※この作品はR-18です。

俺の妹が最高のオカズだった   作:風見 源一郎

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山本さん

 

 デパートを歩く俺の先には、二人の美少女がいる。

 

 妹の友人である遥と、俺のクラスメイトの山本さんだ。

 二人はそれぞれの学校で一番の美少女で、その洗練された造形の完成度たるや、さながら地上に降り立ったヴィーナスとエロスである。

 

 二人は雑貨屋に置かれたアイテムを手当たり次第に物色して、微妙に使い所のわからない猫型のしゃもじなどを眺め歩いていた。

 可愛い雑貨を見つけては戯れ合って、やや過剰なくらいの笑顔を互いに振り撒き、とても初対面とは思えないほど仲睦まじい様子だった。

 

「……それで、お兄さんはいつまでそうしているんですか?」

 

 数歩引いたところにいる俺に声を掛けてくれたのは遥だった。

 遥の大好きなおっぱいの大きい美人さんがすぐそばにいるのだから、もっと堪能していればいいものを。

 

「二人が楽しそうにしてるのを眺めてただけだよ」

 

 一人で後ろを付いていくことは苦痛ではない。

 この二人が美人だからというのもあるが、美優が可愛い物好きなせいもあって、最近では俺もその手の雑貨などに興味が湧いてきたからだ。

 

 山本さんにしたって、まだ気まずい間柄の俺と話すよりは、遥とお喋りしていたほうが気楽だろうしな。

 

 ただ、山本さんがどうしてあの場にいたのかは気になる。

 そもそも、今こうしてデパートを一緒に回っているのは、どうしてなんだっけ。

 

 山本さんはショートパンツにミニシャツという、それだけで刺激が過ぎる服装をしていて、珍しく片側の髪を編み込んだその耳元に、涙滴形の青いピアスを光らせている。

 俺にはそれが最寄駅のデパートに行くための格好には到底思えないのだが、まさか本当は別の予定があって、俺と遥をつけるために予定をキャンセルしたなんてことはないよな。

 

 ……まさか、な。

 

「お兄さんも料理はするんですよね?」

 

 遥が調理用の便利グッズを並べた棚を前に尋ねてくる。

 そこでようやく、山本さんはチラリと俺を視界に入れてくれた。

 

「ソトミチくんの料理は美味しいよ。なにより手際がいいんだ」

 

 そう語る山本さんはなぜか得意げで、褒めている本人が自分のことにように喜んでいた。

 もしかしたら山本さんは人を褒めることそのものが好きなのかもしれない。

 

「器具がある程度揃ってればな。このフードスライサーなんかはかなり便利だし、うちでもよく使ってるよ」

 

 雑貨屋には家で見たことのある品もいくつか並んでいた。

 美優はこういう場所で買ってきてたんだな。

 雑貨屋って店の雰囲気がファンシーだから男一人だと入りづらいし、下手したら彼女のいない男にとってはラブホテルよりも縁のない場所かもしれない。

 

「美優に教えてもらったんですか?」

「だいたいそんな感じだな。俺も料理の経験だけは長くて、変な作り方をするたびに美優にどやされてただけなんだが」

 

 料理に関しては、美優と一緒に上手くなってきたという方が正しい。

 まだ美優がフライパンもロクに持てない頃から家事全般をやらされてきたんだ。

 当時は面倒でしかたなかったけど、こうして身にはなったわけだし、今では色んなことを任せてくれた両親に感謝すらしている。

 

「なるほど。それならさぞ美味しいんでしょうね」

 

 遥は深く考えることもせず納得する。

 美優に対する信頼だけは厚いな。

 

「うんうん。ソトミチくんの優しさが沁みた良い味なんだよ。私もお姉ちゃんやってるからわかるんだ。相手の事を想って作ると上手になるの」

「そこまでハードルを上げなくても。でもまあ、弟二人の世話をしてる山本さんがそれを言うとわかる気がするな」

「愛情は捧げる相手の数だけ増えるものなのです」

 

 山本さんの久しぶりに見たホクホク顔。

 弟の話をしているとき、山本さんはいつも幸せそうにしている。

 家族が好きなんだろうな。

 いいことだ。

 

「山本さんには弟がいるんですか?」

「小学生が二人ね。下の子が赤ちゃんのときから私が世話してるんだよ」

 

 山本さんは胸の上に両手をトンと乗せて、祈るようにその慈愛に満ちた表情を覗かせた。

 こんな美人で優しいお姉ちゃんに育ててもらえるなんて。

 生まれた瞬間から勝ち組の人生とは羨ましい限りだ。

 

「弟を育てた姉の味ですか。つまり、お兄さんの料理は美優を育てた兄の味というわけですね……興味アリです」

「私もソトミチくんの味が恋しいなー」

 

 遥と山本さんは妙なテンションの高さで気を同調させる。

 なんだか二人の雰囲気がいつもと違うような。

 気のせいかな。

 

「ふーむ……それなら……」

 

 考え込む遥。

 この話の流れなら、「みんなでお料理会でもしませんか?」と提案して、俺を楔くさびに山本さんと美優を釣り出そうとするだろうと、そう思ったのだが。

 

「今度、二人でご飯でも作りませんか?」

 

 あえて“二人で”と人数を区切った遥。

 その顔は、俺の方を向いていた。

 

「お兄さん」

 

 俺は何に誘われたのかわからず、遥から尋ねられた後もしばらくリアクションを取れずにいた。

 

「え、俺? と、二人で?」

 

 美優も呼んでということならまだわかる。

 でも、この発言から読み取れるのは、遥と俺が二人きりでキッチンに立つという意味だけだ。

 なぜ付き合いの長い美優でも、好みの山本さんでもなく、俺なのか。

 

「美優に教え込まれた者同士、一緒に料理をしたら楽しいかなって思いまして」

 

 両手を後ろに組んだ遥は、ふわっとサイドテールを弾ませて、これまで見たことのない少女らしい笑みでそんな提案をしてきた。

 

「山本さんはいなくていいのか?」

「ええ、まあ。あの方はどうやら、ライバルのようなので」

 

 遥は意味ありげに横目で山本さんを睨む。

 

 ライバルって何のことなんだ。

 山本さんと二人で雑貨を眺め歩いていたときはあれだけ楽しそうにしていたのに。

 俺に聞こえないところで腹の探り合いでもしていたのだろうか。

 

 そして、当の山本さんといえば、そんな遥の言葉を聞いてムッとしている。

 こちらも何に対してムッとしているのかわからないまま、山本さんは急に距離を詰めてきて俺の手を取った。

 

「だったら私も。ソトミチくんと、二人でご飯を作る権利ぐらいは、あるよね」

 

 勢いがあったのは最初だけで、次第に尻すぼみになっていく山本さんの声。

 俺が振ったときのあのやり取りを思い出してか、歯切れは悪かった。

 

 えっ、なにこの展開。

 唐突に美少女ハーレムが始まったんだが。

 

「山本さんはダメですよ。お兄さんには美優がいるのに、女として仲良くしようとするのはいただけません」

「わ、私はあくまで、友達として仲良くしたいだけで……。それに、ソトミチくんを狙うの禁止ってことなら、遥ちゃんも同じなんじゃないの?」

「私は美優にもお兄さんにも貸しがありますから。多少いちゃつくぐらいなら許されます」

「そ、そういう、問題じゃなくない? 好きの気持ちって……」

 

 なぜか始まった二人の舌戦。

 発言の意図が欠片も理解できなくて口を挟むこともできない。

 

 ここで一番の謎なのが、遥が俺のことを好きってことになっているところだ。

 それだけは絶対にあり得ないだろ。

 生粋のレズだぞこの子は。

 

「私はちょっとお手洗いに失礼しますが、お兄さんをどこかに連れて行ったりしないでくださいね?」

 

 遥は山本さんの感情をかき乱すだけかき乱して、近くにあったトイレへと行ってしまった。

 

 またわけのわからない展開になったものだが、さすがにここまで露骨だと、もう俺にも察せるところがある。

 

 これも何かの狙いがあってのことなんだよな。

 絶対にそうに違いない。

 俺はこの手の展開には詳しいんだ。

 

「ソトミチくんってさ、どうしてそう可愛い女の子にばっかり好かれるんだろうね」

 

 大層ご不満な様子の山本さんは、エスカレーター近くのベンチに腰を下ろしてぷくっと頬を膨らませていた。

 美優を選ぶと言った俺が、容姿だけなら自分と同じかそれ以上に良い他の女の子と仲良くしているのは、山本さんとしても面白くないのだろう。

 

 俺の周りに可愛い女の子が多いという不可解な事実は、俺にとっても人生最大の謎なので理由を説明することはできない。

 あらゆる出会いのきっかけが美優であることは間違いないけど。

 

「好かれてるというより、巻き込まれているというか……」

 

 美優にも山本さんにもそれぞれに悩みがあって、俺はその解決のために選んでもらっただけ。

 努力してきたことも少なからずあるけど、努力できる環境にこの身を置かせてもらったことへの感謝は、決して忘れてはならない。

 

「そうなの? 美優ちゃんからは、色んな女の子から求められてるって聞いてるよ?」

「それは…………間違いではないんだが……深い事情があってだな……」

 

 美優のクラスメイトの貞操感の緩さは、どう説明したらいいんだろうな。

 JC組の性の奔放さに加えて、俺が美優の兄であるというステータスが合わさり、美優の手腕によって改善された俺に対して性的な求愛が凄まじいことになっているわけだが。

 口にするのも憚られる内容が多すぎて上手く話せる気がしない。

 ハルマキさんも人柄が人柄だったしな。

 

「最初は好きのふりだったのかもしれないけどさ」

 

 山本さんはベンチの上で背伸びをすると、ぐいっと身を乗り出してきた。

 

「今ではみんな、本気の好きかもしれないよ」

 

 山本さんはカラッと明るい顔になり、ハニカミながらそんなことを口にした。

 こんな明白な好意を受け取るわけにはいかないのに。

 こうも嬉しそうに話されると、こっちまで嬉しくなってしまう。

 

「ソトミチくんからは女を惑わせる悪いフェロモンでも出てるのかな」

 

 気恥ずかしさを誤魔化すためなのか、山本さんはベンチからすくっと立ち上がって俺と腕を組んできた。

 

 この容赦のない恋人ムーブ。

 簡単には振りほどけそうにない。

 

「い、一応聞いておくけど、これはどういう意味のスキンシップなのかな」

「決まってるでしょ。ソトミチくんともっと仲良しでいたい気持ちの表明です」

 

 少し懐かしさを感じるくらいの、山本さんのニッコリした笑顔。

 この表情を取り戻せたのは喜ばしい限りだけど、恋人のいる男としての立場をどう守るべきなのか、非常に悩ましいところだ。

 

「仲良くしたいのは俺も同じだよ。ただ、これはちょっと恋人感が強すぎないかな」

「へーきへーき。これぐらいは、まだ、大丈夫の範囲……」

 

 山本さんは初めの方だけ調子良さそうにギュッと胸を押し付けてはきたものの。

 そこから先は語気も弱くなり、体の密着具合もなくなっていった。

 

「み、みんなだってやってるんだし……私だって……これくらい……」

 

 山本さんは俺にくっ付いたり離れたりして、見えない敵と必死に戦っている。

 なにをそんなに頑張ってるのかな。

 

「これはただの挨拶。挨拶なの。そう、だから、こうしておっぱいを押し付けるくらい……欧米諸国では……ごく一般的な……」

 

 どこかお茶目な山本さんに癒されつつ、欧米諸国が深刻な風評被害に晒される中、俺はしばらく成り行きを見守っていた。

 

 しかし、その見えない何かは残念ながら山本さんでは敵う相手ではなかったようで。

 最後はピンと腕を突っ張って、俺から距離を取り、薄っすらと悔し涙を溜めて謝罪を始めた。

 

「ううっ……やっぱりダメ……! 恋人がいる人にこんなことするなんて…………ごめんなさい美優ちゃんソトミチくん……!」

「い、いいよ、別に。これぐらいじゃ俺も美優も怒ったりはしないから」

 

 どうやら遥の挑発を受けて不貞行為に走ろうとしたようだが、腕を組む段階で挫折してしまったようだ。

 由佳にもこれぐらいの貞操観念があればいいのに。

 

「そうやって相手を思い遣れるところは山本さんの長所なんだから。無理に変わろうとすることはないよ」

「それは、自分でもわかってるつもりなんだけど」

 

 山本さんベンチに座りなおし、大きなため息をついた。

 

「人をこんなに羨ましいと思ったの、初めてで。遥ちゃんを見てるとモヤモヤしてくるこの気持ちを、どうしたらいいのかわからないの」

 

 山本さんはキュッと口を結んで、髪を編み込んで露出した耳輪をそっと指でなぞった。

 

 どうしてそこまで遥を意識するのだろうか。

 俺は遥とはレストランで食事をしただけで、後はお喋りをしながらデパートを回っていただけなのに。

 

「なんで遥がそんなに羨ましいんだ?」

「だって、好きな人とイチャイチャできるのは、羨ましいものでしょ? ソトミチくんは、その、私にとって、特別な人なわけだし……」

 

 ほんのりと羞恥心に頬を赤く染めながら、そう嘆く山本さんの言葉に、俺は自分が抱えていた違和感にようやく答えを出すことができた。

 

「遥が俺とイチャつくのを楽しんでるって思ってるみたいだけど。あの子が好きなのは同性だけだ。だから、俺のことは別に好きじゃないと思うぞ?」

 

 山本さんは俺と遥が本気のデートをしていると思い込んでいるようだ。

 

 遥がレズだと知っている俺からすれば、今日のやりとりに情報共有以上の意味なんて無い。

 だが、遥の謎の挑発によって、遥が俺に好意を寄せているのだと山本さんが勘違いしてしまったのであれば、遥が貸しがあることに託かこつけて俺とイチャついているのだと考えるのも無理はない。

 

 美優と腹を割って話したことのある山本さんなら、遥が女の子しか愛せないことを知っているものだと思ったんだがな。

 

 でもまあ、これで山本さんも事実を知ったわけだし、だいぶ気は軽くなっただろう。

 

「私はお兄さんのこと好きですよ?」

 

 と、完全に俺が油断していたところに、いつの間にかトイレから戻ってきていた遥がまさかの発言をぶつけてきた。

 

「うぇ? あ、うん? そうなの?」

 

 あまりに予想外の回答が飛んできて、俺は思わず変な声が出てしまった。

 

 君は女の子しか愛せないんじゃなかったのかな。

 

「ソトミチくん、気付かないでデートしてたの?」

 

 呆れたご様子の山本さんに、いよいよ脳のキャパシティが追いつかなくなってきた俺は、もうどの情報から整理したらいいのかわからなくなってしまった。

 

「遥ちゃん、私と二人で雑貨を見てるときも、ソトミチくんの話ばっかりしてたよ? 元々は美優ちゃんが好きだったのは私も聞いてるけど。ソトミチくんと美優ちゃんが結ばれてから、ソトミチくんにも美優ちゃんと似たような部分を感じるようになって……それで、ソトミチくんが男の人でもいいと思えた初めての相手になったって。遥ちゃんが」

 

 おかしい、おかしいぞ。

 どうしてそんな話になっている。

 仮に遥がレズではなかったのだとしても、男として好かれるだけの関係性を築ける時間なんてなかったはずだ。

 

「まあ、そういうことですので」

 

 そういうことがどういうことなのかまず俺に説明してほしいのだが。

 そんな願いが叶うはずもなく、欠片も理解が追いつかないまま、お次は遥が俺の腕に引っ付いてきた。

 

 もうお兄さんは思考放棄してもいいかな。

 

「私たちはこれから、二人きりになれる場所で、しっぽりやってきます」

 

 遥のその発言に、絶句する俺と山本さん。

 どうやら思考放棄することはまだ許されないらしい。

 

 特に山本さんの受けたショックが深刻なものだったようで。

 

「待って。好きなのは、わかったけど。そういうのも、するの?」

 

 山本さんの声が震えていた。

 遥の発言は俺とセックスすると言い切ったも同義で、貸しがあるからデートまでなら許されたのだと思っていた山本さんにとって、これはあまりにも予想外の展開だったのだろう。

 

「一つ、訂正というか、補足をしておきますが。私はレズです」

 

 周知の事実だった。

 だからこそ、この状況にはそぐわないのだが。

 

「う、うん……それは……知ってるけど……」

 

 俺も美優からそう聞いている。

 たかが『似たような部分があった』程度で男を好きになることなどない、徹底した美少女至上主義であるはずなんだ。

 

「私が性的に好きなのは美優であって、お兄さんのことは人として好きになっただけです。ただ、私は美優には振られてしまったので、美優の恋人であるお兄さんとセックスすることで、私自身が美優になればいいという結論に至りました。『初めて男でもいいと思った』というのは、肉体に触れることが許容できるレベルの男性という意味です」

 

 淀みなく紡がれた遥のそんなトンデモ理論に、俺も山本さんも呆然としていた。

 

 もうダメだ。

 完全に理解の範疇を超えている。

 

「ちょいちょい! ちょっと待ちなさいよ! どういうことよそれ!」

「のぉあっ!? おまっ、由佳!? なんで……ってかいつの間にここに!?」

 

 突然地面から生えてきたかのように、由佳が俺の背後に立っていた。

 心霊現象みたいでマジでビビった。

 

「私のことはいいの。遥がお兄さんとセックスするとか完全に初耳なんですけど。なんでそんなことになってんのよ」

「何って、話した通りだけど?」

「あんたレズでしょ。バカじゃないの」

「体が繋がることと、心が繋がることは別。由佳だって、セックスができればいいだけなら、お兄さんが相手じゃなくてもいいでしょ?」

「うぐっ。クソみたいな屁理屈だけど言われてみると反論できないわね」

 

 由佳が加わり混沌カオスと化したこの状況に、山本さんも俺と同じくらい思考停止した真顔になっていた。

 

「あ、あの……その子は、えっと……」

「私は由佳。山本さんの次の第二セフレがこの私よ」

 

 由佳は胸元にサムズアップした親指をグッと突き立てる。

 

「いや待て第二セフレとか俺も知らないしそもそも山本さんはセフレじゃない」

「セックスしたことがあってなお友達ならセフレでしょ?」

「学校のローカルルールを持ち出すな……」

 

 ただでさえ由佳たちのクラスは国外並みに倫理観がかけ離れているというのに。

 

 たしかに山本さんと一時期はセフレのような関係にはあったけど。

 今は山本さんとはノーマルな友達であることを強調しておきたいんだ。

 

「由佳ちゃんも、ソトミチくんと、するの?」

「ええまあ。二日後に予約してるし。そうよね? お兄さん」

「えっ……あぁ……それは……」

「なに。ここまできて反故にするつもり?」

「ち、違う! そういうわけじゃなくて! するにはするけど……その……」

 

 約束は約束だし、美優からの頼みでもあるから否定はできない。

 しかし、それを山本さんの目の前で認めるとなると、後の釈明が非常に面倒になる。

 

「とゆか山本さんもまだお兄さんとエッチしたいの?」

「ふぇっ!? あっ……私は……まあ……」

 

 ごく小さな声で「うん」と肯定する山本さん。

 それはそうだとは思ったが、改めてしたいと言われるとどうにも歯がゆい。

 

 しかし、まずいぞ。

 まさか山本さんが自らの肉欲を認めてしまうとは。

 山本さんの倫理観が由佳に汚染され始めているのかもしれない。

 それだけは絶対に避けなければ。

 

「ちょっと話を整理してくるから、山本さんはここで待ってて!」

 

 俺は山本さんをその場に置き去りにして、フードコートの端っこまで由佳と遥を引っ張って行った。

 

 山本さんは放心状態で元いたベンチにちょこんと座っている。

 手早く話をまとめて戻らないとな。

 

「まず由佳だ。どうしてここにいる」

 

 こいつは確実に帰ったものだと思ったからな。

 突然現れたときは本当に驚いた。

 

「お兄さんと別れたあと、妙にエロい女を見つけたから目で追いかけてたわけよ。そしたら、改札を通る直前で急に引き返すものだから、どうしたのかなーと思って眺めてたら、その先にお兄さんがいたわけ。となったら、尾行するしかないでしょ?」

「色々ツッコミたいところはあるが動機はわかった」

 

 二重尾行になっていたわけか。

 これであのまさかの予想が事実だったと裏付けが取れてしまったわけだが。

 どうして山本さんは俺の後を追っていたんだろうか。

 

「で、遥のあれはどういうことなんだ? 俺としたいってのは嘘だよな? そもそも俺のことが好きってところからして信じられないんだが」

「なによ遥。あれ嘘だったの?」

「嘘に決まってるでしょ。男を好きになることなんて未来永劫ありえないし、男とセックスしないと死ぬ病気になったら私は女を抱いて死ぬ」

 

 凛とした目がキリリと細まり、遥は冷たい唇でそう答える。

 

 よし、いつも通りの遥だ。

 

「どこからが嘘なんだ? 山本さんに尻尾を振ってたあれも演技だったのか?」

「いえ、あの人は外見は完璧ですし、今でも抱いていただきたいと思えるぐらいには惚れています」

「遥は相変わらずキモい性癖してるわね」

「由佳に言われたくない」

 

 由佳の横槍にいがみ合う二人。

 

 遥は今日も鞄にエロ道具を仕込んでるんだろうしな。

 そういう意味ではどっちもどっちな気がする。

 

「わざわざ“外見は”って付け加えたのは、中身が気に入らなかったって意味か?」

「気に入らないというより、落胆しました。初めてお会いしたときは感動しましたが、実際にお話をしてみたら噂ほどではなかったといいますか。あれではどこにでもいる巨乳と同じです」

「なんて失礼な……。噂とどこが違うんだ」

 

 そもそも噂ってなんだ。

 美優と話してるときに出てきた情報ってことでいいんだよな。

 

「よく見てください、あの山本さんの姿を。あれが才色兼備の超美少女に見えますか」

「超美少女が何かは知らないけど。山本さんは山本さんだろ。いつも通り美人で優しい女の子だよ」

 

 いつ見たって山本さんは女神と称せるぐらいに眩しい美少女だ。

 俺とは複雑な事情があるからだいぶ気弱になってるけど、山本さんが人間として劣化したとかそんなことは断じて無い。

 

 ……はずだ。

 

「聞いてたほどじゃないってのは私も遥に同意ね。あれじゃただ乳がデカいだけの雌犬。プードルとホルスタインの雑種みたいなものよ」

「お前はもう少し言葉の選び方を考えろ。あの優しくて理知的な山本さんを動物扱いするんじゃない」

「いえ、由佳の言う通り、あの山本さんは雌犬と表現するのが適切です。……そうしたのは、他でもないお兄さんなわけですが」

「……え? マジ?」

「だから美優が気を揉んでいるんじゃないですか」

 

 遥が呆れて嘆息する奥で、やれやれと肩を竦める由佳にイラッとしつつも、俺は改めて山本さんのことを考える。

 

 俺の姿を見て予定をキャンセルして後をつけたり、もう意地汚い事はしないと言ったはずなのに嫉妬に悩んで暴走しているあたりは、たしかに俺の知っている聖女のような山本さんとはかけ離れている。

 それが俺のせいなのだとしたら、俺に振られたショックからまだ立ち直れていないということなんだろうが。

 山本さんがそこまで俺に固執する理由って何だ。

 

「もうギブアップだ。せめて美優から聞いてる話だけでも教えてもらえないか?」

「そうですね。ひとまず、由佳は席を外して。聞かれると困る話だから」

「……わかったわよ」

 

 このときの由佳は意外にも素直で、俺たちとは一番遠いフードコートの席まで移動してくれた。

 二日後のことがあるから気持ちが満足しているんだろうか。

 

「私も全てを聞いているわけではないので、今の状況を美優に連絡しながらお話します」

 

 遥はスマホを取り出して、メッセージを打ちながら話を続けた。

 

「まずお兄さんに知っておいてほしいのは、山本さんは由佳とは真逆の存在だということです」

「山本さんが、由佳と真逆? 学力とか、容姿とか、挙げれば納得できるものはたくさんあるけど……」

 

 学力試験が学年トップの山本さんに比べて、由佳は最底辺レベル。

 バストサイズは20cm以上の差がある爆乳とペッタンコで、誰にでも献身的に優しく接する山本さんに対し、由佳は誰にでも自分中心の物言いをする。

 これだけでも真逆と評価するには十分な要素があるわけだが、それを理解したところでどうなるというのか。

 

「学力や容姿が真逆なのも重要な要素です。ですが、核心的に重要なのは性格の部分。断っておきますが、これはどちらが良い悪いという話ではありません。……ああいえ、この場に至ってはやや山本さんを悪く言うことになりますが。本質はそこではないので」

 

 由佳と比べて山本さんが悪い評価になるって。

 どんな条件ならそうなるんだ。

 

「ズバリ言いましょう。山本さんは優しすぎます。これは美優から聞いていたことですが、今日会って私も確信しました」

「優しすぎる? それがダメなのか?」

「由佳と真逆の優しさなのが問題なんですよ。たとえば、フードコートでご飯を運んでいるときに人とぶつかって、溢したスープが相手の服に掛かってしまったとしましょう。原因が相手の前方不注意だった場合、山本さんと由佳がそれぞれどう対応するかを考えてください」

 

 自分が運んでいる料理が溢れて相手の服を汚してしまった場合か。

 

 山本さんだったら、相手のことを心配して火傷していないかとか服を弁償するかとか聞いて、可能な限り相手の要望に応えるだろうな。

 

 由佳なら、相手がどんな理屈を並べ立てようとも、必ず相手に悪いと認めさせる気がする。

 台無しになった料理の弁償までさせてもおかしくはない。

 その後に、なんだかんだで火傷の心配をしてやるのが、由佳らしい対応だと思う。

 

「山本さんは全力で謝り倒して、由佳は全力で謝らせるだろうな。でも、結果はそう変わらない気がするよ。山本さんに平謝りされたら、ぶつかった奴は申し訳なさで財布が空になるまで詫びるだろうし。由佳は悪に徹するとなったら容赦がないからな。あいつはその手のことになると、妙に頭がキレるし」

 

 俺のこの回答に、遥は満足気に頷いた。

 

「由佳が持つ唯一にして最大の武器は、罪悪感に屈しないメンタリティです。あの子が口達者なのは頭の回転が速いからではなく、その性格面での稀有な才能によるもので、あらゆる物事を他人のせいにする判断に一切の迷いがないんです」

「それは人としてどうなんだ……」

 

 世の中には不必要な罪悪感で潰れてしまう人も多いのだから、それが稀有な才能であることは認めよう。

 由佳がなんでもかんでも人のせいにするのはこれまで何度も見てきたけど、百パーセント自分に非があることでさえ怯まず反論するあの精神は、いっそ鮮やかなほどだった。

 

「由佳の尊厳のために言っておきますが、あの子は無意味に罪を他人に擦り付けたりすることはしませんよ。悪いことは素直に悪いと認められる子です。レストランでもお話したように、美優に対するアレは特例なのであしからず」

「それは、わかったよ」

 

 でもその特例のワケは俺が自分で考えないといけないんだよな。

 どうしてそうなのか、これもいつかタネが明かされればいいが。

 

「で、山本さんが由佳の真逆ってことは、山本さんは誰のことも悪人にできないってことか?」

「簡単に言えばそんなところです。美優が言うには、相手が敵意を持たなければ全てを自分で背負い込んでしまう性格、らしいですが」

 

 相手に敵意がなければ、か。

 たしかに俺は山本さんに敵意を向けたことはないが、他のやつだってそうそう山本さんに敵意なんて抱かないだろ。

 

 そんなことをするのは、かつて山本さんが付き合ってきた彼氏ぐらいなもので……。

 

「えっ。そういうこと? いや、待て待て。第一に、山本さんはどうしてそんな優しすぎる性格になったんだ」

「その原因になっているのが、もう一つの重要な要素なんですよ。生来の献身気質に加えて、山本さんには誰にでも優しくできるだけの常人離れした能力が備わっていた。人間の敵意とは往々にして、自らの能力や経済力の貧困からくるもの。つまり、山本さんは優秀すぎてわざわざ悪になる必要がなかったんです」

 

 美人で優秀だから優しいなんて身も蓋もない話だが、否定もできないな。

 鈴原があれだけ尽くしていた山本さんに敵意を抱いたのは、結局はコンプレックスが原因だったわけだし。

 同時に、山本さんにとってあれほどの悩みになるまで鈴原を切り捨てられなかったのは、その優秀すぎて有り余る優しさが原因だったんだ。

 

 そういや、山本さんがすぐに男を射精させてしまう体質に悩んでいたのを、俺はセックスが上手くできないことが問題だと思っていたけど。

 蓋を開けてみれば、彼氏のコンプレックスを助長してしまうことが悩みの根幹だったんだよな。

 

 鈴原が更生したのも、美優がそのことを鈴原に教え込んだからだって、いつだかの思い出話で聞かされたっけ。

 

「そんな山本さんがついに、本気になっても手に入れられない人が現れました。その人にはどうやら自覚はないようですが、相手を否定しなさ過ぎる傾向があるようでして。そこがちょうどよく、山本さんのツボにハマってしまったわけですね。ついでに美優にもですが」

 

 あ、それ、俺のことか。

 

 思いがけず二人が俺のことを好きな理由を聞いてしまった。

 たかだか否定しないことがそんなに重要なのか。

 二人にとっては都合よく大事な要素だっただけなんだろうが。

 

 これまでの山本さんの彼氏はそのコンプレックスに潰れて山本さんに牙を剥いた。

 だが、俺には美優でしか抜けない体質と、美優に叩き上げられたメンタルがあったおかげで、山本さんに劣等感を覚えずにいられた。

 それだけのことなんだけど、山本さんはそんなに嬉しかったのかな。

 

「山本さんがお兄さんに惚れた理由は、詳しくは美優に聞いてください。ともかく、山本さんが暴走気味になっている理由は、今でもお兄さんにベタ惚れだからです」

 

 恋は人を盲目にする、なんて言葉があるけど、これはそういう話じゃないんだよな。

 俺のことを好きなってしまっただけなら、山本さんの生来の優しさが嫉妬も何もかも抑え込んでくれるはず。

 

 きっかけは、俺が美優と恋仲になったこと。

 好きになってはいけない相手を好きになってしまったという、その罪悪感がキーなんだ。

 

「あらゆる言い訳を駆使しなければ今の地位を築けなかった由佳と、何も言い訳をしなくても余裕のある暮らしができた山本さん。その能力がそれぞれにもたらしたものは、強すぎる悪意の自浄作用と、悪意に耐性のない心です」

 

 人にはときに「これぐらいなら大丈夫」「これぐらいは仕方ない」と心の内で囁く悪魔が現れる。

 実際のところそれは、環境により与えられた不利を心の中で整理するために必要なものだったりする。

 

 由佳には自分に必要な悪を悪意なく断行できる強い精神があった。

 それに対し、自らが悪になる経験をしてこなかった山本さんは、恋人のいる俺を相手に「少し手を出すだけなら大丈夫」と囁いてくる悪魔を、その『自分の内側から向けられる悪意』を処理する術を知らず、どれだけあがいても抜け出せない蟻地獄にハマってしまったんだ。

 

「お兄さんが思っている以上に、山本さんの思考回路はぐちゃぐちゃになっています。……とのことで、美優からこんな指令が届きました」

 

 美優と連絡を取りながら俺と話をしていた遥は、美優からのメッセージが表示された画面を俺に見せた。

 

『お兄ちゃんへ。奏さんと元通りに仲良くできる方法を教えます』

 

 さすが我が妹よ。

 全知全能の神のようだ。

 

『その1.奏さんからのあらゆる好意を受け取ること。プレゼントやスキンシップはもちろん、デート、セックス、告白などなど。一切の拒否を禁じます』

 

 初っ端からとんでもない指示が下された。

 セックスはしてもらうことになるって聞いていたからまだわかるが、告白までオーケーしていいものなのか。

 そうなったらもう愛人やセフレの関係だと言い張って誤魔化すこともできない。

 第二の恋人、れっきとした二股になる。

 

「あの山本さんが、進んで浮気なんてするのかな。俺は山本さんに浮気を匂わせただけで説教されたんだけど」

「そこを、“むしろ”と考えるべきなんですよ。自分で浮気を叱っていたはずなのに、恋の熱に当てられた勢いでその当事者になってしまった山本さん。だからこそ、人一倍に心が弱っている。そこにお兄さんの優しさを差し向ければ、驚くほど簡単に陥落しますよ。あの手の人ほどむしろ脆いんです」

「な、なるほど」

 

 山本さんのように綺麗な心で生きてきた人間にとって、自分が絶対に正しいと思っていたことを自分に否定された瞬間は、何よりも耐えがたい苦痛。

 

 今の山本さんはきっと、自分の恋心と向き合いながら、どう行動するのが正解なのかを必死で考えているはずだ。

 

「という意味を込めたのが、この第二の指示だと思われます」

 

 遥が画面をスクロールして、美優からのメッセージの続きを表示する。

 

『その2.お兄ちゃんも素直に奏さんが好きなことを認めてそれを伝えること。私に対してはもちろん、奏さんにも遠慮してはいけません』

 

 やはり我が妹は神などではなく血も涙も無い悪魔だった。

 山本さんの誘いを断った俺が、それを蒸し返すように好意を伝えるなんて、ほとんどタチの悪いホストだよな。

 

『注意点としては、あくまでも私が一番であることを強調しないと奏さんも不審がるから。それだけは常に意識しておいてね。以上』

 

「鬼か」

「鬼ですね」

 

 これで本当に山本さんと元通りになれるのだろうか。

 美優はたしか、俺が他の女とセックスするのは嫌だと言っていたはずだが。

 由佳の望みにだって、できるだけ応えてあげてって言われてるし。

 このまま美優の指示に従っていたら、ハーレム状態になってしまう気がするのだが。

 

「あ、お兄さん。もう一通きました」

 

 どうやら美優から追伸があったようで、遥はまたスマホの画面を見せてくれた。

 

『P.S. 今日奏さんとエッチしていいのは射精一回分までです。お夕飯までには家に帰ってきてください』

 

 どこか新婚夫婦のやりとりのようで、その実態は恋人から送られてきたメッセージとは到底思えないような文面だった。

 

 本当にこれで山本さんを救えるんだよな。

 俺はもう美優のことを信じてるからな。

 

「というわけで、頑張ってくださいね、お兄さん」

「お、おう」

 

 元々は由佳のことについて情報共有するのが目的だった遥にとって、山本さんへの興味が薄れたらもうこの場にいる意味はなく。

 遠くでスマホをイジって暇そうにしていた由佳を連れて、遥は帰宅してしまった。

 

「さて……」

 

 山本さんは待っている間ぼーっとしていたようだが、俺が席から立って遥と別れたのを確認すると、控えめに手を振って反応してくれた。

 

 俺にとっては今でも十分に魅力的で可愛い山本さんだが、美優という恋人がいる男としての距離感を保ちつつ、今まで通り仲良くしようとなると、このままではいられないのは事実だ。

 

 変わらなければならないんだ。

 俺も山本さんも、変わった上で、これまでと同じ関係を再構築する必要がある。

 

 だから、俺も腹を括るとしよう。

 

 美優との純愛を守るために、俺は由佳とも山本さんともセックスをする。

 

 まずはこれがその第一歩。

 

 山本さんと仲直りエッチ大作戦、開始だ。

 

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