放課後を迎えて、俺はチャリを飛ばしていた。
美優も通う学校近くのカフェで佐知子と合流する約束をしている。
現実の女の子と連絡を取ってデートの約束をするなんて、そんな日が来るなんて思いもしなかった。
出会い方はお世辞にも綺麗とは言えなかったが、そんなものは個人のこだわりだ。
これからお互いのことを知って仲良くなっていけばいい。
スタートラインに立つことすら分からなかった俺が、ようやく進むべき道を見つけられたんだから。
「お兄さん。お疲れ様です」
さくらんぼの付いたヘアゴムと、片方に纏めたサイドテールは、人を探すにはちょうどよいトレードマークだった。
俺はチャリを停めて、店の前で手を振る佐知子に手を振って返す。
「お疲れ様。悪いな、もう試験期間なのに」
「気にしないでください。塾は行かないとですが、学校のテストは難しくないので」
佐知子のニコッとした笑顔に、俺は店のドアを開けながら、今度は笑顔を返すことができなかった。
「あれ? でもこの前、勉強を教えてほしいって言ってなかったか?」
「定期試験は余裕なので大丈夫なんです。教えてほしいのは受験勉強の話で」
店員に案内され、ソファー席に通された俺は、背後の佐知子に気取られないように顔を引きつらせていた。
受験勉強を俺が教えるなんて無理に決まっている。
いま通ってる学校だって運良く入学できただけなのに。
「一応聞いておくけど。どこを受験するつもりなんだ?」
「制服が可愛いので西校を考えてます。ちょっぴり偏差値高めですけど」
うん、無理だ。
うちと西校じゃ10は偏差値が違う。
俺からすれば宇宙人の領域だ。
それをちょっぴりで済ますあたり、佐知子も頭は良いんだろうな。
保健体育は赤点レベルだけど。
「そっか。美優はどこらへんを受けるんだろ」
「多分ですけど、お兄さんのとこだと思いますよ。遠くに行くの嫌みたいですし」
「そんな理由で高校を選んでいいのか……」
「いいんじゃないですかね。美優は自分で勉強できますし。どこに行っても大学は選べると思います」
佐知子はメニュー表を俺との間で開く。
ソファーに深々と腰を下ろし、前と同じく拳一つ分くらいの隙間を置いて俺たちは横に並んでいた。
チョコとかクリームとか乗ってるカフェラテはやたらと高いな。
場所代も込みなんだろうけど。
デートのたびにカフェなんて入ってたらすぐに破産だ。
どうにか金を使わない遊びを考えなくては。
「中学生ってどうやって金を作ってるんだ? 親から小遣いをもらってるだけとは思えないくらいの買い物してる子もいるよな」
主に美優のことなんだけど。
「お小遣いですよ、みんな。何万って単位でお金貰ってる子もいるみたいで、羨ましいです……」
佐知子は頬をぷっくりと膨らませる。
反応見る限りでは佐知子の小遣いは多くはないようだが。
小遣いが数万とか嘘だろ。
信じられない。
こちとら昼飯代をケチってせっせと貯めてるぐらいだってのに。
「中学生はバイトできないから仕方ないんだろうけどさ。あげ過ぎもどうなんだろ……。遥とか、六桁くらいいってんのかな」
離島までバカンスしに行くくらいだし。
数万程度じゃ足りないよな。
「遥ちゃんですか? あの子はむしろお小遣いはもらってないって聞きましたよ」
佐知子はやってきた店員に注文を指差し説明しながら、俺の顔を覗き込む。
俺も同じものを注文した。
「貰ってない? 美優と二人でよく旅行してるって聞いたけど」
「お金はありますよ。モデルさんなので。かなり稼いでるみたいです」
ああ、モデルか。
そうかその手があったか。
美優も同じことをしてるのかな。
そんな気配は全くしなかったけど。
ファッションモデルなら、コネとかで服を貰えたりしていても不思議ではないか。
「モデルって雑誌のモデルとかだよな。そんなに儲かるのか?」
「遥ちゃんがやってるのはかなりニッチな分野らしくて。高額でも売れるから実入りも良いみたいです」
ニッチな分野。
それを聞いて、俺の頭の中であの日の美優とのやりとりが再生される。
──クローゼットの中を見たら、縁を切るからね。
脅しにも近い口調で美優に禁止されたこと。
人に見られたくない服と聞いて、俺はすぐさまコスプレを連想した。
あるいは、そういうジャンルの稼ぎ口なら、かなりの購買力があるのは頷ける。
「……写真とか、持ってたりする?」
遥とツーショットで美優が写ってるかもしれない。
そんな邪な考えが含まれた発言であったことは認める。
人の秘密を詮索するなんて最低な発想であることはわかってるんだ。
だがあれ以来、ずっと心のどこかで気になっていた。
あの生真面目で無愛想な美優が、ゴテゴテの装備とか、露出のキワドイ衣装を身にまとって、カメラを相手にポーズやウインクを決めているなんて。
想像もつかないけど、もしかしたら美優は、ごくごく一部の人の前では馬鹿騒ぎをしたり色香を滲ませたりするのかもしれない。
「私は持ってないですね。ネットにも上がってないみたいですし。由佳って知ってますか? 遥ちゃんと美優と三人でいつも仲良くしてるんですけど。その子ならもっと詳しいかもしれません」
佐知子は店員が運んできたカフェモカに口をつけて、熱さに顔を顰めてから息を吹きかける。
由佳か。
あのイタズラ好きで美優に制裁されてた子だよな。
ってか俺のスマホにはまだその由佳の裸の写真が残ってるわけだけど。
彼女もできたわけだし、消しておくか。
思えば犯罪的にヤバいことをしていた。
妹に誘われるがままに中学生の裸をオカズにして抜いてしまったんだ。
そんな男と付き合ってるってことを、佐知子は知らないんだよな。
なんだか申し訳なくなってきた。
俺はなんとなく自分を罰したくなって、アツアツのままのカフェモカを一気に口に流し込む。
「熱ッ──っっつ!!」
「なにやってるんですかもう。私もふーふーしてるじゃないですか」
「す、すまん」
こんな程度で由佳を忘れられるわけもなく。
俺はこっそり写真を消してしまおうとスマホを取り出す。
そういえば、あのとき由佳が言ってたな。
美優のスマホのロックを解除して勝手に中身を見たって。
それにあの美優の怒り様。
もしかして、由佳は美優のとんでもない秘密を握っているんじゃないだろうか。
「あ、そっか。お兄さんって由佳ちゃんと知り合いなんですよね」
佐知子はパチンと手を叩いて納得顔。
待て、なぜ君がそれを知っている。
知り合いといっても顔を合わせた程度だけど。
「今日ですね、学校で由佳ちゃんに言われたんですよ。お兄さんに話があるから、いつか会わせてほしいって」
「俺に? なんで?」
「理由は私も聞いたんですけど、教えてくれなくて。お兄さんと会うことは美優にも秘密にしてって言われたので、ロクなことではないと思うんですけど……」
由佳がロクでもない奴だってのは共通認識なんだな。
あれだけ酷いことをやってれば当然か。
「その話が出たのって、やっぱり昨日の彼女募集がきっかけで?」
あれだけ盛大に募集をしたんだ。
話題になっていないわけがない。
「えへへ。その通りです。美優ちゃんが解決しましたって連絡をしてから、否定しなかったのが私だけだったので消去法的にバレてしまって。学校でちょっぴり話題の人になってしまいました」
やっぱりそうだよな。
それでも、単に彼氏ができたってだけなら、別にバレても問題ないけど。
「募集条件って、アレだっただろ? 変なこと言われなかったか?」
セックスを前提に付き合えるのが募集の条件だ。
美優への性欲で溢れたあのグループは、かなり性に対して奔放な印象だったけど、潜在的にレズの子ばっかりだったし、経験者はむしろ少なかったはずだ。
そんな彼女たちがセックスありきのお付き合いが成立したと聞けば、パパラッチ化は免れない。
「そこは、聞かれちゃいましたけど。さすがに恥ずかしいので、近いうちにと答えました。そうしておけば、いざしたよって白状しても、みんな驚かないかなって」
賢い判断だ。
第一印象は天然系だったんだけど、こうして話してみるとしっかりしている。
「気を遣わせて悪いな」
「謝るようなことじゃないですよ。私もドキドキして楽しいですし」
学校のみんなにバレるかバレないかのヒヤヒヤ感。
たしかに、青春らしいスリルではあるが……中身が不純だ。
「ところで、あのぉ……」
佐知子がスマホを取り出して、そこで固まった。
どうやらメッセージアプリの俺のアカウントを見ているようだが。
「どうかしたのか?」
「あ、いえ! なんでもないです。えへへ」
佐知子はさっとカップを持ち直して顔を隠す。
小動物っぽいってのはこういうのを指すんだろうな。
「ところでのところでなのですが」
佐知子はカップを口につけたままサッと目だけをこちらに向けてくる。
「どうした?」
「なんといいますか、アッチの方、といいますか……エッチの方といいますか…………どうするのかなと……」
「あ、ああ! それだよな! うん、えっと……!」
女の子に言わせてどうする。
今からでも遅くない。
俺が主導で動かないと。
まずは、ゴムだよな。
コンビニに売ってるらしいから、それを買うとして。
問題は場所だ。
こんなおおっぴらなところでやるわけにもいかないし、お互いに自家住まいだから部屋でするわけにもいかないし。
他のやつらはどこでやってるんだ?
ホテルは使えないし、いや、ビジネスホテルなら……ってどっちにしても高すぎる。
「ネットで調べてみるか」
スマホで検索をしてみると、意外にも実家で済ませているカップルも多かった。
家に彼氏彼女を連れ込むのに抵抗がない人は家でするみたいだな。
次点でカラオケ、ネットカフェか。
うちは両親は夜まで帰ってこないけど、大抵は美優がいる。
外出する日を聞けば空き時間に済ませられないこともないか。
でも、そんな露骨なことしたら絶対に怪しまれる。
いくら目の前でセックスをしたことがあるからって、それが隣の部屋で常態化したら美優も気分はよくないだろう。
第一に、妹がいる部屋の隣でセックスなんて、俺が嫌だ。
「ネットといえば、ネットカフェなら、塾の近くで見た気がします」
「それだと佐知子が知り合いと遭遇する危険があるんじゃ……?」
「塾の裏側の閑静な通りにあるので、大丈夫だと思います。お金もかかりますし、学校でも禁止されてますし……。私たちみたいに、イケナイことする悪い子以外は使いませんよ?」
佐知子は挑発するようにクスクスと笑う。
こんなに小悪魔的な子だったかな。
きっと本来的な恥じらいを知らない分、一度経験してしまえば抵抗がないんだろう。
あとは美優に悪いものを吹き込まれたせいでもあるな。
叱ってやりたい。
「じゃあ、そうするか」
俺は佐知子とカフェを出た。
一度家に帰って着替えてから、バス停で合流してネットカフェへ。
次に行くところも名義上はカフェって、なんだかな。
誰にも邪魔されない個室があればそれでいいのに。
世間からしたらエロいことをしてる輩は全員悪なんだろう。
ラブホだって歓迎されているものじゃないしな。
「ただいま」
俺は小声で帰宅を告げながら玄関のドアを開けた。
家の鍵が開いていたので美優が帰っている。
これからお友達とエッチなことをしにでかけますっていうのに、美優と鉢合わせるわけにはいかないからな。
と思っていたら、洗面所の扉がガラガラと開かれた。
「あっ、お兄ちゃんだ。おかえり」
洗顔直後でお肌のケアをしていた美優は、前髪をカチューシャで留めていた。
おでこが丸見えでちょっぴり抜けた顔がまた愛くるしい。
「早かったね。デートはしなかったの?」
「してたけど。一旦着替えてからにしようってことになって」
「ふーん」
美優は立ち止まってジッと俺を見つめてくる。
なんだろうこの圧は。
蛇に睨まれたみたいに動けない。
「うちですればいいんじゃない?」
「何を!?」
俺は靴を脱ぎながら、つい過剰な反応をしてコケそうになってしまった。
「何って。セックス?」
「恥らいもなく言うな……」
今更ではあるけど、仮にも花も恥じらう思春期の女の子だからな。
もし過去に戻ってやり直せるなら、佐知子と同じくらいの性知識にまで無駄なものを封印してやりたい。
「なんでわかるんだよ」
「制服で行けないような場所なら、ネカフェかなって。そんなとこ、カップルはエッチなこと以外の目的で使わないでしょ?」
「偏見が酷すぎる」
もういい。
こいつはエスパーなんだな。
もうそれだけが答えでいい。
「お兄ちゃんさ、お互いに家に居る日と居ない日を決めない?」
それは美優からの、部屋を使っていいという積極的な提案だった。
美優からしても、俺には早く佐知子と親密になって妹離れしてほしいもんな。
「部活してないから18時まででいいよね。事前の取り決めで、絶対に家に帰らない日を決めるの。予定がなければ普段通りに過ごす。お兄ちゃんは家を使いたければ、別の日に私に家を明け渡す。それだけ」
つまり俺の都合で家を使わせてもらって、それと同じ分だけ美優に家を使わせるってことか。
美優も前みたいに友達を呼んであれこれやりたいだろうし。
悪い提案ではない。
「でも、昨日は隣の部屋で兄がしてたんだって思うの、嫌じゃないか?」
「私はこれから部屋に戻って、今ごろお兄ちゃんは佐知子とネカフェでセックスしてるんだろうなって思うわけだけど」
「わかったわかった。その取り決めにしよう。ありがたく受けさせてもらう」
今日はもう美優も家に帰って来てるし、佐知子にはネカフェに行くと伝えてある。
どんなところなのかラブホ以上に想像できないところだから、心配は拭いきれないけど、こんな流れになってしまったからにはやるしかない。
個室って書いてあったし、多分、大丈夫だよな。