月曜日。
それは休みが終わって憂鬱な時間が始まる万人の峠。
彼女ができたからといって登校する景色が変わるわけでもなく、俺は落ち着かない心臓を足を速めることで誤魔化していた。
ショッピングモールの一件から、初めて鈴原と山本さんに顔を合わせる。
どんなトーンで声をかけたらいいのかなんてわからない。
あの山本さんと別れたのだから、鈴原はもう現実なんて認識できないくらいに落ち込んでいてもおかしくはないはずだ。
俺も山本さんとは中途半端にエッチなことをしてしまったせいで気まずいし。
妹離れのために支払った代償は、思っていた以上に大きかったのかもしれない。
「あっ。ソトミチくんだ」
駐輪場を出て、中庭から昇降口に向かおうとしたそのとき。
青々とした広葉樹より先に俺を迎えたのは、山本さんだった。
俺に気づいて軽やかに90度ターン。
ふっくらたわわな胸に指先を置いて、プリーツを広げながら俺に振り向く。
「おはよ、ソトミチくん」
にっこり笑顔で手を振ってくる山本さん。
元々明るかったその表情が澄み切っている。
喩えるならそれは、女神の微笑みというやつだった。
「お、おはよう」
普通に話しかけてきた。
山本さんからすればあれくらいは特別なことでもなかったのかな。
「もー。硬いよ、もっとフランクにフランクに」
「そう言われてもな。元々そこまで話す方じゃなかったし、急に仲良くなったら変に勘ぐられるかもしれないぞ」
「私はみんなと仲良くしてるから大丈夫だよ」
山本さんは俺の真横に並んで歩き始める。
たしかに山本さんは誰にでもにこやかに接する聖女のような存在だ。
運動部のイケメンだろうが帰宅部のオタクだろうが分け隔てなく接してくれる。
だが、だからといって周囲からの刺すような視線がなくなるわけでもないし。
俺には鈴原のこともあるから、どうしてもギクシャクしてしまう。
「鈴原くんなら大丈夫だよ。会えばわかるって」
そんな俺の胸中を悟ってか、山本さんはすかさずフォローを入れてきた。
山本さんを見る限りでも円満解決したのはわかるけど。
山本さんを相手に鈴原が最後まで見栄を張った可能性もなくはないし、油断はできないよな。
「みんなおはよー!」
教室に入って、山本さんは元気に挨拶。
山本さんの声に振り向かない者がいるはずもなく。
クラス中の視線はすぐさま隣の俺に向けられることになった。
先に足を踏み出したのは山本さんで、そのまま友達の中に溶けていく。
何事もなかったかのように、というか事実何もないんだけど。
俺も自然にしてた方がいいか。
山本さんのことは一旦忘れて、自分の席に座ると、通りがかりにガタイのいいオタクが話しかけてきた。
「よう、ソトミチ。楽しそうな朝で羨ましいな」
高波は朝練終わりのさっぱりした顔をしている。
外が暑いと毎回頭から水を被ってくるので、黒い髪がやたらと艶やかだった。
「一昨日たまたま外で出くわしたからな。そのことについて話してただけだよ」
「うおっ、マジで!? どんな服着てた!? エロかったか!?」
「デカい声でそんなこと聞くな」
机に両手をついて高波は興奮気味。
また周囲から目を向けられる。
クラスメイトの疑念が深まるからやめてほしい。
エロかったけど。
「いいなぁ私服山本さん! 俺も一度でいいから拝んでみてぇ……!」
高波の昂りが収まらぬ中、俺は心のざわつきとは裏腹に、クラスメイトの視線が消えていることに気づく。
単に興味がないだけと考えるのが普通だが、それはどうやら違っていたようだった。
クラスの生徒たち視線は、俺とは違う別の一点に集められていたからだ。
「おはよう」
聴き馴染んだ声に俺の脳天の髪がピクリと跳ねる。
その気怠げで染み付くような声は、間違いなく鈴原のものである、はずだった。
「は……?」
俺と高波のもとに歩いてきたのは、長ったらしかった髪をバリッと上げた、眼鏡の無い誰かだった。
え、誰?
「鈴原! 似合ってんじゃーん!」
高波は照れ臭そうにする鈴原の肩を小突く。
繰り返すけど、あの、どなたですか。
「なんだよソトミチ。その目は」
「いや、本体がいないなと……」
「本体は置いてきた。もはや現実にはついてこれない。そして別世界線の俺がこうしてやってきたわけだ」
鈴原はグッと親指で自分の胸を指す。
よかった。
頭がおかしいのはそのままなんだな。
ともかく元気そうなのは安心できる。
鈴原が変わったのは山本さんと別れたのがきっかけに違いないけど。
空元気ってわけでもなさそうだ。
ホームルームが始まって、担任が来て、担任に軽く鈴原がイジられて、ちょっとした笑いが起きて、学校での一日が始まる。
その昼休み、俺は高波に邪魔されないタイミングを計って鈴原に声をかけた。
「元気にしてる、ってことでいいんだよな」
様変わりした鈴原は、それでも元がよかったわけでは無いのでイケメンな雰囲気にまではなっていなかったが。
素直にかっこいいと思えるくらいには、表情が整っていた。
「まあな。美優さんのおかげだよ」
「みゆさ……え? は?」
美優さん!?
美優さんってなに!?
「あの人のおかげで、俺は男としての一歩をようやく踏み出すことができたんだ。感謝してる。ソトミチ、お前にもな」
仏にでもなったかのように穏やかな口調で鈴原はそう言葉を紡いだ。
「美優のやつ、いったい何をしたんだ?」
「口にするのも恥ずかしいことだが。お前になら話してもいいかもな」
手を組んで肘をつき、鈴原は過去の自分を嘲笑するように軽く息を吐く。
「あれは、まだ暑い夏のことだった」
つい一昨日のことだろ、ってツッコミを入れたい気持ちを我慢して。
俺は鈴原の語りを聞いた。
ショッピングモールで山本さんの次に美優に連れ去られた鈴原は、あてもなく歩き続ける美優の斜め後ろをトボトボと歩いていた。
山本さんとのデートを邪魔されたことへの落ち込みもそうだが、それ以上に山本さんが美優と積極的に二人きりになろうとしたことに傷ついていたのだ。
山本さんがもう自分に気がないことを、鈴原はすでに知っている。
付き合うために最初に提示された条件も守ることができていない。
それでもどうしても山本さんと別れたくなくて、鈴原は自分への呵責とせめぎ合いながらも、とある秘密を脅しの道具にすることによってどうにか関係を保っていた。
「鈴原さん、ずいぶんと奏さんに嫌われてるんですね」
そこに畳み掛けるように、美優からとんでもない爆弾発言を投げつけられた。
「嫌われてるわけじゃねえって! ただ、今はすれ違いがあるっていうか……奏にまだ俺の愛が伝わってないだけで……!」
鈴原は口にするほどに虚しくなる言葉で、美優に反発した。
事実として、鈴原は心から山本さんを愛していた。
考え付く限りに尽くして、しかし、それでも喜んでくれない山本さんに対して、いつしか山本さんの方を悪者にするようになっていた。
「それは本気で言ってるんでしょうか」
美優は鈴原を責め立てるでもなく。
ただ凛として、事実確認を進めていく。
「な、なんだよ。奏に何か言われたのか」
鈴原も内心ではかなり気になっていた。
男を締め出しての女子トーク。
耳を塞ぎたくなるような本音が飛び交っていたに違いないと。
心中穏やかではいられなかった。
「何かと言われると、一口で言うのは難しいです」
「そんなにか!? あの奏が俺の愚痴を……!?」
「危うく閉店時間まで続きそうだったので、途中で切り上げたくらいです。ほんとに自覚がないんですか?」
サラッと残酷な事実を突きつけられて、鈴原は一片も口を動かせずにいた。
グツグツと胃液が煮え立って、あらゆる臓器が悲鳴を上げるほどのストレスが鈴原を苛んでいた。
想像の範疇で、いくら自分が嫌われているかもしれないと評価を下げてみても、それは結局は自分が許せる範囲で自虐をしているだけ。
真実として告げられたその現実を受け止めるのは、どれだけ心の準備をしても耐え難いほどの衝撃があった。
「な……なんでだよ! 俺はいつだって奏のことを考えてる! 奏のためならどんな手間暇も惜しくない、どんな苦痛だって肩代わりできる! 時間も金も全部捧げるんだって、決めて……俺は……」
それはきっと、自分のレベルが足りないのだと。
見てくれの悪さや稼ぎの少なさ、運動能力の低さについては諦めて、そこでのビハインドは甘んじて受け入れる。
それでも、それを補って余りあるほどの愛があれば、人を満たすことはできるのだと。
信じていたのに、現実の女は、なんて冷たいんだろう。
「知りたいですか? なんで嫌われてるか」
「ああ! もちろん! 悪い部分があるならなんだって改善するから!」
美優は鈴原の勢いに、大きなため息をついて、またお店の前を歩き始めた。
「では、今から私を奏さんだと思ってください。鈴原さんのいう愛とやらで、私が楽しいと思えば、復縁に協力します」
「よ……よっし……! まかせろ!」
鈴原はデートのもてなしには自信があった。
気遣いをするのは苦ではないし、こと尽くすという行為に対して疲れを感じることはなかったからだ。
美優は口を閉じて歩くだけになった。
数秒して、もうテストが始まっているのだと鈴原は気づく。
上手くエスコートしなくては。
喜ばせ、楽しませなくてはならない。
復縁協力のためだけではなく、男としての矜持を見せつけるために、実力の全てを出し切っていかに尽くせる男かを思い知らせてやる。
そう意気込んで、歩きながら話題を見つけ出そうとした鈴原の目に、とあるジュエリーショップが目に入った。
「あそこの店、大手ジュエルブランドの系列店だな。そこそこ良い宝石を使ってるわりには安くて評判らしいけど。美優ちゃんに似合うのもあるかもな。入ってみるか?」
鈴原が得意げに語るその知識は、山本さんとのデートのためにネットでかき集めたものだった。
ショッピングはデートの基本。
レディース用品であっても知識がある方が女の子を楽しませてあげられる。
「いいです」
「そ、そうか? 奏は『ありがとー!』って飛んでってくれるけどな。遠慮することはないんだぜ? 俺もケチじゃないからな。なんならネックレスの一つでも選んでくれればそれを……」
喋っているうちに、美優は店を通り過ぎてしまった。
趣味に合わなかったのかもしれないと、鈴原は即座に気持ちを切り替える。
「あ、すみません。ちょっとお手洗いに行ってきてもいいですか?」
美優がトイレマークを指差して鈴原に許可を仰ぐ。
そんな美優に、鈴原が満面の笑みで頷いて、美優の近くまで歩み寄った。
「なら荷物を持ってやるよ。いくらでも待ってるからゆっくりしてきな」
そう言いながら、鈴原は美優の持っていたポーチに手を伸ばす。
直後、美優は即座に身を翻して鈴原から距離を取った。
「はい、失格です。私なら今ので別れを切り出して帰ります」
美優の無慈悲なその判定に、さすがの鈴原もゲンナリする。
「いや違うんだって。美優ちゃんは本当の恋人じゃないからそんな反応になるんだよ。今のは体に触ろうとしたわけじゃなくて、トイレの邪魔にならないようにポーチを持ってあげようと思っただけなんだよなぁ」
鈴原も苛立ちを露わにしてつま先で床を踏み始めた。
「そうやって女の子の気持ちを決めつけるから嫌われるんですよ」
美優はあくまでも平坦に。
鈴原に真実だけを告げる。
鈴原は口を噤んだ。
優しくしてあげようと思ったのは鈴原の本心だが、荷物を預かるたびに山本さんのテンションが下がっていたことを、どこか肌で感じていたからだ。
「私はリップを塗り直したかったのに、ポーチを取り上げられたら困ります。それに恋人が相手でもスマホも財布も全部預けたくはありません。そもそもお気に入りのポーチを触られるのも嫌です」
美優はポーチを腕に抱えて身を引いた。
「なら、そう言えばいいだろ。女っていつもそうやって……実はどうだったとか……」
「女の子には口にしたくない事情もあるんです。お化粧を直したり、月のモノをケアしたり、それも全部教えろというのは、鈴原さんが相手に我慢を強いてることに気づきませんか?」
「なっ……そ……それは……!」
感情ではなく、理性的に答えを返すことができない。
鈴原は認めたくないだけだった。
良い事をしたつもりが、相手にとっては迷惑なだけだったということを。
単純な間違いならすぐに謝ることができた。
だが、尽くした結果にケチをつけられるのは、善意を踏みにじられたようで受け入れられなかったのだ。
「それと先ほどのジュエリーショップについてですが。あそこは高齢層向けで、口悪く言えばおばさんのお店です。値段を下げてるのは庶民向けにデチューンした結果であって、決して若者向けのアクセサリーではないんですよ。私ってそんなに安物が似合いますか? 奏さんにも同じことを言ったんですか?」
「そんなこと……俺は……知らなくて……」
無理をして、無理を押し付ける。
嫌なら素直にそう言ってくれると信じて、相手の笑顔にただ安心していた。
恋人になったら気遣いは一切無用。
そんなこと、自分でもできていないのに。
それがさも当たり前のように振舞っていた。
「故に0点です。0点どころかマイナス100万点です。僅か数分でこれだけ不快にさせられたわけですから、ずっと一緒にいた奏さんはさぞ辛かったでしょうね」
美優に容赦はなかった。
半端な伝え方では、都合よく解釈されてしまうことを美優はよくわかっていた。
「俺……」
美優の評価が明らかに厳しすぎるものだった。
だが、それは鈴原にとって、思い当たる節がようやく繋がる瞬間だった。
「ついでに奏さんから聞いた話からも忠告させてもらいます。さして高くもないヒールを神経質に気にするのはやめてください。余計に疲れます。積極的にランジェリーショップに入ろうとするのもやめてください。周りに迷惑です。それに知った顔で手に取った服にケチをつけるのはやめてください。好みが尊重できないなら付いてこないでください」
ザク、ザク、ザク、と。
美優お得意の心臓直刺し。
オブラートのオの字もない冷酷な言葉で、鈴原の心を破壊していく。
美優の口から淀みなく吐き出された鈴原に対するクレームは、優に50を超え。
鈴原が積み上げた自信とプライドなど、最初からそこになかったかのように散っていった。
「で、でもよ……」
すっかり意気消沈した鈴原は、それでも納得がいかないことが一つだけあった。
「嫌なことがあるなら、今みたいに言ってくれればいいだろ。なんで黙ってるんだよ。俺は奏のためなら変われるのに」
察してくれなんて無理な話だ。
言葉にしてくれればすぐに分かる。
お互いに気になるところを指摘して、改善していって、そうやって男女の仲は深まっていくのではないか。
鈴原は、山本さんが最初からそうしなかったのが不満だった。
「だって鈴原さん、落ち込んでるじゃないですか」
それはお前が歯に衣着せぬ物言いで指摘したからだろうと。
思ったところで、鈴原は自らの過ちに気づく。
「鈴原さんは、どうして奏さんのことがそんなに好きなんですか? 可愛いからですか? おっぱいが大きいからですか?」
外見が問題じゃない、なんて言えるレベルでは、山本さんの可愛さは収まらない。
学校どころか国内をくまなく探しても、あれ程の美貌に出会うことはないだろう。
ただ、それでも、鈴原には確実に言えることが一つだけあった。
「……奏は、優しいんだよ」
いわゆるキモオタに分類される存在だった自分。
そんなダメな男と話すときでも、山本さんは笑顔を絶やすことはなかった。
ドジをやらかして迷惑をかけても、欠片も怒らず、そんなこともあると慰めてくれた。
嫌なことがあってモヤモヤしていると、持ち前の元気で吹き飛ばしてくれて。
たまたまテストの点が良かったと報告した次の日に、可愛いボックスに詰め込まれたチョコをプレゼントされたときは、目眩がするほどに嬉しかった。
「だからこそ、俺も同じだけ尽くしたくて……! 嫌なとこがあるなら、打ち明けてくれればよかっただろ……!」
嬉しかった記憶は、慣れによって風化して。
あれだけ素敵だった彼女に、いつしか敵意さえ抱いた。
愚かだったその男には。
知らずのうちに相応の評価がつけられていた。
「優しいから、奏さんは素直に言えなかったのに。それを鈴原さんは責めるんですか?」
言われて、それが、決定打だった。
男だからと無駄な意地を張って、誰にも一度も見せることのなかった涙が、知らずに熱く目頭から溢れ出していた。
「鈴原さんは、奏さんの優しさに付け込んで、好き勝手やってるだけです。詳しいことは聞いてないですけど、何か脅してるらしいですよね? 正気ですか? あんなに素敵な人なのに」
それでも追撃を止めない美優の言葉に、ついには鈴原の手が震えた。
膝をつき、くずおれて、背中を丸める。
「最低だ……俺は……なんてことを……」
そこまできて、ようやくの自覚だった。
思い返せば否定のしようがない。
正真正銘のクズ。
男として、人として最低の行いだった。
「安心してください。鈴原さん」
ようやく差し伸べられた手。
顔を上げた鈴原の前にいたのは、一人の天使だった。
「実は山本さんにはちょっとしたお使いを頼んでいて、それが終わるまで時間が余ってるんです。ですから」
美優が更生の道を示してくれる。
この小さな先生が、正しい男のあり方を教えてくれるのだと。
鈴原は、美優の背後から光が差し込むのを見た。
「あなたのデートがいかに不快でつまらないかを、私が教えて差し上げます」
「えっ」
「まず鈴原さんの格好からして、私からすれば即帰宅するレベルですが。今回はそのダサいのでも許して差し上げます」
「アッ……」
「あえて明言しておきますが、山本さんはもう可哀想で見ていられないので別れてくださいね。多少常識を弁えたところで鈴原さんが釣り合う相手ではありませんので」
「…………」
もう洗われたはずの鈴原のハート。
それにとって、美優の毒舌は消毒液を通り越し、硫酸を塗りたくられるようなキツい痛みがあった。
「──そうして、今に至るわけだ」
「いや更生する要素どこにあったよ!?」
美優らしいやり口ではあった。
鈴原が反省したのもわかる。
でもそれがどうしてこうも良いベクトルに進んだのかはさっぱりわからなかった。
「まあ落ち着け。この話にはエピローグがあってな」
鈴原は喋り通して疲れた喉を揉んで、一つ深呼吸をする。
「最後にな、言われたんだよ。美優さんに」
窓の外を眺めて、鈴原は本当に遠い昔の記憶であるかのように感慨に浸っていた。
「あなたはどうしようもないくらい人の心がわかっていないけど。その心に持っている情熱は、間違いなくあなたの魅力だって。欠点と同じ数の分、裏返しの美点があるんだよって。俺は、もうな……」
鈴原の目が真っ赤になっていた。
おいおい。
大丈夫かこいつは。
「だから、俺は本当に変わるんだ。奏とは、仲のいい友達くらいになれるように、頑張るよ。そんでいつか、心から愛し合える子を探して、ちゃんと幸せにしてやるんだ」
鈴原は自分の手を見つめて、グッと強く握る。
そこには言葉通りのアツい想いが込められていた。
「だからよ、ソトミチも奏と付き合うつもりなら、そこんとこ気をつけといた方がいいぜ。応援はするけど、どっちにしろお前にもあの約束は守れねえよ」
俺は彼女がいるからもう山本さんと付き合う気はないんだが。
それを言われてしまうと、聞かざるを得ないな。
「約束って、例の付き合う条件ってやつか? なんなんだよそれ」
「俺からは教えられない。お前には一昨日ある程度話しちまったから言える範囲で忠告しとくけどな。俺が弱みとして握れるくらいの秘密なんだよ。かなり深刻な悩みだから、本音を言えばソトミチにもそっとしてやって欲しいくらいだ」
そこまで言われると益々気になる。
でも、悩みが原因なら掘り返すべきではないか。
「わかったよ。俺は鈴原が元気ならそれでいいんだ。昼休み終わるから戻る。じゃあな」
鈴原も山本さんも、変わりはしたけど、良い変化で安心した。
美優のやつには称賛を通り越して恐怖を覚えたけど。
なんだかんだで、あいつも世話焼きなのかもな。
放課後は佐知子とデートの約束がある。
とりあえず俺も、鈴原の二の舞にならないように気をつけよう。
そうしてやってきた、初めての彼女との、初めてのデート。
美優によって本当に変えられていたのは、俺自身だったのだと。
このときの俺には、知る由もなかった。