※この作品はR-18です。

俺の妹が最高のオカズだった   作:風見 源一郎

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クローゼットの秘密

 

「それじゃあ、ソトミチくん。美優ちゃんと仲良くね」

 

 玄関に立つ山本さんが、パジャマ姿で太陽に照らされる。

 満面の笑顔で小さく手を振ってくれて、この女神はどんな格好をしていても美しい。

 

「ありがとう。なんというか、山本さんも……お幸せに」

「んふふ。はい、了解です」

 

 山本さんは最後まで優しい声で見送ってくれた。

 

 俺は一週間の幸せな時間を過ごした部屋に別れを告げる。

 もっとくつろいでいたかったが、残念ながらスマホのスケジュールアプリからは今日がバイトだと告げられている。

 

 しかし、気が重いということはない。

 むしろスッキリさえしている。

 山本さんにスーツもビシッとキメてもらって、心まで背筋が伸びるようだ。

 

 俺はこのまま仕事場へ。

 といきたいところだが、宿泊用の荷物があるので一旦は家に帰らなければならない。

 

 自転車に跨って、また重たい荷物にフラつきながら家に帰ると、玄関には鍵が掛かっていた。

 美優は帰ってきているはずだし、旅行から帰ってきてしばらくは出かけないはずだから、家にいないということはないよな。

 となると、まだ部屋で休んでいるのか。

 

 俺は開けて玄関に入り、荷物を置いてから、財布など貴重品などを小さなカバンに移し替える。

 すると階段の上の方から、顔だけが見えるように美優が出迎えてくれた。

 

「あれ……おかえり? お兄ちゃん、今日は夕方までバイトじゃなかったの?」

「山本さんの家に泊まってたから、その荷物を置きにきたんだよ。時間もないしこのまますぐ出ちゃうけど」

「そっか。行ってらっしゃい」

 

 美優はそれだけ言って、自室へと戻ってしまった。

 一週間ぶりなわけだし、出迎えと共に北海道土産でも渡してくれるかと思ったが、予想以上にドライだった。

 

 俺は一抹の寂しさを背中に負いながらも、バス停に向かう。

 よくよく考えてみれば、あの美優の態度が普通なんだよな。

 今日まで山本さんに甘やかされてきたせいで、笑顔でお出迎えしてもらえるのが当たり前みたいになってしまった。

 

 これではダメだ。

 俺だってまともな男になってきたんだし、また美優にガッカリされないように、これからはできるお兄ちゃんになるんだ。

 

 乗り込んだバスに揺られながら、俺は美優とこれからどうやって付き合っていくかを考えた。

 これまで俺は性欲を最優先にして、その性欲を──美優が言うには精液の処理を、してもらってきた。

 美優は全く嫌がらなかったし、なにより俺も理性を抑えきれなかったから、流れのままにしてもらってたけど。

 

 わからないものをわからないままにして、ズルズルと半端な関係を続けていくのは良くないよな。

 いくら美優が秘密主義とはいえ、まずは兄妹としての接し方と、男女としての接し方を、どう割り切っていくかを話し合わないと。

 

 バスが最寄り駅に着いて、俺は電子カードを手に持ったまま駅に向かう。

 

 バイトが始まるのは11時から。

 今日はパンフレットの詰め込みなどの簡単な作業を済ませてから、昼過ぎに支給の弁当を食べて、ライブ会場の整備を行うことになる。

 

 ……で、合ってるんだよな。

 

 俺は不安に駆られてスマホを取り出した。

 そういえば、前日に送信されてくるはずのリマインドメールがまだ来ていない。

 スケジュールアプリには確かに今日がバイトだと記入してあるが、これはあくまで俺が入力したものだし、合っているか自信がなくなってきた。

 

 ピコン──とメールの受信通知が来たのが、ちょうどそのタイミングだった。

 どうやらリマインドの配信遅れだったらしい。

 俺はそう納得して、悠長にしていると電車を逃してしまうこともあり、そそくさと電車に乗り込んだ。

 

(当日にリマインドメールが送られてくることなんて、本当にあり得るか……?)

 

 電車が発進してから、俺は再び不安になってメールを見返した。

 会場名も合っているし、開始時間も合っている。

 

 それを見て、俺はなぜか安堵していた。

 どう考えても、一番大事な項目を見落としていたのに。

 

 思い込みというのは厄介なもので、今日のバイトの内容が想定していたものと合っているかどうか、俺はそのことばかりに意識を囚われていた。

 詳細連絡に書かれている、肝心の日付の部分が一日ズレていることに気づいたのは最後だったのだ。

 

 それを見つけた瞬間、ドッと嫌な汗が出た。

 何度見返してもスケジュールアプリには今日がバイトだと書かれているし、リマインドメールには明日がバイトだと書いてある。

 当然、このバイトを応募したのは俺自身なわけだから、このスマホには人材派遣会社宛に送ったメールがあるはずで。

 それを探して確認した結果、どうやら俺はスケジュールアプリに一日早くバイトの日を設定していたようだった。

 

 このときの俺の頭は混乱していて、もしかしたら二日間バイトを入れたのではという謎の恐怖に襲われていた。

 そのせいですぐに電車を降りることもできず、ライブ会場の最寄り駅に着いてから、俺はようやく派遣会社に電話をしたのだった。

 

「──はい、スタッフIDの確認が終わりました。ご登録されているお仕事は、明日11時からのものになります。詳細のメールを再送いたしますか?」

「あ、いいえ……! 大丈夫です。ありがとうございました。失礼します」

 

 切れた通話に、大きなため息。

 やはり俺のスケジュール入力ミスだった。

 リマインドメールも来てなかったわけだし、こんな間違いは昨日の時点で気づいておくべきだったんだけど。

 さすがに、昨日は無理だったよな。

 

 山本さんと一分一秒でもあの幸せな時間を共有していたかったんだ。

 そのせいで、美優に今日の予定を連絡するときも「明日夕方までバイト」なんて簡素なメッセージで済ませてしまったくらいだし。

 

「はぁ……」

 

 俺はまだ降り口の改札を通ってない。

 駅員に事情を説明すれば配慮してもらえるかもしれないけど、バスの交通費は無駄にしてしまった。

 そして、ここに来るまでの時間も。

 

 しかし、考えようによっては、救われたよな。

 バイトをすっぽかしたわけじゃないんだ。

 一日後で気づくより、一日前に気づく方がよっぽどいい。

 

 それに、俺なんて家に居たらどうせゲームしかしていなかったんだ。

 気分転換のために外に出てきたと考えれば、健康的な一日といえる。

 バイトの時間に迫られていなければ、山本さんの家を出るタイミングもわからなかったしな。

 

 うん、思ったより、悪くないか。

 

 俺は反対側のホームに移動して、実家の最寄り駅までとんぼ返りした。

 目的地が遠かったこともあり、さすがに無料で改札を通してもらうことはできなかったが、支払いを要求されたのは入場料だけだった。

 

 無駄足だったけど、気分はいい。 

 しかし、それとは関係なく、家を出てからこんなにすぐ家に帰ってしまうと、美優と顔を合わせるのが気まずいので、俺はお昼を外食してから帰ることにした。

 

 せっかくだから普段は行かないようなところにしようかなと思いつつ、一人飯にお金を使うのも勿体無くも感じて、俺はファミレスの近くをうろうろする。

 

 すると、後方から聞き覚えのある声がした。

 

「でさー。優花里のやつが夏休みに遊ぼって言ってて。夏休み後半しか空いてないらしいけど、遥もそれくらいになったら暇でしょ? どう?」

「いいけど」

「じゃあグループに招待するね。優花里はカラオケに行きたいって言ってたけど、まあ私はさして興味ないし、1時間くらいでちゃちゃっと済ませて服屋を回ろっか」

「そこは優花里に合わせなさいよ」

 

 その声に、俺は振り返った。

 

 そこにいたのは、人形のように恐ろしく容姿の整った少女と、宙に踊る茶髪ツインテールが元気印の女の子だった。

 

「あっ……」

「げっ」

 

 俺の姿を認めた瞬間、ツインテールの少女が隣を歩いていた少女の背中に隠れる。

 

 そこにいたのは、美優の友人である遥と由佳だった。

 

「……レイプ魔」

 

 由佳は遥の背後から俺を睨んでくる。

 

 美優のやつ、もう由佳に話してたのか。

 たしかに秘密にするつもりはないと言っていたけど。

 

「あの件は……なんだ、悪かった」

「悪かったじゃないでしょーが」

 

 由佳の不満顔が険しくなる。

 

 そうだよな。

 俺は無理やり由佳の処女を奪ったわけだし。

 謝って済む話でもない。

 

 しかし、俺の言葉にそれほどの謝意が含まれていないのも事実だった。

 由佳には大量の前科があって、そのほとんどが美優にとんでもない迷惑をかけるものだったからだ。

 

「どうしたの」

 

 遥は服を引っ張る由佳の様子を、鬱陶しそうに伺った。

 

「前に話したでしょ。こいつ、私のことレイプしたの」

「ああ、美優が言ってた。お兄さんだったんだっけ」

「そう。サイテーの男よ」

 

 由佳も遥も、俺と面識はある。

 俺が美優の兄だということは知っているのだ。

 

 由佳は遥の背中にギュッと抱きついて、俺に恨みのこもった目を向ける。

 

 そして、遥はその由佳の頭を、鷲掴みにして親指でこめかみを強く押した。

 

「痛づづづづづ!!」

「私もあんたの嫌がらせの被害者なんだけど」

 

 由佳が迷惑をかけたのは、美優だけじゃない。

 そもそもあの出来事は、由佳が遥の裸を盗撮したのが発端だったんだ。

 

「それは謝ったでしょうが! それとこれとは、別の話よ」

 

 由佳は頭を押さえながら、なおも俺を睨んでくる。

 

 そんな由佳をよそに、遥が俺に話かけてきた。

 

「お兄さんは何をされてるんですか?」

「え、俺? 今?」

「はい」

 

 周囲の往来を気にして、遥が俺に一歩近づいてくる。

 完璧に近い造形ながらも、まだあどけなさの残る丸っとしたパーツが、ドキッとするほど愛らしい。

 

「ああ、えーっとな……」

 

 バイトの日を間違えたなんて言うのは恥ずかしい。

 とはいえ、こんなスーツを着て、街をふらついてただけなんて言い訳もできない。

 

「これから仕事だから、腹ごしらえをしようと思ってな」

「ここでお昼を食べるんですか?」

 

 遥は隣にあるファミレスを指差す。

 

「そういうことだ」

 

 俺が答えると、遥に叱られて頭を抱えていた由佳が口を開いた。

 

「あらそうなの。私たちも今からご飯なの。詫びとして奢りなさいよ」

 

 由佳は威勢よく俺に怒気を飛ばす。

 

 その頭を、遥はポンポンと撫でた。

 

「ファミレスでレイプが許されるなんて安い体ね」

「う、うるさい! サーロインステーキを頼んでやるんだから……!」

 

 こうして俺は由佳にお昼を奢ることになった。

 

 店に入ると、俺たちは店の奥に案内され、対面に由佳と遥が並ぶ。

 

「サーロインステーキ200g! ドリンクバー付きで! あと食後にパフェも!」

「全部食べなさいよ」

「トーゼンでしょ! おかわりしてやるわ!」

 

 由佳は憂さ晴らしをするように豪快に注文した。

 それだけ食べても五千円にもならないが、レイプの代価がそれでいいんだろうか。

 

「本当に、悪かったな」

 

 ひとまず、きちんと謝っておく。

 互いに様々な都合があったとはいえ、酷いことをしたのには変わりないし。

 

「ほんとよ。あんなバカみたいに出して」

 

 由佳は眉間にシワを寄せて、頬杖を付きながら窓の外を眺める。

 

 コンドーム5つ分、一杯になるまで出してしまったからな。

 しかも、最後に由佳はそれを全て飲まされた。

 あのときは完全に心が壊れてしまったと思ったが、意外と元気にしているな。

 

「だいたい、お兄さんが相手なら、なんでゴムなんて付けたのよ」

 

 由佳は苛立たしげに俺に視線を向けた。

 横には遥がいるんだが、まあ事情は知っているからいいのか。

 

「生でしてくれてたら、今頃、私のお腹には美優の赤ちゃんが……」

 

 由佳は慈しむように自分のお腹を撫でた。

 

「いやそれできたとしても俺の子なんだが」

 

 そうか、壊れるも何も最初からこいつは狂っていたんだな。

 今にして思えば、あのときの美優とのやり取りからしてそれは明らかだった。

 もうこいつをまともな神経で理解しようとはすまい。

 

「えっと、遥ちゃんは、昨日まで美優と旅行してたんだよな?」

「呼び捨てでいいですよ。北海道に行ってました。聞いてません?」

「ああ、そう聞いてる。二人は、一週間、滞在してたんだよな?」

「そうですけど」

「いやぁ、旅行はさ、どんな感じだったのかな、と」

 

 二人で何をしていたのか、大体の予想はつくけれど、直接美優の口からは聞いていない。

 

「どうせエロいことしてたんでしょ。まったく、私を除け者にして」

 

 由佳がぶつくさと横槍を入れる。

 そういえば、普段は三人で仲良くしているはずなのに、旅行は遥と二人だけなんだよな。

 エロいことをするだけなら、三人のままでもいいような気もするけど。

 

「エロいことだけじゃないの。少なくとも、表面上の主目的は」

 

 遥はツンとした表情で水を口にする。

 

 美優と遥は、やはりエッチはしていたようだが。

 それが主目的ではないのか。

 表面上ってところに含みを感じるけど。

 

「またまた、そんなこと言って。スケベ心満載のクセに」

 

 由佳はイヤラシイ顔つきで遥に寄り掛かり、あろうことか俺の目の前で遥のスカートをめくって、その露わになった太ももをさすった。

 純白のパンティが一瞬、俺の視界をかすめて、俺は思わず目を逸す。

 

「今日はローターは仕込んでいませんの? お嬢様」

 

 楽しげにすり寄る由佳だったが、遥はまるで相手をしない。

 そして、おもむろにポーチを手に取ると、その中でカチャカチャと何かをやり始めた。

 

 由佳が不思議そうにそれを眺めていると、遥はテーブルの下でそのポーチの中の“何か”を取り出し、ガバッと由佳に覆いかぶさった。

 

「ちょっ、遥! バカッ、こんなところで、なにしてっ……んっ……あっ……!」

 

 由佳の口から漏れる、色っぽい声。

 この二人、こんな公の場でいったい何をやってるんだ。

 

「やめなさいよ、こら、ふんっ、んあっ……ダメ、そんなとこ……んんっ……はぁ、ああっ……こ、こらぁ……」

 

 ファミレスの奥の、その端っこで、嬌声を上げながら組み合う少女たち。

 これはこれで俺には刺激が強すぎるんだが、俺はどうしていればいいんだろう。

 

「えっ、な、なに……んはっ……ひょっ……な、なんか、当たってる……! ダメッ……そんなの……挿れたら……アッ……!」

 

 遥はポーチから取り出した何かを由佳のスカートの中に入れた。

 

 俺は横にある手洗い場に客が通らないことを祈りながら、無心で二人のやり取りを目端で見守っていた。

 

「んっ、んんっ……! ひゃっ、は、はいって……きちゃ……ひゃんっ……! あっ……奥……きひゃ……あっ、ああっ……!」

 

 遥は由佳に何かを挿れているようだ。

 状況からして、遥が由佳の膣内に大人のオモチャを挿入しているとしか考えられないけど。

 

 遥は普段からそんなものを持ち歩いているのか。

 こんなに可愛いのに、学校のテスト中にローターを仕込んでるっていうのは、事実なんだろうな。

 

「うぅっ……これ……なに……」

 

 二人のイチャイチャが終わると、最後に『カチッ』と音がして、遥は何事もなかったかのように正面を向いた。

 

「はっ……ふぅ……うぅ……抜けない……」

 

 由佳は自分のスカートの中に手を入れて、何かを引き抜こうとしているが、どうやら自分では取れないらしい。

 

「無理やり引き抜くと、死ぬほど痛いからね」

 

 再びポーチを手にした遥。

 その人差し指と中指の間には、小さな鍵が挟まっていた。

 どうやらその鍵によって、おそらく由佳に挿し込んだディルドのようなものに細工をし、抜けなくしているようだ。

 

「あんた、その鍵、寄越しなさっ……んっ……んぐっ……ンンんッ……!!」

 

 由佳が遥から鍵を強奪しようと腕を伸ばした直後、ごく小さな振動音が低く響いて、由佳は悶え苦しみながら背中を丸くした。

 声が漏れないように必死に口を押さえて、ビクビクと震えている。

 

「はんっ……やっ……んんんんっ……! ん、だめ……止めて……お願い……!」

 

 掠れ声で息を荒らげ、そう懇願する由佳を、遥は冷たい目で見下ろす。

 

 明らかにリモコンバイブが挿入されてるよなこれ。

 

 どうしよう。

 そろそろ店員が料理を持ってきそうなんだけど。

 トイレにでも逃げておこうかな。

 

「はぁ……はひゅ……ふぃ……あうぅ……お願いひまひゅ……遥ひゃま……うっ……ぐぅ……!」

「もう外でセクハラするのはやめてね」

「はひぃ……はひぃ……もうひまひぇん……」

 

 遥からお情けをもらってバイブを止めてもらった由佳は、テーブルにぐったりと突っ伏した。

 

 俺はこの子たちの将来が心配でならない。

 

「お見苦しいものを、すみません」

「お、おう。ほどほどにな」

 

 俺は大きくなりかけていたイチモツを、精神集中してどうにか抑えつけた。

 

 女子中学生二人を相手にフル勃起している男なんて、どう考えても補導案件だからな。

 今はスーツ姿だし、下手をしたら留置所に送られるかもしれない。

 

 それから静かになったテーブルに、店員が料理を持ってきて、俺はらしくもなく足を組んで股間の盛り上がりをごまかし、店員が去ったのを見計らって食事を始めた。

 せっかく肉厚なサーロインステーキが目の前にサーブされたというのに、由佳の表情は浮かない。

 

「遥、これ、抜いてくれない? お腹が、苦しくて……」

「イタズラ防止のために今日はそのまま挿しとくわ」

「ふぇ!? こんなの挿れてたら、歩いているだけで、変になっちゃうよぉ」

「自業自得。言っておくけど、ご飯を残したりなんかしたら、それを挿れたまま近くのコンビニでエロ本を買わせるから。逃げたら鍵は渡さない」

 

 うら若き少女たちの間で交わされる言葉がこれである。

 まったく股間によろしくないのでそろそろやめて欲しい。

 

「私、まだエッチな本とか買えないから。歳を考えなさいよ」

「なんでもするから買わせてくださいってお願いすればいいでしょ」

「こ、こんなの挿れたままそんなお願いしたら、それこそレイプされちゃうってば……!」

「そしたらまたファミレスのランチでも奢ってもらいなさいよ」

 

 噂に違わぬ鬼畜っぷりだった。

 こんなことを素知らぬ顔で口にできるのだから、美優に負けず劣らずの氷の女王様だ。

 

「そんな……遥ぁ……」

「いいから黙って食べてなさい」

 

 遥がまたポーチに手を入れると、由佳の体がビクンと跳ね上がった。

 

「うっ……! は、はい……!」

 

 それから、由佳はようやく大人しくなった。

 果たしてこのやりとりはどちらが悪者だったのか。

 いや、そんな次元で考えるようなことではないか。

 

「いつも、こんな感じなのか?」

「いえ、たぶん、お兄さんの手前、由佳もはしゃいでしまったのだと思います」

 

 その発言に、由佳はステーキをナイフで切り分けながら何か言いたげな顔をしていたが、声には出さなかった。

 

 俺と遥が注文したのは和風パスタ。

 遥が音も立てずにキレイにフォークで巻き取って食べる姿を見て、俺も負けじと行儀よくパスタをいただく。

 俺も長いこと美優と食事を共にして、それを真似てきたから、食べ方はキレイなはずだ。

 

「えーっと、どういう言い方をすれば適切なのかわからないんだけど。旅行は、エロ方面……っていうのかな。そっちがメインじゃないんだとしたら、他に何をしてたんだ?」

「残念ですが、むしろそちらの方が言えない範囲なんです」

「肉体関係より知られたくないものなのか……」

「それはもう。美優の一番の秘密ですからね」

 

 遥が得意げに語るその横で、由佳も興味津々に話を聞いている。

 が、由佳は頻繁に内ももをスリスリしたり、息を荒らげたりして、どうにも膣内の異物に気を取られて集中できないらしい。

 

 女の子二人でエッチしてるのより教えられない秘密って、なんなんだ。

 いやまあ、この子たちの間では、むしろ女の子同士のスキンシップは隠すべくもないありふれたものなのかもしれないけど。

 現にいま目の前で似たようなことをやってたし。

 

「でも、お兄さんになら、美優もいずれ話すんじゃないですか?」

「俺になら、話す……?」

「最近はずいぶんと仲良くなってるみたいですし」

 

 遥は含みのある笑みを俺に向けた。

 

 この様子だと、俺が美優としてることは知ってるんだよな。

 

 改めて考えると、いいんだろうか。

 美優は遥にとっても大切なパートナーだ。

 以前、由佳は「遥と美優はラブな関係ではない」とは言っていたけど、遥から美優への固執がないとはとても思えない。

 

「遥は、俺が美優と仲良くしてても、気にしないのか?」

「気にしませんよ。その方が、美優にとっても幸せですから。もちろん、最近のを聞いた時は少しびっくりしましたけどね。でも、いずれこうなるとは思っていたので、納得感はありました」

 

 この子が何を言っているのか、おそらく意図的に隠しているせいで、その真意はわからなかった。

 

 それでも、遥の声に陰りはない。

 俺と美優が仲良くすることを、本心から幸せだと思っている感じだ。

 

「遥はそれでいいんだな」

「ええ。美優が特別なのは変わりありませんが、私は他にもお相手がいますので」

 

 遥は紙ナプキンで口を押さえながらほくそ笑む。

 

 そういえばこっちはガチなレズっ娘だったな。

 おそらくは、美優と遥の旅行を援助している謎のお姉さまたちも、そのお相手に含まれているのだろう。

 

「ということで、どうかご遠慮なく。美優もそれを望んでいるはずなので」

 

 遥は得意げにそう語った。

 

 美優が俺と仲良くなることを望んでるなんて。 

 そんな情報、信じていいのだろうか。

 

「正確には、いずれ望むようになる、ですけどね。あくまでもお兄さんの配慮があってのことなので、いきなりはダメですよ?」

「な、なるほど」

 

 この遥の言葉は、無視してはいけない気がする。

 

 この話の流れからすると、仲良くするってのは、性的な意味だよな。

 それをいずれ望むようになるってことは、美優は、もしかして、本当に俺のことを……?

 

「あ、あの。さっきから、何の話してるの」

 

 さすがに孤独感に耐えきれなくなってか、由佳は遥の服の裾を引っ張って詳細をねだった。

 さきほどのお仕置きが効いたのか、かなり控えめな口調だ。

 

「由佳も早く新しい相手を見つけないとねって話」

「が、頑張ってるっての」

「まるでその気配はないけど?」

「中学の間くらいはいいって言われてるもん」

 

 由佳は少しだけ寂しそうに口を窄ませる。

 なるほど、そういう話になっているのか。

 なんだかんだあったけど、この三人には仲良くしていてもらいたいんだがな。

 

「そ、それで。頑張って食べたので、そろそろ鍵をお渡しいただけないでしょうか……」

 

 気づけば由佳がステーキを食べ終わっていた。

 一物を腹に抱えた状態でよく頑張ったものだ。

 

 その由佳の申し出に、遥も反省の色を感じ取ったのか、素直に鍵を渡した。

 

 そして、その場で抜こうとする由佳に、遥は待ったをかけ、トイレで抜いて洗ってくるよう命令する。

 由佳はそれに従い、覚束ない足取りでお手洗いに入っていった。

 

「今のうちに確かめておきたいんだけど、さっきの話は、性的な意味でいいんだよな……?」

「そうですね。言ってしまうとですね、お兄さんと美優がエッチなことをしているのはもう知っているので、私には隠さなくても大丈夫です」

「お、おう。そうか」

 

 この澄ました態度、見栄を張ってるわけではないよな。

 パートナーが他の男とエロいことをしていても気にならないっていうのは、俺にはわからない感覚だけど。

 

「そもそも、私のお相手は人妻さんも多いので、そういうのは気にならないんです。ノープロブレムですよ」

「なるほど」

 

 遥はそれでいいんだろうけど、既婚者の側からしたら未成年との淫行は犯罪なわけだし、問題はありまくりなんだけどな。

 

「で、由佳が戻ってくる前に、私から一つだけ。お兄さんに教えておきたいことがあります」

 

 遥は話を仕切り直して、ピンを人差し指を立てる。

 

「美優には私から聞いたって言わないでくださいね? これは個人的なプレゼントなので」

「わかった。絶対に言わない……と約束するのは、難しいけど。肝に銘じておく」 

 

 あの美優が相手じゃ嘘はつけないからな。

 ふとした会話の拍子にバレてしまうかもしれない。

 

「それくらいで構いません。いいですか、一度しか言いませんよ?」

「おう」

 

 遥はテーブルに身を乗り出して顔を近づけてくる。

 それに合わせて、俺もテーブルに腕をついて前のめりになった。

 

 真剣な眼差しで俺を見つめてくる遥。

 

 その表情が一転、ニッコリと朗らかなものになった。

 

「旅行中の美優は、笑顔がいっぱいで、とっても可愛かったです」

 

 それを聞いて、俺は、しばしの沈黙。

 

「そ、そうか」

 

 ただの惚気じゃねえか。

 

 くそう。

 由佳じゃないが、さすがの俺もそんな話を聞かされると悔しくなってくる。

 

「それだけ?」

「はい」

 

 遥はスッキリした顔で、背もたれに寄りかかった。

 

 それから由佳が戻ってきて、やはりというか卑猥な形状をしたオモチャと、なぜかビロンビロンに伸びたコンドームをセットにしてそれを遥に渡した。

 

「なんでゴムまで洗ってきたの」

「う、うんと、何かに使うかなって」

「使いません。なんのために被せるものだと思ってるの」

 

 遥は渋々とディルドと使用済みコンドームをポーチにしまった。

 

 なるほど。

 オモチャを共有するためにゴムを使っていたのか。

 美優が部屋にコンドームを常備させていた理由がようやくわかった。

 きっと俺の部屋の隣でも、今日みたいなやり取りが日常的に行われていたんだろうな。

 

 そうして、遥から謎ヒントを得た俺は、最後にやってきたパフェを女の子二人が食べ終わるのを見守り、会計を済ませて解散した。

 

 二人はこれからまた街中に繰り出すようで、俺は仕事だと嘘をついた手前、バス停に戻るのを見られないようにこっそりと帰路についた。

 

 そうして到着した玄関前。

 まだ太陽は高い位置にある。

 

 夏の暑さが最高潮に達する時間に家に帰れたのは幸いだったが、こんな早く家に戻ってきて「バイトの日を間違えた」なんて言ったら美優はどんな反応をするかな。

 

 呆れ顔で「バカじゃないの」と叱られるか、「そっか」だけで済まされるのか、どっちにしても淡白な対応になりそうだ。

 

 俺はそんな埒の明かない思考を脳内に垂れ流して、ドアノブを引っ張った。

 

「あれ」

 

 鍵が掛かっていた。

 俺が朝に家に寄ったときは、美優が起きていたこともあって鍵を閉めずに出てきたのに。

 

 鍵を掛け直したってことは、美優は出かけたのか。

 

 こんな暑い時間に、珍しいこともあるものだな、と、鍵を挿した瞬間に、なぜか俺の手は止まった。

 

 俺はさっき、由佳と遥の二人に会って、こうして家に戻ってきている。

 ならば少なくとも、美優が出かけているのだとしたら、その理由はその二人と遊ぶためではない。

 

 それこそ埒の明かない想像だったのだが、俺はふと思ってしまったのだ。

 

 旅行の直後だし、美優は鍵を掛け直して、自室で寝ているのでは? と。

 

 なので俺は、そっと鍵を開けて玄関に入った。

 

 家が涼しい。

 冷房が効いている。

 というか、汗に湿った体には寒いくらいだった。

 

 どうやらリビングのエアコンがつけっぱなしになっているようだ。

 

 しかし、リビングに美優の姿はない。

 

 俺としてはすぐに涼むことができてありがたい限りだったが、使いもしない部屋の冷房を美優が入れたままにするなんて珍しいな。

 

 しかも設定温度22度って、さすがに低すぎるだろ。

 何を考えてるんだ。

 

 ひとまず俺は冷蔵庫のお茶で喉を潤して、体の熱を落ち着かせる。

 

(美優のやつ、二階に居るのかな……?)

 

 浮かんできた疑問はそれだった。

 

 出かけるときにリビングの冷房を消し忘れただけだと、そう考えるのが最も自然。

 でもそう思わなかったのは、リビングも脱衣所も、ドアが開けっ放しになっていたからだった。

 それに加えて、夏場は止めない決まりになっている浴室の換気扇が止まっていて、美優がわざとこの状況を作ったとしか思えない。

 

 昨日今日と、俺も両親も家にいなかったのだから、エアコンも換気扇も操作できるのは美優しかいないんだ。

 そんな状況で、あの美優がここまで冷え切った部屋のエアコンを消し忘れることなんてあるだろうか。

 

 だいたい、玄関には靴が一足揃えてあった。

 見慣れない靴ではあったが、あれはきっと美優のものだ。

 だから、むしろ、美優は家にいる可能性の方が高い。

 

 こんなことを考えてなんの意味があるのかと問われれば、何も意味なんてないけど。

 

 俺の頭は嫌でも回ってしまった。

 

 原因は、昨晩美優が俺に掛けてきた電話。

 わざわざ俺を催促してまでスケジュールを聞いておきたかった訳はなんだったのか。

 そしてなぜ、家の鍵が掛け直されていたのか。

 それがまるで、俺を避けているみたいで。

 

 そんなワケのわからない不安感に煽られて、俺は忍び足で階段を上がる。

 

 遥たちと遊ぶために俺を締め出したのだとしたら納得できるが、あの二人は電車に乗ってどこかへ行ってしまったし、もはやその線もない。

 

 だとしたら──と、美優に失礼だと思いながらも、俺は胸騒ぎに駆られる。

 

 無関係だと信じたいが、こうして考えてみると、今朝のあの反応も怪しかった。

 階段まで出てきておきながら、姿は見せず、まずなにより俺のバイトの予定を聞くことを優先した。

 

 それは、つまり。

 

 ……っと、い、いけない。

 疑心暗鬼だ。

 

 それだけは考えちゃダメだ。

 まさか、まさかではあるが、俺が出かけているうちに、由佳でも遥でもない他の誰かを呼び込んで、いかがわしいことを──なんて。

 

 ありえない。

 もっと美優を信じるべきだ。

 大きな声で「ただいま」って言って、それで、何も返事がなければ、出かけたのだと判断すればいい。

 

 何を不安になっているんだ。

 馬鹿なのか俺は。

 

「──んっ……はぁ……はんっ……!」

 

 先上段の階段に足をついた、そのとき。

 

 俺の耳に嬌声が届いた。

 

 ドクン、と心臓が大きく跳ねて、息が苦しくなる。

 

 鋭くなった聴覚は、心の内で叫ぶ「聞くな」の声を無視して、その遠くから聞こえてくる音に集中した。

 

 だが、しかし、それだけだった。

 

 声は続かなかった。

 俺はまるで階段を駆け上がってきたみたいに息を乱して、深呼吸を繰り返す。

 

 俺は疑心暗鬼の末に幻聴を聞いてしまったのか。

 あるいは、俺が帰ってきたことに気づいて、美優が行為を止めたのか。

 

 まだ拍動は収まらない。

 

 気が抜けない。

 

 もう声は聞こえないのに、俺は固まったまま動けずにいた。

 

(ふぅ……。何やってんだ俺は。落ち着け、落ち着くんだ)

 

 これで美優が家にすらいなかったら、俺はただの阿呆だ。

 

 少なくとも、美優が男を連れ込むことなんてありえないが、遥以外の女を呼び込んでいるなんて、それも同じくらいない話。

 美優が遥と肉体的関係にある理由は、何かの恩義があるというただそれだけ。

 美優本人もレズであることを否定している。

 

 ……となれば、美優は、一人でするためだけに、これだけのことを?

 

 って、いやいやいや。

 もうやめよう。

 こんなことを考えて何になるんだ。

 

 美優は冷房を消し忘れて出かけただけだし、家にいたとしても寝ているか宿題をやっているかぐらいでしかない。

 

 さっきの嬌声はただの幻聴。

 

 俺の馬鹿な脳が作り出した存在しない声なんだ。

 

「よしっ」

 

 俺は何食わぬ顔を作って、階段を上がりきった。

 そして、自分の部屋に入るべく、ドアノブに手をかける。

 

 ガチャッ。

 

 と、隣の部屋のドアが開いたのが、それとほぼ同時だった。

 

「っ──!!」

 

 俺は爆発しそうな心臓をどうにか押さえつけて、ゆっくりと美優の部屋に視線を移した。

 

 そこにあったのは、美優の──いや、美優なのかすらわからないくらい、信じられない姿をした女の子の姿だった。

 

 首元に装着された、十字シルバーつきのチョーカー。

 ウエストをキツく締め上げるジャンパースカート。

 手首にフリルをあしらったシャツを着て、あのレースをヒラヒラさせた薄い生地のニーハイは、きっとガーターベルトだろう。

 唇は紅く、長い黒髪にはふわっとパーマが掛けられている。

 

 まるで絵本から飛び出してきたかのような、可憐な少女。

 その手には毛並みの良いテディベアが抱えられていた。

 

 そう。

 

 それは。

 

 完全な。

 

 完璧に作り込まれた。

 

 ゴリゴリのロリータファッションだった。

 

「み……ゆ……?」

 

 俺は絞り出した声で、どうにかその言葉を口にする。

 

 顔立ちからして、この女の子が美優であることは間違いなかった。

 

「お兄ちゃん。帰ってたんだ」

 

 美優は意外にも、普段どおりの反応だった。

 

「あ、ああ。ただいま」

 

 お互いに、特別なことを言うでもなく、俺は廊下を歩いてくる美優に道を譲る。

 ふんわりと甘い香水の付けられた美優の、その芳しい匂いが俺の鼻腔をくすぐった。

 

 その直後。

 

 俺の腹部に、内臓が破裂したかのような激痛が走った。

 

「がはっ──!!」

 

 その衝撃に引き伸ばされた意識の中で、俺は事の一部始終を脳内で整理していた。

 

 俺の鳩尾に、真っ直ぐに伸びた美優の右ストレートが見舞われている。

 それも、寸分違わずに俺のストマックを叩く、見事な一撃だった。

 俺の意識を数瞬切断するには十分なほど。

 

 美優は軽量で、かつ筋力は少ない。

 ならばあの一瞬で、このゼロ距離で、俺にこれほどの打撃を与えるのは不可能──と、思われた。

 

 だが、引き伸ばされた意識が、更に事細かく、視界の端で捉えていた映像を再生する。

 

 一見すると、ニュートラルな歩行から放たれたように思えるこのパンチ。

 だがその実、そこには十分な加速が存在していた。

 

 かぼちゃのように膨らむスカートに誤魔化されていたが、美優は俺の横を通った時点で腰を捻っていたのだ。

 紐で編み込まれたハイウエストが先に回転を始め、歩行の慣性でワンテンポ遅れたスカートが翻っている。

 この溜めを作った形こそが、美優の拳の発射地点。

 

 だとすれは、その打撃はゼロからの一撃ではない。

 少なくともスカートの中で、一歩踏み出す分に相当するだけのエネルギーが溜められていた。

 

 美優はその渾身の一撃を、完全に油断しきった俺の鳩尾に放ったのだった。

 

 俺は後頭部がドアにぶつかったことを最後に認識して、暫く昏睡していた。

 

 そして俺の体は、肩を揺らす刺激に気付けされる。

 まるで今までの出来事が夢だったのだと錯覚するような目覚めだった。

 

「痛ッ──!!」

 

 頭部と腹部から激しい痛みが突き抜けた。

 

 夢ではなかった。

 ダメージは確かにそこにあったのだ。

 

 そして、スイートなロリータ服に身を包んだ、美優の姿も。

 

「ご、ごめん。なんか、完璧に入っちゃった」

 

 美優は俺のお腹を擦って、申し訳なさそうに呻く。

 

「痛かったよね……。頭は、大丈夫? コブとかできてない? ほんとに、ゴメンね」

 

 俺を心配する美優の声は、やがて泣きそうな音色を含んで、俺の意識を覚醒させる。

 

「だ、大丈夫だから。死ぬほど痛いけど、そんなに騒ぐような怪我ではないから」

「ほんと? なら、いいんだけど……」

 

 俺の言葉を聞いて、美優はシュンと大人しくなった。

 

「あぅ……お、お詫びは、ちゃんとしますので。どうか許してください……」

「ああ、うん。ほんと、元気だから。美優の方こそ、大丈夫か?」

「大丈夫です。ごめんなさい」

 

 美優は何度も謝罪しながら、口を真一文に結んで、何かを堪えている。

 

「言いたいことがあるなら、教えてくれないかな」

 

 美優が我慢しているのは羞恥だけではない。

 いくら秘密を隠すためとはいえ、むやみに人を殴るようなやつじゃないんだ。

 俺を殴ったとき、そこには恥ずかしさとは別の、もっと衝動的な、殺意に近いものがあった。

 

「では、言わせていただきますが」

 

 美優のしょんぼりしていた顔が、俺を睨みつけながら強張っていく。

 

「い、いくらなんでも、妹の……オナ……ひ、一人でしてるのを、盗み聞きするのは、どうかと思うのですが」

 

 美優の頭頂に達した怒りは、爆発することなく、シュルシュルと空気のように抜けていった。

 

 その感情をなんともやりきれない表情に変えて、美優は目を伏せる。

 両手の人差し指を合わせて、いじらしくモジモジしていた。

 

「あー……えーっと……」

 

 あの声は、幻聴じゃなかったのか。

 

「俺は、バイト先の近くで、スケジュールのミスに気づいて……。帰ってきたの、ついさっきだから。美優が一人でしてたのは…………知らなかったんだけど」

 

 これはイジワルな答えだったかもしれないし、男として配慮に欠けていたかもしれない。

 だが、勘違いで美優を怒らせるのは、お互いのためにならない気がした。

 

「は……はわ……」

「あ、いや、でも、なんか静かに帰ってきちゃったのは事実だし! そこは俺が悪かったというか……!」

 

 長い睫毛が小刻みに震えて、美優の瞳が揺れ始める。

 

 と思ったのも束の間。

 

 美優は大粒の涙を流して、俺の膝に泣きついてきた。

 

「ごめんなざい……うぐっ……お、おぉ……本件は、誠心誠意お詫びいだじます……!」

「い、いいいいって! そんな無理するな! 美優はいつもそういう割り切りに細かすぎなんだって! こんなの俺が悪いに決まってるんだから、もっと怒っていいんだぞ? むしろ、その、記憶をなくすために階段から突き落とされても、俺は納得できるし!」

「うぐぅ……ヒクッ……ううっ……」

 

 俺が必死に励まそうとしても、美優は聞く耳を持ってくれない。

 

 本気で美優を泣かせてしまった。

 

 ああ、これはやばい。

 本格的に兄としての威厳が試されようとしている。

 

「聞いてくれ! 俺は、いいと思うぞ! そういうの、めちゃくちゃ好きだし、そういうのを着てエッチな気分になっちゃうのも、すっげーわかるから! なにより、美優はほんとにそういう服が似合ってるよ! ぜっっったいに似合うと思ってた! だから、その……オールオッケーだ!!」

 

 俺は美優の肩を掴んで、必死に語りかけた。

 美優は特に反応を示してくれなかったが、それでも声は届いたようで。

 

「ふぅ……うぅ……お兄ちゃんのばか……」

 

 少しずつ調子が戻っていく美優。

 いや、どういうのが正しい状態なのかはわからないが、自分への呵責に追い詰められているよりは、よっぽど健康的なはずだ。

 

「俺は馬鹿で変態の兄だからな。なんならその格好を見てだいぶ興奮してる」

「そういうのは別にいい」

「あ、はい」

「でもありがとう」

「おう」

 

 ちょっと気恥ずかしくなって、一拍の間が空く。

 

「とりあえず、部屋かリビングに行って、落ち着こう」

「うん」

 

 美優は床に転がっていたテディベアを拾って、ちょこんと立ち上がる。

 

 眩しいくらいにロリータファッションが似合う妹だが、さすがに絞られたウエストに強調された乳袋は凶悪だった。

 冗談ではなく興奮してしまう。

 

「もしかして、クローゼットの中って、そういう服でいっぱいだったりするのか?」

 

 美優が隠していたクローゼットの秘密。

 

 その質問に、美優はコクリと頷いて答える。

 

「す、すげーな! 見せてもらっても、いいか?」

 

 さすがに5年近くも守ってきた秘密なだけあってか、その問いには美優は素直に頷かない。

 

「それでほら、お詫び、ということで」

 

 美優は何かをやらかしたとき、貸し借りというものに異常にこだわる。

 だからむしろ、こちらから条件を提示して、きちんと清算してやったほうが、気が楽になるはずだ。

 本当は今までの恩義を考えればお詫びなんて必要はないのだが、これはあくまでも美優の価値観のお話なので、俺の本意などどうでもよいのである。

 

「うーん……。服なら別に見せてもいいんだけど」

 

 美優は意味深な発言をして考え込む。

 

「服だけだよ?」

「ああ。それでいいよ」

 

 服以外に俺の興味を惹くものなんてないだろうし。

 

 しかし、俺の予想はだいぶ当たってたんだな。

 こんなにふわふわであまあまのロリータファッションというのはびっくりしたが、コスプレに近いものに変わりはない。

 

 他にどんな服を持っているのか、楽しみだ。

 

 美優は自分の部屋のドアを開けて、俺もそれに続く。

 そして、美優が部屋に入ろうとしたその直前、美優は家中に音が響くほどの勢いでドアを閉めた。

 

「……見た?」

 

 美優が振り返って俺に尋ねてくる。

 

 あまりにも早すぎて何も見えなかった。

 

 と、言ってやりたいところだったが。

 

「あー……うん……」

 

 残念ながら俺には見えてしまっていた。

 美優の部屋に放置されていた、脱ぎたてのパンツ、全身鏡、そして、先ほどまで使用していたと思われる小型ローターが。

 

「パンツと、ちっちゃいオモチャが」

 

 嘘をついてあげたかった。

 いわゆる、優しい嘘というやつを。

 でも、俺にはそれだけの能力がなかった。

 

「それだけ?」

 

 と、美優は意外な質問を重ねてくる。

 ローター以外に、美優が見られて困りそうなものなんてなかった気がするけど。

 

「ほ、ほんとにそれだけだ。それ以外は、何も見てない」

「そう。ならいいけど。片付けしてくるから、ちょっと待ってて」

 

 美優はゆるふわなロングヘアを揺らしながら部屋へと入っていった。

 

 さっきの質問には何の意味があったんだろう。

 ローターを見られることは、美優にとってはどうでもよかったのか。

 そりゃ、オナニーしていたこと自体はバレているわけだし、実際のところ俺もそこまでの衝撃は受けなかったけど。

 

「どうぞ」

 

 10分ほど待たされて、俺は美優の部屋に入った。

 目の毒だったオモチャなどは撤去されていて、俺としても安心できる空間になっている。

 

 しかし、たしかに妙な感じはした。

 美優の言っていた、本当に見られたくなかったものが、どこかにあったような気がする。

 

 まあ、考えてもわからないし。

 それよりも優先すべきはクローゼットだ。

 開けたら絶縁するとまで言われていたその秘密をようやく拝むことができる。

 

 美優はクローゼットの扉に手を掛け、俺はその背後で息を呑んでいた。

 

「……やっぱりやめよう」

「えっ!?」

「うん。これはさすがにダメ。なんかもういいやって、投げやりに見せちゃうつもりだったけど、これを開けたら私の人生が死ぬ。そして死にたくなって死にます」

「えぇ……」

 

 ここまで来てまさかのお預けだと。

 もう秘密なんて全部バレてるようなものなんだし、今更隠すようなことでもないだろうに。

 

「お詫びってことでも、ダメなのか?」

 

 こんな脅すようなことはしたくないが、それでも、どうしても中が気になる。

 

 今着ているジャンパースカートの他に、どんなロリータ服を持っているのか。

 それを美優が着て、エッチな気分になっていたのか。

 知らずには終われない。

 

「お、お詫びは、します、けど」

 

 美優は俺に振り返って、歯切れ悪く答える。

 

 いつもより白い肌、長いまつ毛、フリフリの衣装。

 卒倒しそうなくらい可愛い。

 

「ほ、他のことなら、なんでも頑張るから……! ね? お兄ちゃん」

 

 美優は胸を押し付けるように距離を詰めてきて、上目遣いで懇願する。

 そこまでされると、さすがにクラッとくるな。

 

「他のお詫びなら、なんでもいいのか?」

「うん、いいよ。どうせ、エッチなこと、お願いするでしょ? お兄ちゃんのことなので、理解していますから、大丈夫です」

 

 美優はグイグイと身を寄せて迫ってくる。

 そこまでしてクローゼットは秘密にしたいのか。

 

「お兄ちゃんはきっと、舐めて欲しい、とか言うんだよね」

「ああ……まあ……」

 

 美優にフェラをしてもらえるなら、それはもう、心よりお願いしたい。

 

 しかし、こんな流れだし、普段は無理かもなってお願いも、してみたくなる。

 

「じゃあ、舐めて欲しいっていうより……」

 

 それが、クローゼットの秘密を守る代わりというのなら。

 

「俺が、美優の……アソコを、舐めるとか……」

 

 俺はそう、ちょっぴり高すぎる望みを、口にした。

 

 それに対して、美優は、顔を青ざめさせて、身を引いて。

 

「い、嫌!! 絶対にイヤッ!!」

 

 ものすごい勢いで拒否してきた。

 まるでゴキブリにでも遭遇したかのような嫌悪を露わにして。

 

 なんでもするとはなんだったのだろう。

 

「そんなに嫌か?」

「い、イヤです。死んでもお断りします」

「そこまで言わなくても……」

 

 美優ってするのには抵抗がないくせに、されるとなると過敏に拒絶反応を示すんだよな。

 それはそれで、お詫びとしての価値が上がるわけだけど。

 

「お、お願いだから、他のにしてください……。ほら、ふ……ふぇ……フェラ、とかなら、なんとか、頑張れるし。お兄ちゃん、ずっとしてもらいたがってたでしょ?」

「それはそうなんだが……。美優だって、遥には、させたりしてるんだろ? そんなに舐められるのが嫌なのか?」

 

 遥とのエッチがどんなものかは知らないが、美優の体の開発され具合からして、美優が攻め一方ということはないだろう。

 

「遥はいいの。あれはビジネスだし。何より、あの子は特別だから」

「特別? なにかあるのか?」

「むっ。見ればわかるでしょうが」

 

 俺の返答に、美優の声に不機嫌な音色が混じる。

 

「遥はね。すっごく可愛いの」

 

 おお、それは大いに納得だ。

 

「あの子が可愛い服を着ると、もう世界が変わるっていうか。とにかく、憧れる気が起きなくなるぐらい、完璧で。なにより、胸のあたりに無駄な贅肉がないし」

 

 美優は恨めしそうに自分の豊乳に視線を落とす。

 

 俺は美優のおっぱいの方が断然好きだけどな。

 

「というわけで、遥はパーフェクトな天使なの。この服を貸してくれるビジネスパートナーでもあるし」

「そういう関係だったのか……」

 

 遥のやってるモデルって、ロリータファッション専門の高級被写体だったのか。

 

 そして、美優はあくまでもビジネスとして遥と関係を持ち、小遣いでは買えないような服を手に入れてると。

 

 それって、つまり。

 

「美優はその服を借りるために、遥に体を差し出していると……?」

「平たく言えばそうなります」

 

 ダメだよ、美優。

 そこは平たく言っちゃ。

 

 女子中学生同士で売春をしてるなんて、そんなの認めちゃダメじゃないか。

 

「マジなの」

「うん。まあ。一ヶ月レンタルで、エッチ三回とか。そんな感じ」

「おふ……」

 

 もういい。

 この話題はここまでにしよう。

 

 あれだけ美優がこだわっていた可愛い服への執着が、どこへ行ったのかずっと疑問だったけど。

 それは墓に入るまで、知らないほうがよかったみたいだな。

 

「よ、要するにだ。クローゼットには、そういう、ロリータ系の服が大量に詰まってるってことだろ? すでにこうして、着てるのを見ちゃってるわけだし。そんなに隠さなくてもいいんじゃないか?」

「だから言ったでしょ。服ならいいって」

 

 美優は複雑な表情でそう答えた。

 

 たしかに、美優は服なら見ても構わないと、そう言った。

 だとしたら、クローゼットに隠しておきたかった秘密は、別にあるということか。

 

「……そんなに気になるの」

 

 美優は弱々しく俺に尋ねる。

 

「かなり気になる」

 

 こればかりは嘘はつけない。

 ここまで隠されたら、しばらくは頭を離れなさそうだ。

 

「んー。なら、お兄ちゃんはここに立ってて」

 

 美優は俺をクローゼットの前まで誘導した。

 それも、扉を開けたらぶつかりそうなくらいの前位置だ。

 

「動かないでね」

 

 美優は俺に忠告して、あれだけ嫌がっていたクローゼットをひょいと開けてしまった。

 

「おぉっ……」

 

 実に壮観だった。

 明らかに格安店で買ったパチモノではないことがわかる質感のロリータ服が、ズラリと並んでいる。

 モデルをやっている遥から回してもらった都合なのか、メイドっぽい服や、小悪魔的な羽根の生えた服など、コンセプト物の衣装が多くあった。

 

「す、すっげぇ……」

 

 クローゼットにかけられたロリータ服、その数およそ20。

 これだけで小規模なショップを開けるんじゃないか。

 

 どれもクオリティが高い。

 一つ一つ、こだわって作られている物ではあるけれど。

 

 やっぱり、一番目を引くのは、アレだ。

 

「このゴシックドレス、かなり可愛いな……ってか、その奥のやつ、結婚式でもやるのかってぐらいの作り込みしてるし。こんなの、いくらするんだよ……」

 

 黒基調で重ねられた幾何文様の透けるレース。

 控えめなパニエを合わせた上でモリモリに膨らんだスカート。

 襟はネクタイで締められて、頭に付けるものであろう黒バラモチーフの花がリボンと一緒に垂れ下がっている。

 

 文句なく上等なゴスロリ服だ。

 

「これは私が作ったものだけど……」

 

 美優は気恥ずかしそうに、しかしどこか誇らしげにもしながらそう口にした。

 

「嘘!? いやいや、こんなの一人で作れるクオリティじゃないだろ」

「それはまあ、デザインだけ考えて、基礎は業者にお願いしたけど。飾りとか付けたのは、私だし……」

「その技術で金を稼げば身を売る必要はないんじゃないか……」

 

 外で働くのはまだしも、内職とか、遥の事務所の手伝いとか、そういうのでお金を貰うこともできたはずだ。

 

「そういうお金は私服とか普段の生活に使ってるから。それに、遥には服以外も恵んでもらってるし」

 

 そういや旅行の準備も全部遥がやってるんだっけか。

 正確には、遥と、それを援助してくれるお姉様だけど。

 

「はい。もう終わり。満足したでしょ」

「ああ、そうだな」

 

 びっくりはしたけど、そこまで躍起になって隠さなきゃいけない秘密だったのかな。

 やはり、本命は服ではなく別にあるのだろうか。

 

 美優はクローゼットを閉めて、ひとつ息を抜く。

 美優としてもこのやり取りは無難に終わった結果らしい。

 

「もう一つのクローゼットは私服が入ってるんだよな?」

「そうだよ。別にこっちは見ても問題ないけど」

 

 クローゼットは左右でセパレートされている。

 手前側の空間には、見慣れたアウターやスカートが掛かっていて、その下にはインナーを収納しているのであろうプラスチックのボックスがある。

 

 その端っこに、ひとつだけ。

 腕に抱えられるくらいの大きさの木箱が、その空間に溶け込めずに目立っていた。

 

「その木箱は何なんだ?」

「ん? ああ、これか。お兄ちゃん覚えてるかな」

 

 美優はその木箱を取り出して、中身を見せてくれた。

 

 両手に広げられたのは、一着の子供服。

 向日葵のように明るい色に染まった、ドレスワンピースだった。

 

「あっ……それ、美優の小学校の入学祝い!」

 

 美優の暴君時代に、俺が誕生日を返上して母親に頼んだやつだ。

 まだ残ってたんだな。

 

「色が好きだから、加工して何かに使おうと思ってたんだけど。なかなか踏ん切りがつかなくて」

 

 もう十年になるのに、服の状態は良かった。

 虫にも喰われてないようだし、何度かキレイにしてくれてたのかな。

 

「思えばあの頃は、今みたいな可愛い服を毎日着てたのにな。なんか、気付かないうちに着なくなったよな」

「学校の先生に着るなって言われたから。ママもそうさせますって言ったし」

「小学三年生の、あのときか?」

「よく覚えてるね」

 

 そうか。

 こんだけ派手な服を着て目立って、学校の先生に注意されてたのに、よりにもよって男子生徒複数人をボコったわけだからな。

 何人もの大人に圧力を掛けられたりなんかしたら、10歳にも満たない子供が耐えられるはずがない。

 

「私のクローゼットの中身はこんな感じだよ。満足した?」

「欲を言えば他の服を着てる美優も見たい」

「むぅ……。い、いつか、ね」

 

 美優は満更でもない顔でそう言って、私服に着替えるからと俺を部屋から締め出した。

 

 俺はニヤケ顔を隠しきれないままに、自室の冷房を付けて、部屋が冷えるまでリビングで待機することに。

 

 今でもああいう服、好きだったんだな。

 なんだかホッとした。

 あの格好で一人エッチをしてたのにはびっくりしたけど、それでも、可愛い物好きの美優を見ていると、心がほっこりする。

 

 俺はソファーで横になって、さすがにスーツで寝るのはマズイかと体を起こそうとすると、再び腹部から激痛が走った。

 まだダメージは回復しきっていないらしい。

 思いっきり殴られたからな。

 

 あの美優が、あそこまで取り乱すなんて珍しいよな。

 大好きな服を着てテンションが上がってたんだろうか。

 きっとそうに違いない。

 

 俺はそんなことを考えて、一人でニヤニヤしながら、さすがに部屋が寒すぎるのでエアコンのリモコンを探した。

 

 そういや美優のやつ、どうしてここまで部屋を冷やしてたんだ。

 あの服ってそんなに暑いのかな。

 

 さっき二階で美優と鉢合わせしたときは、ロリータ姿のままのだったわけだし、リビングに降りてくる用があったんだろうけど。

 でも、私服に着替えるって言ってたし、別に温度を上げても怒られないよな。

 

「あれ?」

 

 いつもの場所にリモコンがない。

 美優のやつ、今日に限っては本当にらしくないな。

 雑に放置しておくと普段は美優の方が怒るのに。

 

 キッチンなどを探し回って、結局見つかったのは、ソファーの傍に設置された雑誌の収納棚だった。

 

 灯台下暗しだな、なんて思いながらリモコンを手にすると、ソファーの陰に隠れていた四角い箱が目に入る。

 中指の第一関節分くらいの厚みをした、平べったい直方体。

 

 その中に入っていたのは、一冊のアルバムだった。

 

 表紙にも背表紙にも、タイトルが存在しない。

 全体にツタの模様が描かれた白いアルバム。

 唯一、右下に年月日だけが書いてある。

 

 その日付が示すのは、今年の8月2日。

 つまるところ、美優が遥と旅行をしていた日である。

 

 中身がとても気になる。

 

 だが開けることは出来なかった。

 このアルバムの中身を覗いてしまったら、美優を悲しませてしまう気がする。

 

 そんな迷いが俺の頭を巡っていると、バンッ! と二階で大きな音がした。

 聞く限り、また美優が思い切りドアを閉めたようだ。

 

 そして、ドスン、ドスン、と階段を踏み飛ばしていることがわかるくらいに激しく床を鳴らして、美優がリビングへと駆け込んできた。

 

「お兄ちゃん──ッ!!」

 

 美優はすぐさま、ソファーに座る俺にダイブして、アルバムをその腹に抱え込んだ。

 

 Tシャツ一枚にパンツ丸見えの妹にタックルされ、ただでさえ損傷していた腹部に悪魔の追撃が重ねられる。

 

「うぐっ……み……みゆ……!」

「ああっ、ご、ごめん! ごめんなさい!」

 

 美優からはまた謝罪の嵐だった。

 事情は汲み取ってやりたいが、さすがにこれはお詫び案件にしても良い気がする。

 

「あの……み、見た?」

 

 美優が怯えた顔で訊いてくる。

 

「見てないよ。箱からは出したけど、開いてない。誓って言う」

 

 美優にはどうせ嘘はつけない。

 逆に言えば、真実を語れば美優にはわかる。

 無論、動揺している美優が適切に俺の心を読めるとは限らないが。

 

「ほんと……?」

 

 美優はジッと俺の目を見つめてくる。

 瞳の動きの細部までを探るように。

 

「本当に見てない。中身は気になったけど、見たら美優に嫌な思いをさせると思ったから、見なかった」

 

 俺も美優の目を見つめ続けた。

 真っ直ぐに、この事実がきちんと伝わるように。

 

「ふぅ……そっかぁ……」

 

 美優は脱力して、ふにゃんと俺の体に倒れかかった。

 

「うぅ……良かった……ありがとうお兄ちゃん……」

 

 俺のお腹に頭を擦りつけて、繰り返されていた謝罪は、いつしか感謝に変わった。

 

 正直なことを言うと、頭頂部が肋に当たるたびに痛むのだが、こんなに愛らしい妹を引き剥がすなんてできなかった。

 

 美優はしばらく俺の腰に抱きついて、そして、大きく深呼吸をすると、アルバムを抱えて元気に立ち上がる。

 その表情は明るかった。

 

「本当にありがとうね、お兄ちゃん」

「いえいえ」

 

 美優の暴走で俺も疲れたけど、そもそも俺がバイトの日を間違えなければこんなことは起こらなかったんだ。

 だから、美優に対して一方的に責任を押し付けることなんてできない。

 

「誤解を生むといけないから、あえて聞いておくんだが。その中身って、旅行中に撮った写真だったりするのか? 遥と、今日みたいな格好して」

 

 アルバムの中身は、俺でも予測できてしまうものだった。

 

 表紙に刻まれた日付に、遥と共有していたクローゼットの秘密。

 そして、美優がロリータファッションを楽しんでいた事実。

 

 こんな証拠を揃えられたら、誰だって考える。

 

 美優が遥と旅行していた『主目的』とやらは、撮影会だったんじゃないかと。

 

 それが正解だったとしたら、たとえ俺の推測が当たっただけだったとしても、美優は俺がアルバムの中身を見ていたのではないかと疑いを持ってしまう。

 だからこの場で、俺が中身を知らないと美優が確信しているうちに、あえての質問をする必要があった。

 

「なんのこと?」

 

 美優は素知らぬ顔をして足を止める。

 

「え、だから、そのアルバム……」

「アルバムなんて無いよ」

 

 食い気味に放たれた美優の言葉。

 

 その大判のアルバムを腕で抱えて、なおも美優は主張する。

 

「お兄ちゃん」

 

 語気を強めて、美優は口を開いた。

 

「リビングにアルバムは無かった。いいね?」

「あっ……はい」

 

 どうやら言及してはいけないことだったらしい。

 

 俺と美優とのやりとりはそこまでで、美優はパンツまでしか履いていなかった脚を寒そうに震わせながら、二階へと戻っていった。

 

「はぁ……」

 

 俺は改めてソファーに横になる。

 もうスーツにシワがつくとかはどうでもいい。

 

 美優が隠したかったのは、あのアルバムの方だったのか。

 おそらくだが、あのロリータ服が大量に詰め込まれていたクローゼットの足元に、今まで撮影してきた写真がアルバムの形で残されているのだろう。

 美優はそれを見せたくなくて、俺にギリギリまでクローゼットに近寄るように指示したんだ。

 

 それにしたって、あんなに取り乱して隠すほどのものかな。

 本人じゃなきゃその恥ずかしさはわからないんだろうけど、コスプレぐらい俺に見せてくれてもいいのに。

 俺がオタク趣味なのは美優もわかってるわけだから、頭から否定されるなんて思わないはずだ。

 

 見たかったな、あのアルバム。

 きっと可愛い服を着た美優が、眩しいくらいの笑顔で映っているんだろう。

 だから遥もあんなヒントを俺に告げたんだ。

 

 それこそ昔の美優みたいに。

 明るいままの、少女として等身大の美優がそこにいるんだ。

 

 まあ、今ではイケナイことも覚えてしまったようだけどな。

 あんな甘々な服を着て、淫らな行為に耽る。

 俺が背徳感に昂ぶるような興奮を、美優も感じているのだろうか。

 

 遥とのエッチも、ああいう服を着たまましてるのかな。

 なくはない、っていうか、絶対にしてるよな。

 

 旅行の目的は、撮影半分、エッチ半分。

 それが故の、『表面上』という表現。

 

 あるいは、その両方?

 

 だとしたら、あのアルバムの本当の中身は……。

 

「はっ──!?」

 

 違う。

 

 違った。

 

 何もかもが勘違いだった。

 

 ロリータ服を着てのエッチ。

 それを撮影してのアルバム。

 あの美優があれだけ取り乱しさえした、「知られた」と思い込んだ部屋の中での行為。

 

 パンツとローターとひとセットにされていた、全身鏡。

 

 美優がクローゼットに秘密にしていたのは、服でもアルバムでもない。

 

 美優が、本当に、隠したかったのは──

 

 

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