紐パンきつねの海色バカンス 作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)
しばらくのあいだ、溢れ出した友人の涙と想いを受け止め続けたマリンは、カーテンの奥に太陽の光が見えないことに気付いた。
その胸に抱いた温もりは、手放すにはあまりにも愛おしすぎた。それでも、いつまでもこうしているわけにはいかない。
「……フブちゃん。船長そろそろ……おいとましよっかなーって……」
「帰っちゃうの……? うち、ベッド二つあるから泊まれるよ?」
オトナの魅力が溢れる、豊満な胸元にうずめていた顔を上げるフブキ。目元は赤く腫れ、人好きのするその可憐な表情の儚さを増していた。
「そのお誘いはとっても嬉しいけど……今日はやめとくね。ずっと一緒に居たら、次は我慢できないからさ」
二つあるベッドというのは、きっと惨状が広がるアレも含まれているのだろう。
友達として、フブキをあんなところに寝かせるわけにもいかない。そして、酷い欲求不満状態のマリンがフブキの香りだらけの場所に寝てしまっては、新しい汚れを上書きしてしまう可能性が高かった。
「……マリンちゃん…………白上のこと、そんなに嫌いかい……?」
別れを悟ったフブキの中で、人肌恋しさが暴れだす。ベルトを掴んでいた手に、グッと力が込められた。
自分でも、その引き留め方がどれだけズルいのかはわかっていた。それでも、これから迎える独りの夜を越える自信がなかったのだ。
「……ダメよ、そんなの……フブちゃんには、そうやってあげなきゃいけない人がいるでしょ?」
「…………でも……」
「そうやって寂しさをごまかしても……心はいつまでも、からっぽのままになっちゃうよ。好きな人がいるなら、ちゃんとその人に愛してもらわなきゃ!」
マリンは、今すぐにでもこの愛くるしい存在を押し倒したくなるほどの名残惜しさを断ち切って、その抱擁を力尽くでほどいた。
マリンから離れたフブキは下唇を噛んで、押し寄せる寂しさに耐えていた。同時に、マリンが自分を見て、その眉を困らせていることに気付いてしまう。
「あ…………ごめんね、マリンちゃん……困るよね、こんなこと言われても……」
「……ううん。フブちゃんの女の子らしい一面を見れて、嬉しいからいいかなって」
「……まつりちゃんに抱かれるようになってからさ……私、女々しくなった気がするよ……」
フブキはいつまでも落ち着こうとしない心を押さえるように、手を胸に乗せた。
「我慢したいと思ってるのに、すぐに泣いちゃうし……独りだと、寂しくなっちゃうし……」
「いいじゃないの、女々しくたって。フブちゃんだって女の子なんだから……そういう弱いところ、ちゃんと見せられるようになったってことじゃない!」
「……マリンちゃん……」
マリンは自分でそう言いながら、フブキがまつりとの情事を好んでいた理由の本質を感じ取っていた。
事務所の大黒柱として、フブキはしっかり者の父親役に徹していた。それでも、根幹にある少女らしさを捨ててはいなかった……まつりの手は、フブキの心の奥深くにあった『女の子』に触れていたのだ。
「自分の気持ち、さ。もうちょっと素直に伝えてごらん? まつり先輩なら、きっと……フブちゃんのことを考えてくれると思うよ」
不安に濡れる碧い瞳に惑わされてしまわないように、マリンはそう言って、テキパキと帰りの支度を整え始める。まだアイスティーがそれなりに残っていたグラスを空にして、バッグを提げて立ち上がった。
フブキはマリンの固い意志と誠意を感じ取り、引き留めを諦めることにした。
「……あの、マリンちゃん……今日のこと……なんだけど……」
「わぁーってるわよぉ。電マのことと、まつり先輩のこと……誰にも言わないから安心なさい。友達として、ちゃんと約束するから」
小指を立てるマリンの瞳は、どこか切ない、淡い光を放っていた。
「……うん……それと……ぱ、パンツのことも……」
「……パンツ? なんかヘンなところあったっけ?」
予想外の秘密を知っていたらしいマリンがキョトンとする。
フブキにはその反応が信じられなかったが、どうしても言いふらされたくないことをハッキリと言葉にした。
「ほ、ほら……紐パンみたいな感じのヤツ、穿いてたこと……! あんなの、恥ずかしすぎるから……」
「あーん? アレが紐パンですってぇ?」
マリンはどかどかと脱衣所に向かい、潮まみれのタオルと一緒に洗濯待ちとなっていたショーツを眼前にぶら下げる。
クロッチ部分がまだ湿っている下着は、マリンが思い描く紐パンとは全く異なっていた。アダルティックさも、エキゾチックさもまるで足りていない……せいぜい、背伸びした女子校生の勝負下着というイメージだ。
「一応聞くけど……紐パンって、これのこと?」
「いやーっ!? ま、マリンちゃん……! なんでそれ引っ張り出しちゃうの!?」
「たしかに今日、わためぇがフブちゃんのお尻をジロジロ見てたけど……そんなに恥ずかしいかしら?」
「ひぎゃーっ!? し、知りたくなかった情報まで出てきたんだが……!?」
「あのねぇフブちゃん……紐パンってのは、こういうのを言うのよ。こんなおこちゃまショーツ、うちのチャンネルだと配信のネタにもできないわよ」
マリンは恥じらうこともなくスカートをめくって、フブキに大人の世界を披露する。
フブキの下着がゆるやかなV型なのに対し、マリンの黒い下着はもはやI型のような布面積しかない。しかも、その留め具は左右で縛っている紐のみ。セクシーなヒップは、まんまるに熟れた肉感がたっぷりとはみ出ていた。
「……うぇええ……!? なんだこりゃ……こんなの、もう紐の集まりでしかないじゃん……!? 変態かよ!?」
「変態言うな! こんなのフツーよ、フツー。まつり先輩だってエグい角度のランジェリーとか、透けてる勝負下着とか穿いてたでしょ?」
「な、なんでマリンちゃんがそれを知って…………あ、いや、べつに、白上とエッチしたときにマジで穿いてたとか、そういうワケではないんだけども……!!」
「さすがに隠し事下手すぎるだろ……なんとなく、『仕掛ける』ってイメージがあるからわかるのよねぇ」
マリンはかすかに残っているだろう濡れシミに気付かれないうちに、サッとカーテンを下ろした。
「ふわぁー…………みんな、すごいなぁ……。私は、そのパンツでも頑張ってるつもりだったんだけどな……ホロメンはえっちなひとばっかりだ……」
「まあ、フブちゃんはもっと可愛い感じのヤツ着けてそうだもんね。そっちの方が似合ってるだろうし……っていうかべつに、無理してエッチなの穿く必要なくない? なんでそんなの穿いてたのよ?」
「……だって、アレを穿いてたら……まつりちゃんがエッチに誘ってくれるんだもん……えへ……♪」
恥ずかしそうに、どこか嬉しそうに。もじもじとしたフブキが、にへら、と赤らんだ頬を緩めていた。
「はいはい、ご馳走様…………でもそれなら、もっとセクシーなランジェリーとか買ってみたら? まつり先輩、もっと燃えてくれるかもよ?」
「あー、いやさぁ、ああいうのさぁ、けっこう高いじゃん? 通販だとサイズ感がよくわかんなくてさー……あんな高級品だとあんまり冒険できなくて……あはは……」
「出た出た、オタクっぽい早口の屁理屈……どうせドスケベランジェリーを買うのが恥ずかしくて躊躇ってるだけでしょ? しょーもない嘘つくんじゃないわよ」
「うぐ……!! もう、何でもお見通しだね……」
「まったく……エッチしてるときはあんなに腰振ってよがるクセに、いらんところで奥手なんだから……」
マリンは肩を竦めてから、妙案を思いついて、ポンと両手を合わせる。
「ね、フブちゃん。明日の午後レッスンの前に、一緒にランジェリーショップへ行こうよ。良いお店紹介してあげるからさ!」
「あ、明日だとぉ……!? そんな急にじゃなくてよくないか……?」
「ダーメ。フブちゃん、こうして無理矢理予定に入れないと逃げるだろうから。明日の午前中、収録の予備時間として空けてるの知ってるんだからね?」
共通のお仕事が入っているマリンが、フブキに逃げ場を与えない予定を固定した。
収録が前後しても、それに合わせてショッピングの時間をずらせばいいだけなのだから簡単だ。
フブキは抵抗する言葉を失って、マリンが決めた集合時間と場所をスケジュールに登録する。
「それじゃ、また明日ね。まつり先輩を喜ばせるために、超エロいランジェリーと……本物の紐パン、たくさん買おうぜ! クレカ持ってこいよ!!」
「は……はは……ソウダネ…………ハハハハ……」
新しい玩具を見つけた子供のような顔をして、家を後にするマリン。その背中を、フブキは乾いた笑顔で見送った。
それから、自分がした粗相の後片づけを半泣きになりながらこなしてお風呂に入り、どうにか明日までに風邪を引けないかと本気で考えていた。
お腹を丸出しにして、パンツを穿かずに床に就く。どうだ、これで休む正当な理由ができるだろう……そう言わんばかりに、掛け布団を押し退けた。
そうして迎えた朝は、イヤになるほとスッキリとしたものだった。主を心配した飼い猫たちが、すっぽんぽんのお腹を温めていてくれたのだ。
「ふふふ……あははははは……! ありがとね……仕事に、穴を空けずにすんだよぉ…………ふえーん……!」
やけくそになって有能湯たんぽを撫で回すと、寝ぼけた猫キックを鼻に喰らって目が覚めてしまう。地獄の後には仕事が控えているため、真面目なフブキには、寝坊や仮病を装うことはさすがにできなかった。
『おはYO! 収録、予定通りだって! 逃げるんじゃないわよ!!』
「…………はぁー…………はぁああああああああ……!!」
フブキは何十回ものため息をつきながら朝の支度を済ませて、これまでに感じたことがない身体の重さを引きずって、海色のバカンスに耽ってしまったことへの罰を受けるのだった。