※この作品はR-18です。

【血】東方短編集   作:slnchyt

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#殺人


才能と、死

―才能と、死―

 

 

 

才能には敵わない。努力なんて無駄だ。そう思っていたんだろう、おまえも。

 

 

 

「おう、暑いぜ」私は元気だぜ。クソ暑い中、箒をかっとばすのもオツなものだ。向かう先には神社。私が飛来するのを予想していたように、縁側に座るおまえ。そこにはきっと冷たいお茶。ははは、気が利くじゃないか。

 

「よう霊夢。…なんだ、先客か?」「どうも、どうも」八雲紫。スキマから半身を出したその姿は、如何にも怠惰に浮かんでいた。「はい、氷。おみやげ」「あら、珍しく気が利くじゃない。珍しく」霊夢は二度繰り返し、奥へと引っ込んだ。

 

「はい、あんたの麦茶」「おお、冷たい!!」勧められるがままに、それに口をつけた。少々珍しい顔ぶれだ。私達はとりとめもない会話を続けた。「そうだ、たまにはうちに来いよ。キノコくらい出すぜ」「キノコは要らないけど、そうね、行きましょうか」

 

「それなら、邪魔者は退散するとしましょう」紫はウインク――両眼を閉じている。できてないぞ――をすると、スキマへすとん、と落ち込んだ。私達は…そうだな。霊夢を後ろに乗せて、箒で飛ぶとしよう。私が後ろを叩くと、霊夢は私を掴んで、笑った。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

少しばかり、苛立っていたかもしれない。

 

「…また、物が増えたんじゃない?」「またじゃないぜ。常に増えてる」無用品とそうでないものを区別していられるほど、私は暇じゃない。貯まったら香霖に見せれば、無事に換金できるって訳だ。そこそこの資金源だぜ、これ。

 

「あんたの努力は底なしね…まあ、そういう所が魔理沙なんでしょうけど」部屋の中を見て、霊夢が言った。素材、素材、魔法書、よくわからないもの、そして調合台。この世のすべてがここにある。あるものでよければ持ってけ泥棒。

 

「お前みたいに、才能ないからな」私は若干の謙遜と…苛立ちを吐いた。よく言われる。本当に言われるのだ。心外と共に、諦めにも似た感情が沸き起こる。所詮私はそんなもの…いや、そんなはずがない。私の感情は、霊夢にはきっと、伝わっていない。

 

「才能…、そう言うなら、そういうものでしょうけど」霊夢の言葉は、態度は、私の劣等感を痛く刺激した。私の心なぞ梅雨知らず、霊夢は続けた。「大体何でもできちゃうから、努力なんてした事…あったかしら?」…そうだな。お前には勝ち越した事がなかった。何も、何一つそうかもしれない。

 

「なあ、止めてくれよ」私としては、強く拒否したつもりだった。「そういう話、聞きたくないんだ。私は」霊夢はよくわからない、という顔をした。わからないなら別にいい。ただ少しばかり黙っててくれるか。

 

「…煙いわね」霊夢は調合台に近付いた。私は劣等感を引き出しに仕舞った。解説でもしていれば、心も晴れるはずだ。「これはお目が高い。こいつはちょいと借りてきた調合台だぜ。薬は皆これで作っているんだ」へー、という顔で、シリンダーを覗き込む霊夢。どうだ、珍しいだろう。

 

「今やってるのがちょっと難しくてさ。そいつが緑色に変わったら、完成なんだが…」「まだできていないと」「やってみるか?」「いいの?」やらせてみようと思った。…そうすれば、霊夢も私の努力を認めてくれると、思ったから。…思ったからか?

 

雑多に選び、ひとつかみした試薬は――薬液を緑に染めた。…嘘だろ。その材料を集めるのに何ヶ月かかったと思ってる。それを僅か、一瞬で選び取ったのか? そんな馬鹿な話はない。ないはずだ。…じゃあ、目の前のそれはなんなんだ!?

 

「なんだ、結構簡単なのね、薬って」簡単なものか。私の努力がすべて、こいつの才能に押し退けられた気がした。頭の中が酷く冷えるのを感じる。まさか、まさか、魔法でもお前は私を上回るのか? 天性の才能で? 生来の幸運でか?

 

「――どうしたの、怖い顔して」私の顔が、覗き込まれている。或いは私の怒りも、こいつは見透かしているのか? わからない振りをして、わたしの事をすべて見透かしているのか? …お前は、私をどんな風に見ているんだ?

 

「…いや、悪い。ちょっと散歩でもしようぜ」おまえは私の言葉に、そうねと返した。悪意も、何も感じなかった。それが私を余計に苛立たせていた。いつも通り相乗りしようと思っていたが、今はそうしたくなかった。一度振り向いて、飛んで行ったんだ。お前は。

 

森の中でも比較的安全な場所を、私は知っている。私が降り立った後、霊夢も静かに舞い降りた。キノコの輝き。虫の鳴き声。いつもの私なら、存分に楽しんでいたかもしれない。今はどうだ。私を苛立たせる、耳障りなノイズでしかなかった。

 

「やっぱ霊夢は凄いな。ホント」そうとしか言えなかった。「そうでもないと思うけど」謙遜が心を苛む。「そんな事ないさ、お前、なんだってできるんだろ」「何でもは無理でしょ。私、魔法なんてわかんないし」心を苛む。苛む。「…わかるだろ、私はお前を超えたいんだ。霊夢」苛まれる。

 

「あんたはいいのよ、あんたで」

 

「…私は、私、で…?」…ふざけるな。私がどれだけ私の殻を破ろうとしているか、考えた事すらないんだろう。泣き叫びたい…いや、そんな生易しくはない。こいつをどうにかしてやりたい。見返して? そんなんじゃない。そんなんじゃ、私の憎悪――そう、憎悪だ――が収まるはずがない!!

 

「夜の森もロマンチックね」霊夢が後ろを向いた瞬間、その衝動は牙を剥いた。私の中の深い場所で、劣等感が氷のように冷たく、尖っていた。殺すつもりは、なかった。あった。なかったはずだ。あったに違いなかった。それは星でもなく、光でもなく、水の魔法として発現した。

 

「私を…馬鹿にするな…!!」飛翔した氷柱は、背中を、深く深く抉っていた。それを掴み、二度、三度、怒りに任せて刺し続けた。傷跡から、血が噴き出した。「私は! お前が! 嫌いだったんだ!!」そうだ! お前が悪い! お前が私をこうさせたんだ! 死ね!! …頼む、死んでくれ…!!

 

「――痛いよ、魔理沙」背中越しに、声が聞こえた。私は伏した身体を転がし、鋭きを構えた。…顔を見てしまっては、突き刺せはしなかった。「――そっか、そんなに嫌だったんだ。ごめん」血を吐き出しながら、霊夢は喋り続けた。…やめろ。この期に及んで、私を惨めにするのか。

 

「…私、あんたの事、何も知らなかったね…」伸ばされた手を、私は掴んだ。もう、何も言うな。聞きたくない。…私を憎んでくれるなら、拒んでくれるなら、すぐにでも心の蔵を突き刺してやったのに。何なんだ。お前は。殺されようとしているのに、どうしてそんな目で私を見るんだ。

 

――私の手から、霊夢の手が滑り落ちた。足元まで血が迫っていた。私は一歩後ずさり、自分の手を見た。掴んだ氷柱は、赤い血に塗れていた。目の前にあるのは、死体だ。もう二度と口を利かない。もう二度と笑わない。私にそうされた。 …私がそうした…?

 

「ウワアアアーッ!!」

 

どう飛び回ったか、まったく覚えていない。家の扉を蹴飛ばす。ベッドに飛び込み、頭を抱える。嘘だ。これは夢だ。夢に違いないんだ。今わの際の言葉が耳に張り付いている。…夢ではない。夢ではありえない。そうであるなら何故、私の手は血で汚れているんだ?

 

ハァーッ、ハァーッ。動悸が収まらない。顔が燃えるように熱い。凍えた指先が震える。…あいつの死体は森の生き物が掃除する。証拠は、何も残らないだろう。私が何をしたか、誰も知る事はできない。それなら、それなら、黙っていれば…いや、違う、違う!!

 

箒を掴んだ。藪も枝も気にせず飛んだ。どこへ。あそこへ。あいつが倒れているその場所へ。今なら間に合うはずだ。今なら…今なら、何が間に合うんだ…? わからなかった。それでも飛んだ。木々を縫って。誰もあいつに触れられない内に。あいつの熱が、消えてしまう前に!!

 

…しかし、そこには、何もなかった。何も。獣が引きずった跡もない。持ち去られた形跡もなかった。ただ血だまりだけが、霊夢の死をはっきりと表していた。私は、しかし妙な落ち着きを感じていた。そうだ。あいつはいなくなってしまったのだ。もう考えなくでいい。考える必要もない…

 

「――いいえ。私は見ていたわ」…私は震えた。震えが止まらなくなった。座り込んだまま、動けない。スキマから半身を出したその姿。…八雲、紫…「すべて見ていたわ。貴女が霊夢を殺した瞬間も、すべて、ね」

 

「貴女はどうしてここに来たの?」紫はふふ、と笑った。「証拠を隠滅する為? 霊夢の身体が欲しくなった? それとも…」「わからない」わからなかった。嘘偽りなく、わからないんだ…。「罪を、清算したくなった?」紫を見た。「償う相手がいないなら、どうしようもないわね」

 

「生きているわ、まだ」紫は扇子で口元を隠した。「…!!」生きている。あいつが…生きている!? 「貴女がそそっかしいから、私が拾い上げたの」私の中に、少しばかりの希望が浮かんで…闇へと溶けてしまった。光明なんて、何処にもなかった。

 

「返答によっては、殺しても構わないけれど。霊夢も、あなたもね」――何を言うんだ。私はともかく。…そう言おうとして、黙り込んでしまった。私はあいつを殺そうとして、そうした。口を挟む権利はなかった。殺すというなら、勝手にしてくれ。

 

「貴女は償いなさい。そう、命のすべてをかけて」紫の言葉の意図はわからなかった。…意味は、なんとなくわかった。「霊夢があなたを赦したとしても、数多くの人妖は、あなたを赦しはしないでしょう。私も、その一人」一瞬、紫の目が、見た事もないほどに殺気立ったように見えた。

 

「貴女にはその義務がある」私の目前にスキマが開き――ッ。そこには床に寝かされた霊夢が、見えた。「目覚めた時、霊夢はあなたの仕業を何も覚えていないでしょう」スキマは閉じた。「あなたは今までと同じように生きればいい。いいえ、生きなければならない。あの子の為。博麗の巫女の為」

 

再び開かれたスキマが、徐々に私の身体を飲み込んでいく。「さあ、お帰りなさい」向こうに、私の部屋が見えた。玄関は開いたままだった。やがてスキマがすべてを飲み込んで――部屋で座り込む私に、紫の視線は、もう感じられなかった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「…」私は元気だ。元気であってしまった。私はゆっくりと神社に近付いた。あいつはいるか。…どんな顔してあいつに会えばいいんだ。旋回する。太陽の下で、眼下の神社を覗き込んでいる。いないならそれでいい。…それでいいのか? 頭の中で、償え、という言葉が延々と反響している。

 

「…何やってんの?」あいつの声は突然だった。振り向くとそこに、あいつが浮かんでいた。生きている。動いている。あの時と何も変わらずに。まるで時が戻ったかのように。「…暑さで頭まで煮えちゃったの? 来なさいよ、麦茶くらい出すから」心此処にあらず。私はついていくしかなかった。

 

「どうも、どうも」神社には先客がいた。八雲紫。スキマから半身を出したその姿は、如何にも怠惰に浮かんでいた。「はい、氷。おみやげ」「あら、珍しく気が利くじゃない。珍しく」霊夢は二度繰り返し、奥へと引っ込んだ。

 

――あの時の再現。青ざめる私に、紫はそっと耳打ちした。「今度は、殺してしまわない事ね」暑さは感じなかった。ただ震えた。震えが止まらなかった。「はい、あんたの麦茶」勧められるがままに、それに口をつけた。会話というには喧嘩腰なそれを見て、私は何も喋れなかった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 

 

なあ。霊夢。どう思う。

 

才能には敵わない。努力なんて無駄だ。本当にそう思っていたのかな、おまえは。

私はそれでも、お前の事を目指す。そうしたい。そうしなければならない。

 

そうでなきゃ、私は壊れてしまうよ。

 

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