「ふぁ~……いいお湯だなぁ……」
星空の下、湯気に満ちた露天風呂の中で、女神官の気の抜けた声が響く。ここは、湖畔の漁村に唯一ある温泉宿の露天風呂だ。
数日前、ゴブリンスレイヤーと共に山麓のゴブリン退治に向かった彼女が、どうして一人でこんな場所でくつろいでいるのだろうか。それには、さして深くもない事情があった。
今をさかのぼること四日前、彼女はゴブリンスレイヤーと一緒に、街の冒険者ギルドでゴブリン退治の依頼を請け負った。山麓の洞窟に住み着いたゴブリンたちは、強力なホブに指揮されて、大規模な巣穴を築きつつあった。女神官を引き連れたゴブリンスレイヤーは、いつもの執拗さを発揮して、入念に入念を重ねてその巣穴を叩いた。そこまでは、いつもの彼の仕事風景と変わりない。
しかし、山麓の巣穴を潰し終わると、彼は即座に、湖畔の漁村に移動すると女神官に告げた。彼は急いでいた。ギルドでは山麓のゴブリンを優先したものの、漁村に出没しているというゴブリンたちも、遠からず大きな被害をもたらすに違いなかったからだ。女神官も、彼に置いていかれないように、獣道と変わりない山道を、草をかき分けながら必死になってついていった。
「へ……? もう終わった……ですか?」
だが、彼らを待ち受けていたのは、村人たちの拍子抜けする報告だった。ようやく湖畔の漁村にたどり着いてみると、そこに出現したゴブリンたちは、既に別の冒険者に退治されたあとだったのだ。蓄積された疲労がどっと襲ってきて、女神官は、危うくその場にへたり込みそうになってしまった。
「まだ安心はできん。巣穴に生き残りがいる可能性もある」
ゴブリンスレイヤーは淡々とそう言った。彼にとって、ゴブリンを殺すのは必ずしも自分でなくとも構わないが、他の冒険者たちは詰めが甘いと、彼は考えていた。僅か一匹の幼体に情けをかけて、それから再度膨れ上がった群れに村を襲われた例は、枚挙にいとまがないのだ。
案の定、彼は巣穴にゴブリンの生き残りがいないか確かめに行くと言った。ついてこなくともよいと言われたが、女神官も同行した。
結論として、漁村から見て湖の対岸に築かれていた巣穴は、完全に潰されていた。大人のゴブリンは一匹残らず殲滅されていたし、隠れていたと見える幼体も、棍棒か何かで頭をたたき割られていた。「これなら問題ない」という
女神官の身体からは、改めて、どっと力が抜けてしまった。
それからである、もう夕暮れ時になろうとしていたが、ゴブリンスレイヤーは、今日のうちに街に戻ると言った。急げば確かに不可能な距離ではないが、普通ならここで一泊することを選ぶのに。
仕事を終えたゴブリンスレイヤーが早く戻りたがる理由を、彼の個人的事情を全く聞かされていない女神官は知らなかった。ひょっとしたら、彼にはそうしてまで、誰か会いたい相手がいるのかもしれないと、ほんのり思っただけだ。――その相手とはもしかしたら、定期的にギルドに食料を届けに来ている、彼の知り合いである牧場娘なのかもしれないと。
得体のしれない胸のざわつきを覚えた女神官は、彼に言った。
「……わたしはもう動けそうにありませんから、朝になってから帰りますね」
実際、彼女の体力は限界だった。ゴブリンスレイヤーもそのことは承知していて、あっさりと頷いた。
「そうしろ。宿代は俺が払っておく。ここから町への街道は安全なはずだが……念のため、荷馬車にでも同乗させてもらえ」
「ふ~ん……そうですか……なら、そうさせていただきますね」
ただぶっきらぼうなだけでなく、ゴブリンスレイヤーが自分のことを気遣ってくれているというのは、女神官にもわかっていた。しかし、「お前が残るなら俺も残ろう」とか、「どうしてもお前と一緒に帰りたい」とは、彼は言ってくれなかった。子どもっぽいと自覚しながら、そのときの女神官は、少しむくれた顔をした。
そしてゴブリンスレイヤーは、彼女の言葉を言葉通りに受け取って、本当に帰ってしまった。だから、夜になった今、女神官は村唯一の温泉宿の露天風呂に、一人で浸かっているのだ。
「はぁ……」
この露天風呂からは湖が一望でき、ひなびた漁村にあるにしては、風光明媚で湯加減も良かった。満天の星空が湖面に映り、時おり流れていく星々が、水の中に吸い込まれていく。しかし、女神官がため息を漏らしたのは、純粋に湯の心地よさのせいばかりとは言い切れないだろう。むしろ多分に、「誰かさん」の朴念仁っぷりのせいだと言える。
だが、女神官の胸のうちにあるのは、彼女自身も自覚しきらない淡い感情だった。それ故に、彼女は自分の感情を言語化することもできずに、悶々とした想いを抱え、湯の中に沈めた口から、ブクブクと泡を吐いた。
それでも、あまり長く浸かっていると湯あたりする。そろそろのぼせそうな頃合いになったころ、彼女は湯の中で立ち上がった。ざぱりと音がして、透明な温泉の水が、若々しい生命力にあふれた女神官の肌の上を滑っていく。
濡れないように結い上げた、美しく流れるような金の髪。発展途上ではあるが、確かに存在する胸の膨らみと、腰や尻の丸み。そして、全体的に火照って上気した肌。まだ完全に「女」にはなっていないが、それこそ、ゴブリンたちなら一目見ただけで涎を垂らして発情しそうな肢体だと言える。
ここには女神官だけで、彼女を見ている者はだれもいない。それ故に、彼女はその裸体を隠そうともせずに、温泉の出口に向かって湯の中を歩いていった。
しかし、女神官が気付いていなかっただけで、ここには彼女以外の人間もいたのだ。自然に湧き出た温泉を利用した露天風呂はかなり広く、大きな岩なども転がっていて、死角になっている場所も多い。ただそれだけのことだった。
「――ふふっ、やだぁ♡」
(――え!?)
だから、その「声」が聞こえたとき、女神官は大層慌てた。そして慌てはしたものの、声は上げずに、咄嗟にそのあたりの岩に身体を貼り付け身を隠した。
「ふふふっ、もう……おっぱいばっかり揉まないでよぉ……♡ ――え? しょうがないなぁ……――だったらいいよ♡ ――きゃっ、んっ♡」
ぱちゃぱちゃと水が跳ねる音と共に、男女が湯の中で睦みあう声が聞こえてくる。――そう、そこにいるのは、男と女だった。男のほうが喋っている内容は、ぼそぼそとくぐもっていて聞き取れない。しかし、女のほうの声は、女神官の耳にも、かなりはっきりと聞き取れた。
(――え!? ……ええ!?)
女神官は混乱の極致にあった。冒険者としてゴブリンスレイヤーについて回り、かなり凄惨な現場も経験した女神官であったが、こうやって、普通のヒューム同士が男女の秘め事を行っている場面には、逆に遭遇した経験がなかった。
当然、彼女自身が誰かと「そういうこと」をした経験もない。
女神官がそっと岩陰から覗き込むと、ランプの弱い明かりだけが照らす湯煙の中で、ぴったりとくっついた男女のシルエットが、僅かに動いている。
「あ……はぁ~…………うん、気持ちイイよ……――アっ、そこぉ……♡」
その上ずった声の持ち主に、女神官は心当たりがあるはずだったが、気が動転していたのと、「彼女」がそんな声を出せるとは知らなかったのとで、それが誰なのかには気付かなかった。
女神官の心臓が、恐ろしい位に早鐘を打つ。彼女は口の中に溢れてきた唾液を、思わず飲み込んだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……もっと……もっとしてぇ……♡」
男と女の営み。性の営み。ゴブリンの巣穴で目撃したおぞましい行為と異なり、女の声には、聴いた者の脳をドロドロに溶かしてしまいそうな甘やかさが含まれていた。
「あっ♡ ンっ……♡ ふぅ……んっ♡」
男の腕の中で、女は悩まし気に身をよじっている。いや、女というのは適切ではないのかもしれない。そこにいるのは、紛れもなく女神官と同年代の「少女」だった。しかし、彼女が既に「女」になっている――男によって「女」にされてしまったことも、決して間違いではないのだ。
男に背後から胸を揉みしだかれて、女の声の艶めきが、さらに増していく。そして、まるでそれと同期しているかのように、女神官の胸の鼓動も早さを増していった。
「はっ――はっ――はっ――はっ――はっ――はっ――」
女神官は、荒い呼吸が口から漏れるのを抑えることができなかった。それどころか、喉の奥から肺や心臓が今にも発射してしまいそうだ。彼女は両手をぎゅっと握りしめ、それで自分の胸を押さえていた。
(あ、あの人たち、そういうことしてるの? こんな場所で――お風呂の中で、そういうことしちゃってるの? ど、どうしよう、そんな、そんなことって――)
女神官は、口内に溢れる唾液をまたしても飲み込む。湯気の中に行為の輪郭だけしか見えないという状況が、逆に彼女の妄想を強く刺激した。
女が後ろにいる男の頭に、伸ばした右手を添えたように見えた。そしてそれと同時に紡がれた言葉は、聞いていた女神官の頭がクラクラしてしまうほど、大量の「媚び」を含んだものだった。
「ね~ぇ、そろそろいいでしょ……♡ ねぇ……♡ ちょうだぁい……♡」
女神官は息をのんだ。彼女は、湯気の向こうにいるのが、自分の知り合いであるポニーテールの武闘家と、四日前にギルドですれ違ったチンピラ男であるなどとは想像もしていない。少し前に幼馴染の剣士の少年を喪った少女が、自分よりずっと年上の男に媚び、縋り付き、素肌と素肌を触れ合わせているなどとは、想像できるはずがない。
「ふふふっ♡ はぁ~い♡ ちゃんとおねだりしまぁす♡」
男の指示を受けて嫣然と微笑んだポニーテールの少女が、男と向かい合うように身体の向きを変えて、男の首に愛おしそうに腕を巻き付けながら、男の耳に甘く淫靡な吐息を吹きかけ、艶めいた唇でそんな台詞を囁くなどとは、どうやっても想像できるはずがないのだ。
「あなたの逞しいおチンポを……♡ あたしのキツキツのメス穴の中にぶち込んでぇ……♡ い~~っぱい♡ い~~~~~っぱい、乱暴にシゴいてぇ……♡ たくさん……たくさんナカに出して♡ ね♡」
浅ましいにもほどがある、本能に忠実な、発情したメスの囁き。それが女神官の理性をも痺れさせてしまう。彼女は気付かぬ間に、息を荒げて湯気の向こうの二人を凝視しながら、自分自身の胸の膨らみに手を添えて、ゆっくりと円を描くように揉み始めていた。
「――もう、女の子にこんなこと言わせて、そんな楽しいの? 楽しい? そっか♡ じゃ、ご褒美もらうね……――ンっ♡ ハァっ♡ ああんっ♡ ……はぁ…………♡ やっと繋がったぁ……♡」
自分の鼓動の音に阻害されて、女神官の耳には、もはや湯気の向こうの声がハッキリと届かなくなっていた。
「こし……振るね♡ ――んっ♡ あっ♡ あっ♡ あっ♡ あっ♡ はぁ……これ、最高……♡」
しかし、上下にリズミカルに揺れるシルエットが、それに伴って女神官のいる場所まで寄せてくるさざ波が、女神官の衝動を加速させ、彼女の内側に眠る「何か」を目覚めさせていく。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。頭の中は大混乱した状態のままなのに、手だけが勝手に動き、胸や股間のあたりをせわしなくまさぐる。あの二人が勝手に始めた行為だとしても、それをこんな風に覗き見するのは道に外れている。それも分かっているはずなのに、どうしても目が離せない。
温泉よりもなお身体が熱い。心臓がドキドキドキドキして止まらない。
「ねぇ……キスもしよ? ……え? ――うん、大好きだよ。大好き。――ンっ♡ はむ……♡ ちゅ……♡」
この時、性の衝動に流されながらも、背徳感と罪悪感に苛まれながらも、女神官は心のどこかで感動していた。――人間同士の性行為とは、これほどまでにお互いを深く求めあうようなものだったのかと。ここで行われているのは、ゴブリンの巣穴で繰り広げられていたおぞましい饗宴と同じようで、確実に異なっている。
覗き見などという、地母神の教えに背く行為をしていると自覚しながら、女神官の心がどこか軽くなっていたのはどうしてだろう。それはもしかしたら、これまでの冒険において、ゴブリンに無理やり犯される女性たちを目撃したことで、女神官が心のうちに身に着けかけていた性行為に対する忌避感が、いま洗い流されていたからなのかもしれない。
「――ンっ♡ んっ! だ、出して! あなたも出してぇっ! ンっ! ンぅ~~~っ! ンぐぅ~~~~~っ!!」
湯気の中の女性は、ひとしきりシルエットを揺らめかせてから、とても苦しそうな声を漏らした。しかし、彼女が苦しんでいるのではなく、むしろその逆の感覚に打ち震えているのだということは、女神官にも理解できた。
なぜならば、女神官もまた、自身の胸と股間をまさぐったことによる、初めての絶頂に全身を痙攣させていたからだ。
(な、に、これっ! すごいっ、すっごいのくるっ、来ちゃってるよぉおおっ!)
慎ましい茂みの下で自己主張するクリトリスを指の腹で押しつぶした瞬間、女神官はイっていた。下唇を噛んで必死に声を出さないようにしながら、身を隠していた岩に取りすがり、腰をビクビクと跳ねさせた。青玉のような瞳はぐるりと上を向き、ほとんど白目をむいている。
普段の控え目な彼女からは想像もつかない、まさに単なる「メス」を思わせる絶頂。それが完全に通り過ぎるまで、おそらく数分間はかかった。
「――ぁ…………」
やがて、彼女は糸が切れたように、カクンと全身を弛緩させた。それからさらに10分くらい、彼女は呆然と虚脱して、形の良い乳房をひしゃげさせたまま、正面の岩に寄りかかっていた。
そして、女神官が正常な思考を取り戻した時には、湯気の向こうで交わっていたはずの二人は、そこにいなかった。おそらく、行為を終えて部屋に戻ったのだろう。
「わ……たし、も……早く、でないと……」
女神官は湯から上がり、もたもたと着替えると、茹だった頭を抱えながら、辛うじて宿の部屋へと戻った。
しかし、それで部屋に帰った女神官が、安らかな眠りを得ることができたかと言えば、そうではない。
(あっ♡ あっ♡あっ♡あっ♡あっ♡ すごいっ♡ すごいですっ♡)
(ねぇ~、その子ばっかりおチンポしないで、あたしにもぉ♡ ――んっ♡ ちゅ♡)
(んあっ♡ うっ♡ あ゛ーっ♡ お゛ーっ♡ しゅごっ♡ びゅるびゅるしゅごっ♡ ザー汁たくしゃんでてりゅっ♡)
2人の女がヨガる声と、粗末なベッドの軋む音。安宿の壁の隙間から、かすかに聞こえてくる激しい性行為の音が、女神官を一晩中苛んだ。しばらくのあいだ、女神官は毛布を頭まで被り、その音に耳を塞いでいたかに見えたが、やがて毛布がもぞもぞと動きだし、その下から、少女の艶めいた声が響き始めた。
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「あ、おはよっ」
朝日が昇ったばかりの牧場で、柵の破損個所を調べていたゴブリンスレイヤーの耳に届く、聞きなれた声。その声は、彼女の「日常」を守るためにゴブリンを狩る彼にとって、最も大切なものだ。
「今日もいい天気だね」
「そうだな」
窓枠から身を乗り出している牛飼娘に、彼はぶっきらぼうな返事しか返さなかったが、鉄兜の下の素顔は、きっと優しく微笑んでいた。
「ねぇ、今日もギルドに行くの?」
「ああ」
「そっか」
牛飼娘とゴブリンスレイヤーは、それから少し短いやり取りをした。決して言葉数は多くなかったものの、二人はお互いを理解している。そのことが感じられるやり取りだった。
「あ、そうだ、あたし昨日ね、初めてお隣さんと会ったよ」
「お隣……?」
「やだなぁ、忘れたの? あそこの小屋に引っ越してきた冒険者さんのことだよ」
牛飼娘に指さされて、ゴブリンスレイヤーはその方角に頭を向けた。牧場のはずれの、少し小高くなった丘のところに、何の変哲もない小屋が見える。しかし、少し前までは放置されて傾いていたはずの小屋は、今は小綺麗に修繕されていた。
「なるほど、あの家の住人のことか」
「もう、ホントに忘れてたの? 挨拶しておくからねって言ったじゃない」
「どんな人間だった?」
「あ、ごまかした」
あの小屋に越してきた男は、牛飼娘の叔父がもたらした前情報通り、冒険者だった。しかしゴブリンスレイヤーは、まだその男の顔を直接見てはいない。特に家を行き来するような間柄ではないし、ギルドでも、ここまですれ違っているようだった。
「え~っとね、まあ、ちょっと見た目は怖いけど、普通の人なんじゃないかなぁ? 少なくとも、悪い人じゃないと思うよ」
「そうか」
なら問題ないと、ゴブリンスレイヤーは思った。牛飼娘がそう言うなら信頼できる。――それに、相手はゴブリンではないのだから。
「今度、うちのチーズを持って行ってあげるって約束したんだ」
面倒見の良い牛飼娘が、朗らかな笑顔でそう言った。ゴブリンスレイヤーが頷くと、牧場の隣に越してきた男の話題は、それで終わった。
「朝ごはんの支度するから、ちょっと待っててね!」
雑談を終えると、牛飼娘の姿は窓枠から消えた。家の中を、とたとたと走りまわる音が響く。この一瞬一瞬にかけがえのないものを感じながら、彼は柵の見回りに戻った。牛飼娘の作る朝食を食べ終えたら、今日もゴブリンを狩るために街に降りよう。そんなある意味いつも通りの予定を、頭に思い描いて。