※この作品はR-18です。

俺の妹が最高のオカズだった   作:風見 源一郎

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あなたが好きでもいいですか

 

 遥たちが帰るのを見届けてから、俺は山本さんの座るベンチへと戻った。

 

 夏休みにもかかわらずデパートを歩く人は疎らで、一般では平日の昼間にあたるこの時間は大人たちは仕事をしてるのかと思うと、残り少ない学生時代が惜しく思えてくる。

 

 俺が山本さんの前に立つと、山本さんは「おかえりなさい」と丁寧な口調で迎えてくれて、その言葉を言えたことを山本さんが嬉しそうにするものだから、俺もこそばゆくなってしまう。

 

 美優と違って“好き”の感情をわかりやすく伝えてくれる山本さん。

 その感覚が新鮮で、何よりこの笑顔が似合いすぎる女神を相手に、胸の高鳴りを抑えることは不可能だった。

 

 それでもしっかりと気は保っておかなければならない。

 俺は美優の恋人として山本さんの好意に向き合わなければならないのだから。

 

「待たせて悪いな。せっかくの機会だから、少し歩こうか。話もしたいし」

 

 俺がそう提案すると、山本さんは静かに頷いて立ち上がった。

 

 美優の指示があるから流れのままに誘ってしまったけど、俺もこんなことを照れもせずに言えるようになったんだな。

 慣れとは恐ろしいものだ。

 

「遥ちゃんたちは帰ったんだね」

「居ると話がややこしくなるからな。元々はお昼を一緒にするだけの予定だったし。だから、デートとかそういう意識はなくて。遥もテンションが上がり過ぎて山本さんをからかってただけなんじゃないかな」

「そっか。ソトミチくんもびっくりしてたしね」

 

 山本さんは俺の隣でショップを眺め歩いて、さして興味も無さそうに返事をした。

 俺と遥がイチャついていたことが、遥からの一方的な意思だったとわかって安心したのだろうか。

 

「由佳については……とにかく深い事情があるんだ。美優も承知してるから気にしないでもらえると助かる」

「ふーん。じゃあエッチはするんだ」

「そ、そうなるかな。まだ具体的にどうするとかは決まってないけど」

 

 山本さんはやっぱり俺が美優以外とエッチをすることだけは気になるみたいだ。

 でも、遥たちがいたときよりも落ち着いているみたいだし、怒っている風でもない。

 一人になっている間に頭の整理がついたのだろうか。

 

「……いいな」

 

 山本さんがふと、そんな本音を漏らした。

 

 静まり返る二人の空間。

 山本さんは「言っちゃった」みたいな感じに口元を手で隠して、照れ顔でそっぽを向いている。

 

 いったいどんな言葉を返したらいいのかわかなくて、俺は無言のまま山本さんとデパートを歩いた。

 

 ただアテもなく、床が続いているから進んでいるだけ。

 山本さんもそれから何を言うこともなかった。

 ただ微妙な空気のまま、しかし、嫌な感じはしないその時間。

 しばらくして沈黙にも慣れ、俺は何もしない時間も必要だと割り切ってウィンドウショッピングを楽しんだ。

 

 美優とデートをすることになったらどんな店を回ることになるかな、とか。

 下着を店の手前に陳列されると目のやり場に困るからやめてほしいな、とか。

 そんなことをダラダラと考えること数分。

 俺は左手の甲に、偶然とは思えない頻度で山本さんの手がぶつかっていることに気づいた。

 

 チラと横目で山本さんを確認するが、一見すると俺と同じようにショップを眺めているだけ。

 しかし、明らかにその手は腕の振りとは無関係にぶつかってきている。

 そして、ときおりピクつく山本さんの指。

 

 これはもしかして、手を繋ぎたがっているのだろうか。

 美優に遠慮して踏み切れないのはわかるけど。

 まるで、夏祭りの混雑を前に、いざ意中の女の子の手を取ろうとする男子中学生みたいな、そんな純情な山本さんを見ることになるとは思ってもみなかった。

 

 俺はこの山本さんの手を、どうするべきなんだろうな。

 明確な山本さんからの好意なのだから、振り払うべきでないことはわかる。

 でも、俺からその手を握ってしまったら、浮気の了承と受け取られかねない。

 

 ただ、なんというかだ。

 もはや山本さんは気持ちを隠す気が無いくらいに、ちょんちょんと指先で俺の手の甲を突くことまでしてきていて。

 

 めちゃくちゃ手を繋ぎたがってるよな、この手。

 

 これを無視し続けたら拒絶しているのと同じになる。

 山本さんがその気ならセックスまでしろと言われているぐらいだし、ここで手を取らないとむしろ先の辻褄が合わなくなるか。

 

 というわけで、俺は山本さんのご要望通りに、ギュッと手を握ってあげることにした。

 

 そんな、軽い気持ちだったんだけど。

 

「──ッ!」

 

 手をつないだ瞬間、山本さんの体がビクンと跳ね上がって、そのまま顔がカーっと真っ赤に染まっていった。

 手のひらから伝わる熱も一気に上昇して、今なら指先からでも山本さんの脈を感じられそうな気がする。

 

 山本さんは手を繋いでもしばらくは無言だった。

 こちらを向くこともなく、ニヤけそうになる表情筋と必死に闘って、澄まし顔を保とうとしている。

 全然隠せてないけど。

 

「あっ、あの……」

 

 山本さんは余裕の無さそうな声で、ようやく会話を始めた。

 

「これは、どういう意味で、捉えていいのかな」

 

 俺が手繋ぎを受け入れたという意味。

 自らが誘ったものであっても、これほど真正面から応えてくれるとは思っていなかったんだろう。

 

「この前、山本さんの家から帰った後に、美優にちょっと叱られてな。自分から気を引いたくせに、急に拒絶するなんて男としてどうなんだって」

 

 正直なところ、俺も心残りはあった。

 美優を一番には考えたいけど、山本さんを大事にできない俺が美優を愛するというのも、また違う気がしたからだ。

 それがどれだけ自分に都合のいい考えだったとしても。

 

「それは、美優ちゃんらしいね」

 

 山本さんはどこか腑に落ちたような顔をして、不格好だった手のつなぎをしっかりと握り直す。

 

「だから、だな」

 

 山本さんとこんな風に仲良くしていたいと、少しも思わないでいられるほど、俺は完璧な男ではない。

 それどころか、俺はたった数ヶ月前までは女性耐性の無いただのキモオタだったんだ。

 こんな可愛い女の子にアプローチされて情が湧かないわけがない。

 

 本来は、『美優が好きだから山本さんは好きじゃない』、『山本さんが好きだから美優は好きじゃない』なんて比較は、無関係なはずなんだけど。

 世の中の仕組みでは一人を選ぶ必要があるから、その誰かを選ぶことは、別の誰かを捨てることになっている。

 だからお互いに本音を隠してるだけで、好きな気持ちを隠すことで得することなんて、本当は何もない。

 

 俺は美優の指示があるから、それを言い訳にして本音を言うことができる。

 俺が本音を話すようになったから、山本さんの態度も本音に近づいている。

 きっとこうして腹の内をさらけ出させることが美優の狙いなんだろうな。

 

「なんとしてでも山本さんと仲直りしなさいってことだったから、とりあえずこうしてみたんだけど。マズかったかな?」

 

 俺がそう尋ねると、山本さんは慌てて手を握る力を強くしてきて、首を横に振った。

 

「私も、こっちのほうが、早く仲直りできる気がする」

 

 山本さんはピタッと俺の横にくっついて、それから一歩だけ後ろに下がった。

 俺は手繋ぎの経験なんてほとんどなかったから知らなかったけど、近い距離で歩くときは真横にいるより少し前後していたほうが腕が楽なんだな。

 

 すでに並みのカップルより激しいセックスを経験したはずの俺たちは、処女と童貞の初デートのようにたどたどしくお喋りをしながらデパートを散策した。

 

 こうして手を繋いでると、一緒にコンビニまでコンドームを買いに行ったときのことを思い出す。

 あのときはさすがに店員に白い目で見られたっけ。

 俺が逆の立場でも殺意が湧いただろうし、ただただ申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

 あの一週間で俺は山本さんといっぱいエッチをして、最後は美優と通話しながらセックスをした。

 こうして考えてみると、山本さんも見せつけるのが好きなタイプというか、意外と独占欲が強いのかもな。

 それに対して美優がマーキング大好きなタチなものだから、こうして二人きりでいるときもやたらと対抗心で盛り上がってしまう。

 可愛い女の子に奪い合いされるのは男のロマンではあるけど、いざ当事者になってみると悩ましいものだ。

 

「この階は全部回っちゃったね」

 

 実質的に行き止まりとなる最後のお店の前で、俺たちは立ち止まった。

 お互いの手を通して伝わるドキドキ感を探り合うので精一杯で、店なんかほとんど見ていなかったんだけど。

 

「どこ行こっか」

 

 熱い視線をセットにして尋ねてくる山本さん。

 まだまだこの時間を楽しみたい様子の山本さんは、このまま歩き続けることをご所望のようだ。

 

 さて、どうするかな。

 いつの間にかデートっぽくなってしまったので、ここは男である俺がリードするべきか。

 

「一応先に聞いておくけど、行きたいところとかある?」

 

 このデパートには小型のショッピングモールくらいの店数がある。

 駅自体はそれほど栄えてはいないが、都内まで乗り換え一つで出られる路線が交差する場所でもあるため、最近では少しずつ開発が進められているのだ。

 ここなら女の子が小まめにチェックしているような店かあってもおかしくない。

 

 もし山本さんに行きたいところがなければ、一階にあるクレープ屋にでも行くか。

 出かける前に、SNSで話題になっているスイーツがあるって美優が言ってたんだよな。

 

「行きたいところかぁ。どうしよっかな」

 

 山本さんは繋いだ手を幼稚園児のようにぶらんぶらんさせて、ニコニコと微笑んでいる。

 だんだんと幼児退行する山本さんも可愛い。

 

「ソトミチくんと……二人っきりになれるところに……行っちゃおうかな……」

 

 モジモジしながら色気を漏らす山本さん。

 

 だいぶ前から感じていたことなんだけど。

 山本さん、かなり性欲が溜まってないか。

 美優の存在のおかげでどうにか踏みとどまっているが、俺が思っていた以上に浮気に対する抵抗が無い。

 というよりもさすがに意思が弱すぎる。

 

 由佳と遥に変なことを吹き込まれたのがだいぶ効いているみたいだな。

 遥から話を聞いたときはまさかと思ったけど、この分ならいつ体を求められてもおかしくない。

 山本さんとエッチが始まったら、射精一回で収まるかな。

 ちょっと自信がなくなってきた。

 

「なんてね。えへへ。上に知らないブランドのジュエリーショップがあるから見てみたいな」

 

 山本さんは自らの発言を誤魔化すように、俺の手を引いてそそくさとエスカレーターを上っていった。

 

 山本さんに連れられてきたのはショーケースにアクセサリーを並べた立派なお店。

 夏休み満喫ファッションの俺たちが入っていいものか心配になったが、店内ではすでにサンダル短パンのオジさんが店員と話していたこともあって、店の中に足を踏み入れること自体には抵抗はなかった。

 手を繋いでいる姿を見られるのは恥ずかしかったけど、山本さんが死んでも放さなそうなくらいガッチリ掴んでいるので諦めることにする。

 

「ダイヤ付きで3万円か。やっぱり高級品なんだよな?」

「そうだね。普段のオシャレ用なら千円以下で買えるし、高くても3千円くらいだから」

 

 小ぶりの宝石が付いたピアスには、チェーンで真珠が付けられたものや、金属部分を変形させてハート型やクローバー型にしているものがある。

 とはいえ値段のほとんどはダイヤモンドが占めていて、カラット数が同じならどれを選んでも同じような価格だった。

 

「ピアスは結構持ってるんだけど、指輪はあんまり買ったことがないんだ。ソトミチくんはさ、どれが一番いいと思う?」

 

 サラッとそんな質問をしてくる山本さん。

 それってつまり、俺が好きな指輪を買いたいってことだよな。

 まあ……別にいいか。

 

 金属の色はゴールドとシルバーを基本とし、そこにピンク系やイエロー系の変化が加えられていて、あとは宝石の付け方がそれぞれに違っている。

 基本色はきらびやかで高級感があるが、色付けされていたほうが肌の色に馴染むので、ファッションとして使うならピンクゴールドなどでもいい。

 

 しかし、山本さんは本体が女神級の美少女だからな。

 存外高級感があるほうが普段のオシャレにも合うのかもしれない。

 

 と、そんな考えに耽っていたせいで、俺は山本さんにずっと見つめられていることに気づくのが遅れてしまった。

 

「どう……したの……?」

 

 真っ直ぐに送られてくる山本さんからの熱視線。

 押し寄せる感情が巨大過ぎる。

 

「真剣に考えてくれて、嬉しいなって。横顔が素敵だなって思って」

 

 山本さんは宝石よりキラキラした目で俺を見つめてくる。

 

「ま、まあ、買うとしたら高い買い物だからな」

 

 俺はさすがにいても立ってもいられなくなって、早く指輪を選んでしまうことにした。

 すぐ近くにあるケースの中はどれも似たようなデザインが多くて選びづらかったが、別のケースのところにある指輪はシンプルかつ洗練された形をしているので、それなら山本さんにピッタリ合うはずだと思った。

 

「あそこにある指輪とか、山本さんに似合うんじゃないかな」

 

 俺が指し示した先にある指輪。

 それを見て山本さんは、ポッと顔を惚けさせて静かに首を横に振った。

 

「ソトミチくん。あれは結婚指輪だよ」

 

 まんざらでも無さそうに「うふふっ」と微笑む山本さんに、気が動転した俺はもうその場に居る余裕もなくなって、最初から気になっていたゴールド系の細身の指輪を選んでそれを山本さんに伝えた。

 すると山本さんは迷わず「これをください」と店員を呼びつけて、即決で購入に踏み切った。

 

 お会計のために俺は一時的に手を解放されて、店の前で待つことに。

 

 入れ替わりで対応に来た店員と、山本さんは楽しそうに会話をしながら手続きを進めている。

 

「よろしければ他のお色などお出ししますが、お合わせはよろしいですか?」

「大丈夫です。サイズだけお願いします」

 

 学校でも誰に対しても明るく接してくれる山本さん。

 楽しそうでいいよな。

 ああいうところは心から好ましく思う。

 

「えへへ。付けてきちゃった」

 

 店の外で待っていた俺のところへやってきた山本さん。

 左手の薬指にゴールドのリングが輝いている。

 

 うん、左手か。

 オシャレの指輪をどの指に付けても意味はないと言うし。

 単に映えるからそこにつけただけだよな。

 

「……マズいかな」

 

 山本さんは指輪をさすって目を泳がせている。

 意味が無いと知っていても、現実的な認識としてそこが婚約者のものであることは意識してしまうのだろう。

 

「山本さんが一番キレイだと思う場所に付けただけなら別にいいよ」

「それは、ね。やっぱり指輪ならここかなって思うし。一番しっくりくるから」

 

 なおも目線を下げたまま指をさする山本さん。

 やがてピタッと動きが止まったかと思うと、申し訳無さそうに顔を上げて照れ気味に口を開いた。

 

「嘘です本当はこの指に付けて浮かれてました」

「じゃあ右手にしよっか」

「そうします……」

 

 好意は否定するなと言われているが、それで山本さんとギクシャクしてしまうならダメと言っておくべきと判断した。

 

 右手に指輪を付け替えた山本さんの手は、見立てのとおりに美しく映えていた。

 山本さんの手の大きさと色味だと、黄金色が自然と馴染む。

 我ながら中々に良いチョイスだった。

 

 さて、もはや目的と現状が完全に錯誤しているわけだが、俺はこの山本さんの好意を大事にしながら美優との関係を認めてもらわなければならないわけだ。

 

 次に俺がすべきことは一体なんだろう。

 美優には俺からも好きだと伝えろって言われてるけど、この状況でそんなことしたらもう行くとこまで行ってしまう気がする。

 

 しかし、なんにしても、とりあえずこれだけは言わないとダメだよな。

 

「指輪、よく似合ってるよ」

 

 これは男として最低限のマナーだから、美優がどうとかは関係ない。

 指輪を買って、それを付けてきて、見せてきたのだから、言わなければならないのだ。

 

「ありがとう、ソトミチくん。一生大切にするね」

 

 山本さんが喜んでくれたのは俺も嬉しい。

 山本さんは上機嫌に指輪を眺めて、デザインもきちんと気に入ってくれたところは、素直に良かったと思う。

 でも、いつか山本さんが付き合うはずの誰かのことを思うと、一生大切にしてもらうのは複雑な気分ではあるな。

 

 俺は山本さんがしているピアスが元カレのプレゼントだったとか言われても、捨ててほしいとは思わないけど。

 山本さんと付き合ってるわけじゃないから気にならないだけだよな。

 

「次は、どうするか」

 

 ジュエリーショップに来たのは山本さんの提案だったから、今度は俺がどこかに連れて行く番だよな。

 

 クレープ屋に行くのはひとまずやめておこう。

 このままだとイチャましい食べさせ合いが始まりそうだし、いかにもカップルっぽい雰囲気の場所は避けたい。

 

 雑貨店にでも行くか。

 今度はどこにでもあるような店がいい。

 また雑貨店かって感じだが、だからこそ熱も冷めてちょうどよくなりそうだし、全国展開してるような店を回るぐらいならそうテンションが上がるような物もないはずだ。

 

「奥にある生活雑貨を見てもいい? 買いたいものがあって」

「もちろん。一緒に回ろ」

 

 俺たちは当然のように手をつないでまたデパートを歩き始めた。

 こんなデートはまだ美優ともしたことがないから、さすがに罪悪感を覚えてしまう。

 美優はこの山本さんとのやりとりをどう思っているのかな。

 

「ソトミチくんが買いたい物って、文房具とか?」

「そうだな。蛍光ペンと付箋紙が欲しくて」

 

 前に勉強のやる気が出たときにいくつかの勉強法を調べたところ、ポストイットを使った方法が共通して多かったので買っておきたいのだ。

 

 雑貨店に着くと、今度は山本さんは店に入ってすぐ手を放した。

 さすがに人が多くて邪魔になるから控えたのだろう。

 こういう分別のあるところはいかにも山本さんらしい。

 

 それから文具コーナーに行って、買い物して終わり。

 のはずだったのだが、その道中で山本さんの足がピタリと止まった。

 そこにはルーズリーフや封筒などの書類系の商品がたくさん並べられていて、有名なアニメとのコラボ商品も置いてあった。

 

 なにか可愛いアイテムでも見つけたのかなと、俺は山本さんの視線の先にあるものを追ってみる。

 するとそこにあったのは、婚姻届だった。

 

 なんでこんなところに婚姻届けがあるんだ。

 役所に行って受け取るものなんじゃないのか。

 アニメの絵柄がプリントされてる婚姻届なんて正式に受理される気がしないが、子供のおままごと用だろうか。

 その割には記入欄が本物とそっくりだけど。

 

「あっ、ごめんね」

 

 山本さんはすぐに婚姻届から意識を外してまた歩き出した。

 何を考えていたのかは、聞かないようにしよう。

 

「付箋紙とかって、お勉強に使うんだよね? オススメのやつを教えてあげようか?」

「それは助かる。問題集を解く以外にしたことなくて」

 

 俺は山本さんからいくつか使いやすい付箋紙とペンを見繕ってもらった。

 見慣れた黄色や赤よりも、色鮮やかなものを使ったほうがキレイにノートが取れるらしい。

 商品棚に置かれている台紙でいくつか試してみると、文字を書くのに向く色や、下線を引くのに向く色などがわかってくる。

 最初のうちは色んなペンを試すだけで勉強のモチベーションが上がりそうだなと、歳甲斐もなくワクワクしてしまった。

 

「山本さんもどれか買うの?」

 

 俺が山本さんのオススメを試している横で、山本さんもひっそりとペンを走らせていた。

 やけに楽しげにしているのでもしかしたらと思ったら、可愛らしい相合い傘を書いて俺の名前を綴っていた。

 山本さんは、なんというか、子供の世話とか得意そうだなと思った。

 

「ソトミチくんの、一番近くは、やっぱり美優ちゃんかな」

 

 傘を挟んで俺の名前の隣に書かれたのは、美優の名前だった。

 そして、そのさらに横にひっそりと、山本さんの名前が添えられる。

 

「三人で結婚できたらいいのに。……美優ちゃんが許してくれるかはわからないけど」

 

 それはこの国の法律では許されていないこと。

 俺と美優が結婚することも叶わない願いだけど。

 改めて考えると、俺たちって歪な三角関係なんだよな。

 

「一番のお嫁さんが美優ちゃんで、二番目が私。二人は合間を縫ってソトミチくんに愛を捧げるのです」

「俺の休みは……?」

「そこは頑張ってもらわないと」

「は、はい」

 

 実際にそんなことになったら、どんな生活になるのやら。

 楽しみなようでも恐ろしいようでもある。

 

「ほんとは、一番近くに居たいけどね」

 

 ボソッと本音を漏らす山本さん。

 思った通り独占欲はあるんだな。

 ここまで人に想ってもらえる俺は、幸せ者だ。

 

 俺も山本さんのことは幸せにしたい。

 恋人ではなく、友人として。

 

 美優もそれを望んでいて、俺は美優だけが知る“美優を一番に愛したまま山本さんを幸せにする方法”を実現するため、こうして指示に従っているわけだけど。

 

 果たしてこの道の行く先に、みんなが幸せになる結末なんてあるのかな。

 

「私、山本奏は。病めるときも。健やかなるときも」

 

 山本さんは美優の隣に小さく書いてあった自分の名前を消し、傘を挟まない側の俺の隣に名前を書いてハートで囲った。

 これだと絵面が完全に不倫なのだが、現状がまさにこんな感じなので否定もできない。

 

「毎日ソトミチくんに美味しいご飯を作り。毎日気持ちのいいエッチをすることを、誓います」

 

 山本さんは最後に“誓約”の二文字を達筆で書き上げる。

 ちょっぴり大胆なその約束は、山本さんなら本当に幸せにしてくれることを感じさせるものだった。

 それから、山本さん一度満足げに微笑んで、急いで黒ペンで書き消した。

 

「これはさすがに美優ちゃんに怒られちゃうね」

 

 山本さんの声音に陰りはなかった。

 本音を打ち明けていく中で、少しずつこの現状を受け入れているのかな。

 

「あのさ、山本さん」

 

 山本さんならどんなことを聞いても怒らないはず。

 そんな優しさがあったからこそ、俺はこれまで山本さんに聞けずにいた。

 

「山本さんって、どうして俺のことが好きなの?」

 

 お互いに“そう”だとわかっていながら、それを明らかなものとして扱ってこなかった。

 

 遥からは美優に聞けと言われたけど、ここは、そういう話をしておくべきタイミングだと思う。

 

「ソトミチくんが好きな理由?」

 

 山本さんは俺の質問に驚いた様子もなく、髪を耳に掛け直して凛と澄ました顔をした。

 

「たぶん、聞いたら拍子抜けするよ」

 

 意地悪でも誤魔化しでもなく、ただ事実がそうあることを告げる返答。

 もっと身構えられると思っていたけど、むしろ「よく聞いてくれました」と言わんばかりの得意げな表情だった。

 

「ソトミチくんさ、私の家で一週間エッチしたとき、私が昔付き合った人のことを一度も聞かなかったでしょ」

 

 おもむろに始まった山本さんの話に、俺はそうだったかなと朧げな記憶を引っ張り出す。

 山本さんのエッチが気持ち良すぎてそれしか覚えていないが、山本さんが言うのであれば事実なのだろう。

 

「だから、好きになったの」

 

 山本さんはそれだけ言って、俺の二の腕をちょんと指で突いた。

 

 まさかの告白終了だった。

 拍子抜けするというか、まず、どういう意味なんだ。

 

「今までの人は、前に誰と付き合ってたかしつこく聞いてきたってこと?」

「んふふ。違うよ」

 

 含みのある笑い方をする山本さん。

 俺の反応を予測して楽しんでるな。

 

「一番多かったのは、そうだなぁ。お料理を作ってるときかな」

 

 山本さんは昔を懐かしむように語る。

 それほどツラい過去ではないのか、今だからツラくないのか。

 

「相手の家に行ったときは、私はよくご飯を作ってたんだけど。その度にね、『前の人にも作ってたの?』って聞かれたの。エッチのこととか、プレゼントのこととかは、みんな前の人のことを聞かないように気を遣ってくれるのに。お料理のことになると、どうしてか口に出るんだよね」

 

 山本さんの料理は味も見た目も完璧で、作ってもらえる側からするとめちゃくちゃ嬉しい一品だ。

 だが、自分が彼氏の立場になったとき、それを別の男も享受していたのかと思うと、微妙な気持ちになるのはわからないでもない。

 ましてやこの世に二人といない超絶美少女が恋人なわけだからな。

 何もかも独占したくなるんだろう。

 

「それで私は答えるんだ。『作ってたよ』って。そりゃ作るよ。一時的とはいえ好きな人だったんだからさ。でも、そういうときは、みんな揃って美味しいって言ってくれなくなるんだ」

 

 薄っすら目を充血させて不満を漏らす山本さん。

 ただ人を好きになっただけで責められるなんて、山本さんからしたら堪ったもんじゃないよな。

 

「関係が拗れるきっかけは、いつもそんなこと。最後は前にも言った通り、みんなエッチが上手くできないことに焦るようになって、元カレともヤッてたんだから俺ともヤるだろってすぐに本番を迫られて。だいたいの人とはそこで喧嘩になってフられちゃってます」

 

 きっとみんな、付き合った当初は良い人だったんだろう。

 それなのに、尽くすほど相手がコンプレックスで自滅するんじゃ、山本さんにはどうにもならないよな。

 

 山本さんは相手に敵意を向けられない限りは何でも抱え込んでしまう、なんて美優は難しく説明してたけど、要はみんなのことが大好きってことだろ。

 実に山本さんらしいと俺は思う。

 さすがに俺一人だけがこんな美少女に好きになってもらえるなんて思わないしな。

 美優はあの体質と性格だから絶対の一人しか愛さないけど。

 

「山本さんの昔のことか。俺も自分の過去を掘り返されるのはゴメンだな」

 

 どうしようもない男だった自分をなかったことにするつもりはない。

 それはきっと、美優が俺にしてくれたことも、俺自身の頑張りも、否定してしまうことになるから。

 ただ、それを他人に知られて値踏みされるのは、また違う話だ。

 

 俺も山本さんと恋仲になっていたら、山本さんの過去を気にしてたんだろうか。

 もし美優に元カレがいたなんてことになったら、俺も平静を保っていられる自信はないし。

 やはり当事者かどうかが重要な気がする。

 

「で、結局ヤッたのかとか気にならない?」

 

 山本さんからの不意打ち気味の質問に、俺は少しだけ狼狽えた。

 

「え、ああ。どうだろ。聞かれてみると気になるかも」

「へぇー。じゃあ教えない」

 

 ここにきてもったいぶる山本さん。

 気になるって言ったほうがノリが良かったか。

 

「興味がないわけじゃないけど、俺は今の山本さんが好きだから。いいかなって」

「あーほらそういうこと言う。もっと惚れちゃうぞ」

 

 山本さんは俺のほっぺを指でグリグリしてくる。

 本気の照れ隠しかってぐらい痛い。

 

「俺が山本さんに余計な詮索をしなかったのは、彼氏じゃなかったからだって思わない?」

「思わない」

 

 気にしていたことを聞いてみたら、食い気味で山本さんの答えが返ってきた。

 しかも、かなり確信めいた断言。

 

「ソトミチくんには感じるんだ。上手く言い表せないけど、ふと一緒にいたくなっちゃうような、そんな居心地の良さがあるの。だから、きっと人が嫌がるようなことは聞かないよ」

 

 山本さんのなんとも要領の得ない答え。

 でも、結構な人数に同じようなことを言われた覚えがある。

 佐知子にも、由佳の友達にも、ハルマキさんにも。

 どうしてなんだろうな。

 

「それにソトミチくんが好きな理由って、他にもいくらでもあるんだよ? 私はかなり口にしてるつもりなのに、半分も伝わってないよね」

「す、すみません……」

 

 山本さんは周囲に人がいないのをいいことに、グイグイと体を寄せてくる。

 褒められてるのか叱られてるのかわからなくなってきた。

 

 山本さんってそんなに俺のこと褒めてくれてたっけ。

 ポツポツと印象的なものは覚えてるけど、そんなにたくさん褒められた記憶はないし、そもそも俺が気付けなかったのか。

 自分の鈍感さが恨めしい。

 

「あと、これはなんで自覚がないのか不思議なんだけど。お料理ができるのも、エッチが何回もできるのも、他の人にはないすごいところなんだよ? ソトミチくんは人としても男としても、十分に魅力的な人なの。でなきゃソトミチくんが私のおっぱい吸わせた初めての人になんかならないんだから」

「なにそれ!? マジ!?」

「ほらやっぱり気づいてなかった。どうせ信じないだろうから確認しなかったけどさ」

 

 それは信じることなんて無理だろう。

 山本さんのこの素晴らしいおっぱいを前にして吸わずに別れるとか、それこそ何のために付き合ったのかわからないっていうかいかんいかん、待て落ち着けすごい失礼なことを考えているぞ落ち着け俺、落ち着くんだ。

 

「と、とりあえずなんか遠くの人にまで注目されちゃったから、出ようか」

「ソトミチくんが大きな声を出すから。はい、これとこれが私のオススメだから、お会計が済んだらお店の前で集合ね。私はちょこっとコスメを見てくるから」

 

 山本さんは商品をカゴに入れて、化粧品コーナーへと行ってしまった。

 去り際の山本さんの横顔がまたニヤついていたような気がしたのは、たぶん気のせいじゃないんだろうな。

 

 それから店を出て、俺は山本さんが来るまで数分待っていた。

 

 なぜだか胸がざわざわして、スマホをいじる気にもならない。

 用を終えてこちらに向かってくる山本さんが、さきほどよりも女の子っぽく感じる。

 

「おかえり。どこか化粧でもしてきた?」

「ん? 何も変わってないよ?」

 

 こんな短い時間じゃ何もできないよ、と山本さんは身を翻してスッと俺の横に立った。

 

 手の甲を上にして差し出された手を、俺は無意識のうちに取ってしまい、自然とそうすることに慣れてしまった自分にジワリと焦りを覚える。

 さすがに山本さんの可愛さに精神が侵食されてきたみたいだ。

 冷静に考えるとめちゃくちゃ美人だからなこの人。

 

 どこに行くともわからず俺たちは歩き出した。

 すでに目的地どころかデートの目的すら見失ってきているんだが、俺はこれからどうすればいいのだろうか。

 

 ──お兄ちゃんも素直に奏さんが好きなことを認めてそれを伝えること。私に対してはもちろん、奏さんにも遠慮してはいけません。

 

 どうにも行き詰まって、俺は美優から与えられた2つ目の指示を思い返す。

 

 これまで深く考えてこなかったけど、1つ目の指示に比べて内容が曖昧だよな。

 俺が山本さんのことを好きだと認めろという部分からして、どう解釈すればいいのかわからないし。

 

 さきほどもさりげなく山本さんに好きだと言ってみたが、山本さんが一回り可愛く見えるようになったぐらいで劇的な変化はなかった。

 いや、あの超美人な山本さんがもう一回り可愛く見えるのは十分にすごいことだが、それでも俺と山本さんの関係性にはまだ何の影響も及んでいない。

 

 もっと本気で言わないとダメなのかな。

 遥は俺が山本さんに好意を伝える意味を『優しさで山本さんの倫理観を陥落させること』だと言った。

 それは山本さんが浮気を気にしなくなるくらい、ベタベタに惚れさせろってことなんだろうけど。

 

 無理やり惚れさせようなんて、俺の素直な気持ちではない。

 加えて言うなれば、美優が一番であることを主張しなければならないのだから、今より惚れ込ませたところで結局は山本さんに叶わぬ願いを抱かせることになる。

 それはあまりにも残酷な仕打ちだ。

 

「あのさ、ソトミチくん」

 

 おもむろに口を開いた山本さん。

 俺たちはお店を見もせずに館内を歩くだけのウィンドウショッピングを続けている。

 

「美優ちゃんは、私とソトミチくんを仲直りさせるために、スキンシップを許してくれてるんだよね?」

 

 山本さんは手を繋いだまま、俺の腕に抱きついて密着してきた。

 一度は山本さんを振った俺が、これだけ濃密な接触をされても引き剥がそうとしないことから、山本さんもおよその事情を察したのだろう。

 

「そうだよ。とにかく、仲直りするまではって」

 

 そもそもこの状態で仲直りをしろというのが意味不明なんだけどな。

 もう十分に仲良しというか、側から見たらただのラブラブカップルだし、むしろ仲直りするべきなのは美優と山本さんなんじゃないかと俺は思う。

 

「私がソトミチくんと仲良しのままで、ソトミチくんのことが人として大好きで、それでいてこの恋心は消えてるような。そんな関係が望まれてるんだよね」

「そうなるな。山本さんからしたら、あんまりな話だろうけど」

「……私は、失恋するか、気持ちが冷めるまで待つかの選択肢を与えてもらってるわけだし。感謝することはあっても恨むことはないよ」

 

 それも、難しい話だ。

 山本さんの恋の結末は俺が決めることができて、俺はその選択権を美優に預けていて、その美優からの指示は、はっきりしないまま。

 

 今の俺と山本さんは、相反する選択肢がギリギリの状態で消し合うことなく存在してるような、そんな曖昧さそのもの。

 拠り所もなく浮遊して、外側の何かによってどちらに傾くのかを待っている。

 

「こんなにソトミチくんの近くに居ることが許されてるのは、思う存分に本音をさらけ出して、好きなだけソトミチくんに甘えていれば、そのうち気も晴れるだろうって……そう判断されてのことだと思ってた。だから、考えてたこと全部喋っちゃったけど」

 

 山本さんは急に歩く速度を落として立ち止まる。

 腕に体全体をぎゅうぎゅうと押し付けられていた俺は、同じように止まるしかなかった。

 

 俺も美優の指示はお互いの腹の内を明かすことが目的だと思っていた。

 でも、実際には恋心が薄れた様子なんてなくて。

 

 むしろ──

 

「……スッキリは、したよ。言いたいことも言えたし、胸のつかえはなくなってる。そのおかげで、自分の素直な気持ちには向き合えた。それで、その、そしたら」

 

 山本さんが、言い澱む、その結論は、口にされなくても明白なものだった。

 

 なぜなら、それは俺も共有している感情。

 山本さんの抱くものと同一ではないけれど、それでもはっきりと伝わる。

 

 学校でのことと、あの一週間と、今日と。

 こうして二人でいる時間は、他の人では満たされないほどに楽しいものだったのだと。

 

「ソトミチくんのことが、もっと好きになっちゃったみたい」

 

 それは言葉にされて、想いは山本さんの鼓動になって、腕から伝わる心拍数に、俺の心臓も同調する。

 どくん、どくん、と激しく拍動する音が耳に響いてうるさい。

 

「どうしたら、いいかな?」

 

 山本さんはしっとりと俺の耳元で囁く。

 密着する体の面積はさらに増えて、山本さんはもう、一切の恋心を隠すつもりがないようだった。

 

「えっと……そう、だな……」

 

 こんなにイチャラブして、好きにならないはずがない。

 それは俺も同じだ。

 

 山本さんに好きだと伝えろなんて指示に従ったら、もう本気の告白になりかねない。

 

 遅きに失したのか。

 あるいは、こうなることが美優の狙いだったのか。

 

「とりあえず、周りに見られてるから、こうやってくっつくのはちょっと」

「あっ、ごめんね。つい。……こっちのほうが落ち着いたから」

 

 腕を組む代わりに少しだけ間を空けて手をつなぎ直した山本さん。

 山本さんは恋心どころか性欲まで抑えきれなくなっていて、俺も動悸がしているせいか、エロい気分が誘発されて下半身の疼きを無視できない。

 

 ここは一旦お開きにした方がいいだろうか。

 ひとことでも好きとは言ったし、役目は果たせたんだよな。

 

「……ねえ、ソトミチくん」

 

 しげしげと俺の顔を覗き込んでくる山本さん。

 どうしたのかと正面を向き直ったら、買い物袋を持っている右手ごと両手で包み込むように手を握られた。

 

「今日ずっと、変なタイミングで上の空になるよね? なにか考えてる?」

 

 ここにきて鋭い疑問を向けられてしまった。

 俺の感情が揺れたことで、前から勘づいていたものが確信に変わったんだ。

 

「あー……それは……」

 

 俺は問い詰められたら嘘がつけない。

 状況が状況だから、山本さんも深くは追及してこないだろうけど。

 

 このままサラッと言ってしまった方が楽になれるかもしれない。

 本気で好きだと伝えなければならないというのは、あくまでも俺の想像のものでしかないし、雑貨店で軽く好きだと言ったあれでもう十分な可能性もある。

 

 だから、同じように言ってしまうんだ。

 山本さんが好きだと。

 それは本音なんだから、偽ることはない。

 これで美優の指示を全うすることも、山本さんの疑問を解消することもできる。

 

 よし、言うぞ。

 言うんだ。

 

 挨拶をするみたいに気軽に。

 指輪を褒めたときのようにさりげなく。

 感謝の気持ちと同じくらいに心を込めて。

 

「その……えっと……」

 

 落ち着いて、タイミングを計るんだ。

 お互いの呼吸のリズム、周囲を歩く人の距離から、ベストなタイミングを計算する。

 

 できるだけ素早く。

 こうしてまごついている間にも、山本さんに見つめられて、二人の間にある空気が密度を増していっている。

 変な雰囲気が醸成される前に片付けなくては。

 

 まずは心の中で素振りを。

 

 俺は山本さんが好きだ。

 俺は山本さんが好きだ。

 山本さんが好きだ。

 

 よしっ。

 

「そっ……あ……俺……あの……」

 

 山本さんはギュッと俺の手を握って、口を閉ざしたまま、薄っすらと頬を上気させて答えを待っている。

 

 その緊張感が俺にも伝わって、第一声を間違えた。

 もういい加減に言ってしまわないと。

 これ以上見つめ合っていたら、俺にまで恋心が芽生えてしまう。

 

「俺も、山本さんのこと。好き、なんだ」

 

 言って、それからが、続かなかった。

 耳に入ってきた自分の声が予定になく迫真がかっていて、なにより俺の告白を聞いた山本さんが耳まで顔を真っ赤にするものだから、やってしまった後悔と焦りが頭を混乱させている。

 

「っ……あ……まあ……一番は美優だけど……」

 

 どうにか体裁を取り繕ったけど、それが山本さんに聞こえていたかはわからない。

 俺の手を握る力が痛いくらい強くなって、山本さんも色々とコントロールが利かなくなっているようだった。

 

「ソトミチくん、あの、よければ……」

 

 一瞬だけ俺の腕を引こうとして、すぐに思い直した山本さんは、どういう心理状況かまさかの言葉を口にしてきた。

 

「これから、私の家に行きませんか?」

 

 俺の目をしっかりと見つめながらも、ときおり周囲に気を向ける山本さん。

 

 これはただの予想だけど。

 この誘いの意味は「ここだとイチャイチャしづらいから家に来ませんか?」という口説き文句だと思う。

 

 普通に考えたら、恋人のいる俺が受けていい誘いではないけど、こうしてエッチをすることになるのは当初の計画通り。

 それこそ、山本さんと仲直りエッチ大作戦が円滑に進んでいる証拠なのだから、喜んでいいことなのに。

 

 俺が男として本気で山本さんに惹かれ始めてしまったせいで迷いが生じている。

 だが、もうここまで来てしまったからには、俺も引き返すことはできない。

 

「……そうだな。行こうか」

 

 たとえ愛の告白でも、セックスの誘いでも、美優の計画では俺が山本さんの「好き」を拒否することは許されない。

 

 おそらくは俺のひとことによって、性欲を堰き止めていた倫理が決壊した山本さん。

 

 これが本当に正しかったのか、俺は最後までわからないまま。

 

 互いの指を絡ませて、ほんのりと甘い緊張感を共有しながら、俺たちはバス停へと向かった。

 

 夏の日差しに肢体を刺激される昼下がり。

 瑞々しく太陽に映える山本さんの体が、やけにエロく感じた。

 

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