―5つの死―
「刺激が足りないわ」紫様はスキマから半身を出し、テレビを見ていた。古い映画だった。ジャンルはおそらく、ウエスタン。「長く生きていればそういう事もあるでしょう」ともかく、掃除の邪魔だけはしないでほしい。「…そうね、そういう遊びもあるわね」はいはい。遊んできてくださいよ。
「貴女も参加するのよ」…はい?「貴女も、参加するの」扇子で口を隠しながら、紫様は目を細めた。
◇◆◇◆◇◆
部屋にはテーブルに座る人間、そして妖精。霊夢、魔理沙、早苗。そしてチルノがいた。…チルノは勝手についてきたので、数えて良いか微妙だが。彼女らには何も伝えられていない。ふと気づけば、ここにいた。集められていた。実質、私が攫ったようなものだが。
「はい、注目」紫様が、スキマからずるりと這い出した。4人の視線が集まる。「何処よ、ここ」真っ当な疑問だ。しかし紫様にとって、それは実際どうでもよい事だった。「少しばかり、遊びたくなったのよ」3人は顔を見合わせた。普通なら弾幕ごっこだ。何か違う遊びなのだろうかという顔だ。
「ちょっとした賭け事ね。報酬もあるわ。ほら」
紫様はスキマに手を入れ、何かを差し出した。ゆかりんドルだ。まったく流通しなかったので、幻の紙幣と化している。紫様は憮然としていたが、いくら妖怪本位制の紙幣とはいえ、己のプロマイドめいた顔が百種類以上載っているのはやりすぎではありませんか。そういう所がヒかれるのですよ。
「…普通のお金でくれる?」同感です。「…まあ、いいけれど」如何にも不服な顔を作った紫様は、隙間から妖怪ドルを手に取り、積み上げた。本当は最初からそうするつもりだったのでしょう。たぶん。おそらく。…それは高額紙幣だ。10枚もあれば、郊外にそれなりの家が建つほどの。
3人の目の色が、変わった。お金はあり過ぎて困るものではない。特に、人間の間では。チルノはというと、つまらなさそうに脚をぶらぶらしていた。これから始まる事を考えると、若干可哀相になると共に、何でも首を突っ込むべきではないと叱りたくもなる。確実に聞き流されるが。
「ルールを説明するわ」スキマに寄りかかると、中から…拳銃を、取り出した。「この拳銃には6発分の弾倉がある。その内の1つに実弾が入っているわ」ぞわ、と場が揺らいだ。一瞬だけ。「これを頭につけて、引き金を引く。簡単なルールでしょう。勿論、当たりを引けば、死ぬわ」再び、揺らいだ。
「引き金を引く度、私から紙幣を10枚差し上げましょう。この価値はわかって?」全員が――一部わかっていなそうな奴はいるが――頷いた。「死んでしまえば使い道もないわね。つまりはそこで、ゲームオーバー」紫様は手を振った。そう、これは純粋な賭けだ。ベットするのは、自分の命。
「最後の手番は、報酬5倍」紫様は天井を指差す。「自分の手番で、次こそが当たりだと思ったら、天井を撃ちなさい」バン。指鉄砲が揺れた。「当たりなら報酬は3倍。そうでなければ、全額没収。チキンに、この場は相応しくない」
遊びで、死ぬのか。3人は若干困惑していた。けれど、実感はなかったのだろう。金額も魅力的だ。3人は参加の意思を示した。これがどういう遊びかわかっているのか。聞きたくもなるが、紫様はそれを許さないだろう。
「スキマでずるしないでしょうね」霊夢の言い分は最もだ。「そんな事しないわ」私から見ても胡散臭い顔が、やれやれといったポーズで答えた。貴女は撃たれても死なないタマでしょうが。思いはしたが、口にはしなかった。後で確実に殺される。
「じゃあ、あたいがやる!」
一番槍は、無謀と勇気をはき違えて…いや、無謀とすら思っていない、氷精が名乗り出た。元気があれば、道理が引っ込む。そんな笑顔をしていた。子供が持つには重いかもしれないそれを渡されると、妖精は頭に当て、引き金に手を…
――バン!
無慈悲な弾丸が氷精の頭を撃ちぬくと、それは力なき手からすとん、と滑り落ちた。確率にしておよそ17%。平時なら楽観にできようが、命をやり取りするには頼りない。しかして、如何にも運がない。椅子からずり落ちる。血は流れない。妖精にそういった感傷はない。生かば死ぬまで。そういうものだ。
化け猫達が担架で妖精の肉体を運んでいく。一回休みだ。次のチルノは上手くやってくれるでしょう。まあ、この狂った会の内には間に合うまいが。
3人は恐らく驚いていたが、しかし所詮は妖精の死と捉えたのか、降りる者はいなかった。よくある話ではある。よくある。…この状況が、良くある話とは思えないが。「要は当たらなければいいのです」2人目は、早苗。「奇跡、起こして見せましょう!!」 彼女は片腕を振り上げ、引き金を、引いた。
――カチン。
弾は入っていなかった。ふんすふんすとドヤ顔を披露しながら、早苗は椅子へと戻る。
魔理沙の顔色は明らかに良くない。チルノの死で、我に返ったのだろうか。こんな会に来るとは思っていなかったという顔だ。それはそうだ。これは紫様の気紛れ。私にもお前にも、或いは神にも予想などできまいよ。…ああ、頭が痛くなってきた。
――カチン。
弾は入っていなかった。魔理沙は、椅子にゆっくりと座り込んだ。
「それじゃあ、私の番ね」全員の顔を見渡し、拳銃を手に取る。イカサマはしていませんよという素振りで、軽く、頭に当てた銃口を引く。
――カチン。
弾は入っていなかった。如何にも胡散臭い。早苗も霊夢も、じっと見ていたようだが、特に何も見つけられなかったようだ。
「私の番だ」
拳銃を頭に当てる。少しだけ考えを巡らせる。貫いた実弾は実際、かなり痛いだろうが…まあ死にはしない。その点が人間達とは非対称な部分だ。まあ、妖怪ドルを貰ってもちっとも嬉しくはない点で、相殺できるだろう。…できるだろうか?
――カチン。
弾は入っていなかった。残りは2つ。50%だ。拳銃を霊夢に渡す。渡された方は、けだるそうないつもの顔をしている。死ぬのが怖くない訳ではないだろうが、まるで己の勝利を確信しているかのようだ。色々な意味で、博麗の巫女は我々とは違う世界を見ている。
霊夢は、引き金を、引いた。
――カチン。
拳銃は、弾を吐き出さなかった。50%の幸運を引き寄せる。…なるほどこれが、巫女が巫女たる所以か。
「さて、一周したわね」紫様は拳銃を受け取り、死のルーレットを弾いた。二週目だ。幸運は何処まで続くものか。降りるか、降りまいか。それぞれの思惑を孕みながら、ランダムに椅子を交代する。ダイスの音が、静かな部屋に恐ろしいほど響いている。
勝負からは、誰も降りなかった。
私が撃つ。カチリ。弾は入っていない。「確率的にはそんなものか」計算式は命を贖えるか。私にはわからない。命の価値は無限大かつ、ゼロだ。
霊夢が撃つ。カチリ。入っていない。「面白くはないわね。早くお金を渡しなさい」強欲か、或いは恐怖を隠す為の仮面か。
紫様が撃つ。カチリ。やはり弾は入っていない。「運が良いわね、私も」あなたの場合は悪運と呼ぶのではないですか。
早苗が撃つ。カチリ。どうにも弾は入っていない。「これこそ、二柱の加護というもの!」こんなゲームに興じていると知ったら、泣くと思うぞ。
…最後は、魔理沙だ。「やれるぜ。やれる。やってみせるさ、霊夢だってやったんだ!」その顔には傍目に明らかな恐怖が刻まれている。50%。飲むか飲まれるか。命がかかっていなければ、平気な顔で引き金を引いて見せただろう。今はそうではない。嫌だ。死にたくない。…その手が、引き金を引いた。
――バン!!
天井に弾痕が刻まれる。魔理沙は乱れた息を整えている。「…どうだ、私だってやれるぞ」魔理沙は笑った。もはや笑うしかない。「運が良いわね」紫様が30枚、妖怪ドルを滑らせた。受け取った魔理沙が、枚数を数えた。これだけあれば、一等地に家が買える。
再び席が変わる。ダイスの立てる音は、何処か危うい。
「…次、降りるぜ」魔理沙は眼前で手を振った。「これ以上は使い切れるかわからないからな。運命の天秤とやらもそう仰っているぜ」僅かに落ち着きを取り戻したように見えるその顔は、しかし如何にも引きつっていた。
「それでは、私から行きますね!」髪を揺らして、ポーズを取ってみせた。彼女はこの状況を真剣に捉えているとは思えなかった。ゲーム。そう、ゲームだ。己を命を張っているとは思えないのは、それを面白いものとして感じているからではないか。
「今の私はいつになく絶好調ですからね!」その顔は確信めいていた。拳銃を掴むと、ドヤ顔を浮かべながら、引き金を引き――
――バン!!
緑の髪が、赤く染まった。張り付いた笑顔が一瞬で、何故、といった表情に変わった。人間にできるのはそこまでだった。目を閉じる事もできないまま、その肉体は倒れ込んだ。化け猫が現れ、担架でそれを運んでいく。匂いがする。血の匂いだ。テーブルに飛び散った、新鮮な血。
「…次は、私ね」化け猫が差し出したそれをを受け取る。「そろそろ、脱落者も増えてくる頃ね。ふふ」弾丸が装填される。まるで他人事だ。飛び散った血糊をハンケチで拭きながら、血の匂いに顔をしかめる私を見る。ただただ唖然とする魔理沙を見る。表情を変えない霊夢を。
「ここらで一発、試してみるかしら」そう言うと紫様は、天井に拳銃を向けた。次弾が装填されていれば、3倍。ルール上、問題のない行為だ。霊夢がそれを見る。魔理沙が見る。私が見る。視線の先で、引き金が引かれ――
――バン!!
「あら、当たり」銃弾が天井を抉った。霊夢がそれを見た。魔理沙がそれを見た。そして私が、それを見た。3倍の報酬を受け取りながら、紫様はにこにこと笑顔を浮かべ、ウインクを――両眼を閉じている。できていませんよ――した。
霊夢は平静を崩そうとはしない。その内面は実際、伺えない。内心は魔理沙と同じくらい震えているのか。それとも早苗と同じく、己の勝利を疑っていないのか。少なくとも彼女は、金だけに拘って参加してはいないだろう。私はと言えば、紫様を見ていた。自分でも驚くくらいの呆れ顔をしているだろう。
…紫様が僅かに、ほんの僅かに、手を揺らしているのを見た。私の心に、若干の苛立ちと諦観が浮かぶ。紫様…イカサマしてますね?「どうしたの、藍?」どうもこうもないです。弾の抜けた拳銃というものは、次弾の位置で僅かに音が違うそうだ。それを聞き分けられるなら、生死の境界も操れる。
「…私の番、だよな」魔理沙はもはや恐怖の反応も示さない。壊れてしまったのか。ただ拳銃を受け取り、それをじっと見た。「私は死ぬのかな、霊夢」霊夢は何も言わなかった。彼女はゆっくりと腕を上げ、銃口を己が頭に――
――バンッ!!
帽子がはらり、と落ちた。化け猫達が担架を持ち、その肉体は淡々と運び去られていく。もはや恐怖に怯える事もない。死は救いだったのだろうか。それとも。感傷に浸っているのは、どうやら私だけのようだった。冷たい訳ではない。余計な事を考えないのだ。エミュレートされている私よりも。
手番は巡り巡った。私の番。確率は50%。分は、あまりにも悪い。降りてもよかった。私には私用の金などさほど必要ない。それに、私は死なないのだ。不平等ではあるが、それを嫌って勝負から降りるのは失礼なように感じた。複雑な思いを抱えたまま、私は銃口を向け、引き金を引いた。
――バン!!
衝撃。血飛沫。頭部が破壊される音。…ああこれ、めちゃくちゃ痛いわ。踏ん張らねば気が遠くなる。化け猫達が担架を持ってきて――要らない、と手を振った。この程度なら死にはしないし、何より放っておいたら紫様が何をするかわかったものではない。
私が(物理的に)下りた事で、残るは2人。両雄は血飛沫の間と間で、睨み合った。1人は薄笑いで。1人は無表情で。
「じゃあ、サシの勝負ね」紫様が次弾を装填する。「5発にしましょう」…不意の霊夢の提案に、紫様は少しばかり動揺したように思える。そうではないかもしれないが。胡散臭いオーラのせいで、何をするにも怪しさから逃れられないのだ。紫様は。
「私が勝ったら、10倍頂くわ」テーブルを指で叩きながら、霊夢はルールの変更を、そして報酬の引き上げを要求する。紫様は扇で口を隠し、笑った。私の側から見えたそれは、若干引きつっていなかったか。「いいわよ、それで」妖怪ドルが山と積み立てられる。
5つの死が装填される。確率からして、無謀。無残な死は、もはや霊夢をその毒牙にかけようとしている。紫様は止めなかった。止める義務はあったように思う。勝負を放棄すれば、少なくとも霊夢は死なずに済む。しかし。これは意地の張り合いなのだ。おそらくは。
霊夢は拳銃を受け取り、引き金を引いた。
――カチン。
死は、現れなかった。霊夢は弾倉を開け、回転させ、紫様に渡した。
「さあ、撃ちなさいよ」
5発もの弾が込められている以上、あのイカサマは使えない。紫様は初めて真剣な顔をした。どうせ死にはしない。しないが、この勝負に負ける事は、霊夢に負ける事だ。妖怪の賢者を気取る者が巫女に負けたとあっては、己がプライドに関わる。様々な色に変容しながら、引き金は引かれ――
――バン!!
紫様はスキマからずり落ち、床に倒れ込んだ。化け猫の担架が――「待って」紫様は膝立ちになり、霊夢を見た。服は、帽子は、じっとりと血に濡れていた。「貴女の勝ちよ、霊夢」だらだらと流れる血が、霊夢の足元に迫った。「貴女は強くなった。私も嬉しいわ。今はただ、讃えさせて頂戴」
霊夢は何も言わなかった。ただ紫様を見下ろして――頷いた。2人の間で何が交わされたのか、私にはわからない。親子以上の関係がそうさせるのだろうか。テーブルに飛び散った幾重もの血潮は、高く高く積み上がった妖怪ドルを赤に染めていた。
「――ちょっと待ちなさいよ! こんなんじゃこのお金、使えないじゃないの!!」霊夢の叫びも空しく、紫様は担架で何処へともなく運ばれていく。そう、何処かへ。その空間には、霊夢だけが残った。死を乗り越え、勝者を讃えるかのような静寂が、場を包んでいた。
――霊夢、魔理沙は、そして早苗、ついでにチルノは、己が縁のある場所で目を覚ますだろう。記憶をなくして。己が蛮勇を知る事もなく。懐に1枚の妖怪ドルを抱えて。
◇◆◇◆◇◆
「…紫様、私達の傷は治らないんですか。すごく痛いです」
「生身だったから、そういう訳にはね…」