※この作品はR-18です。

俺の妹が最高のオカズだった   作:風見 源一郎

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理想の彼女とHな妹

 

 洗面台を前に朝食後の歯磨きをしながら、俺は鏡に映る自分の顔をぼーっと眺めていた。

 

 夏休みに入る前は冴えないブ男だとしか思わなかったのに、いまでは歯ブラシを口に突っ込んでいるこんな姿でさえそれほど悪くないように見える。

 

 服や美容院選びなんて、俺にとっては得体が知れないだけだった世界も、いざ足を踏み入れてみるとやって当たり前とさえ思えるものだった。

 

「人間、変わるもんだな」

 

 独り言をつぶやいて歯磨き粉を洗面台に吐き捨てる。

 

 変わったといえば美優もそうだ。

 あの仏頂面がデレるわけだからな。

 

 男にとんと興味のなさそうなあの顔を見ていると、今だに美優がどんな風に甘えてくれるのかを忘れそうになる。

 

(美優は何か予定があるのかな?)

 

 俺は美優に今日の予定を伺うべくリビングに戻った。

 

 ソファーに姿勢よく腰を掛けて、長いまつげをパチパチと、朝が弱い美優はどこか呆けているような顔でスマホをいじっている。

 

 非常に落ち着き払った、低いローテンションで巨乳の妹。

 これが重度のブラコンというのだから、まさしく兄をギャップ萌えで殺すために生まれてきたような生き物だ。

 

「美優は今日はどうするんだ?」

 

 俺が声を掛けると、美優はアンテナが立ったように頭をピンと反応させて、白いTシャツにブラジャーの刺繍が透けたデカい乳をこちらに向けて口を開く。

 

「私は遥と最後のお仕事があるから、おでかけする予定だよ」

 

 なるほど美優もいよいよ身辺の整理をつけるわけだな。

 この落ち着きようを見ると、俺の方もそろそろなんだろう。

 

「なら、俺も適当な時間に出掛けるかな」

 

 俺は美優の隣に座った。

 付かず離れず、拳一個分の隙間を開けて、俺たちはソファーに並んで腰掛ける。

 

 美優のテンションが低いときの距離感だけは、どうにも変わらない。

 もっと自然で恋人らしいスキンシップが取りたいのだが。

 

「美優」

「はい」

 

 美優はいつもの調子で事務的な返事をする。

 

 そんな美優に、俺はジリと間を詰めて、抱きつこうと両手を前に出しかけて。

 

 そこで躊躇してしまった。

 

「……ん? 何か威嚇をされたような」

「威嚇ではない」

 

 真顔の美優に思わず乾いたツッコミが入る。

 

 性欲が高まっていないとスキンシップを取るのが難しい。

 というより、変に焦ってしまったが、ここまで居住まいを正している妹に急に抱きつくのもおかしな話だよな。

 

 タイミングを見極めないと。

 

「私はお兄ちゃんのわかりやすいところが好きだから。そんなに無理をしなくても」

 

 俺の反省を読み取ったように、美優が励ましの言葉を掛けてくれた。

 

 こうしたやり方は美優には喜ばれないと分かっていても、俺にも地味に童貞根性が残ってるというか、どうしても自分よがりな無理をしてしまうのだ。

 

 思考の上ではいくら割り切ったつもりになろうと、男らしい自分を見せつけたい欲望に打ち勝つのは中々に難しい。

 

「なら、相談したい」

「なんでしょうか」

「自然なスキンシップが取れるようになりたいんだが、どうしたら上手くできるだろうか」

 

 悩んだら素直に聞く。

 これが俺らしい頑張り方だ。

 

「性欲に身を委ねればいいんじゃない?」

 

 美優はなぜそんな分かりきったことを聞かれたのかと疑問符を浮かべるように首を傾げた。

 

 あれ?

 ちゃんと俺が考えてること伝わってる?

 

「あの、普段は?」

「普段って?」

「たとえば、この現状がまさに、普段かなと」

「お互いにムラムラしてないときってこと?」

 

 まあ、そうなるな。

 

「別に要らないんじゃないかな」

「えぇ……」

 

 恋人らしい関係を目指すためのきっかけとして、一番簡単な筋道だと思っていた。

 

 でも、そんなことはなかった。

 

 うちの妹はドライなのだ。

 

「遥から連絡だ」

 

 美優はスマホを確認すると、ソファーから立ち上がった。

 

 もう外出の支度をする時間かな。

 俺は急ぎの用はないし、邪魔にならないようにソファーで大人しくしていよう。

 

(しかし、どこに行ったもんかな)

 

 この頃はアニメストアにもゲームショップにも行ってないし、久しぶりにそうした刺激を浴びるのも手だな。

 

 それなら駅前でも済ませられるし。

 

「お兄ちゃん」

 

 俺がスマホの地図を眺めるのに集中していると、美優に呼ばれた。

 

 リビングを出て、すぐに引き返してきたようだ。

 

「立ってもらっていい?」

「ん? ああ、構わないよ」

 

 何か美優の持ち物でも踏んでしまったのかと、立ち上がって辺りを見回したが、何もなさそうだった。

 

「どうかしたか?」

「お兄ちゃんに性欲のないスキンシップがいかに難しいかを教えてあげようと思って」

 

 まさかの実演講習だった。

 なぜ急に気が変わった。

 

 でも、このやりとり。

 俺の相談から、美優の謎の言動までの流れ。

 俺たち兄妹らしいコミュニケーションとして、これほどしっくりくるものもない。

 

「是非ともご教授願いたいね」

「わからせてあげましょう」

 

 美優は俺のことを見つめたまま歩いてきて、美優のおっぱいが俺の肋に触れそうなぐらいまで距離を詰めてくる。

 

 これだけ密着すると身長差が顕著に現れてくるもので、美優が軽く首を上げると、顎下に鏡餅を膨らませたような丸くて艶色の良い谷間がよく見える。

 

 それから、美優はおっぱいを寄せるように腕を畳んで、俺を見上げるだけになった。

 

「……お、俺は、どうしたらいいんだ」

 

 てっきり美優の側から何か仕掛けてくるのかと思ったが。

 そんな気配もない。

 

 ただ、俺の目の前で小さくなっている美優は、非常に可愛かった。

 

「お兄ちゃんには妹に抱きつく権利がありますが」

 

 誘われている。

 

 こんな言い方をしているが、要は「早く抱け」ということだ。

 

「では遠慮なく」

 

 俺は美優を腕の中に抱き込んだ。

 柔らかくて、いい匂いのする、女の子一人分の体温がある。

 

「そして、お兄ちゃんは『こんなに可愛い女の子に抱きつくことができるなんて俺は幸せだな』と思う」

 

 こんなに可愛い女の子に抱きつくことができるなんて俺は幸せだな。

 

「それからお兄ちゃんは『可愛い妹に抱きついてるとムラムラするな』とも思う」

 

 可愛い妹に抱きついてるとムラムラするな。

 

「ついにはムラムラしたお兄ちゃんは徐に下半身を露出し始める」

「しません」

 

 そんなことしたらいつもと同じだ。

 

 ……俺はいつもそんなことをしてるのか。

 

「でもムラムラはしてきた?」

「少しはな」

 

 それでも、まだ抜いてほしくなるほどではない。

 

「私がここでチューをせがんだらどうする?」

「可愛すぎて萌える」

「じゃあチューして」

「……ほんとに、していいのか?」

 

 美優はコクリと頷く。

 

 俺を見上げて、ぱっちりとした目を瞬かせる美優が、嘘ではなくキスをしてほしそうに見えた。

 

 だから、俺は半ば衝動的に、美優を抱きしめて唇を重ねた。

 

「んっ……」

 

 美優の口から声が漏れる。

 

(なんだろう、この感覚。柄にもなく、胸がときめくというか。すごくドキドキする)

 

 先ほどまでドライなやりとりをしていた俺たちが、抱き合ってキスをしている。

 

「んんっ……ちゅ、ぷはっ……」 

 

 唇を離した美優の顔がほんのりと赤らんでいた。

 

「これと同じことがお兄ちゃんからできますか?」

「無理だな」

 

 ニュートラルな状態からの、イチャラブなキス。

 この萌えは逆の立場では絶対に起こり得ない。

 

 美優が俺を誘うからこそ、ドライな妹が兄にキスをねだるからこそ、萌えるのだ。

 

「では、もうちょっと続きを」

 

 美優は照れを隠すようにはにかむ。

 声に甘えた響きが混ざっていた。

 

 講義は終わったから、それはともかくキスがしたいという、今度こそただのおねだりだった。

 

 可愛すぎる。

 

「わかったよ」

 

 どうしたことか欲しがりさんな美優に、俺は再びキスをして、互いの唇を甘噛みするように何度も口づけをした。

 

 そうしているうちにどうしたって性欲は高まってしまって、情けなくも俺の下半身が反応してしまう。

 

「ね、スキンシップしてると、ムラムラするでしょ」

 

 キスの合間に、美優はわずかに唇を離して、声帯を震わせない息の抜ける声で囁いてきた。

 

 ここまでされたら興奮しないわけがない。

 キスはセックスの一部なのだ。

 しかし、これがもしハグだけのスキンシップだったとして、欲情せずにいられたかと問われるとその自信もない。

 

「それにね、お兄ちゃん」

 

 キスを一旦落ち着かせて、美優が話を続ける。

 

「お兄ちゃんは性欲抜きのスキンシップがお望みのようですが。触られる側の私がどんな気持ちになるか、考えたことはありますか?」

 

 俺は大事なことを見落としていた。

 こうまでなると、下半身が穏やかな状態でないのは俺だけではないのだ。

 

「妹を生殺しにしたらいけないよな」

「ですです」

 

 本能的な、体の反応が強いのはむしろ美優の方だ。

 仮に俺がなんの気無しに触れたとしても、美優はお出かけするのに困るぐらいには濡れてしまうだろう。

 

「私は一人でするのも嫌いではないので、絶対にダメとは言いませんが。あんまり頻度が多いと困ります」

「だな。気をつけるよ」

 

 スキンシップは性欲ありき。

 いざとなればエッチをする覚悟がなくてはならない。

 

「ちなみに、性欲がないとスキンシップが減るのは、どのカップルでも同じだからね?」

「え、そうなの?」

「うん」

 

 そいつは知らなかった。

 けど、言われてみれば、俺は少し美優に対して欲情しやすいというだけで、男としての基本構造は変わらないのだ。

 女の子に触れたくなるのって、やっぱり溜まってるときだもんな。

 

「……で、どうしよう、これ」

 

 お互いにすっかり興奮してしまった。

 

「私はお兄ちゃんから授業料を貰うから。お兄ちゃんは射精したければご自由にどうぞ」

「えっ、そんな……おわっ──!?」

 

 美優はそう言うと俺のことをソファーに押し倒して、正面から乗っかってきた。

 

「お兄ちゃん」

 

 まるで精気に飢えた淫魔のように、甘ったるい声を耳打たせると、美優は有無を言わさず舌を捻じ込んできた。

 

「じゅるっ……ちゅっぷっ……んっ……んふぅ……じゅるるっ……じゅぱっ……」

 

 美優の貪るようなキスに、脊髄まで痺れさせられて俺は動けなくなった。

 

 そんな上からの攻めに合わせて、俺の股間へと、美優の腰が波打つように押し付けられてくる。

 テントを張ったズボンの上から、美優は俺の勃起したペニスにクリトリスを押し付けて、ただ自分の性欲を発散させるためだけに動いていた。

 

「はぁ……はぁむっ……んちゅっ……じゅるっ……ちゅぷっ……あっ……んあっ……!」

 

 それはセックスというより、兄の体を使ってのオナニーだった。

 俺を気持ちよくさせようなどとは一ミリも考えておらず、しかし、そんな美優の欲望に正直な姿がかえって俺の体を興奮させていた。

 

「ふぁあっ……あっ……おにいひゃん……んあっ……あっ……むっ……ちゅぶっ、じゅるるっ……ぷはぁ……おにい、ちゃん……」

 

 美優にキスをされるごとに、俺のペニスはどんどん太く硬くなっていって、その分だけ美優の快感も高まっていた。

 

 敏感になったペニスの先から、美優の愛液でズボンがぐっしょりと濡れていることさえ感じ取れてしまう。

 

 エロすぎて気が変になりそうだった。

 

「んあああっ……んっ、んんっ……あっ……アッ……!!」

 

 そして、俺が射精のタイミングを測る暇もなく、美優は事前の宣言も無しにイッた。

 宣言通り自分が気持ちよくなることだけを考えていたようだ。

 

「ふぅ……っ……はぁ……イッちゃった……」

 

 美優は呼吸を整えて、それから、体を起こして密着状態を解除した。

 

「ふふふっ。スッキリ」

 

 美優は満足げだった。

 

 どうやら精液が供給されていないときは、イクことでそれなりの欲求を解消できるらしい。

 そうでなければオナニーが堂々巡りになってしまうし、仕組み上は理解できるのだが。

 

「美優。これって、もしかして、俺はイかせてもらえないやつ?」

「だって咥えたり飲んだりしたら遥のとこに行けなくなるし」

 

 やはりそうなのか。

 諦めるしかないのか。

 

「そんなに妹に射精させてほしい?」

 

 美優は『策ならある』といった表情だった。

 

「ものすごく妹に射精させてほしい」

「しょうがないなぁお兄ちゃんは」

 

 美優は俺の頬に両手で触れると、口の中を覗き込むように顔を近づけてきた。

 

「我慢しちゃダメだよ」

 

 そこからの美優は凄まじかった。

 

 美優は俺の唇を舌でこじ開けると、ただひたすらにキスだけに専念して口内を蹂躙してきた。

 美優の舌はもはや別の生き物のようにのた打って、舌先や口蓋などの敏感な部分を絶妙なタイミングでくすぐってくる。

 

 何よりその勢いが、これまで溜め込んだ愛を一気に送り込んでいるようで。

 美優の甘い唾液が舌に絡むたびに、俺のペニスはビクンと震えていた。

 

(ヤバいっ……こんな、どうしよう……妹にキスイキさせられそうだ……)

 

 本来なら男女逆の立場で行われるべきその行為は、妹から兄への有り余る愛を以って着実に終わりの時を迎えようとしていた。

 

「んっ……はぁ……あっ……み、ゆっ……んんんっ……!!」

 

 物理的にペニスを刺激されているわけではない。

 だからこそ、我慢のしようがなかった。

 

 脳の射精を命じるための神経を直に責められているみたいに、俺は美優に口内をひと舐めされるごとに射精をした。

 

「あっ……ああっ……っ、あっ……!!」

 

 射精が始まると、今度は止め方がわからなかった。

 

 美優からのキスが終わるまで、俺は涙を流しながら、何度もイかされた。

 

「はぁ、はぁ……うっ……あぁ……」

 

 パンツの中はもう精液の感触すらわからなくなっていて、ただそこにはお湯を溢したような温かさがあるだけだった。

 

「ん? 出た?」

「で……出た……」

 

 美優はキスすることに夢中になっていて、自分が兄を射精させまくったことには気付いていなかった。

 

「えへへ。じゃあ、精液処理は、今日はできないので。自分でパンツは洗ってね」

 

 美優はそう言うと、上機嫌に階段を登って部屋へ戻っていった。

 

 外出するのを諦めようかと思うほどコッテリと絞られた。

 

「シャワーを浴びるか……」

 

 俺は美優が外出の支度をしている間に、精液まみれのパンツを手洗いして、体をキレイに洗い流した。

 

 おかげで色々とサッパリした。

 

 太陽光を浴びながらする着替えが心地良い。

 

 爽やかな朝だ。

 

(しかし、なんだな)

 

 あんなラブラブなやり取りをしても、俺たちは恋人というよりも兄妹だった。

 

 でもそれが悪いことには思えなくて、この関係性が一番しっくり来ている。

 

 実際、今この瞬間が何より幸せだ。

 

 文句など一つもつけられようはずもない。

 

(なのに、どうしても、あの違和感だけはな)

 

 山本さんとのデートで根付いたその疑問だけは、俺の頭の片隅にずっとへばりついていた。

 

 こだわりなんてないはずの彼女感。

 それが美優と一緒にいるときに得られないことをどうしても気にしてしまう。

 

 やはり気晴らしが必要そうだな。

 

 と、改めて外出への決意を固めたところで、美優も支度が終わったようだった。

 例によって遥に合わせたロリータ風コーデに身を包んだ美優が玄関にまで降りてくる。

 

 胸部が大きめに開いたワンピースから見える、ブラウスの膨らみがとてもエロかった。

 

「どうかした?」

 

 玄関の全身鏡で最後の身だしなみ確認をしている美優が、小指で眉毛の端を撫でながら尋ねてくる。

 

 ブラウスに大きいおっぱいを封じ込めているので、服のシワの付き方やスカートの浮き具合にも気を配っているようだ。

 

「なんというか、だな」

 

 俺はこんなに可愛い妹と、昨日はラブホテルでイチャイチャして、中出しにまで及んでいた。 

 

 ラブホテルで妹に「お兄ちゃん」と呼ばれる喜びは短いものではあったが、兄妹でラブホテルに行った事実はこれから先も俺の人生に残り続けるのだ。

 

「美優が妹で心から良かったと思う」

 

 これだけの清楚さを醸しておきながら中身はエロ漫画脳だからな。

 

 ロリコン冥利に尽きる。

 

「お兄ちゃん」

 

 美優が身だしなみ確認を終えて俺の方を向いている。

 

 またしても不埒な思考が読まれてしまっただろうか。

 

「私もお兄ちゃんの妹でよかったと思ってるよ」

 

 美優は手を口元にさりげない笑顔まで添えて、こんな兄に寛大な言葉をかけてくれた。

 

 不意のことにときめいた感情に、俺は放心して。

 俺は心の底からこの妹に惚れさせられていることを思い知らされたのだった。

 

「行ってきます」

「……はっ、い、行ってらっしゃい。気をつけてな」

 

 美優は俺に手を振って、体の捻り際にたぷんと胸を揺らして出ていった。

 

 そんな美優の残像を眺めながら、俺はぼーっと廊下に立ち尽くして、

 

「うーん……」

 

 誰もいなくなった空間で一人。

 俺は説明のできない引っ掛かりを覚えて脳みそをグルグルと回転させていた。

 

 何か大事なことを見落としている気がする。

 

 しかもそれは、昨日のデートから現れていた。

 

 密やかな、しかし、重大な事実のように思う。

 

 昨日から気になっていたことなんて、美優のおっぱいがやたらと柔らかそうだということぐらいだが、それはいつものことだし……。

 

「ハッ──っ!!?」

 

 いや、まさか、そんな。

 

 “そう”なのか!?

 

 あの美優のことだから、もし“そう”なのだとしたら、何かしらのアクションがあると決めつけていたが。

 

 たしかに、電車に乗っているときも、スパでイチャついているときも、ラブホテルにいるときも、美優は"そう"だった。

 

「だとしたら……!」

 

 俺はダッシュで階段を駆け上がって、美優の部屋のドアを開けた。

 

 たった数秒の無酸素運動なのに、やけに息が上がっている。

 

 この心臓の拍動は美優と初めてセックスをしたとき以来か。

 

 目標はベッドの横に置かれている円筒状の入れ物だ。

 

 ゴミ箱を漁るという行為がどれだけ罪深いことか、健全な男子として十分に理解はしている。

 だけど、あれだけアピールをされたのでは、兄として無視するわけにはいかない。

 

 俺は一歩ずつ足を踏み出し、ゴミ箱へと近づく。

 その中に捨てられていたのは、何かしらの用途で使われたティッシュがいくつかと、カラフルなチェック模様の紙袋だった。

 

 下着を折り畳めばちょうど収まるぐらいの大きさだ。

 美優レベルのものがはたして店頭に並べられているのか、男である俺には知る由もない。

 

 だが、これだ。

 間違いない。

 

 俺は震える手を伸ばして紙袋を拾い、折り畳まれていた口を開いた。

 

「あっ……あああっ……!!」

 

 本当に見つけてしまった。

 

「う……嘘だろ……ほんとに、こんな……」

 

 俺は紙袋の中から白いタグを摘んで取り出した。

 

 小さな文字が羅列されたそこには、はっきりと『H65-70』の表記がなされていたのだ。

 

 製品名と値段の間に並べられた、カップサイズとアンダーを示す項目。

 

 その細身のアンダーサイズは変わらず、65センチから70センチ。

 

 そして、カップサイズは──

 

「み……美優……」

 

 あの妹はついに、名実ともに“H”な女の子になっていた。

 

 つまり、要するに、より分かりやすい言葉で言えば、美優はおっぱいが大きくなっていたのだ。

 

「なってたじゃないか……あんなに……!」

 

 どうしてもっと早く気づいてあげられなかったのかと。

 後悔の念に苛まれると同時に、やってきたとある恐怖が、まさしくその訳を示していた。

 

 美優がHカップに成長してしまったら、二度と美優のおっぱいに触れない。

 

 俺はそう思っていた。

 

 だから俺は、ホテルであれだけエッチをしても、パイズリの要求すらすることができなかった。

 

 しかし、どうやら美優の心情にも変化が訪れていたようで。

 

 美優は俺にずっとアピールをしていた。

 そのHカップは“使ってもいい”ものなのだと。

 

 知らずのうちにあのHカップは、兄を射精させるための道具へと昇華されていたらしい。

 

「なんてエッチな妹なんだ」

 

 紙袋をグシャっと握り潰して。 

 

 俺は勃起していた。

 

「いや、もう無理だろ……」

 

 自分で自分にツッコミを入れたくなるほどの事態だった。

 俺は涙が出るぐらい美優に射精させられたんだ。

 

 もう金玉はすっからかんで、カウパー腺液すら出ないところまで絞られている。

 

「…………」

 

 なのに、勃起している。

 しかも、妹がHカップになったという事実だけで。

 そんな自分が悲しくて、それでも俺は興奮していた。

 

「美優……」

 

 オナニーをするしかない。

 義務感からではなく、敬意によってそう感じた。

 

 俺は妹の部屋で下半身裸になり、自分でも驚くほど立派に怒張したペニスを握りしめた。

 

「ふぅ…………うっ……」

 

 オナニーをするなんて、いつぶりのことだろう。

 俺は美優という存在によってセックスの相手に恵まれ、性欲が溜まれば誰かしら(しかもとびきりに可愛い女の子)に抜いてもらうことができた。

 

 それでも、やはり俺の体は、美優のために存在している。

 射精をするために無理に美優のことを考えているより、こうしてオカズにしているときのほうが、明らかにペニスが活き活きしている。

 

 ペニスの成長具合にしたってそうだ。

 美優のHなおっぱいに挟まれて不足のないペニスになるために、この竿はここまでの肥大化を遂げたのだ。

 そうでなければ説明がつかない。

 

「はぁっ……はあっ……美優……くそっ……エロすぎる……」

 

 ナニを扱く手が止まらない。

 

 美優に怒られるかもしれないという不安はなかった。

 

 結局、恋人を怒らせてしまう確率なんてものは、たとえそれが記念日のプレゼント選びに失敗するような、善意によるものでも存在していて。

 

 兄に欲情されることを喜ぶあの不埒な妹に対して、これは決して罪深い行為などではないのだ。

 

 大切なのは何が正しいかではない。

 自分のやったことに責任を持てるかどうか。

 それが、己の意思を貫くために必要なことだ。

 

「うっ……美優っ……!」

 

 上下に激しくペニスを扱きあげる。

 

 射精の瞬間はもうすぐそこまで迫ってきていた。

 

 美優がおっぱいを見せてくれているわけでもない。

 下着を手にしているわけでもない。

 妹のおっぱいがHカップだという事実にだけ興奮して俺はペニスを滾らせている。

 

「はぁ……ふぅはぁ……美優……出るよ……! イクッ…………うっッ……!」

 

 俺は膣挿入するように紙袋をペニスに被せて、その内部に精液を吐き出した。

 

 どぷっと粘液が飛び散るたびに、その証がシミになって外側に表れてきた。

 

「ふぅ……はぁ……はぁ……」

 

 やってしまった。

 

 後悔はないが──いや後悔がないと言えば嘘になるが、それはともかくとしてオナニー後の賢者タイムは避けられない。

 

 冷静になると大変なことをしたかもしれない。

 

 俺はズボンを穿き直して、自分の部屋に戻ると、精液のニオイが漏れ出すその紙袋を捨ててベッドに仰向けになった。

 

(紙袋が無くなってたら美優も気付くよな……)

 

 オナニーをしたこと自体はよいとして。

 紙袋に射精したのはどうかしていた。

 

 美優になんて説明すればいいだろう。

 下着にぶっかけたとかならまだ理解はしてもらえただろうが、俺は現物に触れてすらいないしな。

 

(せめてHカップに気付いたことだけでも報告しなくては)

 

 俺はスマホを手に取り、美優にメッセージを送った。

 

『大きくなってたのいま気付いた』

 

 まずは短く、伝えたいことをそのままに。

 ここからどう繋げるかを考えていると、美優から早速返信がきた。

 

『たしかにそれは私にとって、とても重要な事実です』

 

 文章が少し変だった。

 まるでネットの翻訳機で和訳をしたみたいな直訳文だ。

 

 と、不審に思っていると、続けざまに二通目が来た。

 

『ですが、急ぎの用でもないのに、友人の家に向かっている妹にわざわざメッセージをしてくるあたり、一人で抱えていられない罪悪感があるものと妹は推測しました』

 

 背筋が凍った。

 

 俺の思考回路はこうやって筒抜けになっているわけだな。

 

『すまん抜いた』

『ブラに出したの?』

『下着は使ってない』

『じゃあなんで抜いたの』

 

 たしかにそうだ。

 それはそうだ。

 

 そうなるよな。

 

『詳しくは言えないけど、下着は無傷』

『よくわかりませんがそれは何よりです』

 

 兄妹のメッセージグループに意味深な会話が積まれていく。

 これはSNSに上げたら絶対にバズるやつだな。

 絶対に上げられないけど。

 

『ところで、メッセージを貰ったついでに聞いておきますが、誕生日プレゼントは何がいいですか?』

 

 懺悔は早々に終わり、話題が次に移る。

 

「あっ、そっか」

 

 美優に尋ねられるまで忘れていた。

 そういえば俺の誕生日が近いんだったな。

 

 とはいえプレゼントなんて、親から貰う現金くらいしか経験がないし、パッとは思いつかないな。

 

 ふむ。

 

『美優のことを一日好きにできる券とか』

 

 今の俺が素直な欲望に従うとしたらこれしかない。

 

『この流れでよくそんなふざけたことが言えますね』

 

 俺はスマホに土下座をした。

 勝手におっぱいをオカズにしてごめんなさいをした直後に言うべき内容ではなかった。

 

 そうして俺が頭を下げていると、再びスマホのバイブが鳴った。

 

『考えておきます』

 

 やはりこの妹も相当なブラコンだった。

 

「さて」

 

 正気を取り戻した俺は外出の支度をすることにした。

 

 無目的に街に繰り出すなんて暇人みたいだが、かと言って部屋にこもってゲームや勉強をする気分にもなれない。

 

 山本さんのことは、今後のことが何も決まってないけど、連絡待ちでいいのかな。

 それとも俺からデートにでも誘うべきか。

 

 当初の目的が気晴らしとはいえ、暇だって言われたら会ってみるのも手だな。

 

(とりあえず一人で出歩く前提で支度をして、連絡だけしてみるか)

 

 俺は山本さんに『おはよう。今日はどうしてる?』と、ちょっと付き合いたてのカップルみたいな雰囲気を感じるメッセージを送った。

 

 それから着替えをして財布など一式を用意したところで、山本さんからの返信が来た。

 

『おはよー! 今日は予定があるんだ~。どうかした?』

『用があるわけじゃないけど。前に花火を見に行こうって話してたのを思い出して』

 

 深く考えずに送ってから、俺は以前に山本さんとした会話を思い出していた。

 

 夏休みも終わる頃なので大々的にやっている地区はそう多くないだろうが、いまどきは冬でも花火を上げるところもあるぐらいだし、どこかしらではやっているはずだ。

 

『それなら、考えてあるよ! こっちで日程決めちゃっていい!?』

 

 どうやらもう山本さんが目星をつけてくれていたようで、俺より忙しいはずの山本さん側に合わせてデートの日取りを決めることにした。

 

 駅に向けて走るバスに乗り込んでから、改めて山本さんとのメッセージのやりとりを眺める。

 

 他の男子であれば、こんな簡単なメッセージのやりとりでさえ、あの山本さんとはできないんだよな。

 自分がどれだけ男として恵まれている立場なのか、山本さんのおかげでとてもよく理解できる。

 

 山本さんの部屋での一件からしばらく経って、俺たちもだいぶ普通に話せるようになってきた。

 こうして日常的なやりとりを続けて、フっただのフラれただのを有耶無耶にしてしまうのも、美優の計画の一つにはなっているのかな。

 

 最後に楽しい夏の思い出を作って、そしたら、山本さんとも円満な友達関係に戻れるかもしれない。

 

(暇になると一人で駅前をブラつくぐらいしかやることがないってのも、どうなんだろうな)

 

 振り返ってみれば、俺はオフ会以外では男友達と遊んでいなかった。

 

 高波のやつはどうしてるかな。

 真面目に部活をやってるんだろうか。

 鈴原とハルマキさんの進展の具合はどうだろう。

 アイツらも暇してるかもしれないし、連絡してみるか。

 

 それぞれメッセージを送ってみると、鈴原から早々に返信が来た。

 みんなずいぶんとレスポンスがいいな。

 

『お、なんだ、暇なのか!? なら、ちょうどいいから今夜付き合えよ~』

『何かイベントでもあるのか?』

『あるっつーか、ないっつーか。合コン?』

『は?』

 

 話を深掘りしてみると、どうやら鈴原はハルマキさんと付き合うまでには至らなかったのだが、そこからオフ会の関係者との付き合いが転じて合コン友達になったらしい。

 しかも今では高波も巻き込んでるんだとか。

 

 友人の生き方をとやかく言うつもりはないけど、合コンに付き合うつもりはない。

 と、返事をしようとしたところで高波と三人のメッセージグループに入れられた。

 

『ついにソトミチも参加か!?』

『いや俺は行かんし』

『なんでだよこいよ、もう夏休みも終わるんだぞ。お前も童貞ぐらい捨てとけ』

 

 とても面倒なことに巻き込まれた。

 

『鈴原と違って俺はもう入れ喰い状態だぜ~』

 

 ほうほう、ついに高波もそんなところまで来たか。

 あいつはスポーツもやってるしモテる要素はあったからな。

 

『こいつは平気でブスとか手出してっから』

『勝率ゼロのお前にいわれたくねー。てかこの前の子は可愛かったし』

『くっ……たまたまとはいえあれはムカつく』

 

 俺の関わりのないところで勝手に話が進んでいく。

 

『小さな成功を積み上げてきた結果だよ。お前は顔に拘り過ぎ。つか俺は部活で体力あるから夜の方もバッチシだけど、鈴原は大丈夫なのかよ~』

『うるせぇ俺が誘わなきゃ女日照りだったくせに! この前のハメ撮り見せられたのはマジでイラッときたわ!』

『お前はあんなぶっ続けでピストンして女をイかせらんないもんな笑』

『今夜からメンバー入れ替えるか』

『おい!』

 

 嗚呼嗚呼、まったく。

 こいつら、夏に入る前は冴えないオタクだったのに、どうしてこうなってしまったんだ。

 

 俺も人のことは言えないけど。

 

『ソトミチもなんか喋れよ』

『知らん勝手にやってろ。俺は抜ける』

『あ、待て! やってみって! 一回だけでいいから!』

 

 そんな下手くそなナンパみたいな鈴原のメッセージを最後に、俺はグループから外れた。

 

 人生経験を積むのはいいことだ。

 俺なんかよりむしろあいつらのほうが王道的な成長の仕方なんだろう。

 

 あいつら、楽しそうだな。

 俺はまだ童貞扱いか。

 

 それも仕方のないことだ。

 山本さんのことは言えないし、美優は妹だし、他もみんな中学生だし。

 

 ……いや、山本さんのことだったら、もし仮に本物の恋人になっていれば、周りに話すことはできたんだよな。

 

 誰もが憧れる理想の恋人。

 実際に触れ合ってきた俺もその評判に一切の偽りはないと断言できる。

 山本さんとなら、人生のどんなステージを想像しても、将来は絶対に幸せだ。

 

 美優は俺にとっての理想の塊だが、まずもってあのロリ巨乳の異質さと、実妹であるという世間的な体の悪さが、大手を振って自慢できない要因になっている。

 

 その点は立場的に美優も同じはずなのだが、俺のことはどう思ってるのかな?

 さすがに堂々と実兄が彼氏だとは言っていないだろうし、先のことをどう考えているかも気になる。

 

 彼女感の無さに焦りが生まれる所以もこの辺りにあるのだろう。

 山本さんがホテルで俺に話していた、『美優とデートをすればわかる他の女の子を選ぶ余地』とやらも、大方はこのことを指していたのだと今では理解できる。

 お互いの“人生の平穏”を幸せと定義するなら、別々の人と結ばれるのも十分に考えられる選択肢だ。

 

 美優との関係を恋人と捉えたとき、どこをどう割り切ったって、その問題は付き纏うことになる。

 

(……ってことぐらいなら、もう整理はついてるんだよなぁ)

 

 俺だってそれなりに自分でものを考えられるようにはなった。

 全部わかってて、それでも美優に惚れてて、心の底から愛している。

 

 それなのに、この形の捉えきれない違和感はなんだ。

 俺が抱えている悩みって、そんな程度のものなのか?

 

「あっ……」

 

 バスを降りて無目的に歩いていた俺は、気付けば見覚えのあるカフェ通りに足を踏み入れていた。

 

 もうすぐお昼になる時間帯。

 

 もしかしたら俺は、無意識にそれを期待してこの場所を選んだのかもしれない。

 

「コンサル料をいただくわよ」

 

 背後から声がした。

 

 後ろを振り返ると、ちょっぴり大人びた化粧をリップに施した不機嫌ツインテールが、歩道の真ん中で仁王立ちしていた。

 

「俺のこと好きだったりする?」

「こっちのセリフだっての!」

 

 相変わらずの鋭い目で睨みを利かせてくる由佳。

 

 その奥には佐知子の姿もあった。

 

「久しぶりだな」

「はい、お久しぶりです」

 

 佐知子は人当たりの良い麗かな春の陽気のような笑顔を向けてくれた。

 そのユルい雰囲気がモヤモヤしていた心を和ませてくれる。

 佐知子はそこにいてくれるだけで場が癒しの空間になるな。

 

「二人はどうしてここに?」

 

 およそ答えの見えている質問をすると、答えようとしていた佐知子に割って入って由佳が口を開いた。

 

「塾、メシ」

 

 必要最低限のワードで俺の予想の答え合わせをしてくれた由佳は、佐知子にアイコンタクトを取ると、俺の腕を引っ張って歩き出した。

 

「あんたの方は別に大した用じゃないんでしょ。ならメシ行くわよメシ」

「わかったわかった。付き合うから、そんなに引っ張らなくても」

 

 俺が連行されてきたのは、どこにでもあるカフェレストランだった。

 

 時間帯の割には空いていて、入ると店員には自由な席へと言われたので端にあるソファー席を選ぶことに。

 

「勉強は順調なのか?」

 

 由佳はあれから、佐知子と真面目に受験勉強をしているらしい。

 

「由佳ちゃんは意外と理系脳というか、持ってる情報から答えを導くのが早くて。やり方を教えてあげるとすぐできるようになるんですよ」

「へえ、まあ要領は良さそうだったもんな」

「イマイチ褒められてる気がしないんですけど。やってみれば簡単だったわよ。逆になんで周りができないのか理解に苦しむわ」

 

 由佳は余裕綽々と言った感じにメニュー表を広げて、ある程度の中身を俺と佐知子に見せると悩む時間も与えずに店員を呼んだ。

 店員が来るまでに決めろということか。

 

「なら、かなり成績は上がってるのか?」

「上がっては、いますよ。かなり。……前がアレだったので……」

「なによ」

 

 歯切れの悪い佐知子にガンを飛ばす由佳。

 由佳は基本的にテストは赤点塗れで、塾では補修の常連だったため、いわば伸び代しかないというヤツだった。

 

「由佳ちゃんは、勉強自体にはやっぱり関心が持てないというか……歴史を覚えたりするのはすごく苦手なんですよね……」

「佐知子の歴史ノート全く役に立たなかったわね」

 

 由佳の苦言に、佐知子は涙を堪えるように目を強く瞑る。

 

 理系もある意味では覚えゲーではあるが、その覚えるべきことが理屈に基づいているので、思考をこねくり回しているうちに解き方は自然と体に染みついてくる。

 歴史なら紐づくものは物語だろうが、こちらは興味が持てないことには覚えるのは難しい。

 

「んなことより、このメンバーで集まったんだから、近況報告会するしかないでしょ」

 

 由佳はタンと机を叩いて話題を区切る。

 問答無用でレストランに連行されたのは、由佳の側にも話したいことがあるからだった。

 

「なにか進展でもあったのか?」

「そうねー。まずは佐知子ちゃんからお話したらどうかしらぁー?」

 

 由佳はイヤラシイ目を佐知子に向けて発言を催促する。

 まさか、佐知子の進展って……。

 

「彼氏ができた……とか、そういう話か……?」

 

 まだ店員に注文を頼んだ直後のタイミング。

 居酒屋ならお通しも来ていないところで、とんでもなくホットな話題を持ち出されてしまった。

 

 前にも似たような話を佐知子としたが、あのときは俺も自分のことで頭が一杯一杯だったというか、改めてこういう話をされるとえもいわれぬ感情が湧き起こってしまう。

 

「もう修羅場よ、修羅場」

 

 佐知子が喋るより前に由佳が話の先を匂わせる。

 

 修羅場は複数の男がいなければ起こり得ないシチュエーションのはずだが。

 佐知子に限ってそんなはずは。

 

「由佳ちゃん、そんな誤解を生むような話し方をしなくても」

「でも事実として修羅場ったでしょうが」

「それはそうだけど……」

 

 それはそうなのか。

 

 俺もすでに恵まれている身だし、寂しい気持ちは拭いきれないけれども、佐知子に好きな人ができたのなら祝福をしなくてはならない。

 

 そうした心構えはしているつもりだが、修羅場となると話は別というか。

 佐知子が複数の男を同時にというのは……いや、佐知子だからこそ逆にアリなのか……いやいやいや。

 

 そんなはずはない。

 良識のある先輩として、そんな破廉恥な人付き合いは止めなくては。

 

「まあまあ、まずはドリンクでも取ってきましょ」

 

 由佳は自分で話を振り出しておいて勿体ぶるようにまた話を中断する。

 ドリンクバーを頼んでいたので俺たちは三人分のドリンクを揃えて再び着席した。

 

「で、佐知子に聞くが。もちろん、勘違いだとは思ってるけど。……複数の男と、付き合ってるのか?」

 

 由佳に発言権を渡したのでは話が進まないので、佐知子を名指しして質問する。

 

「私は誰とも付き合ってないですよ。……少なくとも、私は」

 

 佐知子は目を逸らして、砂糖をたくさん入れたコーヒーを一口飲み込む。

 

「少なくともってのは、どういう?」

「ええと……。以前にお兄さんには、私が何人かの男の子から告白されたって話はしましたよね?」

「ああ、それなら覚えてるよ」

 

 佐知子は初めて会った頃に比べてずいぶんと大人っぽくなっていて、同じ塾の男子諸君らから熱烈なアピールを受けているらしい。

 

「佐知子のやつ、それぜーんぶ保留したままなの」

 

 由佳がドリンクのストローを咥えたまま口を挟む。

 

 ああ、なるほど。

 事情が見えてきた。

 

「私は、恋愛経験とか、全然なかったので。経験してみないことには、何も学べないですし。お付き合いしたい気持ちはあるんですけど」

「候補が複数いて選べないのか?」

「う、うーん……」

 

 佐知子は周囲を見渡して、同じ塾の人間がいないことを確認してから、顔を近づけて小声で話を続けた。

 

「結局、誰もお付き合いしたいと思えなくて」

 

 佐知子は申し訳なさそうにため息をついた。

 

「なら全員断ればいいんじゃないか?」

「あたしもおんなじ事を言ったわさ」

「だって、そんなことしたらもう二度と告白してもらえないかもしれないし……!」

 

 忘れていたが、佐知子は俺と同じく自分に自信がないタイプだ。

 恋愛下手は往々にしてそのような思考回路に陥るのはとても共感できるんだけどな。

 

「佐知子がこんな調子なもんで、返事を保留してる間に自称彼氏がたくさんできてたわけよ」

「それは修羅場にもなるな」

「うぅっ……!」

 

 佐知子は目をバッテンにして俯く。

 これは佐知子が完全に被害者とも言いづらい。

 

「魔性の女よ、佐知子は。いつかは美優を超える逸材ね」

 

 由佳は楽しげに鼻を鳴らす。

 

 そいつはバトル漫画ならアツい展開だが、佐知子には是非とも穏やかで明るい家庭を持ってもらいたいものだ。

 

 しかし、そうか。

 

 みんなそれぞれで人生が進んでるんだな。

 

 俺も、俺の人生を知ってもらいたい。

 せめて、中学生組や、鈴原たち。

 あとは、山本さんかな。

 そうした人たちには、話せると思う。

 

「実は、相談が──」

 

 と俺が話しかけたところで。

 

「ご、ごほん! んんっ、んっ!」

 

 由佳が仕切りに咳払いをし始めた。

 どうかしたのだろうか。

 やたらとウインクも投げてくるが。

 

「ところで、俺からも話があって」

「ちょーちょいちょいちょい! 佐知子の話を聞いたんだから、話題を回すでしょ、フツー!? はいグループ会話能力Cマイナス! 面接でも合コンでも即クビね!」

 

 由佳にズバッとランク付けされてしまった。

 もしかしたら俺は合コンに行って学びを得てきた方がよかったのかもしれない。

 

「ごめんな、つい」

 

 由佳は考えてることが感情に出やすいから楽しくてつい無駄なワンレスポンスを挟んでしまう。

 

「こっちだってわかってて言ってますけど。なに、佐知子もいるのに私ばっかりからかって、やっぱり私のこと好きなの?」

 

 好きか好きじゃないかで聞かれれば間違いなく好きではある。

 

「ふんっ。まあいいわ。その由佳ちゃんへの特別な感情が、あんたを人生のドン底に突き落とすことになるというわけなのだけれどね」

 

 由佳はムスッとしながらも、その口ぶりは自信に満ちていた。

 

 いや、ハハッ、まさかな。

 

 待て、急に胸がザワついてきた。

 

「なあ佐知子。まさかとは思うんだが。俺はこの話を聞かないほうがいいんだろうか」

「聞かないほうがいい話なら私も前置きを挟んでますので、大丈夫ですよ」

「それはよかった」

「勝手に完結するじゃないっての! ほら、さっさと質問しなさいよ」

 

 どうやらその話をすることが俺をレストランに連れ込んだ真の目的だったらしい。

 

 では遠慮なく聞かせてもらおう。

 

「由佳は彼氏はできたのか?」

 

 モテるモテないはさておくとして。

 由佳は高校に入るまでは彼氏とか作らないと思っていたが。

 

「できたわ」

 

 力強い断言だった。

 

 さて、ここからどうやってオチまで持っていくのかな。

 

「どんな経緯で?」

「聞いて驚くなかれ。私もついに告白をされたのよ」

「それは驚かざるを得ないな」

「無理もないわね」

 

 得意げにツインテールをかき上げる由佳。

 男に告白されて、彼氏ができたと言われたら、どこをどう取り違えても彼氏ができた事実は揺るぎないように思うのだが。

 この話、本当にオチがつくのか?

 

 佐知子は静観を決め込んでいる。

 

 あるいは、『彼氏はできたものの……』というやつなのだろうか。

 ネットで知り合った遠距離の人だとか、男のフリをした女だったとか、恋愛ゲームの中での話だとか。

 

 どれも由佳の性格を考えるとなさそうだし、仮に彼氏ができてしまったのならどんな相手であれショックを受けるのは避けられない。

 

 無論、佐知子のときと同様に、祝福はする。

 特に由佳の場合は、盛大に祝ってやらねばならない。

 これまで由佳と長く付き合ってきたやつなら誰でもそうするだろう。

 いっそ学校のクラスメイト総出で祝いの会を開いてやってもいい。

 こいつはそれだけの義理を通してきた女だ。

 

「どんな男なんだ?」

「ん……それは、わかんないけど。まあカッコよくて優しい男よ。多分」

 

 さっそく雲行きが怪しくなってきたな。

 

「ネットの知り合いなのか? どれくらい話したことがあるんだ?」

「いや、そうじゃなくて。なんか根本的に勘違いしてるみたいだけど」

 

 なにを勘違いする要素がある。

 

「実質的に彼氏ができたも同然という話をしてるのよ」

 

 これまでの俺の心配を返せ……!

 

「じゃあなんだ? 告白はされたけどオーケーはしてないのか?」

「その質問についてはイエスね」

 

 だったら彼氏できてねぇじゃねえか。

 “その質問については”ってのが気になるところだが、そこは突っ込んでも話がややこしくなるだけか。

 

「なら、告白は断ったのか?」

「断ってはいないわ」

「なら由佳も保留中か」

「どちらかといえば、そうね。保留ね。うん。まあ、保留に近いわ」

 

 保留すら妥当じゃないんだとしたらこの話はいったいなんだ。

 

「佐知子」

 

 そろそろいいだろう。

 

「由佳ちゃんはラブレターを貰ったので大喜びしているということです」

「そんな話をどうしてここまで勿体ぶった」

「妙な言い方をしないでちょうだい。たしかにラブレターを貰ったけど、大喜びしてるわけじゃないから」

 

 そう断りを入れる由佳の口元は緩んでいた。

 

 嬉しいんだな。

 

 男からの告白なんて、由佳がこれまでいくら望んでも手に入れられなかったものだ。

 自ら彼女を作る道を閉ざしていた俺より、ずっと達成感があるものだろう。

 

「誰からどうやって渡されたんだ?」

「誰からなのかは知らない。でも、塾で普段私が座る席の机に入ってたの」

「ならお前のかわからないよな!?」

「いえ、待ちなさい。気持ちはわかるけど、そこは確かなのよ」

 

 彼氏ができたと判断するラインがどんどん手前側になっていくあんまりな展開に思わず興奮してしまった俺を制して、由佳はガサゴソと鞄を漁り始める。

 

「これが証拠よ」

 

 由佳が机の上に置いたのは一枚の洋封筒だった。

 封を開ける側の外面には確かに由佳の名前が書かれている。

 

「これは……ラブレターっぽいな……」

「そうですね。私も現物は初めて見せてもらいました」

 

 佐知子も手紙本体はまだ見ていなかったらしい。

 確認するまでもなく、まともに取り合うような話ではないと早々に見切ったのだろう。

 聡い娘だ。

 

 そうこうしているうちに料理が運ばれてきて、繁々と封筒を透かすように見る俺たちを他所に、由佳は黙々とご飯を食べ始める。

 

「なあ、由佳」

 

 封筒を見ていて気になったことがひとつあった。

 

「ずいぶんとキレイにシールが貼られてるけど、まさか開けてないなんてことはないよな?」

 

 俺が尋ねると、由佳はステーキを切り終えたナイフとフォークを置いて、ゆっくりと顔を上げた。

 

「開けるわけないじゃない」

 

 由佳はどっしりとした口調でそう返した。

 予想してた通りだけど、どうしてそうなった。

 

 ……ああいや、待てよ。

 

 冷静になって考えるんだ。

 

 佐知子に『ラブレターを貰って喜んでいる』と指摘されたときのあの照れ様。

 もしかして由佳は、本当に告白されたことが嬉しすぎて、どう扱ったらいいのかわからなくなってるんじゃないのか?

 

 ここまでのやりとりは、いつもの破天荒さとは違って、由佳の混乱から生まれたスレ違い問答だったのかもしれない。

 

 由佳は恋愛方面に関しては信じられないぐらいウブだからな。

 それは遊園地デートをした俺が一番よく知っている。

 

「開けていいか?」

「逆になんでいいと思ったの」

「もしこの手紙に返事の期限とか……もしくは呼び出しの日とかが書いてあったら、本当の告白の機会を逃すことになるかもしれないし」

「なっ──!?」

 

 慌てて俺から手紙を引ったくった由佳は、急いでシールを剥がした。

 

 そして、それからそっと封をして膝に置いた。

 

「……どうした?」

「え……だって……思ってたのと違ったらヤだし……」

 

 まあそうだろうな。

 おそらくこいつがラブレターを開けられなかった真の理由がそれだ。

 

「由佳ちゃん、勇気を出して!」

「そうだ。お前ならやれる。また立ち直れるって」

「失敗する前提で話してんじゃないわよ! ……いいの。私に告白をしてくれたこの優しくてカッコいい謎の男子は、美しい思い出のままでいてくれればそれで」

 

 由佳はすっかりと当初の威勢の良さを無くして視線を落とした。

 

 まあ。

 

 そうだな。

 

「なんなのその目は」

「いや。そういう考えもアリだなと思って」

「うんうん。私も否定はしないよ。人の幸せの形はそれぞれだから」

「その優しさが逆に痛く染みるわ」

 

 由佳は胸の痛みに少し我を取り戻して、手紙を俺によこしてきた。

 

「ラブレターじゃなかったら午後の授業は休む。あんたは私を慰める」

「責任は取ろう」

 

 負う理由はないけれども。

 

「では、失礼して」

 

 できるだけキレイにシールを剥がして、四つ折りにされていたその手紙を俺は開いた。

 小さい文字で結構な文量が書かれたそれを、佐知子と一緒に読み進める。

 

「ふむふむ、ずっと前から元気を貰ってて、気付いたら好きになってました……と。最近は以前よりもよく笑うようになって、その表情を見たり声を聞いたりしているとドキドキして、目が離せなくなって、卒業を前に想いを伝えずにはいられませんでした……ほう……」

「こ、こここっ、こぇに出すんじゃないってのぉ……」

 

 由佳の耳が赤くなっている。

 こんな姿を見ることになるとは。

 

「思いっきしラブレターっぽいな」

「ですね」

 

 茶化しようがないほど真っ直ぐな愛の告白だった。

 

「で、誰からだって……?」

「それが差出人は書いてないんだよ」

「なんで!?」

 

 再度俺から手紙をぶんどった由佳は、血眼になって文章を読み込む。

 

 文章中にも書かれていたが、由佳たちはもう卒業生だ。

 付き合ったところで先は長くないし、成就する見込みが元々薄いのであれば、想いだけを伝えて次に進むというのも立派な選択肢ではある。

 

「うぬぬぬっ……ヤリ逃げされた気分だわ……」

「せっかくなんだからもっと清らかな表現にしろ」

「でも、ちゃんとしたラブレターでよかったね。私も読んでて胸が込み上げてきちゃった」

 

 由佳はどうにも腑に落ちない様子で、ネタとしてもオチがついたのかどうかわからない状況になってしまったが、それでも由佳が一人の女の子として認められた事実は俺も素直に嬉しく思う。

 

「んで」

 

 由佳は肘をつきながらフォークに刺した肉を口に運ぶ。

 

 行儀が悪い。

 

「あんたの相談ってなに」

 

 ようやく俺に発言権が回ってきた。

 

「それが、だな」

 

 微妙な流れに区切りをつけたくて、一呼吸をつける。

 

 俺が話したいのは美優のことだ。

 美優と付き合っていて、彼女感が得られないことを悩んでいる。

 ただ漠然と、そのことを打ち明けたい。

 

 それがいったい何の悩みになるのか、それすら自分ではわかっていない。

 

 でも、こうして由佳や佐知子と話していて、俺はより強く感じていた。

 

「美優とのことで、ちょっと。考えることがあって」

 

 佐知子と恋人のままだった今を想像すると、こんな食事のワンシーンでも、微笑ましくイチャイチャしながら過ごす時間を思い描くことができる。

 

 それは由佳が相手だったとしても同じで。

 遊園地デートで見せてくれた少女らしい由佳の一面。

 あの表情を俺にだけ見せてくれる由佳が恋人となって隣を歩いている姿が、情景となってありありと目に浮かんでくるのだ。

 

 それなのに。

 

「美優とデートをしてても、いまいち恋人っぽさが出ないというか。彼女感がないんだ。……こう、上手く言葉にはできないんだけど。だから、どうってわけでもないんだけどな。なんか、引っかかってて」

 

 俺がとりとめのない言葉で説明をすると、佐知子はどう反応すればよいかを迷っているようで。

 

「はあー。何かと期待して聞いてみれば。くだらない話だったわね」

 

 由佳はストローを咥えたまま辟易したようにそう言った。

 

「真面目な悩みなんだよ」

「はんっ。やっぱり、今日はコンサル料をいただく必要がありそうね」

 

 由佳はプラスチックの筒からレシートを取り出すと、指に挟んでピシッと真っ直ぐに立てた。

 どこでそんな芸を身につけた。

 

「でも由佳ちゃん。お兄さんと美優ちゃんの関係を考えると、あんまり簡単な話でもないんじゃない? 兄妹で、恋仲って……」

「そこが問題よ」

 

 由佳はズバッと核心に切り込んでくる。

 

「なんで美優を彼女にする必要があるの?」

 

 それはどういう質問だ。

 

「美優はもう彼女なんだが」

「でもお兄さんの中じゃ彼女じゃないんでしょ?」

「それは、実感の問題であって。……たしかにそう言われると、美優が彼女だってことを納得できてないのかもしれないけど……」

 

 こうして話してみても、俺の中にはやはり存在する。

 美優を彼女として位置づけることへの違和感。

 

 やっぱり、俺はどうしたって、世間体なんてものを……

 

「位の話をしてるのよ。なに妹から彼女に格下げしてるのかって」

「格、下げ……?」

 

 なんだ。

 言っている意味がわからない。

 意味がわからないのに、何かにピンときている自分がいた。

 

 そう、か。

 

 そうなのか。

 

「お兄さんの彼女なんて、私でも佐知子でも、その辺の女だって、誰にでも成れるのよ。でも妹は世界に一人しかいないの。唯一無二の存在よ」

 

 妹は唯一無二。

 確かにそうだ。

 

 一部も否定する隙がない。

 

「あんたは美優という“妹”と両想いになったの。そして、自覚しなさい──」

 

 由佳の視線が鋭く俺を射抜く。

 

「あんたは実の妹にしか興奮しない、真性の変態なのよ!」

 

 ドクンと心臓が拍動する。

 

「俺は……」

 

 変態じゃない。

 

 変態じゃ、ない……のか……?

 

「佐知子は、どう思うんだ?」

「私ですか……!? ええと……お兄さんのことは、頼りになる男の人だと思ってますけど……」

 

 言い淀む佐知子。

 

 俺は手に汗を握っていた。

 

 俺はとんでもない思い違いをしていたのかもしれない。

 

「エッチの最中に、美優ちゃんのことを考えてたって言われたことを思い出すと、その……変態さんなのかなって、思っちゃうところはあります……」

 

 俺は見失っていたんだ。

 

 これまで俺がやってきた、妹にまつわるあれやこれや。

 

 まさしく、変態としか言いようがない所業だった。

 

 というか今朝の俺がもう変態でしかなかった。

 

 これまでの俺も、美優との関係が始まってからの俺は全て、いっぺんの否定のしようもなく。

 

「あんたたちの関係なんて、変態兄妹以外にないでしょ。そんなのもわからないから、くだらないことに悩むのよ」

 

 さすがは本家中学生組の由佳だった。

 かつてそうした組織の只中にいた由佳だからこそ、この悩みの根幹にいち早く気付いたのだった。

 

(そうだ……俺は……妹が好きだったんだ……!!)

 

 ようやくだ。

 完全にモヤが晴れた。

 

 これで俺は、前に進むことができる。

 

「由佳、ありがとう」

 

 俺は手元にある料理を急いでかき込んで、三人分の代金をテーブルに置いてから立ち上がった。

 

「それから、佐知子も。二人のどっちかとでも出会わなかったら、俺はダメだったよ」

 

 思えば不思議な巡り合わせだった。

 人の繋がりをここまでありがたく感じたこともない。

 

 そして、晴れた視界の先には、俺が歩むべき道が見える。

 今度こそは俺が、誰かを支える側の立場になるんだ。

 

「私はずっと応援していますからね!」

「どうでもいいけどたまには私とも遊んでよね」

「わかってる。これからも、またこうしてご飯とか食べような」

 

 俺はスマホを片手にその振動を感じながら店を出た。

 

 ディスプレイには、山本さんからのデートの日取りの連絡が表示されている。

 

 ギラギラと照りつく日差しを俺は腕で遮った。

 

 この暑い夏も、もうすぐ終わる。

 

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