※この作品はR-18です。

【血】東方短編集   作:slnchyt

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#殺人 #自殺 #過度な流血表現


機械のあなた

―機械のあなた―

 

私は鈴瑚を、殺してしまった。

 

ほんの僅かな行き違いだったはずだ。それは無限に積み重なり。私は酷く気が立っていた。鈴瑚は私にわかったような事を言い、更に神経を逆なでさせた。私は団子をついていた。苛立ちが我慢できないほどに燃え上がっていた。最期に聞いたのは、或いは私に向けた、愛の言葉だったかもしれない。

 

…鈴瑚が後ろを向いた時、私は頭を殴った。闇雲に、ただ殺意に任せて、殴り続けた。骨を打つ感覚も、やがては真っ赤な団子のそれに変わった。そこにいたのは、めちゃくちゃになった死骸と、返り血にまみれた私だけ。他には誰もいなかった。誰も。――誰も止めてはくれなかった。

 

さして利口ではない私にも、これを隠さなければならないという知性はあった。私は必死になって、鈴瑚であったものをかき集める。骨が、肉片が、私の手を穢した。集めたそれを、ずた袋に入れた。この中に鈴瑚が詰まっている。私は周囲を伺いながら、遠く、何処か遠くへ走った。

 

シャベルで穴を掘った。墓ほどの大きな穴は必要なかった。鈴瑚は小さくなってしまった。ずた袋を押し込み、土をかけた。まるでそこには何もなかったように、穴は馴染んだ。もう誰も、私の行為を知る事はない。私は恐怖と共に、一瞬の安堵を感じていた。鈴瑚はいなくなった。それだけだ。

 

――家に入るのは、やはり怖かった。そこに鈴瑚がいるんじゃないかと、狂った期待も抱いた。…そこは、血の匂いで溢れていた。私は掃除用具を引っ張り出すと、必死にそれらを拭った。終わりのない作業にも思えた。洗剤をかけ、こすって、拭った。夜が明ける頃には、それは目立たなくなった。

 

…冷静さをいくらか取り戻した私は、拭いたばかりの床に座り込んだ。鈴瑚の痕跡は、これでこの世からすべて消えた。誰も鈴瑚を見つける事はできない。私が喋らなければ。私が…喋らなければ? 私は…私は、死ななければならないのか? …俄かに震え出した手に、何かが当たった。

 

そこには、イヤーデバイスが転がっていた。鈴瑚の残滓。私はそれを掴んだ。これも、何処かへ捨ててしまおうと思った。――ジジッ。私のイヤーデバイスが何らかの音を拾った。僅かなノイズだった。私は顔をしかめた。こんな時に、何だろう。そんなつもりはなかったけれど、私は耳を澄ませた。

 

――『清蘭』――

 

イヤーデバイスから、通信が聞こえた。そんな馬鹿な。鈴瑚は死んだんだ。私がこの手で、めちゃくちゃにした。あんなにされて生きているなんて、絶対にありえない。きっと、ノイズを拾ったんだ。それがたまたま、鈴瑚の声のように聞こえた。そうに違いない。

 

――『聞こえるかい、清蘭』――

 

「…!!」違う。確かに聞こえた。鈴瑚の声だ。『鈴瑚! どこにいるの!?』私の呼びかけに、応答があった。『君の手の中だよ、清蘭』…私の手の中? そこには、デバイスが一つ。これは鈴瑚ではない。…ひょっとして、からかわれているのだろうか。『そのデバイスだよ。こっち見て』

 

『私の知性マトリクスを――いや、ちょっとした仕掛けで、私は私の人格をこのデバイスに込めたんだ』…私には見当もつかないが…「つまり鈴瑚は、生きているの?」『生きているのとは少し違うかな。でもまあ、完全に死んではいないと思ってくれて構わない』私は呆然と、それを見ていた。

 

『君の事を助ける為に、これを残したんだ。私が何かの拍子にいなくなってしまった後も、君が困らないように』鈴瑚の声が、私の耳を熱くさせた。「鈴瑚! 鈴瑚!!」私はデバイスに頬を擦り付けた。『おいおい、私を早速困らせるのかい?』私は慌てて、それを手の中へ戻した。

 

…鈴瑚に己の罪を懺悔しようとして…やめた。それをしたら、手の中の鈴瑚もいなくなってしまう気がした。『私を耳につけて。聞き取りやすいように』「うん」私は片側の耳にそれをつけた。両耳に、確かな重さがかかった。『それじゃあ清蘭、これからは勉強の時間だ』…勉強?

 

――『そう、そこの三段目だ。ペンとハンコを持って。そこの欄に君の名前と住所を書くんだ』鈴瑚は私に、何かをさせようとしていた。内容はまったくわからない。土地利用権。それだけはわかった。『そう。後はハンコを押して、後は人里の地主さんに持っていけばいい。毎月やるんだよ』

 

私にはどうしてもよくわからないが、鈴瑚の言葉は真剣だった。だから私も真剣になろうと思った。慣れないハンコを押して、それをクリアファイルに入れた。これを毎月やる。…後でメモしておこう。絶対に忘れてしまうだろうから。

 

『お金を稼いだら、月初めに売り上げの20%を組合に納める事。…計算ができない? それなら引き出しの中に電卓があるから、それを使って。これができないと、人里で商売はできないんだ。難しいかもしれないけれど、覚えてくれ、清蘭。これは絶対に必要な事なんだ』

 

お金の計算なんて、した事がなかった。全部鈴瑚がやってくれた。でも、これからは全部私がやらなくちゃいけない。それだけはわかった。私は慣れない手で電卓を打った。五分の一。私でも、そのくらいはできる。『やれるじゃないか、清蘭』「…うん、やれたよ」鈴瑚の声はとても嬉しそうだった。

 

―――

 

  ―――

 

『ドジだな、清蘭は。でも、やり方はわかったね?』

 

『そうだ。たかが書類一枚なんて、簡単な事なんだよ。清蘭』

 

『自分でできるようになるのは、嬉しいだろう?』

 

『ははは、私よりも上手いんじゃないか?』

 

―――

 

  ―――

 

売上帳を片付けると、私は思い切り伸びをした。明日は印刷してもらったビラを配って、組合の会合に出席して、新しい団子を考案して…まあとにかく、凄く忙しい。でも、この忙しさは心地よくもあった。いたずらに日々を過ごしていた昔の私よりも、ずっといい。

 

『やってるね、清蘭。――少し、話があるんだ。大事な話』

 

何だろう。いつも気軽に話しかけてくるのに、今更かしこまった話なんて。

 

『清蘭は凄いよ。私のしていた事は、もうみんな清蘭がやってるね』

 

少し、恥ずかしかった。鈴瑚に褒められるのは、いつだって嬉しい。

 

『――清蘭はもう、何でもできる。私の事は必要じゃなくなっただろう』

 

…何を言っているの、鈴瑚? 私には言葉の意図がわからなかった。もう、必要じゃない? 鈴瑚は私に必要だよ。これまでも、これからも。あなたがいなくちゃ、私は何にもできないのに。あなたが導いてくれたから――私は今、ここにいるのに?

 

『デバイスの稼働限界までに、間に合って良かった。――さよなら、清蘭。もう会えないのは残念だけど、君は生きろ。生きなくてはならない』

 

…嫌だ。何を言っているの鈴瑚。もう会えなんて言わないでよ。これからも二人で暮らそう。私は生きてるよ。あなたも生きてる。形が変わってしまっても、私は鈴瑚の事が――大好きなのに!!

 

『…あの時はちょっと…いや、だいぶ痛かったな。でも、そうしてくれれば…私も浮かばれるよ』

 

「――鈴瑚ッ!!」

 

――バチッ! 音を立て、イヤーデバイスが二つに割れた。イヤーデバイス…いや、鈴瑚は、もはや何も語らなかった。

 

 

 

――天井から縄を伸ばした。鈴瑚を再び失った悲しみが、私をそうさせた。鈴瑚は生きろと言った。でも、私は――私が二度もあなたを殺したのに、どうして生きていられると言うの。もうあなたには会えない。あなたの声も二度と聞こえない。そんな世界に、未練なんてないよ。鈴瑚。

 

そこにいたのは、やがて死骸にならんとする私と、あの日の返り血に塗れた杵だけ。他には誰もいなかった。誰も――

 

「馬鹿な事はやめなさいッ!!」

 

不意に打ち込まれた銃弾が、死をもたらすものを打ち抜いた。私はどさり、と床に転がった。走り寄った兎が、私の首からそれを強引に剥ぎ取った。「すれ違う度に聞こえていたのよ、鈴瑚の声」死に囚われた私の身体を、変装した鈴仙は抱き起こそうとした。私は、立ち上がれなかった。

 

「…私の推測通りだったのね。あなたが鈴瑚を殺した。――そしてそのデバイスに、鈴瑚は魂を込めていた。あなたはそのおかげで生きながらえた」その通りだった。私は鈴瑚を殺した。私があなたを殺して、土に埋めた。形跡を消した。わたしが、あなたを消してしまった…

 

「…あなた、どうして鈴瑚の意思を無下にしようとしたの!」鈴仙は私の喉に薬を押し込み、水を流し込んだ。私にはそれに抵抗する力も、意志もなかった。「あなたのした事は罪よ。けれど、それを自分の命で贖おうなんて、虫が良すぎるわ。それでは、誰もあなたを許さない」赤い瞳が、私を見る。

 

「どうしても死にたいというのなら、私の瞳を見なさい。狂気の世界で何もかも忘れて、自分一人の生活を続けられるようにしてあげるわ。…けれど、それは逃げ。偽りの道を選ばないのなら――あなたは一生、鈴瑚の死と向き合わなければならない」鈴仙の瞳に、涙が浮かんだ。

 

「私はこの事を、誰にも言わないわ」振り払うように背中を向け、鈴仙は言った。「語るなら、あなたが語りなさい。その気がないなら、それはそれでいい。それでも、生きなさい。鈴瑚の言葉を忘れないように」歩き去る鈴仙の姿を、私はぼんやりとした意識で見つめていた。

 

――鈴瑚の、意思。あなたは、生きろと言った。私はもう、生きられないと思った。あなたの意思が、私を生かすなら…私は生きなければならないの? 私の意思が、あなたを殺したのに。わたしの身勝手が、あなたを二度も殺したのに。

 

床の上に、二つに割れた死骸があった。あの時と同じ。「鈴瑚」…もう、何処へともなく捨てたりなんかしない。それらを手に取る。作業台の上に置いた。私にはもう一つ、イヤーデバイスがある。これを解析すれば、同じものが作れるかもしれない。そうすれば、鈴瑚は。

 

「――やってみせる」どんな事があっても、あなたを蘇らせてみせる。その間は、私は死ねない。魔法使いを当たった。河童にも話をした。鈴仙にも。空いた時間はすべてつぎ込んだ。処断を承知で、月の頭脳にも伺った。賢者は何も言わずに、いくばくかの設計図を引いてくれた。

 

―――

 

  ―――

 

『――やあ、久しぶりだね。清蘭』

 

私はあなたを抱き、泣いた。泣き続けた。

 

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