紐パンきつねの海色バカンス 作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)
フブキは急須に残っていたお茶をふりふりと回して、マリンの湯飲みにおかわりを注いだ。
礼を言ったマリンは、湯気が立つ水面に息を吹きかけて、良い茶葉の香りをふわりと漂わせた。
「……エッチなこと、どこまでしたの?」
「うぅ…………ストレートに聞くよなぁ、ホントにさぁ……」
溢れそうになった文句を、スポーツドリンクで飲み下すフブキ。甘苦い後味に事後の気まずさを思い出して、恥ずかしそうに唇を尖らせた。
「……お互いの口に、ちゅーぐらいは……まあ……」
「それって……下のクチってこと?」
「………………聞かなくてもわかるじゃん、そういうのさぁ……!」
「へぇー……シックスナインまで……え? じゃあ本格的なことって……まだしてないの? おま×こ同士を合わせたりとかさ……」
「…………してない……まつりちゃん、そこまで求めてこないし……」
「ふうん……意外でもあるけど、なんか……納得もできるわね……」
マリンはお茶をすすりながら、ベッド上でのフブキを思い返していた。
愛情を重ね合うときに、攻め手と受け手に分かれることは珍しくないのだが……フブキは、あまりにも『されるがまま』な状態を受け入れていた。いわゆる、マグロ気質な奥手っぷりを見せていたのだ。
「一応聞いておくけど……フブちゃん、まつり先輩とエッチするときも……今日みたいなカンジなの?」
「え? あー、うん……けっこう似てるかも……。まつりちゃん、いろんな道具とか責め方してくるし……いつまでも慣れないんだよね……」
「……まあ、エッチってそういうものだし……。むしろ、マンネリしないようにまつり先輩が頑張ってる成果だと思うけど……」
なし崩し的にベッドで愛し合うようになった経緯を考えると、セックスがそういうものだと認識してしまう気持ちも理解できなくはない。
ただ、いつまでもそんなマグロな受け方をされたら……その攻めに無為さを感じてしまってもおかしくないだろう。
この子は本当に、自分とのセックスを楽しんでくれているのか。本当は嫌だと思われていないのか、気になって確かめたくなるのも自然なことだろう。
「………………あー……そういうことかぁ~……!! これは……真面目にやらかしたなぁ……!!」
マリンはテーブルに突っ伏して、自分がどれだけ美味しい漁夫の利を食い漁っていたのかを思い知った。
ミオが指摘した通り、マリンにも、更衣室でのまつりの態度はどこか奇妙に見えていた。何かが上手く噛み合わず、やきもきしてヤケになったような態度を取っていた。
まるで、押しても引いてもびくともしない……成立していなかった恋の駆け引きを、盛大に空ぶったかのように。
「ど、どうしたんだ急に……!? 何かまずいことでもあったの……!?」
「うぅ~ん……言ってもいいけど……これ、フブちゃんが自分で気付かないと意味ないと思うわよ……?」
「白上のことなの!? えっ、えぇー……? そんなの言われてもなぁ……何がなんだかわからないよ……?」
頭の上にいくつもの?マークを浮かべるフブキに、マリンが苦笑する。そして、まつりが感じていた苦悩の片鱗に触れていた。
「……じゃあ、ちょっと間接的に聞いてみるけどさ……。フブちゃん、まつり先輩と初めてエッチしたときは、つい流されちゃったのかもしれないけど……二回目、普通に受け入れちゃったのよね?」
「………………」
フブキは戸惑って視線を泳がせてから、こくり、と俯くように頷いた。
「どうして、そこで拒否しなかったの? 友達同士の二回目のエッチなんて、一時の過ち程度じゃできないわよね?」
「……それは、そうなんだけど……」
まつりと禁断の逢瀬に向かうのは、合図となっていた紐パンもどきをフブキが穿いていたときだけだった。それも、普段は恥ずかしくて穿けないようなパンツだ。
当然、フブキに受け入れる意思がなければセックスは成立しない。何度もまつりに尻を揉まれなかっただろうし、ここまで恋心を歪ませることもなかったのだろう。
「そのときから、まつり先輩のこと……好きだったの?」
「…………わかんない……でも…………本気で、イヤじゃなかったのは……確かだと思う……。イヤだったら……まつりちゃんに、適当にキスでもせがんでただろうし……」
付き合いが長いフブキは、まつりの性格をよく知っていた。
まつりは女の子にベタベタと絡むわりには、本気で迫られるとへっぴり腰になって、萎れるようにスキンシップをやめてしまう。
押しは強いが、同時に、押しにも弱いタイプなのだ。ポケ●ンならゴーストタイプかドラゴンタイプなのかもしれない。
だからこそ。フブキからまつりに迫れば、その歪んだセックスフレンドの関係を終わらせることはできたはずだった。
それでも、フブキは安牌だとわかっていたはずの選択をいつまでもできなかった。その理由は、自分が誰よりも知っていた。
「……船長に言ってみ? こう見えて、意外と口は堅いからさ」
「………………怖かったんだよ……」
フブキは小さく突き出た口をすねさせて、バツが悪そうに心境を吐露する。それは心の底に隠していた本音であり、生涯誰にも伝えないと思っていた秘密であった。
しかし、あんなに乱れた姿を見られた相手に、今さら見栄を張っても仕方がない。重かった肩の荷を下ろすように、フブキは大きなため息を漏らした。
「怖かった? それって……まつり先輩が、もしもノッてきたら……って考えちゃったの? まあ、アイドルに真面目なフブちゃんらしいけど……」
「それもあるけど…………私は、たぶん…………その……逆の方が絶対にイヤだった……かな……?」
「逆…………あーっ……! 強気に出たとしても、それでお誘いを避けられるのがつらかったのね……」
「…………っ……!」
フブキは両手で顔を覆ってしまう。はみ出た真っ赤な頬と、ぺたりと倒れていた耳が図星を物語っていた。
マリンはようやく、フブキの歪んだ恋心の本質に気付いた。
フブキがセックスや恋愛に乗り気になったとして……まつりが本気になれば、ふたりともファンを一番に考えられなくなってしまうし、まつりがへたれたらフブキを避けてしまうだろう。たしかに、どちらの未来も夏色まつりのイメージからは簡単に想像できた。
フブキに残された道は、まつりを強く拒否するか……セックスを曖昧な関係のまま続けるかのどちらかしかなかったのだ。
「……ハァ~……! 随分とまた、拗らせた乙女だわねぇ……大切な友達に嫌われたくないって気持ちは、わからんでもないけどさぁ……」
「……もう……自分の気持ちも、どうしたらいいかも、よくわかんなくて……。まつりちゃん、何考えてるのかわかんないし……」
「いや~、まつり先輩の反応を見るからに、フブちゃんのことは相当好きだと思うけど……」
「……ほんとに? 直接聞いたの? いつ? ねえ、ちゃんと確かめてくれたの? 嘘じゃないの? 勘違いじゃないの? 適当なこと言ったよね? マリンちゃん?」
瞳から光を失ったフブキが、息をつかせる間もなくテーブルに乗り出してマリンの眼前に迫る。
心理的なモヤモヤと継続的な不眠、消えない恋慕……そして戸惑いのせいで、フブキは相当にメンタルを病んでいた。
「ヒィ~っ!? こ、怖い怖い! 怖いよフブちゃぁん!?」
「……そうだよね……きっと、私なんて嫌いで、エロいだけのドスケベなカキタレなんだ……。はぁ~ん……白上は、お潮を噴いて遊ばれる鯨のおもちゃなんだ……」
「そ、そんなことあるワケないでしょうッ!? まつり先輩のことどんな風に思っとるんだ!?」
マリンは(いやでも、たしかにあのスケベマ×コから潮を噴かせるのは、めちゃくちゃ楽しかったけど)とは思っていても言わなかった。
「誰でも大好き……DぃDぃ~……」
「おかゆ先輩と同類だと……!? いや、それはないで……あ~、まぁ~、言いたい気持ちはわかるけどね……?」
女癖が悪く、セクハラもする。かわいい女の子には思わせぶりな言葉をかける。
そんな印象があることは否定できないし、まつりが強く推しているアイドルやタレントたちのことを考えると、たしかに『フブキだけを特別視している』と断言できそうな要素はなかった。
「……そんなに、気に病むこともないと思うけどねぇ……。きっと、まつり先輩とちゃんと話し合える時間なら……いくらでもできると思うわよ?」
しかし。フブキの相談を受けた当初に危惧していたことは誤りだったと、マリンは確信できている。
どこぞの馬の骨ならともかく……あのまつりが、フブキをヤり捨てるとはまったく考えられなかったからだ。
夏色まつりが他の女性と肉体関係を持っているという噂など聞いたことがない……少なくとも、表面的に見える範囲では。
「まつりちゃんがここに居ないのに、そんなのわかんないじゃんか……」
「まあ、見事なウジウジきつねになっちゃった……じゃあ、フブちゃんの気持ちを考えようよ」
「私の気持ち……?」
「フブちゃんは、なんでまつり先輩のことを好きになったのよ?」
「……わかんない。エッチなことされてるうちに、いつの間にか……まつりちゃんのことが、頭から離れなくなってたから……」
「へ~、普通にワンナイトラブからどっぷり浸かったんだ……。カラダから始まる関係って、天然モノもあったんだねー」
マリンは興味深げに声を明るく弾ませて、あからさまに視線を逸らしているフブキの喉を口惜しそうに唸らせた。
「聞くまでもないけど……まつり先輩とのエッチ、好き?」
「むぐっ……! ま、また……ストレートにそうやって……!」
「いいからさっさと答える! 指マンとクリオナよりも、まつり先輩の手マンとクンニの方が気持ちよくて忘れられなかったんでしょ!?」
「い、言い方ってモンがあるだろッ!? そりゃ、満足してたら電マなんて買わんけどさぁ……! もぉーっ……さいあくだよぉ……!」
フブキは羞恥で震える口に力を込め、言い訳という名の苦虫を噛み潰した。
そうして、口をもごもごとしてから、観念するように呟く。マリンの熱い視線は、フブキが気持ちを白状するまで途絶えないことを察していた。
「…………嫌いじゃない……っていうか、たぶん……今は、何をするよりも……好き……だと思う……」
「どうして?」
「どうしてって……あの……なんていうか……その……」
フブキは指を忙しなく組み合わせて、もじもじと肩を揺らした。
「元々ノーマルな性癖だったフブちゃんが、まつり先輩に恋する前からエッチはOKだった……ちゃんと理由があるんでしょ?」
「う、うう……! や、あの……さ……そんなに、理由ってほどのものはないんだけども……」
フブキの言い訳がましい前置きは、マリンの優しい微笑しか生まなかった。
続く言葉を待たれている。言わざるを得ない。その気まずい状況に観念したフブキは、シンプルに恥ずかしい想いを口にした。
「エッチは、とっても恥ずかしかったけど…………まつりちゃんと一緒に居られて、楽しかったし……好きとか、かわいいとかって言われるのは…………すごく……嬉しかった、から……」
そんだけだよ。そう呟いたフブキの目元から、清らかな雫がポロポロと流れ落ちていく。
好きな人を欲しがる気持ちには、特別なことなど何もなかった。ただ純粋に、まつりと過ごした時間が心地良かっただけ。
そのこぼれ落ちていく雫の美しさに、言葉を失っていたマリンが思わず目を逸らした。今の自分が直視してはいけないほどに、とても純粋な光を孕んでいたのだ。
「えっちして、まつりちゃんが喜んでくれるのが嬉しかった……あの時だけは、まつりちゃんが私だけを見てくれたのが……嬉しかったんだよ……!」
声にできない関係だとしても、好きな人には、自分のことだけを見てほしかった。だからこそ、浮気性なまつりが視線を向ける周囲と張り合うように、正しくない情事を手遅れになるまで重ねてしまったのだ。
「……マリンちゃん……!」
とうとう涙がこぼれてしまって、想いの抑えがきかなくなったフブキ。すがるようにマリンに抱きつき、涙を堪えようとせずにわんわんと泣き始めた。
「私は、どうすればいいのかな……? どうすれば……まつりちゃんのこと、普通の友達として見られるように……戻れるのかなぁ……?」
「……フブちゃん……」
ここまで心が恋焦がれて、身体まで性的に開発されてしまったら、もう、後戻りはできないだろう。
恋心を自覚して、相手を求める気持ちも抑えきれなくて。そうなってしまっては、結ばれて幸せになるか……すっぱりと別れるか、どちらかしかない気がする。
マリンの中では二極化していた答えがはっきりと見えていたが、フブキのつらそうな涙声を聞いて、それを口にする勇気はなかった。
二人の人間である前に、ふたりの大切な友達同士なのだ。そう簡単に割り切れる関係性ではないだろう。
「……まつり先輩も、罪なオンナだなぁ……」
フブキを抱き締めて、ため息交じりにそれだけを呟く。
誤解をとくのも、弁明をするのも……そして、真実を伝えるのも。全て、まつり本人がするべきことだとわかっていた。
マリンにできたのは、歪んでしまった初恋の痛みで泣きじゃくる友達を、優しく包むことだけだった。