冷房の音が低く鳴り響く、静かなバスの中。
窓の外をぼーっと眺めていると、流れる景色がまるで知らない町のようだった。
数時間前にバスに乗っていたときには不安と焦りしかなかったのに、この心のどっしりとした落ち着きようは別世界の自分にでもなったようで。
俺はもう美優を幸せにすると、そうできると、心が決まった。
だから、山本さんと会っても相談として話すことは無いと思う。
でも、お礼は言いたい。
俺が自信を取り戻せたきっかけは間違いなく山本さんにある。
あれだけ応援してくれた山本さんのことだから、きっと美優と結ばれたことを報告をすれば喜んでくれるはずだ。
……と、思いはしたのだが。
『相談があるって言っておいて悪い。無事に解決したから、ひとまず悩みはなくなったよ』
俺は山本さんにそうメッセージを送って、その返事を待っていた。
理由は、なんてことはない。
どうするのが誠実なのか判断がつかなかったからだ。
山本さんは俺と美優の関係を応援してくれていた。
それが嘘だったと疑うつもりはないが、今ではそれと同じくらい「本当は悔しかった」と言った山本さんの言葉も、本音だったと信じている。
だから、もしメッセージの返信が、すべてを察した山本さんからの『お幸せに!』であるなら、俺はこのまま家に帰る。
お礼は言いたいし、結局は俺のどこが好きだったのか聞いてみたいから、山本さんに会いたい気持ちはある。
でもそれが俺のエゴでしかないのだったら、この好奇心は無かったことにしてもいい。
『悩みは無くなったんだね、よかった。私は暇してるけど、ソトミチくんはどう? うちにくる?』
山本さんのメッセージは、まさかの俺にバトンを渡すものだった。
しかし、考えてみればそれも当然だ。
俺から持ちかけた話だし、その中身を決めるのは俺しかいない。
この山本さんからのメッセージ、どちらかといえば来て欲しいって意味だよな。
でなきゃ相談が無くなったのに家に来るかなんて聞かないだろうし。
俺が家に行きたいと思われてる可能性も、なくはないか。
山本さんも俺のためにわざわざ弟たちを早く家に帰したのかもしれないからな。
それもあって予定がすっぽ抜けるのは避けたいんだろう。
俺も誘うだけ誘って一方的に断るのは申し訳ない気持ちがある。
『どうしようかな。近くのお店で軽く飯でも食べながら話すとかは?』
相談を持ちかけたときは美優を幸せにしたい一心で動いていたから、山本さんの都合も考えずにとにかく会おうとしていた。
でも、悩みが解決した今となっては、その相談もただの幸せアピールになってしまう。
山本さんのことだから妬みで攻撃的になることはないだろうけど、不快にならないかどうかはまた別の話だ。
それを考慮して、目的をお喋りではなく食事にしておく。
これならもし美優のことを話す空気じゃなくても、気まずい時間を過ごさずに済むはずだ。
『シャワーを浴びちゃったから、外はちょっとな~。暇ならうちにおいでよ! 私からも話したいことがあるから!』
これまた想定外の返答だった。
山本さんから話があるなら行かない理由はないか。
いや、由佳にも言われた通り、恋人がいて他の女の子の家に行くのは問題なんだけど。
俺にも一応、山本さんに確認したいことはある。
美優の由佳に対する「山本さんとセックスすることになっても構わない」という発言についてだ。
これを字面通りに受け取るつもりはないけど、まるで俺が山本さんの家に行くことを、美優は事前に把握していたような口ぶりだった。
あるいは、山本さんもそのあたりを全てわかった上で、俺を待っているのかも?
「……なんて、考え過ぎか」
と、独りで呟いた。
そのタイミングと、山本さんから追加のメッセージが来たのが、ほぼ同時だった。
『美優ちゃんから全部聞いてるからおいで』
その文面を見た瞬間、背筋が凍った。
ああ、やっぱりそうだったのか。
2人は最初からこうなることがわかっていたんだ。
『もうすぐ着くから待っててくれ。マンションまで着いたら連絡する』
山本さんとはどんな話をすることになるんだろう。
──美優とは恋仲になったよ。
──そうなると思ってた! 末永くお幸せにね!
なんて、朗らかに終わるイメージがつかない。
いやいや。
他ならない山本さんのことだ。
人の幸せを喜ばないはずはない。
もっと胸を張って堂々としていよう。
俺は山本さんのマンションに向かい、エントランスのロックを開けてもらって部屋の前までやってきた。
数日前にも来たこの部屋のドアが、やたらと無機質に感じられる。
インターホンを押すと、通話状態になる前に山本さんがドアを開けて迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、ソトミチくん」
室内に立ち込める冷気の中に、微かに香る柑橘系の匂い。
シャワーを浴びた直後の山本さんはTシャツだけのラフな格好で、服も髪もスッキリ洗いたてだった。
バスの冷房で発汗は落ち着いたとはいえ、俺は外を歩いているだけでもだいぶ汗をかいてきたし、部屋に踏み込むのが億劫だ。
「はい、ではこちらにどうぞ」
そんな俺の心を読んだかのようなタイミングで、山本さんが脱衣所のドアを開けた。
そこには折り畳まれたタオルの他に、俺が山本さんの家に初めて来たときに使わせてもらったTシャツと、おそらく洗濯機にでも忘れていたのであろう俺のトランクスが置かれていた。
なんとも手際の良いことだが、俺はその準備物を見てむしろ安心していた。
ただの偶然かもしれないが、俺と山本さんが過ごした期間の中では『風呂上がりに服が置いてあったらエッチはしない』という暗黙のルールが出来上がっていたのだ。
他の人ならいざ知らず、相手はあの山本さんなわけだし、これを山本さんからのさりげない気遣いだと解釈しても間違いはないだろう。
「手間かけて悪いな。すぐ行くから」
「いーよ。ゴロゴロしてるだけだから。ゆっくりしといで」
俺はシャワー浴びて、シャンプーボトルの頭を押すのを数瞬だけためらい、頭からつま先までの全身を丹念に洗った。
そして、脱衣所で着替えてドライヤーで髪を乾かすと、夏の湿気とともに溜まっていた鬱憤が、さっぱり晴れたみたいに爽やかな気分になった。
「上がったよ」
居室に入ると、山本さんが宣言通りベッドでスマホをイジりながらゴロゴロしていた。
仰向けにゆったりしている姿勢が美優と良く似ていて、おっぱいが大きい子は不便さも同じなんだなと不埒なことを考える。
「一緒に寝る?」
山本さんはからかうように笑って、両手を広げて俺を歓迎する素振りを見せる。
「嬉しいお誘いだけど、今は遠慮しとくよ」
俺はベッドの縁を背もたれにして、カーペットに腰を下ろした。
美優から話は聞いてるって言ってたし、この対応でいいんだよな。
「この数日でまたいい顔になっちゃったね」
山本さんは体を起こしてベッドの縁に座り、俺の頭をポンポンと撫でる。
それから俺の隣に腰を下ろして、2人で並んで座った。
腕を動かせば当たるぐらいの近さ。
しかし、体温を感じるほど密着はしていない距離。
それが今の俺と山本さんの関係を表していた。
「山本さんのおかげだよ」
俺が美優と結ばれたこと。
そして、自信を取り戻せたこと。
そのどちらもが、山本さんがこの部屋で俺を励ましてくれたからこそ叶ったことだった。
「ありがとうな。本当に、心の底から感謝してる」
あんなにダメで女性不信だった俺の周りには、気付けばたくさんの女の子がいて、恋の相談もされて、果てにはエッチの誘いまで受けるようになった。
俺という人間の根幹を作ってくれたのは美優だけど、自信を取り戻すために俺を動かしてくれたのは山本さんの言葉だったように思う。
「そう? なら、感謝の印を貰ってもいいのかな?」
山本さんは膝を抱えて、また悪戯な微笑みを向けてくる。
どうして君たちはそんなに現金なのかな。
「気持ちとしてはそれなりのものは出したいけど。何か欲しいものとかあるのか?」
さすがに見返りとして物を買ってくれとは言わないだろう。
思い出の品というのも考えにくい。
俺が持っていて、山本さんが欲しがりそうな物なんて、何かあるかな。
「じゃあ……これを」
山本さんが視線を落としたのは、俺の腕だった。
まさか腕そのものってはずはないし、状況に合わせて連想されるものは、ハグをして欲しいとかになるわけだけど。
「えーっと……まず、腕で合ってる?」
俺がそう尋ねると、山本さんは首を横に振った。
どうやらハグを求められているわけではなさそうで、内心ホッとした。
さすがに山本さんと抱き合うのは俺の理性的にも問題がある。
今まで女の子にモテるような人生なんて考えてこなかった俺には、その手の誘いやおねだりを断る方法がわからないからな。
由佳みたいにわかりやすくワガママな態度を取ってくれれば断りやすいんだけど、こんなにしんみりした空気で要望を突っぱねるなんて気まずさもひとしおだ。
「この……隙間をですね。無くしてもいいって言われたら、すごく嬉しいのですが」
山本さんは、俺との間に空いた隙間に、寂しげな視線を注いだ。
つまるところ、避けられてるみたいで嫌だからくっつきたいとの要望のようだが、果たしてこれをどう飲むべきか。
腕が触れるくらいならいいのかな。
なにせ、佐知子とはもうベタベタしてしまっているし。
あれより軽いものを求められているだけだと考えれば、無下にするほどの望みでもないか。
急に冷たくされるのは嫌だって、山本さんはそう言いたいんだよな。
「それくらいなら、まあ。いいよ」
俺が許可すると、山本さんは胸のつかえが下りたように息を吐いて、数センチだけ俺との距離を詰めた。
冷房がやや強めに効いているせいか、山本さんの体温をやたらと高く感じる。
わずかに重なる肌の感触が生々しい。
「少し、寒いな」
心を落ち着ける時間が欲しくて、俺はリモコンを取ってもらうつもりでそう呟いた。
しかし、山本さんは微動だにしないで、真横に体をくっつけたままジッと俺を見つめている。
「そうだね。寒いね」
山本さんの目が湿度を帯びて、腕から伝わる体温がぐんと上がっていく。
それにつられて俺の心拍数が上がって、俺と山本さんの二人を包む空気も粘度を増していった。
「山本さん、あの……」
俺が再び体の隙間を開けようとすると、それを制するように、山本さんは俺の左手に自らの右手をそっと重ねてきた。
指と指が絡まって、2人の隙間がほんの少しずつ、限りないゼロに近づいていく。
俺は反射的に手を引いたが、山本さんは俺の手を握ったまま離そうとしなかった。
それどころか、俺が思わず体を仰け反らせた瞬間、その崩れた体勢を好機に俺を押し倒してきた。
「ちょっ、待った! 山本さん、それはさすがに……!」
山本さんは起き上がろうとする俺に、全身で体重をかけて覆い被さってくる。
「隙間は無くしていいって言ったよね」
山本さんはその瑞々しい体を全身で俺に貼り付けて、耳元に甘い息を吐いた。
まさかの山本さんの暴走に、俺はやむなく腕力で山本さんを押し退けようとするが、それでも山本さんは俺から離れようとしない。
「ま、マズイってほんとに! 俺には美優がいるから……! てか、山本さんもその話は聞いてたんだよな!? とにかく、お、落ち着いて。俺は別に、山本さんのことは嫌いにならないし、だから、まずはお互いのために話し合いを……!」
俺が必死でそう言い聞かせると、山本さんは俺の首に腕を回して、わなわなと肩を震わせた。
あまりのことに動揺した俺だったが、それでも最優先に美優を考えたい気持ちは変わらず。
山本さんに離れてもらえるよう、俺はその背中を軽くタップした。
山本さんはまだ横隔膜をピクつかせていて、やがてそこからは、小さな笑い声が聞こえてきた。
「や……山本さん……?」
俺が困惑していると、山本さんが口を押さえながら顔を上げた。
そこには山本さんの大きな手でも隠しきれない楽しげな表情があって、堪え切れなくなった笑いを懸命に抑えようとしているのがわかる。
「もう。ソトミチくんったら。前と全然反応が違うんだ」
山本さんの声はようやく前と同じようなハツラツさを取り戻した。
それから山本さんは、軽快な動きで俺の上から退いて、俺の手を引っ張って体を起こしてくれた。
「マジで心臓に悪いからやめてくれ……」
どうやら山本さんの悪ふざけだったようだ。
今でも心臓がバクバクしていて、視界が若干白んでいる。
「美優ちゃんと両想いになったんだね。……本当に」
山本さんは感慨深そうに口にした。
悪ふざけの目的は、美優の話の真偽を確かめるためだったらしい。
「俺もまだ現実味がないんだけどな。美優からは、いつ連絡があったんだ?」
美優から全ての話を聞いてるんだから、俺が家を出てからの数時間で通話でもしたんだろう。
さすがの山本さんでも俺と美優が恋仲になるタイミングまでは予測できないはずだし。
「ん? なんのこと?」
しかし、山本さんは唇に指を添えて首をかしげた。
「美優から俺のことを聞いたんだろ?」
俺が慌てて山本さんのスキンシップを拒んだとき、山本さんはその反応に納得していたわけだし、事前に美優からの情報があったことは間違いないはず。
この認識の齟齬がどこにあるのか、気付いたのは山本さんだった。
というか、山本さんしか気付きようがなかった。
「ああ……そうだね。うん、聞いてたよ。美優ちゃんから」
山本さんはニヤニヤしながら、四足歩きで俺に近づいてきた。
そして、前と同じように指先で俺の胸をなじって、ゆっくりと唇を動かした。
「ソトミチくんがバイトに行ってる間にね」
山本さんの口から紡がれたまさかの答え。
美優と山本さんの2人は、俺が日付を間違えていた分のバイトに行っている間──つまり、三日も前に直接会って話をしていたらしい。
「お互いに全部話したよ。ソトミチくんとどんな会話をしたとか。どんなエッチをしたとか。まだソトミチくんにも話してない、女の子の本音とかも」
山本さんの声は妙に淫靡な響きを含んでいて、二人の話し合いがテラスでお茶をするような華やかなものではなかったことがよくわかる。
俺も知らない美優と山本さんの本音って、いったいどんな話だったんだ。
美優の方はこの二日間で話してもらった通りの内容だったのかな。
だとしたら、山本さんがまだ話してない本音って、何なんだろう。
かなり気になる。
「その話し合いで、俺と美優が付き合うのはわかってたんだな。それが今日だったことは、俺からのメッセージで察したのか」
「うんうん。ソトミチくんもだいぶ理解が早くなってきたね」
俺が美優の告白を断るわけがない。
だから、美優から俺のことが好きだと聞いた段階で、山本さんはいつかこうなることを予見していたのだ。
「美優のやつ、山本さんと会ったなんて一言も言わなかったよ。三日前に会おうって持ちかけたのは美優なんだよな?」
「そうだよ。思いっきり『お兄ちゃんは私のもの』宣言されちゃったよ」
それはまた、まさかの事実だな。
この裏話は聞いてしまってもよいものだろうか。
「原因はやっぱり電話のアレなのか」
「うーん……ある意味ではそうとも言えるかな……」
山本さんは言葉を濁しながらも頷いた。
どうやらそれほど正解に近くはないらしい。
「具体的にどんな話だったのか聞いたらマズい?」
「問題があるわけじゃないけど……具体的なのはさすがに勘弁してください……」
山本さんは露骨に顔を逸らして頬を紅くした。
ますます気になる態度だ。
「この部屋で根掘り葉掘り聞かれたので……」
「あ、ああ、そういうことか」
ベッドの上でネチネチお説教されたんだろうな。
もう深く考えることはすまい。
「ソトミチくんの昔のこととかも話はしたよ。お料理上手なんだってね」
「山本さんに比べたら大したことはないけど、経験はそこそこあるよ」
「ふむふむ。なら今日のお夕飯を作ってもらおうかな」
時間はまだ6時くらいだし、山本さんの分を作るくらいなら問題ないか。
さっきのお礼とやらも有耶無耶になっちゃったしな。
「いいよ。なにがいい?」
「オムライス!」
「わかった」
と、即承諾してしまったけど、難しいところをぶっ込んできたな。
フライパンの形が違っても上手く巻けるだろうか。
冷蔵庫の残りは、さすがに作ってくれと言っただけあって揃ってるな。
しかし、肝心のチキンがない。
なぜこれでオムライスを選んだのか。
目立った食材は卵と豚肉と野菜類一式。
牛乳はないからクリームソースは無理。
となると、エスニック系にするか、あるいはポークシチューでも上からかけるか。
どんな感じがいいか聞いたらセンスに任せるとか言われそうだな。
「どんなオムライスがいい?」
「んふふ。ソトミチくんのセンスにお任せします」
やはりそうなるか。
いや、これはおそらく、俺がそう思うことを想定した上であえて山本さんがそれに合わせた感じだな。
「そしたらポークシチュー掛けでいいかな」
「いいねいいね。私はオムライスの形をしてればそれで満足だけど」
地味に妥協になってないラインなんだよな。
まあいいか。
いつも通りに作るだけだし。
俺がキッチンに立つと、山本さんは後ろで手を組んでニコニコと観察を始めた。
昔から美優に似たような感じで指導されてたからそんなに緊張はしないけど、俺もこの家で何度も山本さんの料理を食べさせてもらって、腕前のほどは嫌というほど実感してるからな。
プレッシャーはどうしてもかかる。
たまねぎを微塵切りにして各種ソースと調味料を混ぜ、肉など具材を放り込んで弱火で放置。
その横で米を炒めながら味付けして卵で巻き、皿に盛ってシチューをドバドバと。
かけてから、乗せて割るタイプか極薄のオムライスにすればよかったと、見た目の悪さに後悔する。
通常ならここで緑の彩りだけど、この皿にバジルを散らすのも微妙なところ。
ともなればバルサミコスあたりを使って、シチューより濃い色に煮詰めたソースをケチャップ代わりにサッと掛けるか。
ちょっと張り切りすぎたけどまあこんなもんだろう。
食器は温度差で傷まないものから順に処理。
スポンジに付きやすい汚れは一旦洗剤に浸けて放置だな。
「できたけど、こんな感じでいいか?」
俺が皿を持って見せると、山本さんはそれを受け取ってすーっと鼻で息を吸った。
「んー! いい匂い! ありがと、ソトミチくん。愛がこもってて大満足だよ。ささ、残りの洗い物は置いておいていいから、こっちでゆっくりしよ」
山本さんがテーブルの前に腰を下ろして「おいで」のジェスチャーをするので、俺は迷う暇もなくその横に並んだ。
山本さんはスプーンで楽しげに卵を割って、大きな口で食べ始める。
なんだか山本さんも、雰囲気が変わったかな。
前の2人と違って年相応の女の子っぽくなった気がする。
「ほんとに美味しいね、びっくりしちゃった。これなら先週のお泊まりのときも作ってもらえばよかったよ」
「俺は一応手伝うかとは聞いたからな」
「そうだったねー……不覚……」
山本さんはしょんぼりしながらも、食べるスピードは変わらない。
味は好みに合っていたらしい。
美優以外に食べさせるのは久しぶりだな。
こんなに美味しそうに食べてもらえると、作った甲斐があるってものだ。
「ソトミチくん、シチューしか味見してないよね?」
「ああ、そうだな。卵とかはどう?」
「自分で確かめた方が早いよ」
山本さんはオムライスをひと掬いして、俺の唇に触れるくらいにスプーンを近づけてきた。
仕方ないので口を開けてそれを食べる。
慣れないフライパンで作ったにしてはムラなくいい感じに焼けていると思う。
「ふふっ。ソトミチくん、食べたね?」
「えっ? ああ、うん。食べた、けど」
山本さんは不気味な笑みを浮かべて、またオムライスをひと掬いする。
「はい、あーん」
それを今度は、丁寧に空いた方の手を添えて、俺の前に持ってきた。
「いや、あの、そういうのはだな」
「さっきもあーんしたでしょ」
「あれは……なんというか……」
「いいからお口開けて。どうぞ、食べてください」
問答無用でスプーンを近づけられて、またパクッと口にしてしまう。
山本さんはそれを楽しそうに眺めていた。
何がしたいんだろうか、この人は。
まさか美優にお説教されたことに対する当て付けだろうか。
それなら……納得できる。
「はー美味しかった。ご馳走さま、ソトミチくん」
「お粗末様でした」
山本さんの食事が終わって、数秒だけ静寂が訪れた。
「ねえ、ソトミチくん」
山本さんは壁を見つめながらポツリと呟く。
「今度は2人でご飯を作りたいな」
山本さんが何気なく溢した言葉。
ありふれた望みなのに、その声は虚空に消えていく。
俺は相槌の一つもしてあげられなかった。
そうだねって返すだけでよかったはずなのに。
「なんてね。食器を洗ってくるね」
山本さんは弾みよく立ち上がって、キッチンで洗い物を始めた。
このやりとりの意味を考えることはしなかった。
邪推ばかりが頭を支配しそうで、俺は無心でいることに意識を集中する。
そして、詰まった息を吐き出して、疲れた体を預けるようにベッドにドサッともたれかかった。
そのとき、シャリっと紙が擦れたような音がして、俺は山本さんの書類を踏んでしまったのかと慌てて身を避けた。
しかし、近くに紙が落ちている様子はなく、気のせいかとまたベッドに体重をかけると、やはり紙の擦れる音がする。
何度かマットレスを押すと、その度に小さな音が聞こえた。
どうにもフレームとマットレスの頭のところに紙が挟まっているようで、指を差し込んでみると先端にわずかな厚みが当たった。
それを引っ張ってみると、そこからは葉書はがきサイズの洋封筒が出てきた。
開け口にハート型のシールが貼られていて、俺もそんなものを見るのは人生で初めてだったのだが、それはどう見てもラブレターにしか思えなかった。
「ソトミチくん?」
背後からの声に、俺はとっさにその洋封筒を背後に隠した。
食器を洗い終えた山本さんが部屋に戻ってきて、キョトンとした顔で俺の奇行を眺めている。
「あっ……これは、悪気があったわけじゃなくて……!」
さすがにこんなバレバレの状態で隠している意味があるはずもなく、俺は素直にその封筒を見つけてしまったことを懺悔した。
「……見つかっちゃったか」
山本さんは意外にも冷静で、二本の指でひょいと俺からその洋封筒を取り上げた。
どう考えてもラブレターにしか見えないその封筒。
なんで、あんな場所に挟んでたんだろう。
どこまで言及していいのかな。
見なかったことにするのが一番なんだろうけど、それだとお互いにモヤモヤが残ってしまう。
「それって、ラブレターとかなのか」
だから、俺はあえてそれを訊いた。
たとえ山本さんの口から出る答えが嘘だったとしても、二人の間の認識さえ同じなら変な腹の探り合いは起こらない。
「うーん……そうだなぁ……」
山本さんは髪を耳に掛けながら苦笑いする。
「どちらかと言えば、失恋レターかな」
山本さんは自嘲気味に、そんな悲しい単語を口にした。
それはつまるところ、失恋することを前提としたラブレター。
この状況を公平に判断すれば、すでに美優と結ばれた俺に対して山本さんが想いを綴ったもの。
傲慢に過ぎる仮説ではあるが、今日この部屋に来て過ごしてきた時間を考えれば、そうとしか思えない。
そんなものを相手に、俺はどうすればいい。
山本さんがどう思おうがそれ自体は自由だから、好きにすればいいと。
そう励ますのは、あまりにも冷酷で無責任だ。
かといって、山本さんの想いを頭から否定できるほど、俺は人間が出来ていない。
もしくは失恋レターなるものは存在しなかったことにして、山本さんの口から直接想いを聞くだけなら、まだ心の整理はつくだろうか。
「それを書いたのは、俺がこの部屋に来た後なんだよな……?」
少なくとも山本さんとエッチをしているときは、このベッドにそんな封筒は挟まっていなかった。
山本さんは2人で過ごした一週間の中で俺に男としての興味を持ってくれて、でも俺が美優と結ばれてしまったために、それを渡せずにいる……とか。
「まあ、そう思うよね」
しかし、返ってきた答えは予想外のものだった。
「意地悪な答え方をするとね。貰ったんだ。この手紙は」
山本さんは封筒をヒラヒラさせて、飽きたオモチャみたいにスッとテーブルの上に置いた。
「あ……そ、そうなのか」
まさかの根底からの勘違いだった。
死ぬほど恥ずかしい思い違いだが、しかし、事態の本質は変わっていないように思う。
山本さんは受け取ったその手紙を失恋レターと呼んだ。
それは誰かが恋に失する運命を背負っているということ。
普通に考えれば、失恋するのは山本さんに手紙を渡した男しかいない。
だが、もしそうなら山本さんがこんなに思い悩んでいるのは変だ。
これまでだって山本さんは大量のラブレターを貰ってきたわけだし、今になって男をフることに戸惑うことがあるだろうか。
であれば、この手紙だけを特別に保存しているということが、それ自体に特別な意味を含んでいる。
山本さんはそのラブレターを受け取ったときに、すぐに処分することをしなかった。
それが意味するものは、山本さんはその男の申し出を受けようか迷っているということ。
ならば、迷っている理由はなんなのか。
それこそが、山本さんがそのラブレターを“失恋レター”と称した所以だ。
「山本さん」
俺はもう、腹を決めなくてはならない。
誰もが幸せになる選択だとか、誰も傷つけない人生だとか。
そんな甘いことを言っていては、結局は誰も幸せにすることができないんだ。
「ん? なあに?」
山本さんの表情にはまだ楽しげな余韻が残っていて、きっとまだ、俺がそれを選択しない可能性を抱え込んでしまっている。
「俺は」
声が震える。
喉が締め付けられるように苦しい。
でも、それでも、俺は。
「美優が一番で、美優と幸せになっていくって決めたから。だから俺はもう、美優以外は選べないよ」
山本さんと居るこの時間がどんなに心地よくても。
人間には、生まれてから定員の決められた居場所というものがある。
「あっ……うん」
山本さんは呼吸を詰まらせて、目を丸くしていた。
俺が出したその答えは、山本さんにとって予想外だったんだろう。
あるいは、わかっていながらも、それを思考の外に追いやっていたのか。
それから山本さんは、現実がどうなっているのか再認識して、にこやかに笑った。
「もちろん、当たり前のことだよ。せっかく美優ちゃんと両想いになったんだから。愛情は全部美優ちゃんに注いであげないと」
山本さんは口角をギュッと上げて、目を弓なりにして、そんな表情が、ほんの少しだけ緩んで。
こんなに悲しい笑顔を、俺は今までに見たことがなかった。
そして、緊張に力んでいた山本さんの体から硬さが抜けたかと思うと、山本さんはその頭をそっと俺の肩に乗せてきた。
「ごめん。やっぱり今のは結構来た」
山本さんの口から初めて苦しい声を聞いた。
俺も思わず「ごめん」と返しそうになる。
でも、美優を選ぶと言ったその覚悟を自分で否定してはならないと、俺は必死で堪えた。
「辛い思いをさせたことについては、悪いと思ってる。だから、どこかでケジメはきちんとつけるよ」
もはや謝罪することも逃げでしかない。
だから俺は、たとえこの魂を悪で穢してでも、残酷な選択をするしかないんだ。
「ううん。いいんだよ。そんなこと」
山本さんは気が落ち着いたところで、俺から離れる。
「ソトミチくんと美優ちゃんはお互いに愛し合ってるんだから。私なんかがいたって、邪魔なだけだもんね」
山本さんの自嘲的な言葉に、俺の胸は更に締め付けられる。
あれだけ前向きで優しかった山本さんに、自らを卑下させるというその罪の重さ。
考えれば考えるほど、俺がやってきたことの非道さに、息が苦しくなる。
「あっ……ち、違うの!! 私は別に、そんな嫌味とか言うつもりはなくて!」
山本さんは慌てて俺の肩を掴んできた。
「美優ちゃんとのことは本当に応援してたし、上手くいって、私も嬉しいって、思ってて」
語気だけが強くなって、しかし、その声は次第に掠れていく。
「そう思ってる、はずなのに。私は、応援しなきゃいけないのに。でも、それは嫌……というか……ああ、違う、こんなこと言いたいわけじゃなくて……!」
山本さんは酷く取り乱して、俺の腕を強引に掴んで立ち上がった。
「ご、ごめんね! こんなの初めてで、もう、なんかダメみたいだから、今日はこの辺でいいかな?」
「あ、ああ。そうだな。もう、帰るよ」
弁明したいことはたくさんあった。
それ以上に、山本さんに聞かせたい慰めの言葉もあった。
でも、それはどれも俺の身勝手なものでしかなくて。
本当に山本さんのためになることを思ったら、黙って部屋を出る以外の選択肢がなかった。
俺は脱衣所に掛けていたTシャツを着替えて、そそくさと玄関に向かう。
靴を履いたところで、山本さんが急いで居室から出てきた。
「あのね、ソトミチくん。落ち着いたら、またお話をさせて。こんな形で終わるのだけはどうしても嫌なの。もう意地汚いことはしないから。お願い」
意地汚いなんて、俺は思っていなかったけど。
山本さんがそう口にしたってことは、やっぱり今日のやりとりは、そういうことだったんだ。
「俺も山本さんと気まずいままではいたくないよ。待ってるから、いつでも連絡して」
どんな形であろうと、友達でいたい。
それは俺のわがままである半分、山本さんの願いでもある。
「だから、また、近いうちに」
「うん。ありがとう」
俺はドアを開けて、外に足を踏み出す。
振り返ると、少しだけホッとした顔の山本さんがいて、それが俺にとっても救いになった。
空はほんのりと明るさを残しているけど、きっとあと数分もすれば真っ暗になる。
夜の8時までに家に帰って、俺は美優を幸せにする覚悟ができたと、そう言ってやらないといけない。
でも、家に向かう足が鉛のように重い。
こんな状態で幸せにするなんて言って、美優に本当の気持ちが伝わるだろうか。
そこに嘘はなくとも、美優を納得させられる自信がない。
「はぁ……つらい……」
気付いたら、俺は家の近くにある公園のブランコに揺られていた。
ドラマでよくリストラされたサラリーマンが乗っているような絵面だ。
当事者になってみると、こうしてただ揺られていたいだけの気持ちが痛いほどわかる。
住宅街の各所から夕飯の匂いが漏れてきて、ときおり子供とおしゃべりする家族の声が聞こえてくる。
公園には誰もいない。
道を通り過ぎていく人もいない。
こんな辛い気持ちは美優に打ち明けてしまいたいのに、今日だけはそれができない。
俺は美優を幸せにするヒントを探しに家を出てきたんだ。
女をフッた心が痛いから慰めてくれなんて、そんな気持ちは隠しておかなくては。
いくらダメな俺を知っている美優が相手でも、今日は見栄を張って男らしくしていないと。
そういう意味のない無理も、ときには必要だって、美優なら言うはずだ。
とはいえ、山本さんの話は高校の奴らにはできないし、佐知子なら優しく励ましてくれそうだが、夜遅くにいきなり電話なんてしたら迷惑だろう。
そうやって消去法的に考えていくと、メッセージアプリのトークルームは自然と由佳のところになっていた。
いくら由佳だって都合よく使っていいわけじゃないけど、そういうのとは別に、なんかこいつなら平気かなって気になってしまうんだよな。
あのアホっぽい声を聞けるだけで、だいぶ気も落ち着くかもしれない。
『今暇?』
と短いメッセージを、ポンと投げてみた。
投げてから、「やっぱりよせばよかったかも」と思った、その数秒後。
由佳からダイレクトに着信が掛かってきた。
俺は応答のボタンをポンと押す。
『暇じゃないわよ!』
電話に出ての第一声がそれだった。
「ああ、悪い。取り込み中だったか」
『ほんと最悪のタイミングなんだけど。でなんなの?』
「いや、忙しいなら別に……」
『いいから話せっての』
暇なのか暇じゃないのか。
いやしかし、ほんとこいつの声を聞いてると難しいこと考えてる頭がすっ飛ぶな。
「具体的な話があるわけじゃないんだけど。なんというか、少し気分が落ち込んでて」
『はぁ? 何? ちょっと今パンツはいてるから待ってて』
電話越しにスルスルと布の擦れる音がする。
それからイヤホンマイクがカチャカチャと鳴って、どうにもベッドの上で横になっているようだ。
『で、なんか意味わかんない答えが返って来たような気がしたんだけど。話って何?』
「話があるっていうより、気持ちが塞いでるから、声が聞きたかっただけなんだけど」
『あんた……そんなクラスの女子みたいなのやめなさいよ。だいたいさっき会ったばっかでしょうが』
由佳の反応は尤もだ。
いきなりこんなことを言われたら困るよな。
申し訳ない。
『もしかして、由佳ちゃんのことが好きになっちゃったとか?』
「それはないんだけど」
『じゃあなんなのもー!!』
電話越しにバタバタと音が聞こえる。
実のところ人としては割と好きにはなっているんだけど。
『例の山本とかいう女とセックスして失敗でもしたの?』
「そういうのは、特にしなかったよ」
『あらそうなの。偉いじゃん』
うんまあ、そうだよな。
あの山本さんの誘惑によく耐えたものだと思う。
「……実はだな。詳しく説明するのは難しいんだけど。その山本さんに告白されて、断って、傷つけたみたいな。そんな状況になってて」
『あー、相談されてるうちに好きなっちゃった的な? そんなのその女が悪くない?』
「それは、そうかもしれないけど」
たしかに、美優との関係を応援されていたはずなのに、いざ両想いになったらそれを悲しまれたというのは、俺にとっては如何ともし難い事態だった。
「でも、少なからず俺の態度にも問題はあって。もっと早くに、美優と両想いになったからダメだって言ってたら、あそこまで傷つけずに済んだ気がするんだ」
『はいはい私そういうのも聞き飽きちゃってるから。でみんな寝て次の日には元気になってるから。由佳ちゃんよく知ってるから。悩みたいなら明日にしなさい』
「そ、そうか。……そうかもしれないな」
俺がこうしてグチグチしてると、山本さんを突き放してしまったあの言動にすら、責任を持てなくなってしまう。
いい加減に気持ちを切り替えるか。
「ありがとう。スッキリしたよ」
『そう。それならいんだけどさ』
由佳は俺の相談事にはまるで興味がなかったかのように話を区切る。
『お昼のと違って、これはお兄さんから持ちかけた相談じゃない?』
「まあ、そうだな」
もうこの時点で何を言いたいのかおよそ察してしまった。
しかし、由佳の意見に筋が通っているのもまた事実。
『美優は恩義がある分はきちんと返してくれる人なんだけど。お兄さんはどういう人?』
想像していたよりずっと嫌な聞かれ方だった。
「も、もちろん、お礼はするよ」
出来る範囲で。
そう言葉を繋げようとした瞬間、由佳は『わかった期待してるわ。じゃあね』と即行で通話を切ってしまった。
ほとんどヤクザみたいなやり口だが、しかし、本当にどこかで恩返しはしないといけないな。
「帰るか」
結局は夜の8時ギリギリになってしまった。
たった一日のことだったけど、ずいぶんと濃密な時間を過ごしたように思う。
家のドアの前に立つ頃には、鬱屈した気分はほとんど晴れていた。
「ただいま」
ドアを開けると、時間ギリギリだったこともあってか、美優は玄関で待ってくれていた。
「おかえり。お兄ちゃん」
艶良くケアされた長い髪に、隙のない美しい所作。
それに反して生意気なくらいに勝ち気な目元と、凶悪なまでに豊かな胸。
ときに優しく、ときに厳しく、それでも常に他人を思い遣る気持ちを忘れない。
この美優という存在の全てが、俺には愛おしくてたまらない。
「待っててくれてありがとうな」
俺はドアの鍵を閉めて、美優の正面に立つ。
すると靴を脱ぐ前に美優が俺に抱きついてきた。
まさかのタイミングに面食らって棒立ちしていると、美優がクンクンと匂いを嗅いでから顔を上げた。
「女の匂いがする」
「あ、ああ! いや、コレはその、あれで! 別にやましいことはしてないから!」
結果的には女の子3人とスキンシップを取ってしまったわけだし、そこは言い訳のしようがないので後で謝るとして。
まずは俺がやるべきことを、やらないとな。
「お兄ちゃん。お腹空いた」
「えっ、あ、うん。作ろうか」
せっかく覚悟を決めたものの、まずは妹の腹を満たさなくてはならないようだ。
俺は手を洗ってからキッチンに移動し、冷蔵庫の中身を見ながら頭を悩ませる。
残りの時間からして、美優が待っているはずの俺の答えを示すには、料理を作っている最中に済ませるしかないんだけど。
美優はソファーで姿勢良くアプリゲームに励んでいる。
今朝は美優の方からベタベタしてきて話しやすい空気を作ってもらえたが、今回は俺が全てをやらなくてはいけない。
ただ、美優だってもうわかっているはず。
あと数分以内に俺が何かをするのだと、頭の中では待ち構えているんだ。
流れが多少強引でも、美優は理解してくれるだろう。
「美優。ちょっとこっちに来てくれるか」
俺がそう声をかけると、美優はすぐにスマホを置いてキッチンまでやってきた。
そして、特に返事をすることもなく俺の前に立つ。
この時点で、美優はもう察している。
あとは俺が美優に答えを示すだけ。
俺は美優に好きだと言われて、胸が湧き上がるとはこういうことなのかと、初めてそう実感できるほどに嬉しかった。
だが、俺なんかと付き合う美優のことを考えると、その先には不幸な未来しか見えなくて。
本当に美優のことが好きだったから、美優が一番に幸せになる道を選ぶべきだと思った。
そして、その道の先には、俺という男は存在しないのだと、そう思い込んでいた。
その思い込みこそが、俺にとって最大の枷だった。
周囲を見渡してみれば、俺はこんなにも恵まれた環境で、立派に育つことができていたのに。
俺は俺という人間を誇って生きていきたい。
きっとまた自信がふらついて悩むことはあると思うけど。
それでも、俺は美優が好きになってくれた男なんだと。
それだけは、絶対の自信として生涯を過ごしていくことを誓う。
「美優」
目を合わせるのに、少し見下ろすぐらいの小柄な体。
告白をされたあのときと、向けられている視線は変わらない。
「はい」
私は、ここにいますと。
いつも通りの、端的ではっきりした返事。
俺はそんな美優の全てが好きだ。
「一生幸せにする」
あのときは素直に言えなかった、心からの想い。
その言葉に、美優は俺を見つめたまま、優しく微笑んだ。
「お願いします」
美優が俺と2人で生きていくことを受け入れてくれた。
それがあまりに嬉しすぎて、俺は思わず美優を抱きしめた。
珍しく美優から汗の匂いがして、シャンプーでも柔軟剤でもないその美優の匂いに、思わず体が昂ぶってしまう。
美優と心が繋がったことへの純粋な喜びと、女を抱きしめていることへの興奮が混じり合って、俺はこの日、初めて女の子にキスをしたいと思った。
「み……美優……」
しかし、女の子とのキスなんて、経験したことも、想像したこともなくて。
どうするのが正解なのかわからず、自分でも聞こえないくらいの声しか出ない。
初めての唇の触れ合いに「キスをしよう」なんて前置きをするのは不恰好だ。
かと言って、無理やりするのも違う気がする。
目を閉じて、唇を突き出して……そんなやり方は、俺からしても気持ち悪い。
そうなことをうだうだ考えて、俺は美優をその腕に抱いたまま固まっていた。
しかし、ずっとそうしているのも不自然に思われそうで。
勢いに任せてすることもできず、俺は美優の体を解放した。
その直後、美優が俺の襟元を掴んで、強引に顔を引き寄せてきた。
「こういう時はこうだよ」
美優は首を上げ、鼻が当たるくらいに顔を近づける。
そして、俺と目を合わせて、その意思を通わせると、迷う隙もなく唇をそっと重ねてきた。
互いの最も温度に敏感な器官が触れ合う。
初恋に味はしなかった。
チュッ、と口内に空気の入る音がして、そこには美優と交わしたごくわずかな唾液と、キスをしたのだという事実だけが残っていた。
「あ……おっ……」
あまりにも男前な妹にファーストキスを奪われて、俺の心は処女みたいにうろたえていた。
どうしよう。
胸がキュンキュンしてツラい。
今までセクハラグループをバカにしていたけど、この妹ならマジで惚れない女はいないと思う。
「わかった?」
「は、はい。とても勉強になりました」
リビングの時計は、もう8時を回っていた。
美優は今朝のやり取りについてもう言及してくることはなくて、これが正しい答えだったのだと安堵が胸の内に広がっていく。
「飯にするか」
「うん」
それから、俺は美優とご飯を済ませて、しばらくはソファーでイチャイチャしていた。
といっても、ベタベタしながらゲームをしてただけだが。
「美優、珍しく汗かいてるんだな。美優も外に出てたのか?」
後ろから俺に抱かれる形でソファーに座っている美優に、ふと浮かんだ疑問をぶつけてみる。
「ん……まあ、ちょっとね」
美優は顔を赤らめて口を濁した。
「外には出てないけど」
それだけ答えて、美優はゲームに集中し始める。
というより、それ以外のことに意識を向けないようにしているようだった。
外には出ていない。
でも汗はかいている。
この2つの情報から答えを導くのに、それほど時間はかからなかった。
だが、『どうやって』に関してまでは、俺の考えが至らなかった。
てっきり、またロリコスを楽しんでいたんだと思ったけど。
「それに関連してですね。謝罪があるのですが」
「謝罪? 俺に?」
「うん」
ほうほう。
それはまた珍しい。
美優がやらかしてしまうことなんて、いったいどんなことがあるだろうか。
「今日はお兄ちゃんの布団で寝られなくなっちゃったので、私の部屋で寝ましょう。……という謝罪です」
美優はモジモジしながら、どうにも繋がりの悪いその謝罪を述べた。
深く考えないようにはするが、どうやら俺の布団は使い物にならなくなっているらしい。
深くは考えないが。
「それは、まあ、いいよ。まずは、汗を流さないとだな」
「お風呂作ってくる!」
美優は俺の膝から飛び跳ねてお風呂を洗いに行った。
恥ずかしさを隠すためだったのか、俺と風呂に入れる喜びからだったのか、それはわからない。
ただ可愛いなぁと思った。
「ほらお兄ちゃん。行くよ」
当然のように二人で一緒に浴室に向かい、全身を洗ってからいつもの体勢で湯船に浸かった。
美優の体はとてもエッチだ。
引きこもり体質のおかげでどのパーツにもくすみがなく、全体的にちっこいのにつくべき肉はきちんとついている。
そして、それらのディティールに抱いた感想が一気に吹っ飛ぶくらいに凶悪なおっぱいが、今日もまた目の前にある。
「美優さん」
「ダメです」
両想いになったのだから、そろそろ良い頃合いなのではと思うものの。
触られるのが嫌な理由が、無駄に大きくなるからというものだから、強引に切り込むこともできない。
「でもな、美優。脂肪って揉まれた方が分解されて小さくなるらしいぞ」
「知ってるけどさ。お兄ちゃんに触られたらおっきくなりそうなイメージがあるんだよ。それにお兄ちゃんももっとおっきくなれって思いながら触ってきそうだし」
「それは否定できないな」
それは否定できない。
おっぱいは大きいと嬉しい。
「でも、美優がおっぱいを大切にしすぎたからそんなに大きくなったって可能性は、捨てきれないんじゃないか?」
「うーむ……たぶんお兄ちゃんが触りたいだけなのはともかくとして……たしかになくはないんだよね……」
だいぶ俺の心が見透かされているみたいだけど、これなら押しきれるか。
あ、いや待てよ。
「でも遥には揉まれてるのか」
美優の胸が大きくなったのが遥に揉まれたせいなら、俺の説はその時点で破綻している。
「遥にはそんなに揉まれないけどね」
「そうなのか? だいぶ開発されてるって前に言ってた気がするけど」
「あの子はひたすら肌が敏感になるようにネチネチ責めてくるタイプだから、激しく揉んだり擦ったりってのはしてこないの」
「なるほど」
それで首とふとももが異常に敏感なのか。
とすると、胸に関しても敏感なのは表皮と先端だけってことか。
「じゃあやっぱり揉まれた経験はほぼゼロなのか」
「そうだね。学校じゃ女子の揉み合いとかよくあるけど、私は参加しないから」
美優にやったら怒られそうだもんな。
美優の周りの子たちの揉み合いなんて、もはや揉むだけで済んでる気がしないし。
「それで、だな」
「むー……。まあいいけどさ」
と、今度は先読みしての、まさかの承諾だった。
こうなったらもうややこしい問答は無用だ。
「わかってると思うけど。さきっぽイジったらビンタするからね」
「ああ、気をつけるよ」
わかっている。
俺が許可されたのはおっぱいの脂肪部を揉むことだけ。
それだけで十二分に過ぎるほどだ。
俺は呼吸を止め、美優のお腹の前あたりでふわふわさせていた手を、少しずつ上に移動させた。
そして、努めて先端に触れないように、まずは下からその乳房を堪能する。
形状からしても最も重みの乗るその部位。
それがお湯の浮力で軽くなっていることにまず驚き、指を沈み込ませた肉の柔らかさと、内部に凝縮された弾力に更に驚き、持ち上げて浮力のなくなったおっぱいの、そのずっしりと手に乗る重みに俺は心が震えた。
「んっ……」
さすがに慣れない接触だったからか、美優の口から小さな艶声が漏れる。
夏休み前に事故で揉んだときには、緊張と焦りでしっかりと堪能することができていなかった。
美優のおっぱいがこんなにもエロかったなんて。
俺は知らなかった。
「あっ……もう。やっぱりおっきくしてる」
俺は当然のように勃起していて、隆々と猛るその肉棒の硬さが、そのまま美優のおっぱいに対する賛辞であった。
しかし、ここから事態が一気に急転する。
美優の口から出てきた、その一言によって。
「奏さんにたくさんしてもらったんじゃないの?」
美優の言葉にトゲはなかった。
ただ、俺はその質問にビックリして、手を離してしまった。
「山本さんと、エッチを……ってこと?」
「うん。だって帰り遅かったし、シャンプーの匂いもしたし」
「それは、ちょっとワケありで。とにかく、エッチとかそういうのは、一切無かったよ」
「……えっ?」
俺の回答に、振り返った美優はなぜか狼狽えていた。
「あれ? 俺ってそんなに信用ない?」
「そうじゃなくて。お兄ちゃんは今日、奏さんの家に行ったんだよね?」
「行ってきたよ。由佳が電話した後に」
「でも、エッチしなかったの? 誘われることもなかった?」
「エッチをしようとか、したいとか、そういうのは無かった……と、思う」
部屋に入ってすぐに山本さんがベタベタしてきたあれが、まさかエッチの誘いだったのだろうか。
それを俺が拒んだから、先まで進展しなかっただけ?
もしそうだったとして、なぜそれでしなかったことに対して美優が焦ることがある?
俺はずっと、今日一日のことが全て美優の想定の範疇なのだと思っていた。
でもこの反応を見る限りでは、そういうわけじゃなかったのか。
「……約束と違う」
美優は深く考え込みながらそう呟いた。
美優と山本さんの間で、何かが取り交わされていたらしい。
きっとそれは、三日前に二人で話し合ったときに決められたものだ。
「なにかマズかったか?」
仮に何らかの約束が反故にされていたとして、俺が他の女の子と性的な行為に及ばなかったのであれば、それは好ましいことなのではないか。
「さっきさ、由佳からメッセージが来て。お兄ちゃんにとても大きな貸しがありますアピールされたんだけど」
「それは申し訳なかった」
あいつはいちいち好印象を台無しにしてくるな。
「それ自体はいいんだけどさ。お兄ちゃん、奏さんのことフッたんだよね」
「フッたというか。俺は美優が一番だから、もう山本さんとイチャついたりはできないって」
状況がややこしかったから、由佳には告白されたと言ったけど。
実際には、山本さんの口から直接好意を聞いたわけではない。
「もしかしてさ。お兄ちゃん、思いっきり奏さんのこと拒絶した?」
美優にそう尋ねられて、俺の脈は嫌な跳ね方をした。
「俺のことを好きって気持ちは本人のためにもならないから、それなりにはっきりと言ったけど」
山本さんのため、そして、何より俺と美優のために。
で、その結果が、「ああー」という美優の残念そうな顔だった。
なんでですかね。
「奏さんが可哀想じゃないですか」
「えっ!? それは、もちろん、円満に解決とはいかなかったけど……」
あれ以外にどういうやり方があったというんだ。
まさか、由佳に対して言った「山本さんとセックスすることになってもいい」というのはそれ自体が本音で、美優は俺と両想いになってからも、俺が他の女の子とセックスしてもいいと本気で思っていたのか。
「でもそっか。そういうことなんだ。ふーん。そっかそっか」
それから美優は、どうにも事態の全容を把握したようで、急に満足げな顔になって正面から俺に抱きついてきた。
「お兄ちゃんをちょっといい男にし過ぎたみたい」
「そ、そうか? それは……嬉しい……のかな……?」
「そうだね。嬉しい誤算。面倒なことにはなったけど」
どうにも、美優には美優なりの計画があったらしい。
「まあ、似たような仕事が2つに増えただけだから、大した話じゃないよ。今日はお疲れ様だったね、お兄ちゃん」
美優が頭を撫でてくれた。
こんな裸の天使に抱きしめられて、褒められて。
それだけでありとあらゆる負の感情が飛んでいく。
「山本さんには、なんて謝ったらいいかな」
「それはお兄ちゃんに任せるよ。ただ、協力して欲しいことがあって」
「協力? それは構わないけど」
それで山本さんの心を癒せるなら、是非も無いことだ。
「その何やら背後にうごめいていそうな計画については、教えてもらえないんだよな」
「教えると成功率が下がっちゃうから、私に一任して欲しいかな。これもお兄ちゃんと後顧の憂いなくイチャイチャするためなので」
「おおっ。そうなのか」
美優とイチャイチャするためなら何だって協力する。
今までの恩返しだって、まだ美優にできたとは思っていないからな。
「確認なんだけど、美優は俺が他の子とエッチなことをしててもいいの?」
「どちらかと言えば、絶対にノーですね」
「どちらかと言うまでもないな」
さっきの発言と矛盾しているようだけど、つまりその計画とやらのために俺が仕方なく山本さんとセックスをすることになっていて、美優の想定通りならそれで決着が付いていたはずだったってことなんだよな。
「ただね、奏さんはもうお兄ちゃんのことが好きになっちゃってるわけでしょ? お兄ちゃんも好意を引くような態度で接してたんだから、私を選んだとはいえ責任の取り方ってものがあるじゃない?」
「それは、その通りだと思う」
美優のためだと思って突き放してしまったけど、あれは男としては最低の切り捨て方だった。
もう一度きちんと話し合おうとは言ったけど、もしこのまま夏休みが明けてしまったら、教室で山本さんとまともに会話できる気がしない。
「だから、私はやむを得ず、お兄ちゃんの体を奏さんに差し出します」
「マジでそうなるのか」
最悪それで丸く収まるのならまだいいが。
どうして俺が山本さんとセックスすることで事態が収拾するんだ。
「あとたぶん由佳ともしてもらうことになると思う」
「なんで!?」
「そっちに関しては、私の失態なので。単なるお願いになるんだけど。こっちもこっちで関係をさっぱりさせるために必要なの。……いい、かな?」
「美優がそう言うなら、その二人が相手ならまだいいけど」
あいつ、最近調子に乗ってるからな。
でも山本さんとするとになったら気まずさはそっちの方が上だし、どっちもやりづらさがあることに変わりはないか。
「それも含めて、理由は教えてもらえないんだよな」
「うん。知らなくても問題ないようにはするから。特に由佳を相手にするのは、お兄ちゃんの自然体のままじゃないと意味がないの」
「……わかった」
なんでもかんでも手放しに美優を信頼するというわけではない。
だが、この件に関しては、俺はただの協力者でいたほうが良いと判断した。
そもそも、俺が女の子たちと仲良くなれたきっかけは美優にあるわけだし、俺が下手に掻き回すよりはよっぽど良い結果になるはずだ。
「というわけでですね。これからお兄ちゃんにはちょっとした特訓をしてもらいます」
「特訓? それはまた唐突だな」
特訓なんてバトル漫画みたいで、不安な反面わくわくもする。
女の子の心理を学ぶとか、もっと体を鍛えるとか、重要な情報を暗記するとか。
どれも自信のある分野ではないが、美優のためならどんなことでも頑張れそうだ。
「ってことで、お兄ちゃん、ここに座って」
美優が指し示したのは、湯船の縁だった。
俺は言われた通りに立ち上がり、その縁に腰掛ける。
その正面に美優が座って、股を広げてくる美優の裸を前に、俺の下半身も穏やかではない。
これはどう考えても、健全な絵面ではなかった。
「なんだか、フェラが始まりそうな体勢なんだけど」
「ん? フェラが良い? おっぱいでしようかと思ってたんだけど」
「是が非でもおっぱいがいい。ってか、両方で……」
「まあどっちにしても濡らすためには咥えるんだけど」
美優は大きくなりかけの俺の肉棒を、すっぽりとその口に咥え込んだ。
「おあっ……」
今までは完全に勃起したペニスしかフェラしてもらってなかったけど、半勃ち状態で舐められるのはまた格別に気持ちがいい。
ただ、そのせいですぐにギンギンになってしまうのだが。
「はむっ……じゅぷっ……むちゅ……」
美優はいつもより多めに唾液を含ませてフェラを始めた。
それが明らかにパイズリをさせるための前準備になっていて、もうその高揚感だけで達してしまいそうになる。
ヤバい。
我慢しないと。
こんなご褒美を前に射精するなんて、絶対にあってはならない。
「んぐっ……じゅっ……ぷはぁ。お兄ちゃん、もう先走りの味がすごいんだけど」
「ごめん。頑張って耐えてはいるんだけど」
美優は呆れ顔で、俺のペニスを手で扱き、摩擦の具合を確かめる。
最後に口に残った唾液をたらーっと亀頭に垂らして、それから、少しだけ腰を浮かせて身を乗り出した。
「それじゃあするけど。勝手に出さないでね」
「あ、ああ。わかった」
美優はその両手で自らのたわわを持ち上げ、俺の左右から挟み込んできた。
「ん、しょっと」
美優が自分のその体の肉を使って、俺のペニスを扱いてくる。
「ああっ……はぁ……あっ、気持ちいい……やばッ……!」
胸を上下させるごとに、その重量が腰に響いてくる。
美優がその釣り上がりな目で俺を見上げてパイズリをしてくれている。
おっぱいでペニスが扱かれるたびに、美優が垂らした唾液がぬちゃぬちゃとイヤらしい音を立てて、俺の性欲を抑える器官が一気に破壊されていく。
「あっ……アッ……! す、ストップ! まずい……イッ……ぁ……!」
美優はゆさゆさと弛ませていた胸の動きを止めた。
勝手に出すなと忠告されていなかったら、このまま射精していたかもしれない。
「お兄ちゃん。気持ちいい?」
美優は楽しげに、おっぱいに挟まれたままのペニスの亀頭をペロペロと舐めてくる。
「はぁ……気持ちいいよ……すごくいい……」
「へぇー。ひりゅっ……へろっ……んっ。奏さんのより気持ちいい?」
「えっ……!?」
美優の突然の問いかけに、背中にドッと嫌な汗が出る。
「なんで、そんなこと」
「だってお兄ちゃん、奏さんのおっぱいでいっぱいイカせて貰ったんでしょ? 気持ちよかった?」
「ああ……それは……」
そうだった。
この二人はどんなエッチをしたかまで赤裸々に話をしていたんだった。
「どっちもすごくいい具合だけど」
「それじゃダメなんだってば」
美優は不満顔で、またパイズリを再開する。
左右のおっぱいで俺のペニスをすっぽりを覆って、ジュクジュクといやらしい音を立てて扱き上げてくる。
「あっ……ぐっ……!」
本音を言えばもちろん、美優のほうが気持ちいい。
美優のほうが断然エロいし、美優にしてもらっているほうが圧倒的に嬉しい。
「どっちが気持ちいいの」
美優は執拗にその質問を繰り返して、なおもフェラとパイズリを続行した。
下半身に快楽が過剰に供給されて、答える前に射精してしまいそうだった。
「はあ……ああぅっ……ああっ……美優、もう……!!」
射精する。
美優のおっぱいの中に。
種付けするみたいに、大量の精液を吐き出してしまう。
「もし答えないまま出したら、もう二度とおっぱいではしないから」
「えっ……!? そ、そんな……ああアッ……!」
美優は俺を睨みつけて、強くペニスを挟んだままパイズリを激しくしてくる。
パンッ、パンッ、パンッ──!
美優のおっぱいに蹂躙され、なす術なく犯されていく俺の肉棒。
繰り返し水音が弾け、浴室に鳴り響く。
俺の脳は催眠術にかけられたみたいに抵抗を失い、射精を我慢するために筋肉を動かすこともできなくなった。
精液が尿道のすぐ根元にまで達して、それでもなお肉棒全体に絡みつく美優の柔らかい肉に、性感帯が容赦なく攻め立てられていく。
これ以上の快楽が、美優に犯される以上の悦びが、この世にあるわけがない。
「あっぐっ……ああぁっ……あっ、気持ちいい……!! 山本さんより、断然イイッ!! ああぁぁうぅ……ああっ……美優ッ……出るッ……出るッッッ!!」
びゅっ、どびゅっ、ぐぴゅっ、びゅっ、びゅびゅっ──!
美優のおっぱいに、夥しい量の精液を中出しした。
その大きな乳房でも隠しきれないほどの粘液が、後に続く射精の勢いで胸から弾け飛び出してく。
「はぁ……はぁ……」
運動をしていたのは美優のはずなのに、息を上げてるのは俺の方だった。
心臓がまるで血液などないもののように激しく拍動している。
「どうだった?」
美優はおっぱいを左右に開いて、俺が出した精液のネバつきを楽しんでいる。
「すごく良かった、けど。同じくらいの罪悪感が……」
小さい頃に親に隠れてこっそり悪いことをして、叱られることなく自らの過ちに気づいてしまったときのような、全身に力が入らなくなる嫌な罪悪感だった。
美優とのエッチが山本さんのより気持ちいい事なんてわかりきっているはずなのに。
なんでこんなことをさせたのか。
「これからエッチするときは、奏さんと私とどっちの方が気持ちいいかちゃんと答えてから出してね」
「明日からもやるの!?」
「しばらくの間だけね。これも奏さんと仲直りするためだから、頑張ってお兄ちゃん」
「お、おう……」
これでどうやって山本さんと仲直りしろっていうんだ。
まさかとは思うが、いつかすることになる山本さんとのセックスで、前みたいに山本さんと美優のどっちが良いか聞かれたとき用に対策してるんだろうか。
「さ、もうお風呂は出るよ」
だいぶ長いこと入っていたせいで、お湯もだいぶ冷めていた。
追い焚きをすることもできたが、そうするくらいならベッドで温まりたい。
美優と一緒のベッドの、その体温で。
風呂を上がって部屋に戻ると、俺の部屋の布団とシーツはベランダに干されていた。
なぜか枕まで犠牲になっている始末。
まるで俺がおねしょをしたみたいで恥ずかしいのだが、実際にしたのは美優なので俺は無罪である。
着替えて美優の部屋に行き、俺はこの日、初めて美優の布団で寝ることになった。
部屋はエアコンで冷やされていて、その中で俺たちは互いの体温で温め合う。
実に罪深い共寝だ。
「お兄ちゃん」
美優はぐいぐいと体を寄せて抱きついてくる。
俺はもう美優がこうすることを好きなのがわかっていて、だから美優の抱きつきたい気持ちは一切拒まない。
「とても幸せだよ」
美優から改めてそう口にされて、俺は頷きながら抱きしめ返した。
美優を幸せにできているということが、俺にとって何よりの幸せだ。
美優と俺は両想いになった。
まだ課題は山積みだけど、何よりも大切な一歩は踏み出せたと思う。
俺たちは兄妹でもあって、恋人でもあって。
美優はもう、俺が実の兄であることを気にしなくなったのだろうか。
別に性欲ばかりを主張するつもりはないが、それは二人が健全な関係を築き上げていくために、必要な行為なのだと思う。
「美優はさ」
こんなときではあるけど。
こんなときだからこそ、今が聞くタイミングなんだ。
「俺が実の兄ってこと、もう気にしてないのか?」
俺は美優のことを、実の妹だからと気にすることはない。
というか俺は最初から悩んだことなどなかった。
それはそれで問題なのかもしれないけど。
今となっては、そういう壁がなかったのは幸運だったと思う。
「それはどういう質問なのかな」
美優は俺に体を押し付けてきて、楽しげに微笑する。
「だから……その、セックス、とか。美優は、もうしてもいいと、思ってたりする……?」
どんなに人としての好きがあっても、女としての好きの気持ちは隠しきれない。
美優を自分の女だと思うからこそ、その体の全てを手に入れたい。
「私はいつ誘われるのかなって思ってるよ」
美優は楽しげに、しかし気恥ずかしそうにそう答える。
「でもね、お兄ちゃん」
美優が言葉を続ける。
それは、お互いの「好き」だけでは足りない、配慮すべきある一つの事実の確認だった。
「私が今朝話したこと、ちゃんと理解した上で誘ってね」
美優はそれだけ言って、目を閉じた。
美優と話した中で気をつけることって、何があったっけ。
朝食のときは、フェラを避けていた理由を教えてもらった。
それは美優が最初からエッチに抵抗がなかったという話で、セックスをしてもいいという確認もそこでできた。
その次は、俺とベタベタするのが好きって言われて、それから美優に告白されて、最後は今までの美優の態度について聞いたんだよな。
この中で、セックスをするのに気をつけなきゃいけないのは……やはりというか、アレについてか。
美優は俺とエッチをすると、異常なほど性欲が昂ぶってしまう。
もしそんな美優が、俺と本番行為に及ぶことになったらどうなるのか。
もし、俺が何も考えず、欲望の限りに美優とセックスをしまくったら。
真面目に考えてみると、簡単な話ではなかった。
もしそんなことをしたら、美優は性欲のコントロールを失って、毎日俺にセックスをせがむようになるかもしれない。
そんな状態で同じ高校に通うようなことにでもなれば、俺たちは勉強なんてそっちのけで、四六時中セックスしかしなくなるだろう。
「……わかったよ。美優」
美優にだって、したい気持ちはあるはず。
それを兄として、男として、大切にする。
美優を幸せにできるのは、俺しかいないのだから。