焼けた臭いの立ち込めるキッチンには、うな垂れる俺と、憤慨する妹がいる。
鍋の番を任されていたはずの俺は、射精への欲求に思考を支配されて、10分以上もボーッと突っ立っているだけだった。
「お兄ちゃん。私、言ったよね。焦がさないでって」
美優が鍋の上の方からクリームシチューを掬い、皿に取り分ける。
皿に乗せられた分のシチューは白色のままだったが、口に含んだときの風味は台無しになっているだろう。
「すまん、つい油断して……」
美優にも予想のつく範疇だろうが、エロいことを考えていて鍋を焦がしてしまったと、素直に弁明することはできなかった。
言葉ほどに怒ってはいない様子の美優は、それでも眉を顰めて俺に近づいてくる。
「やっぱりお仕置きが必要かな」
お仕置き。
そのワードを聞いた瞬間、俺が感じたのは恐怖ではなく興奮だった。
美優のお仕置きは、耐え忍ぶにはツラいものではある。
だがそれらがどれも性的な拷問ばかりだったせいで、今ではお仕置きの記憶はオカズに変わってしまった。
美優を困らせて悪いとは思っている。
でもこの高揚感は、抑えようとするほどに湧き上がってしまうものだった。
「むっ」
俺の目の前まで来ると、美優の顔が一層険しくなった。
美優はシンクの横に設置されている水切りカゴに手を伸ばす。
箸などの長細い食器が入れっぱなしになっているポケットから、美優は金属製のスプーンを取り出すと、コンロに移動して着火し、その先端を直火で炙っていった。
「お、おおおおい……!」
その行動の意味はすぐにわかった。
エッチなお仕置きを期待していた脳内が、ようやく恐怖の色で染まる。
「待て!! 待てッ!! それだけはシャレにならないから!!」
熱した金属スプーンを、美優は真顔で俺に向ける。
それから俺が床に顔を叩きつけて土下座するまで、わずかコンマ数秒のことだった。
「ごめんなさい!! 本当に申し訳ありませんでした!! お願いします、ゆ、許して、ください……!!」
美優なら本気でやりかねない。
いや絶対にやる。
焼かれる。
俺の体の最も大切なパーツが。
二度とマスをかくことなどできないように。
「本当に反省してるのかな」
「してます!! してますから!! どうかその慈悲の心を以て我が愚息をお許しください……!!」
床に頭をぶつけすぎて額が凹んでしまいそうだった。
めり込むほどの土下座とは、きっとこういうことを言うのだろう。
本能的な危機を感じると、人間は痛みに対する枷が外れてしまうらしい。
「お兄ちゃん、そんな謝罪の形はいいから、立って顔を向けて」
「は、はい……」
俺は土下座をやめて美優と向かい合う。
美優はスプーンを水切りカゴに戻した。
やはりというか、その表情には口にするほどの怒りは感じられない。
「別に鍋を焦がしたのはいいんだけどさ。食べてもらえれば」
「はい。残らず食べます」
「問題なのは叱っても効果が出てないところだよ。お兄ちゃんはもしかして痛いのが好きなの?」
「いえ、決してそんなことは……」
美優にお仕置きされるのは好きだが、俺はドMではない。
それは必ずしもイコールにはならないはずだ。
「お兄ちゃん」
美優の声に微かに濁る。
その目が俺を責め立ててくる。
「さっき私がお仕置きするって言ったとき、またエッチなことしてもらえると思ったでしょ」
「お、思って、ないよ。そんなことは。うん。全然」
「本当に? なんだか邪悪な気配を感じたから、浄化しようと思ったんだけど」
「いやいやいやいや勘弁してくれ!! ほ、本当だ! エッチなことは考えてない! ないぞ絶対に!!」
肉棒を加熱消毒なんて人間のやることじゃない。
お仕置きをされるならエッチなお仕置きがいいに決っている。
痛いだけなんて絶対に嫌だ。
なんて言い訳をすればいいんだ。
どうやって取り繕えば、また射精地獄という最幸のお仕置きを受けられるのか……。
「へえ」
美優の声から起伏が消える。
やばい、悟られた。
「いま正直に言えば、痛いのは一瞬だけ。でも嘘をつくなら、この先はずっと厳しくなるだけだよ」
美優は再び、金属スプーンを手に取った。
俺のズボンに指を突っ込んで、チャックを下ろす。
パンツのボタンに指をかける。
その布に付着した粘つく湿り気に、美優は不快感を露わにすることもなく。
前開きのボタンを手際よく外した。
その隙間からは、これから焼かれるとも知らない元気なムスコが飛び出した。
美優は目線を俺に配り、白状するタイミングを与えながら、スプーンを近づけてくる。
やばい、やばいやばいやばい。
興奮してきた。
バカなのか俺は。
男の最も弱い部分が火傷することになるんだぞ。
どうかしてる。
ああ、もう直前まで迫ってきた。
早く白状しないと。
美優のことだから、逃げることなんて許さないはずだ。
熱したスプーンを押し付けて、俺が叫びながら倒れて、腰を打っても、すべてを焼き尽くすまで追撃の手を休めない。
焼かれる。
最悪病院行きだ。
美優ならやる。
やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ!
早く謝罪をしないと!
こんなときに、先走り汁なんて垂らしてる場合じゃないんだ……!
「ごごごごめんなさいエロいこと考えてました本当にすみませんでしたぁああ!!」
泣き叫ぶように謝罪する。
俺の肉棒に、美優は、容赦なくスプーンを触れさせた。
「ああァァあぁああっッ──!?」
息が止まった。
酸素の供給が止まって、混乱する頭に、痛覚信号は流れてこなかった。
「はぁ、はぁ、はっ、はあぁっ……あれ……つ、つめ、たい……?」
スプーンとの接触部からは、金属独特のひんやりした低温が伝わってくる。
衝撃のあまり脳が誤認しているのかと思ったが、数秒待っても痛みを感じることはなかった。
「同じ種類の別のスプーンだから。熱くないよ」
美優の言葉に、ようやく安堵した肺から一気に空気が抜ける。
美優なら熱した方でやると本気で思っていたから、スプーンを押し付けられた瞬間、美優という人間に、底の見えない絶望を覗いてしまった。
「正直に答えてくれたのはいいんだけどさ。お兄ちゃん」
呆れた声が俺の意識を覚醒させる。
美優はスプーンの縁で裏筋をなぞり、すくい取るように俺の前に持ち上げた。
「なんでちょっと出たの」
美優は害虫を見るような目で俺を哀れんでくる。
信じられないことに、スプーンには白い液体が溜まっていた。
「み、美優の、パンツとかで、性欲が、限界で……」
「そっか……」
かつてないほど痛々しい空気だった。
俺も美優も、目を合わせられない。
心が死にそうだ。
「ご飯、食べよっか」
「そうだな」
気まずい雰囲気の中、スプーンの処理に困っている美優に、覚える違和感。
美優が不衛生なことをするなというから、俺はオナニーを我慢していたんだ。
もし事前に抜いてさえいれば、こんな結果にはならなかったかもしれないのに。
「スプーンを、その、そういうのに使うのは……不衛生じゃないのか?」
不満があるわけではなかった。
ただ、今日の美優は言動がチグハグで、その引っ掛かりを解消したいだけだった。
「うっ……こ、これは……」
美優はやりずらそうに目を泳がせる。
美優のそんな反応が、より疑念を深めて、観察する俺の目を鋭くさせる。
そんな俺の態度を、美優は責められているものだと勘違いしたのだろう。
思考がまとまらないまま、美優はそのスプーンを、パクっと口にしてしまった。
「はむっ……んっ……これは、食べられるので、良いのです」
美優はきれいに精液を舐め取ったスプーンを、そっとシンクに置く。
「だったら俺がオナニーした手で料理をしてもよかっただろ!」とツッコミを入れたくなったが、俺の立場があまりに弱すぎたのでやめておいた。
バケットを温めて、シチューと合わせてテーブルに並べる。
対面に座って「いただきます」と小さな声を揃えて食事を始める俺と美優。
色々あったが、そこには日常が戻っていた。
互いに口数は少ない。
それはいつものことだが。
俺はまだムラムラしている。
早く部屋に戻りたくて、食事を進めることに集中していた。
「……あーあ。お兄ちゃんが鍋を焦がしたから、洗うのが大変だなぁ」
わざとらしい口調で美優が愚痴を溢す。
「悪かったって。食器は俺が洗うから」
オナニーは早くしたいけど、少しでも罪滅ぼしはしておかないとな。
「体もなんだか焦げ臭い。髪にもニオイが付いちゃったし……ゆっくりお風呂でも入りたいな……」
「わかったわかった。俺が用意するから。な?」
「そう? お兄ちゃんがそう言うなら任せよっかな」
なんでそんなに白々しいんだかわからないけど。
とにかく美優の要望には全面的に答えよう。
今までの負債もあるし。
「あっ、そういえば、今日のとは無関係の話なんだけど」
美優はわざわざ仕切り直して話題を切り替える。
ということは、さっきのはやっぱり今日の失態への罰だったんだな。
よし、風呂も鍋も丹念に洗っておこう。
「先週まで、お兄ちゃんが佐知子とエッチするために家を使ってたじゃない?」
そんなにズケズケと言わないでほしいんだけど。
「ああ、あれか。交代制だったのに、結局ほとんど俺は家を空けてなかったな」
「そうそう。だから、そのひとまとめってことでいいので、明日からの二日間、丸々家を空けてもらえないかな?」
「丸々って……夜も?」
「うん。土曜日の夜はネカフェかホテルに泊まってもらうことになるけど」
土日を丸々か。
引きこもり体質の俺にはかなり厳しいが、他でもない美優の頼みだからな。
「わかった。日曜日は何時まで外にいればいい?」
「夕方の六時。きっかりに帰ってきてもらえれば」
「きっかり?」
「そう。許容誤差一分で。よろしくね」
「は、はぁ」
遅くなるのも許されないのか。
なんでって聞きたいけど、答えてはくれないよな。
俺はそのすべてに了承した。
食事を終えると、まずお風呂を洗ってお湯を入れる。
その間に食器を洗っていると、洗い終わったあたりでちょうど満水を知らせる音が鳴った。
「美優、お風呂ができたみたいだぞ」
「お兄ちゃん先入っていいよ」
「えっ……」
美優が風呂に入りたいっていうから作ったんだぞ。
俺はそれよりも先にオナニーをしたい。
そろそろ射精しないと理性が暴走しそうだ。
「……俺が先でいいのか」
「せっかくだしゆっくりお湯に浸かってて」
相変わらずワケのわからん妹め。
まあ、風呂場でもオナニーはできるし。
むしろ邪魔が入らないからやりやすいかもな。
「わかったよ」
俺は素直に脱衣所に入った。
これからようやく射精できると思うだけで、ペニスが鋭く天を衝く。
性欲だって一週間オナ禁したくらいに溜まってる。
そろそろはち切れそうだ。
今夜はオカズには困ることはないし、飲んでもらえないのは残念だけど、限界まで絞りきってしまおう。
逸る気持ちを抑えきれずにズボンを脱いだ。
そこで気づく、不自然なポケットの膨らみ。
中身を取り出すと、決して男が持っていていい物ではない、可愛らしい下着が出てきた。
「はっ……!」
失態に気づき、計画がすべて白紙に戻る。
お風呂でオナニーをしたら美優のパンツを使えない。
美優のパンツを返すのは精液漬けにしてからにしたいが、土日は外に出ることを約束してしまったし、チャンスは今夜しかない。
いや、落ち着け。
いいんだ、慌てることはない。
お風呂を上がってからじっくりとオナニーをすればいいだけだ。
射精欲に負けて雑に出してしまったら、残るのは後悔だけ。
これほどのレアアイテムを手に入れられる機会が二度あるとは思えない。
興奮は一旦封印して、体を清めよう。
美優のパンツに失礼のないように。
ペニスの重さを感じながら、俺はじっくりと体を洗った。
美優が愛用しているコンディショナーも指先で摘むくらいに使わせてもらって、匂いを感じやすい前髪とこめかみにつけて流した。
湯船に浸かり、お湯の温かさに包まれていると、毛先に付けたコンディショナーの匂いが早速嗅覚を刺激してくる。
思えば俺は、美優とこうして裸で使うものを共有しているんだ。
十数年という月日で、美優の体から出た汗が、この湯船に染み込んでいる。
ある意味では、美優と裸で抱き合っているのと、そう変わりない状況なのかもしれない。
うん。
「変態か俺は!!」
自分へのツッコミが閉鎖空間に反響する。
いくら溜まっているからって、こんな妄想をしていいはずがない。
もう美優のパンツをオカズにして抜くとか拘っている場合じゃないんだ。
とにかくこの欲望を開放しないと。
取り返しのつかないことになる。
「……よし」
俺は湯船の縁に座り、諸悪の根源を右手で握った。
ここで出し切ってしまおう。
パンツも美優に返して、今夜はもう大人しく寝るんだ。
美優をオカズにするのは、そうしないと抜けないから仕方がない。
ただし、ネタは妄想ではなく記憶にあるものだけ。
我慢も一切なしだ。
「はぁっ……くっ……」
今日の肉棒はまた一段と太くて硬い。
射精すれば向かいの壁を精液まみれにするくらいには飛ぶだろう。
いつもは自分がティッシュで受け止めるか美優の口の中に出すかしかしていないからな。
どれだけの飛距離があるのかは未確認。
たまには思い切り発射するのも悪くはない。
「美優……あぁ……あぁぁっ……美優……!」
肉棒を激しくシゴいて発射のエネルギーを溜める俺には、精液の飛ぶその先に、裸の美優がおっぱいを両手で支えて待っている姿が見えていた。
ああ、もう来る。
散々我慢させられたんだ。
射精したい。
もう耐えられない。
思い切りぶっかけて、美優の全身をドロドロにして、俺のニオイを染み付けるんだ。
美優、受け止めてくれ。
俺の精液を、全部。
美優、イク、イクっ……!
「お兄ちゃん」
ガラッと開いた風呂場のドア。
俺は驚きのあまりお湯の中にひっくり返った。
頭を打って、溺れそうになりながらもどうにか顔を出す。
「お、おまっ……! 何して……んだ……よ……」
絶頂を阻まれて、再び思考力を奪われた俺は、そのありえない光景を素直に受け入れることができなかった。
白く輝く透明な肌。
ほんのりと赤みを帯びた肢体。
タオルでその身を隠すこともなく、ヘアクリップだけを携えた裸の妹が、豊かな胸を張り上げて立っていた。
「何って。お風呂に入る以外にないでしょ」
俺の問いにさも当たり前のように答えた美優は、躊躇いなく浴室に踏み込んでくる。
ついさっきまで兄が妹をオカズにしてオナニーをしていたというのに。
美優は両手を使って丁寧にドアを閉めると、足元の鍵をロックして、椅子に座った。
真隣に、性器をガチガチに勃起させた男を残して。
髪の毛から垂れる雫が、ちょぽんと水面に溶け込む。
兄と妹、裸の二人。
あろうことか美優は、性欲の限界を迎えた俺を、密室空間へと閉じ込めたのだった。