俺と山本さんは再びアトラクションの列にいた。
薄暗い館内の至るところに棺やツタンカーメンなどのエスニックなインテリアが置かれている。
アドベンチャー系の映画をモチーフに、トロッコでピラミッド内部を旅するコースターへと乗るこのアトラクションは、傾斜も速度も控えめなため絶叫マシンとしては分類されていない。
しかし、置物の不気味さやガタガタと揺れるカートの不安定さが、むしろ他のアトラクションよりも怖いとファンの間では人気になっている。
待ち時間もだいぶ長くなって、列の先頭が見える頃には一時間以上が経過していた。
そんな長い時間を俺たちはどう過ごしていたのかというと。
「ソトミチくん……んっ……ちゅっ……」
「っ……や、山本さん……またそんなとこを舐めて……」
「へろっ……むちゅ……ほんとはお口でチューがいいけど……」
「いくら暗いからって、そこまでは……うっ、あぁ……」
それはもうイチャイチャしていた。
大勢の人が周囲にいる中で、俺は山本さんに後ろから抱きつかれて、列に並ぶ時間のほとんどを密着して過ごしていた。
いま俺は山本さんと一緒にスマホを眺めている。
アトラクションの待ち時間はどうしても暇になるため、このテーマパークで題材になっている映画をいくつかダウンロードしてきたのだ。
止まっている間は山本さんが背後から抱きついてきて、列が進むと腕を組んで進み、くっついたまま二人で歩く。
そして、止まったらまた山本さんは両腕を俺の腰に回してきて、全身の柔らかいところを押し付けながら下半身を指でなじったり首筋を舌でくすぐったりしてくるのだ。
「だってソトミチくんとキスしちゃったし」
山本さんは背後から俺の耳をはむっと甘噛みしてくる。
人前でなければペニスがズボンを突き破っていた。
「キスがそんなに重要だったのか」
俺と山本さんはあれだけ体を重ねておきながら、今日という日になるまでキスをしてこなかった。
だから、特別感は俺にもあったものの、さすがに山本さんだって俺とがファーストキスということもあるまい。
「ソトミチくんとは、本気で好き同士になるまでしないって決めてたから」
どうやらキスをしなかったのは意図した行動のようだった。
それが、どういうわけだか、あのテラスでのカップル用メロンソーダで振り切れてしまったらしい。
「どうしてしちゃったの?」
「だって……」
山本さんがギュッと俺を抱きしめてくる。
それから、肺に溜め込んだ、熱い吐息が耳にかかった。
「ソトミチくんのこと、やっぱり好きだなって思っちゃって。あの瞬間から、もうすっかり恋人の気分で……」
山本さんは一途に人を好きになるほどに性欲が強くなる。
俺に向けられたそれはこれまで山本さん自身が経験してきたいずれとも比にならず、こうして過剰なスキンシップをとっていることが盲目的なまでの恋をしている証だった。
山本さんにもいくつもの思惑があって。
美優との取り合いに対する心構えと、それとは別に、まだ混乱したままの恋心に、どう整理をつけるべきか、山本さんは迷いながらデートをしていた。
それがあのキスで吹っ飛んでしまったようだ。
「それにしたって、ずいぶんと上機嫌だね」
「他の人にはこんなことできないから」
「ああ、それもそうか」
すっかり慣れていたので忘れていた。
俺の体は美優のおかげで特別製になっているが、他の男では山本さんの性的な刺激には耐えられないのだ。
「お家にいるならまだしもさ。外にいるときにこうして抱きついてるだけでも、みんないつ射精しちゃうかわからないし」
こうしてデートをしてみると、改めて問題の具合がよくわかる。
山本さんと旅行をするのにいったいどれだけのパンツを持っていけばいいのやら。
「だから、思う存分することにしました」
自らの優秀すぎる体に悩まされていた山本さんの、艶かしくも晴れやかな表情が見れて、俺としても誇らしい気持ちでいっぱいだった。
その気分の良さのまま、やってきた搭乗のとき。
俺は山本さんとトロッコに乗り込んで、腰に簡易的な安全ベルトをつけた。
カートの縁は高いし、コースにもそれほど高低差があるわけでもないのだが、怪我人が出たら営業も続けられないので念のためというわけだ。
立ったままのコースターアトラクションというだけでかなり思い切った仕掛けといえる。
一組で一カートずつ、それが連結しない形で八つほど連なっていて、俺たちはその最後尾にいた。
「しっかりと手すりにお捕まりくださいだってよ」
「ソトミチくんとしばらくギュッてできないんだ」
「一分やそこらだから……」
これだけ甘えてくる山本さんも珍しいかもしれない。
俺もだいぶギャップ萌えに弱いというか、美優にも甘えられるとどうしようもないくらい可愛いと思ってしまって、山本さんもその例に漏れなかった。
「でも、そういうことなら、俺が後ろから腕を回して支えようか?」
腕を伸ばせば手すりと体の間に人一人分くらいは入ることができる。
この行動が彼氏らしいのかはさておくとして、山本さんが喜びそうなことがあるならどんなことでもしたかった。
「されたい! お願いしていい!?」
「いいよ」
山本さんはベルトが邪魔にならない範囲で俺の前に立って、そこに俺が被さるようにして両腕を伸ばした。
「きゃー! ソトミチくんに抱きつかれてる……!」
「どんだけ俺のことが好きなんだ」
形式的にもトロッコなので、登りはごく短い区間しかない。
階段を上がるようにして列に並んできた俺たちは、左右から来る不気味な音や人形に驚かされながら、緩やかな坂を少しずつ下っていく。
そうして、トロッコが一定の間隔を空けてレールを進んでいき、列に待っている人たちが見えなくなった頃。
山本さんの後ろから抱きついていた俺は、さきほどと立場が逆転していることに気づいた。
高いヒールを履いて身長が逆転しているとはいえ、それほど差があるわけでもないから、俺と山本さんの顔は頬が擦れそうなほど近くにあった。
「山本さん」
それは、精一杯の彼氏らしさの、その延長のつもりだった。
俺の声に反応した山本さんは、周囲の景色を楽しんでいたところから視線を切って、俺に振り向いてきた。
至近距離で、目が合って──いつか、美優に教えてもらったように──俺が山本さんの唇に視線を落とすと、山本さんも俺の意図を汲み取ってくれた。
「んっ──」
唇を重ねると、どちらともなく声が漏れて、俺たちは暗闇の中で刹那の愛を送り合った。
山本さんの体温が瞬間的に高くなって、抱きしめる俺に熱が移ってくる。
触れ合いほどの軽いくちづけに、それでも、山本さんの奥に眠る何かには強く響いたようで。
キスが終わると、周囲が明るくなり始めて、いよいよ本格的なコースターが始まる……かと、俺は思っていた。
だが、俺からキスをされて山本さんがついばみ程度で満足をするはずもなく、前に振り返るどころか山本さんは俺を強く抱きしめてきて舌を伸ばしてきた。
それから、精力を奪い取るみたいに、絡ませた俺の舌を引っ張り出して、じゅるじゅると卑猥な音を立てて山本さんが吸い付いてくる。
前方からはとっくに他の客たちの悲鳴が聞こえてきているのに、俺たちは興奮に任せてお互いの唇を貪っていた。
「んちゅっ……じゅるっ……ちゅぱっ……はぁ……ソトミチくん……」
「んっ……ぁっ……山本さん、好きだよ……」
「私も……好きぃ……ほんとに好き……ちゅっ、じゅるっ……じゅっぱっ……ちゅぷっ……」
ムクムクと膨れ上がる股間に、性欲を委ねて全身を山本さんに押し付ける。
山本さんも強く下腹部を押し返してきて、お腹でペニスを扱くように、腰をグラインドさせて刺激を与えてきた。
そうして俺たちが間接的ながらも熱烈な性行為に耽けていると、ガタンッ、とカートが揺れて俺たちの間を強制的に空けさせたのだった。
「あっ……んふふ。やりすぎだったかな」
ぺろりと舌なめずりをして唾液を舐め取る山本さん。
その妖艶な表情は完全に淫魔のそれだった。
「ソトミチくんのことが好きすぎて気が変になりそう」
「それは俺としても嬉しいよ」
ただ、代償は大きかった。
俺のペニスが簡単には鎮まらないぐらいに勃起している。
「降りたらスッキリさせてあげるから、それまで我慢してね」
山本さんはそれだけ言って、前を向いた。
どこで抜いてくれるのかはわからないが、そうともなれば後はこの一分近い時間を我慢するだけだと、俺はまたその背後から覆い被さるようにして山本さん越しに手すりを掴んだ。
その瞬間に、またトロッコは、強い振動を起こして──
「ん、あっ……! ソトミチくん、それ、ダメッ……ああっ……!」
逆転した身長差がもたらした意外な副産物に俺は苦しめられることになった。
後ろから密着することで、膨らんだズボンの先端が、ちょうど山本さんの敏感なところに当たってしまっていた。
そんな状態で俺たちの体は前後左右へと揺られて、足元から振動が這い上がってくる肉棒は、まるでバイブのように山本さんの性感帯を刺激した。
「あんっ、ぐあっ……す、っごい……はぁあっ……んあぁああっ……!!」
普段の精神状態ならなんともないものとしてやり過ごせたのかもしれない。
だが、今の山本さんは先ほどのキスで最高潮に気が昂ぶっている。
場合によっては、過敏な部分にペニスが当たっていなくても感じていた可能性すらある。
そんな山本さんのために、俺は腕をどかしてあげることができなかった。
「はぁ、はぁ……っ…………!!」
山本さんを逃すまいと、逆に手すりを強く握って、密着の具合も自らの意思で高めて山本さんを責め立てる。
俺と山本さんが本物の恋人になったらこんな状況で絶対にやめたりないし、だから、俺は山本さんのアソコにわざと竿の先端が当たるように膝の角度を調整して、揺れが大人しい区間には胸を揉みしだいて山本さんを休ませなかった。
「ソトミチ、くん……あっああっ……!! 奥まで、振動が……届いっ、てるぅっ……!!」
曲がりくねったレールを進み続け、いよいよ出口も見えようかというところ。
アトラクションのクライマックスとして、直線の道でトロッコが急加速して、俺たちは後ろ側への強いGにさらされることになった。
前後で重なった俺の、最硬に勃起したペニスが、山本さんの股座へと押し込まれていく。
「アッ──!! いっ……イッっ…………ッ──!!」
前につんのめることのないように、緩やかに速度を落としていくトロッコの中で、山本さんは脚をガクつかせながら手すりを支えにしてどうにか立っていた。
ただでさえセックスを我慢し続けてきた山本さんが、穴の入り口だけとはいえ俺のペニスに秘部を刺激されて耐えられるわけもなく、アトラクションが一周するまでに見事にイキ果ててしまった。
カートが停車する間際で、俺たちはよろめきながらも、どうにか呼吸を落ち着けた。
「山本さん、エロすぎ」
「ソトミチくんがエッチなことするから……」
嬉しそうに呟く山本さんは、カートから降りる際にできるだけ俺と離れないようにして、ロッカーに預けた荷物を取りに進む。
イクことができたのは山本さんだけなので、俺の肉棒はまだ勃起している。
それをどうにか山本さんが体と荷物で隠してくれていた。
「どうやってスッキリさせてくれるんだ?」
俺が勃起したのは山本さんのせいなので、山本さんには俺を射精させる責務がある。
「とっておきの場所があるの。任せて」
入園時に話に出ていた、ホテルの当日予約でもするのかと思いきや、山本さんはそれを手段として提示しただけで、どうにもホテルに向かう様子はなかった。
それどころか、テーマパークのメインエリアからはどんどん離れていって、いつしか退場用のゲートが見えるところまで来てしまった。
「出るの?」
「当日なら再入場ができるから、こうして外に出てもいいんだよ」
これは盲点だった。
たしかに、園内は人で溢れかえっているし、ホテルを取る以外には個室もないので、二人きりでイチャイチャする場所を確保するのは難しい。
実際のところ、この混み具合ではホテルの当日予約ができるかも怪しいところだ。
だが、外に出てしまえば、駅の近く以外にはほとんど人がいない。
「遊園地の外って……、何もないけど」
人がいないということは、遊園地から出てまで行くべき魅力的なスポットがないことを意味している。
インスタントなセックスがしたいカップル御用達の、カラオケもネットカフェも存在しないのだ。
人の少なさを活かして野外でするとかのほうがまだ考えられるが、海も近いこの場所には人目を避けてエッチができそうな木陰もほとんどなかった。
「そこにあるでしょ? 運動公園」
山本さんが目的地にしていたのは、無料で開放されている市民公園だった。
そこも例に漏れずに人が少ない場所になっているが、建物もないのでむしろ身を隠すところも少ない。
と、思っていた俺の視界に、あっさりとその答えが転がり込んできた。
無料の運動公園には、寂れた公衆トイレがあるのだ。
都内の公衆トイレと違ってよっぽどのことがなければ人が通ることがない。
「まだ時間はあるから、このままラブホテルでエッチ三昧するより、サクッと抜いて遊園地に戻ろっかなって」
清々しいほどの笑顔で山本さんはそう言った。
よほどエッチが好きな女の子でもこの性行為への抵抗のなさには至れまい。
俺は山本さんと手をつないで運動公園へと向かい、その端っこにある公衆トイレに入った。
市営の公園だけあって整備だけはよくなされていて、汚らわしさはなく便器はどれも真っ白だった。
「なら、山本さん。これを頼むよ」
俺は山本さんを男子トイレに連れ込んだ。
一番奥にある個室に二人で入って、俺は山本さんの前で勃起したペニスを露出させる。
美優に我慢させられていたせいで重たくなった肉棒は、ブルンとその太い竿を晒して、先端からとろっと我慢汁を垂らしていた。
「私の口はソトミチくんが射精するためのおトイレみたいなものだから、好きなだけ出してもいいけど……夜の分ぐらいは、残してね?」
仁王立ちをする俺の前で、便器と同じぐらいの高さでしゃがむ山本さんが、上目遣いでそんなお願いをしてくる。
山本さんは恋人になってさえ自らを性処理用の道具として自己認識しているわけだが、美優といいどうして可愛い女の子は彼氏のオナホになりたがるんだ。
「一回射精させてくれればいいよ。けど、しばらく我慢してたし、ものすごく興奮してるから、かなり濃いのが出ると思う。大丈夫?」
「うん! 頑張って飲むから、上手にできなかったら叱ってもいいからね?」
山本さんを叱ったりなんてできるわけが……いや、そういうプレイも想像してみると興奮するな。
「それでは、ソトミチくんにご奉仕のフェラチオを……チュッ……はむっ、ぐぷっ……じゅるるっ……じゅぱっ……じゅっぽっ……!」
「あっ、ぐあっ……はぁ……!」
間髪入れずに山本さんはフェラを開始した。
俺以上に性欲を溜め込んでいた山本さんは、個室とはいえほとんど野外に近いこの状況で、下品な音を出して俺の肉棒にしゃぶりついてくる。
「じゅるっ……ぷはぁ……ソトミチくんの、せいえきのあじ……ふあぁむっ……ちゅっ……おいひぃ……はぁ……じゅる、じゅぱっ、ぐっぽっ……じゅるるるっ……!」
丹念に、かつ荒々しく、山本さんは俺のペニスを舐る。
最初から射精させることが目的で、山本さん自身は気持ちよくなろうとはしていなかった。
でもそれは、エッチに飽きただとか、早く園内に戻りたいとかではなく、処理を処理として済ませるための行為としてそうしているのだった。
「ちゅぱ、ちゅばっ……んっ、ちゅぷっ……すぐに出していいんだからね、我慢しないで……あむっ……じゅるるるうっ……!」
「ぅ……くうっ……!」
ペニスを奥深くまで咥える山本さんからは、精液を出させたいという想いだけが伝わってくる。
一緒に自分もオナニーをしたりだとか、これはそういうプレイとは程遠い位置にあった。
『恋人が勃起しているから射精させてあげる』
山本さんがこのフェラで叶えようとしていたのはその意思だけだった。
「ああっ……あっ……そんな、手加減なしで……されたら、うっ、ああっ、はぁ、あああっ……!」
恋人でありながら性欲を処理をするためだけの行為をする。
そうした嗜好が男を興奮させることを、山本さんはわかっていた。
ある意味ではリアリストとも呼べる、そんな価値観が、俺が美優と繰り返してきた淫らな経験と重なっていって──
「っ……!! はぁ、うっ、ああっ……もう出るよ……山本さん……!!」
びゅるるっ、びゅくびゅくっ──と、俺は興奮のままに山本さんの口内へと射精した。
ごく自然に、自らの意思に近い形で。
俺はついに山本さんのフェラだけで射精をしてしまった。
「んぐっ……ん、んんっ……!?」
それは山本さんからしても予想外の出来事だったようで、いきなり注がれた大量の精液を、山本さんは溢さないようにするのに必死だった。
相手を好きになるほどに濃くなる俺の精液は、美優に出すときと変わらないぐらいの精子濃度なっていて、それを美優以外の女の子が飲みのは難しいはずだったのだが。
「ん、ごきゅっ……っ、ぷはぁ……、飲んだよ」
目を赤く腫らしながらも山本さんは精液を飲んでくれた。
このときだけはどうあっても美優に負けられないと、そんな想いが強く作用したのか、山本さんは舌の上でしばらく精液を転がす余裕すら見せてそれを喉に流し込んだのだ。
「あ、ありがとう。スッキリしたよ」
山本さんはそれからしばらく尿道に残った精液を吸い取って、ペニスの周りについた唾液を丁寧に舐め取ってくれて、最後はチュパッと空気の音をさせて口を離した。
「んふっ。なんだかすんなりと出たね」
この結果がもたらしたものは、単に山本さんが俺を射精させられるようになったということだけではない。
俺は山本さんとのエッチで射精をコントロールできるようになっていた。
触れただけで射精してしまうわけでも、いくら刺激してもイけないわけでもない。
気分が乗っていないときはまだ美優のことをオカズにしなければならないのかもしれないけど、ともかく今このタイミングで、俺と山本さんの悩みは双方を補完する形で解決されたのだった。
「山本さんのフェラでイけそうだったから、我慢せずにいたら出ちゃって」
「ほんと!? わー、嬉しい……私、ここまで頑張った甲斐があったんだね!」
俺と山本さんの関係は、そもそもが俺が美優以外をオカズに射精できないことが原因で始まったもの。
それが解決されたことにはかつて感じたことのない感慨深さがあった。
「こんな場所で、ありがとうな」
「いえいえ。ソトミチくんのためなら、どこでも射精させてあげるからね」
山本さんは上機嫌に立ち上がって、トイレのドアを開けた。
感覚器官が異様に鋭い山本さんは聴覚のみで壁の向こう側に人がいるかどうかがわかるので、こうした人の少ないところであればすんなりと外に出られるのだ。
男子トイレから出ると、眼前には遠くまで見渡せる広場があって、射精した後の景色はとても爽やかなものだった。
「ソトミチくん、ちょっとだけ待っててね」
山本さんは近くにあった自販機で水を購入して、また公衆トイレに入っていった。
それから数分してから、山本さんは空になったペットボトルを携えて出てきて、自販機横のゴミ箱にそれを放り込んだ。
「どうしたの?」
「お口をね、スッキリさせてきたの。ソトミチくんとはもっとキスしたいし」
「そういうことか。助かるよ」
山本さんはポーチに歯ブラシを常備していて、俺とのデートではもはやトイレでのフェラチオぐらいは当然にあるものとして準備をしてくれていたみたいだ。
それから俺たちは遊園地に再入場して、時間の限りアトラクションに乗っては、レストランでご飯を食べて、映画を元に作られた橋や泉を巡りながら、近くに設置されたベンチでイチャイチャしたりした。
山本さんはいつでも、どこにいても、何回も俺のことが好きだと伝えてくれて、そのたびに俺たちは、人目に隠れてこっそりとキスをした。
本当に山本さんと一緒にいると楽しいことが尽きない。
どこで何をしていても幸せを感じる。
それこそ、この幸福感を、手放したくなくなるほどに。
「山本さん」
「なあに? ソトミチくん」
空に薄っすらと暗がりが広がる頃。
俺たちは人の少なくなり始めた広場から見える、静かな湖を眺めていた。
アトラクションを目的に日帰りで利用していた客たちはもう帰路についていて、しかし、周囲が静かなのはそれだけが理由ではなかった。
「もう少し、こっちに寄って」
キスがしたいから。
俺がそう言うと、山本さんは嬉しそうに向かい合いになって、髪を耳にかけた。
もとより手を繋いでいたぐらいの距離。
それでも、キスをするためには、まだ遠かった。
「人が通っても、気にしなくていいから。いっぱいしよ」
俺たちは抱き合って、キスをした。
園内のある区画ではパレードが始まっていて、ほとんどの来場客がそちらに集まっている。
花火の前の余興としてキャラクターたちが様々な乗り物と一緒に登場し、花火までのカウントダウンを行うその催しは、夏休み最後の特別イベントとして多くの人々が楽しみにしていた。
俺たちもその行列に参加するつもりだった。
でも、今は何より、遠くで賑やかな歓声と電子音だけが響くこの静かな空間が、俺たちには心地よかった。
「はぁ、はぁっ……っ、ちゅっ……山本さん……」
「んちゅっ……ぷはぁ……はぁ、はぁぁ……ん、ちゅっぷ……ソトミチくん……はむっ……んっ……んはぁっ……」
アツく蕩けるほどの口づけに、このまま湖の底へ沈んでしまいたくなるほどの、甘い多幸感に包まれる。
俺はとっくに山本さんに夢中になっていた。
山本さんの居ない生活なんて考えられなかった。
このテーマパークで過ごしてきた時間で、俺は改めて気づかされたのだ。
これだけ一途に愛してくれる人を手放すなんて愚かなことだと。
キスをして、抱き合って、それがもう何度目になるのかもわからないのに、渇望するほどの欲求に駆り立てられた俺たちは、まだ人の通りがあるその場所で激しく互いの体を求め合っていた。
「ねえ、ソトミチくん」
離れた唇に、寂しさを覚えた。
山本さんの目が真っ直ぐに俺を見つめている。
「これから──」
言葉を紡ぐ山本さんの口元が、俺の視界の中で、無音のまま動いている。
──二人で、花火を観て。
音が遅れて届いた。
景色がスローモーションに映っている。
それから山本さんは、ゆっくりと、また何かを喋った。
──夜は私の部屋で、たくさんエッチをして。
遅延を伴って聞こえる山本さんの声。
それでも、山本さんの唇を見ているだけで、何を言っているかがわかる。
──エッチに疲れたら、二人でくっついたまま寝て。
──目が覚めたら、目的もなくダラダラして、目が合ったらその度にキスをして。
起きたらソトミチくんが作った朝ご飯を食べるの。
お出かけの準備をしてる間に、ソトミチくんがムラムラしちゃうから。
ついでみたいな、でも、きっと何時間も終わらない激しいセックスをして。
それが終わったら、
私と、
ソトミチくんと、
二人で、結婚しよ。
その言葉にドクンと心臓が跳ねた。
俺は放心したまま跳ね回る鼓動を抑えることができなかった。
山本さんの申し出を、受け入れたいと思ってしまったから。
山本さんの目には一切の曇がりなくて、俺が承諾さえすれば本気でそうする発言だったから、俺もその未来を現実のものとして考えた。
ギリギリで婚姻年齢をクリアした俺たちは、これから籍を入れて、夫婦になることもできる。
少なくともうちの両親は山本さんに反対なんてしないし、山本さんの奔放さからすれば、相手方の親も文句は言わないだろう。
それでも、俺には美優がいる。
「三人で暮らそうよ。私とソトミチくんは結婚して、美優ちゃんもこれまでと変わらずで。私は、それでいいから。美優ちゃんといつ何回エッチしたって、気にしないから」
願ってもない申し出だった。
それが全員が幸せになる最善の道であることを、同じ立場なら誰もが考えたはず。
「美優ちゃんと、赤ちゃんを作ってもいいから」
俺と美優は兄妹で、あまつさえ血が繋がっていて、法的には婚姻関係にはなれないし、子を産めば戸籍上は片親になることが確定している。
だが、そこに山本さんとの婚姻関係があれば、全員が養子として収まることができるのだ。
世間に対する負い目もない。
三人で一つの家庭を支えれば、一般的な夫婦よりもずっと楽に生きられる。
そうした余裕は人生にも彩りを与えてくれる。
だから、
「俺も、三人で暮らしたい」
彼氏だとか、彼女だとか、恋人感だとか、円満別れだとか。
そうした煩わしさをすべて忘れて、愛しい二人の女性と一緒にいたかった。
心の底から強くそう思った。
まだまだ山本さんとキスをしていたいし。
これからもずっと、明るい笑顔の溢れる幸せな時間を過ごしていきたい。
「でも、結婚は、できない」
体が自然とそう答えていた。
思考の上で結論が整理されたわけではない。
俺がそうすべきこととして当たり前のように口にしていた。
「だから、このままの三人で、一緒に暮らせないかな?」
美優への気持ちの整理もついて、山本さんへの想いもはっきりした。
俺は山本さんが好きで、それは他の何物でもなく恋心で、美優に向けている好意と何ら変わりはなかった。
だから、二人を同時に愛していけると、俺はそう思っていた。
山本さんが、俺を、そうさせていたから。
「ふふっ。そっか」
山本さんは優しく微笑んだ。
結婚しようと口にしたあの言葉が冗談だったはずもないのに、そこには後ろ暗さなんて微塵も感じることはなかった。
「はぁー。ダメダメ。私ったら、何を言ってるんだか。ソトミチくんには、美優ちゃんがいるもんね」
「え……? あ、ああ。だから、美優と、山本さんと、三人で……」
俺が美優のことも考えずにこんなことを口走っていたのは、それが山本さんの全身全霊に魅せられた俺の深層心理の答えだったからだ。
いつか山本さんの部屋でのお泊りで植え付けられた、俺が山本さんに本物の恋をしていた頃の潜在意識。
それが、以前のデート──ぶどう狩りに行ったあの日に掘り起こされて、俺は一種の催眠状態にでもなったように、山本さんへの想いを消しきれなくなった。
あれが恋だったことは事実で、それは今でも変わらないし、一片の偽りもない。
本気で好きだった。
「それだとダメなの。今のままじゃ、私は美優ちゃんと同率の一番にすらなれないから」
三人での暮らしでもいい。
むしろそうなるのが山本さんの狙いだと思っていた。
その予想は正しかったのだが、俺は山本さんの性格の大事なところを見落としていた。
本当は悔しかったと、お泊りの最後で山本さんが吐露した本音。
本当は一番近くにいたいと、婚姻届けに冗談半分に下書きしていたときも、山本さんは寂しそうに呟いていた。
そのあとだって、いつも山本さんは俺の一番近くにいたがった。
美優の次として愛されるような関係では満足できなかった。
これが山本さんにとって、一生のうちで初めての、本気の恋だったからだ。
「……そうか」
納得をしてからは、現実の受け入れは早かった。
魔法が解けたみたいに体から熱が蒸発していく。
これは美優が山本さんと、俺の二人に与えた猶予期間だったのだ。
どうあがいたってそれ以上にはならないし、互いが満足さえすれば、終わってしまうもの。
山本さんもすっかりと諦めがついたように、カラッとした笑顔になった。
「あーあ。最後の最後まで美優ちゃんの思う通りかぁ」
「仕方ないよ。あの妹だし」
「まあね」
山本さんに全力でぶつからせて、それでもどうにもならないものがあると理解させる。
自らの能力が優秀すぎる故の悩みだとわかっていたからこそ、遺恨なく解決するにはまず山本さんの好きなようにやらせて手加減もさせないようにする。
それこそが美優の考えた円満な別れ方の最善手だった。
「美優ちゃんもよくここまでやってくれたよね。私が乗り気だったから良かったけどさ、もし私が『どうぞお幸せに』ってどこかで諦めてたら、こんな計画も成り立たなかったのに」
「それもそうだな。だから、美優も半分くらいは賭けだったんじゃないかな?」
美優は自信満々だったけど。
あれは俺を勇気づけるための方便だったのかもしれない。
どちらにしても決着はついたわけだし。
穏便に済んだってことで、いいんだよな。
「じゃあ、そろそろ……」
パレードも終わるから、花火の見える場所に移動しよう。
そう口にするつもりで俺は後ろに振り返った。
ただ、それだけのつもりだった。
「待って……!」
山本さんが俺の腕を掴んだ。
骨が軋むほど強く。
あまりの力の強さに俺はびっくりして、痛みに腕を振り払うと、その先に見えた山本さんの表情は今にも泣き出しそうだった。
そして、その瞬間の気まずさを埋めるように、山本さんはまた笑顔で取り繕って、パッと両手を開いた。
「あっ……、ご、ごめん。せっかくだから、最後まで、遊んでいかない?」
「俺もそのつもりだし、花火が始まるから、移動しようかと思ったんだけど」
互いに釈明をした。
言葉だけをなぞれば、自然なやり取りだったかもしれない。
再び歩きだして、花火の観賞に向かう俺の後ろを、山本さんはついてこなかった。
二人の距離は開いて、俺が振り返ると、山本さんは何メートルも後ろで俺をジッと見つめていた。
どうしたのかと、尋ねることすら躊躇してしまうほど、張り詰めた顔をして。
「……ごめん、なさい」
声を震わせて山本さんが謝罪をした。
俺の腕を掴んでしまったことが、決定打だった。
「あ……あの……」
か細く続く山本さんの言葉。
そう。
そうなんだ。
簡単に諦められるはずがなかった。
こんなやり取りで済ませられるのなら、最初から山本さんもここまで拘っていなかった。
さっき山本さん自身が口にしたように、他でもない山本さんが俺と美優の関係を応援してくれたのだから、倫理を無視したデートなんかせずに『お幸せに』で終わっていたんだ。
それができなかったから、俺たちはこんなにも拗れていたというのに。
美優の言っていたことは何も間違ってはいなかった。
山本さんの思考回路はとっくの昔からぐちゃぐちゃになっていて、相手に恋人がいるからとか、そんな真っ当な理性で考えられる状態ではなかった。
あのとき俺が山本さんをフったときからずっと。
有り余るほどの優秀さで成立させていた優しさを、自分自身で全否定してしまうほどの、支離滅裂な思考と言動に苦しんでいた。
「最後に、聞かせて」
拠り所のない思考に、山本さん自身もそれを、口にすべきではないとわかっていたはずだった。
「もし、あのとき、私が美優ちゃんとの恋を応援してなかったら」
それでも、想いは口をついで出てしまった。
「あのとき、私がソトミチくんの恋人に立候補してたら」
どうしてもこの状況に抗いたくて、そんな筋道などもうどこにもないのに、だからこそ、ありもしない架空の世界にしがみつくことしかできなかった。
「いまの私たちは、本物の恋人に、なれていましたか?」
静まり返った空間に、風がなびいて、山本さんのを髪をさらう。
柵の向こうでは暗くなった湖面が波にゆらゆらと煌めいていた。
返答には迷ったが、答えは直感的に出ていた。
一切の誤魔化しようもなく、山本さんを傷つけるものだった。
傷つけたくはなかったが、嘘をつくのが優しさとは思えなかった。
仮にそれが山本さんへの痛みの押しつけになるのだとしても。
思ったままを答えるのが最大の誠意だと俺は判断した。
「うん。付き合ってたよ。あのとき背中を押されてなかったら、俺は間違いなく山本さんを選んでた」
それが偽りのない答えだった。
何をどう考えたって、もしあの時点から山本さんが俺に恋をしていたのなら、美優を諦めた俺が山本さんと付き合わないわけがなかった。
もしそんなことになっていたとしたら。
俺は今頃、山本さんと恋人として、この遊園地でデートをしていたはずなんだ。
「……そっか」
何もかもを諦めたような吐息が漏れた。
山本さんの声には、そうやって区切りをつけた気持ちが混じっていた。
別の側面としてみれば、美優と山本さんの勝負に、決着がついて。
この先、俺と山本さんがデートをする未来も、なくなった。
俺と山本さんの、仮初の恋人関係は終わったのだ。
それが明確になって、次にお互いにどんな言葉をかければいいかわからなくて、しばらくの沈黙が続いた。
その静寂を破ったのは、遠くでバンッと弾ける火薬の音だった。
カラフルな光が俺たちの横顔を照らして、眩しさの後にまた音が響く。
何発もの大輪の花が、夜空に咲いては散っていった。
俺たちは互いに何も言わず、華々しく輝いては消えていく花火の音を聞いていた。
本当なら、それが今日のデートのメインイベントになるはずだった。
横に並んで、手をつないで、同じ景色を共有したその思い出が、二人にとって大切なものになるのだと。
そんな夢すら見ていたのに、恋人としての二人で過ごすはずだった時間が、今は虚しく消化されていくだけ。
それが終わりの合図だった。
俺と美優が恋仲になったことで、もう取り戻せないものがあることを、この曖昧な関係でずっと誤魔化してきた。
山本さんが初めての経験に認められずにいたそれが、ついには否定しようのない形で突きつけられた。
そして、とっくに限界を超えていた山本さんの心から、ついには感情が溢れ出した。
「──────!!」
花火の音にかき消されて、山本さんの叫びは届かなかった。
顔を見せまいと俺の胸に飛び込んできた山本さんは酷いぐらい泣いた。
おそらくは彼女の人生でも今後一生ないほどの悲しい声を上げて。
たくさんの後悔とわがままを吐き出し、痛いほど俺の手を握りしめて、震えを止めようとする体からは、横隔膜の痙攣が悲痛なぐらいに伝わってきた。
涙の染み込むシャツが熱さと冷たさの両方を宿していく。
俯きに漏れる嗚咽だけが花火の音に消えていく中、俺は涙を流すまいと歯を食い縛って、ただ胸の中で泣き叫ぶ山本さんの頭を撫でてあげることしかできなかった。