初めて入ったお兄ちゃんの部屋は、生活感がまるでなかった。
「...なんもないけど、まぁ、その辺にでも座ってな」
「う、うん...」
ソファに座って、周りを見渡す。
お兄ちゃんの部屋ってだけで、なんだか落ち着かない。
「あー...なんか飲むか?」
「何があるの?」
「...んー、コーヒー?」
「...甘いなら、飲む」
...また、わがまま言っちゃった。
「ほい、甘いの」
「これ...お兄ちゃん、これ飲まないよね?」
「大学の歓迎会でつぶれた奴の介護のお礼って押し付けられたんだよ」
「あ...そう、なんだ」
そうだよね。
お兄ちゃんが私のためになんて、用意してるわけないよね。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん、どうした?」
「...いつも、あれ食べてるの?」
私はゴミ袋の一つを指さして言った。
そこには、カップ麺とか、インスタント麺とかの残骸がいっぱい詰め込まれてたから。
「あー...片しとくべきだったか」
お兄ちゃんはぼやきながら、ごみ袋の掃除を始めた。
「ね、ねぇ、お兄ちゃん」
「ん、どうした」
「私に、その...ご飯、作らせてくれないかな...?」
「...ましろ、料理できるのか?」
「か、カップラーメンよりは、健康だと、思う」
言えた、言っちゃった。
料理なんてできないけど。
なんなら、包丁なんて握ったこともないけど...。
だけど、お兄ちゃんがこのまま不健康になっていくなんて、見てられない。
あとは、将来に向けて、なんて...。
「お兄ちゃん、何かある?」
「何もないぞ」
「え、なにも...?」
「あぁ。作り置きはそれを忘れて腐らせるからやめた。毎日スーパーかコンビニ行ってよさげな総菜買って帰る、これが一番楽なんだよ」
駄目だよ、お兄ちゃん。
そんな生活してたら、いつ死んじゃってもおかしくないよ。
「...ましろ?」
「お兄ちゃん、私、頑張るから」
「おいおい、どこ行くんだ?」
「何もないなら、買うしかないでしょ?」
「いや、それはそうなんだけど...手ぶらで行く気か?」
「あ...」
あぁ、ダメだ。
やっぱり、肝心なところで抜けちゃってるよ。
「ましろ、これ」
「え...っと、カバンと...財布...?」
「勝ってくるならそれ使っていいから。あんまり遅くなるなよ」
「だ、ダメだよお兄ちゃん、私に、財布なんて預けちゃ...」
「...食材代ぐらいは出すよ。それ以外出せないし、むしろ出させてくれ」
「う、うん...じゃあ、行ってくるね」
「ただいま...」
「おかえり、なんかいいものあったか?」
「えっと、これ」
「...カレーか、いいじゃん」
スーパーに行ったけど、なにも思いつかなくて。
結局カレーにしちゃった。
「で、俺は何すればいい?」
「え?」
「手伝うよ...じゃなくて。こういう時は、半分やるよ、の方が受けがいいんだっけかな」
受けなんて狙わなくていいよ。
お兄ちゃんには私がいるんだもん...なんて、だいぶおこがましいけど。
でも、一緒にお料理をしてるこの時間は、ちょっと新婚さんみたいで。
「ましろ、こっち出来たぞ」
「うん、ありがとう」
...ちょっとだけ、幸せ。
「...と、仕込みも終わったな」
「うん。ありがとうお兄ちゃん。一人でやろうとしたけど、お兄ちゃんがいなかったら今日中にできてたかわかんないや」
「けど、その割には仕込みは手馴れてたな」
「あれは、その...えっと、時々、お母さんのを手伝ってたから...」
「そっか。料理がうまくなれば、引く手数多だしな」
お兄ちゃんには、彼女さんとかいるのかな?
それとも、私はまだ、お兄ちゃんにとって
私がお兄ちゃんって呼んでるから、お兄ちゃんもそれに合わせてくれてるのかな?
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん、どうしたましろ」
「お兄ちゃんはさ、彼女さんとか、いるの?」
「...いた、な」
「お別れ、しちゃったの?」
「まぁ、うん。あまりに俺と彼女の価値観が違くてな。こりゃ別れた方が幸せになれるって、そん時ばっかりはどっちも思ってたから、まぁ、そんな感じ」
その人、損してる。
こんなに優しくて、かっこいい人なんて、この世界にいないんだもん。
だけど、今も続いてなくてよかったな。
そしたら私、入る枠無くなっちゃうもんね。
でも、私なんかが、お兄ちゃんの好きな人になれるのかな?
「...あやの、お兄ちゃん」
「ん、どうした?急に名前呼びなんて」
「...前の彼女さんは、お兄ちゃんのこと、なんて呼んでたの?」
「んー...普通に名前だった気がするな...どうしたんだ、いきなり」
私は思い切って、お兄ちゃんに抱き着いた。
嫌われてもいいや。
拒絶されたっていい。
けど、お兄ちゃんは優しいから、そんなことしないで、優しく抱きとめてくれる。
そう考えてる自分にも、ちょっと嫌になったけど。
「あやの、くん」
「...ましろ、どうした?」
「綾乃、くん」
「どうしたの?」
「...すき、おにいちゃん、すき」
「...ははっ」
お兄ちゃんは笑って、私を剥がした。
やっぱり、私は、お兄ちゃんには釣り合わないんだ。
「告白するなら、ちゃんと名前呼び出来ないとな?」
「...え?」
「ちゃんと告白するときに。お兄ちゃんなんて呼ばれると、ちょっと違和感があるからさ」
「そ、れって...?」
「ましろからの告白、待ってるよ。ちゃんと、お兄ちゃん呼びを我慢出来たらな」
ずるい、ずるいよ、お兄ちゃん。
私が、お兄ちゃんっていうふうにしか、呼べないの知ってるくせに。
「おにい、ちゃん」
「カレー出来たぞ。2人で食べような」
「うん...待ってて、ね」
「いつまで?」
「...いつまでも!」
今だけ、意地悪な
Q:こいつらは実兄妹ですか?
A:いいえ、あれは従兄妹です。
Q:お兄ちゃんは生活感皆無ですか?
A:一人暮らししてっからあるんじゃないの?