※この作品はR-18です。

もう一人の小鬼殺し   作:黒胡椒サラミ

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死地へと送り出す者

「お嬢さん! お嬢さん! 私、この辺境最強の槍使いがッ、峠のマンティコア討伐より、ただいま帰還いたしましたよ!」

 

 冒険者ギルドの中に快活な大声が響く。ギルド内にたむろしていた冒険者の中には、声の主の緩んだ顔を見て、「ああ、またアイツか」と苦笑するベテランもいれば、畏敬のこもった目で彼を見た新人もいた。

 辺境最強の槍使い。その称号は自称ではない。蒼に金縁の金属鎧を身に着けたその男は、このあたりでは数少ない銀等級の一人だ。

 

「――いやぁ、大変でした! しかし私の槍にかかれば、マンティコア程度、物の数じゃありませんでしたけどねッ!」

「はい、お疲れ様でした。それでは、報告書に必要事項を記入してくださいね」

「想像してください! 飛び掛かってくるマンティコアに対して一歩も退かず、自慢の槍で迎え撃つ私の雄姿を!」

「記入が済んだら、カウンターに提出してください」

 

 カウンターに身を乗り出し、武勇伝を熱っぽく語る槍使いとは対照的に、受付嬢は事務的な口調で淡々と彼をあしらう。彼女が浮かべている笑顔は、あからさまな愛想笑いだ。

 

「それにしても、鎧を着たままの山歩きは疲れましたよ。本当に疲れた。あ~、疲れたなぁ。……誰か、ディナーにでも付き合って、癒してくれる人はいないかなぁ」

「そんなにお疲れでしたら、強壮の水薬はいかがですか? 入荷したてです。オススメですよ?」

「……はい、一本ください」

 

 受付嬢の言外の圧に負けて、シュンとうつむいた槍使いはそう言った。「お買い上げありがとうございます」と、今度は愛想笑いではない笑顔で、受付嬢が朗らかに礼を言った。

 

「……くそぉ、また断られた。それに、また買わされた」

「あんな誘い方をして……本気で、付き合ってもらえると、思ったの?」

「うるせぇっ!」

「槍以外にも……もう少し、女の扱いかたを、勉強したら?」

「だからうるせぇって!」

 

 槍使いはスゴスゴと引き下がった先で、ニヤニヤ笑いで彼を見下ろす相棒の魔女にからかわれている。購入したばかりの水薬の口を開けた槍使いは、それをグっと一息で飲み干した。

 彼らのやり取りを視界の端で眺めながら、受付嬢は心のうちで悪戯っぽく舌を出す。――しかし、別に受付嬢は、槍使いのことを侮っていたり、本気で嫌っていたりするわけではないのだ。

 少々軽薄で馴れ馴れしいところはあるものの、あの槍使いの実力は本物である。黒いとんがり帽子と胸元が大きく開いたローブを身に着けた相棒の魔女も、呪文使いとして一流だ。ギルドに現れるたびに、槍使いがああやって大げさに自分の功績を吹聴したり、受付嬢に露骨な誘いをかけてきたりするのは困りものだが、そんな彼も、依頼に対しては誠実なのだ。でなければ、銀等級まで昇格することはできない。

 槍使いと魔女のペアは、一仕事終えて、しばらく休息をとるつもりなのだろう。次の依頼の話はせずに、宿のほうに引き上げていった。これも冒険者の行動としては一般的だ。前の仕事が済んだら、すぐに次の仕事に取り掛かる「彼」のほうが異常なのだ。

 しかし受付嬢は、冒険者がみな「彼」のようでいてくれたらという希望を、心のどこかに持っている。困っている人々を助けるために、自分の身を顧みずにひたすら仕事に打ち込む「彼」。そのイメージは、まだ年若い受付嬢の中にある子供っぽい理想論と、日頃から冒険者たちを死地に送り出している彼女が求める「救い」と結びついて、「彼」への特別な想いへと変化していた。

 

「――あっ」

 

 だから、冒険者ギルドの入り口のベルが鳴るたびに、受付嬢は、もしかしたら「彼」が来たのかもしれないと顔を上げる。大抵、それは期待外れに終わり、受付嬢はすぐに仕事用の愛想笑いを顔に浮かべるのだが、今回は違った。

 

「――よォ、お嬢ちゃん」

 

 そう、今回は違った。受付嬢は愛想笑いすら浮かべずに、真冬の氷のように冷えた顔になって、その男を自分の視界から消した。

 その男――しばらく前からこの街のギルドに現れるようになった鋼鉄級の「ならず者(ローグ)」は、ずかずかと無遠慮な足取りでカウンターに歩み寄ると、さっきの槍使いよりもさらに馴れ馴れしい態度で、受付嬢のほうに上半身を乗り出した。

 

「依頼をお探しですか? それならあちらの掲示をご覧ください」

 

 男に下卑た笑みを近づけられても、受付嬢は微動だにしなかった。きりりと背筋を伸ばし、男のほうではなく、正面の宙を見る彼女の姿は、まるで大理石の彫像のようで、それはそれで美しかった。

 

「いや、別に? アンタの顔を見に来ただけさ」

「でしたらお引き取りください。いま、仕事が立て込んでいるので」

 

 受付嬢の返答は、取りつく島もない。その態度から判断するに、彼女のこの男に対する評価は、前よりもさらに下がったように見える。そして、それには理由があった。

 先日、この男は湖畔の漁村に出現したゴブリン退治を引き受け、その依頼を見事にこなした。それだけであれば、何の問題も無かった。むしろ、受付嬢の彼への好感度は、幾分かでも増加したはずだ。しかし、受付嬢が憤ったのは、男のそのあとの行動について報告を受けたからだ。

 男はあろうことか、報酬が足りないからと漁村の村人を脅し、彼らから少なくない金品を巻き上げたのだという。一般人からの恐喝行為。これはギルドの信用を大幅に下げる行為であり――それ以前に、立派な犯罪だった。

 それでもこの男が、こうやってギルドの中を平然とうろついているのは、村からの告発がないからだ。きっと、巧妙に彼らを脅しつけたのだろう。

 

「なぁ、どうしたんだよ。俺には、お得意の『愛想笑い』のサービスは無いのか?」

「――――っ!!」

 

 頭にカッと血が上りかけ、受付嬢はすんでのところでそれを堪えた。ここで怒鳴ったり喚いたりしたら、男の思うつぼだ。

 この男の考えていることは、受付嬢にもわかっていた。

 この男は、ねっとりとニヤついた笑みを浮かべて、ただ軽口を叩いているようで、笑っていない蛇のような目で私を観察している。彼はそうやって私をからかい、挑発して、私がみっともなく取り乱すさまを見たいと思っているのだ、と。理解できないが、この男はそうやって人を貶めるのが楽しいのだと。

 そんな下卑た趣向に、わざわざ乗ってやる必要などない。こういう手合いに対する最善の方策として、受付嬢は、男が完全に存在しないかのように無視を決め込んだ。

 

「なぁ、おい」

 

 それでも、男はしばらく受付嬢に話しかけていたが、彼女が自分の相手をする気がないと悟ったのか、黙ってカウンターに寄りかかるだけになった。

 

「…………」

「…………」

 

 二人とも無言のまま、しばし時が流れた。普段は引っ切り無しに依頼者や冒険者が訪れて、てんやわんやになるはずのギルドの受付に、何のいたずらか、そのときは誰もやってこなかった。

 受付嬢は、自分の横顔を這い回る男の視線を極力感じないようにしながら、「彼」が来るのを、無表情に待ち望んでいた。

 

「あっ……」

 

 彼女にとっては長い時間が経過したように思えたが、実際には、それほどでもなかったのかもしれない。ともかく、ギルドの扉は再び開き、入り口のベルが鳴った。しかし、入ってきたのが「彼」でないことに、受付嬢も、今度は即座に気付いた。

 

「さあ、今日はそろそろ、もうちょっと難易度の高い依頼に挑戦してみようか!」

「いや、まだ危ないでしょ。僕たちまだ白磁等級なんだし」

「またそんな後ろ向きなこと言ってら。それじゃいつまでも『上』に行けないだろ?」

「まあまあ、気持ちはわかるけど、コイツの言ってることだってもっともだぜ? もうちょっと簡単な依頼で経験を稼ぐのは間違ってねぇよ」

 

 依頼掲示板の前に立って、わいわいと声を立てる三人組。いずれも年若い少年だ。受付嬢の目は、彼らの様子に自然と引き寄せられた。

 

「えー? じゃあ、今日もゴブリンか?」

「そのくらいが僕らには手ごろだよ」

「賛成。命は一つしかねぇからな。慎重に行こうぜ」

 

 首からかけている認識票は、冒険者としては最下級の白磁等級のものである。それでも一応、何度か依頼は達成したことのある一党だ。このギルドに出入りするすべての人間の顔を記憶している受付嬢は、もちろん彼らのことを知っていた。

 冒険を重ね、そろそろ自信がついてきた頃合いなのだろう。リーダーらしき少年は、高難度の依頼に興味を惹かれていたようだ。しかし、他の二人の説得を受け入れて、「無難な」ゴブリン退治の依頼を選択した。

 

「お姉さんすいません。俺たち、この依頼を受けたいんですけど。……お姉さん?」

「あ、は、はい。少々お待ちくださいね」

 

 何かに気を取られていた受付嬢は、少年たちのリーダーに話しかけられても、すぐに反応することができなかった。しかし彼女はプロの受付としての愛想笑いを取り戻すと、テキパキと冒険記録用紙以下の必要書類を用意し始めた。

 

「はい、これで受付は完了しました。あの……三人だけですか?」

「え? 三人って……俺たちのパーティーのこと? いや、あとでもう二人合流します」

「そう、ですか」

 

 白磁等級でも、五人いれば。依頼書から読み取れる魔物の脅威と、目の前の少年たちが持つ戦力とを、受付嬢は頭の中で素早く比較する。これも彼女がプロだからだ。しかし彼女は、自分がある意味で、この少年たちの命と依頼の重さとを秤にかけ、冷徹に値踏みしているということからは目を逸らした。そして、もう一度頭の中で繰り返す。

 相手はゴブリン。数はそれほど多くない。最下級の白磁等級でも、五人もいれば滅多なことは起こらない……はずだ。

 

「じゃあ俺たちは出発しますね、お姉さん」

「はい、お気を付けて。準備は入念にしてくださいね」

 

 白々しいと、誰かが受付嬢に向けて言った気がした。まったくもって白々しい忠告だ。しかも、それをお決まりの愛想笑いを浮かべながら言ってしまえるお前は、いったい何者で何様なのかと。

 

 あなたは、もしかしたらこの子たちは死んじゃうかもなーって、そう思ってるくせに。

 

 再び受付嬢の耳元で聞こえた囁きは、今度は紛れもなく、彼女自身の声だった。

 

「ロープや松明、毒消しや水薬もお忘れなく。くれぐれも……気を付けて」

「ははは、わかってますって」

 

 ――いつからだろう、受付嬢の心に、そんな疑問が芽生えたのは。

 どんなに彼らの身を案じる言葉を重ねても、それは単なる自己保身のための言い訳に過ぎないのではないか。もしも彼らを不運が襲い、無残に全滅して物言わぬ躯になり果てたとしても、自分はあれだけ忠告したのだからという、単なる言い訳に過ぎないのではないか。

 いや、それどころか――

 

 新人冒険者の代わりはたくさんいるから、別にいいかなって思ってるのよね?

 銅や銀なら話は別だけど、白磁級「くらい」ならいくらでもいるし。

 あなたは、そういう冷たい「計算」ができちゃう女だものね?

 

「……違う」

「――え? お姉さん、なんか言いました? 聞き取れなかったんですけど」

「――!! あ、いえ、なんでも! なんでもないです! そう……なんでもないですよ」

「そうっすか? じゃあいってきます!」

 

 意気揚々とそう言った白磁等級の少年は、目の前にいる麗しい受付嬢の唇が、ごく僅かに震えていることには気付かなかった。

 そう、ここには誰も、受付嬢が表面に浮かべた愛想笑いを乗り越えて彼女の心のうちを推し量ろうとする人間はいなかった。――ただ一人を除いては。

 

「はい……いってらっしゃい」

 

 賑やかな空気と共に、少年たちはギルドから出ていった。

 その場に取り残された受付嬢の顔には、既に愛想笑いは浮かんでいなかった。

 

「あのガキたち、そろそろ死ぬな。アンタもそう思っただろ?」

 

 そして、横から投げかけられた無遠慮な声が、受付嬢の心臓に杭を打った。

 

「まだ二十歳前……十七か十八くらいか。若いのにご愁傷様ってとこだな」

 

 受付嬢は段々とうつむき、カウンターの下で、制服のスカートを強く握りしめた。

 

「まあ、白磁等級くらい、ギルドに『代わり』はいくらでもいるか」

「……違います」

「……なにが違うって?」

「くらいなんて、思ってません」

 

 無視を貫くと決めていたのに、受付嬢は男の挑発に乗ってしまった。彼女は不機嫌に満ちた声で、男に反論する。

 

「彼らだって、大切な冒険者です」

「そうだなァ、バカみたいに多い依頼を片付けてくれる、ギルドの大切な手駒だよ。アンタの言う通りだ」

「冒険者以前に、彼らも人間です。死んでほしいなんて思ってるわけ……」

「そうさ、アンタは死んでほしいなンて思っちゃいないが、アイツらが勝手に死ぬのは自由だもんな? わかってる。アンタはきちんと忠告したさ」

 

 ははははと、ひどく楽しそうな嗤いが、彼ら以外に人のいなくなったギルドホールに響いた。

 受付嬢は、うつむけた顔を上げることができなかった。それでも、こんな無責任なローグに、言われっぱなしではいたくない。何か言い返さなければと思い、彼女は痛々しい言葉を振り絞った。

 

「……今回の依頼では、通常のゴブリン以外は……ホブゴブリンもシャーマンも確認されていません。しかも集団は小規模で、白磁等級の冒険者が五名もいれば、後れを取る可能性は極めて小さいです」

 

 受付嬢がわざわざ論理に傾いた言い回しを使ったのは、そうすれば、このチンピラをやり込められると思ったからだろう。はっきりとそう自覚していたわけでなくとも、彼女は確かに、男に図星を刺されて悔しかったのだ。秘匿していた自分の心の内を読まれて、恥ずかしかったのだ。

 だが、受付嬢の意図は外れた。

 

「違う」

 

 男は受付嬢の論理を、一言で否定した。彼の口調は、それまでの皮肉に満ちた意地の悪い喋りから、どこかに芯の通った真剣な口調へと、ガラリと変わっていた。彼は行儀悪くカウンターに寄りかかっていた背筋を伸ばし、右手の人差し指と中指とで、受付嬢の手元にある依頼書を指した。

 

「依頼を出してきたこの村の周辺には、樹木のない平野が広がっている」

 

 そう言いながら、男の指が、村の周囲の地形を依頼書の上に描き出していくのが、受付嬢にも見えた。

 

「村から南に延びる街道沿いに、ゴブリンは出た。確かに、ホブやシャーマンは目撃されていない。しかし――」

 

 その口調は、受付嬢がほのかな想いを寄せる「彼」の口調に、どこか似ていた。

 

「では、奴らはどこから来たのか? どこを根城にしているのか? 繰り返すが、ここは遮るものが何も無い平野だ」

「あ――っ」

 

 そこで受付嬢は声を上げ、男が少し頷いた。依頼先の村人たちの言葉を鵜呑みにし、驚異の査定を間違っていたのかもしれない。受付嬢はそう思い始めていた。

 

「そうだ、ゴブリンがいる以上、どこかに奴らのキャンプがあると考えなければならない。そして、地図上ではわかりにくいが、この村の近辺の平野には、ところどころに窪地がある。加えて、地面に白い岩が露出している」

「そ、それだと……どうなるんですか?」

「……このあたりの岩は、雨に溶けやすい性質を持っている。まだ発見されていない地下洞があっても、おかしくはない」

 

 受付嬢は目を見開き、口元に手を当てて考えた。仮に男の言う通り、村の近くに発見されていない洞窟があり、目撃されたゴブリンたちが、その洞窟を根城にする集団の一部に過ぎないのであれば。

 

「俺の予想が単なる杞憂で、このゴブリンたちが単なる『はぐれ者』なのだとしたら、別に問題はない。あの白磁たちは生き残る」

「でも……でも、もしそうじゃなかったら……? 予想が正しかったら……?」

「…………」

「そうだ……ゴブリンたちは、荷車を引いていた牛を盗んでいったって……。食料にするために? でも――」

「小さな群れが、危険を冒してまで巨大な獲物を持ち去る必要はないな。単に腐らせるだけだし、奴らも、そのへんはわきまえている」

 

 それで伝えたいことは伝えたらしい。男は依頼書の上から指を離すと、元のようにカウンターにだらしなく寄りかかった。そして、思考をぐるぐると巡らせているらしい受付嬢の横顔を、じっと観察していた。

 受付嬢は、ギルドの入り口の扉に目を向けた。あそこをくぐって街を出ていき、そして二度と帰らなかった冒険者など、彼女が受付嬢になってから数えても、無数にいる。もしもさっきの彼らを不運が襲っても、その数がほんの少し増えるだけだ。それだけのことに過ぎない。

 そしてその数字が、受付嬢の背中に、決して消えない重荷となってのしかかるだけだ。

 

「さぁ、アンタはどうする?」

 

 どうもこうもない。依頼書から隠れた脅威を読み取るのも、冒険者の才覚なのだ。冒険者である以上、あの少年たちも、それを飲み込んで依頼を受けたはずだ。でもせめて、今からでも彼らに追いついて、ここでこの男と話したことについて忠告してあげるくらいなら。

 

「あの……」

「なんだ?」

 

 しかし、受付嬢はここを離れることができなかった。だから彼女は、最も手近にいた冒険者に、やむを得ず彼らへの伝言を頼むことにした。

 

「報酬は、私が出しますから」

 

 ギルドの経費は使えない。だが、伝言を頼む費用くらいは自分の財布から出せる。受付嬢はそう考えて、男に報酬額を提示した。

 

「いやだね。それじゃ額が足りん」

「な――!」

 

 そんなはずは無いのに、男は受付嬢の頼みをあっさりと断った。男はカウンターに背中を預けたまま、ニヤニヤと笑っている。

 結局、このローグはこういう男なのだ。さっきの丁寧な説明も、受付嬢の不安を煽り、彼女が狼狽して慌てる様子を見たいから、そうしたに過ぎない。憤慨した受付嬢が、なら自分で彼らを追いかけますと言いかけたとき――

 

「前に言ったろ? アンタが報酬を払ってくれるなら、金じゃなくって身体でどうだ? 安くしとくぜ?」

 

 男は追い打ちをかけるように、とぼけた声を出した。それを受けて、ついに受付嬢は大声で叫んだ。

 

「ふざけないで!!」

「ふざけてねーよ」

「~~~~っっ!!」

 

 受付嬢の気持ちは昂り、危うく目の前の男に平手打ちをかましそうになった。実際に、右手を高々と振り上げるところまでいった。しかし、鍛えられた冒険者に、非力な受付嬢の平手が届くはずがない。ひょいと躱されるか、簡単に腕を掴まれるのがオチだ。

 

「どうして、あなたは……そんなふざけてばっかり」

 

 だから受付嬢は、上げた平手を力なく下ろすと、もう少しで泣きそうな声でつぶやいた。

 

「じゃ、身体で払うってことでいいか?」

「…………」

「そうだなぁ……まずは何をしてもらおうか」

 

 男が勝手なことを言っているが、もう怒る気力も失せた。

 

「ああ、そうだ、『愛想笑い』だ。それでいい」

「え……?」

「引き受けてやるから、俺にも愛想笑いしてくれよ。俺がこのギルドに来たときは、必ずな」

「は……?」

「成功報酬でいい」

 

 そう言うと、受付嬢がその言葉の意味を理解する前に、男はカウンターから背中を離し、ギルドホールから出ていった。

 

 受付嬢が男に頼んだ依頼のその後は、特に多くは語らない。

 ただ、男は依頼に失敗したらしい。

 白磁等級の少年たちは、前触れなく追いかけてきた怪しい外見の男の忠告に従わず、そのまま依頼のあった村まで行った。そして、家畜を盗みに来たゴブリンたちと戦い、二人の軽傷者を出したものの、全員が生還した。

 男と受付嬢が危惧した隠れた巣穴には、少なくとも彼らは遭遇しなかった。

 しかし、少年たちに遅れること二日後の深夜に例の男が帰ってきて、ギルドの中に入っていったのを見た者がいる。男の革鎧は、それこそ魔物の巣穴に潜ってきたかのようにズタボロだったそうだ。

 そしてその日以来、男がギルドに現れたときには、受付嬢は決して喜びはしなかったものの、愛想笑いだけは彼に見せてやるようになった。

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