がやってくる、、この屋敷できちんと四季を感じたいと出した要望は通った様で、春の優しい温もりが、夏の暑さが、秋の優しい涼しさが、冬の寒さが【結界】が張られているこの屋敷でもきちんと感じられる、、そこそこではあるが、、
冬の外の豪雪の景色を眺めながら、ほんの少し暖炉に火をくべれば暖かさを感じた時に悟った事。
矢張りこの屋敷の守りはあらゆる意味で完璧であり、室内温度管理もされている事が。
とは言えティファにその事で不満はない。
夏はある程度動けば汗をかく程度に、冬は冬の服を着なければ寒い仕様にきちんとされている。
そんな環境なので、四季折々の服が用意できると唯一のメイドのマァムが喜んでいるのだからそれでいい。
サマードレスを着れば綺麗だと、マァムの兄にあたるラーハルトも、彼等と同じ【ラーハルト】の一族の三代目あたりで、同じく彼らと共に島から魔界のこの場所に自分について来てくれて、庭の手入れや屋敷の外観等を守ってくれている純魔族として生まれたウォレスと、奥さんで庭木ではなく畑の面倒を見てくれる同じく魔族のミライヤが喜んでくれている。
なんだかんだとティファの隠居地は、綺麗な庭木に彩られ四季折々の野菜も育てられ、その内に同じ敷地内にあるウォレスとミライヤの家も子供が生まれ育ってまた賑やかになる【予定】である。
ミライヤのお腹が膨らんでいくのを、夫のみならずラーハルトもマァムもそしてもしかしたら、夫のウォレス以上にティファの方が待ち侘びているかもしれない。
隠居の地に来て半年してミライヤの妊娠を知った時のティファは、心の底からミライヤとウォレスを寿ぎ、ミライヤのお腹が膨らむ前から何度もミライヤにお願いをしてまだ出ていないお腹に耳をつけ、早く大きくなって出てきてねと、夫のウォレス以上に日に何度も話しかけては、ミライヤは小さな主人は気が早いと苦笑しながらもその度にティファの頭を優しくすいて、子守唄の練習ですと言いながら優しい歌でお腹にいる我が子と共に柔らかい歌声で主人を包み込み、その光景をラーハルトとマァムは優しく見守っている。
この地に来るまでティファは優しい笑みを浮かべる事はあれども、嬉しそうな笑みを浮かべる日のなんと少なかった事か、、
慕っていた【おじさん】や祖父と父達を始め、魔法使いの兄や戦士達や大ネズミの獣王が寿命で亡くなり、そしてパプニカ女王とテラン女王が相次いで没っし、、兄であるダイまでもが逝ってしまった時、、その時ティファの心まで共に連れて行かれてしまったのではないかと危惧するほどに、ティファ自身が空になってしまった、、泣いて泣いて泣き果てて、、、親しきもの達に置いていかれる魔族の寿命に、同じ置いていかれる身のロン・ベルクと違い、耐えられるほどにティファの心は強くは無かったのだ、、
特に兄であるポップと、半身とも言えたノヴァの時の嘆きは酷く、周りがティファの心が壊れてしまうと抱きしめて慰め続けたほどであったが、実兄の死は、そんなティファの心にトドメを刺したといえよう、、
兄の死に際し、ティファは葬儀前の慌ただしさで【ラーハルト達】の目が離れた隙に、遺体が安置されている間にひっそりと訪れた。
本来は騎士達に厳重に守られている部屋であろうとも、ティファの異能でわけなく入り込む。
眠る様に仰向けになり両の手を胸元で合わさって横たわる兄は、、癖っ毛の髪は形はそのままであっても白髪であり、刻み込まれた顔の皺にティファは一つずつゆっくりと口付けをする、、一つ一つが愛おしいとばかりに丁寧に、、瞼に頬に口元に合わせられた両の手に、、そして
「にぃ、、大好きだよ、、、」
自分達が自分達の証である【竜の紋章】が宿りし額に、、
紆余曲折を経て、右手とそして自分が兄にあげた竜の紋章は完全に合わさり混ざり合い戻った額は、、、他と同じく冷たくて、自分が何をしてももう優しく自分の名を口から紡がれる事は無く、優しく手で撫でてくれる事も無く、優しい眼差しを向けてくれる事も無く、、、その事実に打ちのめされ、ティファは兄の遺骸に覆い被さって取り縋り泣いて泣いて泣いて、気がつけばパプニカの部屋の一室で寝かされ、、ぼんやりとしていれば葬儀が始まるとキルバーンが知らせに来てくれ、そして漆黒のドレスに着替えさせてくれたのを、ティファはぼんやりとしながら、知らせに来てくれた事も、着替えさせてくれている事にも礼を言わないのをキルバーンは特に何も言わずに、着替え終えたティファを抱き上げ皆が待つ大聖堂へと空間をあけて主であるバーンの横に出現をした。
葬儀には各国の者達は無論の事、偉大なる勇者として名を馳せ女王レオナを支え続けた王配の死を多くの者が悼み、大聖堂の外にもレオナ女王が没した時と同じくらいのもの達が馳せ参じている。
その中には無論魔界側からも二代目大魔王となった者と三代目になろうというハドラーもおり、そして一線を退いたとは言えどもいまだに三界に影響力を有しているバーンがミストバーンと共に当然おり、ティファとキルバーンはその隣に静かに佇む。
式で誰かしらが兄を悼む弔辞が述べられ、沢山の者達が涙を浮かべながら献花されていく様を、兄は本当に大勢の者達に慕われていたのだなとぼやけた心でティファは思う中、ティファ自身は弔辞を述べる事もなく献花もせずに、ただ佇む様を人々は様々な思いで見ていた。
ある者はあれが本当に偉大なる【ディーノ王配】の実妹なのか、まるで気概も何もない童ではないかと思い
ある者は歳経た様子の無いティファを気味悪がり
ティファの心を心配する者はダイとレオナの子供達とその家族か、ラーハルト達かバーン達のみとなっていたのを、ティファは気配を読むのに長けてしまった力でそれを知る、、、【料理人ティファ】の実年齢や功績を知る人々は、もう自分には優しく無いのだと、、
しかしその事実を前にしてもティファ自身はどうでも良かった。
何故なら、兄の死に取り縋って泣いたあの時、、確かに自分の心がひび割れる音を聞いたのだから、、心砕け散って温かさも優しさも愛おしさも散らばって、、空っぽになってしまったのだから、、
何も無いのはティファ自身、、
空になった人形には人々の思惑なぞ届かず、隠居先で善き事に触れて幾許か心が動いてもただそれだけの、、ティファ自身からは何も呼び起こされることのない日々は二年経つ