それは情交とは呼べるシロモノではなかった。
愛を交わす行為と呼ぶには悍ましく、ただただ、一方的な快楽の奔流を与えられた、暴力と呼ぶのが相応しい行為ですらあった。
魔界の片隅、都市はおろか小さな邑からも何十里と離れたきりたった渓谷の中にその屋敷は存在している。
魔界に相応しいモンスターの影一つなく、草木の一つもない渓谷の中央まで辿り着ければ目に入る異様な屋敷。
そこは人界のパプニカには及ばずとも、広さだけであればテランの城ほどの広さがある。
とは言え家屋の方はさほどの大きさではなく、せいぜい豪商の贅を凝らしたほどの二階建ての家で有り、敷地の大半は庭園で有り多数の植物達が枯れた渓谷の内であるのを知らずかのように繁栄を謳歌していた。
それも無造作にではない。きちんと手入れが行き届いた中での繁栄である。
この地には無く、植えられたであろう木は全て果実を、それも一般庶民はおろか上級貴族でさえ滅多に口にすることができない至福の美味をもたらす果実を実らせる木々で有り、それも春夏秋冬全ての季節に何かしらの果実がこの屋敷の主人が口にできるよう多種類の果実の木が植えられている。
花々も同じであり、屋敷の主人がどの季節においてもその目を楽しめるように果実達には負けじとばかりに種類が揃えられている。
屋敷の主人が、外でティータイムをどこでしても花々を楽しめるようにと。
しかしそれらの趣向と贅がつまった屋敷を建てたのは屋敷の主人がとされているものでは無く、与えられたのだ。
魔界の神と謳われる大魔王バーンより、かつての勇者の妹であった料理人のティファが。
大戦より百年も経てば、大半は人か同じ寿命の下に生まれた兄達や仲間達はティファの下を旅立った。
その際行く宛が無いわけでも、身の置き場がなくなったわけでも無いが、ティファは兄達や仲間達の子孫の下にいるのが辛いと大魔王バーンに溢した。
兄達や仲間達と似た子孫達を、頑張って見守ろうでは無く辛いと。
ティファは、その役目を齢十二でし尽くした感があり、そもそも王侯貴族やそれに準じる一般庶民な子孫らを見守る必要性などどこにも無い。
それどころか魔族の寿命持ちのはずのティファは、外見は魔族どころか半魔ですら無く、人間、それも十五の歳から完全に成長は止まり人の子の姿のままで百年の時を渡ってきた。
初めはそれでも良かった。
ティファや仲間達が成してきた功績で救われた世界はその恩に報いようと優しかった。
変化が起きたのはそれから数十年の月日が流れ大戦の爪痕が全て消え失せ、戦の無い世の中がー当たり前ーになった時から。
その頃には各王家とも王をはじめとした大臣・官僚達の世代交代があった。
中には没した者達もいるのは当然の頃であり、その頃からティファへの評価が著しく変化していった。
賞賛を以て称えられていたティファは、彼女の事を話でしか知らずに恩恵を受けないもの達からすれば何がそこまで賞賛に値するのか分からず、ただ勇者一行を手助けしただけの者ではないかと囁かれ始めた。
それはティファが、大戦以降は公的な場に出ることはなくなり、持っているであろうとされている知識を振るうことが無かったのが一端ではある。
ティファは自分の持つ知識は前世のものであり、転生者にありがちな未来知識を活かした組織論はもとより、大魔導師マトリフ、親友のノヴァと開発した万能薬も傷全般に関する物を完成させた後は万能薬開発から全て身を引いた。
つまり、病に関する万能薬を開発どころか提案すらしなかったのだ。
マトリフを始めとした開発者達は、心優しい彼女なれば傷の後は病も駆逐しましょうと意気込むかと心待ちにしたのだが予想は完全に外れた。
ティファの中では病は駆逐対象ではなかったから。
前世では生まれた時より病に侵され、遂には胃がんで没した身としては病は敵と言ってもおかしくはないだろうが、ティファの考えでは病に対抗する術を開発するのはーこの世界ーの者でなければならないという固い信念があった。
ティファにとっては外的要因によって出来た傷こそが駆逐したい敵ではあるが、病はその限りでは無く熱冷ましや傷薬の為の鎮痛剤や睡眠薬は開発したが、後は本当に病対策はしなかった。
そして中世のままの文明も底上げしようという気もまるでなかった。
それは緩やかに流れるこの世界を愛し、繁栄させ近世になるのであればその過程を作るのはこの世界で生まれ育った者達がすべき事であり、ー外ーから来たものが弄り回してよいものではないとしたから。
そして全てから手を引いた彼女を快く受け入れてくれた者達がいなくなった世界は、彼女の中身を知らず、成長しないままの不気味な者という誹りが周囲を占め始めた時、はじめてティファは大魔王バーンに頼った。
兄達の子孫も優しくはあるが周囲がそれをよしとせず、そのせいで国が乱れるのは問題であり、とは言え人界に隠居しようにも、自分がどこの国に行っても外交問題の種になりかねない。
不気味で敬遠したい者ではあろうが、かつての勇者の妹を自国だけで囲うのはいかがなものかと、自国の利益争いの道具にされては敵わない。
とは言え精霊界も天界も候補では無い。
そこで隠居したいと言えば、今でも彼女を愛し続ける者達がこぞって両手を挙げて大歓迎しようし、事実大魔王に隠居場を魔界に欲しいと言った時には精霊達や天族達が大魔王の居城に押しかけうちに来て欲しい合戦を繰り広げ、あまりの騒動にブチギレた影の大参謀ミストと、死神キルによるって本気で叩き出された。
その時のティファの言葉は、ただ静かで自分を放っておいてくれる場所が欲しいと。
ティファは疲れたのだ、後年のヴェルザーのように。
称賛されることにも誹りを受けることにたいしても、全ての事が煩わしくなっていた。
築き上げた実績も、変わらぬ容姿の事も取り沙汰される事に疲弊し、家族と仲間とヴェルザーを見送った今となっては、とにかく静かな場所が欲しいと望んだ言葉に、精霊達も天族も身を引いた。
どちらの世界もティファを数日はそっとしておけるだろうが、彼女を慕う者達を四六時中止める事は出来ず、自分達も会いたいと望む事が容易に想像できるから。
そのはてに、ティファの隠居場は大魔王の手によりひっそりと用意された。
ティファが許可したものしか入れず、屋敷自体見つける事も出来ない結界付きの、贅を凝らされた隠居場が。
ティファは宣言通り、その屋敷で芒っとして五年を過ごした。
自分に仕えると言って聞かなかったラーハルトとマァムの子孫をのみと過ごす中、色々とあってハドラーから始まりキルともミストとも恋人になり、屋敷は無為を過ごす場から淫靡な恋人達の交わりの場とかしたのは当然の成り行きであり、そして今夜相手となったのはキルであった。
それも、常の優しい彼では無く、赤い瞳がシンと冷たい気配が漂っているのを会った時から感じて嫌な予感を覚えたティファは正しく、そしてティファは睦言を囁かれる事はなく愛撫を施されるのでは無く、ただただ一方的な快楽をその身に浴びせられるのであった。