―介錯して下さる?―
――酷く取り乱している。自分でもわかる。…はたてさんが、何者かに殺された。烏天狗、それも良家の娘の死だ。執拗に捜査はされたが、未だに何の進展もない。捜査に動員されていた私は――ふと、私は証拠品の中に、かつて見知ったものが含まれている事に気付いた。
携帯を手に取った。使い方は知っていた。教えてもらったからだ。今になってそれが役に立ってしまうとは、悲しい事だったが。写真はいくつもあった。私を引きずって、無理矢理に撮った一枚。同僚に撮ってもらった、二人が並んだ写真。あちこちで写真を撮った。私はそれを思い出していた。
…最期の写真を見て、私は息を飲んだ。それははたてさんが刺殺された時の写真だ。犯人は写真を撮られた事に気付かなかったに違いない。私は写真を限りなく詳細に見据えた。翼。高下駄。歩き去るのは、天狗だ。そう、烏天狗。そしてこの背中に、私は見覚えがある――
私は取るものも取らずにねぐらを飛び出した。外は小雨が降っていた。そんな事はどうでもいい。下手人はあいつだ。断言してもいい。あいつを探し出す。聞かなければならない事はいくらでもある。返答如何によっては、私自身で落とし前をつける。私はあいつの寝床へ飛ぼうとした。
――探すまでもなかったかもしれない。気が付けば文は、私の背後に現れていた。「私の予想よりは随分と早いですね。結構」文はナイフを手で弄んでいる。「敢えてこれで殺したんですがね」ナイフを仕舞った。「そうですね、はたてが何か残していた。そうでしょう?」
「よくも、はたてさんを…!」「まあまあ、事の経緯くらいは聞きなさる」文は扇を取り出し、口を隠した。「純粋たる事は時に罪でもある。あの子はそれを自らの命で証明した訳ですねェ」「何が言いたい」「――あなたとの話を散々聞かされましたよ。ええ、私の心を凍らせるほどに」
「犬走椛。私はあなたが好きだったんです。…いえ、今も好きです。これからもそうでありたいと思いますが」嫉妬。お前は嫉妬に狂ってはたてさんを殺したのか。「私としたことが、聡明な頭で考える事を放棄してしまった」「ふざけるな、殺人鬼め」「一皮剥けば誰もが感情の奴隷」
「もう一度言います。私はあなたが好き」文は手を広げた。抱き込む身体を求めるように。「あなたが好きだと言ってくれれば、私で死んでも構いませんよ」「ふざけるな!」「ふざけてなどおりません」文の目つきが、変わった。本気の目だ。これが、決して口から出まかせではないのだと。
「私はあなたが欲しくて、こんな事をしました。愚かとは存じておりますとも」ゆっくりと首を振る。「好きだと言ってください」扇を構えた。「そうでないなら――せめて、一緒に死んでください。椛!」文は目前で風の槍を繰った。私はそれを間一髪でかわし、剣を構える。
「――ふざけるな!!」私の剣は文の扇を捉え、激しく打ち払った。「そうですね。怒りは時に想像以上の力をもたらすものです」手刀。私は剣を引く。薙ぎ払い。身体を反ってかわされる。私は更に突いた。「怒りなさい。あなたから向けられた怒りは、私を滾らせて留まらないのですから」
「私を見てください。そう、もっと見て、私を憎めばいい。私を殺せば、少なくともあなたは生きられる」手刀。かわしきれない。剣の平で受ける。「命が惜しいんでしょう、あなた」竜巻が繰られた。私は跳びかわす。「未だに剣が迷っている。それとも私を気遣って頂けておられる?」
「――ふざけるなァッ!!」私は剣を掴み直し、文へ突撃をかけた。文は私に向けて風の槍を幾重にも繰った。双方、捨て身だった。それらが交差する瞬間、私達は己の死を確信したかもしれない。私の身体を風の槍が貫いた。私の剣は文の胸に突き立っていた。
「――ああ。ああ。そうです。私はこれを求めていたのかもしれない」文はごぼり、と血を吐いた。「はたてに始めて殺意を抱いた時、あの子の純粋な瞳は私の咎を焼き尽くしたのです。私はもう、生きていてはいけなかった」風の槍は私の胸を完全に破壊していた。私は何も返せず、呻いた。
周囲から風が消え、私は遥か地面に堕ちた。胸に剣が刺さったまま、文も堕ちていた。衝撃と土埃、私の目前に、それは転がっていた。「――介錯して下さる?」私は文に這いよると、剣を杖にして立ち上がった。見下ろす顔は土や血で見る影もない。慈悲ではない。憎悪を持って殺すのだ。
私は剣を引き抜き、正確に喉元を突いた。血が噴き出し、私の顔や身体を濡らした。文はもはや何も喋らなかった。零れ落ちた涙が、ただ空しい。何もない。何も。私は文の上に倒れ込み、血を吐いた。致命傷だ。ただ少しだけ、私の方が生きていた。或いはこの立場、逆だったかもしれない。
目を閉じてもいないのに、もう何も見えなかった。文に刺さった剣を、手で必死に探った。意味など、もうない。それでも最期くらいは、剣を握ったまま死にたかった。持ち手を掴んだ。私の中に剣士の矜持が戻った。「――はたてさん」最期に見えたのは、あなたの明るい笑顔だった。