ソファーで俺が目覚めると、蚊が飛ぶような音が鳴っていた。
不快さに手を振ってみるが、張り付いた振動音がいつまでも俺を苛む。
体を起こすと、頭がクラっとして、ふとももの内側から膀胱までがギュッと痛くなった。
「痛っ……!」
射精をしすぎた。
これはもう泌尿器科に行った方がいいかもな。
「あれ……」
起きたら音が止んだ。
虫がどこかに行ったのか。
ぼんやりした意識の中で、俺は手元に硬い物が当たっていることに気づいた。
「スマホか」
さきほどの振動音の音源はこれか。
アラームでもセットしてたかな、とスイッチを入れてみると、そのディスプレイには3件の着信履歴が残っていた。
着信はメッセージアプリを介して掛けられてきたもので、その差出人は山本さん。
それとは別に5件ほどメッセージが溜まっている。
「……えっ」
俺は10時に山本さんの家に行く約束をしていた。
俺は、どれだけ寝ていたんだろう。
感覚としては、一瞬うとうとしていたくらいだが。
俺は無意識に視界から外していた時間の表示部に目をやった。
爆音を鳴らし始める心臓。
時刻はすでに、13時を回るところだった。
「やばっ──!!」
俺はソファーから飛び跳ねて、急いで山本さんに電話をかけた。
張り上げる心臓の音が、耳に押し当てたスマホから跳ね返って、緊張が増幅する。
服を整え、寝癖を直しながら、待つこと10コール。
嫌われたかと恐怖に怯えながら慌ただしく出かける支度をしていると、山本さんが応答してくれた。
「ごめん!!」
開口一番。
山本さんが何を言う前に謝罪した。
『あっ、うん。大丈夫?』
山本さんは意外にもケロッとしていた。
普段の性格を考えれば当然なのか。
「今すぐ行くから! 10分だけ待ってて!」
『ソトミチくんは平気なの? 他に用があるなら日を改めても……』
「大丈夫!」
『そうなんだ。じゃあ、待ってるね』
俺は家の鍵を掛けて飛び出した。
山本さんの部屋番号は事前に教えてもらっているから、エントランスに着いたら山本さんが対応してくれる。
ジリジリと太陽の照りつける中、それでも自転車が作る風のおかげで歩いているよりは涼しかった。
マンションについて自転車を置き、エントランスに駆け込む。
それなりにお高いマンションだからか、この時点ですでに冷房が十分に効いていて、息を切らしているほどには汗は湧き出てこなかった。
俺は山本さんに自動ドアを開けてもらって、エレベーターに乗り込んだ。
山本さんの部屋は十階。
ドアの前に立って、俺は見苦しくないくらいに息を整えてから、インターホンを押す。
山本さんはすぐに出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。暑いから入って入って」
「お、お邪魔します」
部屋はよくある縦長のタイプ。
全体の樹脂感やキッチンの広さが、一人用の住居としての高級感を醸し出してる。
俺は玄関に入って、ドアを閉める。
その直後、振り返った山本さんが、おっぱいで俺をドアに押し付けてきた。
山本さんはTシャツ一枚。
豊満な弾力が俺を圧迫してくる。
「さて、どういうことか説明してもらえるかな」
独身部屋の玄関に、靴を脱がずに二人で立つ。
山本さんのおっぱいが大きいせいで、とても狭い。
「申し訳ない! 寝坊しちゃって……!」
こんな昼間まで寝ていたのは不自然かもしれないけど。
嘘はついてないわけだし、ボロが出ることはないはず。
「さっきまで寝てたの?」
「ああ、疲れが溜まってて、ついな。ほんと、申し訳ない」
これも事実だ。
美優があんなに俺を射精させてこなければ、俺だって元気いっぱいにスキップでもしながら時間通りにここまで来れたんだ。
……いや、わかっている。
射精の半分は俺から始めたことだし、美優は悪くない。
責めるつもりはないんだ。
だが、あの妹に一緒に寝ようなんて言われたら、変な気を起こしてしまうのも無理からぬ事。
俺だけが一方的に悪いわけではないと信じたい。
「ソトミチくんって私にとことん興味が薄いよね。ここまで蔑ろにされたのって人生で初めて」
山本さんは俺と目線の高さを合わせて、ぐいんぐいんと更におっぱいを押し上げてくる。
「そんなつもりはないんだ! めちゃくちゃ楽しみにしてたけど、色々あって!」
「色々って?」
あ、やばい。
早速ボロを出してしまった。
くそう、どうすれば。
「いやぁ、その、言いにくいことで……」
「言いにくいことって。今まで以上のものがあるの?」
そりゃあもう、とんでもない爆弾を抱えている。
実の妹と、すでにエッチなことをしているなんて、言えるわけがないし。
「楽しみすぎて、夜中は興奮しちゃって……」
「寝れなかったの?」
「そういうこと」
セックスの約束に興奮して寝れなかったなんて、わざわざ口にしたら、普通はドン引きされるだろうけど。
「もー。しょうがないなぁ」
山本さんはニヤニヤして俺を開放した。
そう、彼女はそういう性格なのだ。
簡単に怒ったりしないし、人の感情は好意的に取ってくれる。
山本さんくらいの美人なら、男の性欲なんて街を歩くだけで浴びるほど感じてきただろうが、褒められることに対して斜に構えて反発することはしない。
しかし、その純心を裏切っていると思うと、罪悪感で息苦しくなる。
美優に迷惑が掛かりさえしなければ、腹を割って全部話すのに。
「なら、ソトミチくんも、準備ができてるってことでいいんだよね」
山本さんはさりげなく俺の腰に手を回して、その意思をアピールしてくる。
「あ、ああ」
ここで始まるのか。
こんなところで、即フェラ?
男として理想のシチュエーションではあるけど。
どうしよう、心の準備が。
自分で言うのもなんだが、山本さんも俺とのセックスを楽しみにしてくれてたみたいだし。
山本さんは相手が早くイキ過ぎるせいで上手くエッチができなくて、言ってみれば中学生の頃からずっと欲求不満なんだよな。
そんな中、ようやくまともにセックスできる希望を持った俺が、約束の時間に遅れてきて。
相当溜まっているはずだ。
山本さんは俺のズボンのチャックを下げる。
ボタンを外されて、ズボンの腰に指を入れてくる。
そして、パンツごとずり下ろされそうになったとき、俺は美優が出かける前に言った忠告を思い出した。
──山本さんとエッチする前に、シャワーを浴びておくんだよ? じゃないと、バレるからね。
「あっ!! ちょ、ストップ!!」
俺は山本さんの手を押さえて脱がせるのを止めた。
急いで飛び出してきたからシャワーを浴び忘れていた。
俺の体には、今日2回出してきた精液の残り香と、俺の精液を舐め取った美優の唾液、そして香りの強いトリートメントのニオイがついている。
これら全てに気付かれたとして、俺が美優とエッチしたことを指し示す決定的な証拠にはならないが、詰問されたら上手く対処できる自信がない。
「どうしたの?」
「シャワー、浴びたいんだけど。汗かいたし」
男としては、そのまましゃぶって貰う方が気持ちいい。
だが、今回だけはダメだ。
美優とのエッチがバレる可能性は流してしまわないと。
「そんなに? シャツもパンツも濡れてないみたいだけど。ちょっと汗臭いぐらいなら私は気にしないよ?」
山本さんはズボンの腰辺りが湿っていないことを確かめて、首をかしげる。
誤算だった。
山本さんに格好つけるためにできるだけ汗をかかないようにしてたけど、逆効果だった。
もっと汗だくになってから家にくれば、山本さんもシャワーを勧めてくれていたはずだ。
「お、俺、昨日から風呂入っていなくて! たぶん、かなり臭いと思う」
自分でもこんなこと言いたくはないが、背に腹は変えられない。
「うーん……」
俺をジロジロと見上げる山本さん。
疑いの眼差しだった。
「なんか、うそっぽい」
さすがに雑に嘘を重ねすぎたか。
慌てて何も考えずに飛び出してきてしまったからな。
電話を掛ける前に思いとどまっておけば、シャワーくらいは浴びてこれたのに。
「いつもはちゃんとお風呂に入ってるんだよね? 臭いのは美優ちゃんが許さなそうだし」
「うん、まあ、そうだけど」
「今日は私とエッチするのわかってたはずでしょ? それでも、あえてお風呂に入ってないのを咥えさせたいならわかるけど。今になってシャワーを浴びたいってどういうことなのかな?」
ドキッとする質問。
言い逃れする道を塞がれている。
「エッチするのわかってたはずでしょ?」と聞かれることは予測していたのに、どうしてここまで説明しづらい嘘にしてしまったんだ。
もはや今までの発言は修正できない。
ならば、新情報で対抗するしかない。
「お、オフ会! に、参加しようとしてて。徹夜でどうしてもやらなきゃならないゲームがあったから、つい夢中になって……」
「じゃあ私とするのが楽しみで寝れなかったっていうのは嘘?」
うぐっ、こ、心が、痛い。
山本さんを傷つけたくはないけど。
いまさらひっくり返すわけにもいかない。
「ごめん! 本当にごめんっ!! こっちの方が先約だったんだ! 少しでも体力回復させようと思って寝てたら、昼過ぎになってて。風呂は入るつもりだったけど、その余裕もなくて」
上手く繋がった。
これなら前後の文脈に不自然さもない。
「嘘だよね」
「え、あ、いや……」
一瞬で看破された。
山本さんの眼がどんどん鋭くなっていく。
昨日の学校で山本さんがエッチを始めたときも、こんな風に雰囲気が変わった。
これが山本さんの本気モードなのか。
「これだけ男をとっかえひっかえしてるとね。その人のひととなりっていうのが、嫌でもわかるようになるものなんだよ」
山本さんは俺なんかよりよっぽどコミュ力がある。
男性経験も豊富で交友関係も広く、おまけに頭も良い。
俺みたいに鈍い男が敵う相手ではなかった。
「ソトミチくん、私に悩みを打ち明けたときと同じ喋り方してる。それにいくら先約があるからって、私との約束を放り投げてゲームする人じゃないよね」
まさに核心を衝くひとことだった。
悩みが美優に関係することだから、隠し方も同じになってしまう。
緊張で埋められた、俺と山本さんの距離。
冷や汗を流す俺に、山本さんは、その表情をカラッと明るくさせた。
「さて。それでは、嘘を吐き通せない小心者で優しい優しいソトミチくんに、一番効果的なお願いをしてみましょう」
俺の腰を押さえてしゃがんだまま、山本さんは誘うように目元をなだらかにした。
「どれが本当か教えて」
無邪気に本音を求めてくる山本さん。
たしかに、こう言われると、嘘はつけない。
「疲れて寝坊したのと、今日を楽しみにしてたのは、本当で」
「ふむふむ」
「オフ会があるのは事実だけど、ゲームはしてなくて、本件とは無関係です」
「やっぱり」
「昨日の夜は風呂に入って……でもシャワーを浴びたいのも本音で……」
全部言ってしまった。
これだけ情報を開示しても、美優にはたどり着かないだろうけど。
「じゃあここには疲れた理由と洗い流したいニオイがあるわけだね。脱がしたら困る?」
「困る、といえば、困るけど……」
そもそもが深く考えすぎだったか。
美優に忠告されたから慌てて嘘をついちゃったけど、ニオイを嗅がれたくらいではバレるはずがないし。
「まあ、あの……ちょっと……精液臭いかもしれないんだが……」
「あのぉ、ソトミチくん?」
山本さんの呆れ顔。
ああ、この表情、美優にもよくされたな。
「もしかして、あれから自分でも出しちゃったの?」
「はい……」
出しちゃったとかではないレベルで射精してしまいました。
出したのは、妹だけど。
「たしかにね、昨日、ソトミチくんの精液を飲んだとき、すごく性欲が強そうだなとは思ったよ」
子供を諭すような声。
男に対しての憐れみを感じる。
ここまで性欲が強くなったのは、美優とエロいことをするようになってからだ。
ペニスだって前はもっと小さかったし。
いったい、どこからが俺の責任なんだろう。
「疲れて昼まで寝てたのって、もしかして朝してたの?」
「……はい」
「もー。どうしてここに来るまで我慢できなかったの。これはお仕置き案件じゃないかな」
「その通りだと思います……」
まずい、これだけ出した状態で山本さんからのお仕置きとか。
いよいよ腹上死も覚悟しなければならない。
「いくら私がお願いしてる立場とはいえ、限度があるんだからね。今日は美優ちゃんのこと考えるの禁止です」
「そ、それは死ぬ!!」
「だーめ。ソトミチくんのこと玩具みたいに扱ってやるんだから」
山本さんは問答無用で俺のパンツを脱がせる。
そこにはまだ柔らかいままのペニスが垂れ下がっていた。
山本さんはそれを手で掴んでふにふにすると、鼻を近づけてニオイを嗅いだ。
「ほんとに精液のニオイがする。ソトミチくんは美優ちゃんをオカズにしないと射精できないんだよね? 私とするより先に美優ちゃんで抜いちゃったの? 妹離れする気はあるのかな?」
「すみません……」
俺だって今朝は射精なんてしたくなかった。
寝坊したのは二回目の射精のせいで。
それは、自分からお願いしたんだけど。
やっぱり、俺が悪いのか。
「でも、なんか、いい匂いもするね」
「いい匂い? なんでだろ」
昨日はパンツの中に射精してしまったせいで、二回もシャワーを浴びたからな。
ボディーソープの匂いでも残ってるんだろうか。
「この匂い、知ってるかも……はむっ」
「おっ、ああっ……!」
パクっとまだ小さいままの肉棒がまるごと山本さんの口に含まれた。
不意打ちの快感に、ビクッと腰が引けてドアにぶつかる。
「んぐっ……むちゅ…………うむにゅ……ふあぁ」
山本さんはしばらく舌で俺のペニスを舐め回すと、すぐに口を開放した。
「んー……」
そしてまた、俺を睨む山本さん。
「やっぱりシャワーを浴びてもらおうかな」
「うえっ!? そんなに臭かったか!? ごめん……普段はそんなことないと思うんだけど……!」
「いいのいいの。さ、上がって」
俺はズボンを履き直して、部屋に上がった。
山本さんからはすぐに浴室を案内されて、服の置き場所などを指示される。
「化粧水とか乳液は塗る?」
「いいや、大丈夫」
たまに美優から、試してみて調子悪かったものを譲ってもらうこともあるが、自分から進んでつけることはしない。
「ハンドクリームとかは?」
「それもいいよ。つけたことほとんどないし」
手がベタベタするのは好かない。
スマホをいじるときに気になるからな。
美優は洗い物のたびに塗っているけど、俺はキーボードとかすぐに触るし、汚れやすくなりそうだからつけたくない。
「タオルは置いておくから、お湯もボディーソープも好きなだけ使っていいよ。それと……これ」
山本さんは端に設置された洗濯かごを指さした。
蓋がされていて、中身が見えないようになっている。
「脱いだ服は、洗濯カゴの蓋の上に置いてね。下着を漁ったら私も怒るから」
「わかってるって……!」
俺ってそんなに下着関係に信用がないのか。
男のひととなりがわかるって言ってたけど、まさか今朝みたいなことまで見透かされてないよな。
あれは事故であって、邪な気持ちがあったわけじゃないんだ。
万が一のときのために強く念じておこう。
山本さんが脱衣所を出てから、俺は服を脱いだ。
人の家で裸になるのって初めてだ。
外で露出してるみたいでそわそわする。
浴室もモダンでキレイなところだった。
この建物も建てられてから日が浅いんだろう。
クレンジングオイルやヘアバンドなどがケースの中に設置されていて、いよいよ女の子の家にやってきたという実感が湧いてきた。
体はしつこいくらいに洗っておく。
首元とかは美優の匂いがまだ残ってそうだし。
なんとか、乗り切ったんだよな。
あそこで質問を追加されてたら、もう白状するしかなかった。
あとは山本さんとのエッチを無事に完遂するだけ。
下半身はかなりしんどいけど、今日を乗り切れば次からは楽しいエッチができる。
俺は浴室から出て体を拭き、要所を手で擦って、ニオイが残っていないかを確かめた。
「よし。問題ないな」
服を着て、居室に入る。
山本さんの部屋は、物は少なめ、色はカラフル、かといって統一感がないわけでもなく、その白基調の部屋を家具の配置でうまい具合にセパレートしていた。
テーブルの前にクッションが2つ置いてあり、山本さんはその1つに座って体育座りしている。
なんとも嫌な予感がするな。
あれは美優が胸のサイズに悩んでいた時と同じ姿勢だ。
「シャワー、ありがとう。さっぱりしたよ」
「いえいえ。さ、ここに座って」
隣のクッションに誘導されて、俺はそこに腰を落とした。
椅子に慣れているせいでやや関節が疲れる。
「あのね、ソトミチくん」
改めまして、という切り出し。
これは何か言われるな。
「誘惑した私も、悪かったんだけどさ」
早速不穏な言葉が飛び出した。
お叱りを受けるのか。
いったい、何について叱られるんだろう。
「ソトミチくん、浮気してるでしょ」
まさかの一言だった。
「えっ。いや、えっと……」
どうしてそこで浮気という単語が出てくる。
浮気というのはパートナーがいないと成り立たないわけで。
俺には彼女なんていないのだが。
「あれ……? 俺と、山本さんって、その……」
もしかして、これって恋人関係なのか。
俺と山本さんはこれからセックスをする。
これが恋人じゃないのだとしたら、山本さんとはいわゆるセフレになるわけだ。
たしかに山本さんをセフレとして扱うのは抵抗があるけど。
昨日承諾した時点で恋人になっていたのなら、それなりにわかりやすい雰囲気を出してほしかった。
「そうじゃなくて。ソトミチくん、彼女いるでしょ。今朝はその子とエッチしてきたんだよね? それで遅れたんだよね?」
山本さんは確信めいた語調で俺を問い詰めた。
俺に彼女がいると誤解されている。
玄関でのやりとりで、山本さんは女のニオイに勘付いたが、その相手が美優だとは思っていない。
それはそうだよな。
普通はエッチの相手が実の妹だなんて考えないし。
「私はね、この体質にずっと悩んできて……。だから、ソトミチくんとエッチはしたいよ? そうでなくても、この前は楽しかったし」
山本さんは怒りきれず喜びきれずの表情で、さりげなく照れ顔を覗かせる。
嬉しいお言葉をいただいてしまった。
「でもね。私は誰かを不幸にしてまで、自分が幸せになろうとは思わないの。私は、私の魅力を自覚してるつもりだし、最初にソトミチくんを誘惑したのは私だから、別に怒ってるわけじゃなくて。今日までのことも含めて、私も一緒に謝りに行くから。正直に話してほしいな」
山本さんは真剣な眼差しで俺に語りかけた。
これは参った。
山本さんの誤解を解くには美優のことを話さなければならない。
美優に確認を取れば、あるいは許してもらえるかもしれないけど。
遥との楽しい旅行を邪魔して、話していいはずがないと断ぜられてしまったら、俺はただ二人を不快にさせただけになる。
そもそも、こんな状況になって、相手が妹でしたと暴露して、山本さんがそれを信じてくれるのか?
余計に議論がややこしくなるだけじゃないのか。
どうすればいい。
どうすれば二人とも傷つけずにこの窮地を乗り越えられる。
「しゃ、シャワー浴びてるうちに、なんかあったのか!? 玄関でのことは、抜いてきたのがバレたくなくて、ニオイを嗅がれたくなかったって言ったつもりだけど……!」
俺に彼女がいるという勘違い。
とにかくそれを正すしかない。
山本さんはただ、家に来たときの俺の態度が不審で、違和感を抱いているに過ぎないんだ。
「あの段階ではね。さっきも言った通り、男の人のことはわかるつもりだから。ソトミチくん、彼女もいなさそうで、浮気もしなそうだなって、思ってた。だから、昨日も迷わなかったし」
「でもほら、浮気の根拠って、俺がニオイを嗅がれるを拒んだってだけだろ? たまには、山本さんの予想だって外れるよ」
実際は半分くらい当たってるけど。
というより、恋人でもないのにあんなエロいことをしてるってほうがおかしいわけで、山本さんの推測はほぼ正解と言っていい。
「だとしても、反応が怪しすぎるもん。私、嫌だよ。私のせいで誰かが不幸になるなんて」
俺がもっと上手く嘘をついていれば、理論的には説き伏せられたはず。
だが俺のこの慌てっぷりが、それを嘘だと山本さんに教えてしまっている。
「怒ってないし、怒らないよ? ソトミチくんは素敵な人だと思うし、それはこれからも変わらない」
山本さんは俺の手を両手で包んで、目を見つめてくる。
星空を眺めているような澄んだ瞳だった。
「いいんだよ。自然なことだもん。彼女さんとのエッチが上手くいかないから、それを解消したくて私の誘いを受けてくれたんだよね? それまで、ずっとずっとしないようにしてくれてたの、私は知ってるから。だから、お願い、ソトミチくん。ちゃんとここにあるものを教えて」
山本さんは俺の胸に手を当てて、ゆっくりと唇を動かす。
色の良い艶肌。
凛々しさと愛らしさを兼ね備えた目。
およそ敵う者のない才知の結晶。
この女神に、俺はどう立ち向かえばいい。
「た、たとえばだ」
目を合わせたまま口を開く。
胸に置かれた手には、俺の心音まで伝わっているはずだ。
もう一度動揺したら、それ以上は取り繕えない。
「俺に彼女がいないことが事実だとしたら。俺はその“無いこと”をどう証明すればいい?」
いわゆる、悪魔の証明。
無いものを在ると断じられては、その空想そのものが可能性の拠り所になってしまう。
山本さんは、俺に彼女がいて、妹をオカズにしなければ射精できない悩みを解決するために、やむなく山本さんとセックスをする決断をしたと思い込んでいる。
しかし、そこに確たる証拠は無い。
だとしたら、やはりつけ入るべきはその論拠だ。
「じゃあ、逆に聞くけどさ」
山本さんの目が鋭くなる。
観察されている。
来る。
俺の嘘に大打撃を与えるひとことが。
予測しろ。
あらゆる質問を。
決して動揺するな。
「さっき、口でしてたとき」
山本さんは、俺の手に添わせていた自分の手を離す。
そして、さきほど数秒だけ咥えた、俺のペニスを、ズボンの上から指で押し込んできた。
「ここにハンドクリームが付いてたのはなんで?」
問われたとき、俺は意外にも冷静だった。
俺の肉棒にハンドクリームが付いていたなんて。
そんなこと、俺も知らなかったからだ。
山本さんは俺のペニスの精液臭さを指摘した後に、いい匂いがするとも言っていた。
ハンドクリームが付いていたのなら、いい匂いがするのも肯ける。
でも、俺はハンドクリームなんて使ったことがない。
「はっ──!!」
答えに至った瞬間、思い切り息を呑んでしまった。
心臓が早鐘を打って、絶望が胃の底から這い上がってくる。
導き出された3つの答え。
それがリンクしたときの、三重の納得。
かつてない閃きの、その衝撃が、俺に気付きの反応をさせた。
詰んでいたんだ。
最初から。
俺はシャワーを浴びる前に、山本さんからハンドクリームを使うかと聞かれて、使ったことがないとまで言ってしまった。
あの質問は、ここに来る前に俺が自分の手でしていなかったことを確認するのが目的だったんだ。
俺のペニスに付いていたハンドクリームは、美優が出かける直前に使っていたもの。
まだ乾燥しきっていなかったハンドクリームが、俺に肉棒の熱で溶け出して、擦り込まれた。
だから美優は俺にシャワーを浴びるよう忠告したんだ。
他でもない、この山本さんなら、自分以外の女の子に手淫をさせていたことに気付いてしまうから。
「そそそ、それが、ハンドクリームだっていう確証は!?」
「はい、もう無駄。わかってるよね? 覆らないって」
山本さんは人差し指で俺の唇を封じた。
ハンドクリームの匂いが問題なんじゃない。
俺がここまで動揺してしまったことが、最大の敗因だった。
「どうしてそこまでして隠すの?」
山本さんは純粋に不思議がった。
ここまで追い詰められたら、誰だって白状する。
山本さんは全てを許して、最善の形で終わらせてくれることを約束している。
この状況になったら、どれだけ意固地になったところで、浮気を疑っている山本さんがセックスをしてくれるわけがないんだし。
そもそも、今日のセックスを提案したのは山本さんだ。
俺が躍起になってセックスをすることに固執する理由は、山本さんからすれば何一つとして無い。
「いやぁ、だから、ほら。言えないことも、あるだろ……?」
俺だって本当は話したいんだ。
部分的に真実を教えるんじゃなくて、もうありのままの俺を知っていてほしい。
「言えないことって? たとえば、昨日みたいな……」
そこまで言った時点で、山本さんが固まった。
ああ、もう、隠せない。
ついに山本さんもその結論に至ってしまった。
いや、本当は、最初からわかっていたんだ。
あらゆるヒントがその答えに向かっている中で、それでも絶対にありえないと思っていたからこそ、その一番尤もらしい答えを候補から除外していた。
「えっ……!?」
瞠目し、体を引く山本さん。
今頃山本さんの脳内では、何度も繰り返し論理が構築され、倫理という障害にぶつかっていることだろう。
「えぇぇぇぇええっ!?」
ついには壁際まで後ずさってしまった。
驚くのも無理はない。
実の妹が、俺の性欲を処理していたなんて。
「えっ、えっ? ええっ? うーんと、んと、んん? そうなの? そういう、ことなの?」
誰に尋ねるでもなく混乱する山本さん。
ここまで慌てている山本さんを見たのは俺が初めてだろうな。
「事情があるんだ。あと、言っておくが、セックスはしていない。セックスはしてないし、山本さんが思ってるほどの深い関係では、決して無い」
「ああ、うん。うん……」
そして山本さんは、自分の常識で作り上げていた論理を放棄した。
消去法というシラミ潰しの戦略。
あらゆる想像を否定しなければ導けなかった答え。
「美優ちゃん、なんだ……」
そう、それしか無い。
俺の挙動不審な言動と、これまでのやりとりを符合させるものは、美優しかいないんだ。
「ごめん」
秘密がバレて、最初に出た言葉がそれだった。
誰に対して謝りたかったのかは、わからない。
「それは私に嘘をついたことへのごめん?」
「そういう意味もあるけど。現実にそういうことしてる兄妹がいるって、山本さんにとっては気分のいい話じゃなかったかなって」
男なら羨ましがるやつもいるかもしれないが。
近親者との性行為なんて、誰だって軽蔑する。
「別に美優ちゃんとしてること自体は、私はいいんだけど……」
山本さんはもじもじしながら続ける。
「結局のところ、浮気なのでは……?」
ああ、そこか。
山本さんが気にしてたのは。
「浮気ではないよ。美優とは、付き合ってるわけじゃないし」
「でも、美優ちゃんとソトミチくんは、ラブなんでしょ?」
「俺はともかく、美優は好きでは無いと思う」
「なんで!?」
なんで?
なんでだろう。
言われてみれば、一回目のときから謎のままなんだ。
「俺にもわからないんだよ」
「ううーん。ソトミチくんが鈍感なだけで、実はお兄ちゃん大好きだったりして」
「だと嬉しいけど。他に彼女作れって言われてたし」
美優が俺を好きなら、苦労することなんて無かった。
毎日いちゃいちゃして、間違いなく、本番行為までしていたはずだ。
「ショッピングモールでのことも、そういうこと?」
「そういうこと。あのときは、美優以外で抜けなくなったって相談してて」
美優が山本さんに更衣室で俺を勃起させるように命令したのは、俺が美優以外で興奮することで、その性欲から恋心が芽生えて、真人間に戻るのではないかと期待したからだ。
俺に彼女を紹介してくれたのだって、妹を好きになるのは由々しき事態だと判断されたからだしな。
「美優ちゃんは知ってたんだね。おかしいと思ってたんだよ。美優ちゃんをオカズにしてるのは秘密で、でもソトミチくんがEDなのは知ってるって。だいたい、実の兄がEDだからって、同級生にあんなお願いをするのも変だし」
美優のやることがいつも過激なせいで感覚が麻痺していたが、更衣室での命令もやりすぎだった。
相手が山本さんでなければ、もっと前から破綻していただろう。
美優のことだから、山本さんの内情を掌握した上で、踏み切ったのかもしれないけど。
「あのさ、ソトミチくん」
一旦会話が落ち着いて、山本さんは、また俺の隣に座ってくれた。
「美優ちゃんとエッチしてたら、いつまでも美優ちゃん以外で射精できるようにはならないんだよ?」
あまりの正論に目眩がしそうだった。
「というより、美優ちゃんはソトミチくんのことが好きじゃなくて、ソトミチくんは美優ちゃん以外とエッチできるようにしたくて、どうして二人でエッチなことしてるの?」
それがわからないんだ。
俺でも答えられない。
半分は俺の性欲が原因だろうけど。
美優にはその性欲に付き合う理由がない。
美優の態度が軟化したのは、トイレでお仕置きをされてから。
あのとき、美優は何かを諦めて、最近では段々とスキンシップを許すようになってきた。
俺にとっては好ましい変化だが、美優は怒っていたはずなのに、どうして俺が喜ぶ方向に転んでいるんだろう。
山本さんの言う通り、実は俺のことが好きなのか?
エッチなことをしているうちに好きになってしまったとか?
いままでのは全部、照れ隠しだったのか?
だいたい、どうして俺の精液をあれほど平然と飲めるのか、まだ答えてもらっていない。
精液が美味しすぎてハマってしまったなら理解のしようもあるが、死ぬほど不味いと扱き下ろされたほどだ。
美優にも性欲はあるようだし、それを満たしたいだけなら、遥という最高のパートナーがいる。
レズなのを認めたくないから俺と関係を持つようになったのだとしたら、それは俺じゃなくてもいい。
美優はモテる女だ。
俺なんかよりいい男はいくらでもいる。
その男たちも、美優はこっぴどく振った。
美優が極端な男嫌いなのは由佳から聞いた情報だが、あの可愛さにしてあの男っ気の無さは、事実として男嫌いなんだろう。
俺と性的な行為には及んでいるが、そこには別の目的があって、本当に俺を含めた男そのものが好きでないのだとしたら、レズであることを否定する理由がない。
仮に俺だけが好きだったとして、俺の想いにも応えず、成功率100%の告白もしないのは、兄妹の恋愛を禁断のものとして忌避しているからになる。
これは何度も美優が口にしていること。
俺のことが好きだという時点でだいぶありえない仮定だけど、これが最も美優の言動に説明がつく。
でも、だとしたら、問題なのは一番最初だ。
どうして美優は俺のオナニーを手伝うことにしたんだ。
せっかく全く喋らない距離感を保てていたのに、兄妹の恋は許されないと口にしながら、美優は俺が美優を好きになるように仕向けてきた。
俺にとっては0から1が生まれたようなもの。
きっかけが存在しない。
全部が噛み合わないんだ。
当事者の俺が何一つ整理できていないんだから、誰かに真実を教えられるわけがない。
「俺と美優の関係については、本当にどうしてこうなってるのかわからないんだ。俺も知りたいくらいで。美優は何も教えてくれないし」
どうにもならない状況に、誰が悪いわけでもなく嘆きの声音が混じった。
嘘をつかずにいられるなら、この優しい女神を騙すことなんてしなかったのに。
「ソトミチくんの事情も複雑なんだね」
山本さんは、何かを悟ったのか、疑問を重ねることをやめてくれた。
その代わりに、山本さんの手が俺の頭に置かれて、髪を梳くように撫でられる。
山本さんは手も大きくて体温も高くて。
美優とは違った意味で落ち着く。
「一つ言えるのは、選択肢は増えた方がいいんだ。美優が妹離れさせようとしてるのは間違いない。場合によっては、美優が実は聖人並みに優しくて、美優でしか抜けなくなった俺と心中するつもりでエッチなことをするようになったのかもしれないし」
「それはまた豪気だね」
山本さんは顔を綻ばせながら撫で続けてくれる。
幼い頃、母親にあやされてたときって、こんな感じだったんだろうな。
「とにかく俺は美優にとっての最善を選んでやりたいんだ。もし、妹離れするのがベストなら、美優が何の気兼ねなく離れられるように、他の子と問題なくセックスできる体にしておきたい」
俺は、美優が好きだ。
美優が俺を好きでいてくれるなら嬉しい。
でも、俺の性欲に付き合わせるだけにはしたくない。
「だから、あの、こんな雰囲気にはなっちゃったけど……」
山本さんとできるなら、したい。
「ふふっ。そうだなぁ。じゃあ、最後に一つ、正直に答えてもらっていい?」
「俺にわかることなら、なんでも」
山本さんは正座して居住まいを正し、俺もそれに合わせて正面を向く。
真面目な表情。
それが一転、ニッコリと笑みをこぼす。
「私としたあと、何回美優ちゃんとエッチしたの?」
まさかの質問に、俺は思わず咳き込んだ。
俺が腹筋を引きつらせて苦しそうにしている間も、山本さんはずっとニコニコしていた。
「それは、あの、出した回数で、いいんでしょうか」
「そうだね。お昼まで寝過ごすくらいなんだから、きっと相当な量なんだろうなって、思うわけですよ」
くそう、楽しそうにしやがって。
こっちは深刻だっていうのに。
「多くても、引かない?」
「今更何を聞くんですか」
「まあそうか。じゃあ、言うけど……えっと……夜で……ご……朝が……あれだから……」
数えてみると、自分でも酷い回数だった。
「7回かな」
「おお。……らぶらぶだね?」
半分は美優に嫌な顔をされながら無理やり射精させられたんだけどな。
「ソトミチくんは、まだ余裕なの?」
「いや、正直、かなりキツい。というか、7回の時点で、だいぶ無理がある」
山本さんに出してもらったのを含めて8回。
その前日には5回の大量射精があった。
俺の体、大丈夫なんだろうか。
「そっか。なら、お昼食べて寝よっか」
「俺はありがたいけど。山本さんはいいの?」
「私だけが楽しくてもしょうがないでしょ。ちゃちゃっと料理してくるから、待っててね」
山本さんはそう言ってキッチンに立った。
ラップしてあった食材を冷蔵庫から取り出して、フライパンを温め始める。
お昼、用意してくれてたのか。
寝過ごした罪悪感が更に重くのしかかってくる。
男とのきちんとしたセックスは山本さんのかねてよりの願い。
そっちで頑張って挽回するしかないな。
「精のつくものを食べないとね」
ほどなくして、山本さんがテーブルに料理を持ってきた。
鶏肉とナッツの炒めもの。
トマトとモッツァレラのカプレーゼ。
ホタテとアボガドのチーズ焼き。
鰻入り炊き込みご飯。
おまけにスイカのデザート付き。
食べ合わせとか度外視にして完全に殺しに来ている。
そしてそれは同時に、山本さんの俺へのセックスの期待値を表すものでもある。
「いただきます」
食べるごとに元気が全身に行き渡った。
この丁寧に切り整えられた具材と火加減、愛が伝わってくる。
俺個人ではなく、普遍的な人間に対する愛ではあるが。
これが山本さんの優しさなんだな。
「んふふ。お夕飯にも元気になるものたくさん用意してあるから、いっぱい食べてね」
今夜は絞れるだけ絞り取られるんだろうけど……。
これからはバイトと睡眠とセックスのローテーションか。
夏休みの宿題、どうしようかな。
山本さんが一緒にやってくれるなら楽なんだけど。
「寝間着は持ってきてないけど、どうやって寝ればいい?」
「Tシャツなら私のでも着れるんじゃない? 胸のサイズ的に。運動用のハーフパンツも余ってるから貸すよ」
山本さんと背丈が同じくらいでよかった。
男としては、もう少し身長が欲しいんだけどな。
山本さんの美味しい料理をたらふくご馳走になって、もうそのまんまいけちゃいそうな気分の中、俺は寝間着を受け取った。
レディースだけあって部分的な違和感はあるが、山本さんも自分が持っている中で一番大きいやつを貸してくれたから伸びるようなことはなさそうだ。
ベッドはやや大きめだった。
一般的なものより数センチ幅広のセミダブル。
家族以外を入れたことは無いって言ってたけど、寝るのが好きなのかな。
山本さんが先にベッドに入って、手を広げて俺を呼び込む。
俺が布団の中に入ると、山本さんはおっぱいを俺の顔に押し付けて、そのまま抱きしめてきた。
凄まじい今夜への熱意を感じる。
「ムラムラしてもちゃんと寝るんだよ」
山本さんは、早速大きくなり始めた俺の肉棒に苦笑しながら、また頭を撫でてくる。
「起きたらいっぱいエッチしようね」
その母性に抱かれたまま、俺は今日までの疲れを吐き出すように、昼間とは思えないくらいに深く安らかな眠りへとついたのだった。