―私には仲間がいた―
清蘭が死んだ。
私が殺した。私が拳銃で清蘭を撃ち、それで死んだ。私は酷く冷静だった。殺してしまったものはしょうがないのだ。私は遺体を袋に詰め、誰も通らないような場所で油をかけ、焼いた。地上に科学捜査なんて概念は、まだない。骨となれば、それで終いだ。誰も清蘭を見つけられない。
私は油の缶を持ったまま、それを見つめていた。感慨はない。清蘭は私に逆らった。だから殺した。短絡的な犯行とも言えなかった。清蘭はあまりにも自分に正直すぎた。地上の兎には絶対ならないのだ、と公言して憚らなかった。それがいけなかった。その溝は結局、埋まる事はなかった。
清蘭が拳銃を持ち出した時、私も同時にそれを構えた。殺す気はなかった。猛獣使いの鞭のようなものだ。痛い目を見れば、それでいい。清蘭の手は震えていた。私を殺す覚悟もなかったのだろう。この期におよんで、清蘭はわめいていた。月に帰る。鈴瑚がいたら、帰れない。だから殺す。
私を排除した所で、迎えが来る訳がない。何の根拠もない話だ。しかし清蘭は既に狂っていた。私を殺す為にそうなったのか、或いは最初から狂っていたのか。今となってはわからないが。清蘭の指がトリガーを引きかける。私は先んじた。拳銃を狙い、清蘭の手から弾き飛ばす。
拳銃は地面に落ち、暴発した。それは近くの樹木に穴をあけた。清蘭はすっかり怯えていた。私は再び拳銃を清蘭に向けた。「やめなよ」私の言葉に、何を思ったのか。清蘭は私に向けて走り込んできた。速い。私はそれを迎撃すべく蹴りを入れたが、清蘭の狙いは私ではなかった。
私の手から拳銃が叩き落とされる。続く攻撃で清蘭はそれを蹴り、遠くへ飛ばした。私の足を飛びのいてかわすと、清蘭は態勢を低く取り、手刀を構えた。あの泣き虫が、やろうというのだ。私はそれに乗った。立場をわからせるには丁度良い遊びだ。…そう、思っていた。
清蘭が仕掛けた! 私に向けて苦無を投擲し、それを追うように飛び込んできた。私は苦無を蹴り飛ばし、清蘭を見据えた。かわしきれる。私は見破り、低い体勢からの上蹴りを構えた。しかし清蘭は、私の思った通りには動かなかった。着地からのスライディング。飛びのいた私に清蘭が迫る!
清蘭の手刀が私を撫でた。上半身を逸らしながらソバットを叩き込む。清蘭は腕を交差してそれを受け止める。苦無が飛ぶ。なかなかやる。私は清蘭の実力を過小評価していた。改めよう。君は弱さではなく、愚かさによって、死ぬ。私が再び迎撃態勢を取ると、清蘭は腕を引き、手刀を構えた。
先に動いたのは私だった。スライディングから蹴り上げ。かわされる。地面を蹴り、ムーンサルトをかける。清蘭は腕を交差してそれを受け止める。それとほぼ同時に私の足を掴み、地面へと叩きつけようとする。私は両腕で地面を叩き、清蘭の顔に蹴りをみまう。かわされる。飛び離れる。
今度は清蘭が仕掛けた。高く飛び上がると、太陽を背に鋭いキックをみまった。私はそれを寸前で避け、清蘭の脚を払った。清蘭は態勢を崩したまま、私の首を引き込み、倒した。二人が地面に転がる。私は飛び起きようとしたが、清蘭が私の腕を締めあげる。このままでは肩を外される。
私は清蘭の側に転がった。馬乗りになった所で、清蘭の首を思い切り突いた。咄嗟に腕を外して回避した清蘭を、飛び起きた私が二度踏みつける。かわされた。互いにこれといった勝ち筋のない戦いだ。既に長期戦と言ってもいい。じり、と清蘭が態勢を低くした。私は蹴りを構えた。
再び清蘭が仕掛ける! 手刀の突きが繰り出される。それを反ってかわし、胴体に蹴りを入れる。清蘭は敢えて吹き飛び、バク転で距離を取る。私が飛び蹴りをみまうと、清蘭はそれに手刀で答えた。私は空中で背を丸め、全体重を腕に叩き付けた。清蘭がよろける。更にソバットで追撃をかける。
苦無が三本投擲された。これで弾切れだろう。私は串を三本投擲し、これを迎撃した。逆にこちらからも二本、まだ態勢を立て直せない清蘭に投げつけた。こちらも弾切れだ。清蘭は無理な態勢からバックステップでそれを避けた。私の蹴りを片腕で防いだ。骨がきしむ、嫌な音がした。
状況は徐々に私の方へ傾きつつあった。後ろ回し蹴りがクロスした腕で防がれる。下ががら空きだ。脚を払い、再び踏みつける。清蘭はかわしきれず、口から血を吐いた。それでも飛び起きた清蘭は裏拳をみまった。私は片手でそれを逸らし、体重をかけた。清蘭は飛び離れる。態勢が、崩れた。
――今だ! 私は二度、そして三度と回転蹴りをみまった。清蘭は地面に倒れ込むと、それ以上の抵抗をしなかった。顔は打撃と泥でぼろぼろになっていた。「――もういいだろ、清蘭」私は、最後の説得を試みた。「今なら許してやる」本気だった。今の私には殺す意味も、動機もない。
「――許して、ください」「ああ」その言葉を引き出せただけでも、殴り合った価値はあったかもしれない。これでもう、清蘭は私に逆らわないだろう。或いは月に帰るなんて事も言い出さないかもしれない。私は清蘭に背を向けた。油断はしていないつもりだった。…しかし、遅かった。
清蘭は物陰――先程まで構えていた銃を拾うべく、跳んでいた。あまりにも速く。あまりにも静かに。清蘭にはそれができるだけの能力があった。私が異変に気付いた時には、すべてが整えられた後だった。「清蘭?」私が発した言葉は、どうしようもなく間抜けだっただろう。
「――鈴瑚ォ!!」清蘭は銃を拾い、発砲した。私にはそれを避ける間もなかった。背中から胸を銃弾が貫いた。判断を信じるなら、致命傷ではなかった。しかし、放っておけば死ぬだろう。「うあああぁぁッ!!」二発、三発、四発の銃弾を浴びた。致命傷ではない。血がいくつも流れ出した。
五発、六発目を飛びのいて避け、私はそこへ――私の銃が落ちている場所へ、飛び込んだ。「君は一線を踏み越えたよ、清蘭」弾は七発。一発は暴発した。もう清蘭に弾は残っていない。「さよならだ」私はもはや清蘭を説得する事を放棄していた。殺意は、死で贖わなければならない。
私は清蘭に銃を向けた。清蘭も私に銃を向けた。今度は、頭を撃つ。清蘭は何の役にも立たないそれを、掴んでいた。私はトリガーに指をかけ――いや、違う。清蘭ならそうする。そう思った時には、遅かった。清蘭の弾丸、一つ多い八発目の弾丸は私の胸を穿ち、私のそれは清蘭の頭を砕いた。
私は後ろに倒れ込んだ。清蘭はもはや何の反応も返さなかった。今度こそ致命傷だ。私は無理矢理に這いずり、家に入った。引きずったような血の跡が残る。苦労して薬箱を開け、スティムパックを押し込んだ。ぼんやりとした感覚と共に、痛みが和らぐ。ひとまず命を繋いだ。だが、長くはない。
私は倉庫から油の缶を引きずり出した。苦労して持ち上げた。死した清蘭を持ち上げた。それだけの力は残っていた。清蘭の遺体を袋に詰め、誰も通らないような場所で油をかけ、焼いた。地上に科学捜査なんて概念は、まだない。骨となれば、それで終いだ。誰も清蘭を見つけられない。
私は油の缶を持ったまま、それを見つめていた。感慨はない。清蘭は私に逆らった。だから殺した。短絡的な犯行とも言えなかった。清蘭はあまりにも自分に正直すぎた。地上の兎には絶対ならないのだ、と公言して憚らなかった。それがいけなかった。その溝は結局、埋まる事はなかった。
私は倒れた。痛みが戻ってきて、そしてまた消えた。血が流れ続けている。意識を失う前に、やらなければならない事があった。油を被り、清蘭に近付くと――飛び込んだ。あっという間に炎に包まれる。息ができない。熱さは感じなかった。私が焼け落ちていくのを、遠のく意識の中で感じた。
◇◆◇◆◇◆
森の中に、二人分の骨が見つかった。それが清蘭と鈴瑚だと、私にはすぐに理解できてしまった。彼女達は家に戻っていなかった。部屋の中は酷い有様だった。何者がそんな事をしたのか。人間。妖怪か。行きずりの犯行か。それとも。私は兎達の報告を聞いて、頭を振った。ただただ、悲しい。
もし、もしも、私の思っている通りなら――どうして私に相談してくれなかったのだろう。そんなに私は頼りなかっただろうか。手首を振り、狂気の銃を取り出す。強くなったつもりだった。しかしそれでも、守れないものは沢山ある。スピンさせ、弾いた。無力に沈む頬に、涙が落ちた。
「…骨、どうする?」てゐも今だけは、消沈気味に思えた。「然るべき場所に埋葬するわ」然るべき場所。彼女達が帰るべき場所。「わかった」てゐにも通じていた。私は席を立った。彼女達の終わりを、見届けなければならない。私には仲間がいた。いつまでも、仲間であり続ける。
――穴を掘り、二人を埋める。イヤーデバイスが燃え残っていた。私はそれも手に取り、埋めてやった。あなたたちの魂は月に昇る。どれだけ望んでも帰れざる故郷。望まずとも惹かれるその輝き。あなたたちが好きだったのは仲間だからだけじゃない。同郷の士だからだけでもない。
私は、私は、あなたたちをまるで妹のように思っていた。よくできた鈴瑚。おっちょこちょいの清蘭。それは勝手な感情だったかもしれない。けれど、だからこそ、頼って欲しかったのだ。こんな終わり方じゃなく、何か助けになれたはずだ。土がかぶされる中、声を上げて、私は泣いた。