オフ会当日。
俺は鈴原とファミレスで合流していた。
注文を終えてセルフサービスの水だけをテーブルに置いた俺の対面には、予想通りにこんがりと日焼けした鈴原が座っている。
「お前はほんと会うたびに『誰?』ってなるな」
「会うたびに友人に忘れられる俺の気持ちも少しは考えろ」
鈴原は内側にこっそり入れた刈り込みを指で弄る。
美優に叱られた影響なのか、服にも髪にもだいぶ金を使っているようだった。
「そんなことよりソトミチよ、お前もだいぶいい感じになってるじゃねえか。やっぱり美優さんの影響か!?」
「う、うん、まあ、そうだろうな」
こいつの『美優さん』呼びはいつまで続くのか。
崇めたくなる気持ちもわからんでもないが。
「こりゃアシストのしがいがあるな……!」
鈴原は暑苦しいテンションで拳を握る。
オフ会は各自で昼飯を食べての現地集合だった。
集合場所だけ指定されて来れる人からバラバラと集まることも、オフ会ではさして珍しくはないらしい。
とはいえ、先に仲良しグループを作られると辛いので、俺と鈴原は早めに現地近くのファミレスで合流することにしたのだ。
他のメンバーも似たようなことをしているかもしれないので、会話は慎重にしなければならない。
「今日で童貞とはおさらばだ。ソトミチもそろそろ女を知った方がいい」
料理の提供が済んで最初に出てきた言葉がそれだった。
こいつには事情の一端を話しておかなくては。
「鈴原は夏に入って女と遊んだのか?」
俺は水を一口飲んでカランと氷を転がした。
「俺は、まあな。収穫はまだだけど、かなり進んでるぜ」
鈴原はメッセージアプリに並ぶ女の子たちの名前を得意げに見せつけてきた。
この短期間でもう五人もの女の子とメッセージのやり取りをしてるのか。
かなり頑張ってるみたいだな。
「目覚ましい進歩だな。本当に良く変わったと思うよ」
美優の叱咤がここまでの効果を発揮するとは。
驚くと同時に、納得もする。
美優はあれだけダメ人間だった俺をここまでまともにしてくれたんだ。
この鈴原はいわば俺の写し鏡のようなもの。
美優はとにかく人の心理を読むのが上手い。
正確には、どこまでなら相手の精神が耐えられるのか、その判断が絶妙なんだ。
そうやって、美優は人の心を丸裸にしてから、その人に本当に必要な飴玉を一つだけ与える。
この“きっかけ作り”が美優の秀でた最たるもので、それが長所だろうが欲望だろうが、美優は相手に自らそれを引き出させてしまう。
由佳も鈴原も山本さんも、そしてなにより俺自身も、この美優の手管には抗えなかった。
「んなことよりソトミチ。今日はお前に女を経験させるのが目的なんだから、少しは気張れよな」
「俺はオフ会で彼女を作ろうなんて考えてないよ」
「お前はまだそんなこと言ってんのか。彼女ってのは無理にでも作ろうと思わなきゃ一生できないものなんだぞ」
「わかってるよ。そうじゃなくて。俺はいま好きな人がいて。本命はその子に決めてるんだ」
俺は嘘がつけない。
だから、部分的に本当のことを話す。
これなら罪悪感はないし、平静を保っていられる。
「はあ? おまっ、なんでそんな大事なこと黙ってたんだよ」
「こんなこと、友達相手の方が余計に言いづらいだろ」
普段から恋バナなんてするような間柄じゃないし、切り出すタイミングがない。
もし恋人が妹じゃなかったとしても、自分から打ち明けることはできなかっただろう。
「それなら無理強いはできないけどよ」
鈴原は素直に引いてくれた。
人の気持ちを理解できるようになったのがこいつの一番の成長だな。
「好きな女がいるなら、その子が目標でいい。でもな、ソトミチ。まだ付き合ってるわけじゃないなら、その過程で他の女と遊ぶことは全く不誠実なことなんかじゃないんだぞ?」
鈴原はテーブルに両肘をつき、一度手を組み合わせてから手のひらを俺に向けた。
「いや、言いたいことはわかる。初めての彼女だし、その初めてを大切にするためにキレイなままでいたい気持ちも痛いほどわかるんだ。俺だってそうだった。でもな、恋愛って、付き合うことがゴールじゃないだろ?」
鈴原の表情はどこまでも真剣で、いったいどんな経験をすればそんな圧のある語り方ができるのか、この変貌ぶりには素直に感心した。
「キレイな初恋のまま付き合えたら100点だ。他の女と遊んだ後なら、80点かもしれない。でも、80点でいいんだよ。恋愛経験は別れるか結婚するかまでのトータルだ。1000点満点なんだよ」
根拠なんてまるでなかったが、鈴原の話には説得力があった。
この感覚、美優と話しているときと同じだ。
自信のある話は聞き手を惹き付ける。
そして、やがてそれは、ただの理論を事実へと変えてしまう。
「その子が本命なら、付き合った後のことを考えてむしろ別の女で経験を積むべきだと思う。もちろん、これは強制するものじゃないし、どうするかはお前に任せるけど。少しだけでもいい、女の気を引いてみろ。世界が変わるぞ」
どうやら鈴原は、そうした経験をして変わってきたようだ。
男として女の気を引いてみる、か。
思えば俺は流れで女の子と付き合えていただけで、男らしさをアピールできたことなんてほとんどなかったんだよな。
美優に対してもまだ足りていない自覚はある。
今日会う子たちに色目を使うつもりなんてないが、頼れる兄としての自分を披露してみるくらいの努力はしてもいいかもしれない。
「さて、もう時間か。メッセージも全員分来てるな。今回は遅刻者がいないみたいだから、八人同時に入室になる。ソトミチの初陣にはかなりキツイな。いいか、よく聞けよ」
席を立つ前に、鈴原からいくつかのレクチャーがあった。
まず、トイレは済ませておくこと。
序盤は一秒でも会話から外れたら、輪の中への復帰が困難になる。
最初に話しやすい人としての立ち位置を確立するのが肝心。
次に、容姿への言及は避けること。
これは冗談と称賛のどちらもNG。
女慣れしている者であっても、初対面の女性を褒めてもまず気持ち悪がられる。
これが大原則だ。
「序盤は間違いなく女子グループと男グループに分かれる。だけど、これをあえて崩す必要はない。それは役目を負ってる幹事に任せるんだ。そうすれば誰も悪感情は抱かないからな」
「鈴原も先輩も幹事だろ? 俺はもう一人の男と話してればいいのか?」
「そうだ。俺と先輩が女子グループを捌くから、その間に田中と仲良くなっておけ」
今日のオフ会は鈴原の先輩である黒い竿さんがメイン幹事で、サブとして鈴原とハルマキさんが副幹事を務めている。
田中こと田中クラウザー二世さんは年齢が一つ上らしいが、仲良く話せるかな。
「それと、ゲーム内でもまだ大っぴらにはしてないから、今回のメンバーには俺とソトミチと先輩は中学の頃からの知り合いとしか説明してない。わかるな?」
「内輪感が強いと周りが話しづらいからだろ。できるだけ鈴原以外と話すようにするから大丈夫だよ」
俺たちの関係性を隠す必要は無いが、オフ会の参加者が萎縮してしまうことのないように配慮はすること。
それだけは守るように忠告されて、俺と鈴原はカラオケ前へと移動した。
そこにはすでに、ガタイの良い男と日傘を差した可愛らしい服を着た女の子のペアがいた。
幹事の黒い竿さんとハルマキさんかな。
「先輩、お久しぶりっす。そちらはハルマキさんですか?」
鈴原が率先して挨拶に動く。
黒い竿さんは鈴原と顔見知りだし、さらに言えばハルマキさんを含めたこの三人は幹事グループだし、俺がしゃしゃり出ていく空気でもないな。
鈴原に紹介してもらえるまで大人しくしていよう。
「どうも、ハルマキです。リアルでのアダ名のままなので、ハルマキって呼んでください」
ハルマキさんがお辞儀をすると、編み込まれた髪の残りを二つ結びにしたおさげがスルッと肩から落ちた。
服装は美優のロリコスをややカジュアル寄りにしたもので、ひとことで表現するなら可愛いオタサーの姫だった。
「そうなんですか! そしたらソトミチと同じですよ、こいつもアダ名がハンネで」
鈴原が率先して紹介してくれたので、俺もハルマキさんと同じように会釈して軽い挨拶をした。
そういえばハルマキさんは大学生なんだよな。
見た目はむしろ年下っぽいけど、きちんと敬わないと。
「はじめまして。ソトミチです」
「はい、はじめまして。二人とも、チャットで話してるような感じで大丈夫だよ。オフ会なんだし気楽にいこ」
ハルマキさんは緊張を解すためなのか、俺の腕をツンツンと小突いてきた。
女性経験が無い頃の俺だったらこれで落ちてたな。
「冴えないドーテーくんだって鈴原くんから聞いてたけど、全然そんな風に見えないね?」
ハルマキさんはサラッと過激な発言をぶっこみながら、下から煽るようにクリッとした目で俺の顔を覗き込んできた。
この角度も美優で慣らされていなかったらドキッとしてしまっていただろうな。
大人しそうな雰囲気だがかなりのやり手だ。
もしかしたら本物のオタサークラッシャーなのかもしれない。
「そいつ、前まではかなり芋臭かったんですよ。俺も今日会ったときはビックリしちゃって。でも、ドーテーらしいっす!」
鈴原が慌ててフォローをしてくるが、むしろ余計な印象が強くなってしまった。
この状態で非童貞を主張するのは面倒なのでやめておこう。
「まあ、そんなに冴えた方じゃないのは事実ですよ」
自分を卑下しすぎるのは美優に悪い。
だが、男としてパッとしないのは事実だ。
改善はしていきたいが、不要な好意を持たれたくない気持ちがまだせめぎ合っている。
「黒い竿さんも、お初です」
隣のガタイのいい男にも挨拶をする。
鈴原が言うにはこの人も元オタクらしいけど、そんな空気は微塵も感じさせない。
これまで柔道一筋に生きてきましたと言われても納得してしまえる風貌だ。
「黒澤でいいよ。俺はどうせ連絡先交換するときにバレるからな。本名で呼んでくれ」
黒澤さんは二十歳には見えないほどの貫禄のある濃い顔で笑う。
ヤンキーっぽい男らしさを煮詰めたような人だ。
それから残りの四人が来て、軽く自己紹介をしてからカラオケに入った。
パーティールームを貸し切りにして、まずは男女に分かれて座る。
特段指示があったわけではない。
自然とこの合コン形式に落ち着いたのだ。
今回のメイン幹事は黒澤さん。
なのだが、仕切り役は鈴原の担当だった。
全員が荷物を置き終えたのを確認してから、鈴原は一人立ち上がる。
「よーし! じゃあ全員でアプリを開くぞ! とりあえずスタミナ消費し切るまでは普通にゲームで! 飲み物は言ってくれば取りに行くから駄弁りながらダラダラしてくれ!」
広い部屋だから寝ててもいいけど、と鈴原が言葉を添えると、数人が笑って場が和む。
こいつ、恐ろしいほどのコミュ力を身につけたな。
俺には真似できそうにないし、とりあえず田中さんと仲良くしとくか。
「田中さんは田中さんでいいんですか?」
「いいよ。本名だし」
この人もか。
最近は個人情報とか隠さないのかな。
知ったところで何するつもりもないけど。
「あと敬語もいいから。その調子だとあの歳下二人にも敬語使うつもりでしょ。癖になるからやめときなよ。慣れだから、慣れ」
「そ、そう……か? なら、そうするよ」
オフ会慣れしてる人ってみんなこんな雰囲気なのかな。
ももちゃんなんて乗っけからタメ口バリバリどころか、死ぬほど馴れ馴れしかったし。
でも、ももちゃんはチャットのときから「そういう人だ」っていうイメージが定着してるから、嫌悪感はなかった。
リアルでも自分のキャラの印象付けってかなり重要なんだな。
「オフ会に参加するのは今回が初めてなんだけど。どこまで聞いていいものなのかな。個人的なこととか」
「別に高校とか教えてもいいよ? でも、知って話題に繋がるものじゃないと意味ないからな。やっぱり、ゲームの話とか他の趣味について話すもんなんじゃない?」
曰く、なんだかんだで女子たちの食いつきがいいのは、恋バナだったり異性のタイプについてだったりするそうだ。
オフ会って非モテの集まりなイメージがあったけど、最近はそうでもないらしい。
スマホアプリの普及のおかげでオタク以外の人にもリーチすることはできるようになったため、後はどの人を選んで誘うかで会の非モテ度はコントロールできるようだ。
つまるところ、非モテが開催するオフ会は非モテの会になり、陽キャラが開催するオフ会はイケイケの会になる。
今回は黒澤さんとハルマキさんの影響が大きいのだろう。
田中さんも含めてまず見た目は全員まともだ。
そして、ももちゃんには彼氏がいるし、ハルマキさんはむしろモテそうな側だし、夜空ちゃんと彼方ちゃんは最年少ということで控えめにしているが、女子高一年生らしい活きた感じは漂っている。
むしろ恋バナが始まったら最も立場に困るのは俺なくらいだ。
セフレに近かった関係と実妹との関係。
さすがにおおっぴらにすることはできない。
そういえば田中さんもあのゲス会話を聞いてたんだよな。
黒澤さんはハルマキさんをラブホに連れ込むって言ってたけど、どうするつもりなんだろう。
「やっぱりみんなハルマキさん推し?」
田中さんは向かい側の女の子に聞こえないように尋ねてくる。
たしかに、見た目の良さで言えばハルマキさんがぶっち切りだ。
物腰柔らかで、かつ明るく話せる人で、黒澤さんも鈴原もさっそく隣に座ってデレデレしている。
その横からハイテンションでももちゃんがちょっかいをかけているが、黒澤さんはずっとハルマキさんに夢中だし、空気が悪くならないように鈴原がとりなしているぐらいでしかない。
ちなみに、残りの彼方さんと夜空さんは二人で慎ましやかにゲーム中だ。
「俺は付き合おうとかホテルに連れ込もうとかは考えてないから、みんなと少しずつ話せればいいよ。見た目の好みならまあハルマキさんを推すけど」
それこそ美優と山本さんを足して二で割ったような人だからな。
ハルマキさんの可愛さを10とするなら美優と山本さんの可愛さは100くらいあるんだけど。
「そうなんだ? なら僕は彼方ちゃんと仲良くなりたいから、協力してくれるかな?」
「協力? 別にいいけど」
この人にも目標があるのか。
せっかくの出会いなんだし、普通はこの機会を活かしたいよな。
なんだかこう余裕にしていると、自分が嫌味な人間みたいに思えてしまう。
もっと謙虚にならないと。
美優という絶対的な天使が恋人だからって慢心はダメだ。
にしても、田中さんって来年大学生なんだよな。
高校一年生の彼方ちゃんと付き合っても不都合の方が多い気がするけど。
なんて不埒な思考を巡らせていると、田中さんが早くも彼方ちゃんと夜空ちゃんにチャットを飛ばした。
女の子が二人組で話し込んでいるところに割って入るのはかなり困難だが、ゲームで繋がっていれば話は別だ。
これは上手い機転の利かせ方だな。
「どうも、お二人とも。向こうは向こうで盛り上がってるから、こっちで改めて自己紹介でもしてようか。店に入る前は名前しか言わなかったしね」
二人ずつL字に席に座って、俺たちはゲーム画面を見せ合いながらお喋りをした。
夜空ちゃんはPCゲームがメインなのでアプリの進みは遅いが、マルチで一緒にゲームができるだけでもかなり気楽になる。
おかげで手持ち無沙汰にならないから会話が途切れても気まずくない。
俺はできるだけ夜空ちゃん側と話すようにして、それとなく彼方ちゃんとの会話の優先権を田中さんに渡すようにした。
途中で四人の間で席替えをして、俺は何の気なしに夜空ちゃんの隣に座って、それぐらいしかアシストはできなかったが、初対面の女の子と緊張せずに話せるようになった自分には、少し自信がついた。
そうやってしばらく話していると、室内に軽快なイントロが流れ始めた。
「はーい! せっかくのカラオケだし、みんな歌っちゃいなよー!」
ノリノリのハルマキさんがマイクを持って立ち上がる。
カラオケなんて始まったらこちらも会話を中断せざるを得ないわけだが、どうやらそれが狙いのようでもあった。
数曲をみんなで回して、知ってるアニメやゲームなどの知識を共有しつつ、ドリンクを取りにいくついでに席替えが行われる。
黒澤さんたちはもっとハルマキさんと話していたかったようだが、コーラを飲みながらぼーっとしている俺の隣に座ってきたのがそのハルマキさんだったわけである。
「ソトミチくんって本当に、どうてい?」
開口一番がそれだった。
「そんなに気になります?」
「んーん。別に。今ではイケメンの童貞も珍しくはないし。ただのコミュニケーションとしての質問」
ここまで大っぴらにシモネタを言える女の子は珍しいな。
男としては話しやすくて助かる。
「まあ、その。言いにくいんですけど」
どうしても隠していたいような事情ではない。
鈴原に伝わってしまったときはそれまでだ。
「そういうことにしておいてください」
「あーやっぱり。なんか違うなって思った。……実は、もう何人か経験しちゃってるんじゃないの?」
ハルマキさんは顎に指を当てて、横目を細めながら俺を睨んできた。
俺の周りに勘の鋭い女が多すぎる。
「ほどほどです」
「まあ、なんてヤツだ。とんでもない狼が紛れ込んでたものだね」
ハルマキさんは声色を変えてわざとらしく怒る。
なるほどこうやって絆されていくわけか。
なんというか、普通にいい人なんだなって思う。
話していて楽しい。
毛束の量を揃えて編み込んだ髪や、小柄な体格と可愛い服が好きなところは美優っぽく、仕草や口調はどこか山本さん的。
俺にはそうした部分に慣れを感じるから、余計に話しやすいんだろうな。
「でも、これ秘密なんだよね。二人で内緒にしとこっか」
ハルマキさんは口に指でばってんを作って、こっそりと俺にウインクをする。
この手練感、さすがとしか言いようがない。
「ありがとう。助かるよ」
ちょっと仲良くなった気がして、そこからは敬語は取っ払ってお喋りをした。
それから、またカラオケが始まったり、夜空ちゃんが持ってきたノートパソコンでお絵かき大会をやったりと、諍いもなく仲を深めていった。
途中で数人が外に出てしばらく戻らなかったりもしたが、トイレが一人用しかないこともあって、タイミング悪く時間がかかっていたんだろう程度にしか思っていなかった。
俺たちが貸し切りにしているようなパーティールームは各階に一つずつあり、今回は三階の部屋を利用している。
ドリンクバーは一階と三階に設置されていて、取りに行くのにさほど時間はかからない。
男子トイレが偶数階にしかないのが面倒だ。
なんとなく部屋は下から埋められる気がするので俺は上の階のトイレを利用している。
「夕飯までに腹減らしておくぞお前ら!」
黒澤さんの号令で再びカラオケ大会が始まり、しばらく収まりそうもなかったので俺はドリンクを取りに室外に出ることにした。
部屋には冷房を効かせているが、女の子に配慮して高めの設定にしてあるので歌で盛り上がると蒸し暑くなるのだ。
ガタイのいい黒澤さんに隣を長時間確保されているハルマキさんは、服が厚めなこともあって特にツラいだろうな。
俺は田中さんと高1ペアと話すことが多かったため、黒澤さん側がどんな進展をしているのかは把握していない。
ただ、ももちゃんも鈴原も、黒澤さんの勢いには逆らえないようで、上手く黒澤さんを扱えてはいなさそうだというのが正直な印象だ。
幹事組と誘われた組でグループはほとんど固定化されてしまっている。
俺が女の子目当てではないからこそできる、あえての「俺もハルマキさんと話したい」アピールをして、何度か席を混ぜようと試みはしたものの。
やはりというか、黒澤さんとももちゃんがハルマキさん周辺にガッツリ絡んでくるので、十分もしないうちに元のグループに落ち着いてしまった。
「はあ……暑い……」
俺はドリンクバーに立って喉を潤していた。
廊下の方が湿度が低いので快適だ。
汗もかいてしまったし、ワックスを付けた髪もへたってきた。
彼女作りが目的ではないとはいえ見た目は整えておきたい。
「あ、ソトミチくん。やっぱりここにいた」
ぼんやり立ち尽くしているところにやってきたのがハルマキさん。
俺とは違ってガッチリ固めたヘアアレンジもおさげの色艶も変わらずキレイのままだ。
女の子ってほとんど汗をかかない印象だけど、どういう構造になっているんだろうか。
化粧で抑え込めるものなのかな。
「部屋が暑くてな」
「あははー。私もー」
ハルマキさんはコップにドリンクを注ぎ直して、両手で丁寧に持つと上目を煽ぎながら小動物のように口を付けた。
このわざとらしい感じ、悔しいことに好きなんだよな。
オタクの性さがというやつだろうか。
「黒澤くんもさ、悪い人じゃないんだけね。あんまりこういうこと言うのは好きじゃないんだけど、もうちょっと距離を空けてほしいかなーって思っちゃうよね」
困り顔で俺の横に立つハルマキさん。
少し動けば肩が触れ合いそうな距離である。
この人もこの人でかなりパーソナルスペースに踏み込むタイプみたいだからな。
相性の良さが裏目に出た感じだろうか。
「俺もそれとなくメンバーを混ぜようとはしてるけど。慣れないことだし上手くいかないな」
「そうだよね! ソトミチくんすごく気を遣ってくれてるのほんとに嬉しい! オフ会は初めてなんでしょー? そうやって動いてくれるだけでも助かるよー」
ハルマキさんは腕をグイグイと押し付けてきて、否応なく褒めちぎってくる。
ただ、それは山本さんの褒めとは方向性が違っていて、ハルマキさんのは褒められると異性として意識してしまうようなくすぐったさがあった。
「田中さんは彼方ちゃんと話したがってるし、無理に混ぜないほうがいいのかもしれないけどな」
「あの二人、いい感じだよね。ソトミチくんの方はどう? ヤれそう?」
ド直球の質問に俺は思わず吹き出しそうになる。
「ハルマキさんってそういうとこ遠慮なくぶっこんでくるよね」
「オフ会には何回か参加してるからね。現実を知ってるだけ。男女混合のオフ会で下心のない人なんて既婚者ぐらいだよ」
浮気目的の人もいないわけじゃないけど、茶化すように言葉を添えるハルマキさん。
俺もどちらかといえばその既婚者側の立場にいるわけだが、浮気をしようだなんて露ほども思わない。
他人の恋愛事情を聞くのが苦ではなくなったから観察してるのは楽しいけど。
「俺はするつもりはないから」
「ふーん。そうなんだ」
ハルマキさんは俺の返答を聞いて、しばらく俺を見つめたまま固まった。
なんだろう、この間は。
「ハルマキさんのキャラってイベントごとに最強装備になってるよね。マジョマル以外も。羽振りのいいバイトでもしてるの?」
俺が別の話題を切り出すと、ハルマキさんはなぜか瞠目して、慌ててそれを隠すように体裁を取り繕った。
「高校時代からバイトの鬼だったからね。青春のすべてをオタク活動とバイトに捧げちゃったくらいで」
「捧げてないものもあるけどねー」なんて、ハルマキさんはまた下ネタを暗喩するようなことを言う。
まあそれだけの額をつぎ込むには男なんかにかまけていられなかっただろうからな。
可愛いし、捧げる相手なんて簡単に見つかりそうだけど。
「次のイベントのキャラは絵がいいよね。先行ストーリーも評価が高かったし」
「そう! そうなの! もう好みドンピシャな感じで! いつもは澄まし顔の一匹狼なのに、ママ属性のキャラにいいようにされてるときはなんだかんだで無抵抗になるあの隠れ甘え萌えなところがもうトキメキ過ぎて心臓が溶け始めてるんだけど!!」
「お、おう。そうだな」
「だから絶対にパーフェクト状態にしたいんだよね……5枚重ねるのは当然として、専用装備も覚醒させたいんだけどもうアイテム枯渇しちゃってるからその分を補充するために素材ガチャとスタミナ回復の課金石も確保しなきゃだし……!!」
こののめり込みようはもはや病気だな。
俺の周りでは珍しいことでもないけど、廃人の価値観に追いつくのは難しそうだ。
「でもねーもうさすがに資金が底をついちゃってさー。私、大学も奨学金で通ってるし、将来のことを考えると高校時代に貯めたお金はもう1円も使えなくて……」
それは課金をやめればいいだけなのでは、と言いたくなる気持ちを堪えて聞き役に徹する。
廃人から課金を取り上げるのは断食を強制するのと同義なのだ。
いつか死んでしまう。
「だからさ、私、いっそのこと風俗とかで働いちゃおうかなって思うんだー」
ここにきてまさかのカミングアウトだった。
恵まれた体を活かしてお金を稼ぐのは結構なことだが、諸手を振って応援することはできない。
美優のパトロンは同級生の女の子一人だから──それもどうかとは思うけど──病気や事件の危険性が低いのでまだ了承できた。
それに、美優が遥としてるのは、ロリータ服を着ての撮影会がメインだから、美優自身もそれを楽しんでいるし、表面上は健全な関係だ。
でも知らない男の裸を相手に稼ぐのは並大抵の覚悟ではできないし、辛いことも多いだろう。
「そんなに金回りがいいの?」
「知り合いに月収40万も稼いでる子がいるよ。それを聞いたら、毎日肉体労働して10万ちょっとしか貰えない仕事とか、馬鹿らしくなっちゃって」
差し出しているものがものだけに、相応の対価にはなるんだな。
お客と風俗嬢と、失うものが等価なのかはわからないが。
「俺はハルマキさんとそこまで長い付き合いじゃないからどうこう言えないけど。無理はしないようにな」
俺がそう答えると、ハルマキさんはまた驚いたような顔をして、一瞬だけ声を詰まらせた。
「と、止めないの?」
「うん? ああ……わ、悪い」
そういう主旨の話だったか。
引き止めてほしい女の子の心情とか、俺にはまだわからないんだよな。
人がどう稼ごうが自由だし、身内ならまだしも俺が口出しをするようなことじゃないとは思ったんだが。
「ごめんな、色々と疎くて。童貞じゃないって話はしたけど、女性経験が少ないのは事実なんだよ」
経験人数は少なくない。
だが、女の子とまともに触れ合ったのは三ヶ月前が初めてだ。
俺が自分の不甲斐なさについて謝罪していると、ハルマキさんは急に笑いだした。
「優しいんだね、ソトミチくんは」
「えっ、そうか?」
「だって他の人なら、そんなの良くない! って怒ることしかしないもん。きちんと私のことを考えて話をしてくれたのは、ソトミチくんが初めてだよ」
そういうものなのか。
俺の場合は優しいというより無関心だっただけなんだが。
女の子には執着しない方が印象が良いのかな。
山本さんと話をするようになったときの俺も、美優のことで頭が一杯で、自分の好みで山本さんを評価しようとは考えなかった。
結果的には、そのおかげで山本さんから話しかけてくれるようになったわけだし。
「あ、そうだ。連絡先を交換しておこうよ」
「連絡先? 別に構わないけど、後で鈴原とかが全員分を交換するだろ?」
「そうなんだけどさ。一度にごちゃっと交換すると、誰が誰だかわからなくなっちゃうし。それに、こうしてこっそり交換してたほうが、特別感があっていいでしょ?」
俺が非童貞である秘密を知っているという、ただそんな秘密を共有しているだけで、いつの間にかハルマキさんとの距離が縮まっていたようだ。
俺は何をしたわけでもないんだけど、どうしてこうも女の子が寄り付いてくれるんだろう。
「えへへー。ソトミチくんの連絡先ゲットー」
小躍りしながら俺のメッセージIDを登録するハルマキさん。
こういう明るい人が増えれば世の中平和になるんだけどな。
と、思っていたところに。
まさかの、もう何度目かになる、ため息をつきたくなるような巡り合わせがあった。
「何やってんのあんた」
聞き飽きた気怠げな声に、見飽きたツインテール。
「お前……どこにでもいるな……」
由佳様のご登場である。
これはもう普段から盗聴されてる可能性すら考えたほうがいいな。
「なんでもかんでも私のせいにするのやめてもらえる? ここを選んだのは美優なんだから私のせいじゃないわよ」
というまさかの一言が返ってきた。
これは意図的なのか偶然なのか。
後で美優に確認しといたほうがいいな。
「えーっと……ソトミチくんのお知り合い?」
突然の闖入者に控えていたハルマキさんが、俺と由佳を交互に見やって尋ねてくる。
「妹の友達なんだ。よく家に遊びに来るんだよ」
「親友よ親友! で、この女は誰? 山本とかいうのがこれなの?」
由佳は不自然なくらいの敵意をハルマキさんに向けて睨みつけた。
山本さんは俺の浮気相手になったかもしれない人だし、由佳としては要注意人物なんだろう。
「山本さんはまた別の人で……この人は、ハルマキさん。本名じゃないけどな。今はオフ会をやってて、今日知り合った人なんだ」
互いの紹介が終わったが、挨拶をしようとはしない。
ハルマキさんも由佳に対してはあまり良い印象を抱いていないようだった。
由佳がこの態度だし、仕方ないけど。
「ほーん。それでこんなところでイチャついて、あんたはデレデレしてたんだ。まだセフレを増やしたいわけ?」
「違うから。あと頼むからここでその手の話はやめてくれ」
ただでさえハルマキさんには経験人数の多さを疑われているのに、余計に話がややこしくなる。
「由佳ちゃんって言ったっけ? 何か気に触ったのなら謝るけど。私はソトミチくんと仲良くしたかっただけで、悪いことするつもりはないよ?」
「ふん。どうだか。この男がどんくさいからって、色気で金を騙し取ろうとしてるんじゃないの」
「っぐ……ちょ、ちょっと? 初対面で歳上の私に失礼すぎない?」
これにはハルマキさんも怒りモード。
普段から攻撃的なやつではあるが、ここまで礼儀のなってないやつじゃないと思ってたんだが。
「さすがに言い過ぎだぞ。他の女の子と仲良くしてるのがマズいなら俺に怒るべきだろ。ハルマキさんは俺に相談をしてくれてただけだ」
「あっそ。ならいいけど。何があってもその女だけは絶対にやめときなさいよ。たとえ美優が許しても私は許さないから」
由佳は最後にハルマキさんを睨みつけて、ドリンクも注がずに踵を返した。
「ふん。こんなのと話したせいでせっかくのツキが落ちそうだわ」
意味深な捨て台詞を吐いて去っていく由佳。
ハルマキさんと二人で取り残されて、非常に気まずい空気になる。
「ご、ごめんな! あいつ、そんなに悪いやつじゃないんだけど。どうにも今日は虫の居所が悪かったみたいで……」
「ううん。いいの。あの子、ソトミチくんのこと好きなんでしょ?」
「えっ」
「気持ちはわかるから、私も怒ってるわけじゃないんだ。でも」
ハルマキさんは周囲にオフ会メンバーがいないことを確認してから、俺の腕に抱きついてきた。
「何も思わないわけにはいかないな。嫉妬されるなら、それはそれでもっとソトミチくんと仲良くなりたいかも」
また面倒なことに巻き込まれた。
なんだって俺の周りには対抗意識が強い女の子が多いんだ。
「そろそろ戻らないと怪しまれるから、私は行くけど」
ハルマキさんはスキップで俺から離れて振り返った。
「もし良かったら、今夜はお相手してね」
否定のしようがないくらいストレートなお誘いだった。
どうしてこうなるのか。
それからまたしばらくは部屋でゲームをやりながら談笑が続いたが、露骨にハルマキさんが俺に視線を向けてくるようになって気が気じゃなかった。
これはもう恋人がいることを素直に告げるしかないなと、ひとまずは気持ちに整理をつけるためにトイレへ行くことにしたのだが。
「お、ソトミチ。どうだよ、夜空ちゃんとは順調か?」
四階のトイレで入れ違いに遭遇したのが鈴原だった。
やたらと上機嫌だが、ハルマキさんとお喋りができるのがそんなに楽しいのだろうか。
「なんで俺が?」
「だって、ももちゃんは彼氏がいるし、彼方ちゃんは田中さんが狙ってるんだろ? お前も夜空ちゃんとずいぶん話し込んでるし、かなりいいとこまで行ってるんじゃないか?」
「仲良くなるって目的なら達成してるよ。ファミレスでも言ったけど、その先は考えてないから」
「そっかぁ。まだ脱童貞までは踏み切れないか。正直なところ、無理にでも体験させたいくらいなんだが、俺は手を出さないって言っちまったからな」
鈴原はいつにも増して余裕そうだった。
もし俺が本気で夜空ちゃんを狙っていたら、参加者のうち女子三人がすでにマークされていることになるんだが。
「お前、もしかしてももちゃんとするのか?」
「あ? んなわけねーだろ。いくら向こうがその気でも彼氏持ちとはヤらないって」
否定はされたが、この質問は鈴原の自己顕示欲を刺激するのには十分だったようだ。
「ソトミチだから言うけどな。……実は、ハルマキちゃんとかなりいい感じなんだ」
鈴原は鼻の穴を広げながら得意げに語る。
これはまた雲行きが怪しくなってきたな。
「黒澤さんには絶対に言うなよ!? あの人はガチにハルマキちゃんを狙ってるからな。でも、ガッツキ過ぎてむしろマイナス印象みたいで、それで俺にお鉢が回ってきてるっていうか。部屋の外で何度か相談されてるうちに、お互いの相性の良さに気づいちゃった感じでさ」
セクハラの酷い黒澤さんから離れたいと、ハルマキさんにお願いされたのがきっかけだったらしい。
それから、俺たちの目のつかないところで二人で話し込んで、連絡先も交換して、カラオケ部屋でもこっそりとメッセージのやり取りをしていたようだ。
「ハルマキちゃん、お金のことでだいぶ困ってるみたいでな。それで、風俗なんかで働き出すとか言うから、そんなことするぐらいなら俺がいくらか出すって言ったら、それもいいかもねって話になって。めっちゃ感謝されちまってさ。二人きりでお喋りするときなんかも、かなり盛り上がるんだよ!」
それはハルマキさんが俺にしてきたのとほとんど同じような話だった。
だが、対応は違った。
俺はただの相談役に徹して、その結果として好意を抱かれた。
鈴原はパトロンの代役を買って出て、その結果に親しい関係を手に入れた。
共通しているのは、どちらも連絡先を交換したことと、夜の関係をほのめかされたこと。
目的は金か。
あるいは別にあるのか。
「端的に忠告しておくぞ。俺も同じことを言われて連絡先を交換した。だから、特別な関係だと思うのは早計だ」
「は!? お前が、なんで!? 彼女とか作らないって言っただろ?」
「だから、その目的で話してない俺にも、ハルマキさんは同じ相談をしてきたんだよ。時系列がわからないから、確実にハルマキさんが悪いとは断定できないけど。変な誘いにだけは乗るなよ」
「そうか……なんでハルマキちゃん……そんなこと……」
鈴原はどうにか状況を飲み込んでくれたようだった。
陰口を叩いているようで申し訳ないけど、友達として伝えないわけにはいかないからな。
「あ、そっか! そういうことか……! わかった、ソトミチ。忠告感謝するよ」
「おうよ」
鈴原はどうやら何かに気づいたらしい。
俺とは違って幹事内だけで共有されてる情報もあるだろうからな。
俺はどっちにしてもハルマキさんと寝るつもりとかはないし、適度に距離を取って仲良くしていればそれでいいだろう。
「あ……あ、あんた。また居たわね」
鈴原と別れてからすぐ、やってきたのは由佳だった。
四階には女子トイレもドリンクバーもないし、美優たちの部屋はどうやらここにあるようだな。
「どうした? 腹なんか押さえて。痛いのか?」
由佳は二人分のコップを両手に持ちながら、うずくまるようにして歩いていた。
体を支えてやろうと近くに寄ると、聞こえてくる、微弱なモーター音。
こいつまたローターを仕込まれてるな。
「お前なぁ……」
「仕方ないでしょうが……! あ、あと少しで美優のやつをひん剥けるとこだったのよ……最後の最後で……しくじらなきゃ……!」
さっきはツキがどうこう言ってたし、賭け事でもして遊んでいるんだろう。
この由佳の状態を見る限りでは健全な遊びには思えないが。
「そ、それより、いいところで会ったわ。悪いけどコーラとアイスティーを注いできて。左右を間違えるんじゃないわよ」
「それが人にものを頼む態度か?」
「い、い、か、ら! やりなさいよ……こっちは……はうっ……! ドリンクを持ってくまで部屋に入れてもらえないんだから……!」
「はあ……はいはい。わかったよ」
俺は由佳にコップを押し付けられて、渋々と階段を降りていく。
ヤリサーの罰ゲームでもここまではやるまい。
女子中学生ならもっと微笑ましい遊びをしてもらいたいものだが。
「右がコーラで左がアイスティーだったか」
ポチポチとボタンを押して、七分目ほど注いでからコップを下ろす。
「ソトミチくんったら、まだ外にいた。みんな心配してたよ? 腹でも壊したのかって」
そこにやってきたハルマキさん。
俺なんかよりハルマキさんのほうがずっと部屋にいない時間が長いんだが。
「人が多いところが得意じゃないんだよ。そういう苦手を克服するために鈴原が強引に誘ってくれたんだけど」
俺は人見知りもしなくなったし、女の子と話せるようにもなった。
だが、だからといって疲れないわけではない。
世の中には人と会うことでエネルギーを溜められるタイプと、人と話すためのエネルギーを一人のときに溜めるタイプとがいるらしいが、俺は間違いなく後者だ。
「ふーん。なら、私と同じだ」
ハルマキさんは、一歩一歩を踏みしめながら近づいてきて、また肌が触れ合うぐらい近くに並んだ。
例の話を聞いてから、ハルマキさんが妙に色っぽく感じる。
これはもうわざと作っているとしか思えない。
山本さんの誘いを断った俺にはさしたる苦難ではないが。
「私も大勢といるのが苦手なんだ。だから、二人きりの空間のが、好き。こうして話してるときはね、みんなと居るときよりはだいぶ心が開けてるんだよ?」
誘惑する気まんまんの声音だが、褒められること自体は悪い気分じゃなかった。
かなり男の扱いに慣れている。
ゲームとバイトで青春を消化したなんて言っていたけど、下手したら今まで会った誰よりも経験豊富な可能性すらある。
「ありがとう。なら、俺ももう少し心を開いて話してもいいかな」
「うん! なになに? どんなお話を聞かせてもらえるのかな?」
ハルマキさんはお姫様然とした首の傾げ方で待ちの姿勢になる。
罪悪感で胸が苦しいが、ここは毅然とした態度を取らなければならない。
「本当は恋人がいるんだ。だから、仲良くはしたいけど、スキンシップとかはできない。後にも先にもその人しかいないって本気で思ってるから、こういうところでも誠実でいたくて」
もうこの情報がオフ会のメンバーに伝わってしまってもいい。
鈴原に知られても、今のあいつなら悪口を触れて回ることはないはずだ。
俺が真実を告げると、ハルマキさんはわざとらしくしょんぼりして、スッと真顔に戻った。
「もしかして、さっきの由佳ちゃん?」
「違う。断じて違う」
「えー……そっか」
ハルマキさんは何を思ったのか、今日は一度も見せなかった不満顔をして、それから、ためらいがちにそれを口にした。
「じゃあ今夜セックスしよって言っても断る?」
「あのなぁ……」
中学生組ならまだわかる。
美優の影響かなにかで、そういう文化が出来上がってしまっているから、ついそういう言葉が出てしまうのも納得はできる。
でも、ハルマキさんは何がどうして俺とセックスがしたいんだ。
山本さんには由々しき悩みがあって、それがたまたま俺の体質とベストマッチだったから、偶然の偶然で関係を持てたわけだけど。
今日会ったばかりの人間に体を許すことなんて、ましてやハルマキさんのような可愛い女の子がホイホイ男とヤリまくるなんて、そんなことはあってはならない。
可愛い女の子はもっと価値のある存在でなければならないんだ。
俺は金持ちでもイケメンでもない。
スポーツも勉強も特別できるわけでもない。
そんな俺とセックスする理由がどこにある。
そして、なにより、肝心なのは。
俺は世界で一番好きな恋人である美優と、そのセックスに至れていないんだ。
その前にこれ以上セックスの経験人数を増やしてたまるか。
もちろん後にも増えることはないけど。
「ならはっきりと言おう。俺はセックスさせてもらっても1円も出さないし、なんならホテル代だって払わない」
「だよね」
「もちろんだとも」
次第にガチトーンに近づいていくハルマキさん。
「それでもいいって言ったら?」
「理由を聞こうか」
「私も不思議なんだけど単純な興味で誘ってる」
「ますます意味がわからん……」
お互いにぶっちゃけモードになって、おそらくはハルマキさんの言っていることも本心なんだろうが、だとしたら本当に理由がわからない。
金や能力とは関係なく、俺に男としての魅力があるのか?
いくら美優や山本さんに褒められるようになって成長してきたとはいえ、そこまでの男になった覚えはない。
俺が関わる女の子が奔放に性欲をぶつけてくるなんてな。
美優が告白されまくってきた人生もこんな感覚だったんだろうか。
まるで俺の存在が美優に近づいているみたいだ。
最近は頭も良く働くし、俺と美優の遺伝子が似ているっていうのは、もしかしたらこういうことなのかもしれない。
「ちょっ……ちょーっと!! あ、あんた!! 何してんのよ……!!」
階段から俺に向かって大声が飛んできた。
しまった。
由佳のことを完全に忘れていた。
「またあの子だ」
「わ、悪い、ハルマキさん! 先に戻ってて! 用が済んだら俺も戻るから!」
「へっ? あ、ソトミチ……くん……?」
俺はハルマキさんとの会話を中断して階段を登った。
踊り場まで降りていた由佳は、内股にさせた足をガクガクさせてかろうじて立っていた。
「はぁ……うっ……あ、あんたが、ちんたらしてるから……あぁうぅ……! 振動、最大にされひゃったじゃ、ないの……うううぐっ……!」
「ごめんって。ドアの前まで付き合うから、どうにか歩いてくれ」
「むりぃ……むり……! もう、階段を上がるのとかむりぃ……ああぁ……あぅ……はぁ……はぁ……」
こんな公の場で喘がれて、人に見つかりでもしたら俺の立場がヤバい。
「じゃあ、もうその入ってるの抜くぞ」
「ダメダメ!! 絶対にそれだけはダメ!! そんなことしたら……あっ……ぐぅ……もっとひどい目にあわされるわ……!」
くそう。
なんて不健全な女子中学生たちだ。
こんな罰ゲームが罷り通っている学校なんてエロゲの世界でもそう見ないぞ。
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。人が来たらどうするんだ」
「元はといえば……あんたが女とのお喋りに油を売ってたのが悪いんでしょうが……!」
それを言われてしまうと否定ができない。
たしかに悪かったとは思っているが。
「うぐっ……わ、わかったわよ……歩けばいいんでしょ……! はぁぅぅ……き、気合よ……きあいぃ……こんなことで負けてられないんだからぁ……!」
どうにも力の入れどころがおかしい気がするこの痴女は、消防士が訓練するより必死に手すりにしがみつき、どうにか階段をよじ登った。
そこからも気合で歩き続けた由佳だったが、男子トイレの前まで差し掛かったところで膝をついてしまった。
「ぅぅ……あぁぁはぁ……や……ばい……どうしよ……」
「ど、どうしたんだ?」
「あっ……ふぅ……うっ……へ、でひゃぅ……!」
「で、出る!? 出るって、何が!?」
もうこれ以上は見守っていられないと判断した俺は、コップを置いて由佳の膣内に入っているローターを抜きにかかった。
その体は明らかにイッていることがわかるぐらいに痙攣していた。
しかも、由佳のスカートの中に入っていたのはローターなんて可愛らしいものではなく、クリトリスと膣内を同時に刺激するタイプの電動ディルドだった。
「あっ……もう……らめ……」
由佳の膝を伝う程度だった愛液が、まるでおしっこを漏らしたようにその勢いを増している。
出そうって言ってたのは、つまり、潮を吹きそうという意味だったらしい。
「ま、まて! ここで出すな!」
「むぅぅ……むりぃ……あぁっ…‥」
こんなところで潮吹きされたら、人が来るまでに後処理するのなんて不可能だ。
しかも、この様子だともう膣内は愛液で溢れてしまっている。
どうしたものかと周囲を見渡して、せめて美優らしき影でも見えたらその部屋に放り込んだのだが、もう迷っている時間すらなく。
俺はすぐ横にあった男子トイレに由佳を引っ張り込んで、前向きのまま便器に跨がらせた。
「あ……あアアッ……! あんんっ……アッ……!!」
由佳の体が大きく跳ね、大量の愛液がパンツから漏れて便器の中ヘと注がれていった。
その勢いは放尿と変わらないぐらいに激しく、このままだと延々と由佳がイキ続けてどうにもならなそうだったので、俺は無断で由佳のパンツとディルドを取り去った。
バイブレーションの刺激が無くなっても、しばらく由佳は絶頂と潮吹きを続けて、やがて落ち着いた個室の中には、白目を剥いた半裸の女の子と男の二人きりという、非常に危険な構図ができあがっていた。
「はあ……」
またしても面倒なことに巻き込まれてしまった俺は、諦めの境地の中、すぐ近くにいるはずの美優へと電話をかけたのだった。