学校の椅子に座って、1人。
教室移動のない休み時間に、俺は誰と話すこともなくぼーっとしていた。
なんだかんだで短い休み時間でも高波や鈴原と下らないやりとりをするのが常なのだが、今日1日は全くと言っていいほど話していない。
悩みがもう一つできた。
クラスメイト相手に全く勃たない。
うちのクラスは比較的容姿に恵まれた女の子が多かったはずなのだが、エロいシチュエーションを考えようとしてもすぐに疲れて飽きてしまう。
健全な男子高校生とはいえど、クラスの女の子でエロい妄想をするなんて気持ち悪いと思うだろう。
これにはのっぴきならない事情があるのであって、普段から俺がそうしているわけではない。
そもそも、俺は二次元信仰者だったわけで。
エロゲで抜けなくなってからというもの、抜きネタのほとんどは妹の美優になった。
それでも、他の女の子に興奮しなくなったわけではないはずだった。
18禁の美少女画像や催淫音声を使って自慰に浸るのは気持ちがいいし、オナホの快感も薄れてはいない。
単に射精に向かうあのスイッチが入らないだけ。
そのはずだった。
だが先日の美優の友達──由佳をオカズにしたオナニーを通して、俺の中にある疑念が浮かび上がったのだ。
俺は本当は、美優の命令に興奮していただけなのではないのか? と。
由佳の裸を見て、その裸が弄ばれているの姿に興奮して、俺は射精したはずだった。
美優からもらった由佳のエロ画像──結局あの下半身おっぴろげの拘束状態の写真も貰った──を見ると、ムラムラもするし勃起もする。
それでも、アレがなければ射精には至れない。
美優の声だ。
上目遣いでねだられる、耳の裏から囁かれる、あの「出して」という声を思い出さないと、絶頂までのスイッチが入らない。
そんな不出来なムスコに、俺は調子はどうだと伺うため、クラスメイトをオカズにして抜こうと画策しているのだが。
クラスメイトでは勃つことすら難しかった。
興奮材料に使えるのも由佳か美優だけ。
まずいよな、これは。
本格的に俺はロリコンになってしまったのかもしれない。
しかもシスコンのロリコンだ。
完全にアウトだよ。
全く脱却する気分にもならないけど。
「ソトミチくん。今日もぼーっとしてるね」
不思議な現象はもう一つ起こっていた。
黒髪清楚で巨乳の美少女、山本さんが俺に話しかけてくるのである。
手を後ろに組んで、前屈みになる山本さん。
胸部が強調されてボタンがはち切れそうだ。
「色々あって」
「悩み事?」
「そんなとこ」
話しかけて貰えて嬉しいはずなのに、つい素っ気なくなってしまう。
高波とかにイジられるのが嫌だからってのもあるけど。
コミュ障は引きずってるよな。
なんにしても人には言えない悩みだ。
「山本さんはどうしたの?」
「んー? 何もないけど? 私が話しかけちゃいけない?」
いけなきゃないけど、おかしいだろ。
接点なんて何もないし。
初めてまともに話したのなんて先週の日直だからな。
山本さんは変なグループに加わってるとかも聞かないし。
いたずらってこともないだろうけど。
理由がないと不審で仕方がない。
「鈴原がさっきからネットリした目で俺を睨んでてな。正直なところ、話しづらい」
鈴原のやつもどうしてああなのか。
俺に妹がいなかったとしてもそこまで敵意を剥き出しにはしなかったぞ。
「あぁ……鈴原くんか……」
山本さんは声のトーンを落として、長い髪の先を弄り始める。
女性経験の少ない俺でも、ここまではっきり態度に出されれば察しはつく。
「もしかして、あいつ関係の悩みか? しつこくされてるなら注意してやってもいいけど」
「あはは。ありがとう。んーと、じゃあ、ひとつお願いしてもいい?」
ついでに、というよりは、満を持してってところだな。
お願いでもなければ山本さんが俺に話かけるわけがない。
「えっとね」
山本さんは周囲に聞こえないように顔を近づけて尋ねてきた。
「鈴原くんって昔好きだった子とかいないかな? うちの学校じゃなくてもいいから、いたら教えて欲しいんだけど」
耳元に、山本さんの息が吹きかかる。
耳の奥で色っぽい声が反響して、ズンズン股間にくる。
ピクつくだけで大きくはならなかったが。
本当に、俺のムスコは選ぶ相手を間違えている。
「聞いたことないな。俺たちは元々アニメとかゲームばっかりやってたから、リアルな恋愛とかには疎くて」
鈴原の山本さんへの態度を見る限り、リアルにも気になっていた子ぐらいはいたんだろうなとは思う。
だが俺たちがそれを口にすることはなかった。
二次元の女の子にしか興味がない。
それが共通の安心材料になっていたからだ。
「聞こうか?」
「いや、そこまではいいよ。ごめんね。あの、むしろ秘密にしてもらえると嬉しいな」
「そうか。わかった」
なんだろうかこのやりとりは。
女心に聡い奴なら何か気づくのかな。
鈴原が好きなのか、鈴原のことを好きなやつがいるのか、過去の因縁でもあるのか。
「ありがと。もしものときは、協力よろしくね」
山本さんはウインクを飛ばして颯爽と去っていく。
キュッとしまった腰からプリーツスカートを揺らして歩く姿は、まさしく絵になる女子高生そのものだ。
可愛いんだよなー、山本さん。
あれで勃たない俺って、これは相当に危機感を持った方がいい気がする。
──ということで。
「由々しき事態になった」
家に帰って、美優と2人。
リビングのテーブルに向かい合って、俺は神妙な面持ちで口を開いた。
いつも無表情、髪も服もピシッとしていて、姿勢には微塵の隙もない我が妹。
そんな美優が、なぜこんなにエロいんだろう。
おっぱいが大きいせいだろうか。
いや、それなら山本さんに敵うはずもない。
「この際だから、腹を割って話そうと思う」
「はい」
「かなり踏み込んだ内容になるけど、いいだろうか」
「どうぞ、ご用件を」
膝に手を置いて、聴く姿勢。
そこまで堅くされるとやりづらい。
「下ネタで申し訳ないけど。抜きネタについて、問題が発生していて」
黙りこくる美優。
言うぞ。
言うしかない。
ここまで口に出してしまったんだ。
……美優の口にも、いっぱい出してきたし。
ほんと、信じられないくらい飲んでもらった。
きっとそれが原因だ。
最初に美優が俺の精液を飲もうとしたのがいけないんだ。
俺はそこまでしてもらう気は無かったのに。
俺は悪くない。
俺は悪くないぞ。
「端的に言うと、美優でしか抜けなくなった」
はっきりと言葉にしたのは、これが初めてだった。
前に自分をオカズにするなと言われたのもあって、美優をオカズにしていると直接は言ってこなかった。
美優は露骨に瞬きの頻度が増えて、硬直していた。
「お兄ちゃん」
そして、美優は両手をついて身を乗り出す。
「それは由々しき事態だよ」
重苦しい言葉で告げられた。
どうしてだかわからないが、美優としては意外な事実だったらしい。
「由佳の写真は飽きちゃったの?」
「いや、そういうわけじゃないんだが」
俺は詳しい状況を伝えた。
由佳をオカズにすることはできるが、美優の声を思い出さないと射精のスイッチが入らないこと。
クラスの女の子ではそもそも勃たないこと。
「私のせいか……」
口元に手を添えて考えに耽る美優。
その通りだ妹よ。
お前が可愛くなければこんなことにはならなかった。
「あの、そもそもなんだが。なんで美優は俺の」
「治す方法が一つだけあるかも」
美優は俺の話を遮ってスマホをイジり始める。
人の話を無視するとは珍しい。
たまたまなのか、聞かれたくなかったのか。
「どんな?」
「単純な話。要は、女性経験がないから妹が好きになっちゃったんでしょ?」
「お、おぅ……」
的確だけどよ。
言いにくいことをズバズバと。
「なら、彼女を作ればいいんだよ」
美優は女の子のリストを俺の目の前に突き出す。
とても単純な答えだった。
美優やその友達のように、容姿も頭も優れていればの話だが。
「単純と簡単は違うんだぞ。お前らにはわからないだろうけど」
「わかってないのはお兄ちゃんの方。自分の思い込みで人生に蓋してるだけでしょ」
それは紛れもなく言葉の暴力だった。
心臓が釘バットで殴られたみたいにズキズキする。
ヤバい。
ふつうに泣きそうだ。
なんでだろう。
納得したつもりはないのに。
美優の言葉がこんなに悲しいのは。
「……俺と付き合ってなんのメリットがあるんだよ」
「そういうのは付き合ってみると考えなくなるから安心して」
「ほう」
俺は敢えて無関心を装って美優を見つめる。
「友達が言ってた」
「そりゃ説得力のある話だな」
こいつなぁ。
絶対恋愛経験ないよなぁ。
偉そうにしやがって。
純潔宣言しておきながら恋の歌を歌いまくるアイドルみたいなやつだ。
「私は付き合えるけど付き合わないだけ。お兄ちゃんは告白されたこともデートに誘われたこともないでしょ」
グサグサグサグサ。
美優は抜き身の刃で容赦なく滅多刺しにしてくる。
もう妹には逆らわない。
「まあ、メリットとは言えないけど。お兄ちゃんは私の友達から見て、少なくとも2つのステータスを持っている」
「なんだそれ」
俺が怪訝な顔をすると、美優は手のひらを広げて、親指から指折り数える。
「歳上であること。そして何より、私の兄であること」
美優は力強く断言した。
そんな美優の言葉を聞いていると、俺も急に勝てる気がしてきた。
ありがたすぎて拝み倒したい。
頼もしいよお前はほんと。
「とりあえずお兄ちゃんとセックスしてくれそうな子に声かけるね」
「いきなり!?」
最近の子はそういうとこ奔放だな。
日本の性教育は大丈夫なのか。
「写真も撮りたいから、もっとまともな格好して」
「げっ。写真か。印象悪くなんないかな」
俺だって極端に顔が悪いと思っているわけではないが。
自分の写真をカッコいいと思ったことないんだよな。
せめて加工アプリでも使ってくれれば、人に見せる勇気も出るけど。
「髪型と服次第かな。肌はキレイだし」
まあ私の兄だし、と美優は付け加える。
少なくともそこはお前のおかげではないが。
「ワックスは持ってる?」
「ない」
「服はいつ買った?」
「二年前とか……」
美優が可哀想な目で俺を見つめてくる。
いやだってほら外出する機会なかったし。
お金はゲームとパソコンに使いたかったし。
服なんて自分で買わなくてもたまに親が買ってくるし。
「お兄ちゃんはさ、目先のメリットなんてものばかり追ってるけど。見栄を張らなきゃ人生は変わらないよ」
なんだなんだ。
これは自己啓発セミナーか何かか。
どうして今日はそんなに言葉が重いんだ。
お前はどんな人生を過ごしてきたんだ。
「要らないゲームを売って服を買う。毎日欠かさず筋トレをする。学校では最低でも一日一回は女の子と……できればその山本さんとやらとお話をする。これが守れたら、ひと月の間に絶対にセックスができると妹が保証しましょう」
腰に手を当てて、美優は制服の上からでも形がわかるくらいの胸を張った。
こんなことを妹に言わせてしまって本当に申し訳ないと思っている。
「全員断ったらどうするんだ」
「その際はやむを得ん。私が相手だ」
本末転倒ですよ妹さん。
「服か。俺、よくわかんないんだよな」
「なら今度の休みにショッピングモールに行こうか。ちょっと遠いけど」
「そこまでする必要あるか? 最寄駅にも服屋くらいあるだろ」
「雰囲気の問題だよ。お兄ちゃんには縁がなさそうだし。色々体験してみるだけで人は変わるものです」
そういうものかね。
なんだ、優しい妹だな。
いつか恩返しをしなくては。
「じゃあ、行くか」
「はい」
突然だが、妹とのデートが決定した。