唯斗「ん、んんっ......あれ......?」
目が覚めると、知らない天井だった。
しかも、白い天井ではないということは、病院でもない。
唯斗「ここ、は......?」
友希那「気が付いたのね」
唯斗「友希那先輩......?」
体を起こすと、椅子に座っている友希那先輩。
何がどうなってるんだ?
唯斗「あの......俺、どうして......?」
友希那「気を失って倒れたのよ?運ぶの、苦労したわ」
唯斗「はぁ......すみません......えっと、他の人たちは?」
問うと、先輩の目つきが変わった。
地雷を踏みつけたかもしれない。
友希那「......ねぇ、燐子のどこがいいの?」
ベッドに寝転がっている俺を組み敷くように、覆いかぶさってくる友希那先輩。
唯斗「全部、ですよ。あらゆるところを好きに、なったんで......っ!?」
言ってる途中で、友希那先輩が自分の唇で俺の唇を塞いだ。
友希那「っふぅ......これ以上は聞きたくないわ」
頬が赤みがかって色っぽく見えてきた。
いやダメだ、流されるな。
唯斗「アナタが聞いたんでっ......」
言い訳がましく言ってみるも、キスによって塞がれる。
友希那「ちゅっ......だから、聞きたくないって言ってるでしょ」
俺がどれだけ反抗しても、友希那先輩は目を虚ろにして聞く耳を持ってくれない。
唯斗「やめ、て、ください......俺、は......」
友希那「わからないの?今、貴方がどういう状況にいるかってこと」
俺に被さって、耳元で囁く。
友希那「ここは、私の部屋。周りには誰もいないし、見ての通り吸音材も貼ってあるから、叫んでも助けは来ないわよ?」
そのまま、俺のことを両腕で抱いて拘束する。
友希那「ねぇ、ユイト?私、あなたの目が好きなの」
唯斗「目......?」
友希那「そう、目。私たちの練習をまっすぐ見てくれる、その綺麗な目」
俺の顔に手を這わせ、目を真っすぐ見つめてくる。
唯斗「ゆ、きな、せんぱい......」
友希那「何かしら?」
唯斗「友希那、先輩も、綺麗、ですよ」
友希那「ふふっ、ありがとう。そういうところ、好きよ」
俺の頬に唇を落とす。
けれど、そんなことがとてつもなく気持ち悪くて、反射的に泣き言を呟いてしまう。
友希那「......どうして、嫌いなんて言うの?私は、あなたを愛しているのよ?」
唯斗「俺には、りんがいます。だから、友希那先輩の気持ちには......」
これを言ってしまえば、友希那先輩は果たして素直に返してくれるだろうか?
いや、それはありえない。
現にさっき、りんがいると言いかけたところを塞がれたのだから。
友希那「言ったでしょう?私はあなたが好きなの。だから」
俺の視界の中には、俺のスマホが先輩によって操作されている場面。
友希那「こんなこともできてしまうの」
俺のメッセージアプリの連絡先には、友希那先輩と、りんのみ。
しかも、りんのメッセージ欄には、俺と唇を合わせる友希那先輩の写真と、「ブロック済み」と表示されていた。
唯斗「なに、してるんですか」
友希那「私とユイトの、愛の証明よ」
甘えている場合ではなかった。
一刻も早くここから出て、りんの家に行き事情を説明せねば。
誤解だと、あれを送ったのは俺じゃないと。
友希那「何を焦っているのかしら?」
唯斗「先輩、こそ。こんなことして、りんが黙ってないですよ」
友希那「問題ないわ。
唯斗「は......?」
友希那先輩は、FWFに出場するため、『Roselia』を創り上げた。
それを全部無に帰すと?
友希那「さっきからずっと言ってるでしょう?私は、貴方がいればそれでいいのよ。けれど、まだ反抗的で、
先輩は俺に何かを装着した。
それはしっかりと俺の両耳を塞いだ。
ヘッドフォンだ。
そして、視界をアイマスクによって塞がれた。
『こんにちは、ユイト』
その声がヘッドフォンから出ていることに、少し遅れて気付いた。
『この声はヘッドフォンから出ているわ。この音声は、貴方に愛を囁くために作ったの。聞いてちょうだい』
あれから、何時間経っただろうか?
いや、もしかしたら1時間も経っておらず、10分程度かもしれない。
ヘッドフォンから流れる幾千もの愛の言葉。
それが俺の頭を壊し、俺が何も考えられなくなるまで、そんな短い時間で済んだのかもしれない。
けれど、こうして喋れてるということは、まだ理性が残ってる。
先輩がヘッドフォンとアイマスクを外し、俺の拘束を解いてくれたら、全力で離脱しよう。
『......ふぅ。さすがに疲れるわね。少し休憩にしましょ』
その音声が流れるとともに、俺の視界は明るくなり、俺の聴覚は周りの雑音を拾い始める。
友希那「どうかしら?」
唯斗「得難い経験です。もっと聴いてたい」
それっぽいことを言いながら拘束が解かれるのを待つ。
何かがぶっ壊れる、その前に。
友希那「休憩にしましょう。本当はそのまま続けてもいいのだけど、ユイトのことになると、どうしても」
唯斗「ありがとうございます。けど、俺は大丈夫です」
足の拘束が解かれ、俺の身は自由になった。
唯斗「先輩。携帯を返してくれませんか?」
友希那「どうして?」
唯斗「親に連絡します。
友希那「分かったわ」
携帯を返してもらい、電話帳までは手をつけられてないことを確認して、先輩の自室を出る。
わざとらしく、「もしもし?」なんて大声を出しながら。
それが途切れないように、階段を下りるごとに声を大きくして。
そして、階段を降り切ったタイミングで早歩き。
急いで玄関のカギを開け、道路に出て全力ダッシュ。
りんに事情を説明をして、誤解を解かねば。
初めての土地に迷わされながら、どうにか見知った土地までたどり着いた。
嘘をついて出てきてしまったことには、罪悪感があるが、俺はどうしてもりんを裏切れず、またどうしても友希那先輩を好きにはなれなかった。
唯斗「(ごめんなさい、先輩)っ......!」
遅すぎる謝罪を心で唱えながら、彼女の家まで走る。
勿論電話は繋がらない。
唯斗「だよ、なぁ......」
一刻も早く事情を説明しなければいけないのに、俺の体と体力がそれを許してくれない。
目についた近くの公園で、体を休めることにした。
唯斗「にしたって、なんで俺なんかを......」
あのルックス、あの歌唱力。
俺じゃなくても男はいて、それこそ先輩と趣味も価値観も合う人間なんていくらでもいるはずだ。
なんで俺なんだ。
俺がりんと付き合ってることを知っているはずだし、何よりそこまで接点があるかと言われれば、まあなくはないが、あるわけでもないと、そういう感じだったはずだ。
唯斗「はぁ......わっかんねぇ......」
俺は、どうしたらいいんだ?
俺は、彼女に気持ちにこたえるべきなのか?
それは、人間としてはだめだし、俺もそんなことしたくない。
唯斗「......っ」
燐子「......?唯斗、君?」
唯斗「!?」
俺が最も聞きたかった声が、後ろから聞こえる。
唯斗「り、ん......!」
燐子「これ、どういうこと?」
唯斗「それを説明したいから......家、行ってもいい?」
匿ってほしいと口外に伝える。
燐子「うん。しっかり、聞かせてもらうから......!?」
右脇腹に走ったかすかな痛みによって、俺は倒れた。
りんのびっくりした顔がだんだん上にずれていく。
その目の中に映る、その姿に戦慄しながら、俺は意識を落とした。