紐パンきつねの海色バカンス 作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)
まつりの謝罪が響く夜空の下では、やきもきとムラムラを最大限まで高めていたマリンが、駅に向かいながら電話をかけていた。
駅へと向かう道は、やけに長く感じて……どうしても、空っぽな心を意識させてくる。その孤独をどうにか紛らわせかったのだ。
「あ、もしもしノエルー? 今日さぁ、よかったら……あれ、フレアも居るの? 相変わらず仲良しかよ!」
「ノエフレの収録終わり? 食事と宅呑み? あ、そっか、うんうん、わかった! それならいいんだ、うん」
「ううん、今日はちょっとやめとくワ。お誘いは嬉しいけど……三人で盛り合う未来しか見えないし」
「アハハハハ、冗談だってわかるだろー!? もう何年もつるんでるんだから、そろそろ慣れてもいいだろが!!」
「……また今度お邪魔するからさ! そんときにまた三人で呑もうよ」
「うん、大丈夫。大した用事じゃなくって……ちょっと、辛気くさい愚痴を言いたかっただけだから」
「……んー……そーだなー……電話越しじゃ、ちょっとキツイかな……なんて。どちらにせよ、歩きながら話すような内容じゃないかも」
「辛いお酒を呷って、美味しいおつまみ食べて……ノエルの生おっぱい揉んで、ギリギリってとこ」
「だから、大丈夫だってば! じゃあね、ばいばい! ちゃんと指ゴム着けろよ!!」
スマホを落とした音と必死な否定が聞こえた通話を無理矢理切って、マリンは星でも眺めようと空を仰いだ。
しかし、都会の夜空はあまりにも明るすぎてほとんど星が見えなかった。孤独が癒えるどころか、虚しさが胸の中で拡がっていく。
「……はぁ~……。まつり先輩より先に、フブちゃんのオトし方知ってたらなぁ~……あの感じなら、イケたよなぁ~……」
自分でも、くだらないし最低な発言だとわかっていることを、大げさに呟いた。
狭くて暗い濃紺は、その卑屈で澱んだため息も呑み込んでくれることだろう。そう期待しつつ、マリンは温かくてぷるぷるの感触が残った頬をさすった。
「…………空気が読めなかった間女には、ふさわしい痛み……かなぁ……。ビンタされるより……胸がいってぇや……」
甘美な夢を見てから起きてしまうと、醒める前よりつらくなるものだ。フブキの無邪気なお礼は、マリンの心にズキズキとした痛みを走らせた。
マリンは自分で線引きをした宿命に儚さを覚えて、ため息を漏らす。
「……フブちゃんの家に泊まったら……今頃、どうなってたのかな……」
大切なもの全てを捨てて、フブキだけを選んだとすれば……その先には、味わう痛みと同等の充実感を得られたのかもしれない。
まつりもまだ、フブキの恋人ではなかった。フブキを徹底的にオトして、セックスで始まった関係を性感テクニックで上書きしてしまえば……。
(……いやいや……なに、平然と最低なことを考えとるんだ……あたしは……! そんなことしても、フブちゃんが傷付くだけじゃないのよ……!)
マリンは悩ましげに頭を掻きむしって、呻き声を上げた。
マリンは何度もあったセックスのチャンスを噛み潰して、フブキと友達関係であることを望んだ。フブキがまつりを想う気持ちを、友達として尊重してあげたかったのだ。
それがマリンの意思であり、決定であった。自分のことを信じてくれている一味のみんなに、合わせる顔をなくさないように。二人の後輩として、ふたりの間に入ってはいけない部外者として、その立場を弁えて苦渋の選択を耐え抜いた。
……でも。
…………それでも。
『ねえ、マリンちゃん……マリンちゃんは、私のこと……好き……?』
ベッドの上で見た事後のフブキは、マリンの五感全てを恋の海底に沈めるほどの魅力を持っていた。
身体中の血液が沸騰するかのような興奮が、フブキをしゃぶり尽くせと命じていた。性欲が人間の三大欲求であり、抗えないものだと再認識してしまう。
喉が渇いて仕方がないときに差し出された一杯の水や、絶食後に香る肉汁たっぷりのステーキ。徹夜明けでベッドに倒れ、そのまま眠りに落ちていく微睡みの中。そのどれにも負けないほどに強い欲望が、フブキだけを求めていた。
飢えていた神経が快楽を求めて、身体中でもどかしさを爆発させる。マリンが耐えられたのが奇跡に近い衝動だった。
「……あー……エッグいわぁー……! ほんっとにさぁー……! なんなのよ、あの可愛さ……ズルいだろうがよぉ……!!」
あのときに覚えたムラムラは、はじめてのエッチを超えていた。あのときに感じたときめきは、はじめての恋を超えていた。
みんなのアイドルである、あの白上フブキを独占できて、あんなに淫靡に乱れる姿を堪能できる。その千載一遇のチャンスを棒に振ったのだ。
手袋越しでしか触れなかったおっぱいも。電マ越しでしか弄れなかった秘部も。そして、マウス・トゥ・マウスでキスできなかった唇も。
その全部を、味わうことなく部屋を出た。今さら、逃したお宝の莫大な価値を痛感する。
「……綺麗事だけでさぁ……人生なんか、やってられっかよぉー……!! ちくしょー……!! フブちゃんともっとイチャイチャしたかったー……!!」
星無き空は目に寂しいが……未練がましい空虚なボヤキを漏らすには、ちょうどいい夜だった。
その後、帰宅したマリンはレズものの同人誌を読み漁って、心の虚無を快感だけで満たして、気絶するように眠りに就いた。
腰と太ももがガクガクになっていた翌朝。差し込む朝日に照らされた、ベッドにできた恥ずかしすぎるデカいシミをへっぴり腰で片づけながら、一時の衝動の怖さを思い知った。
(あっぶねぇー……!! フブちゃんの可愛さにあてられて……ホントに、全部を失うところだったぁー……!!)
昨晩の律儀な自分に大きなグッドサインを見せてから、シャワーで身体を洗い流し……まっさらに清めた手で、スマホを手にした。
『まつり先輩、今夜って時間あります?』
『お話したいことがあるんですよ。フブちゃんのことで、いろいろと』
それは、ふたりの恋の駆け引きを邪魔してしまったマリンなりの、誠意と贖罪だったのだろう。メッセージを送信した手は、後悔と自戒で少しだけ震えていた。
それから約6時間後。フブキとランジェリーショップに居たところで、まつりから返事があった。試着室にこもって出てこないフブキを待ちながら、まつりとチャットを重ねる。
「マリンちゃーん……これ、ホントに穿かないとだめぇ……?」
「そういうピッチリ下着は初めてなんだから、穿かないとサイズ感わかんないでしょうが! ショーツの上からなんだし、そんなに恥ずかしくないでしょ!?」
「だってー……! こんなのパンツじゃなくて、ただの紐じゃんかよぉー……! こっちはスケスケで……へへ……向こうがホロサイトみたいによく見えやがるぜ……!」
「またFPSの話して……どれどれ?」
「これだよ、こr……ひきゃあああっ!? なんで入ってきて……あっ、いやぁっ……!? ちょっ……見ちゃダメぇーっ!!」
「アハハハハ! なんで乳首のとこのリボンほどいてるのよ! おっぱい見せつけてくるなんて、ノリノリじゃんかよ!」
「ほ、ほどけちゃっただけだよぉ……!! っていうか、みーるーなぁあああーっ……!!」
「ああん、イケずぅ! フブちゃんのセクシーランジェリー、もっと見させてよ!」
「見せるわけないやろが……!! マリンちゃんのために着てるんじゃないもん……!」
「……まぁ、そうかもだけどさぁ……」
フブキに試着室から追い出されたマリンは、ガッツリとヘコみながら、まつりとのやり取りを再開する。通話の時間を決めたところで……右手が勝手に動いた。
『いらないなら、とっちゃいますからね』
『いや、冗談ですけど』
マリン曰く、それは、そこそこガチめの本音だったという。
そんなにスッパリと割り切れるほど、フブキに惹かれる気持ちは単純なものではなかった。
それからしばらくして。いくつかのランジェリーを両手に抱えたフブキが試着室から出てきて、マリンの目を気にしながらカウンターへと向かっていく。どうやら、サイズやフィット感は問題ないようだった。
マリンは気を利かせて、先に店外に出てフブキを待っていた。数分も経たないうちに、ひょっこりと顔を出したフブキが……口角を上げるように、赤らんだ顔を綻ばせた。
「……マリンちゃん、ありがと……」
「……ううん。お礼を言うなら、その子たちをお披露目した後じゃない?」
「……えへへ……まつりちゃん、喜んでくれるかな……?」
紛うことなき美少女の恋する微笑みは……あまりにも可憐で、尊すぎて。
マリンは、胸に温かな安らぎと鈍い痛みを同時に与えてくる眩い眼福に、ゆっくりと目を閉じる。
その笑顔を守れてよかった。その笑顔を自分のものにしたかった。
衝突し合う感情に遊ばれながら、マリンは自信を持って言いきった。
「……喜ばない人なんて、きっと、どこにもいないわよ」
だって、もし相手があたしだったら……嬉しくて泣いちゃうぐらいだよ。
フブキのはにかんだ笑顔を見てしまえば、そんな図々しいことを口にすることはできなかった。