紐パンきつねの海色バカンス 作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)
フブキはマリンに特大の銃口を突き付けられた気持ちのまま移動し、逆らえない相手を自宅に招き入れた。
「へー……フブちゃんの部屋、シンプルだけど可愛らしいわねぇ。勉強熱心な女子大生の部屋って感じ」
マリンはキョロキョロとしながら、案内されたリビングを見渡した。薄いブルーなベッドの上には、記念グッズのミテイルや、非売品のBIGフブチュンが可愛らしく鎮座している。
スマホの充電器や配信用のPCなどが揃っている、いかにもすぎる『白上フブキの部屋』だった。
しかし、その範囲で見える部分は、白上宅の表層にすぎなかった。そこはあくまで、オタクではない友達をもてなす客間とサブ寝室の兼用部屋となっている。
隣の部屋たちやクローゼットには、これまでに買い漁ったオタクグッズがびっしりと飾られている。フブキは貰ったファンレターを一枚も捨てていないなど、物持ちが良いタイプの女性だ。
こうして『多少』の裏表があるのは、女の子にとって当然の嗜みなのだ。
「どんな感じなんだよ、それは……。飲み物、アイスティーでいい? っていうか、これしかないんだけども」
「……す、睡眠薬とか入れないでよ?」
「入れてどうすんだよ……!? マリンちゃんがうちで寝たとして、白上にいいこと一個もないやんけ……!」
「あーん!? それどういう意味よぉ!?」
「そのまんまの意味しかないだろがい!? 他意なんてどこを探してもないんだが……!?」
大きなため息をついたフブキが、冷えたグラスを二つ用意してから気怠そうにベッドに腰掛ける。ここ数日でいろいろなことがありすぎて、少し疲れていた。
マリンはストローでアイスティーを飲みながら、涼しげな氷の音を立てた。
「あら美味しい……これ、フブちゃんが自分で淹れたの?」
「あ、わかる? バッグの茶葉ではあるんだけど、ちゃんと温度とか気を付けて淹れてるんだー」
「ふうん、しっかりしてんのねぇ……シロップがなくても、ほんのり甘くていいね」
「へへ、そうかな? でも、そう言ってくれて嬉しいな……ふふ……♪」
にっこりと笑ったフブキを見て、マリンは思った。
男であればガチ恋不可避のパーフェクトな笑顔……さすがは正統派アイドルだな、と。人間のオトし方を心得ているな、と。
マリンが見惚れている最中に、フブキはアイスティーを小動物のような仕草で飲む。
可憐に愛想を振り撒く上半身とは異なり、引き締まった下半身はもぞもぞと、落ち着かなさそうに腰を揺らしていた。
「あ……そういえば……内もも、大丈夫?」
「うん、そっちはなんとか。ストレッチが甘かったから、ちょっと張るかもしれないけど……」
「へぇ、フブちゃんにしては珍しい……。そういえば、なんか全体的に動きがぎこちなかったもんね」
「うぐ……。さすがにバレてたか……」
ダンスレッスンでのステップは言わずもがな、脚を開脚する柔軟すらも、パンツの食い込みが強くなってしまって上手くできなかった。
股間の違和感ともどかしさが最高潮に迫ってきている中では、くぐもった切ない声が漏れてしまいそうで、無理をすることすら躊躇われた。
「もしアレだったら、船長がマッサージしてあげよっか?」
「いや、いいよ……! ケアしたい場所が際どいし、してもらう相手がマリンちゃんだし……」
「あによう、船長の信用ないわねー。せっかく、さっきの電マの正しい使い方をしてあげようと思ったのにぃ」
「……くぅ~……! あんまり、それをイジってくれるなよぉ……! 私だって、なんであんな……無謀で後先考えない行動を取ったのか、今でもわかってないんだから……!」
フブキはベッド上でゴロゴロと悶えて羞恥心を押し殺した。
そのレアすぎる女の子らしいプライベートな姿に、マリンがホクホク顔で癒やされる。今日はマリンにとって、間違いなく、一年の中でも指折りの『良い日』だった。
「しかしさぁ、どうしてまた電マなのよ? オナるにせよ、指とか角オナとか、ジップ×ックに入れたスマホとか……女性器専用のバイブを買うとか……選択肢はいろいろあったでしょ?」
ハンディマッサージャーは安価で便利ではあるが、特別な用途での使用はわりとマニアックな部類である。頻繁にムラムラしているマリンの疑問も、ある意味当然のものであった。
「……それは、その……まあ、それなりの理由があって……」
「ふうん……通販じゃダメだったの? 一日も我慢できないぐらい……もう、帰宅してすぐに激しくオナりたかったとか?」
「………………」
マリンの精密射撃がフブキの図星を射貫き、最悪のタイミングで言葉を詰まらせた。
その邪推の全てを肯定することはできないが、強く否定することもできない。フブキのパンツは、まだ温かくて粘っこい湿り気を帯びている。
気まずい無言の肯定を受け取り、マリンはうんうんと頷いた。
「わかるわぁ~。身体が温まると、ついムラムラしちゃうのよね」
「…………はぁー……! もう、ほんとにサイアクだぁ……!」
繊細な乙女心と、自分のせいではない欲情。それら全てを曝け出すわけにもいかず、フブキはバタバタとシーツを鳴らした。
アイスティーを飲みながら、マリンがけらけらと笑う。玩具を手に入れた子供というよりは、友人と楽しく談笑する大人の様相だった。
「大丈夫よ、それってケンコウの証しだもの! 女の子だってエッチな気持ちになるときぐらいあるでしょう……ほら、船長みたいにさ!」
「そんなところで嫌な説得力を発揮してんじゃねえよぉ……! もー……ホントに違うのにさぁ……」
「違うって言い張るなら、もうちょっと説明してくれてもいいじゃないのよ~。電マオナニーよりバレて恥ずかしいことなんて、もうなくないか?」
「……………………それは、そうかもしれないけどさ……」
ごもっともなことを言う、やけに乗り気なマリンの態度に、フブキはつい緊張を緩めてしまった。
「…………じゃあ、ついでに……ちょっと……他人に言えない相談、乗ってくれる……?」
「モチロン! ライトな下ネタからエグイ下ネタまで、なんでも面白く聞いてあげる!」
「下ネタばっかりじゃねえか! あっはは……まあ、そいつは頼もしいや、うん……」
マリンがわざと軽薄に振る舞っていることは、親しくなった友人の目から見れば明らかだった。
たしかに、マリンは信頼のおける人物ではあるし、フブキが本気で嫌がることはしないだろう。
忙しくも充実した日々を一緒に過ごしてきたおかげで、フブキにはそんな確信があった。
「……あの、さ……絶対に、誰にも言わないでほしいんだけど……」
「うんうん! なになに、どうしたの?」
マリンの目はキラキラと輝いていた。
その明るい表情は、まるで財宝を見つけた海賊のようで、これ以上ない『らしさ』を滲ませた。
宝石のような光を向けられて、フブキは後に退けなくなっていた。唾を呑んで、深呼吸を重ねて、自分の弱さの一部をさらけ出す。
「私、さ…………その……好きな人が、できちゃって……」
自分の胸の中に押し留めておくことが難しそうな気持ちを、少しだけ吐露することにした。