紐パンきつねの海色バカンス 作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)
着替えも終わり、だらだらと他愛のない会話をしている中で、フブキはそわそわとし続けていた。
今日は『そのつもり』で例のパンツを穿いてきていた。さらに、レッスン中に擦れて存在感を増していた部位がじんじんと疼いており、フブキはムズムズとする心を押さえつけることで必死になっていたのだ。
「フブちゃん、さっきからどうしたのよ? おしっこ行きたい? 一緒に行こうか?」
「ち、違わい! レッスンで内ももが疲れてるんだよ……! ステップが筋肉の内側にクるんだ……!」
「あ~、それ超わかるよぉー……。最近さぁ、座り仕事と動く仕事の差がすごくてさ~……うちも、腰と肩がちょっと重たいんだよねぇ」
「ほほぉー、どれどれ……?」
くるくると違和感をほぐすように回された、ミオの肩をフブキが揉みほぐし始めた。
「はわっ……!? フブキ、急に何するんだよぉ!?」
「ダメだぞみおーん! そういうさ、いつもと違う感じがあるなって思ったときには、すぐケアをしないと!」
「いやいや、それでフブキが揉まなくてもっ……あっ♡あひっ♡……あぁ~っ♪ フブキ、すっごぉい……♡ テクニシャンだぁ……あんっ……♡」
「ミオ先輩の声、エッッッ!!」
マリンは昇天しかけた。
「やめろよ~マリン~! フブキの手が異様に上手いだけだから……のぉっ、ふぉおおお……♪」
「あらあらお客さん、かなり凝ってますなぁ。こことか、めっちゃコリコリしてますよ」
「あっ、あ~っ♡そこ、そこぉっ……♡ こりこり、あっ♡くぁっ♡ひ、はにゃっ……♡ お、おぉ……そ、それ、それぇっ……♡ す、好きかもぉっ……わはぁんっ♡」
「…………み、ミオ……ちょっと、声を抑えられないかい……?」
「無理ぃっ……♡ こんなの、声、出ちゃうぅっ……あぁ~んっ……♡」
「なんかアレだわね……! フブちゃんとミオ先輩がレズってるトコを見てるみたいで……こう、ムラムラしてくるんだワ!」
「……っ!?」
マリンの息巻いた様子に、フブキは慌ててミオの肩から手を離す。
肩を揉まれていただけだったはずのミオが、頬を赤らめて呼吸を乱していた。首筋に伝う汗がやけに色っぽく映る。
その様子では、どこからどう見ても、フブキの手が友人を発情させたようにしか思えない状態だった。
「…………ルーナ、ラミィ! お腹空いたから、一緒にご飯行こう!」
「のらっ!?」
「ラミっ!?」
「そんな口癖聞いたことねえのらよ」
「やーね、ラミィもこういうの欲しかったんですよ。でも、あんまり使うタイミングなさそう……」
「それはどうでもいいから! ほら、早く行こうよ!」
「ご、強引なのらぁ~! 引っ張られる~! まつりちゃ先輩に拉致られるのら~!」
「でも全然進まないんだが!? まつり先輩、グイグイ来るわりに意外と力弱いな!」
まつりはその場から逃げるように、後輩たちを連れて更衣室を後にした。
「……まつり、なんか様子がおかしかったね?」
「……そーかなー……。いっつもさー、ああやって可愛い女の子とベタベタしてさぁ……まつりちゃんっぽいと思うけどなー」
「……ふーん……?」
不機嫌そうに鼻を鳴らしたフブキに、ミオは強い違和感を覚えていた。唇を尖らせたその横顔は、拗ねた年頃の少女の強がりにしか見えなかった。
一瞬の気まずい沈黙の中で、フブキがブラインドの奥に眩しい太陽を見つける。
「おっと、結構日が傾いてきたね……そろそろ、私たちも帰ろっか?」
「そうだね。さーて、あやめの家に行って、晩御飯作ってあげなきゃ!」
ミオは軽くなった肩と背中を伸ばして、楽しそうにしながら帰りの支度を始めた。
「身体の調子、早く良くなるといいですよね。ミオ先輩、あやめ先輩に『お大事に』って伝えておいてもらえますか? あんまり大勢で押しかけても迷惑ですし」
「あいよー。うちはこれから買い物に行くけど、マリンはこの後どうするの?」
「あたしはアキバに用事があるんで直行ですね。今日から店舗委託されるホロメンのエッチな同人誌を買いに行くんで」
「うははは! 用事の内容まで聞いてねーんだから、それは言わなくていいだろ! 聞かされてどう反応すりゃいいんだ!?」
「だって~、マリン、聞いてほしかったんだも~ん! せっかくなんで、タイトルまで読み上げましょうか!? ほら、何を買うか決めて全部メモってから!」
「聞きたくねーよ! まったく、おめーはブレねえなあ……じゃあ、フブキは? よかったらさぁ、一緒に買い物に行かないかー?」
「あ、ごめん……! 私もさ、今日はちょっと用事があるから……また今度、ご飯とショッピングに付き合ってほしいな! あやめにもよろしく言っておいてくれー!」
「そっかー、わかったー。それじゃ、ここで解散かな。ふたりとも、レッスンお疲れさまでしたー!」
ミオの言葉で三人が別れる。フブキは二人の背を見送って、先ほどからずっと騒ぎ続けている胸を押さえた。
(……なんだよ、もぉ……。あんなの、いつものことなのに……なんで、こんなにモヤモヤするんだよ……!)
やるせなさを足裏に込めたフブキが地面を蹴り、乾いた音を更衣室に響かせた。自分らしくない、感情が破裂した残響もすぐに消え、また無味な空間が蘇る。
心許ないパンツの食い込みが、虚しさと焦燥感を渦巻かせる。その一方で、夜遊びを期待してしまっていた身体がムラムラと感情を昂らせた。
「……はぁー……まつりちゃんのせいで、すっかり変態になっちゃったよ……。どうしてくれんだ、あんにゃろうめ……」
さまざまな思いが混ぜ揺れた、心のもやもや。それを解消してくれそうな唯一の存在は、とっくの昔に、別のカワイイ女の子たちと食事に行ってしまった。
まつりと濃厚な肉体関係を結んでから、自分で慰めたくなるような性欲を抱くことはなかった。生命としては真っ当な衝動は、全て、まつりが音を立ててすするように解消していたのだ。
(……きっと、自分でやっても、虚しいだけだろうな…………)
フブキの身体が求めていたのは、ただの性的な快楽ではなく、夏色に煌めく情事だった。
弱い疼痛やかゆみに似た、快感を求める欲望はある。それでも、自分で手を伸ばして、悶える花びらを撫でたいとは思っていなかった。
(……まつりちゃん……。私、あなたと一緒じゃないと……もう、満足できないかも……)
夏色まつりを欲している。身体だけでなく、きっと、心までもが求めてしまっている。
その事実に気付いたフブキが、うなされるような顔の熱さを自覚して鏡を見やった。
「…………あ……」
そこには、アイドルが絶対にしてはいけない表情が――情愛にとろけた、乙女の恥じらいが映ってしまっていた。
「わーっ……わーっ……! 違うよ……ほんとに、違うのに……! まつりちゃんが無理矢理……キスとか、エッチとかしてくるだけなのにーっ!」
フブキは更衣室にあったタオルで鏡を隠して、何故か乱れてしまっていた呼吸を整えた。
熱さが身体の内側で暴れる中で、どうにか気を紛らわしたかったが……意識をすればするほどに、キスを求めてくるまつりの顔を色濃く思い浮かべてしまう。
「ゆ、百合営業って言い張れば……いやいや、ASMRとかやってるのに、ひとりの女の子を愛するのはちょっとアレだし……っていうか私そもそもノーマルだっただろっ……ああ~っ……!!」
頭を抱えて悶えていたときに、おとといの夜、秘部から歓喜の恥汁を搾り出された『あの道具』をフブキが思い出す。
(……あ、あれなら……もやもやが、消えるぐらい……イイ、のかな……?)
頭を真っ白にするほどの快感があれば、このアイドルらしくない悩みもなくせるだろうか。
そう考えたフブキの下腹部の疼きは、発情期のケモノのような熱を持ち始めてしまう。
アイドルとしての理念や倫理を覆い尽くすように、好奇心と欲望がむくむくと膨れ上がっていくのを感じた。
「い、いったい……何を考えてるんだ、私は……!? そんなの、ただの現実逃避だし……さすがに…………」
まつりのサディスティックな攻めによって、フブキの官能には無機質な性感の記憶が焼き付けられている。
沸騰しそうなほどに茹った頭には、忘れられない夜の気持ちよさが溢れていた。泣いて媚びても許されなかった、容赦のない快感が鮮明に思い出せてしまう。
(…………れ、冷静な思考と判断を取り戻すためには……この火照ったカラダを、どうにかしないといけないし……)
フブキは目をぐるぐるとさせて、真っ赤になった顔を隠すために、バッグにしまっていたパーカーとフードを羽織った。
(そ、そうだよ……調子が悪いトコロを……マッサージ、するだけだし……。何もヘンなことじゃない……よね……?)
とうとう、自分の邪な欲望に対する正当化まで始めてしまった。
そのことを自覚したフブキが、だるんだるんに伸びた理性を保とうと必死に歯を食いしばる。
「やだぁーっ……! こんなの、ホントにヘンタイじゃんかー……!」
思い付いてしまった妙案を、頭と耳を振って捨てようとするのだが……記憶にこびりついていた甘美な快楽は、その魅力的なアイデアを掴んで離そうとしなかった。
既に心身が、ぐちゃぐちゃに混ざった感情でいっぱいになっていた。フブキは泣きそうになりながら、収まる気配がない性愛を抱えたまま、レッスンスタジオを後にするのだった。